ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四話

 腕を束ね縛り上げる。
 手首を縛った縄をベッドパイプに繋ぐ。
 道了はぐっすり眠っていて起きる気配はない。
 夢見が悪いらしく眉間に皺が寄っている。
 裸電球のささやかな光を頼りに手先に神経を集中し作業を続ける。
 手元に意識を凝らしすぎたせいで焦点がぼやけ遠近感が狂う。
 額の汗が目に流れ込み視界が霞む。
 焦燥にひりつく指先で固く結び目を作る。
 長時間緊張に晒され神経がささくれだつ。
 シャツの下で鼓動が跳ねる。
 音をたてぬよう慎重に腰を浮かし道了の上を移動する。
 至近距離で寝顔を眺める。
 冷え冷えとした無機質さを湛えた白い顔、精巧な人形じみて研ぎ澄まされた造作。
 道了は眠っている時も滅多に表情を変えない。
 時折眉間に苦痛の皺を刻む以外は低体温の無表情を保っている。
 ゆるやかに瞼を閉ざしているため人を畏怖させる輝きを放つ金と銀の瞳は隠されている。
 月天心にいた頃から見慣れた平淡な無表情。
 殺戮人形の名を冠された月天心の首魁が身動ぎひとつせず横たわっている。
 胸の奥がざわつく。
 体の奥底で凶暴な衝動が膨れ上がる。
 道了の静かな寝顔を見詰めるうち理性の枷が弾け飛び道了に対するどす黒い感情が膨れ上がり全身の毛穴から吐き出されるのを感じる。
 道了を殺したい。
 無防備にベッドに横たわる道了に近付き無抵抗の内に首を絞めて自分が死んだという事も気付かぬうちに殺しちまいたい、いやだ駄目だそれじゃ駄目だ道了には苦しんで死んでもらわなきゃ死んだほうがマシだという苦しみをさんざん味あわせてからじゃなきゃ駄目だ。俺の大事なもの大事な女お袋と初恋の女娑婆への未練すべて跡形もなく奪い去った道了にとどめをさしたい、梅花とお袋が味わった痛み苦しみ哀しみ恐怖を思い知らせて生まれてきたことを後悔させてやる。
 爪先から鑢がけするように嬲り殺してやる。
 梅花とお袋を殺した男にこの手で復讐してやる。

 息をするごとに針でも飲み込むようだ。
 俺はこれまでこんなに人を憎んだ事がない。
 タジマに自慰を命じられた時や煙草の火を押し付けられた時も殺意は湧いた、タジマの事を殺したいと本気で思った、それは誓って真実だ。
 けれど道了に対する感情は違う、タジマに対する怒り憎しみを凌駕して余りあるほど黒く激しい感情が無尽蔵に湧いてきて呼吸するのも苦しい。
 タジマの時は嫌悪や恐怖が勝っていた、タジマが視界から消えてくれるならこれほど嬉しいことはないと毎日祈って祈り続けていた。
 道了に対する感情は純粋な憎悪、殺しても殺しても殺したりないという絶望と境を接する渇望が俺を狂わんばかりに駆り立てる。
 俺は俺が徐徐に俺じゃなくなっていくのを感じる、以前の俺が消えて違う俺が底で冷えて固まっていくのを感じる。
 俺はもう以前の俺に戻れない、後戻りできない。
 気付けば道了をどうやって殺そうかそればかりを考えていた、それ以外のことが考えられなくなっていた。

 道了を殺す。
 殺す。
 殺す。
 できるだけ苦しめてお袋と梅花を殺したことを後悔させて涙を絞って命乞いさせて殺してやる。
 その為なら手段を選ばない、どんな卑怯な手だって使ってやる。

