ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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七話

 「そのへんに座ってよ」
 白昼の図書室に塵と静謐が降り積もる。
 仄かに黴臭い匂いが大気に混じり鼻腔を突く。
 巨大な書架が整然と並んだ合間に見え隠れする矩形のテーブルも囚人が強制労働に出払った今は無人、それもそのはず図書室が賑わいを見せ始めるのは本来夕方からだ。
 勧めに従い手近の椅子を引く。
 対面には穏やかな笑みを湛える斉藤。
 本来囚人には利用が許可されない時間帯に図書室を訪れた僕はといえば、夕刻とは違う荘厳な静寂に包まれた図書室の様子に少なからず好奇心を刺激されていた。
 仕事帰りの囚人が猥雑な活況を呈す図書室に来慣れていると書架の間に人一人見当たらない異様な静けさはそこはかとない不気味さすら醸す。
 大股開きで椅子に座り大人数で机に陣取り下卑た哄笑を上げ猥談に興じる囚人の姿がないだけでこうも印象が違うのかと呆れを通り越し感嘆の域に達する。
 騒動の痕跡を残し位置のずれた椅子を感慨深く見下ろす。
 他にも数脚机からはみでているものや大幅にずれているものがある。 今日の夕刻になれば図書室も賑わうはずだ。
 しかし今のところ図書室にいるのは僕と斉藤のふたりきり、図書室はプライバシーを保持する巨大な密室となり人に聞かれたくない話を守秘する分厚い鉄扉が冷え冷えと外と内とを隔てている。
 「ここは貴様の私室か?図書室の椅子は公共物だ、貴様に言われなくとも自由意志で腰掛けるしどの椅子を選ぶかは僕の判断による」
 静寂に配慮し慎重に椅子に腰掛ける。
 椅子の脚が床を擦るかすかな音さえ耳障りだ。斉藤は机を挟み僕の対面に腰掛けた。
 「何故図書室なんだ?話なら医務室でもできるだろう」
 「医務室には患者がいる。ここなら誰にも聞かれる心配はない。日中囚人は強制労働に出払い完全に留守にするからね」

 ヨンイルの存在が脳裏を過ぎる。
 東京プリズンに来て日が浅い斉藤は道化の存在を知らない。

 故に完全にプライバシーを守れる場所として図書室を選んだらしいが、ヨンイルが暇な一日図書室の奥城にこもり漫画三昧の優雅な生活をしていると知る僕は複雑な心境だ。
 とはいえ道化はモグラのように光を避けて移動書架の垣根を巡らした最奥へひきこもっているだろうし階下の話し声が届く心配はまずない。レイジのような後天性地獄耳は別として普通の音量の人声が二階に届くはずもない。
 試しに顔を巡らし図書室で油を売ってる道化の姿がないか確認するも生憎ヨンイルにはお目にかかれなかった。
 二階奥の移動書架の向こう、ヨンイルいわく「俺の城」に潜り込んでいるなら距離的位置的に目視できなくても無理はない。
 一旦読書を始めればこと漫画に限り素晴らしい集中力を発揮するヨンイルだ、咳払いひとつ衣擦れの音ひとつたてず完全に気配を殺し場に溶け込んでいる可能性は大いにありうる。
 ヨンイルの姿がないことに安堵とも落胆ともつかぬ感情を覚える。
 ヨンイルがいるはずの二階を首を伸ばし眺める僕に、斉藤がやんわり声をかける。
 「やっぱりずる休みは気が咎める?」
 「人聞き悪いことを言うな。貴様がむりやり休ませたのだろう」
 自分から誘っておいてなんて言い草だ。
 気分を害し斉藤を睨む。
 冷ややかな眼差しを注がれた斉藤はといえば全く懲りた様子もなく軽薄に肩を竦めてみせる。
 世慣れた学生じみて砕けた物腰に白衣が釣り合わない男の顔をじろじろ不躾に眺め、憤懣をもらす。
 「貴様ときたらまったく神出鬼没だ。突然東棟に現れたと思ったら僕に用があると切り出し半ば強引にここに連れてきた。イエローワーク担当の看守には自分が事情を説明し特別に休みの許可を取り付けた、僕と話したいことがある、付いて来いと勝手に歩き出して……」
 数刻前の情景が網膜に像を結ぶ。
 突如東棟に現れた斉藤はサムライと二人寄り添う僕に声をかけ、詳細な説明は省きただ「付いて来い」と背中を向けた。
 強制労働は僕のみ休みの許可を得た。
 斉藤が直接看守に話を通したものらしい。

