ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十一話

 「聞き分けのない人質にはお仕置きが必要と考えますが、公平を期して君たちのご意見も伺いたいところですね」
 オペラで鍛えたかのようなバリトンが豊潤な余韻をもって響き渡る。
 殷々と反響がこもる暗渠にて闇を背負いし隠者と対峙する。
 踵が水溜りに突っ込み、しぶきがかかる。
 僕の体力は限界だ。
 ただでさえ暴君に弄ばれ困憊し、風邪のひき始めで体調が悪化しているところに体格の倍する成人男性を背負っている。
 僕の肩に覆い被さっている軍人が自力で歩けるなら負担は減るが、自白剤を打たれ、いまだ意識が酩酊している彼に二足歩行は困難。
 今だって僕の肩を借りてやっと立っている状態なのだ。
 彼を捨てれば身が軽くなる。
 僕ひとりなら逃げ切れる。
 甘い。
 ホセは必ず僕を捕まえる、僕を捕まえて酷い目に遭わす。
 軍人を見捨てる選択肢も考慮したが、彼を捨て駒にして逃げおおせるほど思うほど僕は楽観主義者じゃない。
 冷静に状況を分析すれば自明の理だ。
 僕はホセが軍人を捕虜として監禁していた事を知っている。
 地上に出た僕がその事実を漏らせばホセの身に危険が及ぶ。
 狡猾な策士を自認するホセが、秘密を知る僕をただで逃がすはずがない。
 僕に与えられた選択肢はふたつにひとつ、軍人ともどもホセに降伏するか徹底抗戦かだ。
 ホセの前に跪いて命乞いをする。
 考えただけで胸糞悪い。
 ホセに頭を下げるなどごめんだ。
 しかし、これ以上逃げ続けるのは体力的に無理だ。
 下水道は広く、道は複雑に入り組んで、正規の帰路を辿っているのかどうかさすがの僕の記憶力をもってしても不安になる。
 下手をすれば共倒れだ。
 脳内で混沌と思考が入り乱れる。分裂した考えが心を苛む。
 軍人を背負い直した僕は、荒い息を吐きながら迫り来るホセを睨みつける。
 「人質になったつもりはない。僕は自発意思で地上に帰らせてもらう」
 「君の自発意思など知ったことではありません。君もきみの背の男も我輩の野望の捨て駒です」
 僕の威嚇を鼻で笑う。
 ホセが大股に歩み寄る。
 水溜りの存在をものともせず蹴散らし、ズボンに跳ねた水しぶきに煩わされる事なく、勇み足でこちらに向かう。
 なにか異様なものに取り憑かれた表情に気圧される。
 腰だめに構えた拳には生渇きの血糊がこびりついてる。
 僕の足元では投げ飛ばされたマオが意識を失っている。
 物のように転がったマオの顔は醜く腫れ上がり、右目はふさがっている。
 最前までマオを殴り倒していたと拳の血糊が物語る。
 「ならせめて、君が背に庇う彼だけでも返してもらいます。何も情報を聞き出してないうちは地上にお帰しできません」
 「情報を聞き出したら口を封じるつもりだろう」
 「さて、それは我輩への服従の度合い次第ということで」
 一歩詰め寄るのにあわせ一歩後退する。
 水溜りに踵が突っ込み、水柱が立つ。
 耳元に荒く不規則な呼吸音がかかる。
 担がれた軍人が朦朧とした表情でホセを仰ぐ。
 口を利く気力がない軍人に代わり、ホセの接近を阻もうと意を決し声を上げる。
 「君の目的はなんだ?」
 「目的とは?」
 「ロシアの軍人を下水道におびき出し自白剤まで用いて尋問した目的だ。先刻から会話中に頻出する『あれ』とは何をさす?一体君は何者なんだ、一介の囚人にしてはあまりに謎が多すぎる。君は一体何が目的で、東京プリズンに乗り込んできたんだ」
 性急な衝動につかれ、一息に言う。 
 大声を出したのは虚勢にすぎないとホセは見抜いていた。
 僕がつきつけた質問にすぐには答えず、はぐらかすような笑みを浮かべ接近を続ける。
 人の形をとった脅威が今まさに近付きつつあると直感し、命の危機に瀕してると痛感する。 殺気が肌に痛い。
 どうしてもホセが腰だめに構えた拳に目がいってしまう、忌まわしいほどに引き付けられてしまう。
 最前までマオを殴り倒していたに違いない拳。
 凱とユエを屠り去った拳。
 酷使の痕跡が窺える拳に視線を固定し、少しでも牽制の範囲から脱しようと悪あがきを続ける。レイジとサムライには遠く及ばないとはいえ凱は東棟三位の実力者、二百人の子分を束ねる身分だ。
 その凱さえ、足止めにもならなかった。
 ユエとマオの三人がかりでも、怒れる隠者が相手では歯止めが利かなかった。
 「凱とユエはどうした?殺したのか?」
 緊張で喉が渇く。恐怖が膨張する。沸騰した心臓が肋骨を揺する。
 苦労して生唾を嚥下し、かじかむ舌を叱咤し、漸くそれを聞く。
 自ら足止めを買って出た凱たちの生死を問う。
 僕たちには人質としての価値があるが、彼らにはない。
 彼らは招かれざる闖入者、計画を阻害する邪魔者でしかない。
 僕と軍人は万一捕まっても情報を抽出するまで飼い殺しで生かされるが、冷徹非常な隠者が凱たちを生かしておく理由はない。彼らの乱入は予測範囲外、不測の事態を好まぬ隠者にとって揉み消したい出来事。

