ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十話

 病的な光が照らす深夜の地下停留場。
 朝のラッシュ時には忙しく発着し囚人を強制労働先に送り出すバスも今はエンジンを冷やし整然と並んでいる。
 全面コンクリートを敷き詰めた広大な空間には視界を遮る障害物とてなくいざという時に姿を隠す防壁になりそうなものも見あたらない。
 運動会どころかその気になりさえすれば各種トラック競技を同時に開ける広さをもつ停留場の面積は東京ドーム三個分に相当する。
 広大な面積を持て余す地下停留場を深海めいて青褪めた光と静寂が支配する。
 十分幅をとって設置された冷光灯はあまりに距離があきすぎているためにかえって寒々しさを強調する。
 冷光灯から投じられる仄かに青みがかった光の粒子が分解されたプランクトンの死骸の如く降り積もる幻想的な光景の中、無人のはずの地下停留場を不審な影がさっと横切る。
 吸収性の高い羽毛を敷き詰めたような静寂を軽快な靴音が破る。
 深夜の停留場に忍び込んだ影はふたつ、侵入者は二人だ。
 片方は注意深くあたりを窺い極力物音をたてぬよう息を殺し、もう片方は警戒心などかけらもないかに見える大胆さで小走りに駆けている。
 小走りに駆ける影に置き去りにされぬよう小柄な影が慌てふためき追いすがる。
 「ちょっと、慎重にいきませんと看守に捕まってめっされますよ!」
 「なら尚更はよせなあかんやんけ。ぐずぐずしとるとおいてくでビバリー、善は急げや」
 元気が有り余った風情で先頭切って走り出す影を諌めた声はまだ幼い。
 漸く変声期を迎えたばかりの少年のものだ。
 それに応じた声は沸き立つスリルと興奮に小気味よく弾んでいる。
 背中に浴びせ掛けられた制止を振り切りますます床を蹴り速度を上げ、後方の影よりやや身長の高いその影は目的の場所をめざす。
 唐突に制動をかける。
 煙が噴き出す勢いでスニーカーの靴裏がコンクリートを擦り、勢い余って3メートル行き過ぎてから跳ねるような足取りで引き返してくる。
 「ビンゴ!」
 冷光灯に暴き出されたのは人懐こさと精悍さとが入り混じった快活な顔だちの少年。
 針のようにつんつん立たせた短髪、いかにも喋り好きそうな大きめの口からちょこんと覗く八重歯が活発な気性を物語る。
 少々背が伸びすぎたやんちゃな悪ガキといった風情の少年は、何より強烈にその存在を印象付けることに巨大なゴーグルをかけていた。
 不釣合いにも見える大きさのゴーグルで両目を覆った姿はスパイごっこに熱中する子供さながら怪しさよりもむしろ微笑ましさを醸す。
 少年がぐいとゴーグルを押し上げる。
 現れたのは勝気に吊りあがった双眸。
 何か楽しいことはないかといつも落ち着きなく動き興味の対象をさがしている目。
 移り気な稚気が閃く双眸をしばたたき、自分の立った場所から広大な停留場にぐるり視線を巡らせる。
 「右よーし、左よーし、前方よーし」
 体を反転させ三百六十五度全方位に視線をめぐらせ異状がないのをわざわざ指さし確認後、ゴーグルの位置にこだわり調整し間延びした声をあげる。
 「後方にちびくろサンボよーし」
 「『よーし』じゃありませんしちびくろってそれ差別語っスよ!まあ確かに僕はちびでくろいっスけどね!」
 いつもびっくり仰天してるようなまん丸い目をさらに見開き、思わず語尾を跳ね上げた少年が、自分の迂闊さに慌てあたりを警戒する。
 「こまかいこと言いっこなし。そんなつまらんことにいちいち目くじら立てとったら表現の幅がどんどん狭ばもぅてパンチラは教育上不適切やから一切禁止、漫画のヒロインは全員黒のスパッツ着用とかおっそろしーことになるで。……逆にええなそれ」
 自分の言葉にひとり納得しにやけづらでふんふん頷く少年のもとへ歩み寄ってきたのは、愛嬌あふれる顔だちの黒人少年。
 ぱちくりつぶらな目と大きな鼻と分厚い唇という黒人の特徴をすべて兼ね備えた少年は、いかがわしいピンク色のオーラを醸して妄想を膨らませるゴーグル少年を呆れ返った様子で眺めていたが、同じオタクでも分野が違えば分かり合えない現状を一抹の悲哀とともに痛感する。

 今しも鼻の下を伸ばしお気に入りの二次元ヒロインを脳内劇場でスパッツに着せ替えている少年は西の道化ことヨンイル。
 もう一人は東棟はおろか東京プリズン屈指のハッカーとして情報の海に潜伏するビバリー。

