心斎橋ストラット 一話
(1992/12/30) からりと晴れ上がった五月某日、薫風吹き渡る絶好の競馬日和。
綺麗に刈り込まれた芝生と平坦に整備されたトラックをめぐる観客席には安っぽいプラスチックの長椅子が設置されている。
耳に赤ペンを挟んだうらぶれた中年男が競馬新聞の出走馬欄に熱心に目を通し、濃紺のブルゾンを着込んだ中年男が缶コーヒーをちびちび啜り、明らかに失業中のしょぼくれたなで肩が配給に並ぶように馬券を購入する。
打ち放しコンクリートに固定されたベンチは硬く、座り心地がいいとはとても言えない。
階段状の観客席の前から五段目、いちばん見晴らしのよい場所に陣取っているのはこれまた風采の上がらぬ顔ぶれ。
右のベンチには施設内の売店で買った弁当をかっこむ五十代半ばの男がおり、左のベンチではイヤホンを耳に突っ込んだ初老の男がむっつり腕を組みうたたねしている。
競馬場の空は抜けるように高い。
観客席に張り出した電光掲示板は俗にオッズ板と呼ばれ、次に行われるレースに出走する競走馬の競走馬名や馬体重、背負わされる斤量、騎乗する騎手の名前、馬券の倍率が表示される。
オッズ板に表示される情報と通路で拾った競馬新聞の予想とを詳細に照らし合わせ、おもむろに呟く。
「決めた」
「おめっとさん、ついに腹括ったか。通天閣から飛び降りるか道頓堀に飛び込むかどっちや」
熟慮の末決断を下した男に返されたのは隣からの冷めた声。
声の主はまだ若い。少年と言っていい年代だ。
五十代以上の年配者が過半数を占める競馬場にて、噛み合わない会話を交わす彼らは一際若く異彩を放っている。
冷めた声の持ち主は十六・七の少年。
隣の男が新聞と顔突き合わせてるあいだ手持ちぶさたに人間観察に興じる。
右のベンチでは五十代男性が一心不乱に弁当をかきこんでいる。
割り箸でからあげを摘み口に放り込む。咀嚼。嚥下。喉仏が上下する。
そういや昼飯もまだやったな、この分やと夕飯も抜きっぽいな。
弁当をがっつく親父に諦めの入り混じった視線を投げ、割り箸の先の鶏のからあげを物欲しげに見、ためしに落ちろと念じる。
眉間に皺を寄せ目を細める。
着古したジャンパーのポケットに手を突っ込み身を乗り出す。
落ちろ落ちろ落ちろ。
念を飛ばす。
男はぽいと無造作にからあげを口に放り込む。
舌打ち。
「自殺前提で話すすめんな。お前相当俺を殺したいらしいな」
「お前が図々しく図太くしぶとく生きとることに俺は一秒刻みで失望しとる」
なげやりに言って足を組む。
忌々しいほどいい天気。絶好の競馬日和。さぞかし馬も走り甲斐あるだろう。
まあどうでもいい。馬に興味はない。
出走馬が気持ちよく走れようが転んで足を折ろうが騎手が転落して頭を打とうがさっぱり関心がない。
特に薄情だとも思わない。
どこかの誰かの諺。自分が空腹な時に他人の心配をしてられるほど人間は心が広くない。
お説ごもっとも。そのだれかさんは世間の摂理がよくわかってる。
「失望って酷い言葉だよな。望みを失うと書いて失望。あー幸先悪ィ。お前ってなんで折角のいい気分をぶち壊しにするようなこと言うかな、ちっとは空気読んで俺の英断に敬意を表せ」
「お前の英断とやらが家計を著しく悪化させとるていい加減気付け。何が哀しゅうて馬に銭めぐまなあかんのや。お前に付き合うて午前中から馬見に来た俺の気分にもなってみぃ」
「馬じゃねーよ、馬の走りを見に来たんだっての」
「同じじゃボケ」
「パチンコと競馬の二択で競馬選んだのはお前だろ、付いてきて文句言うなよ」
「単純な消去法」
欠伸を噛み殺す。別に噛み殺す必要もないと気付く。
隣の男にいまさら欠伸を見られたところでどうもしない、一緒に暮らしてるのだから。日常もっと恥ずかしい場面も見られてるし見飽きてる。
習慣は依存に似てる。
ジャンパーから手を抜き寝癖のついた髪をかきあげる。
生まれてから一度も染めた事ない黒髪は癖が強く、どうにもおさまりが悪い。
猫の毛繕いのようにぴんと跳ねた前髪をなでつける。
整髪料は使ってない。
もとより服には興味がない、最低限の保温性があれば十分。余分なアクセサリーの類は身に付けてない。なのに自然と人目を引く。サイズ大きめの薄汚れたジャンパーは阪神タイガースのロゴ入り、下には三百円均一セールで売り叩かれていた安物のプリントТシャツ。色褪せたジーンズに包まれた足の先にくたびれたスニーカーをひっかけている。
頭のてっぺんから爪先まで総額千九百円。
中身はそれよりはるかに高い。
彼は自分が高く売れることを知っている。
身に付けているもの全部合わせた額よりも自分自身に価値がある事実を認識している。
生まれ持った見てくれのよさも容姿に無頓着な彼にとっては商売道具のひとつに過ぎない。
身に付けるものに愛着はない。
阪神タイガースのロ入りのださいジャンパーも安っぽいプリントTシャツも色褪せたジーンズも擦り切れたスニーカーも金に困れば即売っ払ってしまえるほどの感慨しかない。
金の足しになるなら親でも腎臓でも売る。
徹底してシビアな経済観念が彼の本質を貫いている。
飾りけない黒髪を手慰みになでつける。
かっきりと弧を描く眉と涼しげな切れ長の目、肉の薄い鼻梁、いまだ少年の域を脱してない端正な顔立ち。
四十五度ほど斜に構えた姿態は厭世家を気取る演技ではなく十七年の人生経験から自然と身に付いたもの。
質素なジャンパーとジーンズを身に纏っているだけにかえって素材の良さが引き立つ。
若者にありがちな世を斜めに見るのが格好いいという風潮とは一線を画し、淡白に冷めた横顔には通貨単位で世間を割り切る達観が漂う。
本来高校に通っているはずの年齢の少年は日常の一部であるかのように競馬場の雰囲気に溶け込み、淡々と指摘する。
「お前のこっちゃ、いったんパチンコ台の前に座れば半日は動かんに決まってる。小便に立つ以外ぶっとおしでパチンコやりまくって散財しまくる。お前が留守しとるあいだに大家が家賃取り立てにきたらどないする、俺に全部おっかぶせてケツまくる気か?そうは問屋がおろさんで」
「わかったわかった、軍艦マーチより第九が聞きたかったんだろ」
競馬場には大音量のクラッシックがかかっている。
観客を高揚させる目的か競走馬の士気を高めるか真偽は判然としないが、これは各地の競馬場で全国的に見られる現象だ。
俗な欲望渦巻く競馬場にクラシックは場違いに思えるが存外これがはまっている。
今流れているのはベートーヴェンの交響曲第九番……有名な「第九」。
別名歓喜の歌。五月の良き日にお誂え向きの曲。
クラシックは偉大だが貧乏は人を卑しくする。
自棄気味に滅入る一方の気持ちを逆なでするダイナミックな演奏に少年は顔を顰める。
「阿呆。大阪のパチンコ屋じゃ軍艦マーチの代わりに六甲おろしかかるて知らんのかい。大阪住んで何年や、これやさいに千葉上がりは」
「言葉のあやだよ。つか千葉は関係ねーだろ千葉は。馬鹿にすんなよ千葉県民を、東京ディズイニーランドだってあるんだぜ」
「ディズニーランド以外に売りあるんか」
「…………」
「きぐるみのネズミとハリボテの城以外に取り得がないなんて発想の貧しい県。お前にぴったりや、浅井」
憤然と新聞を畳み男が向き直る。
眉間に皺の海溝が刻まれる。
「黙れ大阪人。ミッキーと握手したことねーからって僻むな」
「ビリケンと握手したほうがまし」
実際ビリケンの手も借りたいほど追い込まれているのだが幸か不幸かこの男にはその自覚がない。
クラシックには人の気持ちを盛り立てる効果がある。
隣の男も例外でなく、第九のメロディに合わせ貧乏揺すりで拍子をとっている。
自堕落に着崩した背広に皺だらけのシャツ、以下同文のスラックス。ノーネクタイから堅気じゃないのは一目瞭然。もっとも堅気の勤め人が平日の昼間に競馬場にいる訳ない。
意志的な弧を描く眉、尖った鼻梁、癇の強そうに引き結んだ唇。
頬骨の高い精悍な容貌は見る目のある……もしくは見る目のない向きからすればそこそこ男前と評せなくもないが、いかんせん三白眼が怖すぎる。うっかり近付けば噛み付かれそうだ。
ガキ大将がそのまま大きくなった風情。
寸法の合わない背広をむりやり着せられてる印象。
二十代半ば過ぎと推定される男は落ち着きなく膝を揺すり、 片手間に背広のポケットをさぐって舌打ちする。
目的の物が見付からなかったらしい。気を紛らわせようと話題を変える。