 今日一日強制労働免除になっても全然嬉しくはない。
 斉藤と面と向かって話すことを考えると気が重い。

 緊張を強いられ神経がささくれ張り詰める。
 深呼吸で心を落ち着かせようとするも喉の渇きと胸の高鳴りをかえって意識してしまう。
 表面上平静を装っているつもりでも成功しているか甚だ疑問だ。
 真意を読ませてなるものかと取り澄ました無表情を繕い、眼鏡のブリッジに触れたいのを我慢して膝の上で拳を握り込む。
 向かいの斉藤が僕の動揺すら見透かすように何分の一か外人の血が入った色素の薄い目を細める。 
 キツネに似ているな、とどうでもいいことを思う。
 レイジが豹ならロンは猫、斉藤はキツネ。
 じゃあサムライは?……鷹?
 知り合いを動物にたとえ緊張を紛らわそうと努め、先刻から脳裏にあった疑問を口に出す。
 「ひとつ聞きたいのだが」
 「なんだい」
 斉藤が穏やかに問い返す。
 椅子の上で姿勢を正し尊大に顎を引き斉藤と向き合い僕は続ける。
 「先ほど廊下で会った時、何故僕とサムライの唇がその……接触したことに気付いたんだ?距離と位置と角度を完璧に計算に入れ死角を選んだのだから廊下の奥からひょっこり現れた貴様があの場面を目撃するはずはない、物理的に不可能だ」
 僕の計算に狂いはない。
 僕は距離と位置と角度を完璧に把握し通行人のだれからも死角になる言うなればバミューダトライアングル、消失区域にサムライを誘い込んで唇を奪った。
 文字通り盲点を突いたのだ。
 僕は自身の計算に自信を持っている。
 露出狂ではなしそれなりの羞恥心を兼ね備えた僕が通路のど真ん中で破廉恥な行為に及ぶものか、だれにも気付かれるおそれがなかったからこそあんな大胆な振る舞いができたのだ。
 それなのに、何故?
 疑問の色を乗せた視線を笑顔で受け流し、斉藤はしれっと言う。
 「ああ、あれか。カマをかけたのさ」
 「は?」
 斉藤は悪びれず種明かしをする。
 「実際は君の言う通り、角を曲がったばかりの僕の位置からは君の頭が邪魔で帯刀君の顔が見えなかった。けれども二人が重なってたからピンときたんだ。それでカマをかけてみたのさ」
 頭痛がする。
 「―待て。ということは、貴様は実際には見てないんだな?」
 「君自身言ったじゃないか、僕の位置からそこまで見えるはずないって」
 詐欺師め。
 騙された。すっかり騙された。
 一杯食わされた屈辱を噛み締め恥辱に頬染めて俯く。
 斉藤は実際には僕がサムライの唇を奪った瞬間を目撃してなかった、たまたま僕と彼とが重なっていたために「もしかして」と悪戯心でカマをかけただけだったのだ。
 僕ともあろうものがまたしても失態を演じてしまった。
 自滅の二字が脳裏にちらつく……否、自爆か。
 自分から往来のど真ん中で破廉恥な行為に及んだと暴露した恥ずかしさから顔を伏せた僕は、ゆっくり息を吐いて怒りを収め、尖った視線を斉藤に突き刺す。
 「英語でキツネをさすフォックスには詐欺師の意味もあるそうだ。今ふと思い出した」
 毛皮に包まれた三角耳とふさふさした尻尾の幻覚が斉藤に重なる。
 どこかキツネじみた容姿の医者に最大限の嫌味を吐く。
 「医者より結婚詐欺師のほうが向いてるんじゃないか」
 「離婚歴のある結婚詐欺師なんて洒落にならないよ」
 「そうだな、冗談では済まないな」
 自分で言っておきながらダメージを受けたようでうなだれる。
 あるいは僕の追い討ちのせいか。
 別れた妻子を回想する時だけはこの男も年相応の苦労と経験をつんでいるように見えるから不思議なものだ。

 斉藤と安田は大学の同期らしい。
 苦労の分だけ安田の方が老けてみえるが、学生の頃から斉藤の尻拭いに奔走していたとあらば安田が人より早く老け込む理由もおのずと察しがつく。

 安田への同情を禁じえず、改めて斉藤を見詰める。
 脳裏で一連の出来事を整理しもっとも説明にふさわしい言葉をさがす。
 順序は逆になってしまったがちょうどいい、この機会を逃してなるものか。
 せっかく斉藤とふたりきりになれたのだ、この機をみすみす逃す手はない。レイジとロンの処遇についてアドバイスを乞おう。斉藤ならきっと有益な助言をくれる、閉塞した現状を打破するヒントをくれる。
 僕は斉藤の能力を高く評価している。
 人間としての判断はおくとして、精神科医としては優秀な人物だと信頼してもいる。