 東と西に分かれて普段接点のない二人が深夜人目を盗み示し合わせて地下停留場に赴いたことを知ればだれもが疑問を抱くだろう。
 普段顔を合わせることもまれな二人が一緒にいるところを見咎めらるのは非常にまずい、お粗末な嘘でぼろをだすのはもっとまずい。
 事態を深刻に捉えているビバリーはともかくお遊び半分で付き合ってるヨンイルはあっけらかんと目的をばらすおそれがある。
 ビバリーは慎重に慎重を期し、房を出て廊下を歩き停留場に下りるまで誰ともすれ違わぬよう壁に隠れ階段の下に引っ込み、注意深く辛抱強く見回りの看守をやりすごしてきた。
 ところが地下停留場で待ち合わせたヨンイルといえばこれだ。ちっとも事の重大さをわかってない。
 お気楽呑気なヨンイルを恨みがましく見やり、ビバリーがくどいほど念を押す。
 「くれぐれも変なことしないでくださいね、ひとりで先に突っ走らないでくださいねっス」
 「わーかっとるって。んなことよりほれ見ぃ」
 ふいにヨンイルが片膝つき、それまで握り締めていたものをビバリーの方に突き出す。
 ヨンイルの手元から電子合成された無機質な光が漏れる。
 ヨンイルがビバリーに見せたのはかつてゲームボーイの名で世界中の子供に親しまれた旧世代のゲーム機。既に生産終了して久しいその最も初期のタイプ。電子的な光をはなつ液晶画面には赤い光点がふたつ表示され点滅をくりかえしている。
 「この点が俺ら。で、この丸いのがマンホール。丸いのの下にひろがっとるややこしい地図が……」
 「下水道っスね」
 先回りして打てば響くように答えれば、語尾を奪われた不快感など微塵も覗かせず、我が意を得たりと道化が不敵に微笑む。
 「正解」
 ヨンイルにつられビバリーも屈み込む。
 屈み込んだ二人の前にはマンホールが穿たれている。
 「東京アンダーグラウンドマップちゅーからには下水道と関係あるて睨んだ勘はあたりやったな。ある程度下水道に接近せんと光が点かんようになっとるんやで、これ。上手くできとるなあ」
 しげしげと角度を変えゲームボーイを見詰めはては裏返しヨンイルが感嘆の声を発する。
 無邪気な称賛と素直な感嘆にハッカー魂がむずむず疼きだし、対抗心むき出しでビバリーが反論する。
 「それくらい僕にもできるっス、ティーチャイルドさいさいっス!」
 「ティーチャイルド……お茶こども……おちゃのこさいさいか!」
 「そんなくだらないことはどうでもいいんス」
 横にのけるジェスチャー付きで自分が振った話題を強制終了させ、ビバリーは厳粛な顔つきでマンホールを見下ろす。
 一見何の変哲もないマンホールだがいざ蓋を持ち上げてみるとかなりの重量がある。
 このマンホールは下水道に通じる唯一の出入り口として使用されている、いわば下水道と地上を繋ぐ唯一の接点だ……少なくともビバリーの把握している限りでは。
 他に秘密の出入り口が存在しない限りマンホールから梯子を伝い直接下りるしか下水にもぐる方法はない。

 リョウが下水道におりたのならここしかない。
 必ずマンホールを利用したはず。

 「リョウさんは失踪直前東京アンダーグラウンド計画について熱心に調べてたっス。僕の予想によるとリョウさんはきっと下水道におりたんス、そこで何かがおきて帰ってこれなくなったんス。東京アンダーグラウンド計画の遺物にしろ秘密にしろが残されているなら取っ掛かりは下水道しかない、だからリョウさんは僕がぐうすかいびきかいて寝てる頃にひとりこっそり房をぬけだして……」
 「相棒に黙って行くなんて水臭いやっちゃなあ。長い付き合いなんやろ」
 痛いところをつかれ苦りきった顔で押し黙る。
 ヨンイルに同情されるとかえっていたたまれない。
 マンホールの向こうに広がる黴臭い世界を想像し、腹の底で渦巻く怒りを押し殺しビバリーは呟く。
 「連れ帰ってお尻ぺんぺんっス」
 ひとりきりの房で帰りを待つのはやめだ、自力でリョウを捜し出すと決めた。

 リョウが消息を絶ってもう三日が経つ。
 その間なんの音沙汰もなく生きているか死んでいるかも判然としない相棒の安否を気遣いビバリーがどれだけ心を痛めていたか不眠に悩まされロザンナの液晶画面に目の下のどす黒い隈を映し出したかは知る人ぞ知る。
 からっぽのベッドをちらり見やってはため息を吐き、枕元にちょこんとお行儀良く腰掛け帰らぬあるじを待ち続けるテディベアの哀愁漂う姿にうっかり涙腺を緩めてしまっては、「リョウさんのばか。この房ひとりじゃ広すぎっスよ、いい加減帰ってこないとリョウさんのベッドロザンナ専用にしますからね」と脅迫とも懇願ともつかぬ独り言をもらす始末。
 今日に至りビバリーはとうとう決意した。

