ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十七話

 「刺せ」
 暴君の傲岸さと死刑執行人の非情さを併せ持つ宣告が下される。
 道了は動かない。微動だにしない。
 廊下の中央に無防備に立ち尽くす様は一見隙だらけだが、その実隙などどこにもない。
 暴力を行使するまでもない。
 廊下の中央に悠然と佇む道了の姿は見るものを威圧する。
 道了はその暴威によって指一本動かすことなく他を制圧せしめる。
 庇護を求めて傘下に入る者をわざわざ追い払ったりしないが、それは道了が寛大だからではなく自分を取り巻くすべてに対し無慈悲で無関心だからだ。
 来る者拒まず去る者殺す。
 道了は退屈している。
 臣下に傅かれる日々に倦み果て血みどろの余興を望んでいる。
 道了は本気で残虐兄弟に殺し合いをさせるつもりだ。馬鹿げてる。狂ってる。マオにユエを刺せだと?血の繋がった兄弟に殺し合いをさせるだと?悪趣味極まる。吐き気がする。発想が飛躍しすぎてついていけない。
 道了は他者への共感能力を著しく欠いている。だからこんな無意味で不条理な命令をくだせるのだ、無慈悲で理不尽な仕打ちができるのだ。人格障害だ。精神の病理だ。……落ち着け、鍵屋崎直。精神分析は後回しだ。今はそれより先にやるべきことがあるはずだ。冷静になれ、冷静に。
 強く手を握り込み、挫けそうな気力を叱咤して口を開く。
 「道了、君の脳には重大な欠陥がある」
 道了を挑発し注意を引こうという意図は正しく報われた。
 道了がゆっくりと視線を動かす。僕の上で視線が止まる。よし。緊張で汗ばむ手のひらを隠し、毅然と顎を引く。努めて平静を装い道了の視線を受け止める。跳ね返す。できるかぎり無表情を装い内面を塗り隠すも、内面の空白を余すところなく曝け出す道了のそれにはかなわない。
 道了は表情を消して僕を見る。
 金と銀の瞳が酷薄に光る。
 眼光の重圧に抗い、道了の人格的欠陥を指摘する。
 「君には他者への共感能力が欠如してる。社会不適合者の烙印をおされてしかるべし反社会性人格の持ち主だ。しっかりと目を開け。ユエとマオは君の仲間だ。今を遡ること一週間前、凱を裏切り君へと寝返った恥知らずの裏切り者だ。マオにユエを殺させて何の得がある?いかに君にカリスマ的求心力があるとはいえ、いまだ地盤が固まらず内外に火種の多い新興勢力にとって凱の腹心を務めた残虐兄弟は貴重な戦力のはずだ。違うか?」
 道了はじっと僕の言葉に耳を傾けている。
 何を考えているのか窺い知れない不気味な沈黙。
 なぜ僕がユエとマオの助命を嘆願してるのか自分の行為に疑問を感じないこともないが、僕が制止せねばユエとマオが殺し合いを始めるのは不可避であり、武器を与えられたマオがユエを殺すという最悪の結末に至りかねない。道了が引き連れた囚人たちは不測の事態に思考が追いつかず固まっている。
 そもそも道了の独裁で成り立つグループだ。
 トップに面と向かって意見できる胆力の持ち主がいるはずない。
 道了の暴走を止められるのは僕だけだ。
 過去の件でユエとマオには反感を持っているが、二人が殺し合うところなど見たくない。
 最悪の事態を回避するため、最大限の努力を尽くす。
 それが天才の矜持だ。 
 「考え直せ、道了。貴重な戦力を自ら放棄するのはあまりに馬鹿げてる」
 マオが縋るような目でこちらを仰ぐ。ユエは困惑顔。なぜ僕が庇ってくれるのかと不審がってるらしい。
 床に転がったナイフから距離を保ち、その向こうの道了をひたと見据える。
 道了の表情がふいに歪む。