 彼ならきっとレイジとロンを救う方法を示唆してくれるはず。

 『俺は先に行く。遅参してまた降格されてはたまらん』

 別れ際のサムライの声が殷殷と響く。
 憤然と背を向け大股に遠ざかっていくサムライを僕はただ見送るしかない。

 『斉藤はお前に用がある。俺がいては邪魔だ』

 そう勝手に決め付け去っていったサムライに猛烈な反発が湧く。
 確かに斉藤に呼ばれたのは僕だけでサムライには強制労働が待ち受けていてあの場は別れ別れになるのが避けがたい必然だったが、分からないのはサムライの怒りの理由だ。
 一体全体なんで怒ってるんだ彼は?
 理解に苦しむ。
 サムライなどもう知るか、勝手にしろ。
 レイジとロンの一大事につまらないことで腹を立てるなど大人げないにも程がある。
 事は一刻一秒を争うのだ、いちいち彼のご機嫌伺いなどしていられない。

 固く目を閉じサムライの残像を閉め出し、意を決し口を開く。

 「僕からも話したいことがあるんだ」
 「この前相談にきた友達のことだね」
 斉藤が先手を打つ。
 神妙に頷き、唇を湿らし話し始める。
 「ロンは母の死を知ったショックで幼児退行を起こし現在はレイジと離れ離れ、道了の房に軟禁されていて健康状態か良好かどうかすら知る術がない。一方レイジはロンに捨てられたショックで暴君が表面化し数々の暴挙に及び……具体的な内容については説明しなくてもわかるだろう、あの時展望台に居合わせたのなら」
 斉藤の顔が苦渋に歪む。

 血のような夕日に染まる展望台のど真ん中、サーシャを後ろから抱き
しめた暴君がおぞけだつ狂笑を刻む。
 サーシャのペニスはコックバンドできつく戒められ今にも破裂しそうに赤黒く脈打つ。
 暴君の暴挙はそれのみにとどまらず止めに入った安田や僕にまで及んだ。
 背広とシャツを暴かれ転がった安田の姿を思い返し、胸の内に苦い感情が湧き満ちる。

 「どうすればいいか教えてくれ、斉藤。二人を救う手立てがあるなら教えてくれ。専門家の意見が聞きたいんだ」
 自分の声の思わぬ弱々しさに動揺する。
 まるで縋るような、声。
 息を詰め必死な形相で斉藤を仰ぐ。
 僕は天才だ。
 しかしあまりに経験が少なすぎる。
 知識だけでは駄目だ、それだけでは補えない。
 幼児化したロンと暴君化したレイジ、ふたりを元に戻すにはどうすればいいかどれだけ考えた所で解決策は見付からない。
 心理学の本をどれだけ読んだ所で虚実混沌と渦巻く人の心の深淵は計り知れずロンとレイジが負った傷を癒す術は書いてない。

 レイジとロンを救う方法が知りたい。
 しかし僕だけでは手が余る、認めるのは癪だが専門家の助けが必要だ。

 「レイジとロンは僕の仲間だ。レイジは尻軽な王様で口を開けば下品な冗談をとばし僕とサムライの仲を揶揄する、度し難い笑い上戸で歌声は音痴で聞くに堪えずいつもふざけている。ロンは小さいくせに生意気だ。目つきが悪ければ口も悪く仲間を侮辱されたとあらば到底かなわない相手にも威勢よく噛み付いていく。食堂ではレイジと一緒にいつもふざけて小突きあったり箸でちゃんばらしたり、挙げ句には僕のほうまで沢庵がとんできて額にはりつくていたらくだ」

 レイジとロンがいた食堂を懐かしく回想する。
 たった数週間前の情景が十数年の歳月を隔てたように遠く思える。
 隣り合って座った僕とサムライの正面、どれだけ口うるさく注意しても反省の色なくふざけあうレイジとロン。
 おもにレイジがちょっかいをだしロンがそれをはねつけているわけだが、結局はロンがキレて泥沼となり、僕とサムライはこちら側までとんでくる味噌汁の飛沫や沢庵の被害に辟易した。
 僕もサムライも二人の悪ふざけには大いに迷惑した。
 食事中くらい大人しくできないのかと声を荒げたことも一度や二度ではなくその度にレイジは笑ってごまかしロンはレイジの耳朶を引っ張り「お前のせいだぞ、ばか」と毒づいた。