 『舎弟二人が世話んなっだ借りだ!!俺が巨根を相手にじてるあいだにどこへなりども行っぢまえ!!』

 別れ際の啖呵がよみがえる。
 醜悪な顔に浮かぶふてぶてしい笑みも。
 イエローワークの初日に僕に仲間をけしかけた粗暴な顔に、体を張って借りを返さんとする意固地な一念を見てとる。
 油断なく身構え返答を待つ。
 ホセの口から最悪の答えを聞くのを予期し、神経が苛立つ。
 「どうした?殺したのか?その拳で、二人を殴殺したのか」
 畳み掛ける声に焦燥がまじる。
 心臓が早鐘を打つ。
 聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが葛藤する。
 反発する感情のせめぎあい。
 僕は凱が嫌いだ。
 凱など地上から消滅してほしいと願っていた。
 だが、それはこんな形ではない。
 こんな形での消滅は望んでいない。
 これではまるで、僕が凱に助けられたみたいじゃないか。
 冗談じゃない。
 何故この僕が、IQ180の天才たる鍵屋崎直が、あんな下品で粗野な男の死に後ろめたさを覚えねばならない?あんな取るに足らない男の死を、彼がその最期に僕を助けたという一点のみで引きずらねばならない?不愉快だ。不愉快極まる。
 僕に恩を売ったまま死ぬなど許せない。
 ホセが静かに腕を掲げ、血染めの拳に一瞥くれる。
 「どうでもいいじゃないですか、そんな事。些細な事ですよ」
 血糊で汚れた拳に接吻する。
 正確にはその左手薬指、返り血が飛んだ指輪を唇でなぞる。 
 「計画の邪魔となる分子は徹底的に排除するのが我輩の務めなので」
 殺人の告白に背筋が凍る。
 ビブラートの利いたバリトンが、独白劇の抑揚で朗々と響き渡る。 
 「我輩はカルメンの僕。カルメンの望みが我輩の望み。カルメンに世界を捧げるためならこの命惜しくはない」
 「カルメンは、実在の人物なのか」
 「妙な事を言いますね。我が最愛のワイフの存在を疑うのですか」
 「君の脳内にしか存在しない想像上の女性じゃないか」
 名残惜しげに指輪から唇を放し、ゆっくりと手をおろす。
 緩慢な動作で顔を上げる。分厚いレンズの奥、深沈と静まった目がこちらを見返す。
 理知的な顔。狂気の片鱗さえ窺えない。
 ホセがゆっくりと近付いてくる。
 一歩一歩確実に距離が縮まる。
 凄まじい威圧感。
 逃げようとして、漸く追い詰められたことを悟る。
 背中が壁にぶつかる。
 膝が萎え足から力が抜ける。
 それまで僕を支えていたもの、気力やプライドが一気に霧散していく。

