ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十四話

 気分は最悪だ。
 鉛のような足をひきずり、いつ果てるともしれない廊下を逆戻りする。消灯時間が間近に迫ったことを告げるのはぴたりと閉ざされた鉄扉の列、ほんの五分前まで猥雑な喧騒に沸いていた廊下には人っ子ひとりいやしない。
 ようやく自分の房に帰り着き、ノブを回す。無用心なことに施錠されてなかった。まあ、東棟の王様の寝込みを襲うような命知らずはいないから他の連中のように戸締りに気をつける必要もないんだが。
 房の中がやけに静かなのを不審に思いながらノブを捻る。中は暗かった。レイジはもう寝ているのだろうか?今日はやけに早い。ちゃんと施錠してから足音をひそめて房を横切り、裸電球の傘を捻る。点灯。照度を絞り自分のベッドの周囲だけ視野が効くようにする。隣のベッドに目をやれば毛布がこんもりとふくらんでいた。
 さきに床についたレイジに背を向けて自分のベッドに歩き、腰掛ける。俺は疲れていた。体はぐったりと消耗していた。鍵屋崎との言い争い、サムライがタジマを殴った一件。
 『思い上がるなよ。貴様なんか殴る価値もない』
 そのとおりだ。アイツの言うコトは正しい。鬱々と蓄積された苛立ちを鍵屋崎にぶつけて発散しようとした、同族嫌悪の対象に憎悪を転化してラクになろうとしたのだ。最低だ。最低の半半だ。
 ベッドの上で膝を抱え、膝の間に顔を埋める。鍵屋崎の言葉を反芻するたび気分が滅入って自己嫌悪の泥沼に沈みそうになる。女々しい、女々しすぎる。なんなんだ一体、なんなんだ俺は。嫉妬まるだしで格好悪い、八つ当たりして格好悪い。 
 『忘れたいんだよ忘れたがってるんだよ忘れさせてやれよ!』
 実際、それが現実だ。どうしようもないほどに。
 手紙がこないということは俺の存在なんてとっくの昔に外の人間に忘れ去られた、ということだ。今の今までそう思って自分をごまかしてきた、いや違う、本当はわかっていた。檻の中の人間がそうしてるように娑婆の人間もそうしてるんじゃないかと。 
 いくらお袋が血も涙も母性愛もない淫売だからって、自分が腹を痛めたガキの存在を綺麗さっぱり忘れ去るのはむずかしい。
 11年も一緒に暮らしたガキの顔をそう簡単に記憶から消せるはずがない。愛情?未練?違う、そんな甘ったるい感傷じゃない。むしろ鬱陶しい、足枷のような感情だ。すっぱり断ち切ることができればラクになるのに解放されるのに、男と寝ようがなにをしようが頭の片隅にはガキの顔がつきまとって離れない。
 
