ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十六話

 目覚めの胎動を聞いた。

 壁に寄って立つロンが精一杯腕をさしのべる。
 虚空にさしのべた腕の先には暴君がいる。
 ロンの存在を念頭から忘却し戦闘の高揚に身を委ねていたが鞭打たれたように呼びかけに即応、唐突に変化が兆す。
 暴君が胸を押さえ、よろめく。
 戦闘が中断される。
 胸を押さえ荒い息を吐く暴君のもとへ血相かえて駆け寄るロンに僕もならう。
 シャツの胸を押さえ深々とうなだれる暴君、その横顔は憔悴の色が濃くダメージが甚大であることを物語る。
 肉体的な、というより精神的なダメージだろう。
 圧倒的な強さを誇り他を寄せつけぬ暴君に目立つ外傷はないが、自我の確立した別人格を封じ込め続ける事でひどく精神力を消耗しているはず。
 結果、暴君の精神力は今にも底を尽き少しでも油断すれば意識が途切れそうな状態だ。
 蒼白の顔色を見るまでもなく体調は最悪と言っていい。

 暴君の言葉は嘘だ。
 レイジは消滅したわけじゃない。

 暴君が極限まで精神力を削られているのは今だ完全にレイジを吸収してないから、意識の深層に閉じ込められた別人格が体の主導権を取り返さんと抵抗しているからだ。
 レイジは死んではない、眠っているだけだ。
 今も暴君の奥底で戦い続けているのだ。
 「だから言ったろう、消化不良を起こすと」
 暴君の奥底で抗い続けるレイジの存在を肌で感じる。
 暴君の表情は伸びた前髪に隠れて読めないが、胸を押さえ荒く不規則な呼吸を繰り返すさまに内因性の苦痛が滲む。
 「っは………く………!」
 激しく胸をかきむしる。
 肩が浅く浮沈する。
 暴君の苦しみようは尋常でなく伏せた顔はびっしょり脂汗にぬれている。
 苦鳴を堪えようと噛み締めた口元がだらしなく弛緩し獣じみた息遣いと呻きが絶えず漏れ、汗で濡れそぼった前髪が表情を隠す。
 「まだだ……まだ足りねえっ……」
 しどけなく乱れた前髪の隙間から苦しみ歪む表情が垣間見える。
 右目の傷痕を引き攣らせ手負いの猛獣じみて追い詰められた光を放つ左目であたりを睥睨、憎憎しげに口の端を吊り上げる。
 「引っ込んでろよ、王様……今更出てきたところでお前の居場所なんかどこにもねえってわかんねーのか?これからは俺の時代だよ」
 憎悪を剥きだすような邪悪な笑みに戦慄が走る。
 暴君の体が勢い良く跳ねる。あるいは痙攣の発作。
 弓なりに仰け反る暴君の体の内側でいかなる変化が起こっているのかは想像するしかないが、醜く引き歪んだ顔は悲痛さを増し、狂気の坩堝となりて異様な輝きを増す隻眼から毒々しい瘴気が噴き出す。
 「しぶてえやつだな、ほんと……さすが『俺』だ、簡単に喰われちゃくれねーってか」
 哄笑が狂笑にかわる。
 脂汗に塗れた蒼白の顔に禍々しいの一語に尽きる凄絶な笑みを刻み、拍動する胸を押さえ、混沌と狂気渦巻く瞳でロンを見やる。
 「そこをどけ」
 「どかねえ」
 視線が衝突する。
 ロンは暴君の行く手に敢然と立ち塞がり、大気すら薙ぎ払い真空の裂け目を出現させる威圧に晒されても一歩も退こうとしない。
 脂染みた黒髪のかかる真剣な瞳、暴君に手を踏みにじられ泣いていた時とは別人のようにふてぶてしくもしたたかな顔つき。
 ロンが一歩を踏み出す。
 暴君の表情がわずかに揺らぎ目の奥に動揺が走る。
 二歩目、三歩目……緩慢に距離が縮まる。
 ロンはもう逃げず、静かな決意を湛えた目でひたと暴君を見据える。
 僕の肩までしかない小さな体躯のどこにこんな度胸を秘めていたのか、一歩ずつ床を踏みしめ暴君に歩み寄るロンから道なきところに道を拓く威圧が放たれる。
 すりへった靴底が床を叩き、残響がこもる。
 「俺の前に立つなよ、汚れたユダの分際で」
 掠れた声で吐き捨てる。
 最前までの暴威がなりをひそめ、もっと物騒なものへと形を変え潜在する。
 警告を発する暴君をよそにロンの歩みは止まらず正面に来る。
 靴音がやむ。
 残響がたゆたう。
 一歩を隔て対峙するロンとレイジの間で空気が撓み張り詰める。
 質量的圧迫さえ感じさせる静寂が鼓膜に染みる。
