ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十三話

 下水道でセイレーンと出会った。
 「歌はいいわねえ」
 人魚の地声は野太かった。

 僕は下水道にいた。
 消灯時刻を過ぎた深夜囚人が寝静まった頃合を見計らいビバリーにも内緒で下水道におりたのはホセの依頼をはたすためだ。
 いい加減本腰入れてとりかからないと後々どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
 「東京プリズンの地下を探る」という曖昧すぎる目的をもって梯子伝いに下水道におりた僕を待っていたのはホラー映画顔負けのこった演出の連続だった。
 病的に白い体毛と不気味に光る真っ赤な目が特徴のネズミさん達にはいきのいいご馳走と認識されお尻を齧られかけ、アルビノネズミの大群から逃げて飛び込んだ脇道はおそろしく複雑に入り組んでいて、壁が途切れてポイと見知らぬ場所に放り出された時点で完全に帰り道を見失っていた。

 現在地はまったく見当つかない。
 自分が今どのへんにいるかもわからない。

 東京プリズンの地下には蟻の巣の如き構造の下水道が枝葉を伸ばしている。僕が今いる場所は大きく本道から逸れているらしく壁にはひとつも照明がなく不均衡に傾斜した天井が荒廃した雰囲気を醸している。
 パッと見の印象は地下何層にもわたり発展した下水道の終点近く、ブルーワーク担当の囚人すら滅多に立ち入らない暗渠の迷路のただなかだ。僕が最初に地点を心臓の大動脈にたとえるならここは右手小指の毛細血管の先っぽあたりだ。

 完全に迷子になった。

 不安と絶望に押し潰されたかけた僕に一筋の光明をもたらしたのは、不意に響いてきた歌声だった。
 下水道には場違いな歌声。
 なぜ歌が?と疑問を抱くも、帰り道を閉ざされた僕には歌に導かれ先に進むより他に選択肢はなかった。
 黴臭く苔むした下水道に流れるのは僕が生まれるずっとずっと前に流行った歌、それこそ百年以上も前に一世を風靡した歌だ。
 タイトルは「テネシー・ワルツ」。
 音楽好きのビバリーがダウンロードするのを傍らで聞いてたからすぐピンときた。
 でもなんで下水道に歌が?
 いったいぜんたい誰が歌ってるの?
 一歩進むごとに素朴な疑問が得体の知れぬ不安にとってかわる。
 考えれば考えるほどおかしい、不自然だ。
 いや、不自然を通り越して異常な状況だ。
 さっき言ったとおりここはブルーワーク担当の囚人すら存在を知らないとうの昔に忘れ去られた水路で、今は一部の例外を除き東京プリズンの囚人全体が夢の中の時間帯で、僕はわざとその時間帯を選び抜け目なく下水道に下りたのだから当たり前だけど、常識的に考えてこんな時間のこんな場所に僕以外のだれかがいるはずはないのだ。しかも相手は歌を唄っている。わけがわからない。わざわざ歌を唄うために下水道におりたの?こんな暗くじめじめした場所で歌の練習をするために?まさか。