 「絶対リョウさんを見つけだします。帰ったらこってり絞ってやるっス」
 ナップザックを背負い直し気合いを入れる。
 ナップザックの中には下水道探検に必要な物一式を詰め込んできた。
 長期戦を想定し非常食のウェハースと乾パン、リョウさんの好物のハーシーのチョコレートもばっちし。
 他にも懐中電灯の電池の予備と分の万一のことが起きた場合外部と連絡をとる緊急用端末……
 「えらいかさばっとるけど何もってきたんや?」
 ぎくりとする。
 ビバリーはぎこちなくヨンイルに向き直るや喜劇役者のように大仰な身振り手振りで喚きたてる。
 「善は急げっスよヨンイルさん、ぐずぐずしてたら夜が明けちゃいます。レッツゴートゥーザアンダーグラウンド!」 
 「せやな、最もや。ダンジョンの入り口でお帰りは切ないもんな」
 しつこく追及せずあっさり頷いたヨンイルの単純さに心から感謝する。
 ヨンイルが顎をしゃくり反対側に回れと命じビバリーは指示に従う。
 目配せでタイミングをはかり鉄蓋に手をかける。
 「よいせっ」
 ゴトリと鈍い音たて蓋が外れ円筒形の暗渠が口を開ける。
 ヨンイルと額を突き合わせ湿った風が吹く下水を覗き込んだビバリーが謙虚に引き下がる。
 「お先にどぞっス」
 「びびっとんのか?」
 「道化のお手並み拝見っス」
 不敵な笑みが交錯する。
 事実かなりびびってもいたが内心はおくびにもださない。
 暗くておっかないなーお化けがでそうだなーとか幼稚なレベルのびびりを見抜かれてはたまらない。
 ビバリーの虚勢に気付いたかどうかは定かではないが、先を譲られたヨンイルは掌に唾を吐き打ち鳴らし気合いを入れてから、轟々と不気味な唸りが絶えず響いてくる暗渠を挑むように見据える。
 「アムロいっきまーす!」
 お約束だ。
 片手を挙げて宣誓したヨンイルの姿が消失したのは次の瞬間。
 はっとして身を乗り出したビバリーのほぼ真下、円形に切り取られた空洞に飛び込んだヨンイルはひょいひょい身軽に梯子を伝いあっというまに下りていく。
 ヨンイルのまわりだけ重力が六分の一の月面並みと言われても不思議と納得してしまう軽やかな身ごなしは道化の面目躍如といったところか、などと他人事めいて感心する。
 下まで到達するのにものの十秒も要さなかった。
 ヨンイルの姿が闇に没し肉眼では識別できなくなった頃、スニーカーの靴裏が固い地面に接する涼やかな音色が聞こえてきた。
 到着の合図。
 「ははははっ、悔しいやろシャア!所詮お前はザクどまりじゃあっ、悔しかったら通常の三倍のスピードでおりてこーい!」 
 「意味わかんないけどむかつくっス」
 下水道ではよく声が響く。
 いきのよいこだまが跳ね返る中かすかに水の流れる音が耳朶を打つ。
 暗闇と高所に対するのっぴきならぬ恐怖を深呼吸で封じ込め、ビバリーもまたヨンイルに続く。
 後ろ向きに這った姿勢からまずは片足をぶらさげつま先で梯子をさぐる。
 靴裏が梯子にかかるのを確認してから徐徐に重心を移動させマンホールに身を沈め、頭上を手探りして蓋を閉めなおす。
 ガコン。
 鉄蓋が窪みに嵌まり視界が翳る。
 急激に濃度と密度を増した暗闇に怖気付くも、Hが連なる梯子の縦棒の部分をしっかり握り締め、ともすれば汗でぬめって滑りそうになるのにはらはらしながら慎重に握りなおし一段ずつゆっくり時間をかけて下りていく。
 一段降りるごとに胸に溜まった息を自然と吐き出すくりかえし。
 背中のナップザックが重い。
 少し荷物を減らしてくるんだったなと後悔しても遅い。
 ずっしり背中に覆い被さるナップザックに引きずられぬよう重々注意し、靴裏が固い鉄棒を噛むのを意識しながら一段ずつ確実に下りていく。
 少しでも気を抜けば肩に食い込むナップザックに押し潰されそうで油断できない。
 手元と足元に全神経を集中しのろくさと梯子を下りるビバリーをヨンイルは腕を組み見守っている。
 「ふぅ~」
 タン。
 ヨンイルより少しだけ重い音をたて地に降り立つ。
 ようやく足元が安定し我知らず安堵の息をもらす。
 緊張から解放されて思わず顔を緩めるも、ふと顔を上げた拍子にさっき自分がおりてきた場所が完全な闇に覆われているのを目にしぎょっとする。
 暗闇に目が慣れるまで少し時間がかる。
 停留場を満たしていたのとは違うもっと濃厚で不気味な胎動を感じさせる闇があちこちに滞っているため、いつどこから得体の知れぬ怪物がとびだしてくるか予期できずビバリーは無意識にヨンイルに寄り添う。
 「通常の三倍かこうたな」
 「これでも急いだつもりっス」
 憤然と言い返すビバリーの隣をさっと通過し、大胆不敵な余裕すら感じさせる歩幅でヨンイルが歩き出す。
 ビバリーは慌てて後を追う。
 前後に足を繰り出すたび背負ったナップザックが揺れざくざく単調な音が鳴る。
 ざく、ざく、ざく……
 眠たくなるような単調なリズムだが、しかし担いでいる本人はなかなか重労働だ。手ぶらで身軽なヨンイルとは違い荷物持ちの行軍はなかなか辛い。