 目の前に異形の怪物がいる。
 血染めの拳をたらし、眼鏡の奥に表情を隠した巨大な男が立ち塞がる。
 あまりにも巨大で強大な。
 鉄壁の。
 肌で直接感じ取り、骨の髄まで染み渡る実力差。
 実力を行使する前から暴威でもって畏怖を振りまく捕食者に対する本能的な恐怖。
 理性でもってしても克服不可能な絶対的な萎縮。
 遺伝子に刷り込まれた自衛本能が閉じて捕食者に阿ろうとする。

 恐怖が思考を蝕む。
 腰が砕け、その場にへたりこむ。
 シャツの背中がざらついた石壁を擦る。
 壁沿いにずりおちた僕の肩から軍人が落下する。
 僕の膝に頭をのせるようにして仰向けた軍人をホセが興味深げに覗きこむ。
 「目覚めの時間ですよ」
 愛情と錯覚しそうなほど柔らかな声が目覚めを促すも、軍人の瞼はぴくりとも動かない。自白剤が回って四肢が弛緩しているのだ。
 白磁の美貌に痛々しい憔悴の翳り射す軍人の髪に、悩ましく指が絡む。
 「あんまり手を焼かせてないでください」
 中腰に屈んだホセが軍人の髪をいじくる。
 繊細な銀糸を梳り、指の隙間を流れていく感触を楽しみながら、耳元で囁く。
 それでも反応がないと知るや、その表情が剣呑さを孕む。
 僅かに不快げに眉をひそめ、軍人の髪を束ねて掴み、頭ごと引き起こす。
 「!…………っ………」
 後ろ髪を引き剥ぐ激痛に軍人が目覚める。
 「おはようございます。良い夢は見られましたか」
 淡々と問いかけるホセを軍人がぎくしゃくと仰ぐ。
 ホセは僕を無視し軍人に狙いを定める。
 後ろ髪を鷲掴み力づくで顔を起こす。
 軍人は人形のようにそれにならう。
 乱暴な扱いを拒むでも厭うでもなく、無気力に身を投げ出す。
 拡散していた焦点が徐徐に定まりホセを捉える。
 靄がかった薄氷の目によわよわしい理知の光が点る。
 いつ虚無に呑まれて消滅してもおかしくない光。
 銀のおくれ毛がしどけなく纏わり付くさまはひどく無防備で、恍惚とまどろむ薄氷の目と虚心の表情は庇護欲よりむしろ嗜虐心をそそる。

 神聖なればこそ穢したくなる
 高貴なればこそ貶めたくなる
 聖域の色香。

 「そう、その顔。苦痛に喘ぐその顔こそサーシャくんと瓜二つ。調教中のサーシャ君も同じ顔をしてました。鎖に縛られ苦しみ喘ぎながら、兄さん兄さんと狂おしく貴方を呼び求めていました」
 後ろ髪を毟られる激痛にくぐもった苦鳴をもらし仰け反る軍人を、ホセが口の端を曲げて揶揄する。
 「貴方に話してあげましょう、あの時のサーシャ君の様子を。想像を絶する薬抜きの苦しみにサーシャ君がどのように追い詰められていったか」
 「やめ、ろ……」
 息も絶え絶えのよわよわしい抗議を一蹴し、ホセは嬉嬉として続ける。

