ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十話

 ロンが愕然と立ち竦む。
 いつも生気に満ち溢れ活発に輝いていた目が、幼い顔の中でも一際生き生きと感情を映し溌剌と輝いていたその目が急速に濁っていく。
 あまりに急激で唐突な変化。
 それだけ道了がもたらした衝撃は甚大だった。
 道了の言動はロンに凄まじい打撃を与えた。
 ロンは無我夢中で道了に詰め寄った。
 その目は必死だった。母と初恋の人の生死を知るためなら手段を問わないと見てるこちらが息苦しくなるほど思い詰めた目と必死な形相でロンはなりふりかまわず食い下がった。
 ロンにとってそれだけ二人は大事だったのだ、何者にも代え難い大事な存在だったのだ。
 僕にも同じ存在がいるからわかる。
 恵。最愛の妹。
 かつて世界と引き換えても守りたいと志した心の拠り所、僕自身の存在意義と存在価値が起因する存在。
 サムライというかけがえのない友を得た今でも恵の存在は以前と同じく心の中心を占めている。
 恵の代わりなどいない、代用品などない。
 僕は以前自分は苗の代用品ではないかと苦悩したがそれは大きな間違いだったと経験から学んだ。
 これまで地球上に誕生した人間の中で一人として同じ人間はいない、これは奇跡としか言いようがない天文学的確率の遺伝子の采配だ。遺伝子の可能性は無限だ。神秘の螺旋を描く遺伝子の組み合わせは無数に存在する。この星に生を受けた人の中でただのひとつとして同じ個体はない。容姿・思想・考え方感じ方ごくささやかな癖に至るまで近似値の人間はあれど完璧に同一の個体というのは今もって在り得ない。

 だれにもだれかの代わりなど務まらない。
 務まるわけが、ない。

 僕にとっての恵がそうだ。
 他の人間に恵の代わりが務まるわけなどないし僕自身恵の偽者がほしいとは思わない。妹の代用品をもとめるなど恵に対する侮辱だ。同様のことがサムライにも言える。こんな仮定をするのは僕とて本意ではないが仮にサムライが死んだとして、僕はサムライの代わりに僕を庇護し包容する人間を求めたりはしない。
 サムライはサムライだ、他の誰にもなれないしなりようがない。
 人は生涯自分以外の人間にはなれない、自分の人生から逃げることはできないのだ。
 サムライは僕にとって生まれて初めてできた友達であり人を信頼することを教えてくれた恩人でありそして……僕の胸を熱くすることができる唯一の男だ。
 この感情を何と呼ぶかは知らない。
 薄々気付いているが今は保留しておく。
 サムライを失いたくない、離れたくない、ずっとそばにいてほしい。だが仮にサムライがいなくなったとして彼の代用品としての他人を求めたりはしない。
 他人を求める時はだれの代わりでもなく個人を渇望する。
 ロンにとってもまた母親と梅花はかけがえのない存在だった。
 ロンがいかに二人を大切に思っていたかは想像に難くない。ロンはそういう人間だ。自分の身を顧みずひたむきに他人に尽くし続ける人間だ。自分の無力を呪い非力を嘆きそれでも前に進もうとする人間だ。僕はロンの強さに憧れる。ロンみたいにありたく思う。
 ロンがレイジや母親や想い人に対し貫くどこまでも一途な姿勢は、時に逆境を克服する強さと成り得る。