 道了に対する憎しみのみが今の俺を生かす原動力だ。
 裸電球の光を背に受けた俺の下で影が不吉に蠢く。
 シーツに投影された影が奇怪に蠢くのを目の端で窺いながら道了に馬乗りになり手を翳す。
 平手で思いっきり道了を殴る。
 甲高く乾いた音が爆ぜ衝撃が炸裂、じんと手が痺れる。
 道了の瞼がぴくりと震える。
 俺はじんじん痺れる手を宙に翳したまま道了の瞼が持ち上がるのを微動せず見守る。
 道了は俺が固唾を呑む前でひどく緩慢に瞼を上げうっすら目を開ける。
 『早』
 台湾語で第一声を放つ。
 道了は胡乱げな細目でじっとこちらを見る。
 朦朧とした視線が俺の顔に定まり疑問の色が浮かぶ。
 「ロン……?」
 ぶたれた頬の痛みにも増して俺が上に乗っかってることが意外だったらしい。
 自分の身に何が起きたのかはっきりとは判らぬまま、反射的に俺の名を呼んだ道了にむかい不敵に微笑む。
 「ようやっとお目覚めか。待ちかねたぜ」
 空気を介して困惑が伝わってくる。
 数時間まで幼児退行していた俺が年相応の分別を備えた口調に戻っているのを訝る道了の胸ぐらを掴み強制的にこちらを向かせる。
 額がぶつかる勢いで顔つきつけ凄味の利いた声を吐く。
 「芝居だよ」
 俺は一世一代の大博打を打った。
 子供返りしたふりで道了に取り入り隙をつくという体当たりの賭けに出たのだ。
 目の前でお袋の形見の牌を握り潰されたショックで幼児退行を起こしたと見せかけて俺はその実ずっと機を窺っていた、道了が隙を見せるその時を虎視眈々と待ち構えていたのだ。
 同じ房で生活を共にするあいだ何度も我慢の限界に達し神経が焼ききれそうになった、焦燥で神経がささくれだってはやまった行動をとりそうになった。
 眠りにおちた道了を眺める時はいつ目覚めるかと身構え眉一筋の動きにすら敏感の反応し機を見送り、道了がベッドに腰掛け俺に無防備な背中を向けた時は首を締めたい誘惑に駆られ実際に指を伸ばしかけた。
 幾度も道了を殺そうと試みたが土壇場で実行できなかった、土壇場で腰が引けた。
 指を触れた瞬間道了がこっちを向くんじゃないか俺を攻撃するんじゃないかと恐怖心に因する危惧を捨て切れなかった。
 俺は自分を殺し心を殺し慎重にその時を待った、道了と共に暮らしながら子供返りの芝居で道了の世話を受けながら道了が完全に無防備な状態を曝け出すのを辛抱強く待ち続けた。
 そしてとうとうこの時が来た。
 「気付かなかったのか?馬鹿だなお前、あんなくっせえ芝居にころっと騙されちまいやがって」
 今の俺はさぞかし憎憎しい面をしてることだろう。
 醜く皺の寄った目元から吊りあがった唇から憎悪が迸るような笑み。
 道了が胡乱げに俺を見上げる。
 ベッドに無防備に仰臥した体勢で腕はパイプに繋がれ抵抗を封じられ冷え冷え冴え渡る金と銀の瞳に俺を映し込む。
 金と銀の瞳が鮮明に写し取る俺は、醜い顔をしていた。
 物言いたげな視線を受け、俺はいっそう笑みを広げる。
 虚を衝かれた間抜け顔が愉快で愉快でたまらなくて腹の底から笑いが湧いてくる。
 とうとう堪えきれず俺は道了の腹の上で勢い良く仰け反り笑い出す、 体の中で荒れ狂う激情が俺の声帯を震わし不安定な抑揚の笑いを発する、俺はとどまるところを知らず湧いてくる衝動に翻弄され前後に激しく体を揺すり喉が破裂したような甲高い声でいつはてるともなく笑い続ける。
 ああ可笑しい、可笑しくて可笑しくてたまらねえ。
 いつもスカして威張りくさってる道了が俺の三文芝居にころっと騙されちまったなんて俺の芝居を見抜けなかったなんて口ほどにもねえ、そうさ俺は体を張って一世一代の大博打を打ったのだ、道了は俺の嘘を見抜けずまんまと騙されちまった、俺が本当に気が狂ったと勘違いして甲斐甲斐しく世話を焼いた結果がこれだ、このザマだ!

 これが笑わずにいられるか。
 道了は道化だ。
 俺に騙されてたとも知らず踊り続けた滑稽な道化だ。

 「言ったろ?芝居だったんだよ全部。お前に目の前で牌壊されたショックで子供返りしたのも全部嘘、全部お前を油断させるための芝居だったんだよ。なんだよそのツラは、さすがの假面も驚いてるみてーだな、月天心時代から見下してた俺に揚げ足とられたのがショックかよなあ道了ぁ!?ざまーみろツケが回ってきたんだ俺のこといつも半々て馬鹿にしてたツケが、お前と一緒にいる間始終どきどきひやひやしっぱなしだったぜこっちは、いつ嘘がバレるか気が気じゃなくてろくすっぽ眠れなかった!お前のペニスしゃぶりながら頭ン中じゃお前を殺す方法考えてたよ、お前のペニスを口一杯頬張って喉に詰まらせてえづきながらどうやってお前を殺すかただそれだけを考えてたよ!!」

 道了は馬鹿だ。
 俺の陳腐な芝居を見抜けず本当に幼児退行したと思いこみ今度こそ俺を手に入れたと浮かれていた。俺はずっと芝居をしていたにすぎない、嘘をつきつづけていたにすぎないのに。数日前目の前でお袋の牌を破壊された時俺の心も砕け散った、けれども俺は床に這い蹲り必死にそれをかき集め継ぎ接ぎし元に戻した。
 道了はお袋を殺し俺とお袋を繋ぐ牌を跡形もなく打ち砕いた。 

 許せない。
 許すもんか。

 東京プリズンに来てからずっと地獄を見てきた。
 凱にタジマにサーシャにその他の連中に目の敵にされ暴力の餌食にされ辛酸を舐め続けた、凱には砂漠でケツひん剥かれ大勢に輪姦されそうになりタジマにはむりやり自慰を命じられ煙草の火で焼かれサーシャにはナイフで嬲られた。
 俺の体はどこもかしこも新旧の傷痕だらけでそのひとつひとつがいつどこで出来たかちゃんと覚えている、忘れようたって忘れられない痛みと屈辱の記憶が今もしっかりと骨身に刻まれている。
 毎日死ぬ気で東京プリズンを生き抜いてきた、東京プリズンに来てからこっち一瞬たりとも気は抜けない日々を送ってきた。
 そんな俺が、一年と半年ものあいだ歯を食い縛って地獄で生き抜いてきた俺が、目の前で牌を破壊されたぐらいで現実を捨てられるわけがない。
 俺は一年と半年も最低で最悪な現実と付き合ってきた、信じれば裏切られ縋れば振り払われる現実と何とか折り合いを付けしぶとく図太く生き残ってきたのだ。