 「ちょ、もっとゆっくり歩いてくださいよヨンイルさん僕が荷物持ってることお忘れなく!?」
 「心外やな~。俺は通常の三倍遅く歩いとるで?」
 もたつくビバリーを振り返りヨンイルが眉をひそめる。
 抗議の声を上げたいのをぐっと堪え、努めて平静を装いビバリーは説諭する。
 「ヨンイルさんは足が丈夫だからいいっスけどね、西の道化ともなればお化けも暗闇も全然怖くないんでしょうけどね、僕はお化けも暗闇も人並みに怖いごくふつーーーーーの人間なんス。硝子のハートのボーイなんス。そこんところどうかお忘れなく」
 「俺の心が特殊合金でできとるよな言い方はよしてくれ。俺かて怖いもんくらいあるわ」
 無造作に歩を再開し早くも五メートルビバリーを引き離したヨンイルが飄々と嘯く。
 「なんスか?」
 むきになって足を速め、ぬきつぬかれつ際どい争いを繰り広げながらビバリーが食い下がる。
 一歩先んじて追い越そうとするビバリーを殆ど意識せず、掌中のゲームボーイに熱心に目を落とし、道順を辿りながらヨンイルが呟く。
 「じっちゃんの拳骨。痛いんやで~あれ。目から火花とびちるから、ホンマ。あ、湿気も怖いな。特に梅雨。ちょい油断して書架に突っ込んどるあいだに湿気でぶよぶよにふやけてもうた漫画とか目もあてられん。それからシミも」
 「はいはいオタクオタク」
 適当な相槌にヨンイルがさすがにむっとする。
 液晶画面から顔を上げビバリーに向き直るや、不服そうに口を尖らせる。
 「せやったらお前がいちばん怖いもんて何や」
 「もちろんフリーズっス、作業中にフリーズするとほんと心臓止まるっス」
 「フリーザ?ああそりゃ怖い間違いなくめっちゃ怖い!戦闘インフレ進んだ終盤は一撃で倒せるとか言われとるけど俺ン中じゃドラゴンボール最凶最悪の悪役やでフリーザ様は、特に最終形態のお肌つるつるすべすべっぷりがもう色々と限界!一人称はわたくしで星の消滅を花火とかゆーしあんな馬鹿は放っておきましょうとか的確なことゆーしホンマめっちゃ怖いわ、あんなんが地球乗っ取りにきたら完璧涙目やわ!」
 夢中でまくしたてるヨンイルの剣幕に圧倒され、ビバリーがあとじさる。
 「ヨンイルさん……フリーズとフリーザは似て非なるものっスよ。ドンチューアンダースタン?」
 龍の逆鱗にふれるのをおそれ遠慮がちに指摘すれどもヨンイルは聞く耳もたず、油でもさしたように弁舌に興がのる。
 「いやーお前なかなか見る目あるな、見直したわ。まさかここでフリーザ挙げてくるとはさすがの俺も予想できんかった。参った、降参。俺の詰めが甘かった。オタクたるとも怖いもの聞かれたら一番にキャラクター名挙げるのが正しい姿やもんな、なら俺は月影先生がカッと剥いた白目がいちばん怖い……」
 「質問いっスか」
 放っておけばのべつまくなしにしゃべりまくるヨンイルの話をむりやり遮る。
 水をさされ鼻白むヨンイルの間合いにここぞとばかり踏み込み、ビバリーは首を傾げる。
 「ずっと気になってたんスけど……ヨンイルさん、どうしてそこまで地下にこだわるんスか?」
 この質問には虚を衝かれたらしく、口をあけっぱなしにしたヨンイルに閉じる暇を与えず一息に畳みかける。
 意味深な目でちらりとゲームボーイを見やり、ついで上目遣いにヨンイルの表情を窺う。
 「そのゲームボーイももともと砂漠で拾ったものなんスよね?最初は何に使うかもわからなかったんスよね?そんなわけわからん機械を後生大事に持ち帰って、所長に取り上げられそうになってもがんとして隠し場所を吐かず守り通したのは何故っスか」 
 真意をはかるような間をおき、自白を促すようにヨンイルを見つめる。
 緊張に渇いた唇を湿らし、ナップザックの肩紐をぎゅっと握りしめ、ひとつ深呼吸ののちに核心をつく。
 「それだけじゃねっス。今だってこうしてリョウさん捜しに付き合ってくれてる、西の道化ともあろうひとがわざわざ僕にくっついてこんな寒くて暗い場所におりてきてる」
 双眸が挑発的に細まり凄味を発散する。
 水の滴る下水道にて、通路の真ん中で対峙したヨンイルが全身から放つ凄味に呑まれそうなのにあらがい、ビバリーは精一杯声を低める。
 「ヨンイルさん、本当に気分次第で行動してるんですか?他に目的があるじゃないっスか?」
 ヨンイルは西の道化だ。
 パワーバランスを崩す暴君の降臨で現在の東西南北四棟が極めて不安定な状態におかれているのは周知の事実。
 リョウの口吻から南の隠者が裏で糸を引いてると推理したビバリーは、北の皇帝が完全に暴君の手中に堕ちた今、隠者と対等に争える立場にある唯一の人間の真意を間合いをとって探ってみる。
 ヨンイルは通路の真ん中に立ち尽くし、しばし厳粛な沈黙を守っていた。
 先程の饒舌ぶりはすっかり影を潜めて、俯きがちの顔には彼を大人びて見せる懊悩の翳りがたゆたっている。
 らしくもなく殊勝な様子をいぶかしみながらしかし一方では告白の予感に抑えきれず身を乗り出し、次なる言葉に耳を澄ます。
 「実はな、俺……」
 真剣な面持ちで手中のゲームボーイを掲げてみせる。