 僕はロンに人の可能性を見る。
 だが、今のロンは。

 「……………そ、だ」
 道了の指先からぱらぱらと粉末が零れる。
 道了の握力は想像を絶している。プラスチックの牌を指先に少し力を込めるだけでたやすく砕いていしまった。
 ロンは力なくへたり込む。
 二本の足で自重を支える気力も尽きたらしい。
 膝が砕けるように崩れ落ちたロンは、虚ろに濁った目で床を走査する。
 奇妙に緩慢な動作が不安を煽る。
 惰性じみて愚鈍な動きで体前に両手をさしだし床をさぐる。
 蛍光灯が放電する音、明滅する視界、肌寒い空気。
 外界のあらゆる刺激に反応を示さぬ閉じた無表情。
 生き生きと憎まれ口を叩く普段のロンとは別人としか思えぬ変貌ぶりに僕もサムライも言葉をなくす。
 砂金でも掬うように床一面にちらばったプラスチックの粉末を両手でかき集める。
 すくい上げたそばから微小な粉末は指の隙間をさらさら滑り落ちる。
 しかしロンはやめない。
 惰性じみた動作で粉末をかき集めては牌を復元しようと試みるも指の隙間を滑り落ち大気中に吹き渡る。
 「あ、あ、ああ」
 言語中枢が退化した赤ん坊のように意味なく呻き、からっぽの両手を呆然と見下ろす。
 どれだけあがいたところで何も掴む事ができないという現実を痛感し、ロンが悲嘆に暮れる。
 道了は黙ってロンの狂乱を眺めている。
 観察してるといっても過言ではない冷ややかな眼差しと凍て付く無表情でもって、床に這いつくばり一生懸命粉末をかき集めるロンの醜態を見下している。 
 ロンの頭上に捧げた指をゆっくりと擦り合わせる。
 牌を潰したせいで指が汚れたことを厭うが如く。
 「牌が、俺の牌が。母さんがくれた牌が」
 ロンがうわ言を呟く。
 道了が無造作に片足を振り上げる。
 ロンの鼻先を掠め振り下ろされた足が靴が一掴みの粉末を踏み付け蹴散らす。
 ロンがせっかく苦労してかき集めた粉末は道了に蹴飛ばされ散り散りになり埃と塵にに紛れて判別つかなくなる。
 粉末から粉塵へと変じた牌の残骸へと手を伸ばすロンの眼前に道了が立ち塞がる。
 「母さん、どこ行ったんだ」
 「もういない。俺が殺した」
 「どけよ、母さんが行っちまう」
 ロンがむりやり道了をどかそうとする。
 道了の足にかじりつき押し倒そうと渾身の力を込める。
 道了はびくともしない。
 不動で直立する道了に懸命に取りすがりながらロンは連綿と独り言を呟く、細腕に精一杯の力を込め道了をどかし一心不乱に母の幻影を追おうとする。
 「あの牌はお袋がくれたんだよ母さんが俺にくれた最初で最後のおもちゃでお守りなんだ、薄汚え牌だけど欠けてるけど俺にとっちゃかけがえのないお守りなんだ、家を出る時もってこうかどうか迷ってでも勢いのまま追ん出てきたから引っ込みつかなくて結局とりに戻れなくてずっと後悔してて、それで、それで」
 置き去りにされた子供のように駄々こね喚き散らし、母親の服の裾を掴んで引き戻そうと限界ぎりぎりまで手を伸ばす。  
 涙はでない。既に枯れ果てた。
 眼球は乾いている。
 乾いた涙の跡が頬に残る。
 ロンは叫ぶ、何かに憑かれたように。
 空虚な目。乾いた叫び。
 現実を拒否し過去の幻影を追い求め決して届かぬ手を伸ばし続ける。
 あまりに痛々しいロンの様子に凱が顔を歪める。
 道了の側の囚人たちも悲哀に満ち満ちた叫びに娑婆に置いてきた者たちの記憶が喚起されるのか、痛みを堪えるように神妙な面持ちで俯く。
 僕とて平静を保てなかった。
 耳を塞ぎ目を覆いたかった。
 普段の快活なロンを知る者にはあまりに辛く残酷な光景だ。ロンは床に突っ伏したまま道了をどかしその向こうに飛ばされた粉末を拾い集めようと果敢に手を伸ばす。

 埃まみれの顔と服をかえりみる余裕もなく腹這い脱臼せんばかりに腕伸ばし床掻き毟る姿は、ただただ必死で。
 みっともないほどに必死で。

 「おいてかないでくれよ」
 やめろ、もうやめろ、やめるんだ。
 それ以上自分をみじめにするなプライドを捨てるな縋るな足掻くな未練を引きずるな、君のお守りはもうないんだ道了の手によって目の前で跡形もなく壊されてしまったじゃないか現実を認めろ諦めろ受け入れろ正気に戻れ帰って来い!!
 微塵も生気が感じられない目、感情が磨耗した顔。
 ここにいるロンはロンじゃないロンの姿かたちをした魂のない人形だロンの容れ物だ。馬鹿の一つ覚えのように呂律の回らぬ舌でたどたどしく単語を反復し足腰立たずにぶざまに床を這い母を呼び乞い求める。
 母に置き去りにされるのを恐れる幼児のようにぐしゃぐしゃに顔を歪めけれども目だけは相変わらず無表情で何の光も映さずここではないどこかを幻視している。
 『我叫龍』
 握り込んだ手が震える。震えは腕から体全体へと広がっていく。
 ロンは連呼する、全身を震わせ天井を仰ぎ連呼する。