 「我輩は覚せい剤に手を出せないように鎖でもって何重にもベッドに縛り付け、彼を仕込んだ。サーシャ君は何度も貴方を呼んだ。フラッシュバックに悩まされ、皮膚の下を虫が這う幻覚に苛まれて狂わんばかりになりながら、兄さん兄さん助けて兄さんとひたすら貴方を呼び続けた。思い出の中の貴方に助けを乞い迎えを待ち続けた。遂には鎖に擦れた皮膚が破け、出血がシーツを赤く染めた。自慢の銀髪は抜け、羽毛入りの枕を裂いたようにシーツの上に散らばった。鎖に縛られ用も足せず糞尿垂れ流し、あたりには噎せ返るような悪臭が立ち込めていた。その悪臭紛々たる中、みずからの汚物に塗れたサーシャ君は涙と涎と汗と血とを垂れ流し、支離滅裂なうわ言を呟き続けた。故郷の言葉たるロシア語で」

 隠者の口からもたらされる細密な記述に軍人が余力を絞り激昂する。
 楽しげな抑揚を持って微に入り細を穿ち描写されるサーシャの醜態に、現在のやつれきった姿を重ね、憎悪に掠れた声を搾る。
 「貴様が……貴様が、サーシャを……私の、弟を……」
 ホセは笑顔で受け流す。
 「我輩はサーシャ君の救い主です。感謝されこそすれ憎まれる筋合いはありませんね。どのみちサーシャ君の寿命は残りわずか、たとえ一時的でも覚せい剤と手を切らせ延命措置を施してあげたのだから、いわば我輩は恩人ですよ」
 嘲りを含んだ目つきで軍人を見下ろす。
 軍人の頬が恥辱と憤怒に染まる。
 拳を振り上げ殴りかかりたくても力が入らず、苦しみ歪んだ表情に激情を迸らせる。
 自責の念に打ちひしがれ、凄まじい苦悩と葛藤に引き歪んだ表情を伏せんとした軍人の髪を掴んで再び引き上げてからホセは言う。
 「サーシャ君はたびたび喉が渇いたと言いました。私がどうしたとお思いで?」
 軍人の後ろ髪を掴んだまま、もう一方の手を操って下着ごとズボンを下ろす。
 異様な光景に目を疑う。 
 愕然とする僕の視線の先、獰猛な下半身を剥きだしたホセが薄く含み笑う。
 「親切にもコップ一杯の水を運んできてあげたと?生憎コップの持ち合わせはありません。両手ですくって運んで来いと?指の隙間からこぼれてしまう。それよりもっと簡単でいい方法がある」
 股間に視線が集中する。
 隆々たる筋肉が張った太股の間に垂れ下がったどす黒い性器は、僕が売春班で見たどの客の性器より巨大で、穿孔に特化した威力を秘める凶器じみた迫力がある。
 腐食した金属を思わせる硬質な外観。
 毛細血管が断続して脈打つ先端は誇張した張り形よりさらに太く卑猥な形をし、貫通による征服をこそ尊ぶ荒々しい男性性を象徴する。
 思い出したくもない記憶だがタジマに使われたバイブレーターよりさらに大きい。赤ん坊の腕回りに匹敵する。
 まさしくミノタロスが持つにふさわしい怪物的威容。 
 処女殺しの凶器となりえる砕瓜の槍。
 「口から直接飲ませればいい」 
 眼鏡の奥の目が優越感に酔いしれ細まる。
 軍人の後ろ髪を掴み、むりやり股間に持っていく。
 軍人には抗う術がない。
 その顔が極限の嫌悪に歪み、おののき見開かれた双眸に悲痛な漣が走る。
 自由にならない体を叱咤し、必死にかぶりを振って拒絶の意を訴えるも、ホセは表情ひとつ変えず非情に徹する。
 軍人が嫌がれば嫌がるほどに拘束の力は強まり、顔は残忍さを増し、ペニスは倒錯した興奮を示し醜悪に怒張していく。 
 「あ………ぅ、ぐ…………ぁ」
 呂律の回らぬ舌で何か言おうとする。