「ま、お前が羨ましがる気持ちもわかるよ。ディズニーランドに一回も行ったことねえってのはかなり不幸だもんな。夢も希望もへったくれもねー子供時代だな。喜べ、今回のレースで勝ったらディズニーランド連れてってやる。ミッキーやドナルドと握手し放題だ。夢の国イン千葉にようこそ」
「それ以前にレース的中がまるっきり根拠ない妄想やろ。しかも男ふたりで夢の国てしょっぱいな、何の罰ゲームやそれ。吉本の深夜番組かてそんな苦行やらかさんで、夢も希望もないやん。お前ひとりで行けや止めんから、二十七歳無職独身男にも夢の国でミッキーと握手してパレード撮影してくるくる舞い踊るべっぴんティンカーベルのスカート覗く権利みとめたるから。ちなみにその写真ネットで競売にかければ稼げる、ちゃんと持ち帰って来い」
「するか。いくら女に飢えてるからって夢の国で盗撮に走るほどおちぶれてねえ。大体インターネットねーだろ」
さも心外そうな仏頂面で抗議する男に無関心な一瞥をなげ、しれっという。
「世斗のを借りる」
とたん顔色が豹変、ただでさえ人が避けて通る凶悪な人相が剣呑なオーラを帯びる。
天敵の名に猛反発、不機嫌も絶頂といった感じでせっかく畳み直した新聞をがさがさ広げ片足を行儀悪くベンチにのせる。
「あいつの名前は出すな。吐き気がする」
子供っぽく怒りを露にする男の背中越しに新聞紙を覗き込めばたまたま出走馬欄が目に入る。
男が赤ペンで丸印を付けた出走馬の名前を読み、絶望的に呟く。
「……『ディズニー・ランディ』。ネーミングセンス最悪やな。ハルウララやハイセイコーはまだマシやとして完全にウケ狙いのダジャレやん、ディープインパクトはドーピングインパクトやし。著作権に抵触せえへんか、これ」
「著作権で夢は買えねえ」
「金をドブに捨てるようなもん、夢と書いてバブルと読む」
「馬に対する愛がねーやつは黙ってろ。俺はこいつに賭けた。いかにも夢の為に一途に突っ走りそうないい名前じゃねえか」
出走馬欄を弾き自信満々笑みを浮かべる男の横顔に呆れた眼差しを注ぎ、少年は気乗りせず付け足す。
「ひとっぱしり千葉まで行きそうやな」
念波が届くまでにタイムラグがあった。
視界の端でぽろりとからあげが零れ落ちる。
つるりと箸がすべりからあげを落っことした男が悔しそうな顔をする。
しめた。
早々とからあげを諦めた男は既に弁当の空き箱を片付け始めている。
コンクリート打ち放しの床を点々と跳ね転がったからあげは吹きさらしに放置されている。
少年は片手をジャンパーに突っ込んだまま全く自然な動作で前にのりだし、からあげをひょいと拾い上げ口に入れる。
咀嚼する。嚥下。喉仏が動く。
あまりに自然な動作故に何の違和感も感じない
拾い食いが習慣であるように至って堂々飄々としている。
床に落ちたからあげを一抹の抵抗なく拾い食いした少年を横目で睨み、悪人面にさらに磨きがかかった男が不穏な声を発する。
「おい」
「三秒ルール」
三本指を立てた少年に詰め寄り男の目が据わる。
「半分分けろよ」
「世の中早いもん勝ち。競争社会は世知辛い。残念やったな」
食いものの恨みは恐ろしい。
男はかなり本気で腹を立てている。たかがからあげ一個、しかももともと他人の物。他人の弁当から偶然落っこちたからあげを半分に分けろと詰め寄る男も相当食い意地が張っている。というか、せこい。連れが床におちたものを拾い食いした事はどうでもいいらしい。男は恨みがましい目つきで少年を睨んでいたが、空の弁当箱を袋に詰め込む中年男をかえりみて顔つきがさらに険しくなる。
「最後の一個じゃねーかよ」
「ツイてへんな。そのツキは今日のレースに回ったんやな。喜べ、からあげ一個分勝率上がったで」
飄々と詭弁を弄す少年と口論する愚を避け、食いものの恨みを目先の勝負への情熱に転じる。
「決めた。大穴あてて吉野屋の牛丼たらふく食ってやる」
「さよか。まあ頑張れ」
「けれども俺はどこかの生意気で口と態度の最悪な居候と違って心が広いから、お前におしんこ分けてやるよ」
大勝ちしたら吉野家の牛丼よりいいものをいくらでも食べられるのに、どうやらそこが発想の限界らしい。げに哀しきかな貧乏人。
恩着せがましく宣言する男にやる気のない声援をなげ、さざめく喧騒にあたりを見回す。
レース開始まで十分に迫り、いつのまにか周囲が混み始めていた。
馬券の購入を終えた客達が空席を埋め、あるいは最前列の手摺りから身を乗り出しパドックを周回する馬に声援を送る。
賑わいを増す観客席を見回し、少年は席を立つ。
「どこいく?」
「便所」
「ついでに缶コーヒー買ってきてくれ」
新聞から顔をも上げず問う男に返せば、相変わらず行儀悪く胡坐をかいた男があっさり言う。
新聞紙から顔も上げない男の鼻先にずいと片手を突き出す。
男が訝しげに眉をひそめ手を辿り少年を見上げる。
「なんだこの手は」
「コーヒー代」
「つけとけ」
再び新聞に戻った男の前に立つ。立ち尽くす。
「………なんやと」
我知らず低い声が出る。恐喝し慣れたドスの利いた声。
不穏な気配を察し新聞から目だけを上げる。
目つきが完全に据わっている。露骨に不愉快げな表情。
出した手を引っ込める気配は毛頭なく、妙に抑揚を欠いた声で繰り返す。
「百十円」
「馬券買ったから持ち合わせねえ」
「ちょうえどええ、そこにころがっとんで」
匕首でも突き付けるような剣呑さで手を突き出したまま無造作に顎をしゃくる。
ベンチの下にコーヒーの空き缶が転がっていた。
「さかさにしたら二・三滴出てくる」
目が本気だ。
わざわざベンチの下から拾い上げた空き缶を男の顔の前に持ってくる。
問答無用の気迫に負けて思わず空き缶を受けとる。
困惑顔で手中の缶を見下ろし、意を決し逆さにする。
残念ながら一滴も出てこない。とっくに蒸発してしまったらしい。
「くそっ!」
空き缶と一緒に人間として大事な一部を擲った気分。多分尊厳とか矜持とかそのへん。
放物線を描いた空き缶が甲高く澄んだ音たて床で跳ね、周囲の客が何事かとこちらを注視する。
不本意な注目を買った男は、相変わらず冷ややかに自分を見詰め続ける少年に向かい両手をひろげ抗弁をはかる。
「コーヒー代くらいケチケチせずツケとけよこの守銭奴、なにもおごれってんじゃねーんだ、ちゃんと返すよはいこれでいいだろ!?」
「口約束は信用できん。一体どないな了見で俺があんさんの喉潤すためになけなしの金出さなあかんのや年下にたかるのも大概にせえ無職、昼っぱらから競馬場に詰めて阿呆な夢見る暇あったら仕事見付けてこんかい。おどれに甲斐性ないせいで家賃が三ヶ月たまっとるんや」
「あとできっぱり返すよ……」
「『今日のレースに勝ったら』か?ただでさえ見込みの薄い賭けにフラグ立てんな」
あとで絶対返すと駄々をこねる男を冷ややかに見下ろし少年はうっそり口を開く。
「ええ機会やしいっぺんはっきりさせとくけどな、浅井」
眇めた双眸が真剣みを帯びる。
匕首のように突き付けた手が伸び、男のネクタイをむんずと掴む。
至近距離に顔を突き出し、気圧された男の顔をなめるように覗き込む。
「自分のために金出すんも反吐出る俺が赤の他人のためにビタ一円でも出すて思うたら大間違いや、サラ金から出直して来いこんボケ。俺が人に金貸すんはその十倍の払いが確実に見込める時だけや、はなから赤字になるて分かっとるのにわざわざ損したいヤツがおるかい。担保?ええで、どの部位や。腎臓?肝臓?角膜?あーそんなもん貰てもしゃあないな、裏ルートに知り合いおらへんし金にできんならバラ売り意味ないわ。せやったらなに担保にする?この背広か?シャツか?靴か?靴下も脱げ。下着もな。全部合わせて古着屋に売るか質に入れるかすれば最低五千にはなるやろ、身ぐるみ剥いだお前を世斗に叩き売れば一石二鳥や。あいつならええハードゲイビデオ紹介してくれるで、気張って働けや。小便染みできたトランクスかて需要あるやろし……使用済みやと相場で一万値上がりするらしいで」
「頼むやめてくれ想像しただけで鳥肌と虫唾が……悪かったよお前にツケとけとか体質的に不可能な事言った俺がどうかしてた、一時の気の迷いだ、勘弁してくれ!」
金にかかわることとなるとこいつは鬼になる。骨の髄まで守銭奴め。
今にも有言実行男の身ぐるみ引き剥がしそうな剣幕の少年に平謝り脅迫に全面降伏、捩れたネクタイを取り戻して不承不承背広をさぐる。
ポケットをひっくりかえし底をあされば、なけなしの百円硬貨と十円硬貨がちゃりんちゃりんと音をかなで埃と一緒に転がり出る。
「まいど」
男の手から硬貨をひったくり踵を返す。
雑踏に消える少年の後姿を見送り、ポケットの底を摘んだ男はパンツを履き忘れた女さながら哀しげに愚痴る。