 笑いの絶えない食卓が懐かしい。
 笑いの絶えない食卓を取り戻したい。

 レイジとロンがいない食事は味気ない。
 レイジとロンの溌剌とした喋り声がないと何を食べても味気なく満たされない。 

 レイジとロンを取り戻すためなら何でもする。
 天才のプライドにかけ、全力を尽くして二人を取り戻すと誓う。

 「彼らは友達だ。二人がいないと駄目なんだ。どうか助けてくれ、頼む。貴方は優秀な精神科医だ。数ヶ月間にわたり手紙を交わした僕には貴方の人となりがよくわかる。信頼に値するかどうかは判断をさし控えるがとにかく信用に足る人物だ。ロンとレイジをこちらに引き戻す方法を知っているならぜひ教えてほしい」
 語尾が悲哀に掠れる。
 誠意の程を示すため頭を下げる。
 斉藤の視線が伏せた顔に注がれているのを感じる。
 「……断っておくが、この僕が会ってまもない男に自分の意志で頭を下げるなど百年に一度あるかないかだぞ」
 「彗星並の確率だね」 
 脅迫に近い口調で念を押すも相手の方が一枚上手であっさりかわされる。
 恨みがましく斉藤を睨むも本人はどこ吹く風と澄まし顔、まったく食えない男だ。
 机上に沈黙が押し被さる。
 息を殺し斉藤の出方を窺う。
 膝の上で握り込んだ手が緊張に汗ばむ。
 胸の高鳴りを意識しながら努めて平静を装う僕にむかい斉藤がおもむろに口を開く。
 「率直な意見を聞かせてほしい。一週間前、ロン君が幼児退行を引き起こした時どんな感想を持った?」
 意外な問いかけに面食らう。
 斉藤は笑みを消し真剣な顔でこちらを見る。
 探るような視線に居心地悪さを感じ注意深く椅子に座り直す。
 椅子の脚が床を擦る高音域の軋みがひどく耳障りだ。
 背凭れによりかからぬよう背筋を律した僕に相変わらず冷徹な視線が注がれる。
 斉藤の質問を謙虚に受け止め、乾いた唇を舐め思案を巡らす。
 「……僕の目から見たロンは推定年齢六歳の幼児に逆戻りしていた。外見はそのままだが言動は明らかに幼児的、呂律はたどたどしく落ち着きなくあたりを見回すさまからも漠然たる不安が窺えた。ロンは姿のない母親を追い求め不安げに目を彷徨わせ、その際いちばん近くにいた道了を母親に代わる保護者と認識し後に付いていった」
 「……ということは、ロン君は完全に幼児化したように見えたんだね」
 含みありげな言い方がひっかかる。
 何が言いたいのだと眼鏡越しの目を細め斉藤を睨む。
 疑問と不審とが入り混じった視線とを受け止めた斉藤は溜め息ひとつ、机上で組んだ手をほどき、予断を許さぬ口ぶりで私見を述べる。
 「これはあくまで僕の考えだけど」
 そう前置きし、ほどいた手で唇をなぞる。
 唇をなぞる指に目が吸い寄せられる。
 異様な静けさに包まれた図書室の片隅にて、僕と斉藤の間にただならぬ緊張が漲る。
 極限まで張り詰め今にも臨界点を突破しそうな危うい均衡の沈黙ののち、唇から指をどけた斉藤が僕にまっすぐ顔を向ける。
 学生じみた童顔が別人の如く引き締まり、図書室の厳粛さに似合わしい賢者の威を帯びる。 
 「ロン君が本当に幼児退行したとは限らない」
 「どういうことだ」
 問い返す声が不自然に途切れ、震える。
 静謐な目で僕を眺め、斉藤は抑揚なく言葉を紡ぐ。
 「僕はこう考える。ロン君が母親の死のショックで幼児退行を起こした、それは十分ありえることだ。君の話ではロン君は母一人子一人、貧民街の母子家庭で育ったという。しかし親子仲が良くなくロン君はわずか十一歳で家を出て自活の道を選び、抗争事件に巻き込まれ東京プリズン収監が決まってからは音信不通の状態が続いた。そこにきて突然これだ。ロン君が受けたショックは察するにあまりある」
 そこで一呼吸おき、すっと人さし指を立てる。
 「しかし、だ。最初に君の話を聞き違和感を覚えたんだ」
 斉藤の言葉を受け自身が話した内容を大急ぎで反芻するも心当たりが見付からない。
 一週間前、母親の形見の麻雀牌を目の前で跡形なく破壊されたロンは想像を絶するショックを受けそれを機に幼児退行を引き起こし、焦点のぼやけた表情で緩慢に僕を仰ぎ、「かあさんのおきゃくさん?」と聞きー……

 「………!そうか」

 衝撃が走る。
 どうして今の今までこんな簡単なことに気付かなかったんだ。

 「僕は馬鹿だ、どうかしていた。こんな単純なことを見落としていたなんて天才失格だ。完全に盲点だった。もし本当にロンが幼児退行を引き起こしていたとしたらあの場であの質問はありえない。だってあれは……」
 「日本語だった」
 驚愕する僕を見つめ我が意を得たりと斉藤が頷く。
 今や完全に斉藤の指摘した違和感が理解できた。
 衝撃冷め遣らぬ僕の方へ僅かに身を乗り出し斉藤が淡々と述べる。
 恣意的に感情を排しているような平板な声音。
 「君は当時の状況を細部にわたるまで忠実に口頭で教えてくれた。ロン君はもとよりレイジ君凱君、その他あの場にいた人物が発した台詞を時系列に添い一言漏らさず伝えてくれた。それだけじゃなくレイジ君の場合は英語のスラング凱君の場合は中国語といった具合に、人に聞かれるのを考慮せず彼らが発した独り言までも完璧な発音と記憶力で再現した。さすが天才と恐れ入ったよ。だからなおさらひっかかったんだ、幼児化したはずのロンくんが君を見て最初にしゃべったのが生まれ育ったスラムで使われた台湾語ではなく日本語だったのが」
 あの時ロンは虚ろな目で僕を見上げ確かにこう聞いた。

