ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十四話

 床に上体を突っ伏したロンが身を絞るように絶叫する。
 残忍に踏みにじられた手はそのままに腹の底で渦巻く激情を吐き出すように永遠に失ってしまった相棒の名を呼ぶ。
 絶叫の余韻が大気に溶け込むのを待たず狂気に蝕まれ振幅を激しくした破滅的な哄笑が被さる。
 壊れたハーモニカのように聞くものに不快感を抱かせ生理的嫌悪をかきたて神経をささくれだたせる音程の狂った笑い声が周囲のコンクリ壁と天井に跳ね返り陰々滅滅とこだまする。
 呼気を吸い込み膨れ上がったハーモニカを思わせる狂気の哄笑はいつはてるともなく廊下に降り積む静寂を侵食していく。
 暴君は笑う、狂ったように笑う。
 廊下の中央に傲然と仁王立ち、世界すべてが自分の領土だと宣言せんばかりにかいなを広げ無敵の全能感に酔うさまは、己の道を阻むものすべてを無差別に薙ぎ払う圧倒的暴威を感じさせる。
 それはまるで嵐の脅威にひれ臥す葦のように、藁色の髪をしどけなく振り乱し硝子の隻眼を恍惚と酔わせた暴君の周囲に見えざる颶風が吹きすさぶ。
 「感謝するぜ淫売、ありがとよ裏切り者!お前がこいつを裏切ったせいでこいつは死んだ俺の奥深く永劫の闇に逃げ込んじまった、王様とはもう永遠にお別れのおさらばだ!ああ、やっとだ。長かった、長かったぜ。俺はこの時を死ぬほど待ってたんだ、俺が晴れておもてに出る日を、こいつの体を乗っ取って新しい世界に産声を上げる日を!どうした、何でそんなシケた面してやがる?暴君の再誕を祝ってハッピーバスデーを唄ってくれよ!!」
 「嘘、だ」
 「嘘なもんか」
 色あせた唇のはざまから震える声を紡ぐロン、その前髪を掴みむりやり顔を上げさせる。
 優雅に片膝ついた暴君が口元に魅了の笑みを湛え真上からロンを覗き込む。
 床に這い蹲ったロンは薬と疲労のせいで腰が立たず、度重なるショック故に暴君の手を払いのける気力さえ失い、ただただ呆然と彼を見返すのみ。 驚愕と絶望に剥かれた目、固く強張り表情を閉じ込めた頬、半開きの唇。
 擦り傷だらけの顔にもまして悲痛さを引き立たせる茫洋たる視線。
 ロンの目は抗しがたい誘惑をもって干し藁の隙間に覗く冷え冷えと透徹した隻眼に惹き付けられている。
 千尋の闇よりもなお底知れぬ透明な虚無を呑んだ目。
 ロンの視線は頼りなく虚空をさまようも髪を掴まれている為顔を背けることができず、怖いもの見たさにも似た不可抗力の好奇心に負けて必ずや最後に暴君へと引き寄せられる。
 暴君が覆い被さり、ロンの顔が翳る。
 ロンと額を突き合わせた暴君が、哀れみ深くさえ見える陰影に隈取られた微笑をちらつかせる。
 「王様はもういない。俺が食っちまったよ」
 唇が割れて舌が覗く。
 赤く艶かしい舌が上唇を舐める。
 官能を誘う淫靡な動きで上唇を這った舌がひめやかに下唇へとおりていく。
 満腹の豹か悪食の悪魔を思わせる貪欲な舌なめずりをしてみせた暴君の言葉にロンが反射で首を振る。
 「うそ、だ」
 「何が嘘だよ」
 ロンと視線の高さを合わせ脅しつけるように声を低める。
 耳朶を羽毛が刷くような官能を呼び起こす艶めく囁きに生唾を嚥下、全身を硬直させ慄然と暴君を仰ぎ見たロンが惰性で首を振る。
 あまりに弱弱しく否定の意をもたず拒絶の主張もなさぬ首振り。