「……すーすーして落ち着かねえ………」
男の嘆きは一顧だにせず通路の雑踏を縫って歩いてトイレに入り用を足す。
蛇口を捻る。手を洗う。拭く。一連の動作を機械的にこなす。
指紋でぼやけた鏡を見る。
いつもの癖でガンをとばす。
鏡越しにトイレに入ってきた男を確認する。
鏡に映ったその男はセンスの悪い柄物のシャツにけばけばしい銀ラメのジャンパーを合わせ肩で風切る大股でのし歩いている。
虚勢をぶいぶい言わせトイレに乗り込んできた男はこちらの存在に全く気付いてない。
反射的に顔を背ける。
便器に向かう男に背を向け、限りなく平静を装い何食わぬ顔で外に出る。
自販機に向かいコイン投入口に硬貨をおとしボタンを押す。
ガロンコロン。
下の取り出し口に手をさしいれ缶コーヒーを掴む。
缶コーヒーを片手に持ち、しなやかな足取りで雑踏を縫い席へと戻る。
「買うてきたで」
「サンキュ」
新聞と向き合ったまま横着に片手を出す男に缶コーヒーを渡す。
男の隣に座る。
プルトップを引く。
缶を傾げて口を付ける。
ずずっと音たてコーヒーを啜る男を横目に何食わぬ顔で口を開く。
「浅井」
「なんだよ」
「目黒がおる」
挙動停止。
缶コーヒーを持った男が完全に虚を衝かれた空白の顔で少年を凝視、声をひそめあたりを窺い否が応にも慎重に事実確認をする。
「マジ?」
「マジ」
雰囲気が瞬時に硬化。
男が急にそわそわし始める。
手中のコーヒーの存在も忘れせわしなく貧乏揺すりを始める相棒にちらちらと視線をくれ、彼とは対照的に落ち着き払って続ける。
「目黒がおるっちゅーことは梶木もおるやろ。梶木と目黒、略してカジキマグロコンビ。おもろいな、借金取りも刑事みたくツーマンセル組んどるんかいな。案外仕事帰りかもしれんで。トイレの入り口ですれ違うたんやけど、あいつがいつも中指に嵌めとる下品なシルバーの指輪……どす黒い血がこびりついとった」
「よく見てんなあ」
あきれたような顔をする男にすかさず言う。
「安心せえ、面は割れとらん。バレんように顔ふせとった。梶木はともかくマグロはここが足りんから気付かん」
人さし指でこめかみをつつく。
貧乏揺すりをしながら深刻に思案していた男が唐突に顔を上げる。
「逃げるぞ」
決断するなりいち早く腰を上げ退却の準備を始める。
「吉野家の牛丼はええんか?あんさん」
「命がありゃ牛丼は食える」
なるほど正論だ。
少年も腰を上げる。
缶コーヒーを一気飲み、空き缶を手に油断なくあたりをうかがう。
周囲は混雑している。
レース開始まであと五分に迫り観客が興奮し始めている。
出走馬が位置に付く。
電光掲示板が点滅する。
ドラマチックなクラッシックが大音量で流れる。
男の顔に焦燥が浮かぶ。
どこだ、どこにいる?
敵はどこにひそんでいる?
聴覚を研ぎ澄まし神経を張り巡らす。大音量のクラッシックと人声の喧騒の中から知り合いの声を選別、鋭い目つきで周囲の顔ひとつひとつを走査。
ふと空き缶がひったくられる。
反射的にそちらを見やれば、少年が男の手からひったくった空き缶を顔の上で逆さにしてる。
「意地きたねーな」
突き出した舌の上に缶の縁を伝い一滴コーヒーが垂れる。
最後の一滴まで綺麗に飲み干した缶コーヒーを両手で弄び、ゴミ箱が見当たらないので手首を返し後ろ向きに放り投げる。
「まだ飲めるもん捨てるな。これやから東京モンは……」
カコーンといい音がする。
どうやら誰かに当たったらしい。
少年は気にしない。競馬場の衛生に貢献する義務はない。当たった人間に同情もしない、運が悪かっただけだ。
男の顔色が変わる。
少年の肩越しを食い入るように見詰め、妙に強張った顔でぎこちなく口を動かす。
「……豹輔。命令だ、今度から缶はちゃんと分別してゴミ箱に捨てろ」
「下の名前で呼ぶな」
途端に気分を害す。
露骨に顔を顰める少年の前、顔の動きと目線で全力で何かを伝えようと努め、手振り激しく男はくどいほど熱意をこめかきくどく。
「『絶対』にポイ捨てするな。自殺行為だ。たとえばお前が投げた缶がたまたま通行人に当たったとする。その通行人がたまたまヤの付く自由業の方だったとする。たとえばお前が投げた缶がたまたま車にかすり傷を付けて、それがヤの付く自由業の方々が転がす黒塗りの高級ベンツだったりする。どうなる?良くて弁償、悪くて指詰めだ。まあ指一本や二本失おうが構わねえってんなら俺もうるさく言わねーよ、ぶっちゃけ自業自得だもんな。でもな、俺まで巻き込むなよ?俺の目が黒いうちは、俺の目の届く範囲で、絶対、ぜってー、ポイ捨てすんなよ?大阪府にポイ捨て禁止条例なくても俺条例で厳禁だ、俺の半径1メートル以内でポイ捨て言語道断、特にとくにパンチパンマーにブルドッグ顔で金チェーン、いまどきこんなわかりやすいVシネヤクザいねーよってのが背後5メートルに迫ってるときは……」
皆まで言わせず踵を跳ね上げる。
少年が後ろ向きに跳ね上げた踵が背後に忍び寄ったパンチパーマの股間を直撃、一瞬の隙を生む。
「か、梶木のあにィ!?」
阿吽の呼吸、切れよく喧嘩慣れした動作。
男の口ぶり手ぶり目の動きから背後に迫る脅威を察し、視覚に頼らず最大限勘を発揮した少年は、内股で悶絶するパンチパーマの後ろからパンチパーマを一回り小さくしたような若者がすさまじい剣幕で飛び出てくるのを見る。
「くそがきゃあ、梶木のあにィに空き缶投げ付けるのみならず股間に蹴りくれるたあええ度胸やんかこらあいてもうたるど!!」
さっきトイレですれ違った男だ。
頭の悪そうな縺れる巻き舌で恫喝し、拳を振り上げて少年に襲い掛かる。
「息継ぎせずよくしゃべれるな。肺活量すごいんやな。大阪湾に沈められても安泰」
「感心してる場合かよっ!!」
逃走劇の幕が切って落とされるのと出走は同時。
ゲートから放たれた出走馬が第九のメロディに乗せ競ってトラックを疾駆、大盛り上がりの観客が席を立ち声援をぶちかます。
少年と男は逃げる。
人ごみを縫い出口めざし猛然と走る二人を梶木と目黒が追う。
ジャンパーの裾を翻し走る少年を隣を走る男が罵倒する。
「大体なんで投げるんだよ缶を、せっかくバレずに抜け出せそーだったのにお前がいらねーことするせいで台無しだ畜生!」
「知るか。日頃の行いが悪いんやろ。自分が放った缶が誰に当たるか予想できるヤツおったら天才や」
「お前のせいでディズニー・ランディが一着でゴールするとこ見れなかったじゃねーか、当たりゃあ大穴だったのによ!吉野家の牛丼食べ放題、ディズニーランド日帰りツアーだって夢じゃねえのに!」
「大穴やったら吉野家の牛丼以外のもん食えるやろ。とことん発想まずしいやっちゃな。貧しいのは性根か」
「お前ほど心は貧しくねーよ。あと、今の俺にとって考えうる限り最高のご馳走は吉野家の牛丼だ。牛丼馬鹿にするヤツは牛丼に泣くってことわざ知らねーのか」
「お前の人生の六割を吉野家への情熱が占めとるのは十分伝わったから、とりあえず今は逃げるのに専念したらどや」
盛り上がりが最高潮に達する。
クライマックスに達する第九に歓声が爆発、客が総立ちでエールを送る。
何かとんでもない事が起きたらしい。
もうすぐ出口に到達するという地点で振り返った男は、衝撃的な光景を目撃する。
「大穴や、大穴がきたでえ!」
「ディズニー・ランディーやて?なんやねんそのけったいな名前は、後半からいきなりスパートかけてきよったで!?」
「半周地点までドンジリやったのにレースも三分の一過ぎた時点で驚異の巻き返して……奇跡や」
「十レース中最高八位の三歳牡馬が遂に遂に本領発揮か!」
「せやかてこれまでの出走レースで上位三位にも入っとらん無名が……」
「あれぞ無名の純血、連戦ジリ貧のサラブレッドと嘲笑されたデビュー一年と五ヶ月と三日目のディズニー・ランディ!」
「父親は97年東京優駿を制したドナティ・ダッキー、母親は98年皐月賞を制したミキティ・マーシー……もっとも運のある馬ともっとも速い馬のサラブレッドか。ワイとした事が迂闊やった、こんな逸材を今までノーマークできよったとは……」
「選ばれし馬の中の馬の才能が開花した瞬間や!!」
観客がどよめき怒涛を打って最前列に殺到する。
先頭を走るゼッケン七番は紛れもない……一攫千金の夢を託したディズニー・ランディ。
「待て!待て豹輔!」
風を孕み降参旗のように裾がはためく。
阪神タイガースのロゴを広告塔の如く翻し階段の上を目指していた豹輔に待ったをかければ、振り向きざま怒鳴られる。
「死にたいんか!?」
「ランディが呼んでるんだ!!」