 思考の過程でぞっとする。
 もし、相手が人間じゃなかったら?
 魔性の歌声で船乗りを破滅させるセイレーンのイメージが脳裏で像を結ぶ。

 「……まさか。ワニならともかく下水道に人魚がでるなんてナンセンスっしょ」
 岩に腰掛け船乗りを手招く人魚のイメージをかぶりを振って打ち消す。
 青白い光満ちる月下の海ならともかく、独特の黴臭い匂いが充満する不浄な下水道でちゃぷちゃぷ水遊びに興じる人魚は本来のロマンチックなイメージとかけ離れている。
 わざと勢い良く水を蹴散らし水路の奥をめざす。
 歌声がますます大きくなる。
 歌声は時に太く時にか細く豊潤な旋律を編んでいく。
 天井から水滴が滴る。
 吐く息が白く曇る。
 上着越しにじわじわ寒さが染みこんでくる。
 膝まで水に浸かりながら半ば以上むきになって水路を進む。
 歯の根ががちがちと鳴る。
 上着越しに二の腕をさすり寒さをごまかす。
 歌声がますます大きくなる。
 声の主が至近距離に迫る。
 胸の高鳴りをおさえて正面の闇に目を凝らす。 
 「だれ?だれかいるの?」
 闇に慣れた目が人影を捉える。
 歌声がふっつり途絶え重苦しい沈黙がのしかかる。
 僕は油断なく正面を睨みつけ、相手がいつとびかかってきてもいいよう体の脇にこぶしを構え拳闘のポーズをとる。
 「あら?坊や、どこからわいてでたの」
 正面の闇に潜む人物は無防備ともいえる動作で僕の前に歩み出て、すっかり正体を晒す。
 僕は愕然とした思いで立ち竦む。
 目の前に現れ出でたのが実に異様な人物だったからだ。
 その人物は不恰好に出っ張った頭を綺麗に剃り上げていた。
 要するにスキンヘッド。
 ここまではまあいい、スキンヘッドの囚人は少なくない。
 特筆すべきはその強面ぶりだ。
 灼熱の炭火のように爛々と輝く目、一呼吸ごとに膨らむ鼻の穴、ふてぶてしくひん曲がる唇、くるみを殻ごと噛み砕ける顎はケツのように割れてひげの剃りあとも青々と濃い。がっしり骨太の体にふさわしい武骨な顔はよくいえば勇ましくありていにいえば醜い。凱と同路線のルックスだけど、こっちは更に鼻ピアスと唇ピアスのおまけつきで一目見たら忘れられない強烈なインパクトを与えてくれる。
 シャツが張り裂けそうに分厚い胸板、崖のように起伏にとんだ腹筋、髑髏の刺青があってもおかしくない上腕二頭筋の隆起。
 一応囚人服を着ていたけど、とてもじゃないが未成年とは思えぬ凄味と貫禄あふるるワイルドな面構え。軍人上がり、それも「チンポコ頭」と罵倒を浴びせる鬼教官に叩き上げられ不屈の闘志を獲得した海兵隊出の猛者だと言われたほうが余っ程しっくりくるストイックなマッチョぶり。腕立て腹筋は一日たりとも怠りません、サー。
 しかし何故か開口一番とびだしたのはおねえ言葉。
 「……え?え?え?」
 ちょっと待って、なんで下水道にオカマが?
 いや、まだオカマと決まったわけじゃない。
 タマのあるなしは見た目だけで判断できないしひょっとしたら手術前かもって何言ってんだ僕、混乱しすぎ。ぴかぴかに磨き上げたスキンヘッドとか炭のように好戦的に輝く目とか唾飛ばし捲くし立てるごとにぶらぶらする鼻ピアスと唇ピアスとか奇抜を通り越して奇怪な容貌、カタギ路線とは180度逆方向にまっしぐらに突き進むルックスにも増して、その口から機関銃の如く発せられるおねえ言葉に面食らう。
