ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十五話

 頬の薄皮にやすりがけされたような熱を感じる。
 銀の直線を描いて空を裂いたナイフが頬を掠める。
 暴君が的をはずした?
 まさか、あり得ない。
 抜群の身体能力を誇る暴君が目測を誤りこの距離から的をはずすなどあり得ない。
 だが現実にナイフを標的を逸し僕の肩の上をあっさりと通過した。
 外したとしたらそれは故意だ。
 暴君が的を外した目的は何だ?
 振り返るまでのわずか一秒間に思考が炸裂、完全に振り返った時には自分の目で結果を確かめるまでもなく答えに辿り着いていた。
 暴君が的を外した理由はひとつしかない。
 自分の愚かしさを呪いながら体ごと振り返り、戦慄に息を呑む。
 「道了!」
 背後に立つ道了を発見する。
 僕につられて振り返ったロンもまた慄然と固まる。
 道了はロンの背後に忍び寄り今まさに手に片をかけようとした姿勢で停止していた。
 暴君が抜群の勘の冴えを見せ躊躇なく投擲したナイフの軌道を辿れば、鋭利な刃先は道了の顔の中心を抉っていたはずだが、道了は思いきりよく首を傾げこれを回避していた。
 「………ぬるい」
 傾げていた首がぎこちなく元に戻り正面を向く。
 錆びた軋みを感じさせる機械的動作で顔を正面に戻した道了は、並んで立ち竦む僕らを通り越し暴君に醒めた視線を注ぐ。
 能面じみて端正な目鼻立ちをなお強調する徹底した無表情の中、眼窩に嵌め込まれた金と銀の瞳が底冷えするような輝きを放つ。
 暴君は不敵な笑みを絶やさず宣戦布告ともとれるこの発言を受け流す。
 道了が肩の位置に掲げた腕、指の狭間に収まっていたのは……
 ナイフ。道了はさりげなく腕を下ろすや指に挟んだナイフにはもう一瞥もくれず無造作に床に放り捨てる。
 カチン。
 床で跳ねたナイフが硬質な音をたてる。 
 甲高く澄んだ音たて床に転がったナイフを無関心に一瞥、暴君が口笛を吹く。
 「やるね。自分めがけ飛んできたナイフを素手で捉えるなんざここがいい感じにぶっ壊れてなきゃできねー芸当だ。どうやら恐怖心が麻痺してるらしいな。そんかし動体視力はたいしたものだ。喜べ、ほめてやるよ」
 「耳が腐る」
 冗談めかしこめかみをつつく暴君に芯まで凍りそうに冷ややかな視線を叩きつけ、たった今命を狙われた危機感とも無縁に無感動に言う。
 空気が張り詰める。
 不均衡な沈黙が落ちる。
 蛍光灯が不規則に点滅し払い忘れた蜘蛛の巣のように視界の隅に闇が蟠る。
 「ロンを庇ったのか」
 自然と口が動いた。
 ロンが弾かれたように顔を上げ僕に向き直る。
 暴君を見る。
 僕と挟み廊下の中央で道了と対峙した暴君は相変わらず薄く笑みを浮かべている。
 冗談とも本気ともつかず人心を惑わす不埒で不吉な笑みだ。
 忙しく点滅する蛍光灯が彫り深い目鼻立ちに濃淡にとむ陰影を刻み込み、嬉々として背徳に堕する悪魔的な色香を添える。
 暴君は答えない。
 僕の質問など最初からなかったかのようにあっさりと聞き流し、僕とロンにはもう興味を失ったかのように好戦的な燻りを隻眼の底にちらつかせる。
 「………ロン」
 裸の上半身に鳥肌が立つ。
 決して寒さのせいばかりじゃない、素肌を外気に晒しているからだけじゃない。
 身の内で湧き立つ名伏しがたい衝動を抑え切れず四肢が震える。
 呆けたようにこちらを見つめるロンの視線を痛いほど横顔に意識しつつ口を開く。
 「レイジはまだ死んでない」
 一言一句に事実の重きをおいて言葉を発する。
 ロンが驚愕に目を見開く。
 縋るような祈るような痛切な色がその目に浮かんだ次の瞬間、ロンの表情が安堵に溶けて幼さを増す。
 しゃくりあげたいのを堪えぎゅっと唇を噛み締めるも涙で潤んだ強情な眼差しが心境を代弁する。
 嗚咽を噛み殺すロンの方は見ず暴君と向き合ったまま淡々と続ける。
 「レイジは暴君の中で生きている。生きているからこそ君を庇ったんだ。そう信じろ」