 僕は傍観者に徹し、距離や歳月よりもっと深刻な見えざる隔たりのある二人の邂逅を凝視する。
 ロンの前に立った暴君が片頬笑む。
 「だんまりで通せんぼか」
 ロンは答えない。
 暴君の皮肉に応じず、ただじっと目を見つめる。
 隻眼の奥で悪意が芽吹く。
 口の端を歪め皮肉な笑みを浮かべ暴君が吐き捨てる。
 「また裏切るつもりか。俺を無視して王様に呼びかけるつもりかよ。いいぜ、呼びかけてみろよ。レイジレイジってしつこく名前を呼んでみな。もっともさっきから何度呼びかけたところで反応ねーってこたそろそろ暗闇に呑まれて消えちまったんじゃねーかな。まあ試すだけならたタダだ、神様に祈りゃあ利くかもしれないぜ。なんたって俺は生まれつきの悪魔だからな、アーメンて十字切って暗闇追っ払ってみな」
 場が緊迫する。
 ロンの沈黙をどうとったか、暴君は喉の奥で卑屈な笑いを泡立て自暴自棄に両手を広げてみせる。
 「さあ、俺に縋り付いて懇願しろ。どうかあいつを返してくださいって、あいつがいなきゃ生きてけねーって涙と鼻水ながして哀れっぽく訴えてみろよ。好きなんだろ?愛してるんだろ?じゃあ俺を殺せよ、俺を殺してあいつを取り戻せよ。あいつを取り返すには俺を殺すっきゃねーってお前もわかってんだろ?頭をガツンやりゃ案外復活するかもしれないぜ、肉体も一緒に死んじまったら傑作だけど」
 癇性な哄笑が爆ぜる。
 両手を広げたまま反り返るようにして笑い出す暴君、音程の狂った笑い声が壁に反響し歪曲する。
 大胆に両手を広げながらの挑発にもロンは表情を崩さず、あらゆる感情を内包する深い目で暴君を見詰め続ける。
 「なんだよその目は」
 唐突に笑いが途絶える。
 暴君の顔に不快感が表出、目つきが険を含み殺気がすさぶ。
 ロンはただ哀しげに痛みを堪えるように暴君を見つめている。
 その目はどこまでも真っ直ぐで、どこまでも一途に心情に即し、どこまでもロンらしい。
 「また犯されたいのか?いじられ足りないのかよ?どけよ淫売、ケツが寂しいならそこの男に慰めてもらえ……」 
 邪険に顎をしゃくり道了を指し示す暴君、ロンから視線が逸れた一瞬の隙にそれが起きる。
 拒む暇もなく、抗う意志すら封じるさりげなさでさしのべられた腕が有無を言わせず暴君を抱き寄せる。
 突然の抱擁、腕から伝わる人肌のぬくもりに暴君が狼狽する。
 思考に空白が生まれ完全に動きを止めた暴君の懐へ飛び込んだ広い背中に腕を回ししっかりと抱きしめる、自分の腕から伝わる熱が暴君の凍り付いた心を溶かしてくれるようにと。
 「わるかった」
 暴力すら恐れず制裁にも怯えず、暴君を抱きとめた腕に力がこもる。
 「ひとりぼっちは、さびしいよな」
 体格でははるかにロンが劣るのに、まるでレイジの方が抱かれているようだ。
 蛹から羽化する蝶のように睫毛が震える。
 右目に一滴たらしたように波紋が生じる。
 暗闇を彷徨う子供のように心許ない表情に一瞬レイジの面影がちらつく。
 精一杯腕を伸ばし暴君を包み込み、鼓動を打つ胸に顔をすりよせ、甘酸っぱい体臭と一緒に思いっきり息を吸い込む。
 「許してくれとは言わない、言えるわけない。だからもう許されなくていい、そばにいられるだけでいい。お前をひとりぼっちにしたくない。暗闇に残したくない。好きなだけ淫売って呼べよ、裏切り者って罵れ。それで気が済むなら上等だ。お前にしたことを考えればそれでもつりがくる」
 淡々と声が流れる。
 懺悔するように首をうなだれ、急激に込み上げてきた激情の捌け口を求めるように暴君のシャツの胸元を掴む。
 「お袋と梅花はいないけど、お前はいる。お前までなくしちまったら、俺にはなんにもない」
 孤独がひきあう。
 哀しみが共鳴する。
 暴君は束の間沈黙を守っていたが不意に指先が震え、ゆっくりと腕が上がる。
 「!ロンっ……」
 危害を加えるつもりだと直感、警告をとばす。
 警戒を促されたロンはしかし僕の声など最初から聞こえなかったように暴君の胸に身を委ね身動ぎせず、僕の視線の先で緩慢に上がった手はしばし置き場に迷うようにロンの肩すれすれのところで止まり、そしてー………  
 暴君の表情が引き裂かれる。
 憎しみと愛に引き裂かれたその表情こそ相反する葛藤に常に苛まれる暴君の本質そのもの。

