ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十九話

 「抱いてくれ、レイジ」
 僕は、最低だ。
 最低の裏切り者だ。
 サムライと暴君を秤にかけ後者を選び、誇りと快楽を秤にかけ後者を選び、乞食のような真似までしている。
 売春班にいた時でさえ保っていた一握りのプライド、精神崩壊寸前の僕に自殺という短絡的な逃げ道を拒否させた異常に高いプライドさえも一片残らず売り渡し絶対的優位を誇示する暴君に屈従し、どうか抱いてくれと卑屈に頭を下げている。
 従順に頭を垂れて服従心を示す。
 暴君は無言。黙って僕を見下ろしている。
 王座に飽いた専制君主の傲慢。
 単なる退屈しのぎで臣民を嬲り殺す暴虐の王が、尊大に踏み構えて驕り昂ぶった眼差しを注ぐ。
 嬲るような視線が髪の一筋一筋に絡み付き、ちりちりと熱を煽り、髪が一筋残らず剥きだしの性感帯になったような欲望の火照りと嗜虐の疼きに体が熱くなる。
 瞼裏の闇に自我を没し冷静であろうと努めるも、粘着な視線の愛撫にまだ指もふれられないうちから浅ましい期待が高まる。
 視姦の時間が過ぎる。
 ランプの光が壁を照らす。
 光のあたる場所とあたらない場所がくっきりと明暗を分ける。
 冷え冷えした部屋に甲高い声が響く。
 「プライドの高い天才がどういう風の吹き回しだ?サムライにふられたのかよ」
 不思議な陰影に隈取られた顔で暴君が笑う。
 「勘違いするな、僕から絶交したんだ」
 即返す。それだけは誤解されたくないと語気を強め念を押し、努めて冷静を装い反論を紡ぐ。
 淡々と、淡々と。
 不自然なまでに感情が抜け落ちた声音で。
 「彼には失望した。悪戯に僕をじらすだけで一向に指をふれようともしない、自分の気持ちと向き合おうともしない。本当は僕を抱きたいくせに、僕に欲情している癖に、僕を傷付けたくないからと欺瞞と偽善にこりかたまって自分一人綺麗であろうとする。僕のそれはおろか自分の欲望すら認めず、物欲しげに僕の肌を見詰めながらしなくてもいい我慢をし、マゾヒスティックな悦びにひたる男にはいい加減愛想が尽きた。彼に期待した僕がおろかだった。所詮彼は僕の場所まで下りて来れない、僕と同じ地平にまで下りてくる気がない臆病者だったんだ」
 サムライの偽善が、僕を孤独にする。
 どうしようもなく孤独にし、救いがたいみじめさを味あわせる。
 僕に欲情しているくせに僕の肌を物欲しげに見詰めているくせに、抱擁の力はとても強く壊れそうなほどで今にも決壊せんばかりの熱情が荒れ狂っているのに、どうしても一線を越えようとせず彼岸からこちらを見詰め続けるのみ。
 埋まらぬ距離を感じるたび絶望する、どうあがいてもひとつになれない現実に打ちのめされる、ひとつになろうとしてあがいて拒まれては死にたいほどの絶望に沈み込む。

