ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十五話

 尖った靴音が静寂を穿つ。
 闇に沈んだ廊下の奥から颯爽と歩いてくる一人の青年。
 肩で切り揃えた銀髪は月光を冠したように冴え冴えと輝き、歩調に合わせて揺れる前髪の下で薄氷の瞳が目が冷徹に光る。
 ナチスの軍服に身を包んだ青年は、前髪の奥に見え隠れする右目に黒革の眼帯で厳重な封印を施していた。
 ともすれば海賊じみて野蛮な印象さえもたらす黒革の眼帯は、白い肌を蝕む一点の不吉な染みの如く青年の容貌に退廃美の翳りを添える。
 靴音も殷殷と孤高のこだまを帯びてサーシャは夕闇迫る廊下を歩いていた。
 青年が東棟を訪れるのはこれでもう数度目だ。
 前回も今回もサーシャがはるばる東棟を訪れた目的はただひとつ、ある男に会うためだ。

 男の名はレイジ。
 英語で憎悪を意味する名前。
 極東の監獄に降り立った最強の王。その圧倒的な強さとカリスマ性でもってブラックワークの頂点に君臨し続ける男。

 英語の憎しみを意味する名をもつ男は、しかし彼のサーシャの知るかぎりいつでもへらへらと笑ってばかりいる軽薄なお調子者だった。
 全囚人が憧れるブラックワーク王者の地位にもさしたる関心と執着を示さず、「お前さえその気になりゃいつでも譲ってやるよ」と言わんばかりの余裕風を吹かしていた。

 わざわざ目を閉じずとも鮮明に思い起こせる。

 和豹めいて均整取れたしなやかな肢体、太陽の光に愛された活力溢れる褐色の肌、そして何より印象的な底抜けに明るい笑顔。
 生まれながらに授けられた「憎しみ」の名とは裏腹に東の王はどこまでも人懐こく、ある時は悪ふざけの度が過ぎるくらいになれなれしく、またある時はその凶暴な本性を覗かせ、相手が自分のことを好いていようが嫌っていようがお構いなしにおちょくり癖を発揮し、終始一貫して自己中心的な態度を守り抜いてきた。

 マイペース、能天気、気まぐれ、自由奔放、大胆不敵、威風堂々。

 レイジはいつでもマイペースに振る舞ってきた。
 気まぐれな猫科動物のように気分次第で行動しあらゆる相手にちょっかいを出し飽きたら優雅に尻尾を翻し歩み去った。
 まさしく豹。内に荒ぶる獰猛さを秘めたセクシーな体つきの若豹だ。威風あたりを払うしなやかな大股は、世界の誰ひとりとして自分の歩みを止められないと絶対的な自信をもち、もし歩みを阻むものあらば容赦なく鏖殺すると傲然と宣言するかのよう。
 レイジは誰をも魅了した。
 実力では誰一人としてレイジにかなわなかった。
 サーシャもまたそうだ、レイジの圧倒的強さの前に膝を屈し長年辛酸を舐めさせられた一人だった。
 レイジの存在そのものがサーシャの内なる憎悪を掻き立てた。
 黄色人種と白色人種の混血、品性卑しき雑種の分際でありながら偉大なるロシア皇帝たる自分を打ち負かした男に対し、サーシャは狂気の粋に達する妄執を抱き、レイジを倒す日を夢見て数々の卑劣な罠を巡らしてきたのだ。
 レイジを倒すという野望を達する事ができず、最後の望みをかけたペア戦では片目を抉られた上に地を舐めるという敗残の醜態を晒したサーシャを絶望的な怒りが翻弄する。レイジへの怒りと嫉妬の感情が身の内で狂おしく燃え盛る。
 「………ふざけるな。この私が、気高く誇り高い皇帝たる身が下賎なサバーカ一匹に心乱されるなどあってはならぬ事だ」
 胸を蝕む言い知れぬ感情から逃れたい一心でサーシャは遠い日の記憶を回想する。

 サーシャは皇帝だ。
 生まれながらにロシア皇帝となるべく宿命づけられていた。
 若くして胸を患い死んだ母は亡国の皇女と同じ名だった。 
 興行に湧くサーカスの天幕の陰で産み落とされたサーシャは、皇女アナスタシアの血を継ぐロマノフ王家最後の生き残りとして早くから自覚をもち、自分こそが正統な王位継承権をもつ末のロシア皇帝だと信じて疑わなかった。
 早くに母を亡くし私生児となったサーシャは幼い頃からサーカスで芸を仕込まれ、飲んだくれの団長に虐待を受け続けてきた。
 しかしそんな目に遭いながらも、サーシャはいつかいつの日にかきっと従者が自分を迎えに来ると子供ながらのひたむきさで信じ続けていた。
 爪剥がれるまでナイフ投げの訓練をし、夜は団長に夜伽を命じられる日々の中、いつの日にか従者が来て自分をサーカスから連れ出してくれるはずというのがサーシャの唯一の心の支えだった。

 まもなく従者は現れた。
 さらさら流れる銀色の髪と薄氷の瞳をもつ美しい青年だった。
 初めて会ったのにどこか懐かしい感じがした。
 距離をおき自分を見詰める優しい眼差しは無限の包容力と深沈たる知性の輝きを感じさせた。
 貴公子。まさしくそう形容するにふさわしい青年だった。
 一目で育ちが良いとしれる青年は、温かそうな毛皮のコートに身を包み、地面に積もり始めた粉雪をさくりと踏み付けてサーシャに歩み寄る。

 『君が、アレクサンドル?』
 本名を言い当てられてびっくりした。

 サーシャは十歳だった。
 場所は粉雪が降り染めるモスクワ広場。
 年に何度かのモスクワ興行の折には、幼いサーシャも貴重な働き手としてサーカステントの設営を手伝わされる。
 サーシャが属するサーカスは慢性的に人手不足だった。
 団長の人使いが荒くそれに増して金払いが悪いせいで芸人が居着かず逃げ出してしまうのだ。
 実際サーカスの一切を取り仕切る団長はお世辞にも尊敬できる人物ではなかった。
 しょっちゅう酒臭い息と罵倒を吐き散らす赤ら顔の飲んだくれで、芸人に稽古をつける時さえコニャックの瓶を手放さず、少しでも口答えすれば殴る蹴る鞭打つ食事を抜く頭から水をかけるなど容赦ない。 
 過酷な扱いにたまりかねた団員はひとりまたひとりと脱走した。
 サーシャだけが例外だった。
 サーシャには他に行くあてもなく身寄りもなかった、物心ついた頃からサーカスの天幕の内だけ唯一の居場所だったのだ。
 たとえ檻の中の猛獣の食べ残しの粗末な食事でも垢だらけのボロ衣と化したみすぼらしい衣服でも与えられるだけマシだった。
 不平を漏らせば即座に鞭が飛んでくる、頬げたを殴り飛ばされる、犬ころのように足蹴にされる。
 サーシャは耐えた。
 理不尽な叱責も身も心も踏み躙る折檻も指に豆だこを作る辛い訓練もひたすら耐えに耐え続けた。
 唾と一緒に浴びせ掛けられる罵倒も夜毎団長に尻を剥かれ犯される恥辱と激痛も今だけと思えばこそ耐え忍べたのだ。