 そして、固唾を呑んで見守る僕の前で。

 首をへし折ることも頭を砕くこともできた手がそっと後頭部におかれ、あちこち跳ね放題の黒髪をなでつけ始める。

 暴君が戸惑う。

 自身の手の動きが信じられないとばかり驚愕に目を見張り戦慄に打たれる間も手首から先が独立し、世話焼きな手つきでロンの髪をくしゃくしゃかきまわす。
 食堂でふざけるとき、図書室で本を奪い合うとき、房でじゃれあうとき。
 日常さまざまな場面で空気のように習慣となった手慣れた毛繕い。 
 いつもなら子供扱いするなとロンの反発を招くこと請け合いの、かつてレイジが好んだ行為。
 きかん気の強さを表すように無鉄砲に跳ねた寝癖を甲斐甲斐しくなでつけ髪の間に手を通し地肌をさぐり、掌全体に感じる熱を愛おしむように抱き寄せる。
 「…………………な………………」
 暴君が慄然と己の手を見つめる。
 ロンが衝撃に立ち竦む。

 レイジが戻ってくる。

 「標的発見、確保!!」

 足音の大群が雪崩れ込むと同時に先頭から発せられる野太い声が静寂をぶち破る。
 弾かれたように顔を上げ、廊下の奥を振り返る。
 今しも群れをなし猛然とこちらに殺到してくる看守の集団、怒涛を打つという表現が的確な騒々しい足音が事態の急変を告げる。
 凶悪な形相で迫り来る看守陣営に直面し、最優先事項として脳裏に閃いたのは……
 殺人未遂がばれた。
 おそらく書架の奥に隠した斉藤が見つかったのだ。
 頭部に負傷した斉藤を発見し、犯人と特定した僕を捕まえにきたのだ。
 斉藤が僕を伴い図書室に消えたのを目撃した看守がいるのだ、もしくは僕の強制労働免除許可をもらう際に面会した看守が勘付いたのか……
 終わりだ。
 全身から力が抜ける。
 服従と引き換えに暴君に手伝わせた隠蔽工作も全部無駄に終わってしまった。
 逃げるという選択肢もあったが、大人数の看守を相手に逃げおおせる自信がない。
 第一そんなことをしても無意味だ、斉藤が発見された時点で何もかも終わってしまったのだから。 
 絶望で目の前が暮れていく。
 壁に背中を預けそのままずりおちる。
 コンクリートのざらついた質感が背中を擦る。
 終わった、何もかも。
 諦念に達し瞼を閉じる。
 瞼の裏の暗闇に恵が浮上する。
 無邪気な微笑みが次第に薄れ、ついで猛禽の双眸をもつ男が鮮明に像を結ぶ。