「馬はしゃべらん!!」
「あと一分、五十秒、三十秒だけ待ってくれ!!」
「わこた、勝手に死ね」
刹那、相棒の中で優先順位が切り替わるのを目の体温低下で悟る。
意訳 足手まといはおいてけ。
彼は人を切り捨てるのに躊躇しない。
甘ったれた泣き言も女々しい泣き言も一切が彼の耳を素通りし無情なまでの反応速度で打算に基づく決断をさせる。
少年にとって損得こそ至上の命題。
余分なものは人でも物でも躊躇なく切り捨て顧みぬ血も涙もない守銭奴。
それが彼、幾瀬豹輔。
全てを失った現在の浅井辰臣の、ただ一人の相棒。
その相棒は融通の利かぬ浅井に愛想を尽かし、猛虎吠える阪神タイガースの縦縞ジャンパーの背を向け、きっぱりと未練なく逃げ去っていく。
馬。
それは夢。それは希望。それは金。おもに金。
脳裏で素早く配当を計算する。
配当率は驚異の十二倍、彼が賭けたのは五千円……ということは。
「家賃と借金がまとめて返せた上に吉野家食い放題味噌汁付き!」
一攫千金の野望が馬脚を現し、金と欲に目が眩んだ浅井は飛ぶように駆け下りる。
どよめく観客を突き飛ばし前へ前へひたすら前へ、夢をこの手に掴むため、自分が置かれた状況を忘却し孤軍奮闘前へ向かう。
現役時代から酷使した底が抜けかけの靴でコンクリ床を叩き、加速をつけ人ごみの渦中に殴り込む。
邪魔な親父をどつき倒し怒号を浴び邪魔な親父の後ろ髪を引っ張り腕づくで薙ぎ払い、イヤホンを耳に突っ込んで体を揺すりたてる親父の耳からぶちりとコードを引きちぎりがてら足払い転ばし、通勤ラッシュ並の盛況を呈す最前列へと殆ど三段飛ばしで駆け下りる。
全身の血を滾らせ息を切らし馳せ参じた浅井を鳴りのようなどよめきが迎える。
蜃気楼さえ生みそうな熱狂の渦に包まれ競馬場が揺れる。
目の前にトラックが迫る。
人ごみに揉みくちゃにされながら衝突の勢いで手摺りにしがみつき、身の内から湧き上がる名伏しがたい衝動に駆られ声振り絞り絶叫する。
「お前は千葉県民の誇りだディズニー・ランディ!!」
胸がじんわり熱くなる。
視界が曇る。
夢が現実に昇華する瞬間に備えしっかり目を開ける。
風切り疾駆する馬の筋肉が躍動し、つられて手摺りを掴む手にぐっと力がこもる。
大音量の第九に勝るとも劣らぬ歓声が耳を聾し腹の底が沸騰、気付けば周囲の客と一緒になり拳を掲げ大声で声援を送っていた。
ランディ!ランディ!ランデーィー………
そして。
我を忘れ手摺りにしがみ付いた男の眼前で、それは起こる。
ゴールの瞬間。
もう一頭とミリ単位で肉薄し一位を争っていたディズニー・ランディがあざやかに風切りゴールする。
鼻先から尻尾の先までぴんと張り詰めた有終の美に感銘を受け、大穴が見事に的中し配当金入手の即物的喜びがそれに数倍して勝り、五月の晴天に向かい高々と勝利の拳を突き上げ快哉を叫ぶ。
「よっしゃあああああああああああああっあああああああああ!!」
ガッツポーズ。
ああ、ギャンブル狂でよかった。これぞ競馬の醍醐味。今日は人生最高の日だ。
爽快な気分で空を見上げる。
一着でゴールに入ったディズニー・ランディが引かれていき、浅井は清清しい会心の笑みを浮かべ着順掲示板を仰ぎ見る。
その顔に疑念が射す。
『審議中』。
「審議中って……なんだよおい、ランディが一着だろ?誰が見たってそうだろ?なあ、あんたもそう思ったろ」
内心の動揺をごまかさんと隣の中年男に水を向けるが期待した回答は得られなかった。
二十年来の競馬通らしき面構えの男は眉間に難しげな皺を刻み私見を述べる。
「むつかしなあ。きわどいなあ。ほぼ同着に見えたけど……ほんの鼻先2ミリばかりナンバ・エクステージが先んじとったかな」
ナンバ・エクステージ。
本日のレースで鉄板と目された馬。
「千葉が、難波に敗けた……?」
呆然と呟く。
確かにきわどかった。
ゴールの瞬間、二頭の体はぴったり重なっていた。
ディズニー・ランディとナンバ・エクステージが同着に見えても仕方がない。
だが浅井の目にはディズニー・ランディの勝利と映った。
固唾を呑み着順掲示板を見詰める。
喉が異常に乾き動悸が速鳴る。
漠然たる不安が徐徐に明確な形を取り始める。
最前まで喜び一色に塗り込められていた浅井の心は今や暗澹たる不安に曇り、着順掲示板を見詰める目には縋るような色がある。
頼む。勝ってくれ。俺の為に。ランディ。
自然拳を握り込み願をかける。
浅井がそうして立ち尽くす様は傍目に物騒に映り、できるだけ穏便に表現すれば、これから敵対組織に殴り込むヤクザの鉄砲玉が渡世の餞にパアっと散財にきたようななみなみならぬ悲壮感を漂わせる。
赤ランプが点灯、着順掲示板の点滅が止まる。
確定。
『一位 ナンバ・エクステージ
二位 ディズニー・ランディ』
口から半分魂が漏れる。
そのまま人目も構わず地べたにへたりこむ。
浅井の落胆ぶりにさすがに同情したか、今日見知ったばかりの親父がぽりぽり頬をかきつつ慰めの言葉をかける。
「元気だしィや、兄ちゃん。勝負はこれで終わりやない、次もあるさかいに。順位はぬきにしてもええレースやったやないか。ランディは今回で一皮剥けたな。ナンバ・エクステージっちゅー生涯最高のライバルと出会えてこっからが競走馬の正念場や。来年には皐月賞狙えるかもな」
わが子の成長を目にしたかのように感慨深げな声を耳の端で聞き流す。
肩にぽんと手が置かれる。
「……夢と書いてバブルと読む……お前の言うとおりだよ、豹輔。俺は長い夢を見てたんだ。明日から気持ちを入れ替えて真面目に働く」
「おどれに明日はないで」
肩を掴む手に凶悪な握力がかかる。
肩の軋みに嫌な予感が過ぎる。
口臭くさい息が顔にかかる。
何かが背後にいる。
誰かがぴたりと背中に密着し、容赦ない強力で肩を締め上げる。
「っ、て」
「こんなとこで会うとは奇遇でんなあ浅井はん。奇遇ついでにちいとお話しよか。あんたのつれがワイの自慢のでこと大事なムスコ怪我させた慰謝料の相談もせなあかんし……うちの金利についてもも一度詳細にご説明したほうがよさそうやな。十日で一割は良心的な方やと思うんやけどな……まじめな話、うちより酷いとこなんていくらもあるで?トイチはヤミ金の常識……おっと、自分とこの会社をヤミ金なんて言うたらあかんな。せやけど事実さかいしゃあない、いまさら繕うてもアホらしわな」
こめかみに一筋汗が流れる。
後ろにいる人物の正体は分かっている。
分かってるからこそ振り向けない二律背反。
パンチパーマ縮小版、またの名を目黒が嗜虐心滴る下劣な笑みを浮かべ正面に回り込む。
右手中指のごつい指輪に生渇きの血がどす黒くこびりついているのに嫌でも目が行く。
命運尽きた。
「お前の連れやけどな」
「逃げたろ」
「ご名答。せやけど安心しぃ、今頃つかまっとるころや。うちの若いもんを出口で待たせといて好都合やった。携帯てホンマ便利やな」
意を決し振り向けば、全身これ精力の塊といったごつい男が金ぴかの歯を剥いて笑っている。
今時稀有で斬新すぎるパンチパーマ、時代に逆行する派手派手のアロハシャツ。
五月の陽気でも半袖は寒々しいが、筋肉と脂肪がたっぷり層をなす体躯から放たれるぎらつく精気がそんな事さっぱり忘れさせる。
日焼けにてかる肌から浮き上がった歯の殆どが金冠入り、敵対組織との抗争の際トンカチで前歯を叩き折られたという武勇伝に説得力を持たせる。
闘争心の強いブルドッグを思わせる醜悪な面構えの男を仰ぎ、強張る顔筋を叱咤し作り笑いを浮かべ、いちかばちかで取引を持ちかける。
「なあ梶木さん。物は相談だが、豹介好きにしていいからおれは見逃しちゃくんねーか」
梶木が携帯を耳に当て二言三言指示をだす。
競馬場の出口で待機してた子分と連絡を取り合ってるらしい。
携帯を掲げ持つ手に目がいく。
根元から親指がない。
「おどれとあのガキはホンマ相性ええな」
携帯を耳から放す。
顎をしゃくる。
すかさず目黒が羽交い絞めにし無理矢理引き立てる。
呆然とする浅井を頭のてっぺんからつまさきまで不躾に眺めやり、梶木は腹の底から愉快痛快げに笑う。
「あのガキもお前と全く同じこと言うたらしいで。『コンクリ詰めにして大阪湾に沈めるなり簀巻きにして道頓堀に叩き込むなり甲子園球場に穴掘って生き埋めにするなりどうとでもせえ。腹かっさばいて臓器を売ったらトントンの儲けになる。肺は煙草でだいぶヤられとるけど大喰らいの胃袋は健康そのもの、腎臓は一個ゆわず二個同時セットで売ったれ。ただし俺は見逃せ』てやて。あっちのがボキャブラリー豊富やな」
全く同じ?