 妙に甘ったるく語尾を伸ばす喋り方に反し、野太い声は明らかに男のものだ。
 なよなよとめめしい仕草が似合わなすぎて気持ち悪いオカマが悩ましげに腰をくねらせすりよってくる。
 熱っぽい息が耳朶をぬらす。 
 「歌はいいわねえ」
 鳥肌立った。色んな意味で。
 「ひいいいいいいいいいいいいっ!?」
 貞操の危機を感じてあとじさった拍子に勢い良く足が滑る。
 水柱が立つ。
 両手をばたつかせ尻餅付いた僕は全身に水をひっかぶりずぶ濡れになる。
 頭から服から雫が滴る。
 脳裏で疑問符が膨らむ。
 なんで下水道にオカマが?……いや、オカマはこの際おいとこう。この男はいったい何者で何が目的でこんなところにいる、なんだってこんなところでご機嫌麗しく歌を唄ってたの?
 僕はすっかり動転していた。
 下水道の奥の奥、ブルーワークの囚人すら存在を知らない打ち捨てられた水路で百年も前の流行歌を口ずさんでいたのはスキンヘッドピアスのオカマだった。
 ある意味セイレーンより衝撃的だ。
 「あの、あの……君、人魚じゃないよね」
 水路に尻餅付いたまま、未知との接近遭遇が接近挿入にならないことを祈りつつ見てわかることを一応聞いてみる。
 「んまっ」
 オカマが頬に手をあてがう。その顔がみるみる赤くなる。
 感激に頬を染めたオカマがずんずん大股に詰め寄りむぎゅっと僕の手を握りしめ助け起こす。振り払う暇もなかった。そもそも握力が強すぎてほどけなかった。痛い痛い指が折れると涙目で哀訴する僕には構わず、というより感激のあまり僕の抗議なんかさっぱり耳に入ってないらしいオカマが歓喜に咽びながらくねくねと身をよじる。
 「私が人魚ですって?まあなんてステキな比喩ロマンチックなレトリックに富んだ表現なの、貞子感激!」
 「さだこ?」
 鸚鵡返しに問う僕をよそに、貞子と名乗るオカマはうるうる目を潤ませ僕の手を束ねてひしと揉みしだく。
 「そりゃそうよねこんなじめじめと薄暗く不潔な下水道で世にも美しい歌声が聞こえてきたら人魚と勘違いしても無理ないわ、あなたの気持ちはよーっくわかるわよ坊や!しかも歌を唄っていたのが世にも美しきこの私、性別を超越した美の体現者なるマドモワゼル貞子こと絶世のニューハーフときたらその歌声と美貌でもって船乗りを破滅させるセイレーンと見間違えたところで無理ないわ、あなたが気に病むことなんてちっともないわ、言ってみればこれは運命の悪戯で私の美を妬んだ女神アフロディーテの意地悪なのだから私が人魚じゃなく更には女じゃなくてもがっかりする必要なんかこれっぽっちもないわ!私に足が生えているからといって幻滅することはないのよ坊や、ともかくお股のあいだにぶらぶらしてる三本目の足については一日も早い切除を望むけど……」 
 僕に一言も挟ませない饒舌さで捲くし立て最後に切なげにため息をつく。
 激情に乗せ言い切ったオカマが下心満載で探りをいれてくる。 
 「ところであなた、ついてるの?」
 食われる。
 物欲しげに指をくわえるオカマから距離をとり、顔の前で両手をふりたくり必死に弁解する。
 「ついてる、ついてますっ!」
 「な~んだ。『済』かと思ったわ」
 なんだこの展開。なんだこの気のぬける会話。
 貞子と名乗るオカマの登場にすっかり調子が狂う。