 俺の心は瘡蓋でできている。
 今さら塩を刷り込もうにも固い殻で覆われてるから無駄だ。
 殻を割って孵化できなかった感情は、さらに煮詰まり濃縮される。

 「………いっそ壊れちまいたかったよ。その方がずっとラクだもんな」
 苦味の勝った自嘲の笑みが口元にたゆたう。
 叶うことなら逃げ出したかった。
 あまりに救いのない現実から、あまりに悲惨な事実から背を向けて逃げ出したかった。
 道了の手によってお袋が殺されたなんて認めたくなかった。
 けれども道了は証拠の牌を持っていた、俺とお袋が昔遊んだ牌を証拠品として東京プリズンに持ち込んだのだ。
 認めないわけにはいかない。
 お袋は道了の手によって殺された。
 俺に理由なき執着を抱く道了によって、単に俺の関心を買いたいからとそれだけの理由でゴミみたいにあっさり殺されちまった。

 お袋。
 お袋。
 ゴミみたいな、俺のお袋。
 ゴミみたいな、お袋の人生。

 「………お袋と梅花の仇をとるためなら手段は選ばねえ」
 犯罪者のガキを持っただけで世間から白眼視されてガキの元チーム仲間にわけわかんない理由で嬲り殺されて、お袋は一体何を思いながら死んでいったんだろう。
 最後の最期の瞬間まで死に物狂いの抵抗を続け俺への呪詛を吐いていたのか、涙を流して命乞いをしたのか。
 お袋がそんなふうにみじめに死ぬ理由なんてなかった、これっぽっちも。娑婆に出てお袋に会いたかった、お袋に会いに行きたかった。十一歳の時にアパートを飛び出てきてからずっと会ってなかったお袋のツラを拝んでずっと言えなかったことを一挙にぶちまけるつもりだった、腹に溜め込んだ十三年間の想いを全部吐き出してお袋に対する執着を綺麗さっぱり吹っ切りたかったのだ。

 けれどもお袋はもういない。
 殺されてしまった。
 こいつに、
 こいつに。

 「………芝居だったのか?」
 道了が淡々と聞く。
 その声はひどく落ち着いていた。
 打算も演技もなくこちらを直線で捉える金と銀の目は透徹した光を湛えている。
 冷徹に澄み渡った金と銀の目に本心までも見透かされるような錯覚を覚える。
 「仲間も騙したのか」
 静かな声が胸を衝く。
 一瞬言葉を失う。
 脳裏に仲間の顔が浮かぶ。
 道了と共に廊下を去る俺を必死に追ってきた鍵屋崎とサムライ、そしてー……
 闇に沈む廊下の真ん中に立ち尽くし、呆然と俺を見送るレイジ。
 「上手かったろ、俺の芝居。自称天才だってすぐには見抜けなかったんだもんな」
 わざと軽薄な口ぶりで茶化し表情の翳りを払拭する。
 「鍵屋崎は妙に勘が鋭いからいつ見抜かれるかひやひやしたぜ。背中を向けてからも油断できなかった。鍵屋崎が俺の一挙手一投足を隙なく観察してるのがわかったから俺も神経を張り詰めて狂ったふりをしたよ。どうだ、迫真の演技だったろ?正直俺も自分の頭がまともかどうか判断できなかった。あの時俺はただ夢中でまわりが見えてなくてお前を殺したい殺すためなら何でもするその一心で、咄嗟に閃いた計画がお前にばれちゃまずい、お前にバレたら全部無駄になるってそればっかりー……」
 お袋の仇をとりたい一心だった。
 俺は自分を殺し心を殺し、十年の時を遡ってお袋のあとを付いて回るガキに戻った。

 賭けだった。
 命がけの賭けだった。

 たどたどしく幼児的な喋り方や仕草まで真似できるか不安だったが、あの場は何とかごまかせたようだ。
 苦し紛れの狂乱の体が目くらましに役立った。
 それでなくても道了のパフォーマンスで冷静な判断力を欠いていた鍵屋崎はじめまわりの連中は、俺が本当に現実逃避の幼児退行を起こしたと思い込み動転のあまり近寄って確かめることすらしなかった。

 頭のイカレた人間をたくさん見てきた経験が、行き当たりばったりの演技に信憑性と迫真力を与えた。
 東京プリズンの過酷な環境に耐え切れず発狂したやつと腐るほど接してきた経験が糧になった。

 俺は鍵屋崎の先輩だ。
 鍵屋崎が来る数ヶ月前から東京プリズンのドブ臭い水に馴染んでいた。
 狂った人間を観察しその言動がどれだけ異常かを学び取った経験値なら鍵屋崎より上なのだ。
 鍵屋崎を出し抜く自信はあった。
 俺と鍵屋崎じゃ年季が違う。
 鍵屋崎も頑張っちゃいるがまだまだ甘い。
 人を見る目にかけちゃ苦労と経験の分ちょっとばかし俺のが上だ。
 いかに鍵屋崎の勘が鋭くても、狂った人間と身近に接してきた経験じゃ俺の方が遥かに勝ってる。
 