 母がくれた名前を。
 今となっては唯一の母の形見を。

 『我叫龍、我叫龍、我叫龍、我叫龍!!』
 コンクリートの通路に余韻を帯びて反響する悲痛な叫び。

 恐慌をきたしたロンが床に寝転がった姿勢で四肢を暴れさせ壁に激突しこめかみから血を流す。こめかみから滴る血を拭いもせずロンは狂ったように叫び続ける、四肢をばたつかせ喉仰け反らせ極限まで迫り出した目に毛細血管を浮かべ僕にすら聞き取れない早口で台湾語を口走る。拳で床を殴る。何度も何度もしつこく殴る。コンクリ床を強打するたび手の甲が擦りむけ血がしぶく。しかしやめず底知れず突き上げる激情に翻弄されるがまま床や壁をめちゃくちゃに殴る蹴るし感情を爆発させる。
 耳朶をくすぐる衣擦れの音。
 「……あんまりだ。見るに堪えん」
 サムライが険しい顔つきで一歩を踏み出す。利き手は木刀にかかっている。
 「斬る」
 鋭利な双眸に殺意が過ぎる。
 鍛え上げた痩身に殺気を充電させ、道了を倒すため行動を起こす。
 僕はサムライを止める言葉をもたず自身の無力を痛感しつつロンの狂態を眺めるしかない。
 ロンは泣かない。本当に絶望した人間は涙など流さない。
 泣くという行為は自虐的な快感を伴うものであり、ひとが涙を流すのは自分を哀れんでいるからだという説がある。
 今のロンには泣く余裕すらない、自分を哀れむ心の余裕すらないのだ。あるのはただ絶望。底知れず深い絶望。深い深い絶望に囚われたロンは奈落から這い上がる術を知らず醜悪にただのたうちまわるだけ、おいてかないでくれと母の幻影に哀願し孤独に叫ぶしかない。
 絶望と悲嘆と焦燥と失意と思慕とが綯い交ぜとなった混沌たる激情がロンの中で荒れ狂う。
 在りし日の若く美しい母の面影に縋り付くように無意識に虚空に腕を伸ばし手招く。
 「母さん」
 『おにいちゃん』 
 搾り出すような呻きに可愛らしい声が重なる。
 ロンの姿に恵が二重写しになる。床にうずくまり両手に粉末を掴むロンがあの日の恵と重なる。
 「恵」
 思わず足を踏み出す。
 恵は僕の声に反応せず顔も上げず虚ろな目で床を見詰めている。
 「恵、僕はここだ」 
 二歩目を踏み出す。
 恵は顔を上げない。僕の存在など完全に眼中になく意識の範疇外だ。
 床に座り込んだ恵の姿に胸が痛む。
 迎えに行かなければ。慰めにいかなければ。
 「君が刺したいのは僕だろう。僕を刺せば幸せになれるというなら刺せばいい。恵の幸せの犠牲になれるなら本望だ」
 本心から言う。
 恵。最愛の妹。
 僕に感情を教えてくれた、僕の生に意味をもたせてくれた。
 再びナイフを向けられたからとて抵抗するつもりは毛頭ない。
 恵の幸せの代償は僕の命、この鍵屋崎直の人生だ。
 悪くはない、恵の幸福と釣り合うほど命が重いと証明できるのなら。
 三歩目四歩目を踏み出す。前を行くサムライの背中が迫る。サムライは木刀に手をかけたまま全身に怒気たゆたわせ周囲を威圧する。
 鋭さを増す横顔と剣呑極まる眼光は彼の心中を代弁する。
 切れ長の双眸に燐光が爆ぜる。
 「俺の友を弄んだ罪は重い。地獄で贖え」
 人の心を弄び貶める卑劣な行為こそ高潔な侍が最も嫌うものだ。
 眼前でロンが侮辱され玩弄され絶望の底に突き落とされたというのに道了を生かして帰してなるものかと譲れぬ気迫を込めて足を運ぶ。
 床一面に散らばった牌の残骸、もはや原形を留めぬプラスチックの粉末を踏まぬよう細心の注意を払いゆっくりと道了のもとへ赴く。
 ついさっき牌を破壊した道了はといえば、サムライの接近にも余裕をなくさず泰然自若と構えている。
 対するサムライは凛と背筋を伸ばし恐ろしく姿勢よく歩く。
 薄汚れた囚人服に身を包んでいても自ずと滲み出る風格と貫禄は偽りようがない。

 恵の幻影に誘われ足が勝手に動く。
 自然と前に出る足に促され体を運ぶ。
 恵の幻覚は一向にその場を去らず僕を待ち続ける。
 恵。僕の妹。
 しどけなく広がったワンピースの裾、体前に付いた華奢な手、二次性徴の兆しが見られない平らな胸。細首の上にのったあどけない顔。小動物のように庇護欲をくすぐる黒目がちのつぶらな瞳、丸い鼻、押し潰されそうな自責に耐えるが如く引き結んだ唇。
 恵を守ってやれるのは僕だけだ。早く、はやく行かなければ……… 

 着実に近付きつつある僕とサムライを無視し、道了が片膝つく。
 片膝折って屈みこんだ道了がロンの顔を両手で包む。
 「哀しいか」 
 手挟んだ顔にむけ、何の感情も交えず告げる。
 ロンは無反応。
 道了に促されるがまま無抵抗に顔を上げる。
 その目は完全に焦点を失っている。
 弛緩しきった唇から一筋涎が垂れる。
 もはや首を振る気力もない、自力で瞬きする気力もない。
 眼窩から放たれる視線は虚空をさまようばかりで目の前の道了もその向こうの僕たちも誰一人として映さない。
 廃人化したロンに道了は再度問う。
 「哀しいとはどんな気持ちだ」
 静かな問いかけは沈黙でもって報いられる。
 ロンは道了の手に顔を預け、壊れた人形の如く手足を無造作に放り出し虚脱しきっている。 
 「俺とともにこい、ロン。母親の最期と梅花の話を聞かせてやる」
 道了がロンの顔を掴み引き寄せる。
 ロンは促されるがまま前傾し道了の胸に寄りかかる。
 道了の胸に上体を凭せた自覚もないのか、道了の腕の中で目を開けたままロンは少しも反応を示さない。
 溌剌と生気に溢れた以前のロンはどこかへ消えてしまった。
 ロンは自分から身を任せるでも力づくで抱かれるでもなく、ただ全身の力が抜け自重を支えることができず、棒きれが倒れるようにたまたま近くにいた人間に寄りかかっているだけでそこにロン自身の意志はひとかけらも感じられない。
 自分が寄りかかる人間を道了と認識すらしてないだろう。