 お袋は、俺のことを忘れようとしている。
 時の流れの不可抗力で忘れ去ってしまったんじゃない、自ら努力して忘れたがってるんだ。

 俺が東京プリズンにきてどれくらい経つだろう、たぶん一年近く経つ。その間ずっと外への未練を断とうとした、どうせ出られないんだから未練はすっぱり捨てて東京プリズンに順応しろとくどいほど自分に言い聞かせてあきらめようとした。
 でも、できなかった。どうしても忘れられなかった。
 毎晩のように夢を見る。俺が殺した奴らの夢、チームの連中の夢、お袋の夢。ひとを殺したときのことは忘れられない。青空に放物線を描く手榴弾、閃光、爆発、轟音。廃車の山が炸裂してスクラップ部品がばらばらと落ちてくる。部品といっしょにばらばら落ちてきたのは八体の人影、ちぎれた腕、足、指。次第に晴れてゆく煙の向こう、鮮血に濡れた腕をおさえてのたうちまわっているのは俺と同じ位のガキ。苦悶に泣き叫ぶガキども、あたり一面に散乱する廃車と部品と腕、鉄錆びた血臭とおびただしい硝煙が充満する阿鼻叫喚の地獄絵図。
 何度も夢に見て何度も吐いた。でも、いちばん見る頻度が高いのはお袋の夢だ。
 考えてみりゃおかしな話だ、もう三年も顔を見てないのに夜毎夢を見るごとにお袋の面影は鮮明になる。いっしょに暮らしてたときは嫌で嫌でしょうがなかった、ぐでぐでに酔って男をひっぱりこんでガキの前でコトに及ぶようなお袋が恥ずかしくてしょうがなかった。とるにたらないささいなことで癇癪を爆発させては容赦なく俺を殴る蹴るお袋が怖くて怖くて、一日中お袋の機嫌と顔色を窺いながら暮らしてたってのに。
 なんで。なんで二度と会えなくなった今になって毎晩くりかえしくりかえし夢に見るんだ。
 あんな女大嫌いだ。あんな淫売大嫌いだ、二度と会いたくねえ。二度と顔を見ずに済んでせいせいする、早いとこ梅毒にかかってのたれ死ね。もう夢に出てくんな、あんたなんかちっとも恋しくねえ、俺はリョウと違ってマザコンじゃねえ。
 あんたが俺を忘れたがって手紙ひとつよこさないなら、俺だってあんたのことをすっぱり断ち切って生きてゆく。 
 俺は一人で生きてゆく。これまでもずっとそうだったしこれからもずっとそうだ、これからもずっとそうしていく。

 なのになんで、サムライのように孤高を貫けない?
 鍵屋崎のように孤独に耐えられない?
 
 なんでこんな檻の中でめそめそ泣き言をこぼしてるんだ。
 自分に愛想が尽きた。こんな日は早々に寝ちまうにかぎる、明日も強制労働がある。睡眠時間を余分にとっといて損はない。埒のない繰り言に蹴りをつけるように毛布をめくろうとして手を止める。
 紙飛行機だ。
 毛布の上に紙飛行機が乗っかってる。紙飛行機を手に取り、眺める。俺が折ったやつとは違い、うまくできている。バランスも完璧、翼の傾斜もシャープで格好いい。よっぽど手先が器用なやつが作ったんだろう。
 たとえばリョウ。たとえば―……
 ちらりと隣のベッドに目をやる。毛布はこんもりふくらんでいる、レイジは珍しく寝返りも打たない。フォークやペンを手先でもてあそぶのが習慣化してるレイジなら紙飛行機なんて鼻歌まじりに折り上げてしまうだろう。
 それはともかく、なんで俺のベッドの上に紙飛行機が乗ってるんだ?
 角度を変えて紙飛行機を眺めながらいつかの意趣返しだろうかと勘繰るがどうも釈然としない。裸電球の光に紙の翼を透かした俺はふと目を細める。
 翼に文字が透けている。癖のある、手書きの文字だ。
 内側に何かが書いてある。なんだろう。答えを求めるようにレイジを一瞥するが毛布にくるまったレイジはぴくりともしない。警戒しながら紙飛行機の翼を開き、ベッドの上でたいらにならす。
 折り目をのばした紙面は、ひどく雑な字で何か、文章が書かれている。
 闇の帳が降りた房の中。
 裸電球の明かりの下、じっと目を凝らし、手紙を読む。


 『Dearロン。
  ……おんなじ房の奴に手紙書くのって照れくさいな。なんて書き出せばいいかわかんなくてDearとか始めてみたけどスベったか?
  My sweetと迷ったけど、それやったら一行目で破り捨てられそうだし。
  ……え~と、お前が手紙欲しがってたんで書いてみた。
  なんか最近元気ないし、やっぱ手紙こなかったのが原因かなってかってに思ってるんだけど。
  違うか?
  前も言ったけど、お前に手紙こねーのは外の連中に見る目ねえだけだから気にすんな。忘れちまえ。……なんて、けしかけて忘れられるもんじゃねえよな。
  弱ったな。
 
  俺がさきに外出たら絶対お前に手紙書くんだけど、ワリィ。
  俺の懲役110年なんだ。
  お前がココ出てくほうが絶対早いよな。はは。

  でもさ、安心しろよ。
  俺は絶対にお前のこと忘れない。
  檻の中なんて本読む以外にやることねえし娯楽少ねえし、寝ても覚めても飯食ってもクソしても考えることなんてそんなにないんだ。
  お前もよく知ってんだろ?考えることなんていっつも同じこと。
  