どこがだ。
綺麗に刈り込まれた芝生と平坦に整備されたトラックをめぐる観客席には安っぽいプラスチックの長椅子が設置されている。
耳に赤ペンを挟んだうらぶれた中年男が競馬新聞の出走馬欄に熱心に目を通し、濃紺のブルゾンを着込んだ中年男が缶コーヒーをちびちび啜り、明らかに失業中のしょぼくれたなで肩が配給に並ぶように馬券を購入する。
打ち放しコンクリートに固定されたベンチは硬く、座り心地がいいとはとても言えない。
階段状の観客席の前から五段目、いちばん見晴らしのよい場所に陣取っているのはこれまた風采の上がらぬ顔ぶれ。
右のベンチには施設内の売店で買った弁当をかっこむ五十代半ばの男がおり、左のベンチではイヤホンを耳に突っ込んだ初老の男がむっつり腕を組みうたたねしている。
競馬場の空は抜けるように高い。
観客席に張り出した電光掲示板は俗にオッズ板と呼ばれ、次に行われるレースに出走する競走馬の競走馬名や馬体重、背負わされる斤量、騎乗する騎手の名前、馬券の倍率が表示される。
オッズ板に表示される情報と通路で拾った競馬新聞の予想とを詳細に照らし合わせ、おもむろに呟く。
「決めた」
「おめっとさん、ついに腹括ったか。通天閣から飛び降りるか道頓堀に飛び込むかどっちや」
熟慮の末決断を下した男に返されたのは隣からの冷めた声。
声の主はまだ若い。少年と言っていい年代だ。
五十代以上の年配者が過半数を占める競馬場にて、噛み合わない会話を交わす彼らは一際若く異彩を放っている。
冷めた声の持ち主は十六・七の少年。
隣の男が新聞と顔突き合わせてるあいだ手持ちぶさたに人間観察に興じる。
右のベンチでは五十代男性が一心不乱に弁当をかきこんでいる。
割り箸でからあげを摘み口に放り込む。咀嚼。嚥下。喉仏が上下する。
そういや昼飯もまだやったな、この分やと夕飯も抜きっぽいな。
弁当をがっつく親父に諦めの入り混じった視線を投げ、割り箸の先の鶏のからあげを物欲しげに見、ためしに落ちろと念じる。
眉間に皺を寄せ目を細める。
着古したジャンパーのポケットに手を突っ込み身を乗り出す。
落ちろ落ちろ落ちろ。
念を飛ばす。
男はぽいと無造作にからあげを口に放り込む。
舌打ち。
「自殺前提で話すすめんな。お前相当俺を殺したいらしいな」
「お前が図々しく図太くしぶとく生きとることに俺は一秒刻みで失望しとる」
なげやりに言って足を組む。
忌々しいほどいい天気。絶好の競馬日和。さぞかし馬も走り甲斐あるだろう。
まあどうでもいい。馬に興味はない。
出走馬が気持ちよく走れようが転んで足を折ろうが騎手が転落して頭を打とうがさっぱり関心がない。
特に薄情だとも思わない。
どこかの誰かの諺。自分が空腹な時に他人の心配をしてられるほど人間は心が広くない。
お説ごもっとも。そのだれかさんは世間の摂理がよくわかってる。
「失望って酷い言葉だよな。望みを失うと書いて失望。あー幸先悪ィ。お前ってなんで折角のいい気分をぶち壊しにするようなこと言うかな、ちっとは空気読んで俺の英断に敬意を表せ」
「お前の英断とやらが家計を著しく悪化させとるていい加減気付け。何が哀しゅうて馬に銭めぐまなあかんのや。お前に付き合うて午前中から馬見に来た俺の気分にもなってみぃ」
「馬じゃねーよ、馬の走りを見に来たんだっての」
「同じじゃボケ」
「パチンコと競馬の二択で競馬選んだのはお前だろ、付いてきて文句言うなよ」
「単純な消去法」
欠伸を噛み殺す。別に噛み殺す必要もないと気付く。
隣の男にいまさら欠伸を見られたところでどうもしない、一緒に暮らしてるのだから。日常もっと恥ずかしい場面も見られてるし見飽きてる。
習慣は依存に似てる。
ジャンパーから手を抜き寝癖のついた髪をかきあげる。
生まれてから一度も染めた事ない黒髪は癖が強く、どうにもおさまりが悪い。
猫の毛繕いのようにぴんと跳ねた前髪をなでつける。
整髪料は使ってない。
もとより服には興味がない、最低限の保温性があれば十分。余分なアクセサリーの類は身に付けてない。なのに自然と人目を引く。サイズ大きめの薄汚れたジャンパーは阪神タイガースのロゴ入り、下には三百円均一セールで売り叩かれていた安物のプリントТシャツ。色褪せたジーンズに包まれた足の先にくたびれたスニーカーをひっかけている。
頭のてっぺんから爪先まで総額千九百円。
中身はそれよりはるかに高い。
彼は自分が高く売れることを知っている。
身に付けているもの全部合わせた額よりも自分自身に価値がある事実を認識している。
生まれ持った見てくれのよさも容姿に無頓着な彼にとっては商売道具のひとつに過ぎない。
身に付けるものに愛着はない。
阪神タイガースのロ入りのださいジャンパーも安っぽいプリントTシャツも色褪せたジーンズも擦り切れたスニーカーも金に困れば即売っ払ってしまえるほどの感慨しかない。
金の足しになるなら親でも腎臓でも売る。
徹底してシビアな経済観念が彼の本質を貫いている。
飾りけない黒髪を手慰みになでつける。
かっきりと弧を描く眉と涼しげな切れ長の目、肉の薄い鼻梁、いまだ少年の域を脱してない端正な顔立ち。
四十五度ほど斜に構えた姿態は厭世家を気取る演技ではなく十七年の人生経験から自然と身に付いたもの。
質素なジャンパーとジーンズを身に纏っているだけにかえって素材の良さが引き立つ。
若者にありがちな世を斜めに見るのが格好いいという風潮とは一線を画し、淡白に冷めた横顔には通貨単位で世間を割り切る達観が漂う。
本来高校に通っているはずの年齢の少年は日常の一部であるかのように競馬場の雰囲気に溶け込み、淡々と指摘する。
「お前のこっちゃ、いったんパチンコ台の前に座れば半日は動かんに決まってる。小便に立つ以外ぶっとおしでパチンコやりまくって散財しまくる。お前が留守しとるあいだに大家が家賃取り立てにきたらどないする、俺に全部おっかぶせてケツまくる気か?そうは問屋がおろさんで」
「わかったわかった、軍艦マーチより第九が聞きたかったんだろ」
競馬場には大音量のクラッシックがかかっている。
観客を高揚させる目的か競走馬の士気を高めるか真偽は判然としないが、これは各地の競馬場で全国的に見られる現象だ。
俗な欲望渦巻く競馬場にクラシックは場違いに思えるが存外これがはまっている。
今流れているのはベートーヴェンの交響曲第九番……有名な「第九」。
別名歓喜の歌。五月の良き日にお誂え向きの曲。
クラシックは偉大だが貧乏は人を卑しくする。
自棄気味に滅入る一方の気持ちを逆なでするダイナミックな演奏に少年は顔を顰める。
「阿呆。大阪のパチンコ屋じゃ軍艦マーチの代わりに六甲おろしかかるて知らんのかい。大阪住んで何年や、これやさいに千葉上がりは」
「言葉のあやだよ。つか千葉は関係ねーだろ千葉は。馬鹿にすんなよ千葉県民を、東京ディズイニーランドだってあるんだぜ」
「ディズニーランド以外に売りあるんか」
「…………」
「きぐるみのネズミとハリボテの城以外に取り得がないなんて発想の貧しい県。お前にぴったりや、浅井」
憤然と新聞を畳み男が向き直る。
眉間に皺の海溝が刻まれる。
「黙れ大阪人。ミッキーと握手したことねーからって僻むな」
「ビリケンと握手したほうがまし」
実際ビリケンの手も借りたいほど追い込まれているのだが幸か不幸かこの男にはその自覚がない。
クラシックには人の気持ちを盛り立てる効果がある。
隣の男も例外でなく、第九のメロディに合わせ貧乏揺すりで拍子をとっている。
自堕落に着崩した背広に皺だらけのシャツ、以下同文のスラックス。ノーネクタイから堅気じゃないのは一目瞭然。もっとも堅気の勤め人が平日の昼間に競馬場にいる訳ない。
意志的な弧を描く眉、尖った鼻梁、癇の強そうに引き結んだ唇。
頬骨の高い精悍な容貌は見る目のある……もしくは見る目のない向きからすればそこそこ男前と評せなくもないが、いかんせん三白眼が怖すぎる。うっかり近付けば噛み付かれそうだ。
ガキ大将がそのまま大きくなった風情。
寸法の合わない背広をむりやり着せられてる印象。
二十代半ば過ぎと推定される男は落ち着きなく膝を揺すり、 片手間に背広のポケットをさぐって舌打ちする。
目的の物が見付からなかったらしい。気を紛らわせようと話題を変える。
「ま、お前が羨ましがる気持ちもわかるよ。ディズニーランドに一回も行ったことねえってのはかなり不幸だもんな。夢も希望もへったくれもねー子供時代だな。喜べ、今回のレースで勝ったらディズニーランド連れてってやる。ミッキーやドナルドと握手し放題だ。夢の国イン千葉にようこそ」
「それ以前にレース的中がまるっきり根拠ない妄想やろ。しかも男ふたりで夢の国てしょっぱいな、何の罰ゲームやそれ。吉本の深夜番組かてそんな苦行やらかさんで、夢も希望もないやん。お前ひとりで行けや止めんから、二十七歳無職独身男にも夢の国でミッキーと握手してパレード撮影してくるくる舞い踊るべっぴんティンカーベルのスカート覗く権利みとめたるから。ちなみにその写真ネットで競売にかければ稼げる、ちゃんと持ち帰って来い」
「するか。いくら女に飢えてるからって夢の国で盗撮に走るほどおちぶれてねえ。大体インターネットねーだろ」
さも心外そうな仏頂面で抗議する男に無関心な一瞥をなげ、しれっという。
「世斗のを借りる」
とたん顔色が豹変、ただでさえ人が避けて通る凶悪な人相が剣呑なオーラを帯びる。
天敵の名に猛反発、不機嫌も絶頂といった感じでせっかく畳み直した新聞をがさがさ広げ片足を行儀悪くベンチにのせる。
「あいつの名前は出すな。吐き気がする」
子供っぽく怒りを露にする男の背中越しに新聞紙を覗き込めばたまたま出走馬欄が目に入る。
男が赤ペンで丸印を付けた出走馬の名前を読み、絶望的に呟く。