 いつかきっと従者が迎えに来る。
 ロマノフの末裔たる自分が陥った境遇を風の噂で聞き及び、立派な三頭立ての馬車で駆け付けてくる。

 ほら、車輪の音が聞こえる。
 馬の尻を鞭打ち急き立て馬車が駆けてくる。

 トロイカが走る。
 ぱらつく粉雪を突っ切って猛々しく走る。
 弾丸の如く黒い残影を残し石畳を疾走し、馬の嘶きも高らかにモスクワ広場に姿を現す。

 サーシャは何度も荘厳にして華麗なその光景を夢想した。
 
 霜焼けで倦み爛れた小さな手で、寒さにかじかみ言う事を聞かない手で風に捲れ上がらぬよう天幕の端を杭打ちながら、今にもモスクワ広場の向こうに馬車が現れ従者が迎えに来るのではないかと罪のない空想に耽り、さんざんに痛め付けられた幼い心を慰めていた。

 夢がにわかに現実になった。

 石畳を削る車輪の轟音とともに粉雪まじりの風が吹きぬける。
 広場を席巻し天高く舞い上がった風を追い、サーシャはゆるやかに顔を上げる。
 吐く息が白く曇る。
 石畳には霜が下りていた。
 足元から凍て付くような冷気が間断なく襲う。
 粉雪ちらつく陰鬱な寒空の下、サーシャは穴の開いた長靴に靴下も履かされずにいた。乞食と見紛う粗末なボロ衣を纏ったサーシャは、寒さを通り越し既に感覚のなくなった手に金槌を預け、呆然とその場に突っ立ち、突如視界に雪崩れ込んできた馬車を凝視する。
 車輪の回転が止む。
 惰性で1メートルほど馬車が前進する。
 完全に停止するのを待ち馬車の扉が開き、防寒の行き届いた毛皮の長靴がタラップの最上段にかかる。
 サーシャは金槌を持ったまま、一幅の絵画のようなその光景に忘我の境地で見入った。
 純白の粉雪が舞う広場に王侯貴族が乗るような豪奢な馬車が止まり、中から一人の青年が下りてくる。
 ごく丁寧に梳った絹糸を思わせる繊細な銀髪、白磁めいた脆さと透明さを秘める肌。
 寒気に上気した頬だけが淫蕩なまでにあざやかに赤い。
 端正な造作の顔だった。
 貴族的な近寄り難さよりも分け隔てなく人に接する親愛の情を感じさせる柔和な笑みがおのずと性格を物語る。
 深い教養と穏和な知性を含んだ目がかすかな驚きをもってサーシャの顔に注がれる。
 灰色一色の広場を清浄に降り染める粉雪の中、サーシャと青年は神聖な静謐を保ち対峙する。
 優雅に長い睫毛が震え、憂愁の翳りすら含んだ美貌が痛ましげな色を帯びる。
 『君が、アレクサンドル?』
 青年の面を掠めたのは、言葉では語り尽くせぬ深い同情。
 なぜもっと早く迎えに来なかったという自責と痛恨の念が悲哀の表情のはざまに覗く。 
 『……なぜ僕の名前を?あなたは誰ですか?もしかして皇室の使い?』
 サーシャは驚いて青年を見上げる。
 名も知らぬ青年は何事か言おうとして口を開き、また閉じる。
 おそらく自分の出自を明かし名を述べようとしたのだろうが、どこまでも一途に無心に、疑いを知らぬ眼差しでもって自分を仰ぐサーシャを見るに耐えかね、苦悩に苛まれて瞼を閉じる。
 サーシャは青年がそんな哀しげな顔をする意味がわからなかった。
 なぜ自分と相対し苦悶の相を浮かべるのかわからず当惑した。

 手にした金槌が冷たかった。
 はやく放さねば指が張り付いてしまいそうだった。

 けれどもサーシャは全身が硬直し指一本すら自分の意志で動かせぬまま、ただただ動揺に瞳を揺らし、霊感に打たれて青年を仰ぐばかり。
 青年は何事か決意するようにひとつ息を吐き、ゆっくりと目を開く。
 長い睫毛が震えるさまに見惚れる。瞼が緩慢に上がり、薄氷の瞳が小揺るぎもせずサーシャの顔を映す。
 『お迎えに上がりました、陛下。遅参のご無礼心よりお詫び申し上げます』
 再び青年の口から紡がれたのは、流暢な挨拶。
 王侯貴族が陛下に謁見する際の格調高い台詞。
 続く光景はなおもーシャを驚かせた。
 青年が何ひとつ迷うでも動じるでも恥じるでもなく、自分の胸までの高さしかない薄汚い子供の前でたとえようもなく優雅に膝を屈し、深々と身を屈める。コートの裾が汚れるのも頓着せずサーシャの前に跪いた青年は、崇敬の念が滲むひどく丁寧な手つきでサーシャのつま先を持ち上げる。
 『ーっ!』 
 激烈な羞恥がサーシャの全身を火照らす。
 反射的に足の指先を引っ込めようとした。穴の空いた長靴から覗く霜焼けだらけの指が突然恥ずかしくなったのだ。
 慌てて足を引っ込めようとしたサーシャを青年は許さなかった。
 細く長い指でしっかりと、しかし決して痛みを与えぬよう細心の注意を払いサーシャの足首をつかまえるや、サーシャが拒む暇もなく長靴の穴から覗く足指に顔を寄せる。
 『重ね重ねご無礼致します』
 『やめっ、汚い、そんなとこに口を付けたら黴菌が伝染る……っ』
 殆ど恐慌に陥ってむなしく叫ぶサーシャを真摯に見据え、青年は静かに断言する。
 『遅参のお詫びです。貴方の苦境を知らず放置し続けた愚かな家臣に、せめても接吻を乞うことをお許し下さい』
 誠意溢れる言葉のひとつひとつが、触れたそばから溶ける淡雪のごとくサーシャの胸に染み込む。
 『失礼、申し遅れました。我が名はアルセニー、アルセニー・ニコラエヴィッチ・アベリツェフ。ロマノフ王家最後の生き残り、亡国の王女アナスタシアの落胤である正統なる王位継承者、次代の皇帝たるアレクサンドル・ニコラエヴィッチ・アベリツェフ陛下を僭越ながらお迎えにあがりました』
 『アナスタシア……それ、母さんの名前……母さんの名前を知ってるってことは、本当に?』
 おそるおそるといった風情で半信半疑のサーシャが聞き返すも、アルセニーは気分を害した様子もなくにこやかに付け加える。
 『ええ。貴方こそ次代のロシア皇帝、斜陽のロシアを担うべきロマノフの高貴なる裔です』
 覚めながら夢を見ているような茫洋とした表情のサーシャをよそに、アルセニーは何ら抵抗なく地面にひれ伏すや、穴の空いた長靴に恭しく手を添える。
 ロシアでは相手の足元にひれ伏しキスをするのが最上級の礼である。
 天使の和毛のように粉雪が舞う。
 広場の石畳が純白に染まっていく。
 みすぼらしい身なりの子供の足元にひれ伏したアルセニーは、彼こそが自分が一生かけて仕えるべき主と定め、霜焼けに爛れた足の親指に接吻する。

