ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十二話

 リョウが消息を絶って丸二日がたつ。
 「リョウさんてば~もぉ~どこ行っちゃったんスか」
 パイプベッドの上で胡坐をかいたビバリーは苛立たしげに頭を掻き毟る。
 隣のベッドはもぬけのからだ。
 リョウが行方をくらましはや二日目、ビバリーはリョウの身に何かが起きたと確信しリョウの安否を気遣い眠れぬ夜を過ごしていた。
 リョウの失踪に気付いたのは一昨日の朝。
 朝起きたらリョウがいなくなっていた。
 起床ベルに叩き起こされ毎朝の習慣で洗顔を終え小便をすまし尿をきってから、ふと朝一番のリョウの悲鳴が聞こえないことを不審に思い、寝ぼけ眼で隣のベッドを見ればからっぽだった。

 ビバリーの朝は大抵悲鳴ではじまる。
 悲鳴の主はリョウだ。

 起床ベルが鳴るより先に隣のベッドからの甲高い金切り声に叩き起こされ次いでリョウにがくがく胸ぐら揺さぶられるのがビバリーの日課だ。
 悲劇の元凶は寝癖だ。
 イギリス人の母親から燃えるような赤毛を継いだリョウは、一晩ぐっすり寝てぱっちり目を覚ますと鳥の巣のようにこんがらがった自分の髪に愕然とする。
 くるくると毛先の丸まった天然の巻き毛はそばかすの似合う茶目っ気たっぷりの童顔を飾るリョウの自慢だったが、髪の性質上寝癖がひどく、リョウは顔を洗いがてら鏡を覗き込んでは毎朝卒倒せんばかりに悲鳴を上げるはめになる。
 実際リョウの寝癖はビバリーの目から見ても噴き出すのを堪えるのが無理といった具合で、笑いをとろうとわざとそうしてるのかと一度ならず勘ぐったほどだ。
 ダイナマイトの爆発に巻き込まれちりちりに髪が縮れたコメディアンごとくリョウの赤毛は頭の上でてんで勝手な方向に跳ね回り、本人がいかにしつこくおさえつけてもなかなかおさまってはくれない。

 『ねえねえビバリーちょっとこれ見てよひどいっしょ、朝起きて鏡を見たらこんなんなってたの、あんまりな仕打ちだと思わない!?悲劇だよ悲劇!こんな頭で人前に出たら笑われちゃうどころかお客もつかないよ、体当たりのギャグだよ。こんな鳥の巣みたいな頭で出歩いて生き恥さらすのはまっぴらごめんだね、意地悪な囚人どもが人の気も知らず面白がって僕の頭に煙草の吸殻とかガムとか捨ててくにきまってるんだから!ちょっと、笑い事じゃないって!真剣に聞いてよ!前もおんなじことあったんだから、ぼくの寝癖にウケた囚人がガム吐いてへばりついてとれなくて髪が沢山引っこ抜けたんだよ!まあでも吸殻じゃなくてまだよかったよ、いくら燃えるような赤毛が自慢でもマジで炎上しちゃったら洒落にならないもんね』

 寝癖にショックを受けたリョウはビバリーの迷惑など少しも考えず朝っぱらからヒステリックに喚き散らし、看守から巻き上げた櫛で櫛を梳かす。
 安眠妨害されたビバリーは渋々起き出してリョウの寝癖直しを手伝ってやる。
 リョウはもう半泣きの有り様で、世界の終わりのように悲壮な顔で鏡と向き合い髪を梳かしている。
 「そんなに強くしたらハゲますよリョウさん」と親切心から忠告するビバリーをキッと睨み、髪が抜ける勢いでむりやり櫛を押し進める。毎朝大騒ぎで寝癖と格闘するリョウに同房のよしみで付き合わされ、寝不足のビバリーは内心うんざりしながらも世にも情けない顔の相棒を放っておけず、水道水で手をぬらしてそれなりに格好がつくようリョウの髪を整えてやる。
 『サンキュービバリー、愛してる!』  
 鳥の巣のごとき寝癖がおもにビバリーの努力で器用にほぐされていくと、リョウはその首ったまにかじりつき顔中至る所にキスをする。
 ビバリーが拒んでもお構いなしだ。
 毎朝繰り返されるドタバタ喜劇、東京プリズンに来てリョウと同じ房で寝起きするようになってからすっかりお馴染みとなった習慣。