「……『ディズニー・ランディ』。ネーミングセンス最悪やな。ハルウララやハイセイコーはまだマシやとして完全にウケ狙いのダジャレやん、ディープインパクトはドーピングインパクトやし。著作権に抵触せえへんか、これ」
「著作権で夢は買えねえ」
「金をドブに捨てるようなもん、夢と書いてバブルと読む」
「馬に対する愛がねーやつは黙ってろ。俺はこいつに賭けた。いかにも夢の為に一途に突っ走りそうないい名前じゃねえか」
出走馬欄を弾き自信満々笑みを浮かべる男の横顔に呆れた眼差しを注ぎ、少年は気乗りせず付け足す。
「ひとっぱしり千葉まで行きそうやな」
念波が届くまでにタイムラグがあった。
視界の端でぽろりとからあげが零れ落ちる。
つるりと箸がすべりからあげを落っことした男が悔しそうな顔をする。
しめた。
早々とからあげを諦めた男は既に弁当の空き箱を片付け始めている。
コンクリート打ち放しの床を点々と跳ね転がったからあげは吹きさらしに放置されている。
少年は片手をジャンパーに突っ込んだまま全く自然な動作で前にのりだし、からあげをひょいと拾い上げ口に入れる。
咀嚼する。嚥下。喉仏が動く。
あまりに自然な動作故に何の違和感も感じない
拾い食いが習慣であるように至って堂々飄々としている。
床に落ちたからあげを一抹の抵抗なく拾い食いした少年を横目で睨み、悪人面にさらに磨きがかかった男が不穏な声を発する。
「おい」
「三秒ルール」
三本指を立てた少年に詰め寄り男の目が据わる。
「半分分けろよ」
「世の中早いもん勝ち。競争社会は世知辛い。残念やったな」
食いものの恨みは恐ろしい。
男はかなり本気で腹を立てている。たかがからあげ一個、しかももともと他人の物。他人の弁当から偶然落っこちたからあげを半分に分けろと詰め寄る男も相当食い意地が張っている。というか、せこい。連れが床におちたものを拾い食いした事はどうでもいいらしい。男は恨みがましい目つきで少年を睨んでいたが、空の弁当箱を袋に詰め込む中年男をかえりみて顔つきがさらに険しくなる。
「最後の一個じゃねーかよ」
「ツイてへんな。そのツキは今日のレースに回ったんやな。喜べ、からあげ一個分勝率上がったで」
飄々と詭弁を弄す少年と口論する愚を避け、食いものの恨みを目先の勝負への情熱に転じる。
「決めた。大穴あてて吉野屋の牛丼たらふく食ってやる」
「さよか。まあ頑張れ」
「けれども俺はどこかの生意気で口と態度の最悪な居候と違って心が広いから、お前におしんこ分けてやるよ」
大勝ちしたら吉野家の牛丼よりいいものをいくらでも食べられるのに、どうやらそこが発想の限界らしい。げに哀しきかな貧乏人。
恩着せがましく宣言する男にやる気のない声援をなげ、さざめく喧騒にあたりを見回す。
レース開始まで十分に迫り、いつのまにか周囲が混み始めていた。
馬券の購入を終えた客達が空席を埋め、あるいは最前列の手摺りから身を乗り出しパドックを周回する馬に声援を送る。
賑わいを増す観客席を見回し、少年は席を立つ。
「どこいく?」
「便所」
「ついでに缶コーヒー買ってきてくれ」
新聞から顔をも上げず問う男に返せば、相変わらず行儀悪く胡坐をかいた男があっさり言う。
新聞紙から顔も上げない男の鼻先にずいと片手を突き出す。
男が訝しげに眉をひそめ手を辿り少年を見上げる。
「なんだこの手は」
「コーヒー代」
「つけとけ」
再び新聞に戻った男の前に立つ。立ち尽くす。
「………なんやと」
我知らず低い声が出る。恐喝し慣れたドスの利いた声。
不穏な気配を察し新聞から目だけを上げる。
目つきが完全に据わっている。露骨に不愉快げな表情。
出した手を引っ込める気配は毛頭なく、妙に抑揚を欠いた声で繰り返す。
「百十円」
「馬券買ったから持ち合わせねえ」
「ちょうえどええ、そこにころがっとんで」
匕首でも突き付けるような剣呑さで手を突き出したまま無造作に顎をしゃくる。
ベンチの下にコーヒーの空き缶が転がっていた。
「さかさにしたら二・三滴出てくる」
目が本気だ。
わざわざベンチの下から拾い上げた空き缶を男の顔の前に持ってくる。
問答無用の気迫に負けて思わず空き缶を受けとる。
困惑顔で手中の缶を見下ろし、意を決し逆さにする。
残念ながら一滴も出てこない。とっくに蒸発してしまったらしい。
「くそっ!」
空き缶と一緒に人間として大事な一部を擲った気分。多分尊厳とか矜持とかそのへん。
放物線を描いた空き缶が甲高く澄んだ音たて床で跳ね、周囲の客が何事かとこちらを注視する。
不本意な注目を買った男は、相変わらず冷ややかに自分を見詰め続ける少年に向かい両手をひろげ抗弁をはかる。
「コーヒー代くらいケチケチせずツケとけよこの守銭奴、なにもおごれってんじゃねーんだ、ちゃんと返すよはいこれでいいだろ!?」
「口約束は信用できん。一体どないな了見で俺があんさんの喉潤すためになけなしの金出さなあかんのや年下にたかるのも大概にせえ無職、昼っぱらから競馬場に詰めて阿呆な夢見る暇あったら仕事見付けてこんかい。おどれに甲斐性ないせいで家賃が三ヶ月たまっとるんや」
「あとできっぱり返すよ……」
「『今日のレースに勝ったら』か?ただでさえ見込みの薄い賭けにフラグ立てんな」
あとで絶対返すと駄々をこねる男を冷ややかに見下ろし少年はうっそり口を開く。
「ええ機会やしいっぺんはっきりさせとくけどな、浅井」
眇めた双眸が真剣みを帯びる。
匕首のように突き付けた手が伸び、男のネクタイをむんずと掴む。
至近距離に顔を突き出し、気圧された男の顔をなめるように覗き込む。
「自分のために金出すんも反吐出る俺が赤の他人のためにビタ一円でも出すて思うたら大間違いや、サラ金から出直して来いこんボケ。俺が人に金貸すんはその十倍の払いが確実に見込める時だけや、はなから赤字になるて分かっとるのにわざわざ損したいヤツがおるかい。担保?ええで、どの部位や。腎臓?肝臓?角膜?あーそんなもん貰てもしゃあないな、裏ルートに知り合いおらへんし金にできんならバラ売り意味ないわ。せやったらなに担保にする?この背広か?シャツか?靴か?靴下も脱げ。下着もな。全部合わせて古着屋に売るか質に入れるかすれば最低五千にはなるやろ、身ぐるみ剥いだお前を世斗に叩き売れば一石二鳥や。あいつならええハードゲイビデオ紹介してくれるで、気張って働けや。小便染みできたトランクスかて需要あるやろし……使用済みやと相場で一万値上がりするらしいで」
「頼むやめてくれ想像しただけで鳥肌と虫唾が……悪かったよお前にツケとけとか体質的に不可能な事言った俺がどうかしてた、一時の気の迷いだ、勘弁してくれ!」
金にかかわることとなるとこいつは鬼になる。骨の髄まで守銭奴め。
今にも有言実行男の身ぐるみ引き剥がしそうな剣幕の少年に平謝り脅迫に全面降伏、捩れたネクタイを取り戻して不承不承背広をさぐる。
ポケットをひっくりかえし底をあされば、なけなしの百円硬貨と十円硬貨がちゃりんちゃりんと音をかなで埃と一緒に転がり出る。
「まいど」
男の手から硬貨をひったくり踵を返す。
雑踏に消える少年の後姿を見送り、ポケットの底を摘んだ男はパンツを履き忘れた女さながら哀しげに愚痴る。
「……すーすーして落ち着かねえ………」
男の嘆きは一顧だにせず通路の雑踏を縫って歩いてトイレに入り用を足す。
蛇口を捻る。手を洗う。拭く。一連の動作を機械的にこなす。
指紋でぼやけた鏡を見る。
いつもの癖でガンをとばす。
鏡越しにトイレに入ってきた男を確認する。
鏡に映ったその男はセンスの悪い柄物のシャツにけばけばしい銀ラメのジャンパーを合わせ肩で風切る大股でのし歩いている。
虚勢をぶいぶい言わせトイレに乗り込んできた男はこちらの存在に全く気付いてない。
反射的に顔を背ける。
便器に向かう男に背を向け、限りなく平静を装い何食わぬ顔で外に出る。
自販機に向かいコイン投入口に硬貨をおとしボタンを押す。
ガロンコロン。
下の取り出し口に手をさしいれ缶コーヒーを掴む。
缶コーヒーを片手に持ち、しなやかな足取りで雑踏を縫い席へと戻る。
「買うてきたで」
「サンキュ」
新聞と向き合ったまま横着に片手を出す男に缶コーヒーを渡す。
男の隣に座る。
プルトップを引く。
缶を傾げて口を付ける。
ずずっと音たてコーヒーを啜る男を横目に何食わぬ顔で口を開く。
「浅井」
「なんだよ」
「目黒がおる」
挙動停止。
缶コーヒーを持った男が完全に虚を衝かれた空白の顔で少年を凝視、声をひそめあたりを窺い否が応にも慎重に事実確認をする。
「マジ?」
「マジ」
雰囲気が瞬時に硬化。
男が急にそわそわし始める。
手中のコーヒーの存在も忘れせわしなく貧乏揺すりを始める相棒にちらちらと視線をくれ、彼とは対照的に落ち着き払って続ける。
「目黒がおるっちゅーことは梶木もおるやろ。梶木と目黒、略してカジキマグロコンビ。おもろいな、借金取りも刑事みたくツーマンセル組んどるんかいな。案外仕事帰りかもしれんで。トイレの入り口ですれ違うたんやけど、あいつがいつも中指に嵌めとる下品なシルバーの指輪……どす黒い血がこびりついとった」
「よく見てんなあ」
あきれたような顔をする男にすかさず言う。
「安心せえ、面は割れとらん。バレんように顔ふせとった。梶木はともかくマグロはここが足りんから気付かん」
人さし指でこめかみをつつく。
貧乏揺すりをしながら深刻に思案していた男が唐突に顔を上げる。
「逃げるぞ」
決断するなりいち早く腰を上げ退却の準備を始める。
「吉野家の牛丼はええんか?あんさん」
「命がありゃ牛丼は食える」
なるほど正論だ。
少年も腰を上げる。
缶コーヒーを一気飲み、空き缶を手に油断なくあたりをうかがう。
周囲は混雑している。
レース開始まであと五分に迫り観客が興奮し始めている。
出走馬が位置に付く。
電光掲示板が点滅する。
ドラマチックなクラッシックが大音量で流れる。
男の顔に焦燥が浮かぶ。
どこだ、どこにいる?