 「ハッタリは得意だ。親父譲りのばくち打ちだからな」
 道了に寄り添い遠ざかる俺を呆然と見送る鍵屋崎を思い出す。
 鍵屋崎の視線を横顔に感じた俺は、視線を宙にさまよわせ虚ろに弛緩した表情を装い目くらましの芝居を打った。
 鍵屋崎の勘と俺の経験とどっちが勝つか一世一代の賭けにでたのだ。
 結果は俺の勝ちだ。
 鍵屋崎はとうとう俺の嘘を見抜けずじまいだった。
 「……寝言も芝居のうちか?あの指しゃぶりも?」
 道了の目に氷塊が沈む。
 「お前さえ騙せるならなんだってした。喜んでしゃぶってやるさ、親指もペニスもな」
 道了の目の前で躊躇なく親指を咥える。
 ちゅうちゅうと音たて親指を吸ってみせれば初めて道了の顔に感嘆らしきものが浮かぶ。
 吸いすぎて赤いたこができた親指を見下ろし皮肉に笑う。
 俺が本当に幼児返りとしてると道了に思い込ませるためにも小細工は怠らなかった。
 道了と生活を共にし始めてから俺は殆ど眠っているふりをした。
 眠ってさえいれば余計な口を利かずにすむ、よって芝居がバレる心配は最小限ですむ。
 眠ったふりをしてるあいだも警戒は怠らなかった。
 道了の隣で身を丸め指をしゃぶりながら『媽媽』と呼んだ時ももちろん意識はあった。

 すべて道了を騙すための作戦だった。

 「お前のペニスをしゃぶりながら何度も物騒な考えが過ぎったよ、このまま噛みちぎっちまいたいってな」
 人さし指でとんとこめかみをつつく。
 道了に頭を押さえ込まれ奉仕を強制されてるあいだ何度も猛烈な吐き気に襲われた、口の中で異物が膨張するのが息苦しく生理的な涙が滲んだ。 
 フェラは初めてじゃない、これまでにもレイジにやったことがある。けれども苦しさは薄まらず増すばかり、呼吸の仕方も忘れて行為を終えたあとはひどく咳き込んじまった。
 しゃぶる相手が違うだけで何もかもが違った。
 レイジにフェラする時は俺はもう殆ど抵抗を感じなくなっていた、羞恥を感じて嫌がるふりこそすれすれレイジが悦ぶと知ってるから「しかたねーなあ」と最後には必ず降参した。

 何度舌を切り落としたいと思ったか、
 ペニスを噛みちぎりたいと思ったか。

 それでも俺は吐き出さなかった、道了のペニスを口に含んで必死に舌を絡め不器用に手でしごきながら沸騰する殺意に駆り立てられても実行に至らなかった。
 俺は自分を殺し心を殺し無我夢中一心不乱に奉仕した、道了が俺に覚えこませようとするすべてを貪欲に吸収し道了の言う事を何でも聞く生き人形として道了に命じられるがまま体を開いた。

 俺は最低だ。
 俺は淫売だ。
 俺は汚い。

 わかってるわかってるよ俺が汚いってことぐらい、お袋と梅花を殺した男に抱かれてよがり狂った俺はもう身も心もぐちゃぐちゃに汚れきってる。

 今の俺を見たらレイジは何と言う?
 きっと幻滅する、変わり果てた俺に絶望する。

 俺はレイジを裏切った。
 世界で一番俺が好きだと言ってくれるレイジよりもお袋と梅花の仇をとることを優先し道了のところへ行った。
 俺は道了に抱かれた。
 何度も、何度も、何度も……レイジにしか抱かせたことがねえ体だったのに、売春班では鍵屋崎が守ってくれたのに。
 俺は俺自身の判断で道了のもとに身を寄せた、道了に体を売った。
 だって仕方ないだろ、それしか思い浮かばなかったんだ。
 道了を油断させる方法、道了に近付く方法、道了を殺す方法……道了は子供返りした俺を独占欲を満たしたいがため手元におく、俺はずっと道了のそばにいる、道了が隙を晒したらそれに乗じとどめをさす。

 俺は道了を殺す。
 こいつだけは許せない。
 生かしておけない。

 道了は裸電球の光が眩しげにわずかに目を細め俺を透かし見ていたが、一呼吸おいて淡々と言葉を紡ぐ。
 「母親を殺した男に抱かれた気分はどうだ?半々」
 頭の奥で理性が爆ぜる。