 「女の子に化けると思うたんや」

 「……………………………………………………………は?」
 一瞬耳がどうかしたのかと本気で怪しんだ。
 呆れも驚きも通り越し空白の表情で自分を仰ぐビバリーに照れ笑いをむけ、ヨンイルがあっさり種を明かす。

 「漫画でよくあるやろ?道端におっこっとったダンボールから美少女型パソコンがでてきてはにゃ~やったり、道端の変な機械を拾うたら翌日には人型に変身して私は未来から来た自動収納式ロボ子です言い出したり、そんでふたりのラブラブいちゃいちゃ同棲生活が始まるのがお約束やんけ。お前は知らんやろけど昔流行ったんやで~落ちものヒロイン。空から女の子がおっこちてきて初対面はパンツのドアップちゅーんがお約束の時代があったんや確かに!しかも女限定で居候が増えてくなんて夢のような!
 でな、砂漠にこんなけったいなもんがおちとったら未来デパートの落とし物やて思うのがオタクの常識やろ?このけったいなマシーンは実はアンドロイドの女の子で今は充電中さかいコンパクトな姿やけどボタンひとつでロリな美少女がきゃるる~んと俺の目の前に!?」

 むしろそれはぴろりろり~んじゃないかと効果音に突っ込みながら勝手に口が回る。
 「あの、ヨンイルさん……まさかそんな理由でゲームボーイを拾って隠してたんスか、所長に締め上げられても吐かずに隠し通したのはそんな阿呆な理由から?」
 ひとり何億光年も彼方に飛び去り、妄想の中で思い描いたアンドロイド美少女を抱きしめる代わりに自分をかき抱き悶絶するヨンイルを遠くから眺め、ビバリーはとんでもない徒労感に打ちひしがれる。
 狼狽することしきりの哀れなビバリーになんら悪びれずヨンイルはこうのたまう。
 「俺かて本気で女の子に化けるとは思ってへんわ、せやけど万に一つの可能性に賭けて玉砕するのも漢の生き様……」
 「那由多の彼方でも十分すぎるほどっスよ!」
 「お、ヘルシングやな?」
 結論、こいつただの馬鹿だ。
 ビバリーは長々と息を吐きとぼとぼと歩き出す。
 「ヨンイルさん、期待に水をさすようで申し訳ないっスが……ボーイと名が付くからには化けたところで男っスよ?それ」
 がくんとヨンイルの顎が落ちる。
 今の今までその事実にちっとも思い至らなかったとばかりの反応だ。
 自分の体をかき抱いた腕が力なく垂れ下がったかと思いきや怒りに震えだし、やがてその震えは深々面を伏せたヨンイルの全身に及ぶ。
 「……俺の……」
 「は?」
 「俺の夢を返せ!!」
 殷殷と余韻を残し悲痛な絶叫が響き渡る。 
 「あっ、ま、待ってくださいヨンイルさん走ると危ないっスよ苔ですべりますよってどわあああああぁああああっ!?」
 くしくもヨンイルに注意した通りの事が自分の身に降りかかり、地面の苔でつるっと足を滑らせたビバリーが両腕を泳がせ派手に転倒する。勢い良くすっ転んだビバリーの十メートル前方、青春の二字を背負って夕日に向かって走りながらヨンイルが傷心の叫びを上げる。