 時が止まる。
 接吻が続く。

 衣擦れの音すら聞こえぬ静寂の内に閉じ込められ、サーシャは瞬きすら忘れ自分の足に唇をつけた男を凝視する。
 アルセニーは愛しげにサーシャのつま先を唇でなぞる。 
 霜焼けに爛れ形が崩れた足の親指にごく軽く唇を這わせ、慰撫し、仕上げに唾液の上塗りを施す。
 銀色に透ける睫毛の長さに見惚れる。
 睫毛が落とす影がただでさえ物憂い顔だちに儚さを添える。
 アルセニーがおもむろに顔を上げ、射抜くように鋭い目でひたとサーシャを見据える。
 高潔な意志を感じさせる厳粛な態度は、自分が一生かけて仕えるべき主君にたっての願いを申し出る騎士のそれだ。
 そして、アルセニーは言った。
 サーシャの片足に優しく手を添えたまま、芯まで凍えそうな石畳に膝を折り、どこまでも真剣な眼差しと口調で誓いを述べる。
 サーシャと同じ薄氷の目が、儚く脆い薄氷の目が。
 この時ばかりはなにものにも代え難く強靭な意志と試練の色を帯び、透徹した眼差しを放つ。
 『陛下。……私に貴方を守らせてください』
 
 荒々しい靴音で回想を断ち切る。
 束の間の夢から醒めて黄昏に暮れる現実に帰還したサーシャは、柄にもない感傷に耽ったおのれを嗤うかのように卑屈に喉を鳴らす。
 細めた隻眼に一片の感傷が過ぎる。
 「……くだらん」
 憎憎しげに口元を歪める。
 狂的に歪んだ顔から毒々しい嗤笑が滴る。
 語気激しく唾棄したサーシャは、過去を吹っ切るよう足を速め目的地に急ぐ。
 「私を守るだと?……笑わせる。口ばかりではないか。現に今私の傍らにお前はいない、お前はいないのだ。立つ時も座る時も伏せる時も常に皇帝の傍らに在ると誓ったのはお前ではないか、その誓いを自分で破っておきながらまだ私に纏わり付くのか、まだ私を束縛し続けるというのか?」
 次第に声に熱がこもる。
 やり場のない苛立ちが沸々と込み上げる。
 懐かしく優しい兄の面影は瞼裏の闇に浮上する。
 サーシャは激しく首をふり兄の幻影を打ち消そうと努めるも、二人が初めて出会った過去の光景が思いもよらぬ鮮明さでもって再び瞼裏で像を結び、追憶の淵にサーシャを追いやる。

 『親愛なる陛下』
 「うるさい」
 『サーシャ』
 「その名で私を呼ぶな、なれなれしい。不敬罪に問うぞ」
 『サーシャ』
 「その名で呼ぶなと言っている」

 瞼の裏に優しい面影がちらつく。
 次第にはっきりと輪郭をなし迫ってくる。 
 さらさらと流れる銀髪、貴族的な品のある柔和な顔だち。
 ロシアの軍服に身を包んだ美しい青年が愛情深い眼差しをこちらに注いでいる。

 『サーシャ、しばらく見ないあいだにナイフ投げの腕が上達したじゃないか。よく頑張ったね。偉いよ、君は努力家だ』
 「あなたに褒めてもらいたかったからだ」
 本音がぽろりと口をついてでる。

 幻影の兄は手放しでサーシャを称賛する、生まれてこの方サーシャが一度も注がれたことないような愛情を惜しみなくサーシャに注いでくれる。だがそれはサーシャが期待したものではない、サーシャが渇望したものではない。
 違うのだ、そうではないのだ、自分が欲しかったものはそれではないのだ。
 サーシャは憑かれたように激しく首を振るも兄の幻影は去らず、記憶そのままの優しい声と笑みでもって親しげに語りかけてくる。

 『サーシャ、辛くないかい。不自由はないかい。辛いことがあったら遠慮なく僕を頼ってくれて構わないのだから。この前連絡先を書いたメモを渡したろう。団長に見つからないようちゃんと隠してるかい?……そうか、良かった。サーシャ、いつまでもこんな劣悪な環境に身をおくことはないんだ。君が自活をのぞむなら僕は援助を惜しまない。何なら二人で暮らしたって構わない。そうだ、それがいい、僕たちはこの世界でただふたりきりの兄弟なのだから二人助け合って暮らすのがいちばんいい』

 「あなたは何もわかってない」
 憎悪に声が軋る。
 兄の献身的な申し出を、しかしサーシャは嘲笑う。

 『僕は必ずサーシャを、貴方を、陛下を守り抜く。君が望むなら今すぐにだってサーカスから連れ出す決意と準備を整えている』

 「貴様に何ができる」
 必死に言いすがる兄をサーシャは冷淡にあしらいつづける。
 初対面のサーシャを「陛下」と呼んだ異母兄は、しかしそのうち主君に対する崇拝の念ではなく、年の離れた異母弟に対する敬愛の情を込めて彼をアレクサンドルの愛称「サーシャ」と呼ぶようになった。
 少年と青年のはざまの兄の一人称は時折「僕」になった。
 時折「僕」となる一人称は、互いを知らずにいた年月が隔てた弟との距離を縮めようという兄なりの努力だった。
 だからこそサーシャもまた、「弟」と「皇帝」のはざまで揺れ動いていたのだ。

 『私は陛下を愛しています』

 少年の面影を残した青年はやがて凛々しい将校へと変貌を遂げ、一人
称も「私」に定まった。
 「あなたはそうだ、いつもそうだ。あの時あなたさえ私を陛下と称さなければ私は戻る事ができたのだ、だがもう無理だ、もう戻れない、私はもう戻れないところまできてしまった。全部あなたのせいだ。あなたが陛下と呼んだ瞬間にすべてが決まってしまっていた、あなたが霜焼けに爛れた私の指に接吻したその瞬間から私の妄想は現実となってしまったのだ」