 極限まで歪んだ顔に、これから課される行為に対する極大の嫌悪が発露する。
 絶望の淵に面した美貌が悲哀に満ちて引き攣るさまはいっそ倒錯的で、戦慄く唇から漏れる喘ぎはひどく官能的で。
 「我輩から逃げようとした罰です」  
 身もがくたびに軍服がはだけ滑らかな肌が露出する。
 大きく襟元をはだけた軍人の姿態に劣情を催し、股間に備えたペニスがいきりたつ。
 「喉が渇いたでしょう」 
 ミノタウロスが囁く。
 軍人の顎を掴み、口の端に親指を穿ちこじ開ける。
 口腔をまさぐって潤んだ粘膜の包み心地を確かめてから、唾液に濡れた指を引き抜き、指同士を擦り合わせ粘着質に捏ね混ぜる。
 後ろ髪を掴む力が強まり問答無用の重圧がかかる。
 がくんと勢いつけ首が折れる。
 握力に物を言わせこじ開けた口腔に怒張したペニスをねじこむ。
 反射的に吐き出そうとするも、顎を掴む手がそれを許さず全部飲み込めと強要する。
 「ンんぐっ…………」
 軍人が不規則に痙攣する。
 込み上げる吐き気を堪えながら頬を窄ませ、また膨らませ、不器用にペニスを呑み込む。
 ホセのペニスは巨大すぎて全部は口に入りきらず三分の一が限界だ。
 それでも酸素を吸う余裕はなく、口一杯にペニスを頬張った軍人の顔は見るまに充血していく。
 淫猥に濡れ光る筋ひき唾液が喉を伝う。
 しめやかに膜が張った双眸に苦痛の色を宿し、口腔を占めるペニスを何とか吐き出そうとするも、喉の奥深くまで突きこまれた性器はそれ自体独立した生き物のように熱く脈打ち、苦い体液を注ぎ込まんとする。
 ミノタウロスが生贄を陵辱する。
 「んぐ、ふっうぐぅ、ぐ、はぐ………」
 軍人の体が激しく痙攣する。
 絶頂に達したように震え戦く軍人の口元から黄色い液体が流れ伝う。
 強烈なアンモニア臭があたりに漂う。
 軍服の胸元を汚して勢い良く迸ったそれは、ホセの放尿。
 飲み干しきれなかった分が外に零れ、虚ろに放心しきった顔をぬらす。
 残りは顔面めがけ弧を描き放出する。
 仄白い湯気と派手な音をたて軍人の顔に注がれたそれはきらめく黄金の雫となり髪の先と顎先からしとどに滴り落ちる。
 ホセが軍人の顔めがけ排泄した尿は銀糸の輝きをもった髪をべとつかせ、顔中くまなくぬらし、鼻梁の左右に分かれて急流を作り、半開きの唇からまたしても中へと注ぎ込まれ、人間の尊厳の一切を剥奪し異臭を発する濡れ衣の塊へと貶める。
 くずおれた軍人を突き放し何事もなかったようにペニスをしまう。
 「いい姿だ。湯気だつ尿を注がれみじめに這い蹲った今の貴方をサーシャ君が見たらどう思うでしょうね」
 ズボンを引き上げてから漸く僕の存在を思い出したように向き直る。
 「君も飲みますか?」
 「………狂っている」
 軍人が激しく咳き込む。
 喉に注がれた尿に地を掻いて噎せる軍人の背中をなでる。 
 「人間の尊厳を剥奪したと非難される覚えはありませんね。彼がサーシャ君から剥奪したものに比べれば安いですよ」
 涼しい顔で言ってのけ無造作に歩を詰める。
 ホセがこちらに手をさしのべる。
 僕が命令に従うと信じて疑わない、物分りのよさを無言の脅迫とはきちがえた教師の口調で語りかける。
 「さあ、帰りましょう。我輩の言う事を聞けば彼の二の舞にならずにすむ。君も我輩のレモネードを飲みたいというなら別ですが」
 答えは決まっている。
 「頻尿か?」
 ホセの顔が歪む。
 誘導の手を引っ込めると同時に、底知れぬ凄みを含んだ低い声を発する。