 貞子……たぶん源氏名。
 だから何?
 本名だろうが源氏名だろうがこの際どうでもいい。
 深呼吸で冷静さを取り戻し慎重に立ち上がる。
 下水道で貞子と対峙する。
 自称貞子は興味津々といった感じの顔つきで頭のてっぺんから足の先までしげしげと僕を値踏みする……特に股間のあたりを重点的に。
 天井から滴り落ちた雫が水面に波紋を投じる。
 愉快げに僕を品定めする貞子に負けじと顎を引き、毅然と言い返す。
 「人魚じゃなけりゃ、なにさ」 
 僕の虚勢を見透かすように貞子が余裕の笑みを浮かべ、立てた小指をくるくる回してみせる。
 「ただのオカマよん」
 「そのオカマがなんでここにいるの?こんなじめじめと薄暗い下水道でひとり何してたわけ?」
 苛立ちに声が尖る。
 貞子はあっけらかんと開き直る。
 「ヒ・ミ・ツ」
 脱力。
 早くも会話に疲れてきた。
 はなから人種が違うと諦めて退散すべき?
 がっくりうなだれる僕を愉快げに見詰めながらしかつめらしく貞子が忠告する。
 「逆に質問。あんたこそ何してるの?あんたみたいに可愛い子がふらふらしてたら危ないわよ、ネズミの餌になるのが関の山だわ」
 「僕、ブルーワークなんだ。今日の昼間下水道にもぐった時に落とし物しちゃってさ、その時はぜんぜん気付かなかったんだけど消灯時刻が近付いてさあ寝ようとした時にハッと思い出して下水道にやってきたってわけ」
 すらすらと嘘が口をついてでる。
 こんな怪しさ大爆発の胡散臭いオカマに真実を話すほど僕は馬鹿でもドジでもないのだ。第一相手だって本当の目的を言わないのだから僕だけが責められるいわれはない。
 貞子は「ふ~ん」と頷きながら僕の話を聞いていた。
 完全に信用したわけではない証拠に顔にありありと不審の色が浮かんでいたが、お互い様だから気にしない。
 「変ね。わざわざ看守に見つかる危険を犯さなくても明日の仕事の時に拾えばいいじゃないの」
 「水路におっことしたんだ。流されちゃったら困るでしょ。気付き次第なるべく早くとりにこなきゃね」
 上目遣いに貞子の表情を窺う。僕の言葉に一応は納得したらしく、すっきりしない表情ながら貞子は軽く頷いてみせる。
 「しょうがないわねえ。こうして出会ったのもなにかの縁ってことで地上まで案内してあげるわ」
 やった。思いがけず救世主登場。
 「ほんと!?ラッキー」 
 指を弾いて快哉をあげる。
 案外いいオカマじゃんコイツと貞子を見直した。
 再び地上に帰れる嬉しさにこの瞬間僕の脳裏からは貞子の正体に関する疑惑もホセの依頼内容もきれいさっぱり消し飛んでしまった。
 地獄に仏下水道にオカマ、神様何様貞子様。
 ああ、これでゴキブリとネズミが這いずりまわるじめじめ薄暗い下水道とおさらばして毛布にくるまってぐっすり眠れる。相棒の下水道探検など露知らず今頃はロザンナを抱いて眠りこけてるだろうビバリーを想像しにわかに心が浮き立ち始める。
 寝相の悪いビバリーがベッドからずりおちかけたところを想像し、ニヤケた顔で貞子の肩を叩く。
 「サンキュー貞子さん、あんた結構いいオカマだね!」
 先に立って歩き始めた貞子がぴたりと立ち止まる。
 「ニューハーフって呼ばないとタマ潰すわよ」
 貞子は振り向きざま輝やかんばかりの笑顔で断言した。
 