 ずぶずぶと、底なし沼のように。
 堕ちていく、どこまでも。

 感情のベクトルに負荷がかかり、報われない熱情はやがて殺意に変わる。
 
 「サムライなどどうなってもいい。こんな屈辱、知りたくなかった。知らないままでいたかった。自分がこんなみっともなく浅ましい人間だなんて知りたくもなかった、欲望の在り処など知りたくなかった。理性で完全に衝動を律したと自負し常に冷静沈着に物事に対処した僕がこんなふうな醜態を曝け出すなど自分に我慢ならない、IQ180の天才が他人に頭を垂れるなどあってはならない事だ、抱いてくれと頼むなど吐き気がする。けれどこれしかない、これしか思いつかない。安易な選択だと嗤え、みじめな男だと嗤え。それでもいい、この飢えと渇きが癒せるなら裏切り者にだって売春夫にだって人殺しになってやる」
 極限まで高じた飢えにも似た衝動が暴れ、内臓を蹴飛ばし、狂わんばかりの本音を口走る。
 再び沈黙。
 一呼吸おいて暴君が言う。
 「抱いてほしいならそれなりの誠意の示し方ってもんがあんだろ?」
 耳朶にまつわる揶揄に顔を上げる。
 暴君はにやついている。
 絶世の美形には似つかわしくない下卑た笑みが、しかし不思議と似合っている。
 綺麗に整った顔だちと浮かんだ表情の落差に魅了される。
 干し藁の髪のかかる隻眼を野蛮に輝かせ、薄い唇の端を野卑に捲り上げた表情は崩れた色気をも漂わせ、淫靡な雰囲気を演出するランプの光に妖しく浮かび上がる。
 下卑た笑みをちらつかせさも愉快げにこちらを眺める暴君。
 無理難題をふっかけ僕の反応をたのしむつもりであるのは明白。
 食堂でロンをからかうときや図書室でヨンイルとじゃれるときに本人すら自覚せぬ無防備さでふと覗かせる陽性な顔とは違う、あの子供っぽく明け透けな笑顔とはまるで違う。
 心を開いた人間に見せる親しげな笑みではない、敵とも味方ともつかぬ他人を冷ややかに突き放す笑み。
 レイジが完全に消滅してしまったと危惧を抱かせる酷薄な笑み。
 ロンには見せたくない顔だ。
 深呼吸で冷静さを吸い込み、出来るかぎり抑揚なく問う。
 「………どんな誠意が希望だ?リクエストに応えてやる」
 挑むように暴君を見据える。
 内面の動揺を悟られないように情動を封じた無表情に徹し、暴君の尊大さに匹敵する冷ややかな視線を叩き返す。
 シャツの下で心臓が暴れる。
 暴君の目を正視し戦慄に近い恐怖を覚えるも、毅然と顎を引き受けて立つ。
 逃げてなるものか、逸らしてなるものか。
 食うか食われるか緊迫した睨みあいが続く。
 視線の磁力に縛られて指先まで硬直する。
 威風あたりを払う眼光で僕を服従させようとする男に全身全霊で対抗、偽りでも誇り高く在れと自分に命じ暴威に虚勢で報いる。
 暴君がゆっくりと口を開き、勅命を放つ。
 「売春班仕込みのキスっての、一度試してみたかったんだよな」
 おもむろにしゃがみこみ視線の高さを調整、眼前に顔を突き出す。
 無造作に手が伸びる。
 殴打の恐怖に体が強張る。
 しかし予想を裏切りその手は脳天に着地、一房が指の隙間を滑る。
 「いい子だな、キーストア」
 耳朶にねっとりと声が絡む。
 体中が敏感になる。
 髪にまで神経が通ったように触れられた場所がじれったく熱を帯びる。
 暴君はしつこく髪をいじくる。
 髪の間に手を通し、さらさらと流れていく感触を楽しむ。
 指の隙間をなめした絹のように滑る直毛の感触がお気に召して一人遊びに没頭する子供の熱心さでいつまでも繰り返し、指の間に挟んだ一房に鼻の先端をすりつけ、動物的な仕草で匂いを嗅ぐ。
 「石鹸の匂いがする。さっすが綺麗好きは違うな」
 「回りくどい真似はやめろ。髪に興奮する趣味があるのか、君は。倒錯してるな」
 侮蔑も隠しもせず嘲笑すれば、ふいに毛根に激痛が走る。

 暴君が力を込め髪を引る。
 頭皮に抵抗を感じる。
 雑草を毟らんばかりに僕の髪を掌握、吐息が絡む距離に顔を接した暴君が哀れみ深く微笑む。

 「そういうふうに仕込まれたからな、俺は。お前だってそうだろ?」

 干し藁の隙間から覗く隻眼が狂的に飢えた輝きを宿す。
 
 「………生意気な目だな。仕込み直してやるよ」   
 髪を優しく愛撫しながらうってかわって残酷な笑みを浮かべる。
 髪の痛みを堪え、苦痛に歪む顔で上を仰ぐ。
 僕の髪をかたくなに手放さそうとせず、痛みを与える事によってしか快楽にありつけない倒錯をちらつかせ、一切の容赦同情と無縁の底冷えする声音で命じる。
 「手始めにキスしろ」
 「……わかった」
 拒否する気は起きなかった。当然だ。
 暴君の要求は予想に反し子供だましだった。