 「俺は……俺は……流線形のメタリックな長耳とアンテナの触覚プラスコードしっぽつきの無表情な美少女が『マスター、Aボタンにコマンド入力を』て乳首さらす思うたのにーーーーーー!!」
 「ヨンイルさんマニアックな漫画読みすぎだし大体ゲームボーイにアンテナとコード付いてないし美少女型ゲーム機なんて俗悪なもの僕らパソコンをこよなく愛する世界中のハッカーたちに言わせりゃ愚の骨頂、発売と同時に生産終了っス!!パソコンが人型とったら意味ないじゃねっスか、液晶画面の心洗われる幾何学的な輝きも整然と並んだキーの美しさも直線と曲線が絶妙に融和してミロのヴィーナスの腰回りのごとく黄金率を保つボディも僕に言わせりゃパソコンそれ自体が最高の萌えアイテムっスよ!!」

 見えない夕日に向かって駆けていくヨンイルの背中にむなしく手を伸ばすも届かず、尻餅を付いたまま苔に滑ってなかなか立ち上がれず焦燥募らすビバリーの視線の先、水路に面して仁王立ちしたヨンイルが力任せに腕を振りかぶる。

 「こんなもん捨てたるうううううううううううううう!」
 『Stopuuuuuuuuuuu!!』

 暴挙に走ったヨンイルに猪突猛進、体当たりで転ばし縺れ合う。
 間一髪間に合った。
 水路に投擲される寸前ヨンイルの腕にしゃにむにしがみつき衝突の勢いでもろともに転倒、じたばたもがくヨンイルの手から躍起になってゲームボーイを取り上げにかかる。
 「馬鹿なことはやめてください!あんたはそれでいいかもしれないけど僕はそれがなきゃ困るんス、それはリョウさんの居場所に通じる現在唯一の手がかりなんっス!僕はリョウさんが今どこでどうしてるか何も知らなくてちゃんと食べてるのか眠れてるのか全然わからなくて心配で心配で、そのゲームボーイはきっとリョウさんの居場所に繋がる重要な手がかりで、それが壊れちゃったら僕は、僕はっ……」
 苔にぬめる地面を右へ左へ転げ回り髪をぐちゃぐちゃに乱し、それでも少しも意気衰えずヨンイルの手からゲームボーイをひったくらんと試み馬乗りになる。

 瞼の裏にリョウのあどけない顔が蘇る。

 テディベアとじゃれるリョウ、ふざけてちょっかいをだすリョウ、構って構って光線を発してロザンナと戯れる自分を物欲しげに凝視するリョウ……
 様々な場面が光速で過ぎ去る。
 いつしかリョウがいるのが当たり前になっていた、互いを無視できない程にせまい房で互いを意識せず自然に呼吸していた。
 いつしかリョウがいない東京プリズンの生活など考えられないほどに彼を身近に感じ始めていた。
 リョウに対し親愛の情を抱き、ロザンナの次に大事な友達と思うようになり、リョウにじゃれつかれてときたまうんざりすれどもじゃれつかれないと寂しくて、ロザンナとの夜の営みにも身が入らなかった。

 リョウがいなくて寂しい。
 寂しい。

 「ペア戦の時も喧嘩して口利かないことありましたよ、けれどもあの時はリョウさんがいた、背中越しに存在を感じられた!今みたいに居場所もわからないのとは違う、今みたいな離れ離とは違うっス!あの時も寂しかったけど今はもっともっと不安で怖いっス、ひょっとしたらリョウさんもう帰ってこないんじゃないかって胸がどきどきして、エンターキーと間違えてシフト押しちゃったりマウスと間違えて床クリックしたり失敗の連続で……」
 胸ぐらを掴んだ手が震える。
 ヨンイルに馬乗りになったビバリーは続く言葉を喪失し息を荒げるも、その間もリョウの面影が網膜にこびりついて離れず、無邪気に笑うリョウや小悪魔的な媚態やロザンナ争奪戦のおもしろおかしい日々を思い出して泣きたいような笑いたいような切ない感情がどっと押し寄せてくる。
 リョウに会いたい。
 また二人で遊びたい。
 「……リョウさんは友達っス。友達がいなきゃ、寂しいっスよ」
 語尾が力なく萎みあたりに沈黙が覆い被さる。
 自分に馬乗りになったまま項垂れるビバリーを見上げ、あちこち転げまわったせいで泥だらけのヨンイルが呟く。 
 「…………泣くなや。冗談やて」
 「泣いてねっス」
 ばつ悪げな呟きをはねのけ毅然と顔を上げる。 
 ビバリーは泣いていなかった。
 真っ直ぐ虚空を見据える目には決意の色が浮かんでいた。
 何としてもリョウを取り返すと誓い、頬にこびりついた泥汚れを優柔不断を吹っ切るように拳で拭う。
 「泣いてる暇ありませんから」
 今度はビバリーが先に立って歩き出す。
 ヨンイルは軽快に跳ね起きるや、精一杯の早足で距離をはなそうと試みるビバリーにあっさり追いついて横目で表情を窺う。
 さっきは泣いてないと言ったが、その目はほんのり赤かった。
 ヨンイルに対しまだ腹を立てているのか、足取りは蹴るように憤然としている。
 二人の靴音と衣擦れの音、ビバリーの背のナップザックがざくざくとたてる音。
 水滴の滴りと水流の唸り、壁に反響し大気中に漂う残響。
 等間隔に壁に設置された照明は殆どが割れていて役に立たない。
 通路は苔でぬめっており、視界は非常に悪い。
 しばらく無言のまま、闇の重圧を跳ね返すような足取りで前に進む。
 「俺が怖いもんな、もうひとつあった」
 唐突にヨンイルが言う。
 ビバリーが弾かれたように顔を上げる。
 頭の後ろで手を組んだヨンイルは視線を前方に投げたまま敢えてビバリーを無視し、ゴーグルの下の目を漣立たせる。
 ビバリーはその横顔を食い入るように見詰める。
 やけにしんみりした口調で付け足したヨンイルは、しばらくそのまま闇に視線を投げ掛けていたが、一回目を閉じてから再び瞼を上げる。
 再び外気に晒された双眸が映し出すのは、今ここにはいないだれか。