 アルセニーのことなど一刻も早く忘れたい。
 どうせもう会えないのだから、忘れてしまったほうがマシだ。

 アルセニーの面影が急激に薄れ消えていく。
 とある鉄扉の前で深呼吸し立ち止まる。 
 靴音が止む。静寂が浸透する。
 「……従者のお守りは不要だ。私はもう団長の鞭に怯えて泣く子供ではない。貴方がここにいなくても立派に皇帝として振る舞えると証明してみせようではないか」
 黄昏に暮れる廊下に佇んだサーシャが大きく息を吸い鉄扉と向かい合う。
 「下賎な雑種に命じる。即刻扉を開けて緋毛氈を敷け。皇帝のおみ足が汚れぬよう絨毯を敷いて出迎えろ。遠路はるばる国境を越え東に渡りサバーカの様子を見にきたのだ、偉大にして憐れみ深き皇帝みずから卑しむべき雑種のためにわざわざ足を運んでやったのだ、さあ開けろただちに開けろ皇帝の来訪を祝し凱歌をうたえ!!」
 房の中は不気味に静まり返っている。
 不審に思ったサーシャは腰の得物に手を伸ばす。
 腰から鞭を抜き取りがてらもう一方の手で慎重にノブを捻る。
 「……そういえば貴様は世にもまれな音痴だったな。ならば歓迎の歌は唄わずともいい。私の寛大さに恐れ入ったか」
 抵抗なくノブが回る。どうやら錠が下りてないらしい。
 不用心にも程があるとサーシャは顔を顰めるも、そのまま鉄扉を押して房内に侵入する。
 房内には闇が満ちていた。天井の裸電球すら消えていた。 
 空気が退廃的に澱んでいる。
 サーシャは目が慣れるのを待ち、方向を探りながら慎重に暗闇を進む。
 「返事をしろ、サバーカ」
 応答はない。しかし気配がある。
 返事がないのを訝りながらサーシャは気配を頼りにそちらの方向に進む。
 つま先に何かが当たる。
 固い感触を奇異に思いながら視線を下げる。
 足元の床にナイフが突き立っていた。
 「…………」
 床に刺さったナイフから視線を外しゆっくりと四囲を見渡す。
 暗闇によくよく目を凝らしてみれば壁や床の至る所に鋭利な傷痕が穿たれていた。ナイフで抉られたと思しき痕跡が、それこそ大小無数に房内の壁と床に散らばっているのだ。
 何やら異様なものを感じながら正面に視線を戻し、瞬間息を呑む。
 「……………いたのか」
 正面のベッドに気だるく人影が横たわっている。
 人影はサーシャの接近に気付いていながら一切反応を示そうとしない。寝返りすら打たず壁の方を向いて横たわっている。
 半身を横にして寝転んだ人影は、あろうことかこの暗闇で本を読んでいるらしく時折紙と紙が擦れ合う乾いた音がもれてくる。
 顔を見なくとも背格好でわかる。虚脱したようにベッドに寝転んでいるのは、この房の主のレイジである。
 「何故来たか問わぬのか」
 拍子抜けを食らった感が否めずサーシャが問う。レイジは振り向かない。壁と向き合ったまま緩慢に本のページをめくっている。
 先に沈黙に耐え切れなくなったのはサーシャだった。
 無視される屈辱に憤怒を滾らせたサーシャが手首を一閃、勢い良く鞭を撓らせ床を打つ。
 床にあたった鞭は乾いた音たて跳ね上がり、サーシャの足元でとぐろを巻く。 
 「随分と腑抜けたものだな東の王、互いに認める好敵手としてともに目を抉りあった以前の猛々しさはどこへいった?聞け、去勢済みのサバーカ!私が今日遠路はるばる訪れたのは貴様の体調を憂えてだとかブラックワークの試合すらサボり続ける貴様の身に起きた出来事が詳しく知りたかったからだとかそんなくだらない理由では毛頭ない、まったくもってくだらぬ!私が今日ここにきたのは偵察が目的だ、愛するサバーカを失い所長が廃人と化した今だからこそ怪しい動きがないかお前を監視しに……」
 息継ぎもせず傲然と言い放ったサーシャだが、レイジが依然無反応なことに激怒し、今度は背中めがけて鞭を振るう。
 「皇帝に謁見する際は足元にひれ伏すが礼儀と心得よ!!」
 サーシャの手より放たれた鞭は中空で毒蛇の如く鎌首をもたげレイジの背中を狙う。
 次の瞬間、思いがけぬことが起きた。
 「!?なっ、」
 サーシャが驚愕に呻く。
 無防備な背中めがけ鞭の一撃をくれようとしたサーシャの眼前で、レイジがおもむろに手首を返しやすやすと鞭をつかまえる。
 レイジは振り向きもしなかった。本から目をはなしさえしなかった。
 相変わらず壁を向いたまま、それまで本を押さえていた手だけを目にも止まらぬ早業で首の後ろに持っていき鞭を掴んだのだ。
 サーシャの体がぐらつく。
 レイジが後ろ手に鞭を引いたのだ、思い切り。
 素早く腕に鞭を巻きつけたレイジが体ごと向き直りざま渾身の力を込め鞭を引く。レイジが腕に込めた力に応じサーシャもまた鞭を巻き上げられ引き寄せられる。
 鞭を捨てる暇さえ与えぬ早業で強制的にサーシャを引き寄せたレイジは、サーシャが1メートルの範囲に近付くと同時にもう一方の手でその肩を鷲掴む。
 「!痛っ、」
 肩に爪が食い込み鋭い痛みが走る。
 激痛に顔を顰めたサーシャはレイジを振り解こうと必死にもがくが、レイジはますます強く肩を抉りサーシャに苦鳴を上げさせる。

 苦痛で朦朧と目が霞む。
 額に焦燥の汗が滲む。

 サーシャは混乱していた。
 話も聞かずいきなり襲い掛かるなどレイジらしくない、いつものレイジならもっと余裕があったはず、くだらないことを言ってサーシャをからかい怒らす余裕があったはずだ。今のレイジにはそれがない。一体何がどうなっている?レイジの変貌のわけをもとめ四囲に視線をめぐらしたサーシャは、レイジといつも一緒にいる囚人の姿がないことに気付き違和感を覚える。 
 「確かロンとか言ったか……貴様が飼っていた猫はどうした?」
 ふいに閃いた疑問がそのまま口から零れる。
 刹那、異変が生じる。
 サーシャの肩を掴んだレイジの顔に波紋が広がり、隻眼に剣呑な光が閃く。
 優位を得たサーシャの顔が喜悦に歪み、薄氷の隻眼がぎらぎら輝き始める。
 「どこにも姿が見えぬが……手がかかるから捨てたのか?なるほど、だから荒れているのか!稚児趣味の貴様はたいそう猫を可愛がっていたがその猫に遂に飽きがきて放逐したのだな、つまりは新しい遊び相手をさがしてるのだな。悪さばかりする猫を追い出したはいいが寂しさに耐え切れず構ってくれと私にしっぽを振、」
 サーシャが最後まで言い切るのを待たずレイジが思い切り腕を薙ぎ振る。
 「ぐっ!?」
 サーシャがバランスを崩しベッドに突っ伏す。
 レイジは機を逃さずその上にのしかかる。
 サーシャの脳裏をさまざまな想念が駆け巡る。
 つい先刻垣間見た懐かしい情景、在りし日の兄との交流、純白の粉雪が舞う広場にて恭しく跪くアルセニーの微笑み……
 アルセニーの微笑みが遠ざかる。
 サーシャは無我夢中で手を伸ばす、兄の幻影を引きずり戻そうと懸命に身を乗り出し宙をかきむしるも願いむなしくアルセニーは消えていく。虚空に消え失せたアルセニーへの未練をむりやり断ち切りふたたび現実に立ち戻ったサーシャは、両腕を締め上げる痛みで我に返る。
 自分にのしかかったレイジが、手にした鞭で器用に腕を縛り上げていく。
 一切の容赦なくサーシャの両腕を一本に束ねて縛り上げ、レイジが吐息まじりに首を振る。
 首を振った拍子に風を孕み前髪が捲れ上がり、滾り立つ狂気の坩堝と化した隻眼が外気に晒される。