 静かに顔を寄せる。
 唇を重ねようとして一瞬ためらう。
 至近距離に接した顔に浮かんだ笑みに暗い怒りが鎌首をもたげる。 

 目を固く閉じ雑念を払拭、改めて接近。
 生温かい吐息が顔をなでる。
 他人の唇がすぐそこにあるのを実感、自然と鼓動が高まる。 
 吐息の湿り気がやけに生々しい。
 目を閉じたまま吐息の導きに従い唇をさがす。

 見つけた。

 唇に生温かく柔らかい感触があたる。
 僅かに唇を開け、それを食む。
 淡白な唾液の味がする。
 ちろりと中で動くものがある。
 誘うように艶かしく蠢くものがある。 
 受粉を誘う雌しべに似て淫靡な形の尖端が小刻みに出入りを繰り返す。 
 唇に意識を集中、触覚を研ぎ澄ます。
 唇で唇をかたどり、鋳型に嵌めこむ。 
 
 「………ふ…………」
 「売春班仕込みのキスってなその程度か?あんまがっくりさせんなよ」
 くぐもった笑い声が大気の振動え介し耳小骨を震わす。
 露骨な侮蔑に反発するも挑発にのってペースを崩すものかと自制、僕の物ではない唇に丁寧に唾液を刷り込んでいく。
 唇を尖らせ、窄める。
 啄ばむようにキスをする。
 最初から焦っては駄目だ。
 キスとフェラチオは似ている。
 激しければいいというものではない、順を追って煽っていくのだ。
 唇の割れ目から処女膜を破る繊細さで舌を忍び込ませる。
 熱い舌が、僕のそれをまたたくまに絡めとる。
 「んっ………」
 暴君の中は熱い。
 蕩けそうに熱く潤んでいる。
 潤滑な唾液がずるりと舌を迎え入れる。
 そろそろと舌を這わせ歯の窪みひとつひとつを辿る。
 一際敏感に出来ている頬の内側の粘膜を窄めた舌先でつつき舐め上げる。
 唾液を捏ねる音が淫猥に響く。
 暴君もまた僕の求めに応じ舌を動かし、一心不乱に互いを貪り始める。
 暴君の舌が僕の中で動いているのを感じる。
 無遠慮な舌が歯の裏側をさぐり上顎をなぞり下顎をたどり口腔を余さず暴き立てる。
 歯の裏側に潜り込んだ舌が発情した軟体動物めいて妖艶に蠢動し、未知の性感帯を開発する。

 暴君はキスが上手い。
 しかし前戯と呼ぶにはあまりに自己本位で野蛮すぎる。
 舌の剣で互いを制する捕食者と被捕食者の命がけの駆け引き。
 交わる、絡む、結ぶ、解く、溶ける。
 膨らむ、萎む、開く、閉じる、反る、翻る、誘う、招く、拒む、引く。
 秒刻みで主導権が交代し優位が逆転する。

 痛みを伴う荒々しさでもって侵入した舌は野蛮な情熱に駆られ口腔の隅々を暴き尽くし、絡んだ舌を介して唾液と精気を搾りとる。
 「……っんぅ、ぐ………」
 苦しい。
 呼吸ができない。
 酸欠で顔が上気する。
 酸素を欲して口を開けても暴君の舌が口腔を這ってるせいで必要な分を取り込めない。 
 思考が明滅する。
 酸素が行き渡らず視界の明度がおちる。
 閉じた瞼の裏を懐かしい面影が過ぎる。
 サムライの唇の感触を無意識に反芻、暴君のそれに重ねる。
 誠実なだけが取り得の不器用なキス、ぎこちない舌使い、前歯がぶつかりそうなほど駆り立てられたかと思いきや自制の箍が外れるのを恐れ自重する。
 サムライの唇を暴君のそれに重ね合わせる。
 体温が上昇する。
 脈拍が速く打つ。
 今僕にキスをしているのがサムライであればいいと夢想し、サムライの幻覚を相手に舌を使う。
 『直』
 凪いだ呼びかけが耳朶を包む。
 彫り深い刀傷が刻まれた手がしっかりと僕を抱擁する。 
 「ん………ふ、あぅ」
 口の端を一筋ぬれた感触が伝う。
 口腔で溶け混じり、大量に溢れかえった唾液が口の端を伝う。
 口の端を伝い落ちた唾液が顎に筋を描いて鎖骨の窪みにたまる。
 水飴のようにとろりとした唾液溜まりが、鎖骨に透明な膜を張ってランプの光を歪ませる。
 終了の合図は唐突だった。
 乱暴に前髪を掴み引き剥がされる。
 濃厚な唾液の糸引き舌が抜かれる。
 体を二つに折って激しく咳き込み、胸一杯空気を吸い込む。
 新鮮とは言いがたいが生命維持に必要な分の空気を大量に取り入れたことによって酸欠で朦朧とした頭が次第に明晰さを取り戻していく。