 寝不足の目をしょぼつかせてリョウの髪をセットしてやったのはつい三日前のことだが、それが随分懐かしく思える。

 「リョウさん、今どこにいるんスか……?」
 返事を想定しない虚しい問いかけ。
 ビバリーが独り言を呟くのは朝から数えて三十二回目だ。
 そのどれもが今ここにいないリョウへの呼びかけ、相棒に一言も告げず書置きひとつ残さず房を出たリョウへの不満だった。
 一昨日まではまだ気楽に構えていられた。
 猫のように気まぐれなリョウさんのことだ、愛人の房にシケこんでいちゃついてるんだろうと思い込みたいして気にしてなかった。
 リョウには前科がある。
 これまでも度々ビバリーが寝込んだところを見計らい房をぬけだしては愛人の房にシケこみクスリとセックスに溺れていたのだ。リョウいわく「出張サービス」らしい。
 リョウの無断外泊は珍しいことじゃない。
 いちいち騒ぎ立てるほどのことじゃない。
 思春期の娘を持ったパパでもなし、一日二日房を空けたくらいで血相替えて行方を聞きまわるほどビバリーも心配性ではないのだ。
 リョウの無断外泊には慣れっこだ。
 今度もどうせすぐ帰ってくる。
 一日目はそう思っていた。しかし二日が経ち異変に気付いた。
 リョウの噂話が一向に上らないのだ。
 これまでも二・三日程度の外泊は度々あったが、ビバリーがリョウをわざわざ捜しまわることなく余裕をもって帰りを待っていられたのは、囚人間の噂話で必ずリョウの居場所が掴めたからだ。
 リョウは多数の客を抱える男娼だ。
 そのリョウが二・三日もの間特定の囚人もしくは看守と一緒にいるとなれば、ビバリーの耳に届く範囲で、たとえば大勢の囚人が集まり情報交換にいそしむ食堂で話題に上らないはずがない。東棟の王様レイジやサムライにはかなわなくともクスリの売人兼男娼兼情報屋としてひっぱりだこのリョウは東棟におけるちょっとした有名人なのだ。
 囚人は有名人の動向に敏感だ。
 リョウが特定の客とシケこんでるとあらば、翌朝の食堂では必ず揶揄と下卑た冗談を交えた床事情が赤裸々に語られるはず。買った本人が黙秘したところでリョウを迎え入れるところをばっちり目撃した通りがかりの囚人や喘ぎ声を盗み聞いた隣房の囚人などがおのれの見たもの聞いたものを誇張して仲間にしゃべりまくるのだから、リョウが今だれと一緒に何をしてるかビバリーの耳にも自然と入ってくるのだ。

 ところが。

 食事中だれもリョウの噂話をしない。
 リョウの失踪の件に関して何ら情報をもたず、否、そもそもリョウが失踪した件すら知らないかのように振る舞うものが大半だ。
 中にはビバリーに「昨日と今日とリョウ見てねーけどどうかしたのか?」と探りを入れてくるものもいる。大半はリョウめあての客だ。
 リョウから覚醒剤を買っていた客、リョウ自身を買っていた客。
 そのいずれもが口を揃えてリョウの行方を知らないという。
 おかしい。
 文字通りリョウは蒸発してしまった。どこへともなく忽然と姿を消してしまった。だれもリョウの姿を見ず行方を知らないとはつまりそういうことだ。リョウは一切の痕跡と手がかりを残さずビバリーの前から消えてしまい、東棟の囚人もまたリョウの行方に関しては何ら有益な情報を掴んでおらず目撃者もでてこない。

 リョウの身に何かが起きた?
 事件に巻き込まれた?