 サムライ、すまない。
 僕もまた、君を裏切ってしまった。
 僕はもう、君とともにいられない。

 締め付けられるように胸が痛む。
 手足の先から冷えて感覚が麻痺していく。
 斉藤は安田にすべてを話す、彼が推理し辿り着いた事件の真相を包み隠さず述べるはず。
 恵を守りたい一心で暴挙に走った僕は、僕は……どうなる?
 刑務所の専属医師に明確な殺意をもち暴行を加えたのだ、傷害事件として扱われ独居房に放り込まれるかあるいは………  
 「どちらせによ、これで再審はなくなったな」
 自ら希望の芽を潰したことに対する後悔は微塵もない。
 自嘲の笑みに顔が歪むのがわかる。
 斉藤もまさか自分に危害を加えた犯人を庇うほどお人よしじゃないだろう。
 これで僕の弁護人を自認する斉藤が再審請求を試みる可能性は万に一つもなくなった、恵の身の安全は保障されたわけだ。
 斉藤さえ口を噤めば真相は永遠に闇の中、結果的には僕の思惑通り事が運び恵が非難の矢面に立たされ破滅に至る事態が防げる。

 恵を守りきった。
 たとえそのやり方がどんなに歪んでいて他者の賛同を得がたいものでも、恵を守りきったのは事実だ。

 絶望に折れた心に奇妙な満足感が湧いてくる。
 冷たい壁に背中を預け、ぐったりと天井を仰ぐ。
 もうすぐ看守が駆け付けてくる。
 独居房送りは初体験だが、感覚が一部麻痺しているせいかそれに対する恐怖はほとんど感じない。ただサムライに会えないのだけが心残りだ。
 最後にもう一度彼に会っておきたかった。
 緩慢に唇をなぞり、キスの感触を反芻する。
 あの時あれが最後になるなんて思いもしなかった。
 別れる前、通行人の目をはばかり素早く重ねた唇の感触がじんわり痺れるような熱を伴いよみがえりその熱は理性を蝕みあらゆる雑念を駆逐し渇望にも似た欲情が沸騰、今すぐサムライに会いたい彼に触れたい彼に想いを告げたいという狂おしい衝動が身内を席巻するー……

 「レイジを捕まえろ!」
 何?

 間近に迫った看守が恐ろしい形相で怒鳴り、後続の看守が手にした得物を振り上げ、一斉に暴君を取り押さえにかかる。

 僕じゃ、ない。
 捕縛対象は暴君?