 蛍光灯が点滅し明度がおちる。

 静謐が支配する薄暗い廊下の中央にて、道了の腕の中でじっと息を潜めていたロンが、漸く意味のある言葉を発する。
 「……あんた、かあさんのところにきたの」
 妙にたどたどしい口調に違和感が疼く。
 快活で歯切れよいロンの口調とは似ても似つかぬ舌足らずで子供っぽい発音に伴い、その表情からもまた最後の一片の虚勢が剥がれ落ちていく。
 ロンの様子がおかしい。
 ロンの言動に違和感を覚え立ち尽くす僕の視線の先、道了の腕に縋ってのろのろと上体を起こしたロンが不安げに道了の顔色を窺う。
 「かあさんのお客さん?またおれを追い出すの?お客さんがくるたびにかあさんはおれをおんもにほっぽりだすんだ、どんなに暑くても寒くてもかまやしないんだ、おれよりお客さんのほうが大事なんだ。あんたもそうなの?おれがじゃまだからおんもに追っ払うの?」
 何を、言ってるんだ?
 脈絡ない言動にとてつもない不安が募る。
 卑屈な上目遣い、暴力に怯え萎縮した態度、幼児的な言動。
 サムライが感電したように立ち止まる。
 ロンの言動に目と耳を疑い、信じ難いといった驚愕の面持ちで立ち竦む。
 僕もまた足を止める。
 ロンの表情があまりに恵に似ていて、常に大人の顔色を窺い叱責に怯え身を竦める記憶の中の恵と酷似していて、実年齢十歳で精神的にはさらに幼く脆い恵が示したのと全く同じ人見知りな反応をあのロンが示した事が衝撃で、僕はこれが現実なのか幻覚なのかわからなくなり混乱する。
 ロンは道了に取りすがり叫ぶ、追い出さないでくれと懇願する。
 「仕事中はぜったいドアを開けてくれないんだ、用が終わるまでおんもで遊んでろって言うんだ。泣いても叩いてもだめなんだ。手が痛くなるまでドア叩いていれてって頼んでも開けてくれなくて中からへんな声がするんだよ、おれ母さんがいじめられてるんじゃないかって心配でますますつよくドアを叩くんだ、けどやっぱり鍵が開かなくてどうしていいかわからなくて……ねえ、あんたもかあさんを買いにきたの?あんたもおれを追い出すの?やだよ、おれ部屋のすみっこでじっとしてるから外へ追い出したりしないでよ、かあさんと一緒にいたいんだ。おれさ、麻雀できるんだ。結構つよいんだよ。お客さんのひまつぶしの相手になれるよ。前に来てたおじちゃんに教えてもらったんだ。母さんに先客がいて待ちぼうけ食らったおじちゃんにむりやり麻雀しこまれたんだ。結構見所あるなってほめられたんだよ。すごい?かあさんは鼻で笑ったけど、このままめきめき腕が上がれば賭け事のプロになるのもユメじゃないって……」
 「………っ………」
 サムライが痛ましげに歯噛みする。
 心因性のショックで幼児退行したロンを見るに忍びなく顔を伏せる。廊下に散らばった連中もまた息を呑む。
 蛍光灯がさかんに明滅する。
 薄闇に包まれた廊下の中央にて、ロンの顔を抱いた道了が囁く。
 「俺とともにこい」
 「かあさんは?」 
 「香華も一緒だ。俺とくれば香華に会える。俺は決してお前を追い出したりしない。俺の言う事だけ聞いてればいい」
 「おれと遊んでくれる?」
 芯から冷えるほど凍て付く床に膝を崩し座り込み、道了の手に顔を預けたロンが、淡い期待を込めて聞く。
 どこまでも無垢に澄んだ瞳、どこまでも無邪気な問いかけ。
 母親に邪険にされ部屋の片隅で膝を抱えていた子供の頃にもどってしまったロンは、唯一自分に優しくしてくれる大人に対し心を許し、遠慮がちに、かすかに不安げに聞く。
 「麻雀で遊んでくれる?おれ、つよいよ」
 道了が首肯する。
 ロンの顔が安堵に弛緩し控えめな笑みが上る。
 床一面に撒かれた牌の残骸の粉末がロンの膝を擦れ合いざりっと耳障りな音をたてる。
 ざらつく粉末をものともせず膝を動かし今度は自らすすんで道了の腕にとびこむ。
 道了はロンの背中に腕を回し抱擁する。
 「………お前は俺の物だ、ロン。死ぬまでずっとそばにおいてやる」
 能面じみた無表情は小揺るぎもせず、しかし平板な声の底にかすかに勝ち誇った響きが宿る。
 ロンの腰に手を回し立ち上がった道了は、ロンが大人しく抱かれているのをいいことに上着の裾をはだけ巧みに手を滑り込ませる。
 「今度はお前が梅花になれ。梅花の身代わりとして俺に抱かれろ。俺もできるだけ壊さぬようお前を扱う。お前は貴重な人形だ。無味乾燥な灰黒の世界に色を与えてくれるかもしれない貴重な人形だ。お前は壊さずできるだけ長くそばにおく、そして観察する。一生かけてお前の身も心も壊してやる」
 金銀の双眸に狂気が閃く。
 衆人環視の中、無抵抗なロンの服をはだけ腹筋と胸板をさらし性急に獰猛に素肌をまさぐる。
 痩せた腹と胸に沿い手を這わせ器用に指蠢かし性感帯を開発する。へそのまわりで円を描いた手を上昇させ胸板をさする。胸板を愛撫される心地よさに徐徐に息を乱し始めたロンの乳首を予告なく摘む。
 「!ふあっ……」
 乳首を絞る痛みと快感にロンが切ない声を上げ身を反らせる。
 「母親と同じで乳首は敏感だな」
 器用な指が乳首を執拗に捏ねくりまわす。
 摘み抓り捻り揉む。
 乳首を押し潰される痛みにロンが嫌々と首を振る。
 目に薄っすらと涙を浮かべ苦痛に顔を顰め喘ぐさまは幼い顔に似合わず扇情的でさえある。
 道了は想うさまロンを蹂躙し陵辱する。
 ロンの上着を胸元でたくし上げ衆目に裸身をさらし乳首を揉みしだく。衣擦れの音が淫靡に際立つ。
 ロンの首筋を唇で辿る。
 首筋を愛撫するくすぐったくもむず痒い感覚にロンが身悶えるも無視し、顎を掴んで強引に自分の方を向かせる。
 「長かった。漸く手に入れた」
 「うあ、あう、ひぐぅっ……」
 嗚咽とも喘ぎとも判別つかぬ呻きを漏らし道了の手から逃れようとロンが首を振る。しかし道了は許さない。万力めいた怪力でロンの顎を固定するや、強引にその口をこじ開けて舌を挿入する。
 「もう放さない。お前は俺の物だ。その苦悶の表情瞬き苦悶の声衣擦れの音ひとつに至るまで俺のものだ。梅花よりも頑丈な玩具。梅花よりも俺を理解する玩具。俺はずっとお前がほしかった、あの雨の日お前と偶然出会ってからというものずっとずっとお前の身と心を手に入れたかった。お前はどれだけ殴られ蹴られ暴力をうけても決して屈服せず強い目で俺を睨んできた、決定的な実力差がありながらも真っ向から俺に挑んできた。小気味よかった」
 道了の舌がロンの口腔を蹂躙する。
 歯列の裏をさぐり舌を吸い粘膜を熱く蕩かせる。
 唾液を捏ねる音が淫猥に響く。
 酸素を欲し仰け反る喉をいやらしく唾液の筋が伝う。
 道了は貪欲にロンの口腔を貪り舌を絡め取る。
 ロンが弱々しい拳で胸を叩きもうやめてくれとせがんでも容赦せず喉深く達するほど舌をもぐらせロンの本性を暴こうと尋常ならざる執念を燃やす。
 「だが、お前の歪む顔もまた格別だ。これほど人間らしく醜悪な表情は見たことがない」
 「ふぐぅ……あふ、あっ……」
 道了の腕の中でロンの背骨が撓る。
 被せた唇から唾液が滴る。
 絡んだ舌が情欲に燃える。
 道了とロンの濃厚な交わりを見せ付けられ至近のサムライの顔が憤怒に燃える。
 「……虫唾が走る」  
 獰猛に犬歯を軋らせたサムライが手を一閃、電光石火の速度で木刀を抜く。鞭のように手首が撓りその先がかき消え木刀が上段に振り被られる。