 『……あんた、かあさんのところにきたの』
 『かあさんのお客さん?またおれを追い出すの?』

 ロンは僕を認識し最初にそう聞いたのだ、日本語で。

 「ロン君の調書にざっと目を通させてもらった」
 斉藤が吐息まじりに呟き眠気覚ましに目頭を揉む。
 よくよく観察すれば外科と精神内科を兼ねる激務に疲労が溜まっているらしく顔色が優れない。
 心なしやつれた顔に憂慮の念を湛え、ほつれた髪をかきあげ斉藤が意見を述べる。

 「彼が少年期を過ごした池袋の台湾系スラムでは主に台湾語が使われていた。ロン君の母親は日本人の客をとることもあったが家庭内で使われていたのは当然台湾語、咄嗟の場合に口を突いて出るのもやはり台湾語だ。だいいち台湾人も日本人も見た目は変わらない、同じ東アジア系黄色人種だ。ロン君が君を見るなり『母さんの客か』と聞いた、これはまあいい。調書に寄れば六歳前後の頃から頻繁に客が出入りしていたそうだからね。しかしこの際日本語を使ったとなると少々事情が違ってくる。ロン君が君に対し日本語で質問したということは、今目の前にいる人物が紛れもなく日本人だと認識していた事実をさす」
 「ロンが本当に六歳前後の精神年齢に逆戻りしていたのなら、当然僕の存在は忘れている。僕が日本人だということも」
 「ロン君の母は娼婦だ。客の中には日本人もいたが馴染みの殆どは台湾人だ。それを踏まえればロン君の言動はどうにも不自然だ」

 六歳前後の精神年齢に戻ったなら当時使っていた台湾語をしゃべるはず。 
 しかしロンは六歳の時には面識がなかった僕が日本人だと看破し、たどたどしくはあるがまごうことなき日本語で「お前は客か」と質問したのだ。
 種種雑多な人種が入り乱れる東京プリズンでは日本語が公共語として用いられる。囚人の多くは問題なく、あるいは実際の日本人以上に達者に日本語を操り悪態の語彙も豊富。
 しかしそれはあくまで表向きの話。
 仲間内では砕けた中国語や英語が交わされているのは周知の事実。
 いかに日本語が日常に浸透していても咄嗟の場合に口を突いてでるのは物心ついた頃から馴染んだ言葉、ロンの場合は幼少時より慣れ親しんだ台湾語。
 ロンやレイジなど身のまわりの人間が自然に日本語を使い、僕もまた日本語が共通語という概念を一年余りに及ぶ東京プリズンの生活で刷り込まれていた為になかなか気付けなかった。
 六歳前後の思考力と判断力しかもたぬロンがあの状況でどんなにたどたどしくとも日本語を使うとは考えにくい、実際道了とは台湾語でしゃべっていたじゃないか。

 「………ロンに騙されていたのか」
 胸が不穏にざわめく。
 内心の動揺を抑えきれず声に苦渋が滲む。
 膝の上で握り込んだ拳がかすかに震える。 

 虚ろに泳ぐ視線とたどたどしい口ぶり、母の姿を乞うてあたりを見回す心許ない表情。

 あれが演技だったとは俄には信じがたいが、斉藤の指摘は何から何まで事実に即しており、さすがの僕も反論できない。
 「……ロンの幼児退行が演技だとわかっていたのか、最初から」
 数日前の面会時、曖昧に言葉を濁した斉藤を反芻する。
 その理由に、今漸く思い至る。
 「……断言はできないけれどその可能性は高い。あの時点では確証をもてなかったから結論を保留したんだけれどね」
 「しかし何故道了のみならず僕たちまで騙すような真似を?幼児退行の演技をしてレイジを捨て道了を選んだ目的は?」
 「敵を騙すには味方から」
 背中に冷水を浴びせ掛けられたような悪寒が走る。 

 まさか。
 そんな。
 ありえない。
 否定の言葉が脳裏に渦巻く。
 が、それはあくまで僕の願望でしかない。
 ロンがレイジを裏切り僕らを騙し道了のもとへ走ったと信じたくない僕の都合よい解釈でしかない。

 楽観は捨てろ、現実を見ろ。
 深呼吸で意を決し、噛み砕くようにその言葉を搾り出す。

 「ー………復讐」
 斉藤が神妙に首肯する。
 ロンが幼児退行の演技でレイジや僕らを欺いたのが復讐の為だと考えれば辻褄が合う。
 ロンはむごたらしく殺された母親と初恋の女性の仇をとるため決死の覚悟と迫真の演技で周囲を欺き敵の懐にとびこんだ。
 子供返りの演技でまわりを油断させ道了のもとへ走ったと見せかけ今も復讐の機を狙っているのだとしたら……。