 「……痛い目を見なければわかりませんか」  
 警戒する。
 壁に張り付いて距離をとる。
 軍人は僕の腕の中で掠れた咳をする。
 大量の尿を浴びせ掛けられたその顔は情事の後のように淫乱に火照り、その無防備さによって人の心を掴む。
 ホセは無言で僕を見る。
 僕もまた見返す。
 数呼吸の緊迫。
 視線と視線が絡み合い眼底までも透視する。
 勝利したのは、僕だ。
 「…………どのみち時間切れですよ」
 「どういうことだ?」
 ホセがふっと視線外す。
 眼鏡のブリッジを押さえ、翳った口元に意味深な笑みを添えた隠者の予言に胸騒ぎが膨らむ。
 脳裏でけたたましく警鐘が鳴る。
 肌でじかに異常を感じる。
 嫌な予感が疼く。
 周囲に張り巡らせた五感が惨事の予兆を拾う。
 先刻からやけにうるさい……ネズミの鳴き声だ。
 ネズミが通路から通路へと群れで移動している。
 今しも僕の足元をすりぬけ二・三匹がすりぬけ脇目もふらず暗渠の奥へと逃げ去っていく。 
 甲高い鳴き声が暗渠にこだまする。
 何かがおかしい。
 ネズミ達は何故突然移動を始めた。
 外敵の接近に勘付いて?
 天変地異を予測して?
 心を落ち着かせようと壁に背中を預けごくかすかに鳴動しているのに気付く。
 壁が震動する。
 震動の範囲は急激に広がっていく。
 今では重低音が聞こえる。
 どこか遠い場所で何かが爆発したような音が聞こえてくる。
 背中を付けた壁から瑣末な石片が降り注ぐ。
 壁に走る微震は今や余震となり、そう遠からず訪れる本格的な地震の前触れとなる。
 「始まりましたね」
 ホセが満足げに頷く。
 腕を組んで頭上を仰ぐホセを追い、視線を上方に向ける。
 荒廃の闇に沈んだ天井からぱらぱらと石片が降ってくる。
 どこか遠い場所で爆発音がし、殺気だった悲鳴と足音が混じる。
 地上だ。
 地下停留場で何かが起きている。
 「何をしたんだ」
 「手駒を使って爆弾を仕掛けたまででです」
 耳を疑う。
 ホセは微塵も悪びれず鼻梁の真上に眼鏡を固定するや、地上の騒動をありありと思い描いて会心の笑みを浮かべる。
 「爆弾の取り扱いは何もヨンイル君の専売特許ではございません。南棟にも爆発物のスペシャリストはいる。看守を撹乱し注意を逸らすために地上の各所に爆弾を仕掛けさせていただきました。今頃は二桁ほど死人がでてるんじゃないでしょうか。ですので、救援を期待しても無駄ですよ」
 「ホセ………君は………」
 何が目的で。
 何故そこまで。
 目的を遂げる為なら手段を選ばぬ本性に絶句する僕をよそに、ホセは大仰に両手を広げ、暗渠のど真ん中で宣言する。
 
 夥しく降り注ぐ石片を万雷の喝采のように浴び
 あたり一帯によく透るバリトンを張り上げて。

 「東京プリズン終局の刻、地獄の祭典の始まりです。王は退場し道化は消え皇帝は痴れた。隠者は黒衣を脱ぎいざカルメンのもとへ」
 左手薬指に嵌まった指輪に忠誠のキスを捧げ、崩壊の序曲を奏で徐徐に激しさを増し降り注ぐ瓦礫の雨の中で、僕を唯一の証人に宣誓する。
 「………ダンカイロ繁栄のために」
 完全に隠者の手におちた。


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050202015421 | 編集
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