 転瞬。

 サムライが木刀を上段に翳すのと入れ違いに猛然と投擲された十字架が、銀の閃光を曳き道了の鼻先を掠め壁に激突し甲高く澄んだ音が爆ぜる。
 もう少し身を乗り出していれば鼻が削ぎ落とされていた。
 先端を向け飛来した十字架は壁に激突し宙高く弾かれる。
 蛍光灯を反射し眩い銀光を撒き散らし軌道を下降する十字架をその場に居合わせた全員が反射的に仰ぐ。
 宙高く舞い上がった十字架を金銀の瞳に映す道了、その腕の中でしきりと身悶えていたロンもまた驚きを禁じ得ず十字架の残像を辿る。
 宙に舞った十字架を褐色の手が掴む。
 五指に金鎖を絡ませ十字架を掌握した青年は、絶世の美形と評すべき端正な顔に獰猛な闘志を剥き出し、唄うような抑揚で宣言する。

 『Let's dance,killingdool.On my hand』
  暴君の覚醒。

 先ほどとはがらりと雰囲気が豹変している。
 その顔つきまでもが邪悪に変貌する。
 口元に薄く刷いた笑みは虚飾に過ぎず、伸びた前髪の奥で爛々と輝く目は手当たり次第に敵を屠る猛獣のそれだ。
 暴威の降臨。
 十字架を取り戻したレイジが素早く動く。
 強靭な脚で床を蹴り反動で高々跳躍、棒立ちとなった囚人らの頭上を飛び越え一気に道了に肉薄する。
 『Be broken』
 蛍光灯を背に躍り上がったレイジが上着の裾をはためかせしなやかに引き締まった腹筋を披露する。
 呆気にとられた囚人らの頭上を踊り越えたレイジが申し分なく長い足を中空で旋回させる。止めに入る暇も避ける暇もなかった。
 咄嗟にロンを引き離した道了の視界に風切る唸りを上げて迫り来る必殺の蹴り。捻りを加え反動で振り被られた足は凄まじい打撃の威力を伴い道了の頭部に炸裂、脳を直接揺すられた道了が手を泳がせ倒れる。
 暴君が軽快に着地する。
 上着の裾が風を孕んで膨らみ弧を描く。
 暴君は口元に薄っすらと微笑を塗り、無造作に道了の胸ぐらを掴み引き上げ背中から壁に叩き付ける。
 轟音、震動。
 壁に衝撃が走り天井に突き抜け蛍光灯が横揺れ埃が降り積む。
 『Do you have a pain in it?』
 狂気に駆り立てられた暴君が残酷に問うも、蹴りで脳を揺さぶられ背中から叩き付けられた衝撃で内臓を痛め血反吐を吐いた道了は朦朧と視線をさまよわすだけ。
 道了の胸ぐらを掴み引き寄せる。
 道了が続けて吐血する。
 レイジの顔と服の胸元に血をぶちまけた道了は、憔悴の色濃い顔にしかし一片の感情も浮かべず沈黙を守り続ける。
 本当に痛みを感じてるのか疑問をもたざるえない鉄面皮。
 どす黒く染まった服の胸元を興味なく一瞥、藁色の髪の隙間から凄絶な眼光を放ち、狂える暴君が十字架を手にもつ。
 憎悪に支配された暴君はどこまでも残酷に非情に冷徹に、ロンが味わった痛みを道了にその身をもって贖わせようと行動を開始する。
 『Hello, Christ』
 凄味を帯びた笑みが顔全体に広がる。
 恐怖を煽るように緩慢な動作で高々と腕を翳す。
 その手は十字架を握っている。
 十字架の潰れたほうを先端に鈍い光沢を放っている。
 何をする気だ?
 疑問符を顔に浮かべた囚人が暴君の迫力に気圧され遠巻きに眺める中、頭上高く十字架を翳した暴君が呼気低く聖句を唱える。
 異常な静けさに包まれた面持ち。漣立つ感情すべてを内含し沈静した声音で祈りを捧げる。
 その顔はとても穏やかで
 『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』
 とても優しげで
 こんな種類の表情、人が浮かべてはいけない。
 こんな美しくおぞましく邪悪で神聖であらゆる矛盾を内包しなお神々しい表情、人が浮かべてはいけない。
 暴君は敬虔に祈りを捧げる。
 舌の根乾くまで聖書を暗唱する。
 壁によりかかり息を荒げる道了の頭上に潰れたほうを先端に十字架を掲げ。
 『イエスを十字架につけてから彼らはくじをひきイエスの着物を分けそこに座ってイエスの見張りをした。偽りの証人は罰を免れない、まやかしを吹聴する者は滅びる。よこしまな証人はさばきを嘲り悪者の口は災いを飲み込む。さばきは嘲る者のために準備され鞭打ちは愚かな者の背のために準備されている。災いのある者はだれか。嘆く者はだれか。争いを好む者はだれか。ゆえなく傷を受けるものは誰か。血走った目をしているものは誰か』
 指の関節が軋み、今にも折れ砕けそうな力が十字架に篭もる。