 「………ねえ、本当にこっちでいいの」
 「二重の意味でツイてる私を信じなさい」
 また下ネタかよ。
 お下劣な駄洒落にうんざりしつつ、おいていかれてなるものかと貞子の背中を追う。
 貞子は勝手知ったる下水道とばかり迷いない足取りで脇道に逸れていく。
 妙なことになったぞと思いながら僕はその後を追いかける。
 貞子と出会った地点から既に1キロばかり離れている。
 戻っているのか進んでいるのかそれさえ判らない暗闇で頼れるのは貞子の背中だけだ。貞子は僕がついてきてるか確かめようともせずひとり勝手にずんずん進んでいく。僕は懸命に貞子に追いすがる。息を切らし小走りにある時は右折しある時は左折し複雑に交差した水路へ路から水路へ渡り歩く。
 貞子の導きにより水路に分け入るごとに風景が変化していく。
 天井と壁の間隔はますます閉塞し今や息苦しいほどだ。
 閉所恐怖症の人間ならたちどころに発狂してしまいそうな狭苦しい空間で足元にはちょろろと水が流れている。膝まで水に浸かっていたさっきと比べればだいぶマシだけど照明ひとつないせいで歩きにくいことこの上ない。
 「ねえ、貞子さんはどの棟の人なの?」 
 のしかかる沈黙に痺れを切らし、せめておしゃべりで気を紛らわせようと快活に口を開く。
 「北棟よん」
 「へえ、北か。サーシャ最近どう?所長の犬に成り下がって軍人気取りでのし歩いてるみたいだけど、肝心の所長がペットレス症候群でカウンセラーのお世話になってるんじゃ仕事もろくにないんじゃないの」
 「あら、あれはあれで結構忙しそうにしてるわよ。ペア戦でレイジに敗けてからは北棟での地位もどん底に落ちて随分辛酸を舐めたようだけど今じゃ完全復活、高笑いしながらびゅんびゅん鞭振り回してるもの。立ち直り早いわよねあの子。だってアホだから。今?今は何してるのかしらね。こないだ東の王様に会いに出かけに行ったのは聞いたけど……最近はおもに所長のペット代わりとしてご奉仕に励んでるみたいよ。主食はほねっこだってもっぱらの噂だもの」
 「マジ?死んだハルの代わりに掘らせてやってんの?」
 「全裸に剥かれて鎖付きで鞭打たれてちょっとしたハードSMの毎日よ。所長とハルは身も心も繋がった仲だって話だからハルの代わりを務めるってのはつまりそゆこと、フユキ専属の性奴隷になるってことよ。でも美味しいわよね、銀髪の性奴隷だなんて。私もほしいわ性奴隷。鞭打たれるのと鞭打つのなら断然後者よね。うちの皇帝サマはちょっと前まで東の王様にご執心で寝ても覚めてもつけまわしてたけど今はたくさんのファンにつけまわされる側で本人も参ってるんじゃないかしら?最近げっそりやつれてきたし……心配だわあ」
 もとから噂好きな性分らしく話しかければいきいきとサーシャの近況を教えてくれる。大袈裟な口ぶりでサーシャの体調を憂える貞子に三歩遅れ、世間話の延長でさりげなく質問する。
 「貞子さんは何やってぶちこまれたの?」
 「痴情のもつれでちょっとね」
 貞子が頬に手を添え遠くを見る。
 焦点の合わない目で虚空を凝視する貞子の横顔には、過去の過ちを悔いる沈痛な色よりも若気の至りを反省する殊勝な色が濃く刻まれていた。言うなれば「あの頃は若かったわね」と一種微笑ましさをひめた青春の回顧だ。……ふれないほうがいいかもとためらうも一度持ち出した話題を打ち切るのもわざとらしいかなと思い直し、何より好奇心に負けて突っ込んでみる。
 「痴情のもつれって……具体的には」
 「小娘の頃の話よ」
 「そもそも性別が違うじゃん」
 冷静な指摘を脇にしりぞけ自分に酔った貞子が滔滔と話し始める。
 「当時私にはぞっこん惚れ込んだひとがいた。それこそ身も心も捧げ果てた最初で最後のひと、永遠の愛を誓い合った仲よ。けれどね、その人は私を裏切ったの。私を裏切って他の女に走ったの。許せなかった。よりにもよって女なんかに、女なんかに、お尻じゃなくてお股に穴があいてる憎い雌なんかに……」