 「キスん時誰の事考えてた?」

 見透かされて心臓が凍る。
 瞬時にサムライの幻が霧散、頭の芯が冴えて現実に戻る。
 純粋な苦痛に潤んだ目で上を仰ぐ。
 暴君がいた。
 僕をも上回る激しさで舌を絡めていたくせに泰然自若として、少しも息を乱さずにいる。
 「俺はサムライの身代わりか?」
 「何も考えてない、酸欠でそんな余裕はない。行為にだけ集中していた」
 「嘘つけよ」
 肩をひくつかせくぐもった笑いを立てる。
 陰惨な翳りを含む笑い声は、かつてのレイジとは似ても似つかないものだ。
 「好きな男を忘れるためだなんて不純な動機じゃ抱いてやれーな。俺に失礼だろ、大体。あいつは来るもの拒まずでだれでも受け入れてたみたいだけど俺は違う、これでもえり好みは激しいほうなんでね。他の男の身代わりに抱いてやるほどこちとら慈悲深くねーよ、ピエロの役割はごめんだぜ」
 「言いがかりだ、サムライの事など少しも思い出さなかった」
 意地悪い笑いが癇に障る。
 恥辱に頬を染め反論すれば、暴君がのんびりと提案する。
 「そんなに穴が寂しいんなら棒でも突っ込んでろよ……いや、もっといいもんがあったな。ホセ!」
 「なんでしょう」
 「あれをくれ」
 部屋の隅でホセが肩を竦めるのが目に入る。
 「こいつからとったトカレフじゃねーぜ、ルーレットができるリボルバーだ。もちろん持ってるよな、護身用に。護身の銃を持たずにのこのこ取引に来るほどお馬鹿さんじゃねーよな」
 「我輩にはこれがありますから」
 ホセが掲げた拳を一笑に付し、催促するように片手を突き出す。
 「拳なんか近距離戦闘にしか使えねーよ。10メートル離れた所から撃たれたら一発でおしまいだ。目には目を、銃には銃を。隠者の抜け目なさは長い付き合いの俺が……正確にはあいつがよーっく知ってる。大事な取引の現場に銃も持たずにやってくるほど呑気な男じゃねーって戦場で鍛えた勘がびんびんいってんだよ」 
 「見抜かれていましたか」
 「リボルバーフェチで有名な南棟のガンスミスから仕入れたんだろ?」
 大仰にかぶりを振るや懐をさぐり何かをとりだし、小言を添えて投擲。
 「無駄づかいしないでくださいね」
 ホセの手から放たれたそれはランプの光を弾き返し、綺麗な放物線を描いて暴君の掌中に滑り込む。
 拳銃だった。
 思わず息を呑む僕をよそに暴君は慣れた手つきで銃をいじくりまわす。