 呼気を荒くし蹲るロン、その肩は浅く上下し大量の脂汗が滲む顔はいかにも苦しげだ。
 身の内で湧き立つ衝動を抑制しようと片腕で体を抱いたロンが、びっしょり汗に濡れそぼつ黒髪のはざまから梃子でも動かぬ強情な眼差しを叩き付ける。
 「レイジがいなくなったなんてうそだ。絶対に信じねえ」
 黒髪のはざまの目に苛烈な反抗心が燃え立つ。
 絶望のどん底から歯を食い縛り這い上がったロンは、今またレイジを失うことだけを恐れるかのように暴君ににじり寄りその膝にしがみつく。
 暴君のズボンを掴み這いずるように上体を起こすや膝に爪を立て呼吸を整える。
 「戻ってこいよ、レイジ。せめて謝らせろよ。勝手にケツまくって逃げるなんてなしだぜ」
 返されたのは、ひどく醒めた眼差し。
 「わかんねーガキだな。王様はもういないんだよ」
 ロンは必死に語りかける、暴君の奥底で眠りについたレイジを呼び起こそうと掠れた声を絞る。
 暴君は煩わしげに顔を顰め漸くロンの手から足をどける。
 たっぷり三十秒をかけ解放されたロンの手は固い靴裏で踏みにじられたせいで泥に塗れ痛々しく腫れていた。
 皮膚が擦り切れ血が滲んだ手を床に付いたまま、正面から毒々しい嘲笑を浴びせかけられても諦めずロンは食い下がる。
 「レイジを出せよ。お前に用はねえ、引っ込んでろ」
 深呼吸で激情を抑え込んだロンが邪険に吐き捨てた刹那、まとう雰囲気と表情が一変する。
 口元の笑みが薄まり藁色の髪の隙間から覗く隻眼が酷薄に細まる。
 ロンの背後に立ち尽くす僕は、背筋を氷解が滑りおちてくような戦慄に打たれる。
 今すぐ暴君とロンを引き離さねば、二人を引き離せば。
 頭が命令を発し理性が急き立てるも神経が痺れ足が動かない、一歩も動かない。
 結果として僕は足が根ざしたように立ち竦み無力感に苛まれ暴君とロンの邂逅を傍観するしかない。
 本能的な恐怖が四肢を呪縛し脅威への接近を阻む。
 覚醒した怪物を前に己の卑小さと無力さを痛感した僕は、その時点でもう一歩も動けず、友人が危機に晒される所をむざむざ見届けるしかない。
 やめろ、ロンにさわるな、ロンを傷つけるな。
 心が叫ぶ。しかし舌が痺れて動かない、麻痺した口は音を紡ぐことができない。
 硬直した舌では警告を発する事もできず加速度的に無力感と焦燥感が募る。
 僕は祈る、ただ祈る。
 気も狂いそうな焦燥に苛まれながらロンの無事を祈り無傷であってくれと念じ、ロンと暴君の接触によって生まれかねない最悪の結果を遠ざけようとひたすら祈る。
 「『引っ込んでろ』だと?」
 暴君の声が不穏に低まる。
 廊下に闇が漂う。
 蛍光灯が忙しく点滅しやがてそのうちのひとつが消え廊下の隅に埃っぽい闇が蟠る。
 蜘蛛の巣を張るように闇が蟠る廊下の中央、ロンの前髪を掴み跪いた暴君が憤激を封じ込めた冷徹な表情で囁く。
 「お前もか?お前も俺を闇に突き落とすのか?俺が今までいた所にぶちこんでなかったことにするつもりかよ」
 「!?んっむ、」
 暴君がロンの唇を奪う。
 優しさなどかけらもない野蛮なキス……貪るような激しさで唇を塞ぎ吐息を飲み干す行為は、愛を確認する神聖な儀式には縁遠く互いの存在を賭けた共食いに似ている。
 猛獣が獲物を食らうようにやすやすとロンを組み敷きその唇を貪る暴君、床に押し倒されたロンは動転した頭で窒息の苦しみにもがき苦しみ、暴君の肩を拳でめちゃくちゃに打する。