 「………リョウさん、あんた今無事なんスか」
 ……考えすぎかもしれない。
 普段は底抜けに明るく能天気に振る舞っているが、一度物思いの種を抱え込むと悪いほうへ悪いほうへと思考が傾斜していくのは自分の悪い癖だ。リョウは明日にでもひょっこり帰ってくるかもしれない、『やっほービバリー独り寝寂しかった?』とけろりとして戻ってくるかもしれない。
 語尾を妙に甘ったるく伸ばす独特の喋り方で、媚を含んだ上目遣いで、ビバリーが見慣れた底意地悪い笑みを満面に湛えて……そうだ、そうにきまってる。商売上手なリョウのことだ、おそらくは北か南か西に出張してるにちがいない。別棟にいるのなら東棟まで噂が伝わってくるのが遅れる可能性も十分ありえる。
 ……ですよね、リョウさん? 
 ため息に暮れて大の字に寝転がる。
 視線は嫌でもからっぽのベッドに行ってしまう。リョウは書置き一つ残さず房から消えた。ひとり残されたビバリーはこの二日間というものリョウの安否を気遣うあまりご飯の味もわからずろくに眠れず強制労働にも身が入らず看守のお叱りを受ける始末だ。
 「!アウチッ、」
 ごろりと寝転がった拍子に右肩が痛む。
 思わず右肩を庇い身を丸める。
 警棒で殴打された場所が熱をもち疼きだす。
 わざわざ服を捲らずとも体のあちこちに痣ができてるのがわかる。 
 寝不足でぼんやりした頭でリョウのことを考えていたビバリーは、普段なら絶対しないごく初歩的なミスを連発し、今日だけで三回も警棒を食らってしまった。右肩を庇い悶絶しながら涙で潤んだ目で隣のベットを睨み付ける。