 ランプの光を弾いて煌々と輝く漆黒の銃は、本物ならではの質感があり、極限まで無駄を削いだシャープな形状が殺傷能力の高さを暗示する。
 「せっかくだから新しい趣向を取り入れてみようぜ」
 暴君が無邪気に提案、ギャングエイジの子供のようにふざけて銃を構える。
 「キーストア、そこに跪け」 
 「床は汚い。ズボンが汚れるのはいやだ」
 こめかみに固く冷たい鉄が食い込む。
 銃口を辿って視線を上げれば、凄まじい威圧を内から発する笑顔に行き当たる。
 「やるんだよ」
 重ねて促され今度は大人しく従う。
 こめかみに固定された銃を意識しつつ、慎重に膝を付く。
 床に付いたズボンから骨まで凍る冷気が染みてくる。
 平常心を保とうにもこめかみの銃口に意識が行ってしまい、体内で鼓動が反響する。
 固く冷たい銃口が圧力をかけこめかみを抉る痛みに心臓が連動して軋む。
 身の内で恐怖が暴走する。
 こめかみに擬された銃口はゆるぎない。
 銃口を介して伝わってくるのは無慈悲な鋼鉄の固さのみ、躊躇や逡巡のたぐいは一切伝わってこない。
 恐怖が加速する。
 こめかみを貫通し脳漿を撒き散らす銃弾のイメージが閉じた瞼の裏側でクリアに像を結ぶ。
 掌がじっとり汗ばむ。
 「そんなに僕の脳細胞が灰色をしてるか確かめたいか?」
 「まだ減らず口を叩けるなんてたいしたもんだ」
 暴君が称賛の口笛を吹き、じらすように引き金に指をおく。
 「ロシアンルーレットだよ」
 「悪趣味だな」
 ひとつを残して弾丸を摘出、ポケットにしまう。
 スロットを扱い慣れたギャンブラーの手際で弾倉を弾く。
 黒い弧を描いて旋回する弾倉に見入る。
 運命の歯車が回る。
 軽快な回転に気まぐれな終止符をうつ。
 親指をひっかけて弾倉を固定した暴君がご機嫌にルールを解説する。
 「一回ずつ引き金引いてく。何番目に弾がくるかわかんねー、運が悪けりゃ一発目でズドン!だ。死と隣り合わせの状況で好きでもねー男とキスする勇気があるか?」
 「試してみればいい。確率変動については僕の方が詳しいんだ」
 掌に滲み出た汗をかくして挑発すれば、答えを予期していたが如く暴君がほくそえむ。 
 「んじゃキスの続きだ。今度はがっかりさせんなよ」 
 極めて軽く言い、顎をしゃくって再び跪かせる。
 暴発を招かぬ慎重な動作でもってゆっくりと膝を付く。
 正面に屈みこんだ暴君が禁じられた遊戯の開始を告げる。