 振り上げ振り下ろし振り上げ振り下ろし振り上げ振り下ろす
 酸欠の苦しみに充血した顔で何度となく自分にのしかかる男の肩を殴り付けるも、暴君は決してロンの上からどかず、僕の視線を十分意識した挑発的な動きでもって唾液を絡める音を響かせロンの唇を貪り尽くす。
 ロンは今や必死の形相で暴君の頭といわず肩といわず胸といわずやみくもに殴り付け、体重かけ組み伏せられ息もろくに吸えない状態をしいられ恐慌を来たし四肢を暴れさせる。
 「んっ、ぐ、ふぐ、う…………」
 粘ついた糸引き唇が離れる。 
 ぐったり弛緩したロンの上から漸く満足し身を起こし、暴君が悪戯っぽく囁く。
 「……あいつの味がするだろ」
 髪の向こうで弓なりに細めた目に嗜虐と嘲弄の色が覗く。
 骨まで蕩けたように弛緩した四肢を投げ出すロンを覗き込み、暴君が傲岸不遜に宣言する。
 「いい加減認めろよ。お前の王様は消えたんだ。あいつは俺が食っちまったんだ」
 暴君の手がロンに伸びる。
 酔ったように弛緩したロンはもはや暴君を突きのける体力も振り払う気力もなくされるがまま身を委ねるしかない、ただでさえ薬で力が入らない状態なのだ。それでも暴君に触れられるのは我慢できないとばかり這いずるようにあとじさるロンの腰を掴んで引き戻し、熱く湿った吐息を耳裏に吹きかける。
 「美味かったぜ。最高だった」
 「!あっ、や………」
 暗く甘やかな声が音楽的なリズムで流れる。
 敏感な耳裏を吐息の刷毛でくすぐられロンがびくりと震える。
 腰を掴む手から伝わってくる熱が下半身に溜まりゆく。
 褐色の手がしなやかにゆるやかに腰を滑る。
 床に肘を付き上体を起こしたロンががくんと屑折れる。
 意地悪な手が薬のせいで今にも弾けそうに昂ぶったロン自身をくすぐり遠まわしな刺激で官能を煽る。
 「れい、じ、を、返せよ………おまえ、なんか、呼んでね……はっ……おれは、レイジに、会いたいんだよ……ぁうくっ……」
 腰が萎える。声が萎む。
 褐色の手が紡ぎだすめくるめく官能に、這い蹲ったロンの背筋がぴんと張り詰める。
 褐色の手が脊椎を爪弾くのに応じ硬直と弛緩を繰り返す体を持て余し嗚咽に似た喘ぎを漏らすロンに覆い被さり、酔ったように囁く。
 「あいつのものは俺の物だ」
 性急な手つきでズボンを引き剥がしロンの下半身を裸にする。
 「あいつがもってたもんは最初から俺の物だ、俺の物だったんだよ。これまで全部あいつが独占してきたけどあいつが死んでやっと手に入れた、やっと自由になれた、解放されたんだ。ずっとずっとあいつを殺したかった、あの卑怯者を。俺に暗闇と憎しみ全部ひっかぶせてへらへら呑気に笑ってやがったあいつを塵に返したかった。そうだ、漸く王様が王座から下りたんだ。代わりに座るのはこの俺だ」
 熱に浮かされた暴君が連綿と呟きロンを扱う手が激しさを増す。
 「レイジ、の、中から、出てけ……レイジに、体を、返せよ………」
 素肌を隠そうとしきりと身をよじり儚い抵抗を示すも、暴君はロンの膝を割り開き、無残にも肛門を外気に晒す。
 床でのたうつロンに嗜虐的な笑みを浮かべ具合を確かめるように肛門に指を突っ込みかきまぜる。
 道了が出した精液と褐色の指とが絡み合い卑猥な水音をたてる。
 恥辱に染まるロンの顔を横目で探りつつ暴君は言う。
 「そんな奴最初からいなかったんだ」
 「な、に?」
 「レイジなんて奴最初からいなかったんだよ」