 「おめーら油断するなよ、敵は東京プリズン最強と名高いブラックワーク覇者だ!くれぐれも情けなんかかけるんじゃねーぞ!」
 リーダー格の看守が激をとばし鼓膜がびりびり震える。
 警棒やスタンロッドを手に手に疾走する看守たちの顔はいずれも精力的にぎらつき、今にも零れ落ちんばかりに剥かれた目はぎらぎらぬめるような光を放っている。
 闘牛の大群の如く鼻息を荒くした看守の軍勢が、床を踏み鳴らす足音も猛々しく地響きをたて、いっそ無防備とも言えるだらけきった姿勢で立ち尽くす暴君を襲う。
 「調子乗りすぎて目えつけられたんだよ、お前は!安田副所長サマがこめかみぶちぎれる前に連れてこいとさ!」
 「ロシアの査察団の来てる時にはしゃいだのが仇になったな、独居房ん中で膝抱えて反省しやがれ!」
 「後ろ手に手錠されちゃ無理な相談だろうけどな!」
 「抵抗したら容赦しねえ、無抵抗でも容赦しねえ、いつもいつでもしれっとすましたお前をぶちのめす機会をみすみす逃してたまるもんかっての!」
 憤怒と興奮で満面朱に染めた看守の一人がフルスイングの要領で警棒を振りかぶる。
 風を巻き起こし飛来する警棒にも顔色ひとつかえず狙い済ましてロンを突き飛ばす。
 「!うあっ、」
 横ざまにひっくり返るロンを一顧だにせず戦意の昂ぶりで不穏にざわめく髪のはざまから苛烈な笑みを剥く。

 『Hit and away.』 

 ロンを隠れみのに足を一閃、烈風巻き起こす蹴りを放つ。
 申し分なく長い足をもつ暴君ともとより不恰好な短躯の看守では圧倒的にリーチが違い隙だらけの大振りで空を薙いだ警棒が鳩尾を穿つより早くその根元に凄まじい蹴りが炸裂、看守が手に持つ警棒がささくれた木片と化し砕け散る。
 ささくれた木片が降り注ぐ中、手中から警棒が消失した事実を理解できぬ看守の頭上をひらりと影が舞う。
 壁を蹴り反動をつけ足腰の鍛え抜かれたバネを駆使し、猫科の猛獣にも似たしなやかな身ごなしで驚くべき跳躍を見せた暴君と目が合う。
 闘志を孕んで膨らむ前髪の奥、硝子じみて色素の薄い瞳が酷薄に光る。
 薄い唇が嘲笑の形に歪み、絶世の美形とも評すべき整った顔に悪魔的な狡知がやどる。