 まだ希望はある。
 レイジは完全に消滅したわけじゃない。
 レイジとロンが会える日はきっと来る。

 再会を信じ無意識に十字架を握り締める。
 僕の体温で金属の表面が人肌にぬくもっている。
 あの日レイジが捨て僕が拾った十字架自身が熱をもち脈打っているような錯覚が襲う。
 この十字架はレイジの一部だ。
 在りし日のレイジが肌身離さず持ち歩き折りにつけ接吻した大事なものだ。
 掌中の十字架にレイジの欠片が宿っているような迷信深い気持ちになり、自然と声も厳かに響く。

 「君とレイジは相棒だ。自分の意志で、または不可抗力で離れ離れになろうともそれは変わらない。互いが互いを必要としている限り君たちは相棒だ、君たちは相棒であることをやめられない。君はレイジと離れていた期間もずっとレイジのことを考えていた、狂気と戦いながら心の中で彼の名を呼んでいた。君は一度たりとも一瞬たりともレイジを忘れなかった、レイジを必要とする自分から逃れられなかった。ならそれは裏切りじゃない、たとえ離れ離れになろうが裏切りとは呼べない」

 暴君がロンを許さず断罪するなら、僕がロンを許す。
 僕にはロンの気持ちがわかる、わかってしまう。
 特別想像力豊かだからでも包容力に富んでいるからでもなく、ロンの選択を他人事とは思えない程に大事なだれかを持っているのだ。
 サムライとどちらを選ぶと聞かれて即答できず、結果としてどちらも選べず失うことになろうとも手放せないものがあるのだ。

 恵を選ばない僕は鍵屋崎直じゃない。
 サムライを選ばない僕は鍵屋崎直じゃない。

 そのどちらもが真実なら甘んじて卑怯者の謗りを受ける。
 恵を大事に思う気持ちがこれまでの僕を作り上げ鍵屋崎直という存在の土台をなすようにロンにとってもまたかけがえのないだれかが存在した、東京プリズンでレイジと出会う以前に心の支えとなっただれかがいた。
 
 なら僕は、ロンを許す。

 僕に人を許す権利があるかはわからない。
 きっとそんなものはない。
 何故なら僕は親殺しで人殺しの最下等の人間だからだ。
 けれども共感は自由でありたい、僕の言葉で多少なりともロンをすくいあげることができるなら……

 深呼吸し前より強く十字架を握りこむ。
 掌に十字架の重みを感じ、葛藤のすえ言葉を紡ぐ。

 「世界中の人間が裏切り者と糾弾しても僕は君の友達だ。一万人の低脳の誤解より一人の天才の理解を欲しろ」
 口にしたそばから気恥ずかしさが手伝い頬が熱くなる。
 赤みがさした頬を悟られぬよう眼鏡の位置を直すふりで手を翳す。
 ロンは呆けたように口を半開きにし傍らに立ち尽くしていたが、瞼を拳で乱暴に拭い、己を卑屈にする罪悪感を吹っ切るように毅然と顔を上げる。
 『………謝謝』
 再び顔を上げた時、その目には真っ直ぐな光がよみがえっていた。
 ようやく本当にロンが戻ってきた。
 「偽善者め。相変わらずきれいごとがお得意だな」 
 「偽善を貫けば善になる」
 口の端を皮肉に吊り上げ嘲弄する暴君に面と向かい宣言する。
 暴君は軽く肩を竦め道了に視線を転じる。
 「で?俺に一発KОされた木偶人形がいまさら何の用だよ」
 あからさまな揶揄にも微塵も表情をかえず、表情を完璧に押し隠す金と銀の双眸の輝きも冷徹に道了が呟く。
 「ロンは渡さない」 
 感情の揺るぎを感じさせぬ抑制された声。 
 「渡す?ははっ、変なこと言うんだなお前!そいつはもう関係ねーよ、煮るなり焼くなりお好きにどうぞだ。お人よしな王様はどうだか知らねーが裏切りものを迎え入れるほど俺の心は広くないんでね。捨て猫はどこへでも連れてけよ。そいつがどうなろうが一切関与しないし興味もない、犯されて突っ込まれてぐちゃぐちゃのどろどろになっても知るもんかっての。それこそ薄汚い裏切り者には似合いの末路だろーが」
 腕を組んで立った暴君が意味ありげな目配せを送ってくる。 
 「別にいいぜ。こっちも新しい奴隷ができたしな。薄汚い野良猫よかよっぽど毛並みと感度のいい血統書付きの奴隷だ、お前がそいつと愉しんでるあいだ俺は新しい奴隷を調教して愉しむことにするよ。前の奴隷は犯りすぎてぶっ壊れちまったからな……今度はクスリ控えめにするか。なあ、ヘロインとコカインどっちがいいか教えてくれよ」 
 唄うような抑揚で水を向けられるも、口を開こうとした僕を遮りロンが一歩を踏み出す。
 「ぶっ壊れたって……何の話だよ?」
 ロンは知らないのだ、ロンに突き放されたショックで覚醒した暴君がサーシャを嬲り者にした挙句に捨てたことを。
 理解不能といった顔で僕と暴君を見比べるロンに真実を明かすのをためらう。
 戸惑うロンと沈痛に押し黙る僕に愉快げに笑いかけ、暴君が饒舌にしゃべりだす。