 暴君は笑っていた。微笑していた。道了は無表情だった。
 次の瞬間自分の身に起きる出来事がわかっているのかいないのか、金と銀の冷ややかな眼差しで暴君を仰ぎ審判の刻を待つ。
 暴君が十字架を高く翳す。
 蛍光灯の光を弾いて神々しく輝く十字架、捻れ潰れたその先端が道了の手のひらを狙う。
 『私は殴られたが痛くなかった。私は叩かれたが知らなかった。いつ私はさめるだろうか。もっと呑みたいものだ』
 暴君が微笑む。
 「……―お前はどうだ?」
 暴君が有無を言わさず道了の腕を掴み顔の横に固定し五指を強引にこじ開け間接限界まで広げさせる。
 壁に縫い止められた道了の右の中指めがけ鋭利な疾風とともに十字架が振り下ろされる。
 肉が潰れる鈍い音。
 僕はその瞬間を目撃した。
 捻れ潰れ錐揉み状の螺旋を描いた十字架の先端が、まるで栓抜きのように剣呑なその先端が狙い違わず中指の爪を殴打する。
 毛細血管と痛覚神経が集中する中指の先端を殴打されたのだ、常人なら想像を絶する激痛に失神してもおかしくない。
 爪が割れ肉がひしゃげ赤い血が噴き出す。
 だがそれで終わりではない、まだまだ序の口だ。
 暴君は嬉々と笑み目を覆う拷問を継続する。
 中指に十字架をあてがいぐりぐりと力任せにねじり、割れた爪と皮膚のあいだに十字架を挟み、徐徐に力を加えていく。
 爪と皮膚がめきめきと嫌な音たて剥離する。
 暴君はごくゆっくりと調整しながら中指の爪を剥がしていく。
 できるだけ苦痛を長引かせようと爪と皮膚のあいだにめりこませた十字架の先をあまり深入りさせず、慎重に慎重に肉へと沈み込ませる。
 あっけなく爪が剥がれる。
 剥がされた爪が血の尾をひき床で跳ねる。
 壁に力なくよりかかり体の脇に腕を垂らす道了、その右手の中指は血まみれで酷い有り様だ。
 力を失った指からぽたぽたと血が滴る。
 「美味そう。赤くて綺麗な葡萄酒だ」
 爪を剥がれて赤黒い肉が露出した指を見下ろし暴君が笑う。
 道了の右手を優しく掴み、顔の前に持ってくる。 
 「お前の血を飲ませてくれよ」
 顔の前にもってきた道了の手にゆっくりと唇を這わせる。
 手の甲に上品に接吻し、小指の先から順に含んで口腔で転がす。
 中指から垂れた血が暴君の顔に血化粧を施す。
 暴君は恍惚と濡れた目で丁寧に指を舐め奉仕を施す。
 発情した軟体動物のように淫猥に赤い舌を道了の指に絡め、熱く潤んだ口腔に一本ずつ呑み込み鉄分を搾り取る。
 透明な唾液の糸引き名残惜しげに親指を抜く。
 最後に残るのは中指。
 最前爪を剥がれ今だ痛々しく血を流し続ける中指を抵抗なく口に運ぶ。
 中指から滴る血が仰け反る喉を斑に染め抜く。
 暴君が他の指にも増して執拗に中指をねぶる。
 唾液を捏ねる音をくちゃくちゃとたて、赤黒い肉が露出した指先を波打つ舌でねぶり緩急つけて吸い上げる。
 唾液と溶け混ざり薄赤く中和された血が暴君の顎伝いに落ちる。
 漸く満足したらしく、唾液に濡れそぼった指が引き抜かれる。
 「パンは肉、葡萄酒は血」
 葡萄酒の血に酔った暴君が再び十字架を握る手に力を込め翳す。
 「贖罪の磔刑だ。懺悔するなら今だ」
 「……懺悔することなど何もない」
 荒い息の狭間から掠れた声を搾り出す道了の正面、血塗れた十字架を振り翳し暴君が哄笑する。
 「余っ程杭打たれるのが好きなんだな。それならいいさ。ロンとロンのお袋とロンが惚れた女の分まで存分に苦しんで地獄におちろ。四肢に杭打たれもがき苦しみゆっくりと血を失いながら死んでいけ。生きながら干からびるのがお前に似合いの最期だ」
 断罪の手を振り下ろす。
 肉が潰れる音とともにあたりに血が飛び散る。
 錐揉み状に螺旋を描いた十字架の先端がキリストに見立て壁に磔にされた道了の掌の中心を容赦なく刺し貫く。
 「…………っ、」
 右掌を縫いとめられ、道了の顔がごくわずかに歪む。
 道了の右掌を貫いた十字架を掴んだまま暴君はその残虐性を存分に発揮し、肉に沈んだ十字架を右へ左へ捻る。
 肉を抉る激痛に体が突っ張り眼球がぴくぴく痙攣を始める。
 「いい格好だな」
 キスの角度で顔を近付け暴君が囁く。
 唇が触れそうで触れない紙一重の距離で嘲弄し、優雅にまた離れていく。