 『Game start』
 銃口に圧力が加わる。

 きつく閉じた瞼の裏側で闇がざわめく。
 固い銃口が顎の上下運動に合わせこめかみを削り無限に増殖する癌細胞の如く閾下に恐怖を播種する。
 盲目の闇は恐怖の温床だ。
 思考を空白にし積極的に唇を貪る。
 唾液を捏ねる音も卑猥に、平常心を維持するのはもはや不可能でならばいっそ本能を剥き出して欲望に忠実に貪欲にありのままに、求めるのではなくむりやり奪い取る姿勢で唇を激しく吸う。
 「っあ、は、んっくぅ………」
 眼鏡のレンズが吐息で曇る。
 霞んだ視界の向こう、いまだ余裕を失わない笑顔で暴君が促す。
 暴君の手が動く。
 まどろっこしいほどの緩慢さで引き金が引かれる。
 ガキン。
 「はずれ」
 鈍い音が直接頭蓋骨に響く。
 一発目は空砲だった。
 微小な部品が幾何学的に噛み合い起動する仕組みを接した部位を介し理解する。
 体感時間では永遠に等しく引き延ばされた一瞬が強いた精神的重圧は絶大で、引き金が引かれると同時に一気に虚脱する。
 「あと五発」
 「五分の一の確率だな」
 キスの合間に皮肉の応酬を済ませる。
 暴君が不敵に笑い前にも増した激しさで舌を奪いに来る。
 いつのまにか後退していたらしく、背中に鈍い衝撃を感じて初めて壁に衝突したと悟る。
 無遠慮な舌が口をこじ開け口腔をまさぐるのを許し、こちらも大胆に口腔を暴き立てる。
 互いに互いを暴きあい、どこまで堕ちれるかを競う。
 視界の端でゆっくりと指が動く。
 再び引き金が引かれる。
 抗し難い負の磁力を放つ銃口に注意を奪われながら、それでも舌の動きに技巧を凝らし快楽を優先する。
 時限式の命よりも刹那の快楽が大事と盲目的に奉仕する。
 ガキン。
 引き金が弾かれる。重たい音響が耳小骨を噛む。
 全身の毛穴が開いて冷たい汗が噴き出す。恐怖。戦慄。
 引き金が引かれた一瞬に訪れた虚無の空白、それに続く混沌の闇。
 銃口はトンネルのように深い。
 覗き込めば千尋の闇と万里の距離がある。
 銃口のさいはては冥府に通じている。
 二回目。
 まだ死なない。どうやらよほど悪運が強いらしい。
 「しぶてーな」
 「天才を舐めるな」
 酸素を欲し浮上し、またすぐに潜水する。
 余計な事は考えるな。心を限りなく無に近付けろ。
 銃の存在を意識するな、上辺だけでも冷静沈着なポーズを保て。
 頭からあらゆる雑念を閉め出し恣意的な思考停止状態に入る。
 舌先に全神経を集中、唾液が溢れて滴るのも構わず暴君の舌を乞う。
 波打つ舌が歯の裏をくすぐり、官能の波紋が広がる。
 口腔の粘膜がひどく敏感になる。
 人体の中でもっともやわらかく傷付きやすい場所のひとつ、粘膜が剥き出しとなったそこに他人の舌という異物を受け入れてすっかり同化する。
 ガキン。
 三回目。
 次第に間隔が狭まりつつある。
 「はっ、すげ………飢えてんな、お前。涎で顔べとつかせて目えとろんとさせて、最ッ高にいやらしい」
 暴君の声が余裕をなくし始める。
 僕をおちょっくていた声が興奮に滾り、銃を持つのとは逆の手で上着の裾を捲る。 
 捲れた裾から手が忍び込む。
 汗でぬめった手が下腹をはいのぼり胸板をまさぐる。
 壁際に追い詰められた僕に逃れる術はなくまた逃れる意志もない。
 壁を背にずりあがり暴君の愛撫を助ける。
 シャツの内側で性急に這い回る手が不快感と快感を同時にもたらす。
 僕が求めていた熱はこれだ。
 求めていたものを漸く与えられた歓喜に体が震える。
 衣擦れの音が淫靡に耳朶をくすぐる。
 吐息が不規則に弾む。
 舌と手が同時に動き、まだ見ぬ高みへと僕を追い立てる。
 「っあ、ふ、ぅく………レイジ、君、は………」
 「なんだよ?」
 「ロン、は、いいのか」
 「興ざめさせんなよ」
 鼻白む気配が伝わるも愛撫の手は止まらず激しさをますばかり、僕にのしかかった暴君が意地悪く口角を吊り上げる。
 「あいつとは男の趣味が違うんだ。にゃーにゃー泣いてばっかでうるせえ野良なんかもう知るか、めんどくせえ。ただでヤらせてくれるサーシャやお前のほうがずっとマシだよ」
 胸の内を罪悪感が蚕食する。
 暴君の愛撫に応じ舌を絡めながらもサムライとロンの面影を振り切れず、二人に対する裏切りを自覚し、遣り切れない気持ちになる。