 『Good luck.』
 暴君が今ひとたびの別れを告げる。

 「行くなっ、レイジ!」
 床に蹲ったロンが去りゆく背中に精一杯手を伸ばすも願いは叶わず、看守の頭上をあざやかに飛び越えた暴君はそれきり脇道に消える。
 「くそっ、舐めたまねしやがって!」
 「まだそう遠くにゃいってねえ、先回りして捕まえろ!」
 「減棒処分になりたくなきゃ腕の一本二本へし折る覚悟でふんづかまえてこい!国連絡みの査察団がうろついてる時に問題児にちょこまかされちゃ東京プリズンの名誉にかかわる、スキャンダルになる前に両手両足ふんじばって独居房に放り込め!」
 壁と壁の間のわずかな切り込み、人一人通るのがやっとの横幅1メートルもない小道を逃走路に使う発想は盲点だったらしく、目前に迫りながらも獲物を取り逃がした憤懣やるかたなく看守が地団太踏む。
 レイジ一人しか眼中にない看守たちは壁に凭れ座り込んだ僕とロンを無視し、先回りで逃走路を封じるために散開していく。
 「で、お前らなにやってんだこんなとこで。白昼堂々強制労働サボってお楽しみたあいい度胸だな。レイジも交えて4Pか?売春班上がりは相変わらずごさかんなこってうらやましいぜ、今度は俺もまぜてくれよ」
 陣頭指揮をとっていた看守が仲間に指示をだしてから漸く僕らに気付き服の乱れと床に零れた精液からおおよその事情を把握、反吐が出そうに下劣な笑みを湛える。
 ロンが上着の裾をぎゅっと握り下半身の染みを覆う。
 僕は努めて平静を装い、落ち着き払った素振りで服の埃をはたきおとす。
 「レイジとなに話してた?」
 「言いたくない」
 言いたくないからそう言ったまでだが、僕の態度を反抗的ととって看守の目が据わる。
 「吐けよ。ダチを庇うのは結構だが独居房まで付き合う義理ねーだろ」 
 「個人的な問題だ。デリカシーのない人間に知られたら売春班の囚人が性病感染するより早い速度で噂が出回るにきまってる」
 顎につきつけられた警棒をさめきった目で見下ろす。
 さらなる口答えに気分を害した看守が憤激、僕の胸ぐらを掴んで高々と警棒を振り上げる。 
 「消えろ」
 衝撃を予期し目を閉じるも、おそれていた痛みはいつまでたってもやってこない。
 慎重に薄目を開ける。凝然と硬直する看守の視線の先、最前まで暴君がいた場所に取って代わった道了が底冷えする声で命じる。
 「目障りだ。消えろ」
 「てめえ、囚人の分際でだれに口利いてやがる?」
 「いいのか、レイジを逃がしても。今ならまだ間に合う」
 逡巡、のち妥協。
 乱暴に僕の胸ぐらを突き放し、不満を隠そうともせずぺっと唾を吐く。
 所在なげに廊下に座り込むロンと僕、わざわざ身を躱し道を空けて促す道了とを順にねめつけ憤然たる大股で歩きだす。
 すれ違い際わざと道了に肩をぶつける。
 「木偶が」
 道了は白い横顔を晒し黙り込む。
 看守の悪態にも一切反応を示さず非人間的な無表情を保つさまに冷え冷えしたものを感じる。
 かっきりと虚空を見据え瞬きせぬ道了に鼻を鳴らし看守が去っていく。 
 看守の後姿が完全に消えるのを待ち、靴音が絶えた頃にやっとロンが口を開く。
 「………もうちょっと、手が長けりゃよかったのに」
 壁際に座り込んだロンに視線を向ける。
 抱き込んだ膝に伏せた顔に黒髪がかかり表情を遮る。
 ようやくひとつになりかけた心をむりやり引き剥がされた痛みを堪え、掠れた声を絞り出す。
 「俺の手短けえから、背中にまわそうとするとちょっと苦しいんだ。俺の手がもっと長けりゃつかまえられたのに、ずっと放さないでいられたのに」
 ぎゅっと手を握りこむ。
 掴めなかった何かをそこに見て拳を振り上げる。
 床を殴る。
 もう一度、もう一度、もう一度…やり場のない激情に駆られてくりかえし床を殴打、固いものを殴る鈍い音がこだまする。
 これ以上やったらロンの手が傷付いてしまう。
 指に絡みきらめく鎖がささやかな旋律を奏でる。
 壁から身を起こしロンの前に立つ。
 「ロン」
 膝から顔を起こす。
 くしゃくしゃに跳ねた黒髪の隙間から尖りきった目つきが覗く。
 十二回目に振り下ろされようとした拳が虚空で静止、あちこち皮膚が破け出血した拳に指を添えゆるやかにほどいていく。
 間接が強張った指が辛抱強い慰撫で開ききると同時に、小さな掌に十字架を載せる。 
 あの日レイジが捨て僕が拾った十字架。
 「今度は放すな」
 この十字架は僕より彼が持つほうがふさわしい。
 レイジの代わりに十字架を握らせ、呟く。
 ロンの指は僕の導きに従い抵抗なく閉じ、祈りを捧げるように項垂れたまま、手に掴んだ十字架を胸元に押しあてる。
 「もうはなさねーよ」
 道了の手により歪められた十字架を胸に押しあて、誓う。
 吐息で十字架の表面が曇り、ロンの指に沿って滑りおちた鎖がきらめく光を撒いて玲瓏な旋律を奏でる。
 「追いかけっこで俺に勝てると思ってんのか?上等だよ、命がけで見付けてやる」
 道了は黙ってロンを見詰めている。
 その顔はどこまでも平板に感情を封じ込めていたが、なぜかこの時は孤高よりも孤独に近く、冷たい雨に降られ錆びていくに任せる壊れた人形に見えた。


 翌日 斉藤の四肢切断死体が発見された。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050226003858 | 編集
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