 その目。
 その目を覗き込んだ瞬間、サーシャは悟る。我が身をもって体感する。
 目の前にいる男はレイジではない。
 同じ姿形こそしているが、魂はまるで別物だ。

 ベッドに片膝付いて傲然とサーシャを見下ろす男は顔こそレイジと酷似しているが、レイジが浮かべる軽薄な笑みが一片残らず消し飛んだ代わりに、暴力の快感と嗜虐の愉悦に酔い痴れる笑みが顔一杯に広がっている。

 顔全体に貼り付いた禍々しい狂笑。
 悪魔に魂を売り渡したなどとなまやさしいものではない。
 レイジが成り代わったのは、神だ。
 人の生死を司る全能の神だ。
 他者の生殺与奪の権を完全に握った存在を、ひとはそう呼ぶ。 

 「俺のところに来たってことは、俺に抱いてほしいってことだよな」

 「ば、かな……」
 暴君がサーシャを押し倒し上着を引きちぎり毟り取る。
 ずたずたの端切れと成り果てた上着が飛散する。 
 サーシャは混乱していた。
 今自分の身に起きていることが把握できず理解できず、自分の上半身を裸に剥いたレイジを蹴飛ばそうとするも腰で膝を挟みこまれ徒労に終わる。
 一体全体これは何の真似だ何の冗談だ、ロシアを総べるロマノフの末裔が偉大なるロシア皇帝が純血のロシア人たる高貴な身の私が、黄色く薄汚れた肌の混血のサバーカに力づくで押し倒され上着を毟り取られ……

 犯されようと、している?

 「ぶ、侮辱するなっっ!!!!汚らわしい雑種の分際で黄色い雌犬の股から産み落とされた卑しい雑種の分際で私の肌にふれるな指一本たりともふれるな!私は北の皇帝サーシャ、ブラックワーク二位の実力者にして所長の護衛たるナイフ投げの達人かつ鞭の使い手だ!サバーカめが身の程を知れお前は永遠に私の下で喘ぎ続ける運命なのだ、忘れたのかレイジあの日のことを、私を廊下で呼びとめ誘惑し自ら体を開いたあの夜のことを!私は覚えている今でも細部まではっきりと覚えている発情期の獣じみて艶っぽい喘ぎ声も物欲しげな腰のくねりもしやなかに仰け反る喉も眉間の皺も、私に貫かれながらお前がどれほど淫らによがり狂ったか今でもはっきり覚えている!!それだけじゃない、北にいたお前が私に倒錯した快楽を仕込まれサバーカの如く弛緩した口から涎をたらし自分から悦んで腰を振り……」

 頬に衝撃が爆ぜる。
 衝撃はすぐに痛みに変じる。
 レイジに頬をぶたれたと悟り、サーシャの体が恥辱で狂おしく火照りだす。
 口の中に鉄錆びた味が広がる。
 殴られた際に口の中が切れたらしい。
 至って無造作に退屈げに醒めた様子でサーシャの頬に平手を見舞ったレイジが床を手探りし何かを拾い上げる。
 ぶたれた頬がじんじん疼き始める。
 しかしサーシャは虚勢を張りせいぜい憎たらしく口角を吊り上げレイジを嘲笑する。両腕を縛られ完全に抵抗を封じられ無防備な上半身を晒しながらもなお皇帝の気高さと誇りを失わず饒舌に捲くし立てる。

 「……お前の痴態を語り尽くすまでやめぬぞ。レイジよ、倒錯した情事に耽った北の夜を思い出せ。お前も覚えているはずだ。お前はナイフで皮膚を薄く切り裂かれそれだけで軽く達した、ナイフの冷たい刃が首筋をなぞる感触にたまらず絶頂に達した。お前は三日三晩私の手から餌を食った、私が与える餌を本物のサバーカの如く脇目もふらず貪り食らったではないか。お前は私の足のあいだに跪き口で奉仕した、ナイフの鞘を尻の穴深く突っ込まれ粘膜をかきまぜられ快楽のあまり涙さえ浮かべ呻いた、目隠しをされ吊るされそしてー……」

 妄想と現実を混同し縷縷と述べ立てる。
 微に入り細を穿ち克明にレイジの痴態を描写するサーシャ、鬼気迫るその表情に怖じたふうもなくレイジ……否、暴君は行為に没頭する。口角から白濁した泡を飛ばし、いかにしてレイジが自分に組み敷かれ仰け反り喘いだか淫らな喘ぎ声を上げ物欲しげに腰振り許しを乞うたかを凄まじい剣幕で記述するサーシャをやすやすと組み敷き、レイジは白く滑らかな胸板に唇で情熱の烙印を施していく。

 「覚えているぞ、私は!私とともに過ごした数日間、貴様がクスリ欲しさに身悶えし私の膝に取りすがった事を!貴様はクスリが欲しいと私に泣いてねだった、白い粉を手に入れるためなら何だってすると悦んで私の物を咥え尻を貸し犬になるとそう言って私の足の指を一本ずつ舐めていった、貴様はプライドをかなぐり捨て這い蹲り目隠しされたままー……ひあ、あっく!?」
 強烈な刺激にサーシャが感に堪えず仰け反る。
 サーシャの乳首にじわりと血が滲む。
 たった今レイジが噛み付いたのだ。
 痛々しく血が滲む歯型もくっきりと鮮やかに、レイジはサーシャの胸板に顔を埋め乳首に軽く歯を立てる。
 唇で丁寧に食んだとは窄めた舌先でつつき口に含んで転がしながら、手は休まずサーシャの体をまさぐり性感帯を開発していく。
 「敏感な体。『誰』に調教されたんだ?」 
 生温かい吐息が耳朶に絡む。
 暴君が低く囁く。
 ぞくりとする色気を感じさせる凄味を含んだ声。
 「誰」の部分を強調した暴君がふいに笑みを浮かべる。
 「なあサーシャ、いいこと教えてやるよ」
 衣擦れの音が性急に耳朶をくすぐる。
 褐色の手がサーシャの頬を包む。
 サーシャの胴に馬乗りになったレイジが、きめ細かい肌を貪りながら唄うような抑揚で本音を吐露する。

 「お前の調教はあくびがでそうにぬるくて退屈だった。あんなの俺がうけてきた『訓練』に比べたら子供の遊びだよ。俺はお情けでお前に付き合ってやったんだ。お前があんまり馬鹿で面白かったのとあんまりけなげで可哀想になったのと半々の理由でな。愉快な暇つぶしだったよ、実際。目隠しされてても俺の耳はお前の息遣いひとつ逃さず拾い上げて脳裏に映像を描き出す。お前は目隠しした俺を壁の釘にひっかけて吊るしてさぞかしご満悦だったな、得意の絶頂で高笑いしてたな。吹き出すのを苦労したぜ、こっちは。俺?あんなの全部嘘さ、ただの演技だよ。感じてるふりなんてこっちにゃ朝飯前だ。お前がどれだけ愛撫が下手な早漏でも感じてるふりくらいできる」
 「嘘をつけ、お前は本当に感じていた、我を忘れてよがり狂っていたではないか!!」
 「自己暗示で理性を飛ばすことくらいできるさ。俺をだれだと思ってるんだ?」
 レイジの顔をした悪魔がにっこり微笑む。
 「俺はな、お前を哀れんでやってたんだ」
 「お前に憐れまれる筋合いなどない、何を根拠にそんなっ…………」
 