 「あぁああああああっあああああああああああっあああああああああああああああああああっああああ!!!」
 怒りに震える奇声を発し我を忘れ道了に殴りかかる。

 道了の顔面めがけ拳を振る。
 一発、二発、三発……顔面に拳がめりこみ鈍い音が炸裂し衝撃が伝わる。右に左にめまぐるしく道了の顔が傾ぐ。
 止まらない。
 狂ったように道了の顔面に拳を叩き込む、道了が無抵抗なのをいいことに両拳を力任せに顔面に叩き込めば肉と骨がぶつかる鈍い音が耳朶を打つ。
 殴っても殴っても足りない、まだまだ足りない。
 暴力衝動に駆り立てられるがまま道了の顔にがむしゃらに拳を打ち込む、一発二発と数えていたのが徐徐にわからなくなり殴る行為そのものに取り憑かれたような酩酊状態で拳が擦りむけて出血しても痛みすら麻痺して感じず殴り続ける。
 全力を解放し一発殴るごとに脳裏で閃光が爆ぜ記憶の断片が過ぎる。 俺が心の奥底に封印していた記憶が懐かしい日々がお袋と梅花の面影が喧しく入り乱れる。お袋、俺に全然優しくしてくれなかった。梅花、俺に優しくしてくれた。お袋はとんでもない淫売だった、趣味と実益を兼ねて男に体を売っていた、俺はお袋の喘ぎ声を子守唄代わりに大きくなった。

 『ロン』

 お袋の声がする。
 遠く近くどこからか響く。
 懐かしい声……男を誘う媚を含んだ艶っぽい声、かつてうんざりするほど聞かされた声。

 この声が二度と聞けないなんて、嘘だ。
 二度と俺を呼んでくれないなんて嘘だ。

 かっこいい男になれとまだガキの俺に諭したお袋、俺の頭をぎこちない手つきで優しくなでたお袋、お袋、お袋……

 「お袋を返せっ!!!!!!」

 どうしてこんなやつに殺されちまったんだ、お袋。
 あんたを殺すのは俺だったのに、俺のはずだったのに。

 胸が苦しい、苦しくて苦しくて息が詰まる。
 俺はただがむしゃらに拳を振る、擦り剥けた手から血が飛び散り顔にかかっても無視し暴力の陶酔とも無縁に憤激に駆り立てられ真っ赤に灼けた視界に右に左に首を打ち振る道了を捉える。

 「お袋を返せよお袋が何したってんだなんも悪いことなんかしてねーよ、お袋は一生懸命俺を育ててくれたんだ、中国人の遊び人にひっかかってガキ堕ろせる時期が過ぎて仕方なく産んで十一になるまで精一杯育ててくれたんだ、そりゃ憂さ晴らしに殴る蹴るしたことだってあった、けど俺のことひっぱたいたその手でなでてくれたのもお袋だ、『いただきます』と『ごちそうさま』と箸の使い方教えてくれたのはお袋だ、今ならわかるよあれがお袋にできる精一杯だったんだって、お袋から貰ったものが今でも俺の中にちゃんと残ってるって!!」

 お袋のそばを離れなきゃよかった。
 出ていかなけりゃよかった。
 売り言葉に買い言葉の喧嘩別れが最後になるならもっと早くツラ出してりゃよかった、仲直りしてりゃよかった。
 俺がお袋を守るって誓ったのに、
 親父の分まで守るって誓ったのに。

 どうしてこんなことになっちまったんだ?
 
 「なんで殺したんだよ………」
 俺の、せいなのか。
 俺がいたから、お袋は殺されたのか。
 手が、痛い。
 喉が痛い。
 人を殴ることがこんなに痛いなんて思わなかった。
 けれどまだだ、まだ足りない。お袋と梅花が味わった痛みと絶望はこんなもんじゃない。胸が、苦しい。苦しくて苦しくて死んじまいそうだ。引っ込めた拳からぼたぼた血が滴り服を斑に染める。血のぬるさと粘つきが不快だ。
 「お袋を梅花を返せ。二人が死ぬ理由なんてどこにもなかった」
 血まみれの拳を拭きもせず体の脇に垂らし、搾り出すように呟く。
 身の内で激情が荒れ狂う。
 お袋の高飛車な顔と梅花の優しい微笑みが交互に浮かぶ。
 二人がもうこの世にいないなんて信じられない、信じたくない。
 否定できるものならそうしたい。
 けど無理だ。
 俺はあの牌を見ちまった。
 目の前で牌が砕け散るところを見ちまったんだ。
 牌が砕け散ると同時に一縷の希望も砕け散り、俺が後生大事に胸に温めていたお袋と梅花の面影もまた無残に叩き割られた。
 「俺が憎いなら俺を殺せよ。なんで俺の大事なものを奪うんだよ。お袋も梅花も一生懸命生きてきたんだ、今まで苦労した分幸せになれるはずだったんだよ」
 道了の胸ぐらを掴み顔を上げさせる。
 手に力が篭もる。
 泣き笑いに似たふうに顔が歪むのが筋肉の動きでわかる。
 「梅花の夢はな、娼婦から足を洗っていい母親になることだったんだ」

 『私ね、お母さんになりたいの。子供に媽媽って呼ばれたい』

 いつだったか、梅花が話してくれた。
 胸の奥に秘めていたささやかな夢、あまりに平凡で慎ましく娼婦が語るには分不相応だと引き目を感じ恥ずかしげに打ち明けてくれた。
 廃工場の壁に寄りかかるようにしゃがみこんだ梅花はまわりに人がいないのを確かめてからこっそり耳打ちした、俺なら決して鼻で笑ったりしないと信頼し打ち明けてからその通りの結果を得てはにかむような笑みを浮かべたのだ。