 「サーシャだよ、今はなき北の皇帝サマだ。俺が不貞寝してるところにタイミング良くやってきたから暇潰しに躾けてやったんだ。傑作だぜ、あいつときたら!ケツにナイフの鞘突っ込まれてぐちゃぐちゃにかきまぜられておっ勃ちやがった、夢うつつでロシア語口走ってシーツ引っかいて兄貴の名前呼んでまるっきり子供返りしてやがったぜ!その様があんまり滑稽で笑えたからクスリを使ってやったんだ、もっとおもしれーもんが見られるんじゃないかって期待してな。予想的中結果オーライ、もとからヤク中のサーシャにゃ効果覿面。たっぷり漬け込んでやったんで今じゃ血管にコカインが流れてる始末、血がさらさらになって感謝してほしいくらいだぜ!」

 大仰に両手を広げ反り返るようにして笑い出す暴君、愚かな廃帝の末路も彼にとっては一流のジョークに過ぎないらしい。
 藁色の髪を奔放に振り乱し隻眼にうっすらと涙さえ浮かべ、相変わらずの笑い上戸ぶりで、否、レイジの時よりも異常性を深め狂気の色を濃くした哄笑を響かせる暴君にロンの顔が急速に青ざめていく。
 「サーシャがぶっ壊れた?なあ鍵屋崎、それ本当か!?」
 「詳しいことはあとで話す、先に医務室へ行こう」
 焦燥に駆られて僕の腕を揺さぶるロンを引き剥がし、半ば強引に医務室へ連れ去ろうとしてー……
 「行かせるか」
 耳裏に吐息がかかる。
 「!?っ、」
 間一髪、腰を屈めた僕の頭上を猛然と蹴りが通り抜けていく。
 異状を察し屈んだ判断が命を救った。
 しかし屈んだ拍子にバランスを崩しロンを巻き添えに壁に激突、そのままあっけなく転倒してしまう。
 咄嗟にロンを庇う。
 ロンを抱き込んだ姿勢でろくに受身もとれず床に叩き付けられ一瞬意識が飛ぶ。
 まずい。
 脳裏で鳴り響く警鐘が正気を叩き起こす。
 痛む体を叱咤し顔を上げた僕の前に、あたりを払う威圧をまとう影が立つ。
 道了。
 「ロンはおいていけ。ロンは俺の物だ」
 「お前の、もんなんかじゃ、ねえっ……俺は、俺のもんだっ……」
 「よく口を利く元気があるな。たっぷり塗りこんでやったのに」
 道了がかすかに笑みらしきものを浮かべる。
 皮肉に口の端を歪め片膝つき、すっとロンの顎に指を添える。
 「房に帰るぞ。ラクにしてやる」
 「お断りだ」 
 「辛いくせに強情を張るな。頬が赤いぞ。息が上がっている。目が物欲しげにぬれている。しまりのない口だ。そんなに俺の物をしゃぶりたいのか」
 「イカくせえ手でさわんな……」
 「お前が出したものの匂いだ」 
 顎に這った指がいやらしくのたうつ。
 指を遠ざけようと激しく首を振るも、蜘蛛が這うような緩慢さで顎に這った指はやがて頬へとのぼり、ロンの顔の上を這いずりだす。
 「レイジと会ってよくわかっただろう、お前の居場所がないことが。お前の居場所は俺の隣しかない。レイジはもうお前を必要としていない、お前などどうなってもいいと思っている。当たり前だ。お前はレイジを切り捨て俺とともに来た、何度も貫かれ喘ぎ声を上げ浅ましく尻を振り股を開いた。レイジに抱かれた回数より俺に抱かれた回数のほうが多い。俺の味を覚えこんだ体は俺なしでは一秒ともたない……」
 道了が身を乗り出す。
 ロンの顔の上を這いずりまわる指が卑猥だ。
 頬を吸い瞼のふちをなぞり一周して顎へと戻った指が、唇のふくらみを辿る。
 「一緒に来い、ロン。可愛がってやる」  
 答えは単純明快だった。
 「-っ……」
 指に犬歯が突き立つ。
 指を食い破られた道了が不思議なものでも見るように膨らみ始めた血の玉を見詰める。
 「思ったとおり、錆びた鉄の味がするぜ」 
 床に突っ伏したロンが擦り傷だらけの顔で不敵に笑う。
 道了の指を噛み千切った唇には一滴血が付着している。 