 『Я не могу жить без тебя,Ты нужна мне.』

 「………っ!」
 サーシャが最大級の衝撃を受ける。
 戦慄に打たれたサーシャに覆い被さり、抵抗が止んだ隙にズボンを引きずりおろす。体毛の薄い綺麗な足が現れ出でる。下着ごとズボンを足首まで引き摺り下ろし完全に下半身を剥いてしまったレイジは、サーシャの動揺を手玉にとり邪悪に笑む。
 「『あなたなしでは生きられない。私にはあなたが必要だ』……寝言でだれのこと呼んでたんだ?親愛なる陛下」
 闇に沈んだ房で不吉な気配が胎動する。壁際のベッドの上、両腕を縛り上げられたサーシャに獣の姿勢で四つん這いにのしかかったレイジは、愉快で愉快でたまらないといった邪悪な笑みを湛え苦痛に歪むサーシャの顔を鑑賞する。
 藁色の髪に隠れた隻眼が胡乱げに細まる。
 あたかもサーシャの本心を見抜くが如く。
 「……その名で私を呼ぶな……」
 「なあサーシャ、好きでもないくせに俺に付き纏うのやめろよ。本当に好きな奴はべつにいるんだろ?知ってるぜ。本当に愛してる奴は別にいるのに俺にご執心のふりでそいつのこと忘れ去ろうってのは卑怯だよな。そうだろ?お前は卑怯者だよ」
 耳を塞ぎたくても手を縛り上げられていては不可能だ。
 サーシャはレイジの執拗な責めに悶えながら激しく首を振り拒否の意を示す。
 レイジはサーシャが暴れれば暴れるほど悦に入り狂える笑みを深める。
 「私を誰だと思っている、恐れ多くもロシアの広大な大地をおさめる気高く慈悲深い皇帝サーシャ、貴様のような汚らわしい雑種が我が貴き身にふれるなどギロチンの露とされても仕方ない所業だぞ……っは、あ!?」
 尻に異物感を感じる。
 レイジがサーシャの背後に手を回し尻の窄まりを探っている。
 しなやかな褐色の指が好奇心の赴くまま窄まりを押し開き中へと侵入する。
 肛門の窄まりを無遠慮にほじくられる激痛にサーシャが全身を引き攣らせ激しく身悶える。
 夥しい皺の寄るシーツの上で右へ左へと絶え間なく体を傾げ、どうにか暴君の手から逃れようと死に物狂いでのたうちまわるも、暴君はサーシャの見苦しい醜態を笑いながらますますもって奥へと指を突き立てる。
 「ぐあっ、あぅひっ……!」
 「具合のいいケツだ。前にも使ってたな?」
 しなやかな中指で肛門の中で複雑に蠢く。
 粘膜をかきまぜるように執拗に円を描き中の状態を確かめる。
 固く縫い綴じられた肛門を中指で抉られる激痛にサーシャは恥も外聞もプライドもかなぐり捨て身も世もなく叫ぶ。
 ろくに馴らされもしないままむりやり指を突っ込まれ乾いた直腸を引っかかれる痛みは地獄の責め苦に等しく、サーシャは半狂乱の体で銀髪を振り乱し執念深く呪詛を吐く。
 「レイ、ジ……っ……こんなことをして、ただで、すむと、思うなっ……必ずや血祭りしてくれる……!」
 熱っぽく潤んだ目に激情が爆ぜる。
 大粒の涙を湛えたアイスブルーの目を見下ろし、暴君はひとりごちる。
 「ああ、指に匂いがついちまう。これはあんまりよくねーな、お前の糞で俺の指が汚れるのは胸糞悪いな」
 サーシャに跨った暴君がおもむろに手を掲げる。
 奇術師めいた手さばきで最前拾い上げたナイフを旋回させる。
 暴君は悪戯っぽい含み笑いをもらし、指の狭間のナイフをくるくると鮮やかに回す。
 残像を惹きナイフが旋回する。
 サーシャは何かに魅入られたようにレイジの手中のナイフを凝視する。
 次第にナイフが回転速度を上げていく。
 レイジは音痴な鼻歌を口ずさみながら手首を捻っては返し捻っては返しして自由自在にナイフを弄ぶ。 
 「サーシャ、お前とナイフって最高に相性がいいんだよな。ナイフはお前にとっちゃ半身にも等しいかけがえのない存在なんだよな」
 ねちっこい口調で繰り返し問い、おもむろに起き上がる。
 手首が停止する。
 ナイフの回転が止む。
 レイジは謎めいた微笑みを浮かべたままサーシャの足を大きく押し広げ尻が丸見えになる屈辱的な体位をとらせる。両腕を縛られたサーシャは拒否することもできず暴君に従うしかない。ベッドが耳障りに軋む。シーツの擦れる音に荒い息遣いが混じる。ベッドに上体を突っ伏し、犬のように尻を掲げたサーシャの背後に影が回りこむ。
 暴君が、いた。
 「……何を、する気だ」
 掠れた息の狭間から声を搾り出す。 
 最悪の事態を予期し青褪めたサーシャには答えず、ベッドに片膝付いた暴君は肛門から乱暴に指を引き抜く。
 「痛っあう!」
 意志に反してサーシャの体が跳ねる。
 指にほじくり返された肛門から血が滴りシーツを斑に染める。
 暴君は赤く血塗れた自分の指を何の感慨もない無表情で見下ろし、今だ血が滴り続けるサーシャの尻に視線を転じる。
 暴君がサーシャの尻を掴んで固定し、片一方の手首にぐっと力を込め、固い木の鞘に包んだままのナイフを容赦なく抉り込む。
 
 「ぎあっ、あ、あああああううがああああああああっ……!?」
 指とは比較にならない固さと冷たさの木の鞘がサーシャを貫く。

 「お前とナイフは一心同体なんだろ?お前自体がナイフの肉鞘なんだろ?そうだろサーシャお前はナイフが大好きなんだ食べちまいたいくらいどうしようもなくたまらなく愛しちゃってるんだろ?だったら手伝ってやる、お前の体ン中にナイフを全部埋め込んでやる。涙が出るほど嬉しいだろサーシャ、これこそお前の望みだったんだろ。お前に鞭なんて似合わねーよ、お前はやっぱナイフと一緒じゃなきゃきまんねーよ。だからさ、手伝ってやるよ。お前の大事なナイフを体ン中に突っ返してぐちゃぐちゃにかきまわしてやる、内蔵がどろどろになるまで何日間もお前ん中に突っ込で排泄を塞き止めてやる。そうさお前は糞袋になるんだ、人間大のでっかい糞袋にな。頭のてっぺんからつま先までぱんぱんに糞が詰まった肉の袋だよ」
 サーシャが限界まで目をひん剥く。
 極限まで剥いた目に涙が滲みまなじりから溢れ頬を伝う。
 「ひあ、あぐっ、あう、やめ、はやくぬけっ……尻が裂けるっ……」
 酸素がすべて水に代わったかのように一呼吸ごとに喘ぎながら、内腿を伝うぬるりと生温かい血の感触に忌まわしい過去の情景がよみがえり『飯が食いたかったら芸をしろ』鞭が撓る音。コニャックの瓶を飲みながら下劣に脂下がった団長が命じる。
 サーシャは幼い頭で必死に考える、団長が気に入るような芸をそれこそ必死に考える。サーシャは色々なことをした。団長に追い立てられ火の輪をくぐる猛獣の真似をし四つん這いで跳躍し、道化のふりをして滑稽にお手玉をし、顔の上で逆さにされたコニャックの瓶の最後の一滴を物欲しげに舌で受け、団長が言われた通りあらゆる芸をこなし歓心を買おうと躍起になった。なかでも団長が好んで仕込んだ「芸」は……
 鞭が飛ぶ。
 鋭い痛みが背中に走る。
 焼け付くようにひりひりする。
 地面を鞭で穿った団長がズボンの前を寛げ跪いたサーシャの頭をむりやりそこへ捻じ込む。強烈な息の匂い、アルコールに黄濁した目、にたりといやらしく笑う唇……忌まわしい記憶の断片が一挙に逆流し脳裏を席巻する。
 