 暴君は何を言ってる?
 レイジが最初からいなかっただと?

 レイジの存在を全否定する台詞に耳を疑う。 
 理解できないといった顔でロンが固まる。
 衝撃を受けた僕らをよそに暴君は愛撫の手を止めず淡々と語る。
 ほつれた干し藁の隙間から自嘲の色がたゆたう目を光らせ、口の端を皮肉に吊り上げる。
 己の運命を嘲笑うかのように、
 一人二役の道化芝居には飽き飽きしたといった口ぶりで。
 「王様の本性は暴君だ。暴君こそ本当の俺だ。俺は憎しみを吸って大きくなった……授けられた名前通りに」
 「まさか」
 声を発したのはそれまで傍観者に徹していた僕だ。
 言葉の内容を理解するに従い衝撃が浸透思考が硬直、たった今耳から取り込んだ言葉を整理し理解し直す為に脳を急回転させる。

 レイジの本性は暴君。 
 暴君は最初から一人。
 母親に「憎しみ」と名付けられ虐げられ続けた暴君が逃避で生み出した擬似人格がレイジだとしたら……

 僕がこれまで知っていたレイジは、
 彼は。 

 『空いてるぜ。座れよ』
 初対面の時に見せた屈託ない笑顔も
 『ありがとう。俺も嫌いだよ』
 北棟で殺し合いを仕向けられた時に放った辛辣な台詞も
 『マリアってお袋の名前。寝てるあいだに夢見てたんだ、色んな夢を』
 ペア戦終盤、地下停留場に繋がる通路の壁に凭れ掛かり大人しく包帯を巻かれながら無邪気に昔を懐かしみ
 『嫌いなものは殺してしまう、それが人間のすることか?憎けりゃ殺す、それが人間ってもんじゃないのかね』
 かすかに顎を上向け遠くを見てシェークスピアの台詞を諳んじ
 『THE END』
 思い出す。
 瞼の裏に鮮やかに浮かび上がる情景。
 サーチライトの光が照らす一面コンクリート張りの中庭、試合直後で満身創痍のレイジが腕を掲げゴールと距離をはかりボールを構える。
 跳躍。
 反動をつけ放たれたボールは長大な弧を描き宙を越え、サーチライトの光を傾ぐ表面に反射し、狙い定めた通りにネットに吸い込まれる。
 あの時の笑顔と歓声がよみがえる。
 『Thank you.Thank you for saving me.You are my friend who is more reliable than God』
 傷口が開くのも構わず僕を力一杯抱擁し豹がじゃれるように顔をすりつけてきたレイジを、神様より頼りになるダチだと僕の肩を叩いた手のぬくもりを思い出す。
 
 嘘だ。
 レイジが最初から存在しなかったなんて、嘘だ。

 「でたらめを言うな、暴君風情が」
 嘘だ、暴君は嘘をついている。
 レイジが最初からいなかったなんて嘘だ、レイジは暴君が作り出した擬似人格で実際には存在してなかったなど認めない。
 何故なら僕はこれまでずっとレイジと一緒だった。
 初対面でなれなれしく片手を挙げて席に呼び招いた彼を図書室で額をつきあわせて手紙を書いた彼を食堂でロンにちょっかいをかけ馬鹿騒ぎする彼を売春班撤廃を条件にペア戦100人抜きを宣言した彼をぼろぼろになりながら死闘に身を投じる彼を心もとなくバスケットボールを見詰める彼を覚えている、ずっとずっと覚えている。 

 レイジが消滅したなど嘘だ。

 『早く座んねーと席なくなっちまうぜ、キーストア』
 嘘だ
 『ったく頭が固いなー。たまには息抜きしろよ』
 嘘だ
 『お、またブラックジャック読んでんのか?すっかりお気に召したみてーだな。なんだよー隠すなよー別に恥ずかしいことじゃねーだろ?』
 嘘だ。

 あの図々しく馴れ馴れしくすべてにおいて適当で呑気で飄々として楽天家の代名詞の王様が消えたなんて嘘だ、尻軽で手癖の悪いレイジが跡形もなく消え去ったなど嘘だ、信じてたまるものか。僕がこれまで見てきた彼が暴君が作り出した擬似人格なんて信じない。
 レイジはレイジとして生きていた、レイジとして確固たる人格を備えていた。
 憎しみに駆られ狂気に身を委ね暴力の愉悦に酔う暴君ではない。
 食堂で馬鹿騒ぎしロンをからかい本を読み音痴な鼻歌を口ずさみ僕のことをキーストアとふざけたあだ名で呼ぶ彼は現実に生きていた、現実にロンの隣に僕の前にいた、かけがえのない仲間だった。