 心臓が早鐘を打つ。
 喉が異常に渇く。
 こめかみを冷や汗が伝う。

 落ち着け鍵屋崎直、落ち着くんだ。
 手をズボンになすりつけ汗を拭う。
 固く目を閉じ瞼裏の闇に自我を没し沈静を待つも心臓の鼓動は大きくなるばかり、脳裏にはロンの顔がちらつき道了とともに去りゆく背中がよみがえり絶望的な焦燥に駆り立てられ我知らず呟く。
 「…………あの馬鹿」
 本当に馬鹿だ、あれほど無茶をするなと言ったのに。
 ひとりで突っ走るのはロンの悪い癖だ。
 ロンは自分の身を犠牲にし母親と梅花の復讐を果たすつもりだ、だれより大事なレイジさえ欺いてむごたらしく嬲り殺された母と初恋の女性の無念を晴らす気だ。
 蛍光灯が消えかけ薄闇迫る廊下にて、十字架を手に愕然と立ち尽くすレイジの姿が網膜に像を結ぶ。
 ロンに裏切られたレイジの心中を考えるといたまれない。
 何故レイジを裏切った、何故レイジではなく道了を選んだ、レイジはあれほどまでに君を愛しているのに何故そのレイジを哀しませる真似をする?

 道了に寄り添い遠ざかるロンを愕然と見送るレイジ、絶望と虚無に蝕まれゆくその瞳、壁に向かって投げ付けられた十字架。

 断片的な映像が脳裏を過ぎる。
 十字架を手放したレイジの横顔と茫洋と道了を仰ぐロンの横顔とが混ざり合い悪夢じみた眩暈を喚起する。

 ロンはすべて承知の上だった。
 すべて覚悟の上で復讐を選んだ。 
 レイジを酷く傷付けることになるとわかっていながら、僕とサムライを酷く心配させることになるとわかっていながら、それでもなお母親と初恋の女性の死を過去形で受け流す事ができず、敵を騙し味方を騙し自分を騙し虚しさだけが残る復讐に身を投じたのだ。

 ロン。
 君は本当に、ばかだ。
 だけど僕には、ばかな君の気持ちがわかる。
 どうしようもなくわかってしまう。

 「………ロンは馬鹿だ。誰にも相談せず思い詰めた挙げ句に極端な行動に走るなど不条理だ。レイジはロンがいなければ生きていけないのに身も心も何から何までロンに依存しきっているのにそのレイジを裏切り傷付けてまでも道了を選んだ、自分を偽りまわりを騙しすべてを欺きすでに亡き人の仇をとる道を選んだ。かつて自分を虐待した母親と自分を拒絶した女性のために折角手に入れた幸福まで擲って、自分を本当に必要としている人間を絶望の淵に突き落とし、自分自身も生き地獄の苦しみを味わってなお復讐などという不毛な行為に執着している」

 僕もばかだ。
 ロンの同類だ。
 こんな事は考えたくもないが、もし恵が同じ目に遭わされれば、僕だって同じ事をする。
 サムライを捨ててもなお、大事な恵に酷い苦痛と屈辱を与えた人間を許してはおけない。

 ロンに対する怒りと共感とが胸の内で複雑に縺れ絡まり名伏しがたい激情が噴き上げる。
 レイジを裏切ったロンが許せない半面、しかし僕だって彼と同じ絶望を味わえば同じことをすると心の奥底から達観の声が響く。
 僕にロンを裁く権利はない、裁いた時点で僕はロンの友人でなくなる、ロンを断罪した時点で僕はロンの友人でいられなくなる。

 ロンの選択は正しいとは言えない。
 復讐の正当性など認められない。
 それ以前にレイジを傷つけたことが許せない。

 ロンの裏切りによりレイジが味わった絶望を考えればロンの行動はと
ても容認できず擁護できない、しかし僕にはロンの気持ちがわかる、わかってしまう。
 ロンにとっては母親と梅花もまたかけがえのない大切な人だった、心の拠り所だった。
 僕にとっての恵がそうであるようにロンにもまたレイジ以外に大切な人がいた、大切に思える人がいた。
 それは悪いことじゃない、決して非難されるべきことじゃない。
 彼女たちがいたからこそ今のロンがある、今のロンがいる、レイジが好きになった今のロンがいる。
 その事実を否定したらロンはロンじゃなくなる、レイジが好きなロンはこの世から消えてしまう。
 ロンという存在は過去と寸断され現在のみを生きる厚みも重みもない書割になってしまう。

 「愛するとは、誰か一人を決めることなのか。世界中からただ一人を選び、その一人に盲目的に尽くし、それ以外をすべて排除し、彼と自分のみが満ち足りてるなられでいいと今在る現実に目を塞ぐことだったのか」