 『正統なるロマノフの末裔だと、次期皇帝陛下だと?笑わせるな。お前はたかだかサーカスのブランコ乗りの女の股から生まれ落ちた薄汚えガキだ。いいか、お前の父親はハタチ前の若さだったアナスタシアを掻っ攫って陵辱したあげく飽きたらポイと捨てやがったとんでもねえ男だ、男に捨てられた腹ボテのアナスタシアは仕方なく親代わりの俺様を頼った、他に行く所も頼れる身内もなかったからな!いいか、お前は犬だ!チンケな犬に上等な名前なんぞいらねえ、お前なぞ「サーシャ」で十分だ、アレクサンドルかんぬんなんてご大層な名前お前にゃ似つかわしくねえよ。さあ、しゃぶれ。ろくに芸もできねえ天涯孤独のガキお情けで置いてやってるんだからご主人様に御奉仕すんのは当たり前だろうが。さあそこへ跪いて俺のチンポコをしゃぶるんだ、コニャックの匂いを嗅ぎつけて寄ってくるサバーカのようにな!』

 天幕の内側に下卑た高笑いが轟き渡る。
 過去が現実を蚕食する。
 内腿を伝う生ぬるい血の感触が忌まわしい記憶を呼び起こす。 

 「ナイフとひとつになれて嬉しいだろ。ようやく望みが叶ったな。……変に力むと鞘がすっぽ抜けて内臓がずたずたになる。中からたくさん血を流して死ぬはめになりたくなけりゃ大人しく俺を受け入れろ」
 ベッドが断続的に軋む。
 サーシャの尻をナイフで犯しながら熱い唇を素肌に這わしていく。
 白さ際立つサーシャの肌に爛熟の烙印を施すかたわら緩急つけて手首を捻ってサーシャの悲鳴を搾りとる。
 「この程度でギブか?幻滅させんなよ、皇帝。自分がするのはよくてもされるのは嫌なくちか?俺はお前と同じことをそっくりそのままなぞってるだけだ。偉大なる皇帝さまの言う通りあの時俺はナイフの柄でケツをかきまぜられて涙目で呻いていたよ、固くて太い柄でぐちゃぐちゃにケツん中かぜきまぜられるのが最高に気持ちよくて今にもイッちまいそうだったよ。お前もそうだろ?ナイフの鞘でごりごりケツん中抉られて本当は気持ちいい癖に、めちゃくちゃ痛いのがだんだん良くなってくるってちゃんとわかってるくせに」
 「レ、イジ、き、さまあっ………殺、す、ころ……っあぅひっ、」
 「声が変わってきた。いい兆候だ」
 木の鞘がぐるりと反転する。 
 「ナイフに犯されてよがってんのか?変態」
 暴君がひややかに揶揄を投げてサーシャのプライドをずたずたに引き裂く。
 サーシャの体温が移り始めた鞘が激しく抜き差しされその度に奥を突く。ナイフに犯される苦痛にも増してサーシャを責め苛む恥辱、よりにもよってレイジの手で、自分が唯一好敵手と認める男の手で尻に異物を挿入され快感を感じ始めている現実がサーシャを徹底的に打ちのめす。
 サーシャの顔から虚勢が剥離していく。
 傲慢な表情がかき消えた下から現れたのは、汗と涙に塗れぐちゃぐちゃに崩れた悲痛な顔だ。
 「やっぱり。抱くより抱かれるほうが似合ってるよ、お前は」
 抜き差しの手が速まる。肛門にたまった血がナイフの抜き差しに応じちゃぷちゃぷと水音をたてる。サーシャは快楽に息を荒げ始める。固くて太い鞘が肛門の奥深く捻じ込まれるたび奥底からねっとりした快感が湧き起こる。もっと早く、もっと激しく。ともすれば浮きそうになる腰を意志の力でねじ伏せ、快楽の荒波に逆らうサーシャを皮肉にせせら笑い、唄うような抑揚で暴君が述べる。
 「我が親愛なる皇帝陛下よ、遅参のご無礼お詫び申し上げます。このような不潔な牢獄にてあなたに逼塞の日々を遅らせたはお迎えにあがるのが遅れた家臣の罪、どうか咎ある我が身をお裁きください」
 陶然とした表情で言い終えたレイジに、両腕を縛られて完全に抵抗を封じられながらも、その一瞬だけ怒りが快楽を圧したサーシャが猛然と食ってかかる。
 「き、さま……貴様ごときが、何故知っている……貴様ごときが、あの人を真似るなっ……あの人と同じことを言うなっ、我が兄の名誉を汚すな!汚らわしいその口で兄の台詞をなぞるな汚らわしいその手で私にふれるな汚らわしい身で兄を騙るな、アルセニーは私の……」
 語尾が途切れる。
 股間にもぐりこんだ暴君の手がサーシャのペニスを弄り始めたのだ。
 「びんびんに勃ってやがる。ちょっとさわっただけで柘榴みたいにはじけちまいそうだ。鞘を突っ込まれただけでこんなになっちまうなんて真性マゾのサバーカはどっちだよ、サーシャ。これもホセの調教の成果か?苦痛に欲情するようホセに仕込まれたのか?……仕込んだのは別人か?おまえが前に世話になってたっていう酔いどれ団長の手柄か?」
 「あ、うあ、ああああひああっああ……!」 
 暴君がいささか乱暴にペニスを扱く。
 赤剥けたペニスが一回り体積を増す。膨張したペニスを満足げに眺めやり、先走りの汁が滲み始めたカリに軽く爪を立てる。
 暴君は笑っていた。固く太い木の鞘を後方の孔に穿たれたサーシャは、両腕を縛り上げられた体勢のままベッドに仰向けになり、腹に密着するほどそそりたったペニスをレイジの手にやすりがけされる快楽に身も世もなく呻いている。
 快楽と苦痛が混沌と溶け合う中、全身汗でぐしょ濡れとなったサーシャは懐かしい声を聞く。