 道了は焦点の合わない表情で指の噛み傷を見詰めていたが、やがてその視線がロンの顔へとおり、唇がかすかに開く。
 「…………躾が足りないらしいな」
 ロンの顔が恐怖に強張る。
 道了が凍り付いた瞳で腕を振り上げる。
 固い拳が頭上高く振り上げられ振り下ろされー……
 「ロンっ!!」
 咄嗟にロンの頭を抱きこむ。
 ロンと二人して床に伏せた頭上で激突音が爆ぜる。
 ハッとして顔を上げる。 
 道了が突き出した拳が暴君の靴裏を押しとどめる。
 「……何の真似だ?」
 「邪魔だ。俺の通り道を塞ぐなよ」 
 殺意を秘めた視線が交錯、空気が硬化する。
 蛍光灯が不吉に点滅し暗がりが交互に去来する廊下の中央、再び放った蹴りを道了の拳で止められた暴君が獰猛に牙を剥く。
 拳で蹴りの威力を封殺され鋭く舌打ち、後方に跳躍し体勢を立て直す。
 道了もこれにならう。
 二人の間で空気が軋み、撓む。
 目の端で二人の動向を探りながら用心深く上体を起こし這いずるようにして壁際に避難する。
 僕に庇われたロンが何か言いたげに唇を動かすが声を発するまではいかず、轟く鼓動と震える吐息が伝わってくるのみ。
 「ロンに興味がないと言ったのは嘘か?」
 「勘違いすんなよキリング・ドール。にゃあにゃあうるさい捨て猫はどうでもいいが俺様の領土で好き勝手するやつは目障りなんだよ」
 道了の目が剣呑に据わる。
 狂気渦巻く笑みを浮かべた暴君が優雅に腕をさしだしかと思いきやおもむろに中指を突き上げる。   
 藁色の髪が風圧に舞い上がり、ぎらつく輝きを放つ隻眼が晒される。
 己に傅くもの侍るものすべてを薙ぎ倒す威風をまとって立つ暴君が、唯一己に屈服することない男に処刑宣告を下す。
 「裏切り者には断罪を、反逆者には制裁を。それが俺の流儀だ。さあ来いよファッキン・ドール」
 反応は迅速だった。
 挑発の効果は正しく報われた。
 床を蹴り加速した道了が指を折り込み拳を作り、跳躍。
 ブラスナックル代わりの指輪が鈍い光を放ち目を射る。
 あれで殴られたら骨など簡単に砕ける。
 道了が鋭く呼気を吐きストレートを繰り出す。
 虚空を貫通した拳が顔面を穿つよりも早く実体が消失、道了が放った拳は手応えなく残像の顔面を砕く。
 電光石火、床を這うような低姿勢で疾走した暴君が一瞬の早業でナイフを拾い上げ構える。
 大きく振りかぶり投擲。
 道了めがけ真っ直ぐ宙を貫いたナイフが甲高い音たて弾かれる。 
 ナイフを弾き返したのは道了が嵌めた指輪。
 ちょうど刃があたるよう角度を調節し指輪を傾がせたのだが、並大抵の動体視力ではできない芸当だ。
 暴君と假面の死闘を横目に慎重にロンを抱き起こす。
 「暴君が道了を足止めしている隙に逃げるぞ」
 「足止め?」
 僕の腕に縋って上体を持ち上げたロンが呆然とくりかえす。
 「暴君が、足止めしてくれてんのか?俺たちを逃がすために?」
 上擦る息のはざまから声を漏らす。
 僕の腕を掴み何とか立ち上がったロンが信じられないといった顔で振り返る。
 ロンの視線の先で熾烈な戦いを繰り広げる暴君と假面、どちらも僕らがここにいることさえ忘れたように目の前の敵に集中している。
 暴君が笑う。
 拳が頬を掠め燻る熱を感じ、風圧に舞い上がった髪の奥、硝子じみて色素の薄い瞳に高揚感を湧かす。
 道了はあくまで無表情に徹し的確な蹴りと拳を放つ。
 人体の急所を突いた一撃は命中すれば確実に骨をへし折り内臓にダメージを与えるものだが暴君は蹴りと拳の軌道を本能的に読みこれを素早く回避、迎撃に移る。
 「どうしたロン、早く行くぞ!道了が気付かないうちに……」
 「行けねえよ」
 「何?」
 きっぱりとロンが言う。
 耳を疑う。