 「レイジを食べたら消化不良を起こすぞ、即刻吐き出すべきだ」
 呪縛が弾ける。衝動的に足が動く。
 名伏しがたい衝動に突き動かされ足を駆り立て暴君のもとへ急接近。
 傍観者の介入に気付いた暴君が愉快げに眉を跳ね上げる。
 構うものか。
 体の脇で震える拳を握り締め挑むように前を向き、一度はねじ伏せられたプライドを暴威を弾く盾に代え果敢に前進。
 腹の底で荒れ狂う激情にともすれば理性をさらわれそうになりながら瞼裏にかつてのレイジを想起し歩調を速める。
 「よる、な、かぎやざきっ……」
 まだ成熟してない雌犬が成犬にむりやり犯されるような姿勢でみじめに這い蹲ったロンが肩越しに振り返る。
 ロンに拒まれても動じず大股に突き進む。
 ロンはどうにかして僕を遠ざけようと口汚く罵声を浴びせる。
 僕が貸した上着の中で痛々しいほどに華奢な四肢が泳ぎ、裸に剥かれた下半身は薬の効果で性感を高められ薄っすら上気している。
  暴君は今また勃ち上がり雫を垂らし始めたロンのペニスを片手間にいじくっている。
 慣れた手つきで雫をすくいとり孔に塗りこめ繊細な指遣いで裏筋を愛撫すれば、焦らされるもどかしさにロンが腰を揺すり始める。
 更に強烈な刺激を追い求め自分の意志では抑制できぬ腰の動きに翻弄されるロンから暴君に視線を転じ、嗜虐の愉悦に酔ったその目をまっすぐ見詰め、決然と言い放つ。 
 「レイジが消えるはずがない。あのしぶとくしたたかで図々しい男がこんなあっさりとあっけなく簡単に消えるはずがない、そんな結末があってたまるか。見損なうなよ、暴君。あの男はロンが呼べばどこでもすぐ現れる。レイジはそういう男だ、だからこそ彼は万人が認める東の王を名乗れるんだ」
 距離が縮まる。
 暴君があと五メートルの所に迫る。
 歩調を落とさず一心に足を繰り出す。
 繰り出しながらレイジの軽薄な笑顔を強く思い描き戻ってこいと念じる、念じながら爪が食い込むほど手を握りこむ。
 「天才が見込んだ王を舐めるな」
 王様の帰還を信じる。
 レイジが帰るまで、僕がロンを守る。
 覚悟が葛藤に打ち克つ。
 決意を新たに暴君に立ち向かう。
 硬質な靴音を響かせ歩み寄る僕を暴君は無防備に身を晒し待ち受けていたが、その唇がふいに邪悪な弧を描く。  
 『I eat you』
 行動は迅速だった。
 豹の四肢に備わる鞭の如き敏捷性で跳躍した暴君が衣擦れの音すら立てぬ身ごなしで僕に肉薄、首筋に吐息を感じ振り返るより早く後ろ手に縛められる。
 抵抗する暇も与えらない早業。
 運動音痴な僕は反射神経が鈍く、過酷な戦闘訓練を積み極限まで身体能力を高めた暴君にかかればひとたまりもない。
 背中に衝撃、手首に痛み。
 次の瞬間には後ろ手に締め上げられ床に組み伏せられていた。
 僕の背中の中央に膝を抉りこませ体重をかける暴君、人体の急所を的確に突いた先制攻撃に息が詰まる。
 「がはっ………、」
 「そうか、寂しかったんだな。気付かなくて悪かったなキーストア、放置プレイ決め込まれちゃそりゃ退屈だよな」
 息の塊が肺につかえる。
 背後から肺を圧迫され上手く酸素を取り込めず視界が明滅する。
 さらりと髪が流れる。
 褐色の掌が後頭部に触れる。
 一筋髪をすくいとった暴君が静かに顔を伏せ毛先に唇を這わせる。
 神経も痛覚も通ってないはずの髪の先端にちりちりと燻るような熱を感じる。
 「ロンがされてるとこ見て羨ましくなったんだろ」
 「馬鹿、を言え……っあ、」
 「背中が火照ってる。俺の手が刻んだ烙印が疼いて疼いてしかたねーだろ」
 うなじに唇がふれる。
 熱く柔らかい唇がうなじを吸いさらにその下、日頃人に見せるころはおろか外気に晒すこともない秘められた部位を悪戯っぽく啄ばむ。 
 視界の端にロンの顔がちらつく。
 僕と同じ姿勢で床に突っ伏したまま自力では起き上がれず、床に肘を付いて辛うじて上体を浮かせたロンが、相棒の裏切り行為を目の当たりにし極限まで目を剥く。
 暴君はロンに見せつけるように僕を嬲る。
 さっきまでロンに触れていた手と唇が、まだロンのぬくもりを残す手と唇が僕の肌に痕つけ這い回る。
 冷たい床に半裸で放置されたロンは呼吸を荒くしてその光景を見詰めている。
 暴君が自分を無視し僕を犯す過程を瞬きもせずじっとー……
 孤独死寸前の捨て猫のように。
 「レイジ、やめろ……ロンの前で僕を犯す気か、貴様はそこまで腐っているのか?」
 声に力が入らない。
 へたに暴れると背中を圧迫した膝が肺にめりこみ苦痛がいや増す。
 中途半端に追い上げられたもっとも苦しい状態で行為を中断されくたりと突っ伏したロンを無関心に放置し、暴君は愛しげに見せつけるかのように僕の髪を一筋手にとり接吻を捧げる。
 「う、あっ………やめ……かぎやざき……」
 「ロンの声が聞こえないのかレイジ、君を呼ぶ声が聞こえないのか!?貴様は本当に腰抜けに成り下がったのか、すべてに背を向け永劫の闇に閉じこもってしまったのか、王の資格がない男に王座を明け渡し何もかもを譲り渡し本当にそれでいいのか!?」
 「聞こえねーよ」
 暴君が鼻で笑う。
 滑らかな褐色の手が肌を這い回る。
 ロンが愕然と見詰める前で暴君は僕を組み敷き貪り始める。
 僕はあがく、全力で抵抗する。
 しかし最大限の抵抗を示したところで暴君には太刀打ちできず、背中を押さえられているため寝返りを打つことすら許されない。
 「ハッピーバースデーを唄ってくれよ。お前の歌声が聞きてえ気分なんだ」
 麻薬に酔ったような甘い吐息が耳朶をくすぐる。
 褐色の手が体前に回りこみ貧弱な胸板を這う。
 鋭い性感が乳首を貫く。
 「ひあっ!」 
 乳首を抓り上げる痛みに甲高い苦鳴を発した僕に気分を出し、今度は乳首を指のあいだに挟み搾り出すようにしながら、暴君が嘲笑まじりに囁く。
 「見ろよ、ロンが羨ましそうにこっちを見てる。まぜてほしくてたまんねーって物欲しげな面してやがる。可哀想にな」
 顎をしゃくって促されのろのろとそちらを見る。
 僕から1メートル足らずと離れてない場所に突っ伏したロンが股間に両手を潜らせた不自然な体勢でわずかに腰を浮かせている。