 おそらく、ヨンイルが大切に思っている人物。
 失うのをおそれるあまりに臆病になっている人間。

 「お前と一緒。ダチがいなくなるのが怖い。これまでどおり軽口叩き合えんようになるのが怖い、ふざけあえなくなるのが寂しい、名前を呼べなくなるのがしんどい」
 口ぶりはひどく淡々としていたが底に切実な何かが潜んでいた。
 「せやから、な。俺は道化でええんや」
 一瞬閃いた笑みには、卑屈な自嘲とは無縁のふてぶてしい開き直りが居座っていた。
 「……片思いみたいっスね、それ」
 「せやな」
 冗談めかしてビバリーが茶化した時には、最前の真剣な告白が嘘か冗談の如くいつもどおり図太いヨンイルに戻っていた。  
 「………ん?」
 つられて笑みかけたビバリーが異変を察し液晶画面に視線を転じる。
 光の点滅の仕方が変わったのに気付きヨンイルも目を細める。 
 これまでとは一転、点滅の間隔が短くなっている。
 息を呑むビバリーをその場に残しヨンイルがあらぬ方向に歩き出す。
 ゲームボーイ片手に壁沿いに三歩進みきょろきょろとあたりを見回す。
 天井、壁、床、水路。
 それらに視線を這わせてから再びゲームボーイを見詰め、また三歩進む。
 ヨンイルが壁の切れ目で唐突にしゃがみこむ。
 「ここか」
 ふたつの光点と同じ規則で瞬く矢印が、正規の通路から外れる脇道をさしている。
 画面上に新たに生まれたその矢印に従い横道に逸れるヨンイルを慌てて追う。ヨンイルは手元のゲームボーイに時折目をやりながら、新たな矢印が表示される度に右へ左へと進路を変えてさらに奥の細まった袋小路へ迷い込んでいく。
 画面上の矢印は現実の通路にも対応しているらしく、自分たちの現在地は光点で示されている。
 「東京アンダーグラウンドマップ……その名のとおり下水道の地図っちゅーわけか」
 「さっぱりわかんねっス。なんでヨンイルさんが砂漠で拾ったゲームボーイに東京プリズン地下の下水道のマップが隠されてるんスか、大体だれがこれおとしたんスか?東京プリズンの地下は半世紀以上放っておかれて手の入れようがない状態で、ブルーワークの看守や囚人が過去何度も測量を試み地図を作ろうとしては、そのあまりのカオスっぷりに中断をよぎなくされてるっス。ま、東京アンダーグラウンド計画の名残りの地下道が落盤で塞がって先に進めないのもありますが……にしたって、下水道の地図を作れる人間は事実上いないはずなのに」
 「随分詳しいな、お前」
 「ハッカーですからね。調査前の情報収集は常識っス」
 「東京アンダーグラウンド計画かあ。無茶なこと考えるな、この国のお偉いさんは。外国人全員土の下にうっちゃろうてその発想がまずすごいわ。韓国じゃあ貧乏人が高い所に住んで金持ちが下に住んどるけど日本は逆やな」
 「ヨンイルさんはどのあたりに住んでたんすか」
 「山のてっぺん近く」
 「……相当っスね」
 「爆弾の材料費と最低限の生活費はKIAが面倒見てくれたけどな……ところでビバリー」
 「はい?」
 「ネズミは好きか」
 脈絡のない問いに首を傾げるも、ほぼ脊髄反射で答える。
 「ミッキーマウスは合衆国のヒーローっス。ケネディだって目じゃありません」
 「でっかいグローブ嵌めたネズミと握手できるなら白くてちぃちぃ鳴くしっぽのなが~い生物とも仲良くできるよな?」
 ちぃちぃ。
 まさしく湧いて出たという表現が的確だ。
 突如どこからともなく漏れてきた甲高い鳴き声は紛れもなくネズミのそれだ。ネズミの姿をさがし反射的に首を巡らしたビバリーの足元を残像だけ残し白い影が走り去る。
 「ひっ!?」
 仰天したビバリーをよそにヨンイルは不敵に落ち着き払っている。
 ちぃちぃ、ちぃちぃ……ぢぃぢぃ。
 最初は控えめだった鳴き声は次第に数を増やし膨れ上がり濁りを増していく。今や声の主は一匹ではない。二匹、三匹、四匹……十、二十、三十……百。二百。
 無限に、無数に。
 奇怪に蠢く異形のものども。
 いつどこから現れたのか、物理的に人間が入れぬ抜け道を経て大挙して袋小路に現れたネズミの大群。真っ白い体毛に覆われた奇形のネズミが赤い目を無感動に光らせ、発達した前歯を剥いてぢぃぢぃと鳴いている。
 知らず知らずのうちにネズミの巣窟に踏み込んでしまった。
 ビバリーがその事実を重く受け止めるより早く、二人連れの侵入者を敵と見たネズミの大群がぎっしり犇きあって高音域の威嚇音を発する。
 隙なく寄り集まり堰をなしたネズミの大群はそれ自体共通の思念をもつひとつの細胞と化し、ひとつの頭脳の如く冷徹に侵入者を追い詰めていく。
 接敵。排斥。追放。
 言葉は通じなくとも赤い目からそこはかとない悪意の波動が伝わってくる。
 日の光のささない下水道に生息するネズミは殆どがアルビノで中には体毛が全くないものも目が退化して白濁した膜が張っているだけのものもいる、侵入者を排斥すべく布陣を敷き間合いを詰め焦燥と恐怖と緊張を煽り立てていくネズミ達からは邪悪な意志を感じる。
 「で、できない……できません無理っス無理っスよこれはさすがに、ミッキーは二本足で立って踊るけどこの人たちさっきからちぃちぃ鳴いてるだけじゃないっスか、おまけに目がぎらぎら血走っていかにも飢えてますって感じで歯なんかほら剃刀みたく……このかたたち房に出てくるネズミとも違いますって、ぜったいやばいっすよ、変な菌もってますよ!」
 足ががくがく震える。
 今にも張り詰めていたものが切れて尻餅をついてしまいそうだ。
 しかし尻餅を付いた途端ネズミの大群が一斉にとびかかり骨の髄まで齧られるのは目に見えている。
 ビバリーは混乱した頭でどうにかこの閉塞状況を打開しようと思案を巡らすも閃かず、右と左どちらも壁で前と後ろどちらからもネズミの大群が迫っていて八方塞がりだ。
 「チュウ兵衛はおらんのかい。直接話つけたろ思うたのに」
 「いい加減二次元から帰ってきてくださいヨンイルさん、僕達今絶体絶命のピンチっスよ、サイコな晩餐になるとこッスよ!?」
 この期に及びまだ漫画のたとえをだすヨンイルに激昂し、力任せに肩を揺さぶるビバリーの背後に白い大群が忍び寄る。