 「痛いか?道了。だけどまだ足りない、この程度の葡萄酒じゃ杯も満たせねえ。お前はもっともっと血を流し苦しみ続ける必要がある。なあ、今どんな感じ?熱くて痛くてたまらない?太い物で肉をむりやりこじ開けられ貫かれて今にも白目剥いて逝っちまいそうだろ。その気持ちわかるぜ、俺も体験したことあるからな。でもまだ絶頂じゃないよな。生ぬるい前戯で達されちゃこっちも困るんだよな。ロンの母親を犯した時はどんな感じだった?梅花を犯した時は?熱く猛ったモンを女の股ぐらにむりやり突っ込んで揺さぶってだらだら血を流させたんだろうが。お前はその股ぐらに口つけて葡萄酒を啜ったわけだ、たらふくご馳走になったわけだ。今度はお前が身を捧げる番だ。ロンのお袋と梅花って女が味わったのよりずっと強烈な快楽をくれてやる、葡萄酒を浴びる快楽の中で狂い死にさせてやる」
 すっと十字架を手放す。
 しかし十字架自体は道了の手を貫き壁に穿たれているため抜け落ちない。壁に磔にされた道了の上に暴君が覆い被さり衣擦れの音も性急に身を貪り始める。
 首筋に顔を埋める。
 口端から鋭く尖った犬歯の輝きが零れるのを目撃した次の刹那、暴君の牙は道了の首筋にずぶりと沈んでいた。
 暴君は肉を食らい血を啜る。
 無抵抗の体をまさぐり慣れた動作で上着の裾をはだけ素肌を外気に晒す。
 褐色の手が肌に吸い付く。
 壁際に追い込まれ右手を串刺しにされた道了の体を暴君は本能の赴くまま貪り食らう。
 銃創・刺し傷・火傷、あらゆる種類の怪我のあとが刻まれた腹をなでさすり胸板を唇で辿り乳首を指の腹で転がす。
 褐色の手が股間に伸びる。
 道了のズボンの中へと潜り込み巧みに引き摺り下ろす。
 下着がずれ、裸の下肢と性器が露出する。 
 「足開けよ」
 暴君が低く命じる。
 道了が従わないと見るや右掌を穿った十字架をぐりっと回し、道了が身を仰け反らせた隙にむりやり膝を割り腰を抱え上げる。
 「お前の仲間に見せてやれよ、不感症のお人形のよくできたペニスをさ」
 道了に体を密着させ、萎えた性器を掌握しよく見えるよう上向かせ、暴君がせせら笑う。
 蛍光灯がしきりと点滅する薄暗い通路の片隅、むりやり道了の足を広げさせた暴君が肛門の窄まりを指で探り当てる。
 「レイジ、やめろ」
 仲間が見ている前で、ロンが見ている前で、道了を犯す気か?
 犯してから殺す気か?
 駄目だ、そんなことさせてはいけない。レイジに殺人を犯させてはいけない絶対に。止めなければ、暴君の暴走を阻止せねば、レイジを呼び戻さねば。気付けば僕は駆け出していた、棒立ちになった囚人らの間を全速力で走り抜け暴君の背中にむかって叫ぶ。
 「やめるんだ、何をしている!ロンが見てる前で道了を犯すのか、それが君の復讐か?そんな事をしたところで意味がない、どうしてわからない!」
 「引っ込んでろキーストア。お前も犯られたいか」
 振り向きもせず暴君が拒絶する。
 警告に迷いが生じるも己を叱咤し暴君の肩を掴む。
 風圧が顔を叩く。
 「直っ!!」
 サムライの叫びが耳朶を掠める。
 自分の身に何が起きたかわからない。
 体を横ざまに叩く衝撃。
 レイジが体ごと振り向きざま腕を薙ぎ払ったのだ。
 転倒の拍子に眼鏡がはずれ床を転がる。
 視界が歪む。
 強打した肘と腰がひりつく。
 床を這いずり手探りで眼鏡を拾い何とか体勢を立て直す。眼鏡をかけ直し顔を上げた僕の目に衝撃の光景がとびこんでくる。サムライが僕を庇いレイジと対峙、レイジの凶行を身を挺し阻止せんと覆い被さる。
 否。
 今サムライと対峙してるのはレイジではない……暴君だ。
 「!!っ、血迷ったか!」
 申し分なく長い足が宙を旋回し顔面を急襲する。
 間一髪、顔前に立てた腕で防御し直撃を防ぐも腕に炸裂した衝撃は強烈で踏み止まるだけで精一杯のサムライに暴君は猛攻を仕掛ける。
 「やめろ、サムライがわからないのか!」 
 木刀を立て暴君の攻撃をいなしかわすもサムライは分が悪い。
 狂気に駆られた暴君は仲間が相手といえど一切容赦せず、死角から苛烈な蹴りを見舞い跳躍し間合いをとり追撃に備える。
 「体が熱いぜ。葡萄酒に酔ったかな」
 「いい加減目を覚ませ、ロンの目の前で人を殺すつもりか!」
 サムライが激昂する。
 しかし暴君は聞く耳もたず、大仰に両手を広げてみせる。
 返り血に濡れた顔に恍惚と笑みが浮かぶ。
 「こいつはここで死んだほうが幸せなんだ。誰にとって幸せかって?そりゃ勿論ロンのためさ、さらに言うなら俺とロンのためさ。アーメンハレルヤオーマイゴッ!さあ遠慮なく俺を祝福しろ、ロンの行く手に立ち塞がる邪魔者を根こそぎ薙ぎ払うのが俺が俺に課した使命で宿命だ、邪魔する奴は憎しみの名のもとに皆殺しー……」