 何をしているかわかった。
 わかってしまった。

 触れてもらえない体の火照りを持て余す一方、僕とレイジの生々しい行為を目と鼻の先で見せ付けられたロンが自慰を始めたのだ。
 「はっ、っあ、はっ、はっ、う、あぅ………」
 「ほら、俺に触れてもらえなくて寂しくてしまいにゃ自分でやり始めちまった。ははっ、傑作だな!股間に手え突っ込んで夢中でごしごしやってやがる、可愛いペニスをおっ立ってて一生懸命擦ってやがる!どうした、俺たちがヤってるとこ見て興奮したのかよ?遂に我慢できなくなっちまったのかよ?さっきまで威勢よく吼えてたくせに今じゃびくびく腰震わせて情けねえったらありゃしねーぜ。俺に見られるだけでイけるんだろ?ならイってみろよ、指一本触れずにこうしてここで見ててやっからさ!」
 手淫と薬の効果が相俟って快感が加速する。
 壮絶な恥辱に苛まれ身悶えながらも手は止まらず、欲望の奴隷と成り果てたロンは四つん這いの姿勢をとって自慰に耽る。
 コンクリートの床で擦れて膝が剥けて血が出ても動きは止まらず激しさを増し加速する一方、赤黒く勃起したペニスを躍動的に擦りながらロンが辛そうに声を絞る。
 「かぎや、ざき、みんな、こっち、たのむ、からっ……目、閉じろ……耳、ふさいで……俺の、こんなかっこ、見んな……こんな、恥ずかしい声、ちが、やっ、俺こんなんじゃ、あっ、淫売なんかじゃね、やあ、ひぅ、ぁああっ……!」
 涙にぬれた幼い顔に恥辱と快感がせめぎあう。
 そんなロンを突き放すように冷ややかに眺め、言葉通り指一本触れようとせず僕へと向き直り、暴君が恍惚と微笑む。
 「お前は拒まねーよな」
 くちゃくちゃと音がする。
 欲情に弾む息遣い……視界の端で上下する小柄な体躯、股間に潜り込んだ手のはざまから覗く赤い突起。
 快感に息を喘がせたロンが涙の膜が張った目に恥辱の裏返しの憎悪を剥きだしこちらを睨む。
 僕の頬に優しく手をかけさすり、硝子じみた透明度の隻眼に脅迫の色を閃かせる暴君から視線をはずさず、拘束が緩んだ隙をつきズボンの横に手を添わす。
 衣擦れの音をたてぬよう注意しポケットに手を滑り込ませ、心臓の高鳴りを意識し緊張に渇いた口を開く。
 「………祝福してほしいか」
 唐突な問いに怪訝な表情をするのを見逃さない。
 暴君の視線を避けポケットに手を潜り込ませるや、じっとり汗ばむ手で鎖を手繰り寄せ握り込み、内心の動揺を悟られぬよう開き直りに至る諦念を装い淡白な口ぶりで続ける。
 「腐ってもキリスト教徒だろう、君は。生まれて最初にすることは洗礼の儀式だ。違うか」
 かすかに挑発を滲ませ指摘すれば、漸く腑に落ちたといったばかり笑みを広げ暴君が嘯く。
 「……有難いね、これで少なくとも一人は俺の誕生を祝ってくれるやつができた。俺が念願叶って体をとっかえしためでたい記念日をな。いいぜ、祝ってくれよ。俺があいつを殺し王座をぶんどった今日の良き日を言祝いでくれよ」
 僕の頬を片手で包み、嗜虐の色に染まった隻眼を細め、天に唾して背徳に堕する微笑を刻む。
 利き手に固く十字架を握りこむ。
 冷たい金属の表面に掌の体温が伝わり熱をおびていく。