 梅花の笑みに目を奪われた。
 俺の知る限りあんなに優しく笑える女は梅花だけだ。
 逆境に打ち克つ強さもなく、運命に殉じる潔さもなく、それでも何とか腐りきった現状と折り合いをつけやっていこうとする前向きな笑顔。

 俺が好きになった女は、そういう笑い方ができる女だった。
 だれからも馬鹿にされても、だれも馬鹿にしない女だった。 

 「どうして幸せにしてやらなかったんだ、あんないい女を」
 原形を留めぬ道了の顔を睨む。
 「お前にはもったいない女だったよ」
 何発何十発と殴られた道了の顔は血に塗れて酷い有り様だ。
 唇は切れて血が滲み瞼が倍ほども腫れて右目を圧迫し頬は青黒く鬱血している。
 「………俺を、殺すのか」 
 「命乞いしてみろよ」 
 この数日間片時も離れず道了のそばにいた、道了が求めば応じ道了に抱かれてよがり狂う演技もした。

 レイジ、ごめん。
 本当に、ごめん。
 最低な奴だと罵ってくれ、淫売だと唾棄してくれ。
 俺はお前をひどく傷付けた、俺のことが好きだと言ってくれたお前を酷く傷付けちまった。
 でも、こうするしかなかった。
 こうするしかなかったんだ。
 俺はお前が好きで、けどお袋と梅花も大事で、お袋と梅花が殺されたって聞いて頭が真っ白になって……

 「命乞いしろよ道了。お袋や梅花がしたみたいにお願いだから殺さないで命だけは助けてくれって俺に縋り付いて泣いて頼んでみろよ。顔色ひとつ女を嬲り殺すお前でも自分がされる側になりゃ痛みがわかるだろ、梅花やお袋の哀願に耳傾けず拳を振るったお前も自分が殴られる立場になりゃちゃんと痛いだろ、痛いはずだよな。なあ言えよ、助けて下さいって言ってみろ。月天心にいた頃から薄汚い半々だってさんざん見下してくれたよな?じゃあ今のお前は何だ、薄汚い半々と見下してたガキにふん縛られて手も足も出ず殺されかけてるお前は何だよ、ただの木偶じゃねーか」

 道了が血まみれの顔で俺を見返す。
 道了の胸ぐらを力任せに揺さぶり怒声を浴びせる。
 無様に命乞いするさまが見たい、みっともなく泣き喚くさまが見たい。
 道了が命惜しさに醜態を曝け出してくれるならまだ救われる、自分可愛さに泣いて喚いてどうか命だけは助けてくれと縋り付いてくるなら梅花とお袋が味わった苦しみの億分の一でも贖えたような錯覚に酔えたのに、道了は自分の命が危機に瀕した今この時もひどく落ち着き払っている。

 己の命に価値を見出せない人形の如く、
 己の生に意義を見出せない人形の如く。

 「人形め」

 こいつを可哀想だなんて思った俺が馬鹿だった。
 どうかしてた。
 思えばこいつと会ったばっかりにこいつの手をとったばかりにお袋は殺された梅花も死んだ。全部全部俺がこいつを哀れんだから、哀れむ価値のない人形に情を移したからだ。
 返せよお袋を、返せよ梅花を。
 ぎりぎりと胸ぐら引き絞る。
 襟首を締め上げられる苦しみにも道了は表情を変えず真意の読めない沈黙を守る。

 「潰れた空き缶程度にしか思ってなかった俺にこれから殺される気分はどうだよ?」

 これから道了を殺す。
 チャンスは今しかない。
 今この瞬間にできないなら、きっと永遠にできない。

 今日この日の為に周到な準備を重ねた。
 道了の目をかいくぐり縄を調達し道了が熟睡している時を見計らい計画を実行に移した。まともにやったら道了に勝てない、力の差は歴然だ。俺は就寝中意識のない道了の腕を縛り抵抗を封じ込める事にした、道了が何されても逆らえないようにぎりぎり腕を縛りベッドパイプに結わえ付けた。俺は卑怯者だ。まともにやったら勝てないことがわかりきってるから事前に手を打った、道了を縛り上げ身動きを封じる道を選んだ。

 「嗤ってるんだろ、俺を。血まみれの假面の下で嗤ってやがるんだろ」

 俺の怯惰を、
 俺の卑劣さを。

 「まともにやったら勝てっこないってわかりきっていたからこんな回りくどい道を選んだって思ってるんだろ。そうだよ、その通りだよ。俺は弱い。お前と比べたらてんで弱い、まともにやったらかないこっねえ。月天心にいた頃からお前の強さをまざまざ見せ付けられてきた。わかってるんだよ、正攻法じゃ勝てないって。お袋と梅花の仇をとるどころか返り討ちに遭って後を追うって目に見えてるんだよ」

 胸ぐら掴む手が震える。
 声が激情に掠れる。
 憤激のあまり視界が真っ赤に灼ける。
 脳髄に焼け火箸を突っ込まれたようだ。
 道了に対する憎しみが体の内側で暴走し血を沸かす。

 「お前だけは許さない。どんな汚え手使っても殺してやるって決めたんだ」

 こいつを殺すためなら魂だって売り渡す。
 心だって殺す。

 「俺がやらなきゃ誰がやるんだ。誰がお袋と梅花の仇をとってやるんだよ」

 ゴミみたいに殺され忘れ去られた二人の女の無念を、俺の他に誰が肩代わりしてやるってんだ?