 殺気。
 あるいは害意。

 「-っ!?」

 背中に吹き付けた凄まじい重圧に振り返るも一呼吸遅く、ビバリーめがけ一斉にネズミが飛び掛る。
 
 ああ、食べられる。
 
 『ぎゃーネズミネズミ、こわーいビバリー助けてー!』
 『ネズミくらいできゃあきゃあ黄色い声上げないでくださいリョウさん』
 『自分だって悲鳴あげてたくせに!』
 『ロザンナのコードを特殊テープで補強したからもう大丈夫、噛み切られる心配ありません。ロザンナ齧らないなら奴らも怖くありません』
 『ネズミをなめちゃ駄目だよビバリー。あいつらなんでも食っちゃうんだから、ピラニアも真っ青の悪食だよ!ほら見てよ、僕の可愛い可愛いテディの腕がもげかけてる。これもネズミがやったんだ、僕がちょっと目をはなした隙に……それだけじゃないよほら、この壁の穴!この壁の穴もアイツらが自慢の前歯でカリカリ開けたんだ、執念深いことにかけちゃネズミの右にでるものいないよ』
 『はははは。やだなあリョウさん、ミッキーの親戚がそんな野蛮なことするわけないじゃないスか』
 『これだからディズニー資本に毒されたアメリカ人は!寝てるあいだに齧られて踝なくなっちゃっても知んないからね』
 『踝なんてなくても困りませんしー』
 
 死を覚悟して瞼を閉じたビバリーの脳裏を、ほんの数日前リョウと交わした他愛もない会話が再生される。
 リテディベアを抱きしめたリョウのふくれっ面に懐かしさが込み上げてくるのを自覚し、心の中で神に祈りを捧げる。

 ごめんなさい神様、ぼくは嘘をつきました。
 踝なかったら困るっス。
 すげぇ困るっス。
 どうか僕から踝をとらないでネズミの餌食にしないでネズミを向こうへやってー……

 ちぃちぃ。
 
 『Please shut the mouth of the mouse!!』
 ネズミのお口をチャックして!

 喉から絶叫が迸るのと、ビバリーがネズミの大群に埋もれるのは同時だった。


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050304102635 | 編集
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