 僕は言う、まっすぐに暴君を見詰め。
 僕は言う、はっきりと。
 固く強張った顔の筋肉をぎこちなく操作し、極力自然に見えるほのかな微笑を添えて。
 『Happy Birthday Crazy king,Say Good-bye』

 暴君の顔が奇妙に歪むのを確認するより一刹那だけ早くポケットから腕を振りぬく。
 風切る唸りを上げ振り上げた十字架が鈍い音たて額に炸裂、暴君が反射的に額を覆った隙に連続で床を転がりできるだけ距離をとる。
 視界が反転し床と天井がめまぐるしく入れ替わる。
 視界の端にロンを捉えるや手を付き起き上がりそちらにむかって叫ぶ。
 「ロン!」
 「はっ、はっ、はっ、あっ、あ、あ………かぎや、ざき……?」
 もはや自身を支える力もなく僕が差し出した手に倒れこむロンをしっかり抱きとめる。
 僕に抱きとめられてもまだ手は無意識にペニスをしごいている。
 胸裏に激情が沸騰する。
 あまりに哀れでみじめな様子に胸が詰まる。
 ロンの手を股間から引き剥がし踝に絡んだ状態で丸まったズボンを素早く引き上げてから、自分の身に起きた出来事はおろか周囲の状況も把握できず朦朧とするロンを抱きしめる。
 「もういいんだ、そんなことをしなくて」 
 華奢な背中に手を回し、僕が守れなかった誰かの代わりに抱きしめる。
 胸元に熱く湿った吐息がかかる。全身の力が抜けるように凭れ掛かったロンが僕の胸元に顔を埋め、自分を呪うように首を振る。
 「おれ、レイジの前で……お前に見られながら、イっちまった……レイジが見てんのにっ……手が、とまんなくて……自分で勝手にしごいて……気持ちよすぎて、わけわかんなくて……レイジが見てるってだけで体がかっと熱くなって……レイジじゃねえのになんで、なんでだよ……」 
 「薬のせいだ。不可抗力だ。医務室に行く、そうすれば治る」
 腕の中で小刻みに震えるロンに声を低めて言い聞かせる。
 僕が宥めるのを聞いているのかいないのか、ロンがたどたどしく繰り返す。
 「おれが淫売だから……道了に犯られて感じて見られてるだけで全身熱くなって勝手に手が動き出すような淫売だから、レイジの奴、俺のこと嫌いになったんだ……俺が裏切って捨てたから、道了んとこに行ったから………レイジの奴、怒って出てこないんだ……」
 「そうだ、出てこないだけだ。消えたわけじゃない」
 安心させるように力をこめ肩を抱く。
 何より僕がそう信じたかった。
 レイジの笑顔が永遠に失われてしまったなんて耐えられない。
 腕の中で震えるロンを庇いながら足を引きずるように歩き出す。
 とにかく医務室に行かなければ、薬を抜かなければ……ロンの体調は最悪だ。ただでさえ道了に酷く扱われ憔悴しきっているところに薬を使われたせいで脈拍が激しく全身が熱っぽくいつ昏倒しても不思議じゃない。
 ロンに必要なのは安静だ。
 清潔なベッドと栄養の点滴だ。
 早くそれらが揃っているところに運ばなければ……
 しばらく会わない間に随分軽くなったが、それでも人一人を運ぶのは重労働だ。
 片腕でロンを支え肩で壁を擦るようにして歩く僕の背に声がかかる。
 「手痛い祝福だな」
 戦慄に駆られて振り向く。
 片手で額を覆った暴君がそこにいた。
 額の傷口から滴る血が鼻梁を伝うのを舌で舐め暴君が不敵に微笑む。
 「どこへ行くんだ?」
 「ロンを医務室に連れて行く」
 「忘れたのかキーストア、医務室に医者はいねーよ。お前はその理由をよーく知ってるはずだ」
 「清潔なベッドがあってロンを静かに寝かせられるだけここよりマシだ」
 「吼えるなよ、奴隷の分際で」
 ポケットに指をひっかけた暴君がしなやかな足取りで歩きだす。
 あたりを払う荘厳な静けさに満ちた歩みに圧倒されるも、手の中の十字架を握り込み反撃に備える。
 暴君はもう額を押さえてはいない。
 傷口をありのまま外気に晒し、たとえようもなく優雅な気品と獰猛な攻撃性とが同居する歩みで近付いてくる暴君を警戒し、汗でぬめる手に十字架を握り直す。