 「刑務所の中まで娑婆の未練を持ち込んだ俺が殺るっきゃねーだろが」

 娑婆の人間がだれも覚えてなくても、お袋と梅花がいたことすら忘れ去ってしまっても、俺は永遠に忘れない。
 二人は俺の支えだった。
 娑婆に出たいと思わせてくれる希望だった。
 娑婆に出たらお袋と梅花に会える。
 ひょっとしたら笑顔で迎えてくれるかもしれない、今度こそ俺が欲しかった言葉をくれるかもしれない。
 『おかえりなさい』
 お袋の口から聞きたかった。
 『心配したのよ』
 梅花の口から聞きたかった。
 叶わぬ夢だった。
 「お袋は俺がいちばん最初に好きになった女で、梅花は俺がいちばん最後に好きになった女だ」
 涙腺が焼ききれそうに熱くなる。

 「幸せになってほしかった」

 好きだった。大好きだった。
 お袋。梅花。
 俺なんかと関わりあったばかりに不幸になっちまった。
 俺を産んだせいで、俺に優しくしたせいで、最悪の貧乏くじを引き当てちまった。

 「ごめん……」

 ごめん、お袋。
 俺、全然いい息子じゃなかった。もっとあんたに優しくしてやりゃよかった。
 ごめん、梅花。
 お前を見殺しにした。  
 そして……

 「レイジ………」

 苦しくて苦しくて、消え入りそうに名を呼ぶ。
 俺は相棒失格だ。お前の相棒を名乗る資格すらない。俺は最低だ。お前を哀しませるとわかっていながら道了のもとへ走った、お前に背中を向け道了を選んだ。ごめん。何百何千何万謝っても足りない。
 道了に抱かれた。
 お前以外の男に抱かれた。
 体にまだ昨日の感触が残っている、その気になればまざまざと行為の余韻を反芻することができる。
 この体に道了が触れた、レイジ以外の男が触れた。
 道了は俺を組み敷き俺の膝を押し開き強引に押し入ってきた、体を裂かれる激痛に絶叫する俺に構わず道了はむりやり押し入ってきた、熱い肉塊が俺の中で密度を増し粘膜を圧迫し前立腺を律動的に弾いてぞくぞくする快感が止まらなかった。レイジ以外の男に抱かれてるのに何だってこんなに感じるのか最初は熱くて痛くてわけわからなくて泣き叫んででもだんだんよくなって自分じゃどうしようもなくて自分が手に負えなくて、俺は俺の中に流れるお袋譲りの淫売の血を自覚した。

 「俺、相棒失格だ。お前のこと守ってやるって決めたのに、またお前をひとりぼっちにしちまった」

 息をするごとに胸が焼ける。
 道了の胸ぐらに顔を埋める。体臭が鼻腔を突く。
 この数日間慣れ親しんだ匂い……道了の匂いだ。
 レイジに会いたい。
 けど、あわせる顔がねえ。
 今更どんなツラ下げて会いに行けばいいかわからねえ。
 今頃きっと、レイジは暗闇で泣いてる。

 「畜生、会いたいよ、会いてえよ……今すぐレイジんとことんできたいよとんでてって安心させてやりたいよ『ただいま』って言いてえよ、でも駄目なんだよお前を殺すまでは、お前を殺してお袋と梅花が味わった苦しみのツケ払わせるまであいつんとこに戻らねえって決めたんだよ、だってそうだろ、今ここで俺があっさり帰っちまったら誰がお袋と梅花のこと覚えててやるんだよ、報われず愛されずみじめにおっ死んじまった可哀想な女ふたりのことを覚えててやるんだよっ!!」 

 たまらなくレイジに会いたい。
 あの目が、
 笑顔が、
 干し藁の匂いが恋しい。
 硝子みたいに綺麗に透き通った目で微笑みかけて欲しい音痴は鼻歌を唄ってほしい間延びした声でロンと呼んで欲しい、レイジに会いたい会いてえよ畜生会いたくて会いたくて息が詰まって信じまいそうだよ今すぐ飛んで帰って暗闇に蹲って泣いてるあいつを力一杯抱きしめてやりたいよ。

 でも。

 固く瞼を閉じる。
 閉じた瞼の裏から涙が溢れる。
 目に喉に鼻に込み上げてくる塩辛い水に溺れそうだ、体の内側で涙の水位が上がって溺れ死んでしまいそうだ。
 脳裏に鮮烈な笑顔が咲く。
 太陽の光に透けて黄金に輝く髪、悪戯っぽい光を湛えた薄茶の目、敏捷な獣めいて旺盛な生命力を感じさせる褐色の肌。
 俺の大好きなレイジのすべてが瞼の裏にあざやかに蘇る。