 斉藤が怪訝な顔をする。

 しかし一旦口から迸り出た言葉は止まらない。
 僕は僕の中で膨れ上がる名伏しがたい感情に駆られるがまま言葉を続ける、ロンの悲痛な決意やレイジの絶望や離れ離れになった妹に対し今だ捨てきれぬ未練が荒れ狂い咆哮を上げる。

 「ロンは馬鹿だ。外のことなど忘れてしまえばいいのにどうしても忘れられなかった、どんなに頑張っても忘れられなかった。レイジだけ見ていれば幸せになれたのに振り返ってしまったのは彼の未練であり弱さだ、しかしそれでこそロンだ、そこで振り返ってこそロンじゃないか!ロンはレイジが好きだ、レイジの事を本当に大事に思っている、それは僕にもわかるし伝わってくる。けれどもレイジと自分だけ幸せならそれでいいと傲慢になりきるにはあまりに優しすぎた。彼には彼の人生があり愛する人がいる。レイジと出会ってから一年と半年東京プリズンで暮らした期間だけが人生のすべてを占めるわけじゃない、それだけがすべてを決めるわけじゃない、それだけですべてを決めるには彼はあまりに多くのものを抱え込んでいる」

 男に体を売り育ててくれた母親。
 痣だらけの体で受け入れてくれた女性。

 彼女たちは現実にいた。
 現実に生きていた。

 だれかを愛することがそのほかを切り捨てることなら
 救いなんて、どこにもない。

 「……ロンを助けたい」
 机上で拳を握り込み、呼吸を抑えて激情を封じた言葉を搾り出す。
 「ロンとレイジは僕の友人だ。ロンが僕らを騙していようがレイジが暴君だろうがそれは変わらない、僕がかつて彼らに救われた事実まで歪曲されるわけじゃない。……ロンは今道了とともにいる。事態は一刻を争う。道了がロンの演技に気付いたらどうなるか……」
 最悪の事態を予期し胸が騒ぐ。毅然と顔を上げ斉藤と向き合う。
 小さく息を吐き、プライドや虚勢やその他雑多なものをすべて排した剥き出しの本音をさらけだす。  
 「貴方が頼りなんだ」
 ロンの説教は後回しだ、無事帰ってきてからでも遅くはない。
 暴君の動向も気がかりだが、現在道了に監禁されているロンを助け出す方が先決だ。
 「これから道了君の房に行ってみる」
 斉藤が気負いなく頷く。
 あっさり了承を得た僕はといえば拍子抜けにも似た安堵を感じ、一気に脱力した体を背凭れに凭せ掛ける。
 「道了に危害を加えられはしないか」
 「安田君にも話を通し護衛の看守をつけてもらう。……あまり乱暴な手は使いたくないけど、万一彼が暴れだしたら手錠で拘束し鎮静剤を打つくらいはするよ。何より優先すべきはロン君の奪還、しかるのちカウセンリングを行なう。レイジ君にしても最近の暴挙は目に余る。サーシャ君が衰弱死する前にと予め隔離措置をとってあるからそちらは心配いらない、今頃は看守数名が拘束に向かってるはずさ」
 「独居送りか?」
 「まさか。医務室の拘束ベルト付きベッドにご案内」
 斉藤がにやりと笑う。
 悪戯めかした色が双眸にちらつき、またしても斉藤に一杯食わされたと悟る。
 斉藤は僕と話し合う前から予め手を打っていたのだ。
 東棟に僕を呼びに来る前に暴君拘束の指示をくだしていたのがその証拠だ。 
 「………よかった」
 何はともあれ、斉藤が動き出したのなら安心だ。
 暴君にしろ看守数名が取り押さえにむかったのならへたに歯向かいはしないはず。
 あまり想像したくはないが、看守には警棒以下スタンガンの携帯が許可されている。
 暴君といえど人間の範疇だ、スタンガンをあてられたら暴威を発揮する暇もなく昏倒するだろう。
 「…………?」
 ふと視線を感じ顔を上げる。
 斉藤がじっとこちらを見つめている。
 「こちらの話は終わりだ。そちらの用件を聞いてやってもいいぞ」
 腰を浮かせかけ、再び椅子に座りなおす。
 そもそもレイジとロンの件について相談したいというのは僕の側の要望で、斉藤がはるばる東棟に訪ねてきたのには別の理由があるはず。
 半ばその理由は察しが付いたが、レイジとロンの件について斉藤の協力を取り付け見通しが明るくなった僕は、無事責務を果たし終えた解放感が手伝いつい口を滑らせてしまう。
 少し位、せいぜい五分程度なら退屈な話に付き合ってやってもいい。
 斉藤ご執心の事件の真相を話すつもりは毛頭ないが、そのあたりは豊富な語彙を駆使した話術で適当にはぐらかし時間を稼げばいい。
 先刻とは違いリラックスして背凭れに寄りかかる。
 正直斉藤の話は本題を終えた後の余興に過ぎない。
 「さあ、何なりと話してみろ。くれぐれも僕を退屈させるな。僕のシナプスを促進させるようなアカデミックな話が貴様ごとき一介の精神科医にできるとは思えないがそれなりに期待していると一応世辞を述べておく。それとも……そうだ、『カラマーゾフの兄弟』における人間関係について考察してみるか?ちょうどいい具合にここは図書室で参考資料は山ほどある。僕としてもカラマーゾフの兄弟を読破した人間がまわりに皆無なため実りある議論ができず知的欲求を持て余していたところだ、精神科医として古今東西の人間心理に通じた貴様ならイワンとスメルジャコフの関係を斬新に解釈ー……」
 腕を組み饒舌に喋り始めた僕の対面、斉藤が無言で白衣の懐を探り始める。
 得々とした口上をやめ、少なからぬ好奇心に憑かれて斉藤の奇行を見守る。
 斉藤が白衣の懐から何かを取り出す。取り出したそれを机上におく。
 手元に目を凝らす。
 どうやら几帳面に折り畳んだ画用紙のようだ。
 「……なんだ?その画用紙に登場人物の相関図でも書くのか?カラマーゾフの兄弟は登場人物が多いから混乱するのもわかるが僕はすべての登場人物のフルネームを完璧に暗記している、相関図に頼り人間関係を整理するなど指折りで足し引きする愚行に等しいと私見を述べさせてもらう」
 白衣の懐にしまっていた画用紙を机上におき、僕の顔に目を凝らし思案げに押し黙る。
 画用紙を開くべきか否か逡巡する様子が眉間の翳りから窺える。
 画用紙に手をおいたまま斉藤が切り出す。
 「ひとつテストを行ないたい」
 試験官じみて厳かな声音で一方的に宣告され、虚を衝かれる。
 否、むしろ今の斉藤は……
 続く連想があまり愉快ではない記憶を呼び起こしかぶりを振る。
 何故だかひどく胸がざわつく。
 斉藤が掌の下に敷いた画用紙が気になって仕方ない。
 ちらちらと落ち着きなく画用紙に視線を飛ばしながら、胸の内に込み上げる得体の知れぬ不安を押し殺し、意地悪く口角を吊り上げる。
 「僕に絵でも描けというのか」
 「いいや。ただ見るだけでいいんだ」
 至極落ち着き払った口調に疑念を抱く。
 心臓の動悸が次第に激しくなり耳の裏側でうるさく鼓動が鳴り響く。
 机を挟み距離にしてわずか一メートルしか離れてない斉藤の存在が急激に肥大したかのような、強迫的な錯覚に囚われる。
 机上の画用紙と斉藤を執拗に見比べる。
 何故だか喉が渇く。
 こめかみを汗が伝う。
 先ほどまでのリラックスした気分が一片残らず消し飛び、恐慌に陥る寸前の束の間の空白が訪れる。
 周囲の景色が急速に色褪せる。
 斉藤の背後に整然と並んだ書架が巨大化したかと思えば次の瞬間には縮み、遠近感が狂う。 