 罪悪感を吹っ切りたい一心でたまらず口走る。
 「本当に二重人格なのか?本当に君が主人格なのか?」
 「そうだよ。この体の本当の持ち主は俺だ、だから俺が今ここにいるのは正当な権利ってやつさ」
 暴君は落ち着き払って返す。
 必死に頭を働かせる。
 何か、なにかおかしい。
 頭の奥で違和感が鳴っている。
 警鐘は次第に大きくなる。
 言動のどこかに矛盾を感じる。
 暴君の顔半分は暴かれもう半分は沈んでいる。
 ランプの光の当たった側は煌々と照り輝き、もう半分は闇に紛れて静謐な印象を与える。
 二重性を象徴するかのように左右で明暗を分けたひとつの顔。
 ひとつの顔の右と左に聖俗異なる人格を有したかのような錯覚が襲う。
 本来同じ顔であるはずなのに、光が当たる部位と当たらない部位とでまるで別人に見える。
 違和感の正体をはっきりと見定められぬまま激しい愛撫に翻弄され声を上げる。
 「ひあっく……!」
 「しゃっくりかよ?色気ねーな」
 乳首を抓られ、電流が走ったように首が仰け反る。
 視界の端にホセが映る。
 部屋の隅に退避したホセは腕を組み面白そうにこちらを眺めている、高みの見物を決め込んでいる。 
 「君が、斉藤を殺したのか?」
 「下水に捨てたのは俺だよ。だれもいなくなった深夜に抜け道通って図書室に引き返して、こっそり下水に捨てたんだ。かなり重労働だったけどな、処理班が使ってる死体搬入用のゴルフバッグをぱくったから血痕も残さずにすんでラッキーて感じ」
 一瞬にして目が醒める。
 「四肢切断後に捨てたんじゃないのか?」
 「いちいちんなめんどくせーことするかっての、放っとけばどうせ死ぬやつ相手に」
 「じゃあ誰が死体を切り刻んだ」
 「ワニじゃねーか。昔は虫類マニアの囚人が房でこっそり飼ってたけど始末に困って便所に流したのが成長したって噂だぜ」
 「バカなことを言うな、下水はワニの生存に適さない。第一餌がない」
 「ミュータントタートルズみてーに突然変異したんじゃねーか。都心からやべー廃液も流れ込んでくるしな、ここ」
 「暴君」
 違和感が徐徐に明確な形を取り始める。
 暴君が顔を上げる。
 面と向かって名前を呼ばれるのはじめてといった新鮮な反応だ。
 「何故それを知っている?」
 「なに?」
 「何故下水道にワニが放たれた事や都心から廃液が流れ込んでくる事を知ってるんだ」
 暴君が困惑する。
 「俺がこいつだからに決まってんだろ。ずっとこいつん中に入って見聞きしてたんだよ、東京プリズンに出回る色んな噂を」
 「ずっと眠っていたのにか」
 「抑え込まれてただけで眠ってたわけじゃねー」
 「主人格より分裂した人格は表面化しない時も潜在し、主人格の行動の一部始終を記憶している。主人格より派生した人格はその点主人格より高位に属するといってもいい」
 「なにが言いたいんだよ」
 声に微妙な変化を感じとる。
 嬉嬉とした笑みを浮かべていた暴君の表情に不安の影が揺らめき、こちらを見返す隻眼に戸惑いが浮かぶ。
 ずっとひっかかっていた。
 暴君が自分こそ主人格だと、本物のレイジだと宣言したあの瞬間からずっと違和感を抱いていた。
 彼が主人格だと仮定するとどうしても矛盾が発生する。
 「君が主人格なら人格交代時の記憶は空白になっているはずだ。なのになぜ、すべてを知り得ている?」
 愛撫の手が止まる。
 「それこそが君が本物のレイジではない証拠、レイジが作り出した別人格である証だ。君は内側からずっとすべてを見てきた、レイジの目を通し行動を把握してきた。そもそもそれがありえないんだ。本来の人格に交代現象がおきたのならその間の記憶は欠落する。記憶の維持は不可能だ。別人格が表面化してる間本来の人格は眠りに就く、自分が多重人格だと知らないで」
 「だからなんだよ」
 「目覚めてるのはおかしいんだ。一番最初に生まれた基礎の人格は、後続の人格と交代する際に必ず眠る。元に戻れば記憶をうしなう」
 「だからなんだってんだ」
 「なぜなら多重人格とは負荷に耐えかねた精神がストレスを肩代わりさせるべく生み出した身代わりで、副人格が表面化してる間主人格は休眠するのが原則……」