敵はどこにひそんでいる?
聴覚を研ぎ澄まし神経を張り巡らす。大音量のクラッシックと人声の喧騒の中から知り合いの声を選別、鋭い目つきで周囲の顔ひとつひとつを走査。
ふと空き缶がひったくられる。
反射的にそちらを見やれば、少年が男の手からひったくった空き缶を顔の上で逆さにしてる。
「意地きたねーな」
突き出した舌の上に缶の縁を伝い一滴コーヒーが垂れる。
最後の一滴まで綺麗に飲み干した缶コーヒーを両手で弄び、ゴミ箱が見当たらないので手首を返し後ろ向きに放り投げる。
「まだ飲めるもん捨てるな。これやから東京モンは……」
カコーンといい音がする。
どうやら誰かに当たったらしい。
少年は気にしない。競馬場の衛生に貢献する義務はない。当たった人間に同情もしない、運が悪かっただけだ。
男の顔色が変わる。
少年の肩越しを食い入るように見詰め、妙に強張った顔でぎこちなく口を動かす。
「……豹輔。命令だ、今度から缶はちゃんと分別してゴミ箱に捨てろ」
「下の名前で呼ぶな」
途端に気分を害す。
露骨に顔を顰める少年の前、顔の動きと目線で全力で何かを伝えようと努め、手振り激しく男はくどいほど熱意をこめかきくどく。
「『絶対』にポイ捨てするな。自殺行為だ。たとえばお前が投げた缶がたまたま通行人に当たったとする。その通行人がたまたまヤの付く自由業の方だったとする。たとえばお前が投げた缶がたまたま車にかすり傷を付けて、それがヤの付く自由業の方々が転がす黒塗りの高級ベンツだったりする。どうなる?良くて弁償、悪くて指詰めだ。まあ指一本や二本失おうが構わねえってんなら俺もうるさく言わねーよ、ぶっちゃけ自業自得だもんな。でもな、俺まで巻き込むなよ?俺の目が黒いうちは、俺の目の届く範囲で、絶対、ぜってー、ポイ捨てすんなよ?大阪府にポイ捨て禁止条例なくても俺条例で厳禁だ、俺の半径1メートル以内でポイ捨て言語道断、特にとくにパンチパンマーにブルドッグ顔で金チェーン、いまどきこんなわかりやすいVシネヤクザいねーよってのが背後5メートルに迫ってるときは……」
皆まで言わせず踵を跳ね上げる。
少年が後ろ向きに跳ね上げた踵が背後に忍び寄ったパンチパーマの股間を直撃、一瞬の隙を生む。
「か、梶木のあにィ!?」
阿吽の呼吸、切れよく喧嘩慣れした動作。
男の口ぶり手ぶり目の動きから背後に迫る脅威を察し、視覚に頼らず最大限勘を発揮した少年は、内股で悶絶するパンチパーマの後ろからパンチパーマを一回り小さくしたような若者がすさまじい剣幕で飛び出てくるのを見る。
「くそがきゃあ、梶木のあにィに空き缶投げ付けるのみならず股間に蹴りくれるたあええ度胸やんかこらあいてもうたるど!!」
さっきトイレですれ違った男だ。
頭の悪そうな縺れる巻き舌で恫喝し、拳を振り上げて少年に襲い掛かる。
「息継ぎせずよくしゃべれるな。肺活量すごいんやな。大阪湾に沈められても安泰」
「感心してる場合かよっ!!」
逃走劇の幕が切って落とされるのと出走は同時。
ゲートから放たれた出走馬が第九のメロディに乗せ競ってトラックを疾駆、大盛り上がりの観客が席を立ち声援をぶちかます。
少年と男は逃げる。
人ごみを縫い出口めざし猛然と走る二人を梶木と目黒が追う。
ジャンパーの裾を翻し走る少年を隣を走る男が罵倒する。
「大体なんで投げるんだよ缶を、せっかくバレずに抜け出せそーだったのにお前がいらねーことするせいで台無しだ畜生!」
「知るか。日頃の行いが悪いんやろ。自分が放った缶が誰に当たるか予想できるヤツおったら天才や」
「お前のせいでディズニー・ランディが一着でゴールするとこ見れなかったじゃねーか、当たりゃあ大穴だったのによ!吉野家の牛丼食べ放題、ディズニーランド日帰りツアーだって夢じゃねえのに!」
「大穴やったら吉野家の牛丼以外のもん食えるやろ。とことん発想まずしいやっちゃな。貧しいのは性根か」
「お前ほど心は貧しくねーよ。あと、今の俺にとって考えうる限り最高のご馳走は吉野家の牛丼だ。牛丼馬鹿にするヤツは牛丼に泣くってことわざ知らねーのか」
「お前の人生の六割を吉野家への情熱が占めとるのは十分伝わったから、とりあえず今は逃げるのに専念したらどや」
盛り上がりが最高潮に達する。
クライマックスに達する第九に歓声が爆発、客が総立ちでエールを送る。
何かとんでもない事が起きたらしい。
もうすぐ出口に到達するという地点で振り返った男は、衝撃的な光景を目撃する。
「大穴や、大穴がきたでえ!」
「ディズニー・ランディーやて?なんやねんそのけったいな名前は、後半からいきなりスパートかけてきよったで!?」
「半周地点までドンジリやったのにレースも三分の一過ぎた時点で驚異の巻き返して……奇跡や」
「十レース中最高八位の三歳牡馬が遂に遂に本領発揮か!」
「せやかてこれまでの出走レースで上位三位にも入っとらん無名が……」
「あれぞ無名の純血、連戦ジリ貧のサラブレッドと嘲笑されたデビュー一年と五ヶ月と三日目のディズニー・ランディ!」
「父親は97年東京優駿を制したドナティ・ダッキー、母親は98年皐月賞を制したミキティ・マーシー……もっとも運のある馬ともっとも速い馬のサラブレッドか。ワイとした事が迂闊やった、こんな逸材を今までノーマークできよったとは……」
「選ばれし馬の中の馬の才能が開花した瞬間や!!」
観客がどよめき怒涛を打って最前列に殺到する。
先頭を走るゼッケン七番は紛れもない……一攫千金の夢を託したディズニー・ランディ。
「待て!待て豹輔!」
風を孕み降参旗のように裾がはためく。
阪神タイガースのロゴを広告塔の如く翻し階段の上を目指していた豹輔に待ったをかければ、振り向きざま怒鳴られる。
「死にたいんか!?」
「ランディが呼んでるんだ!!」
「馬はしゃべらん!!」
「あと一分、五十秒、三十秒だけ待ってくれ!!」
「わこた、勝手に死ね」
刹那、相棒の中で優先順位が切り替わるのを目の体温低下で悟る。
意訳 足手まといはおいてけ。
彼は人を切り捨てるのに躊躇しない。
甘ったれた泣き言も女々しい泣き言も一切が彼の耳を素通りし無情なまでの反応速度で打算に基づく決断をさせる。
少年にとって損得こそ至上の命題。
余分なものは人でも物でも躊躇なく切り捨て顧みぬ血も涙もない守銭奴。
それが彼、幾瀬豹輔。
全てを失った現在の浅井辰臣の、ただ一人の相棒。
その相棒は融通の利かぬ浅井に愛想を尽かし、猛虎吠える阪神タイガースの縦縞ジャンパーの背を向け、きっぱりと未練なく逃げ去っていく。
馬。
それは夢。それは希望。それは金。おもに金。
脳裏で素早く配当を計算する。
配当率は驚異の十二倍、彼が賭けたのは五千円……ということは。
「家賃と借金がまとめて返せた上に吉野家食い放題味噌汁付き!」
一攫千金の野望が馬脚を現し、金と欲に目が眩んだ浅井は飛ぶように駆け下りる。
どよめく観客を突き飛ばし前へ前へひたすら前へ、夢をこの手に掴むため、自分が置かれた状況を忘却し孤軍奮闘前へ向かう。
現役時代から酷使した底が抜けかけの靴でコンクリ床を叩き、加速をつけ人ごみの渦中に殴り込む。