 リョウが抜け出した時そのままに毛布の捲れたベッド。
 背格子にちょこんと寄りかかるつぶらな瞳のテディベア。

 小さい頃ママから貰ったテディベアと前にリョウが自慢していた。
 だいぶ薄汚れ毛羽立ち始めたテディベアが、広すぎるベッドにぽつねんと置き去りにされた光景は妙に物哀しく胸に迫る。
 枕元にお行儀よくお座りするテディベアにからっぽのベッドは広すぎる。 
 「クマさんが可哀想じゃないっスか……」
 どことなく寂しげな風情を漂わすテディベアを見かね、ビバリーは腰を上げる。
 肩の痛みに顔を顰めながら潰れたスニーカーに踵を滑り込ませ、隣のベッドに歩み寄る。
 リョウ不在のべッドに腰掛け枕元に手を伸ばす。
 背格子に寄りかかったテディベアを抱き上げて自分の膝に移し、あるじに捨てられてしゅんとしょげているようにも見えるその頭をよしよしとなでてやる。
 「君はホントいいっこすねえ、自分をおいてけぼりにした薄情なご主人を恨まずこうしてお行儀良く帰りを待ってるんスから……おなかを腑分けされてクスリと注射器を仕込まれるような目にまであったのに」
 テディベアは何も言わず愛くるしくつぶらな瞳にきょとんとビバリーを映している。
 テディベアの瞳に映る自分がらしくもなく暗い顔をしてることに気付き、ビバリーは虚勢の笑顔を浮かべる。
 「大丈夫、リョウさんは帰ってきますって。殺しても死なないタイプっスもん絶対。今頃どこをほっつき歩いてるんだか知りませんが僕の予想だとそう、今頃北のアホ皇帝さまと乳繰り合ってるんスよ。サーシャはイくのが早いから物足りないけどその分絶倫だって前に話してましたし、お口と素股とお尻の穴で二日間しっぽりサーシャのお世話をしてるんスよ。サーシャがバテたらすぐ帰ってきますって。だからそれまで僕とロザンナと一緒に帰りを待っ……」
 続く言葉を遮ったのは性急なノック。
 テディベアを抱いたビバリーがびくりと身を強張らせ鉄扉を凝視する。
 膝立ちの姿勢で起き上がったビバリーの腕からテディベアがすっぽぬけ床に転がる。
 ノックは勢いを増し途切れることなく続く。
 何者かが外側から鉄扉をノックしている、開けてくれとせがんでいる。
 脳裏に赤毛の童顔が浮かぶ。
 「リョウさん?」
 帰ってきた。
 ほら、思ったとおりだ。
 心配する必要なんか全然なかったんだ、実際こうしてひょっこり帰ってきたじゃないか!
 リョウの帰還を疑わず喜び勇んで馳せつけ確認もせずドアを開け放ち、目の前に突っ立っている人物に押し倒す勢いでとびつく。
 「おかえりなさいリョウさん!!ああもうさんざん心配かけてあんたってひとは本当にもうトラブルメイカーでトラブルミキサーなんスから、この二日間僕とロザンナとテディがどんな気持ちでいたと思ってるんスか、リョウさんの帰りを待ち侘びてろくに眠れずロザンナの愛撫にも指がにぶって身が入らず看守に警棒でぶたれてアウチで……ちょっと何ぼけっと突っ立ってるんスか、僕らをこんなに心配させたんだからこの場で土下座するなりロザンナに接吻するなり誠意を見せてくださいよ、あ、待って、キスなんかしたらロザンナの液晶が汚れる……」
 言いたいことは山ほどある。
 しかし今のビバリーはリョウが無事帰ってきてくれただけで胸が一杯で、リョウの体に腕を回しぎゅうと抱きしめて、そのおさまりの悪い赤毛をまさぐろうとして……
 「……れ?」
 赤くない。
 黒い。
 手触りも違う。
 リョウの髪はこんなにごわごわしてない。うっかり触ったら刺さりそうなほど固くない。
 針のようにツンツン立った短髪から手を引っ込め、ビバリーは不審げに首を傾げる。 
 感激の涙で潤む視界に来訪者を映す。
 「いや~、盛大に歓迎してもろて照れるな。ぶち破る勢いでドンドン叩いとったのに、俺の顔見るなり人類皆兄弟てハグするなんて結構懐でっかいやないかい。見直したで。ところでロザンナてだれ。二次元彼女?どの漫画にでてくるんや?」
 廊下に立っていたのは紛れもなく西の道化ヨンイル。
 尖った八重歯の覗く快活な笑顔がさっぱりした気性を物語る。
 額には鉄工所で使うような本格的なゴーグルをかけている。