 『不要這様!』 

 激しく揉み合うサムライとレイジの間に突如割り込んできたのは、ロン。
 今しもサムライめがけ蹴りをくれようとしたレイジが半笑いで停止、驚き目を見開く。サムライもまたロンの乱入に当惑し木刀をおさめる。僕は床に蹲ったまま、レイジとサムライの間に転がり込んだロンの行方を追う。
 「ロン………」
 レイジが名を呼ぶ。ロンがそちらを見る。
 震える膝を叱咤し、危なっかしい足取りでレイジの方へ歩いていく。
 レイジはすぐさまロンの体を支えようと両手を伸ばし待ち構えるも思惑を裏切られる。
 すっと、まるでレイジがそこにいないかのように横をすり抜ける。
 「……ロン?」
 ロンに無視された形のレイジは虚空に手をさしのべたまま、自分の身に起きた出来事が信じられないといった様子で立ち尽くしていたが、ロンの行き先を見極めようと緩慢に振り返る。
 ロンは血の筋を辿り歩いていた。
 レイジの顔と服から滴った返り血……道了の爪を剥ぎ手を貫いた際の大量の出血。
 床の血痕を辿り、左右の肩を不安定に傾がせながら歩くロンの目は、壁際に吊るし上げられた道了だけを狂的に見詰めている。
 雛が孵化して最初に見たものを親だと思い込み慕い歩くように。
 幼児退行して最初に自分に優しくしてくれた男のもとへ、今の自分に出せる精一杯の速度で急ぐ。
 「……だいじょうぶか」
 漸く辿り着き、道了の傍らにへたり込む。 
 道了がゆっくりと顔を上げる。
 十字架で貫かれた手からは今もまだ夥しい血が流れ続ける。
 懇々と溢れた血が腕を伝い服を染め床に血溜まりを作る。
 ロンは心配げに道了を覗き込む。
 「俺と遊んでくれるんだよな。追い出したりしないって約束したよな。けど、こんな手じゃ麻雀できないよな」
 サムライが僕の腰に腕を回し支え起こす。
 一人残されたレイジはたどたどしく道了に語りかけるロンを呆然と見詰める。
 ロンが自分を無視したということ、否、それ以前に自分の存在を認識せず素通りしたということがにわかに信じられず、乱れた前髪の隙間から空虚な眼差しを注ぐ。
 「かわいそうに」
 道了の顔に手を添え視線を合わせる。
 朦朧と濁った金銀の瞳がロンの顔で焦点を結ぶ。
 ロンは悲痛な面差しで道了を見返し腕を伝う血を綺麗に舐めとる。
 手首から肘へ肘から二の腕へと舌を這わせ唾液の筋を付けながら膝立ちの姿勢となり、道了の掌に深々刺さった十字架に手をかける。
 「…………ぐっ、あ」 
 額に大粒の脂汗が滲む。
 眉間に苦痛の皺を刻んだ道了を膝立ちの姿勢から仰ぎ、慎重に十字架を抜く。壁から取れた十字架が肉を逆に抉りながら傷口から引き抜かれる。栓を抜かれたショックで新たな血が傷口から噴き出ししロンの顔にかかり数滴目に入る。
 「………はあ、はあ、はあっ………」
 道了がぐらりと揺れる。
 一度に多くの血を失ったショックで困憊の相を呈した道了がロンの方へ倒れこむ。
 ロンはすかさず腕を出し道了を抱きとめる。
 ごく自然に背に腕を回し、小さい体で精一杯道了を抱きしめる。

 『你是我的朋友。我想活刧在一起』
 あんたはともだちだ。いっしょにいたい。

 最前目に入り込んだ血がロンの頬を伝い、赤い涙跡を残す。
 ロンは今日を限りに道了の物となった。


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050324145429 | 編集
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