邪魔な親父をどつき倒し怒号を浴び邪魔な親父の後ろ髪を引っ張り腕づくで薙ぎ払い、イヤホンを耳に突っ込んで体を揺すりたてる親父の耳からぶちりとコードを引きちぎりがてら足払い転ばし、通勤ラッシュ並の盛況を呈す最前列へと殆ど三段飛ばしで駆け下りる。
全身の血を滾らせ息を切らし馳せ参じた浅井を鳴りのようなどよめきが迎える。
蜃気楼さえ生みそうな熱狂の渦に包まれ競馬場が揺れる。
目の前にトラックが迫る。
人ごみに揉みくちゃにされながら衝突の勢いで手摺りにしがみつき、身の内から湧き上がる名伏しがたい衝動に駆られ声振り絞り絶叫する。
「お前は千葉県民の誇りだディズニー・ランディ!!」
胸がじんわり熱くなる。
視界が曇る。
夢が現実に昇華する瞬間に備えしっかり目を開ける。
風切り疾駆する馬の筋肉が躍動し、つられて手摺りを掴む手にぐっと力がこもる。
大音量の第九に勝るとも劣らぬ歓声が耳を聾し腹の底が沸騰、気付けば周囲の客と一緒になり拳を掲げ大声で声援を送っていた。
ランディ!ランディ!ランデーィー………
そして。
我を忘れ手摺りにしがみ付いた男の眼前で、それは起こる。
ゴールの瞬間。
もう一頭とミリ単位で肉薄し一位を争っていたディズニー・ランディがあざやかに風切りゴールする。
鼻先から尻尾の先までぴんと張り詰めた有終の美に感銘を受け、大穴が見事に的中し配当金入手の即物的喜びがそれに数倍して勝り、五月の晴天に向かい高々と勝利の拳を突き上げ快哉を叫ぶ。
「よっしゃあああああああああああああっあああああああああ!!」
ガッツポーズ。
ああ、ギャンブル狂でよかった。これぞ競馬の醍醐味。今日は人生最高の日だ。
爽快な気分で空を見上げる。
一着でゴールに入ったディズニー・ランディが引かれていき、浅井は清清しい会心の笑みを浮かべ着順掲示板を仰ぎ見る。
その顔に疑念が射す。
『審議中』。
「審議中って……なんだよおい、ランディが一着だろ?誰が見たってそうだろ?なあ、あんたもそう思ったろ」
内心の動揺をごまかさんと隣の中年男に水を向けるが期待した回答は得られなかった。
二十年来の競馬通らしき面構えの男は眉間に難しげな皺を刻み私見を述べる。
「むつかしなあ。きわどいなあ。ほぼ同着に見えたけど……ほんの鼻先2ミリばかりナンバ・エクステージが先んじとったかな」
ナンバ・エクステージ。
本日のレースで鉄板と目された馬。
「千葉が、難波に敗けた……?」
呆然と呟く。
確かにきわどかった。
ゴールの瞬間、二頭の体はぴったり重なっていた。
ディズニー・ランディとナンバ・エクステージが同着に見えても仕方がない。
だが浅井の目にはディズニー・ランディの勝利と映った。
固唾を呑み着順掲示板を見詰める。
喉が異常に乾き動悸が速鳴る。
漠然たる不安が徐徐に明確な形を取り始める。
最前まで喜び一色に塗り込められていた浅井の心は今や暗澹たる不安に曇り、着順掲示板を見詰める目には縋るような色がある。
頼む。勝ってくれ。俺の為に。ランディ。
自然拳を握り込み願をかける。
浅井がそうして立ち尽くす様は傍目に物騒に映り、できるだけ穏便に表現すれば、これから敵対組織に殴り込むヤクザの鉄砲玉が渡世の餞にパアっと散財にきたようななみなみならぬ悲壮感を漂わせる。
赤ランプが点灯、着順掲示板の点滅が止まる。
確定。
『一位 ナンバ・エクステージ
二位 ディズニー・ランディ』
口から半分魂が漏れる。
そのまま人目も構わず地べたにへたりこむ。
浅井の落胆ぶりにさすがに同情したか、今日見知ったばかりの親父がぽりぽり頬をかきつつ慰めの言葉をかける。
「元気だしィや、兄ちゃん。勝負はこれで終わりやない、次もあるさかいに。順位はぬきにしてもええレースやったやないか。ランディは今回で一皮剥けたな。ナンバ・エクステージっちゅー生涯最高のライバルと出会えてこっからが競走馬の正念場や。来年には皐月賞狙えるかもな」
わが子の成長を目にしたかのように感慨深げな声を耳の端で聞き流す。
肩にぽんと手が置かれる。
「……夢と書いてバブルと読む……お前の言うとおりだよ、豹輔。俺は長い夢を見てたんだ。明日から気持ちを入れ替えて真面目に働く」
「おどれに明日はないで」
肩を掴む手に凶悪な握力がかかる。
肩の軋みに嫌な予感が過ぎる。
口臭くさい息が顔にかかる。
何かが背後にいる。
誰かがぴたりと背中に密着し、容赦ない強力で肩を締め上げる。
「っ、て」
「こんなとこで会うとは奇遇でんなあ浅井はん。奇遇ついでにちいとお話しよか。あんたのつれがワイの自慢のでこと大事なムスコ怪我させた慰謝料の相談もせなあかんし……うちの金利についてもも一度詳細にご説明したほうがよさそうやな。十日で一割は良心的な方やと思うんやけどな……まじめな話、うちより酷いとこなんていくらもあるで?トイチはヤミ金の常識……おっと、自分とこの会社をヤミ金なんて言うたらあかんな。せやけど事実さかいしゃあない、いまさら繕うてもアホらしわな」
こめかみに一筋汗が流れる。
後ろにいる人物の正体は分かっている。
分かってるからこそ振り向けない二律背反。
パンチパーマ縮小版、またの名を目黒が嗜虐心滴る下劣な笑みを浮かべ正面に回り込む。
右手中指のごつい指輪に生渇きの血がどす黒くこびりついているのに嫌でも目が行く。
命運尽きた。
「お前の連れやけどな」
「逃げたろ」
「ご名答。せやけど安心しぃ、今頃つかまっとるころや。うちの若いもんを出口で待たせといて好都合やった。携帯てホンマ便利やな」
意を決し振り向けば、全身これ精力の塊といったごつい男が金ぴかの歯を剥いて笑っている。
今時稀有で斬新すぎるパンチパーマ、時代に逆行する派手派手のアロハシャツ。
五月の陽気でも半袖は寒々しいが、筋肉と脂肪がたっぷり層をなす体躯から放たれるぎらつく精気がそんな事さっぱり忘れさせる。
日焼けにてかる肌から浮き上がった歯の殆どが金冠入り、敵対組織との抗争の際トンカチで前歯を叩き折られたという武勇伝に説得力を持たせる。
闘争心の強いブルドッグを思わせる醜悪な面構えの男を仰ぎ、強張る顔筋を叱咤し作り笑いを浮かべ、いちかばちかで取引を持ちかける。
「なあ梶木さん。物は相談だが、豹介好きにしていいからおれは見逃しちゃくんねーか」
梶木が携帯を耳に当て二言三言指示をだす。
競馬場の出口で待機してた子分と連絡を取り合ってるらしい。
携帯を掲げ持つ手に目がいく。
根元から親指がない。
「おどれとあのガキはホンマ相性ええな」
携帯を耳から放す。
顎をしゃくる。
すかさず目黒が羽交い絞めにし無理矢理引き立てる。
呆然とする浅井を頭のてっぺんからつまさきまで不躾に眺めやり、梶木は腹の底から愉快痛快げに笑う。
「あのガキもお前と全く同じこと言うたらしいで。『コンクリ詰めにして大阪湾に沈めるなり簀巻きにして道頓堀に叩き込むなり甲子園球場に穴掘って生き埋めにするなりどうとでもせえ。腹かっさばいて臓器を売ったらトントンの儲けになる。肺は煙草でだいぶヤられとるけど大喰らいの胃袋は健康そのもの、腎臓は一個ゆわず二個同時セットで売ったれ。ただし俺は見逃せ』てやて。あっちのがボキャブラリー豊富やな」
全く同じ?
どこがだ。
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