 どうにも憎めないやんちゃ坊主の笑顔と対面したビバリーは、たった今感極まって抱き付いたのが西の道化と知るや否やすさまじい勢いで彼からとびのき二歩あとじさる。 
 「あんたっ……あんた、ヨンイルさん!?僕の房に何か用っスか!?ひょっとしてまた漫画の取り立てに……ちょ、待ってください、家捜しは結構ですけどするならリョウさんのベッドのまわりだけにしてくださいっス、僕のベッドの下見ても無修正エロ本なんてありませんからアダルトサイトからダウンロードした壁紙を印刷して手作りヌードポスターなんて貼ってませんから是非とも半径1メートル以外に近付かないでっ」
 手をばたつかせ慌てふためくビバリーをよそに、不敵に落ち着き払ったヨンイルは住人の許可も得ず勝手に房に乗り込む。
 パニックをきたしたビバリーがヨンイルを制止しようと動くも既に遅く、房の真ん中に立ったヨンイルはゴーグルを押し上げて物珍しげにあたりを見回す。
 「お前だけか?いつも一緒の赤毛の小僧はどした」
 一瞬言葉に詰まる。
 「……リョウさんは二日前から行方知れずっス」
 途端、ビバリーの脳裏に名案が閃く。
 西の道化ヨンイルならリョウの行方について何か知ってるんじゃないか?
 もしリョウが西棟にいるならヨンイルのもとに情報が入ってるはずだと熱烈な期待を込め、興奮に拳を固めて詰め寄る。
 「ヨンイルさん、リョウさんの居所知りません?東棟で話題に上らないってことは別棟に出張してる可能性が高くて、たとえば西棟でリョウさんを見かけたとか壁越しに甘ったるい喘ぎ声がもれてくるとか『ママーおっぱい吸わせて~』って寝言が聞こえてくるとか……」 
 「知らんがな」
 返事は実にあっさりしていた。
 滞納してる漫画がないか枕をひっくりかえし毛布をひっぺがしズボンの膝が汚れるのも構わず床に這いベッドの下を覗きこみ手探りし、図書室のヌシの習性で房のすみずみまで入念に改めおえたヨンイルは、落胆したビバリーに向き直るや単刀直入本題を切り出す。
 「用件は他でもない。お前に見せたいもんがあって来たんや」
 「見せたいもの?」
 興味を引かれ顔を上げたビバリーの前で懐をさぐり四角い機械をとりだす。
 「ほい」
 怪訝そうなビバリーに拾い物をつきつける。
 つきつけられたものをまじまじと眺めるうち、ビバリーの顔に徐徐に驚嘆が広がっていく。
 「ヨンイルさんっ、あんたこれをどこで!?」
 いきなり上げた大声にヨンイルが面食らう。
 目をまん丸くしたヨンイルの手から端末をひったくり、あちこちをべたべたさわり熱心にためつすがめつする。
 緊張に震える手でもって、しかし決して落とさぬよう細心の注意を払い機械に触れるビバリーを、完全においてけぼりを食らったヨンイルは得体の知れぬものでも見るようにまじまじ眺める。
 「ヨンイルさんあんたこの機械に変なことしてないっスよね水かけたり回線いじったり床に叩き付けたりしてませんよね、ああっ、でもまさかこんな所で伝説の初代にお目にかかれるとは僕はツイてますアンビリバボーマイゴッド、まさかまさかロザンナの一世紀前のご先祖にこうしてお会いできるだなんてハッカー冥利に尽きます!!」
 「だいじょうぶか?言うてることおかしいで。頭から湯気でとるし」
 ヨンイルの冷静な突っ込みもビバリーの暴走を阻止できない。
 あまつさえベッドに駆け戻りロザンナに手中の小型機械をつきつけ「ロザンナほらご覧、これが君たちゲイツチャイルドのご先祖さまっスよ。いや、ご先祖様てのは変っスね。開発した会社が違うしこっちは日本産だしそもそも用途が……」とわけわからないことをのべつまくなしにくっちゃべっている。
 ヨンイルはしばし困惑顔でビバリーの狂態を眺めていたが、こうしてぼんやり突っ立っていても埒が明かないと判断し、腕組みしたままひとつため息を吐く。
 「しゃあないな。いっちょヤキいれたるか」
 コキコキと首を鳴らし助走の体勢をとる。
 おもむろに床を蹴り走り出す。
 手の中の機械にすっかり夢中のビバリーが何事か早口でロザンナに話しかける。鋭く呼気を吐き床を蹴る。ヨンイルが、舞う。裸電球にぶつかるすれすれの上空で身を捻り、ロザンナの上に着地せんとする。