 呆然とした僕に向き直り、ひどく真剣な表情でもう一度言う。
 「あいつを残して行けねーよ」
 僕の腕を振り払い、萎えた足を叱咤し、なかば壁に寄りかかるようにして一人で立つ。
 深呼吸で弾む鼓動と荒い息遣いを抑え込み、震える膝に手を付き挫けそうな上体を支える。
 汗で濡れそぼつ髪の間から強い決意をのせた眼差しが放たれる。
 ロンは言った。
 薬を使われたせいで著しく体力を消耗し、憔悴しきった顔は脂汗が冷えて酷い有様で、全身が不規則に波打ち、それでも僕の手をはねのけ一人で立ち、どうしても譲れないものを持った人間特有の強情さで。
 「ダチを二度も捨てらんねえ」 
 「…………っ、」
 言葉を失う。
 ロンの強情さに焦燥とも苛立ちともつかぬひりつきを覚える。
 僕の助けを拒みひとりで立ったロンは、服と擦れる感触さえじれったい刺激に昇華するもどかしい快感に苛まれながら、壁に手を付き方向転換する。
 一歩一歩、鉛のように重たい足を引きずり暴君のもとへ向かう。
 「鍵屋崎、お前は優しいからそうじゃねえって言ってくれたけど俺がしたことはやっぱ裏切りだよ」
 苦しい息のはざまから悲痛な声を絞り出す。
 不規則に肩が揺れ、沈む。
 一歩踏み出すごとに服と素肌が擦れ尖った乳首や敏感な内腿に鋭い性感が生じるのか、明らかな欲情の赤みが頬にさす。
 「レイジに許されなくても当然だ。いちばん必要としてる時に突き放したんだから憎まれて当たり前だ」
 足を引きずる音がひどく耳障りだ。
 ロンは向かう、暴君のもとへ。
 歯を食いしばり呻きを殺し、縋るように切実な色を目に宿し、レイジの体を乗っ取った暴君のもとへ。 
 「それでも俺はレイジの相棒だ。憎まれたって、許されなくたって、あいつが好きだ」
 暴君との距離が気の遠くなるような緩慢さで縮まりゆく。
 ロンの視線の先では暴君と假面がぶつかっている。
 互いに互いしか見えず、一撃で致命傷を与えんと凄まじい殺気を放射し戦闘の高揚に身を委ねている。 
 苦痛と快楽の波にともすれば理性をさらわれそうになりながら、下唇を噛む痛みで意識を繋ぎとめ、ロンはひたすら前へ出る。 
 「ここで暴君ごとあいつを見捨てたら、俺はもう相棒じゃいられなくなる。あいつを本当にひとりぼっちにしちまう。ふざけんな、ごめんだそんなの。こちとら一週間も会いたくてたまんねーの我慢したんだ、一週間も経ってようやっと会えたんだ、ようやく手をとれる距離にきたんだ。放してたまるもんか。あいつが駄々こねてひきこもろうが構うもんか、腕引っこ抜ける勢いで暗闇から引っ張り上げてやらあ」
 レイジが消滅したなど信じない。
 レイジが存在しないなど信じない。
 ロンの目が、全身がそう言っている。
 ロンはそう言っている。
 「ひとりぼっちが寂しいのは俺だっておんなじだ。ひとりぼっちでべそかいてたのが自分だけなんて勘違いすんじゃねーよ、ばか」
 ロンが暴君まで三メートルのところに迫る。
 手を伸ばす。
 虚空を掴む。
 もう少しで暴君に……レイジに触れることができる。
 ロンの顔が希望に輝く。
 唇が音もなくレイジの名を紡ぐ。
 先刻踏みにじられ赤く腫れた手が再び伸ばされる。
 何度振り払われ突きのけられようとも諦めないと決心し、擦り傷だらけの手を暴君へと、暴君の奥底のレイジへとさしのべるー……

 『你不在、我很寂寞。辻来吧』
 お前がいないと寂しい。こいよ。

 目覚めの胎動を聞いた。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050227185252 | 編集
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