 宙に両手をさしのべ悲劇のヒロインぶって情感たっぷりに自分の半生を物語るも、恋人の裏切りの段階にさしかかり感情が沸騰したらしく声に地金が出てケツ顎がわななく。
 腰だめに構えた拳を屈辱に震わせ、全身から気炎を立ち上らせた貞子が声のトーンをおとす。
 「浮気者には死あるのみ。私は全世界の虐げられたニューハーフに代わり復讐の女神に頭をたれ剃刀を手にしたわ。いつもおひげを剃ってた剃刀、切れ味のよさは保証済み。ペアの歯ブラシをひとつコップにさすようにペアの剃刀をコップにさしお互いの顎を剃りあった幸福な日々が過ぎ去り幾星霜、屈辱を耐えに耐えしのびけなげに尽くし続けたけれどもう限界。私は剃刀を手に浮気現場に殴りこみ金輪際哀しみの種子を撒き散らさないようきゃつのクソ魔羅をばっさり……」
 「ストップごめんなさい僕が悪かったです乙女の純情を踏みにじるような無神経な質問してごめんなさいー!」
 貞子の手に握られた剃刀の幻影すら見えた。
 狂気迸る身振り手振りで当時の状況を微に入り細を穿ち再現し、手にした剃刀を振り下ろす動作までやってのけた貞子が、禿頭に汗を光らせこちらに向き直る。
 「冗談よ、ジョーダン」
 ……不自然なほど爽やかな笑顔だった。
 こいつはやばいと本能が騒ぎだす。
 貞子は迫真の名演技で彼氏の息子をばっさりやったことなど忘れかのようにご機嫌な様子で再び歩き出し、僕は正確に1メートルの距離を保ちびくびくと貞子の背中に続く。
 ……なんだか泣けてきた。
 無性にビバリーに会いたい。
 貞子みずから案内役を申し出た時はこれで漸く地上に帰れると感謝したけど、正体不明のオカマと二人ぼっちで下水道を歩く奇妙奇天烈な状況がもたらすストレスたるや絶大で、おまけに貞子ときたらしゃなりしゃなり腰振ってなよなよ内股で歩いてて、それがもうびっくりするほど似合ってないやら滑稽やらで、半径1メートル離れた僕はふきだすのをこらえるだけで物凄い労力を使っているのだ。
 ……何者なの?この人。
 北棟の囚人ってのは本当なの?
 何しに下水道におりてきたの?
 貞子の背中を見詰めるうちに不吉な胸騒ぎを覚える。
 考えれば考えるほどに貞子への疑惑が増す。
 貞子は下水道におりた用件を言わなかった。
 「………………」
 貞子の背中を追いながら推理を捏ねくりまわす。
 ホセは策士だ。
 ホセが僕だけじゃ頼りないと憂慮し他の人間にも依頼を持ちかけたとすれば貞子がここにいる理由が判明する。貞子もまたホセに依頼され僕と同時刻に下水道にもぐっていたのだ。
 そう考えれば僕と貞子がはちあわせしたのも不自然じゃない。
 僕と貞子はホセの依頼を遂行すべく少ない情報を手がかりに下水道をくまなく探索していたのだからブルーワークの囚人すら立ち入らない寂れた水路でばったり出くわすことだってありえる。つまり僕たちはホセの掌の上で踊らされていたのだ、片方が失敗しても片方が依頼を引き継げるよう保険をかけられていたのだ。
 そう考えれば辻褄が合う。
 貞子が北の人間というのもあやしい。
 ホセ自ら危険を伴う調査を命じたのなら信用ある南の人間の可能性が高い。
 貞子がホセの腹心?
 貞子もまた隠者の持ち駒のひとつだとしたら……
 「ね、貞子」
 緊張に乾く唇を舐め、意を決し立ち止まる。
 「君、ほんとに北の人間?ほんとは南の人なんじゃないの」
 前行く背中に直接疑問をぶつけてみる。
 水路の真ん中で貞子がおもむろに立ち止まる。僕は一歩詰め寄る。
 「君が下水道におりた理由を話さないのは隠者に口止めされてたからっしょ?君も僕と同じでホセに利用されてたんだ、アイツの手駒として動かされてたんだ。この際だからはっきり言っちゃうけど、僕は南の隠者ホセに『地下を調べろ』って言われて、こうしてこっそり下水道におりてきたんだよ」
 極秘の依頼内容をバラしちゃっていいのかなという危惧に一瞬舌が縺れるもかぶりを振って躊躇をかなぐり捨てる。
 勘違いだったらどうしようという心配はもちろんあるが、それ以上に僕の推理は正しいという根拠のない自信と確信に支えられている。