 レイジが捨て、僕が拾った十字架を。
 「また逃げるのか、ロン」
 名指しされたロンがびくりと震える。
 「また俺を捨てるのか」
 仮初の諦念を漂わせ、細めた隻眼を哀切な光にぬらし暴君が微笑む。
 だが、それは罠だ。
 ロンを誘い込みとらえる狡知な罠だ。
 「俺を産んだ売女のように俺を捨ててどっか行っちまうのか。二度じゃ飽き足らず三度も捨てるのか。一度目はペア戦の最中だ。自分から戦いの仕方を教えてくれって言いだしたくせにちょっと蹴られたくらいでびぃびぃ泣きべそかいて拒絶したのが一度目、道了と一緒に行っちまったのが二度目。三度目はどうだ?今度もまた同じ過ちをくりかえすのか?守るとか一緒にいてやるとかってのは口先だけで、また俺をひとりぼっちで暗闇のどん底に突き返すのかよ」
 一言一言が楔を打つように胸を抉る。
 単調な靴音とともに迫り来る暴君、その顔が一転して蛇の牙から滴る毒液のような邪悪な笑みを剥く。
 「結局自分が可愛いんだな」
 『不一様!!』 
 違う、と叫び腕の中から駆け出そうとするロンを必死に押し留める。
 拘束をふりほどこうとめちゃくちゃに暴れるロンを押さえ付けるだけで精一杯の僕はすぐそこまで近寄った暴君に対処できず無防備な背中を晒してしまう。
 「お前もあの女と同じだ。俺を捨てて恋人と行方をくらましたあの女と同じだよ。聖母が聞いて呆れるぜ、マリアはマリアでも娼婦上がりのマグダラの女のくせに」
 首筋に息遣いを感じる距離に暴君が迫る。
 視界の端を閃光が射る。
 ゆっくりと余裕をもった動作でみずからのポケットに手を滑り込ませる暴君、再び外に出たときその手にあったのは……
 大振りのサバイバルナイフ。
 あざやかな手捌きで鞘から抜き放たれたナイフが蛍光灯を反射し剣呑な光を放つ。
 背筋に悪寒が走る。
 喉の奥で恐怖の塊が膨らむ。
 ナイフを肩の上で固定し投擲の姿勢をとった暴君は、眼前の僕とロンを通り越しどこか遠くを見るような不安定な目を虚空に投じる。
 尊厳と威光を身にまとって立つ暴君は、蛍光灯の光に透ける金の睫毛を伏せ、俯けた顔に彫り深い陰影を刻む。
 『私の祈りが御前に届きますように。どうか私の叫びに耳を傾けてください。私の魂は悩みに満ち黄泉にふれています。私は穴にくだるものと数えられ力のないものとなっています。死人の中でも見放され墓の中に横たわる殺されたもののようになっています』
 形よい唇が懺悔にも呪詛にも似た言霊を紡ぐ。
 『あなたは私をもっとも深き穴においておられます。そこは暗い所、深い淵です』
 僕は見る、レイジの姿を。
 暴君の奥底、永劫の闇に包まれ眠るレイジの姿を。
 僕が見たレイジは幼子の姿をしていた。
 献身的に母を慕えど報われぬ幼子に戻り、自分を抱きしめるようにして膝を抱えている。
 『あなたは私の親友を私から遠ざけ忌み嫌うものとされました。私は閉じ込められて出ていくことができません』
 闇に抱かれ眠る幼子の心中を代弁し、祈りに終止符を打つ。
 『Amen』
 「違うレイジ違うっ、お前を嫌いになってなんかない、そんなことあるわけない!お前を嫌いになるより自分を嫌いになるほうが簡単だって離れてみてよくわかった、お前を忘れたほうが楽だってわかってたけどとうとう出来なかった!お前が好きだ、好きなんだ、好きなんだよ!!お前のこと考えるたび胸が苦しくて張り裂けそうで、離れてるあいだもずっとお前のことばっか考えてて、お前が笑ってくれりゃそれだけで耐えられるって、俺はお前が…!!」
 
 悲痛な語尾を遮りナイフが投擲された。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050228165737 | 編集
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