  だから俺はいっつもお前のこと考える。
  もちろんほかのことも考える。娑婆に待たせてる20人の女のこともちゃんと考える(博愛主義者だからな)
  でも、たぶん。それ以上にお前のこと考える。
  娑婆でどうしてるか、元気にしてっかな、たらふく飯食ってるかな、喧嘩してねえかな。
  女はできたかな、ガキはできたかな、とか。どうでもいい、めちゃくちゃ他愛ないことをずっと考える。
  
  お前がいなくなったらこの房もすっきりするし、からになったベッド眺めて、ずっと考えてる気がする。
  それで、お前が幸せになってりゃいいなって思う。
  
  それで、もしよければ、娑婆にでてからも俺のことを忘れないでいてくれてると嬉しいな……な―んて。
  たまーに思い出すだけでいいんだ。
  ナスの漬物食ってるときとか俺とよく似た奴とすれちがったときとか(最もこんなイイ男世界に俺っきゃいないからその確率は低いけどさ)「あの刑務所はマジ最低な肥溜めだったけど、レイジとか言う口軽くて面白い奴もいたっけな」とか思い出してくれると嬉しい。
  結構、マジで嬉しい。

  俺は絶対にお前のこと忘れない。
  こんなくそったれたトコで寝ても覚めても考えることなんて好きな奴の幸せくらいだ。

  だから、娑婆にでたら手紙を書いてくれ。
  一年に一度、だめなら五年に一度……あー、この際十年に一度でもいっか。
  ロンから手紙きたらなにより優先して返事を書くよ。

  It a  promise!』


  手紙を膝に置き、隣のベッドを見る。いつのまにか寝返りを打って振り向いたレイジが、鼻の下まで毛布をずりさげ、してやったりとほくそえんでいた。
  「……………」
  なにが約束だよ馬鹿野郎。
  俺が生まれて初めて貰った手紙がこれかよ、こんな支離滅裂な文章、こんな雑な字、こんな―……こんな手紙。
  手紙に水が落ちた。
  一滴、二滴。ぽたぽたと紙面に染み込んでインクを滲ませてゆく水を認め、レイジがぎょっと毛布を払いのける。慌てふためいて俺のところに駆け寄ったレイジが身振り手振りをまじえてフォローする。
  「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。そんなに感動させちまうなんて俺の文才も罪だよな」
  調子にのんな馬鹿。
  そう言い返したかったのに声がでない、今なにかしゃべったら泣いてるのがバレてしまう。嗚咽を押し殺し、肩を上下させてうつむいた俺の頭にそっと手がおかれる。
  「お前さ、まだガキなんだから意地張らずに泣いていいんだぜ」
  いたわるような手つきで俺の頭を撫でながらひどくやさしい声でレイジが教え諭す。
  気遣わしげに覗きこんできたレイジの顔には、扱いにくいガキを同じ目線で見守るような妙に大人びた苦笑いが浮かんでいた。

  レイジの言う通り俺はガキだ。
  自分のことで一杯一杯で、レイジの境遇なんて考えたこともなかった。
    
  俺の懲役は十八年、生きて娑婆に出られる可能性は十分ある。
  懲役110年のレイジはどんな気持ちで、手紙をもらえない、それっぽっちの理由でいじけていた俺を見ていたんだろう。 
  
  「あのさ。キーストアに代筆頼んでる間ヒマで辞書めくっててたまたま目に入ったんだけど、台湾語じゃ手紙のこと『信』って言うんだよな」
  「……それがどうかしたのかよ」
  「いや。いい言葉だと思って」
  レイジがほほえむ。 
  「俺を信じるみたいに娑婆の人間を信じてみろ。お前の大事な人間がお前のこと忘れたがってるなんてかってに決め付けんな、手紙に書けない真実が世の中にゃあふれてるんだぜ」
  すとん、と腑に落ちた。
  今、ようやくわかった。
  俺が欲しかったのは手紙じゃなくて、レイジのこの言葉だったんだ。 

  手紙。台湾語で「信」。
  俺の国の言葉はいい言葉だ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060330052338 | 編集
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