 人が立ち入るはずのない下水道の奥で「偶然」出会った謎のオカマ。
 もしこれがホセの手により仕組まれた「必然」の「偶然」だとしたら?

 貞子がホセの腹心と仮定して、ホセの命令で下水道を調べていて、迷子になった僕とかち合ったのだとしたら?
 腹の底からむらむらと怒りが湧いてくる。

 『期待してますよ、リョウくん』
 うそつき。

 僕の能力を見込んで依頼するとかぬかしたくせにちゃんと保険をかけていたんだ、僕一人が任されたわけじゃなかったんだ、腹の底では僕なんか信用できない依頼を成し遂げられるわけないってばかにしてたんじゃないかホセのやつ。黒縁眼鏡をかけたうさんくさい笑顔が脳裏に浮かぶ。ああ、唾吐きかけてやりたい。まったくホセは腹黒い、最初から僕のことなんてこれっぽっちも信用してなかったくせに利用価値なんか認めてなかったくせにさんざおだてあげて掌の上で踊らせてやがったんだ畜生!
 ホセの仕打ちにプライドがいたく傷付く。
 僕はそれなりに情報屋として自信をもっていたし自分の能力を信用してもいた。けれどホセはそうじゃなかった、僕に集められる情報なんかたかがしれてると高をくくり、「でもまあ一応保険をかけときますかね」ぐらいの軽い気持ちで下調べを頼んだのだ。

 僕ははなから期待されてなかった。
 ホセにとっては僕こそおまけで、ついてでで。
 もしもの時のための保険にすぎない存在で。
 もしもの時が来ない限り、お呼びじゃないわけで。

 「じゃあ何、僕が今までやってきたこと全部無駄だったわけ?梯子掴んで手が霜焼けになって寒い思いして下水道に下りて、ユアンの幽霊やネズミの鳴き声や自分の影に怯えながらあちこち行ったりきたりしてあげく迷子になって、そうやってひとりぼっちで心細い思いしてまで下水道の下調べしてたのにホセははなから僕のこと信用してなくて、べつに本命がいて、僕はホセの掌の上で踊らされてただけ……」
 腹立たしさのあまり語気を荒げて貞子につっかかる。貞子は何も言わず僕を見詰めていたがふいにその顔が真剣みをおびる。
 「しっ!」
 貞子とびかかるように僕の口を塞ぐ。
 「むがっ!」
 貞子が剣呑な目で周囲を警戒する。鼻と唇のピアスが揺れる。僕の口を塞いだ貞子がそのまま僕に覆い被さり力づくで脇道へ押し込む。
 横幅80センチ足らずの壁の間に押し込まれ、わけもわからずもがき苦しむ僕の鼻面を塞ぐ形で貞子が押し迫るのだからたまらない。
 ちびで痩せっぽちの僕だからこそ何とか入り込めた隙間に筋骨逞しい貞子が身を捻じ込むのは無茶がありすぎるし物理的に不可能だ。
 しかし貞子は気合と根性でその無茶をなしとげた。
 鼻息荒く顔を充血させ、ぎょろりと剥いた白目を血走らせ、憤死寸前の形相でわずかな隙間に我が身を捻じ込んだ貞子の様子に異常を悟る。
 「どうしたのさ一体、かくれんぼにしたって窮屈すぎる……」
 足音が聞こえた。
 ぴちゃりとぴちゃりと水溜りを弾き、こちらに近付いてくる何者かの足音。
 「…………っ!」
 足音?
 だれの?
 「なかなか頭のいい子じゃない、見直したわ。でもね、世の中にはあなたの知らないことがまだまだいっぱいあるのよ」
 横顔に苦しげな笑みを浮かべた貞子が僕にむかって顎をしゃくり水路を見るよう促す。
 懸命に爪先立ち、貞子の肩越しに水路をのぞき見る。
 湿り気をおびた壁と天井に足音がこだまする。
 足音の接近に伴い胸の高鳴りが激しくなる。
 僕は知らず知らずのうちに貞子の上着の裾を握り締め、足音の主に対する恐怖を押さえ込もうとなけなしの自制心を振り絞る。
 鋭利な視線で水路を走査しきたるべき時に備え、全身に殺気を漲らせた貞子が小声で囁く。
 「あなたがずばり見抜いたとおり私はホセ様の腹心、ひと呼んで南の黒薔薇のつぼみで妹募集中の貞子よ。そうね、さっきのあなたの推理だけど大筋は当たってるわ。ホセ様は私にも同じ命令をくだしたの。『東京プリズンの地下を探れ』ってアレね。でもね、聞いて驚きなさい。同じ命をうけた囚人は南棟だけで五人いるの。全員ホセ様仕込みの優秀な駒よ。ホセ様独自の人脈でことを持ちかけた他棟の囚人を含めたら何人手駒を抱えてるかわからないわ。ドン・ホセはあなたが思ってる以上に底知れない男よ」
 貞子の告白に衝撃をうける。
 ホセの手駒は僕と貞子だけじゃなく他に何人も……何十人もいる。
 ポマードで塗り固めたオールバック、分厚い黒縁眼鏡の奥の柔和な垂れ目、しまりのない顔。
 弱腰セールスマンめいた気さくな笑顔と交渉術で自分を舐めてかかった相手を策謀の術中に落とし込むのがホセの得意技だ。
 ホセは今も着実に手駒を増やし続けている。