 『お迎えに上がりました、陛下。遅参のご無礼心よりお詫び申し上げます』
 
 「アルセ、ニー……」
 焦点を失くした目を虚空に彷徨わせ、サーシャは兄の幻影を追い求める。 
 「知ってるんだぜ、お前が本当に好きなのが誰か。全部ホセから教えてもらったよ。ヤク抜きの調教の最中もひっきりなしにうわ言くっちゃべってたそうじゃねーか、リアルな悪夢の中で愛しい兄貴を呼んでたそうじゃねーか」
 もはや限界までそそりたったペニスからあっさり手を放し、優越感に酔った暴君が嘯く。
 暴君が後方の孔から鞘を引き抜く。
 肛門の栓が外れ、中に溜まっていた血がしとどにシーツを染める。
 「ひぎあっ……」
 鞘を抜かれる痛みと脱力感にサーシャが呻く。
 血染めのナイフを鞘ごと床に放り捨てるや否や、サーシャの膝をむりやり押し開き、拡張された孔に自身の怒張をあてがった暴君が宣言する。
 「鞘だけじゃ物足りないだろ?肉の熱さが恋しいよな?俺が欲しいよな、そう言えよサーシャ、ケツの孔がいやらしくひくついて俺を誘ってるって浅ましく上擦る腰が俺にねだってるってそそりたつペニスが俺の手を待ってるって、お前の体ぜんぶが俺を欲しがってるってそう言えよ」
 「ふざけ、るな……北の皇帝たる私が、東の王如きに頼みごとだと……?馬鹿も休み休み、言え……」
 息も絶え絶えに抗弁するサーシャを見下ろす隻眼が、爛々と狂気の輝きを増す。
 怒張したペニスががサーシャの肛門に捻じ込まれる。
 みちみちと肉が裂けて新たな血が滴る。
 サーシャが声にならぬ声で絶叫する。
 大気をびりびり震撼させるサーシャの絶叫にも眉ひとつひそめず、サーシャの内腿をゆるりと伝いシーツに散った血の朱に一瞥もくれず、暴君はただ肉欲に突き動かされるがままに快楽を貪り食らう。
 「好きな奴が別にいるくせに俺に焦がれ苦しむふりをするのはよせよ。『喜劇を自作自演するなんて賢い人のやりくちとは思えない』……お前の国の偉い作家の言葉だろ……っ、お前ン中すっげえ熱いな……食いちぎられそうだ……血がぬるぬる絡み付いて最高に気持ちいい。コニャックの瓶の中にひたってるみたいだ」
 暴君は欲望の赴くままサーシャを犯す。
 サーシャが絶叫しようが苦悶しようがお構いなしに荒々しく腰を突き入れ前後に揺り動かす。 
 身を苛む恥辱と激痛とそれらを圧して巻き起ころうとしてる快感の波に理性をもっていかれぬよう下唇をぎりっと噛み締め、せめても喘ぎ声をもらさぬよう自制するサーシャの脳裏を懐かしい面影が過ぎる。

 『僕は必ずサーシャを、貴方を、陛下を守り抜く。君が望むなら今すぐにだってサーカスから連れ出す決意と準備を整えている』
 「にいさ、あっ、にいさ……あっ、あああっひあぐ、ひあっ、兄さ、アルセに、あっ、あ、レイジっ、レイっッ……!!」

 遠のく面影を捕まえようと手を伸ばしかけ、腕を縛られていることを思い出す。
 「私、は、ロマノフ王家の血を引くっ、正統な、王位継承権をもつ、皇帝……斜陽のロシアを導くべき、新時代のツァーリ……にいさ、兄さん、あっ、あふっ、ひあぅぐぅ、あひ……兄さんが、私に、そう言った……そう言った、んだ……!」
 サーシャの心は祖国ロシアへと還り、アルセニーと出会った十歳の頃に返る。 

 すべてが枯れ果て陰鬱に沈み込んだモスクワ広場。
 霜焼けだらけの幼い手をとり、サーシャの足元に額ずいた兄の姿がよみがえる。
  
 『僕は必ずサーシャを、貴方を、陛下を守り抜く。君が望むなら今すぐにだってサーカスから連れ出す決意と準備を整えている』
 「嘘だ」
 『陛下を愛してます』
 「嘘だ!」
 『だれよりも』
 「兄さんはうそつきだ!!」

 あなたの愛は、私が望んだ形ではない。
 
 「覚悟しろよ、サーシャ。アルセニーの代わりに抱き潰してやる」
 レイジと同じ顔の暴君がサーシャの痴態を冷ややかな眼差しで眺めやり吐き捨てる。
 子供のように駄々をこねながら、しかし既にして快感の虜となりレイジと性器を密着させるように腰を上擦らせサーシャが絶叫する。
 繋がった部分が熱く溶け合う。 
 腰から下が蕩ける劇毒の快感に、それでもまだ頭の片隅にしぶとく居残っていた理性がちりぢりに蒸発する。
 「ああっ、あああああああっ、あっ、ひあっ、あふ、あああっああああああっあああああ……!」
 暴君が一際深く腰を突き入れると同時に、先端から根元にかけて摩り下ろすようにペニスをしごく。
 
 瞼の裏で閃光が爆ぜる。
 兄の面影が粉々に打ち砕かれる。

 先端の孔から白濁が弧を描く。
 精液をあらかた絞りつくしてもまだ体から独立したペニスの痙攣はやまず、後ろを穿たれままベッドに前のめりに突っ伏したサーシャの前髪を掴み、首をねじきる勢いで強引に振り向かせる。
 今や完全に房は闇に沈んでいる。
 天井、壁、床。
 至る所に暴虐と破壊の痕跡を留める荒廃した房内にあり、ベッドの上に片膝付いた暴君が一言一句区切って噛み含める。

 『You are my favorite dog.You are my good dog hearing that I say in anything. I love you.』

 おもむろに顔に手をやり眼帯を外し、振り被るようにして投げる。
 黒革の眼帯は天井を掠めて宙を舞う。
 暴かれた左目には無残な傷痕が穿たれている。
 サーシャの右目にあるのとうりふたつの傷痕。

 自ら封印の戒めを解いた暴君が、傷で塞がった左目を外気に晒し、残る右目に熱狂的な興奮を滾らせる。
 身の内から狂気の波動が迸る。
 サーシャの前髪を根こそぎ引き抜かんと鷲掴み、唇の触れ合う距離に顔を近付ける。
 サーシャが弱々しく薄目を開ける。細く目を開けたサーシャはふと違和感に駆られレイジの首筋に視線を這わす。
 そして、違和感の正体を悟る。
 暴君は十字架をしていなかった。
 いつも肌身離さず身に付けていた十字架を首から外してしまっていたのだ。

 今の自分に神の加護は不要といわんばかりに、
 神など無用といわんばかりに。
 
 サーシャの眼前に迫り来た暴君が、混沌そのものといった負の求心力を放つ微笑を浮かべる。
 あるいはすべてを貪欲に喰らい尽くす虚無そのもの。

 薄氷の眼差しと薄茶の眼差しがぶつかる。
 視線と視線が絡み合い、互いに魅入られたような静止の瞬間が訪れる。

 静謐が満ちる房の片隅にて。
 粘っこい白濁に塗れたサーシャを独占するが如く胸に抱え込み、神を見限った暴君が改めて名乗りを上げる。

 『I am not a king.
  I am a tyrant.
  I am a tyrant eaten up by hatred.』

 俺は王ではない。
 俺は暴君だ。
 俺こそ憎しみを喰らい尽くす暴君だ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050319153353 | 編集
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