 僕は椅子に腰掛けたまま硬直し喉の渇きに苛まれ心臓の鼓動を意識し『画用紙』じっと見る『斉藤の手』一本一本の指を『白い画用紙』凝視を注ぐうちに指紋が拡大され『中に何が隠されている?』机の木目がうねうねと勝手に脈打ち蠢き始め『どうして開かない?』これは幻覚だそうに違いない、でも何故突然に『中に何が』画用紙に描かれたものを透視しようと執拗に目を凝らすあまり眉間を疼痛が苛む『僕になにをさせるつもりだ?』……

 僕の視線を十分意識した動きで画用紙から手を退ける。
 画用紙が机上を滑り、ちょうど僕と斉藤の等距離にあたる地点で停止する。
 椅子から腰を浮かせ、慎重に手を伸ばし画用紙を開いていく。 

 固唾を呑んで手の動きを見詰める。
 僕と斉藤の中間におかれた画用紙が開かれ、隠された絵が暴かれる瞬間を身動ぎひとつせず凝視する。
 
 『おにいちゃん』 
 鼓膜に突如さしこむ伸びやかなソプラノ。
 懐かしい恵の声。
 あるいは警告。


        『見

        る

        な』

 
 僕が息を殺し見守る前で画用紙が完全に開かれ、絵が暴かれる。 
 折り目に沿い開かれた画用紙一面に抑えきれぬ破壊願望を叩き付ける様に殴り描きされていたのは……

 「ロールシャッハテストだ」

 こちらに背を向け一面の血の海に立つみつあみの少女と、
 少女の足元に倒れ伏す男女の死体だった。  

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050307033252 | 編集
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