 何の為に?
 どうしてそこまで?

 「私が地下に潜ったのはね、消息を絶った手駒をさがすためよ」
 「え?」
 苦々しい独白が意表を衝く。
 「下水道にもぐった手駒が続けて消息を絶った。下水道の下調べをしてるさなかに行方不明になったの。南が三人、西が一人、北が一人……あわせて五人。失踪者が各棟にばらけてるのと深夜こっそり房を抜け出したのとで今はまだ看守も気付いてないけど、このまま放っておけばいずれおおごとになる。そうなる前に下水道に消えた駒を見つけだせってのがホセ様のお達しよ」
 ぴくりとも身動きせず水路を凝視し、貞子が予言する。
 「………くる」
 足音の主が僕らの正面にさしかかり、緊張が頂点に達する。 
 飛沫をはねとばし水溜りに降り立ったのは、黒光りするゴム長靴。
 何の変哲もない長靴を辿り視線を上げる。
 安物の雨合羽にすっぽり身を包んだ小柄な影が、深々垂れたフードの内側から探るような視線を向けてくる。
 フードの奥からちらりと覗いた目はおびただしい皺に埋もれている。
 小さい。身長は僕と同じ位しかない。腰が曲がっている。老人だ。
 光沢のある長靴を履いたその老人は、削げたように細い喉を仰け反らせ、フードの奥から威厳たっぷりにあたりを見回してみせる。
 足音がやむ。
 人影が水路のど真ん中で立ち止まる。
 何の変哲もないゴム長靴でたじろがず水溜りを踏み据え、
 陰鬱な灰色の雨合羽を特別誂えの礼服のように高貴に翻し、
 フードに翳った口元から第一声を放つ。
 「人の頭の上に砦を打ち立てた不届き者どもの子孫めが、言いたいことがあるならこの場に姿を現したらどうじゃ」
 噛み砕くように柔和な口調、年相応にしわがれた声。
 おもむろに手をやりフードを脱ぎ払う。 
 フードから零れ出たのは見事な白髪と皺深い顔。
 豊潤な年輪を刻んだ顔は厳しさと優しさを同時に秘め、誰をも分け隔てなく迎え入れる包容力をも感じさせる。
 預言者の神秘と指導者の威厳を兼ね備えた白髪の老人は、どことなく愛嬌あるつぶらな目を楽しげに輝かせ付け加える。
 「上の人間どもに忘れ去られて久しき東京地下都市、またの名を九龍租界のばばがお相手いたそう」
 歯の欠け落ちた口元にしゃわしゃわと皺を寄せた稚気あふれる笑顔は、どこにでもいるごくありふれたおばあちゃんのそれだった。 


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050321064911 | 編集
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