 「俺は、身代わりなんかじゃねえっ!!」

 衝撃が脳を貫通、視界に閃光が爆ぜる。
 轟音が耳を聾する。
 死を自覚した。それ位の衝撃だった。
 しかし現実には死んでいなかった。
 鼓膜を破って耳小骨を破片に変えんばかりの轟音は、銃身で頭を殴打された衝撃だった。
 均衡を失った体が固く柔らかい物の上に倒れこみ濛々と煙が上がる。
 視界を覆う石灰の煙の向こうに影が立つ。
 体の脇に銃を下げた暴君が、途方にくれて立ち尽くしている。  
 頭が痛い。
 殴られた箇所がひりつく。
 血が出てるか確かめようにも体が痺れて動かない。
 セメント袋の破れ目から舞い上がった石灰が服を真っ白に汚す。
 髪も顔も服も靴も石灰に塗れ真っ白に染まったみっともない僕の前髪を掴み、強引に顔を上げさせる。
 「口を開け」
 命じられた通りに口を開ける。
 「舐めろ」 
 歯をへし折らんばかりの強引さで銃口を抉りこまれる。
 銃口がガチリと歯に当たり脳天に痺れが走る。
 顎が外れんばかりに口を開き、固く太い物を受け入れる。
 ぎこちなく舌を這わせれば鉄と石灰の味がした。
 「いいザマだな、キーストア。固くて太い物を舐めるのは得意だろ?売春班でさんざん咥えこんで来たもんな、上と下の口に」
 暴君が笑う。
 笑いながら手を捻り口の中にぐいぐいと銃を押し込む。
 喉の奥深く押し込まれて吐き気が襲うも舌を押さえられ吐き出せない。
 銃口が口腔を蹂躙する。
 固い鉄が歯に当たり舌を削り柔らかな粘膜をこそぎおとす。
 僕は何もわからぬまま必死に銃を舐める、口を窄めて咥え込み舌を蠢かせ固くて太い鉄の塊をペニスに見立て売春班で仕込まれた手管を実演する。
 「っあ、ふぐ、あぐ……」
 右手を銃に添え、左手で導く。
 暴君の手ごと銃を引き寄せ深々咥え込む。
 石灰を塗した髪が両目に垂れかかり視界を遮る。
 鉄の味が舌を突き刺す。
 ほろ苦い火薬の味が爆ぜる。
 火薬には興奮作用がある。
 僕の体が火照っているのはそのせいだ、舌の上で溶けた火薬が神経を昂ぶらせているのだ。
 両手に持った銃を夢中で舐める。
 飴玉を転がすように舌先を丸め、踊らせ、無機質な鉄の塊がバターのようにふやけるイメージを思い描く。
 溶けた鉄が舌先に広がるさまをイメージし、酸のように濃厚な唾液を絶えず分泌しては舌先で執拗に塗りつける。
 端から端まで余さず唾液でぬらしべとつかせ、淫らに舌を這わせ固い下腹を何度も擦る。
 銃身を伝った唾液に暴君の指までも濡れそぼつ。 
 「美味いか」
 ランプの光を受けた笑顔が邪悪な企みを孕む。
 引き込むように捧げ持った銃をねぶりながら途切れ途切れに答える。
 「苦い味がする……舌がひりひりして……頭が、朦朧と……全身の皮膚がぴりぴりして……変な、感じだ……」
 石灰と火薬を調合し唾液を足せば、それは媚薬となる。
 夢中で銃を舐める。
 口に入ってる物が巨大な男根だと自己暗示をかけ、被虐願望を充たす。
 固くて太くて黒いペニスの代用物を口一杯に含み出し入れを繰り返し両手でしごく。
 それこそ一心不乱といっていいなりふりかまわぬ必死さでどんな男のものより固く屹立した鉄の塊に上から下へと波打つ舌を這わせる、その固さが錆びた味が舌を刺す火薬の刺激が神経の昂ぶりを促進し発火したように体が熱くなり悪寒とも快感ともつかぬさざめきが血管を音速で駆け巡る。
 前触れなく銃を取り上げられる。
 粘ついた糸引き口腔から引き抜かれた銃を追い、虚空に手を泳がせ前傾する。
 「物欲しげな顔しやがって……随分お気に召したみてーじゃねーか、これが」
 「返してくれ」
 「返してやるよ」
 衝撃が来る。
 露骨な嘲りの言葉とともに足で蹴って僕の体を裏返す。
 セメント袋の上に這った僕の背に影が接近、暴君がズボンと下着を掴んでずりおろす。
 裸の尻にひやりと外気がふれる。
 下に撒かれた石灰のざらつきを剥き出しの腿に感じる。

 なにも考えたくない。
 もっともっと快楽が欲しい、なにも考えられなく位気持ちよくなりたい。
 死ぬほどの苦痛か死ぬほどの快楽か、すべて忘れさせてくれるならどちらでも構わない。

 セメント袋に身を預けて肩越しに振り返れば、たっぷりぬれた銃口で僕の尻を割った暴君が、ランプの光に照らされ悪魔のように笑っていた。
 生まれ持った褐色に映える白い歯を零し、演技と知っていても愛さずにはいられない無邪気な顔で。
 いつでも引けるように引き金に指を添え、鳥肌だった腿を銃口でなぞり、いやらしく濡れ光る唾液の筋をつける。

 「ロシアンルーレットの続きは『中』でやるか」

 この男は本当に狂っている。 

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050213051624 | 編集
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