 『ОHーーーーーーーーNооООо!!!』
 ゴーグルが裸電球の光を反射する。

 ヨンイルの接近をベッドにおちた影で悟ったビバリーがこの世の終わりのような顔でロザンナに覆い被さる。
 身を挺しパソコンを庇うビバリーを一瞥、中空のヨンイルはにやりと笑う。

 着地の衝撃にベッドが跳ねる。

 ロザンナの液晶画面が蹴り割られる事態は紙一重で防がれた。
 ロザンナをひしと抱え込んだビバリーの鼻先すれすれに降り立ったヨンイルは、大きく股を開いた不良の座り方でその眼前に屈み込む。
 「質問に答えろ。『これ』はなんや?」 
 凄味の利いた目つき、抑えた気迫のこもる声。
 酸欠の金魚のようにぱくぱく喘ぎながらビバリーが反駁する。
 「ゲ、ゲームボーイっスよ……任天堂が1989年に発売した携帯型ゲーム機の……」
 思わいもよらぬ回答にヨンイルは仰け反る。
 「ゲーム機?これが!?スイッチ入れてももあかり点かんで」
 「電池切れっス」
 ぴこぴことゲームボーイのボタンを連打するヨンイルにほとほとあきれたといった顔でビバリーが指摘する。
 衝撃が去ると持ち前の好奇心がもたげてきたらしく、乾いた唇を舐めてビバリーが詮索を始める。
 「生産終了して八十年たつ超レア物っスよ、これ。ネットオークションに出せば軽く百万はこえます。傷がなければ三百万出してもいいってマニアもいるくらいっス。ゲームボーイってのは今の世界にあふれるあらゆるゲーム機のご先祖といっても過言じゃない特別な存在なんス、ゲームボーイがなきゃプレステもセガもドリキャスもこの世になかったといっても決して言いすぎじゃないんスから」
 「わかりやすく言えや」
 「悟空がいなきゃ悟飯も悟天も生まれなかったって事っス」
 「すごいやんか!!」 
 最強サイヤ人孫悟空にたとえられて初めて事の重大さとゲームボーイの凄さが飲み込めたらしく、有頂天でゲームボーイを掲げたヨンイルがふと真顔に戻る。
 「…………………………………だから?」
 「?」
 「いや、これがゲームボーイっちゅー名前てのはわかった。ゲーム機のご先祖っちゅーんもな。せやけどだからどうした?なんでコイツが普段だれも行かん砂漠のど真ん中におっこちてたんか、なんで所長とホセが目の色かえてコイツを欲しがるんか肝心のところがさっぱりわからん。機械に詳しいお前ならそのへんわかるんやないかて持ち込んでみたんやけど……」
 思わせ振りに言葉を切る。
 刹那、ビバリーの顔色が豹変する。
 「『砂漠の真ん中で拾った』?」
 今しがたの言葉を慎重に反芻する。
 次の瞬間ヨンイルの手から有無を言わさずゲームボーイをひったくり、背面のカードリッジを確認。
 「……ソフトが入ってる」
 ビバリーが猛然と行動を開始する。
 ヨンイルを無視してベッドの下に顔を突っ込み、埃まみれになりながら床を手探りし隅に転がっていた乾電池を摘む。
 残量は残りわずかだが、まだ使えるはず。
 「発売当時ゲームボーイは世界最小の携帯ゲーム機ともてはやされました。西暦2000年の時点で累積販売台数1億台を突破、今もって販売台数世界最多のゲーム機。電源には世界規格である乾電池を使っていて、かつ使用に際して本体以外の装置が不要で、どんな状況下でも稼働するため発展途上国の一般家庭にまで広く普及している希有なハードっス」
 ふっと息を吹きかけ乾電池の埃を払う。
 機械に関してのみ博覧強記を発揮するビバリーは、抜群の記憶力でゲームボーイの歴史とその性能を説明しつつ背面の蓋をはがして手際よく乾電池を詰めていく。
 「それだけじゃない。ゲームボーイは非公式なもののネットや書籍でハードの仕様がほぼ判明してて各種エミュレータ・開発ツール・同人ゲームが存在する。早い話ちょっと機械に詳しい人なら簡単に改造することができるんスよ。耐久性はずばぬけて優れていてショットガンで撃たれてもきちんと作動したって逸話があります。湾岸戦争の時に任天堂がアメリカ軍に暇つぶし用としてゲームボーイを提供し、その後空爆で倒壊した家屋から発見されたゲームボーイが外装がひどく焼けていたにもかかわらず問題なく動作していた実例があるくらいっス」
 「砂が入って壊れたんやなくて単純に電池切れってことか?」
 ビバリーの話を自分なりに解釈しふむふむとヨンイルが頷く。
 乾電池を詰め終えパチリと蓋を閉める。
 スイッチを入れる前にカードリッジからソフトを摘出する。
 真ん中あたりのラベルにゴシック体でタイトルが印字してある。

 『Tokyo underground map』。
 東京地下市街図。

 「…………まさか」
 ビバリーの横顔がにわかに鋭さを帯びる。
 別人のごとく神妙な顔で手の中のゲームボーイを見下ろし、頭を急回転させ思考を働かせるビバリーに図々しく這いより、ヨンイルが首を傾げる。
 「……所長とホセが目の色かえて欲しがるのも当たり前だ。ひょっとしたらこれは、東京プリズンを文字通り根底から覆す切り札になるかも……」
 口調まで別人のように変わったビバリーに痺れを切らし、その手からパッとゲームボーイを取り上げる。
 「!あっ、」 
 抗議の声を上げるビバリーにやんちゃな笑みを返し、ベッドに胡坐をかいたヨンイルはいさゲームボーイを構える。
 ゴーグルの下の双眸が細まる。
 口の端から剣呑に光る犬歯が覗く。
 稚気と精悍さとが入り混じった挑戦的な笑みを浮かべ、楽しいことに目がない西の道化が高らかに宣言する。
 「もったいつけんなや、いけず。ブツブツ言うとらんとスイッチ入れてみたらえーやん。お前の言うとることちぃともわからんけど、東京プリズンが根っこからひっくりかえるやなんて話聞いとるだけでワクワクしてきよったで」
 手ごたえあるまでカードリッジにソフトを押し込み、ヨンイルは軽快にスイッチを入れた。
 東京プリズンを転覆させる起因となるスイッチを。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050322033927 | 編集
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