 「俺は、」

 レイジが好きだ。
 大好きだ。
 今だって大好きだよ。
 道了と一緒にいても片時も忘れたことない道了に抱かれた時も思い出すのはお前のこと目を閉じ仰け反り反芻するのはお前の感触。
 お日様の匂いがするお前の髪がぱさりと額に覆い被さり左目の傷痕を優しく隠す。
 お前は右目だけ器用に細め微笑む。
 お前の手が俺に触れる。優しく、時に激しく荒々しく加減を知らず、孤独に溺れた手がとっかかりを求めるように爪を立てる。
 道了に愛撫されてる時も目を閉じて思い浮かべたのはお前だ俺が俺であることを忘れないために瞼の裏に強く思い描いたのはお前だ、なあレイジ信じてくれよお前が好きなんだよ捨てたんじゃないんだ本当だ信じてくれ
 
 「レイジが好きだ」

 レイジが好きだ。
 その気持ちに嘘偽りはない。
 俺は俺のすべてを賭けてレイジが好きだと断言する。
 レイジを愛してる。
 心の底から。

 「お袋が好きだ」

 お袋が好きだ。
 長い時間かかって漸く本当の気持ちと向き合うことができた。
 直視するのが嫌でずっと目を背け続けてきた本心を受け入れることができた。
 お袋。
 どんなに最低な女でも、あんたは俺のお袋だ。
 俺を産んでくれた女だ。
 俺とレイジを出会わせてくれた女だ。

 あんたには本当に感謝してる。
 謝謝。

 「梅花が好きだ」

 梅花が好きだ。
 俺の初恋の女、月天心で……いや、娑婆で唯一優しくしてくれた女。心の拠り所。
 お前が好きだった。大好きだった。
 お前が選んだのが俺じゃなくてもその気持ちは変わらない。
 お前の笑顔を覚えてる。
 俺にだけこっそり将来の夢を打ち明けてくれた時のはにかむような笑みをつい昨日の事のように鮮やかに思い出す。
 梅の蕾が綻ぶように楚々とした笑み。

 「どっちかひとつなんて選べるわけねーだろ、どっちも大切に決まってんだろ。俺が好きな奴みんな幸せになってもらいたいって思うのが贅沢なのかよ許されないわがままなのかよそんなに悪いことなのかよ、なあ教えろよ道了教えてくれよ、俺はただお袋と梅花に人並の幸せを手に入れてほしかったんだ、好きな男と一緒になってガキ産んで貧乏で喧嘩が絶えなくてもそこそこ幸せに暮らしてほしいってずっと願ってたよ、でも二人は知らないあいだに死んじまった、俺がレイジと出会って喧嘩して二人の事なんか滅多に思い出さなくなってる時にぽっくり死んじまった、人殺してムショにぶちこまれた俺が幸せだったとき盗みも殺しもしねえ二人が不幸のどん底だったなんておかしいだろ絶対!!!」
 
 喉から絶叫が迸る。
 ぬれそぼる瞼の裏で梅花とお袋の面影が溶けて消える。 
 
 俺自身が暗闇に堕ちることになっても、お袋と梅花の人生を奪ったツケを払わせたった。
 レイジを暗闇に突き返すことになっても、道了を暗闇に突き落としたかった。

 底のない闇に、
 お袋と梅花が呑まれた深淵へ。

 「………俺が憎いか?ロン」
 視界が霞む。
 熱いものが頬を滴る。
 道了が俺を見詰めている。
 何発何十発と殴られた顔は二目とつかぬほど腫れ上がり声は妙にくぐもって聞き取りにくい。頬から滴り落ちた涙が道了のちょうど右瞼にあたり血を薄め洗い流していく。
 「殺してやるよ、道了。お袋と梅花にしたように」
 涙で斑になった顔でこちらを仰ぐ道了に低く言い捨てる。
 腕を交差させ上着を掴む。
 塩水の染みた右目を細め、見苦しく腫れ上がった顔に怪訝な色をたゆたわせる道了の前で性急に上着を脱ぎ去る。
 一抹の躊躇なく微塵も抵抗なく、無造作に腕振りかぶり脱いだ上着を床に放り捨てる。
 道了に跨ったまま外気に晒した上半身を感慨なく見下ろす。
 イエローワークの強制労働で日焼けしているが体つきは細っこいまま鍵屋崎より幾分マシな程度、貧相な胸板と柔らかい腹筋は劣等感の源だ。
 頼りなく薄い体を外気に晒し、道了の腹の上を這いずるように移動する。
 裸の胸で鼓動が跳ねる。
 全身の血が逆流する。
 両腕を縛られた道了は手も足も出せず丸太のように寝転がって俺を見上げている。
 無力で無防備なその姿に腹の底から沸々とどす黒い衝動が湧いてくる。
 
 道了をめちゃくちゃにしたい。
 めちゃくちゃに壊したい。
 お袋と梅花にしたように最大の恐怖と屈辱と辛苦を味あわせて殺してやる。
 スカした假面をひっぺがし断末魔の醜態を曝け出し情けない素顔を暴いてやる。

 体の奥底で際限なく破壊願望が膨れ上がる。
 極限まで膨張した破壊願望はやがて破裂し荒れ狂う炎となって体の中から俺を翻弄し理性を焼き焦がしていく。 
 
 無防備に仰臥した道了に衣擦れの音もささやかに覆い被さり、その耳元で低く囁く。
 「………お前を犯してやる」
 梅花とお袋にしたみたいに、犯して殺してやる。

 冴え冴えと光る瞳に映りこむ俺は、憎悪の塊そのものだった。


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050310010439 | 編集
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