 「戦力じゃない。余力だ」
 あまりに不自然な顔筋の痙攣。顔筋の基本的操作を知らないといった欠陥品の微笑。
 「ナイフを手にとれ」
 畳み掛けるように命じる。マオが弱々しく首を振る。
 「できない」
 喘ぐように口を開き反駁する。
 マオは完全に恐慌をきたしていた。道了の命令に従わねば自分が殺される。道了の命令を聞けば兄を殺さねばならなくなる。二律違反の矛盾に苛まれ葛藤に苦しみ自分では結局決断できず、哀願するように僕と道了を振り仰ぐ。
 涙で潤んだ目に悲哀が宿る。
 死ぬのは嫌だ。殺すのも嫌だ。
 マオの首振りが加速し呼吸が荒くなり大量の汗が分泌される。
 「できない。あんちゃんを刺すなんてできない、だって俺のあんちゃんなんだ、ちっちゃい頃から俺の事守ってくれた大好きなあんちゃんなんだ。あんちゃんがいなくなったら生きてけない、ひとりぼっちで生きてけるはずがない」
 「刺せ」
 恐怖に震える声で必死に抗弁するマオを遮り、道了がとりつくしまもなく命じる。
 マオが慄く。
 苦渋の汗が滲んだ顔に焦燥を色濃く浮かべ、助けを求めて右へ左へ視線をさまよわせる。
 挙動不審な弟の隣ではユエが混乱の極みにあった。
 道了に抗議しようにも恐怖心が邪魔し、弟を宥めようにも何が引き金になるかわからず、棒を呑んだように硬直している。
 苦悩に引き裂かれたマオが惰性で首を振りながら懇願する。 
 「道了さんお願いだ、他のヤツにしてくれよ。そうだ、親殺し、親殺しにしてくれ。こいつなら殺せる、さくっと殺せる、問題なく殺せる。あんたの言う通り殺してやる。剥いて突っ込んで削って見てるあんたも楽しめるようにしてやるよ。な、親殺しで手を打ってくれよ。俺にあんちゃん殺させるなんてそれだけはやめてくれよ」
 嗚咽交じりの悲痛な声音。
 同情を引こうという打算もなく、ただただ兄と自分の身を守らんと哀訴を続ける。
 赤ん坊のようにたどたどしく床を這ったマオが道了の膝に縋り付く。
 恥も外聞もかなぐり捨て命乞いの醜態を晒し、ズボンの膝を皺くちゃに掻き毟り、聞き分けのない子供のように延々首を振り続ける。
 「あんたは知らないだろうけどコイツ前売春班にいたんだ、いい声で啼く売れっ子だったんだ。今ここでこいつを犯してやるよ、ナイフで刺して腸ひきずりだして手え縛って犯りまくってやるよ。道了さんあんたもきっと夢中になる最高の退屈凌ぎになる、あんちゃんの死体見るよか親殺しを皆で犯りまくったほうがずっとスカッとする。親殺しはあんたが大嫌いなロンのダチだ、親殺しが嬲り殺されたと死りゃロンがショックを受ける。な、いいだろ、名案だろ?生意気な半々に目に物見せてやろうぜ。そっちのほうが絶対いいって。てめえの親をぐさりと殺っちまうような鬼畜にゃ似合いの末路だ、だから……」
 口調が次第に早くなる。
 汗と涙に塗れて崩壊寸前の顔面に泣き笑いに似て卑屈な表情が貼り付く。
 ユエの身代わりに売り渡されても不思議と怒りは湧かなかった。
 握り潰した紙屑のように顔をぐしゃぐしゃにしたマオがただひたすら滑稽で哀れだった。
 貧困な語彙を駆使し拙い詭弁を弄し周囲の失笑を買ってもまだ諦めず、千切れんばかりに首を振り続けるマオ。
 容赦なく浴びせられる嘲笑と野次すら耳に入らぬのか、マオはひしと道了にしがみついて離れようとしない。
 道了は徹底した無反応。
 妥協を許さぬ目が威圧的にマオを見下ろす。
 瞬間、僕は見た。
 マオの顔が不自然に固まり目の奥に自我が遠のく。
 「!いけないっ、」
 思わず叫ぶ。
 手を伸ばし止めようとするも遅く、床を這ったマオがナイフをひったくる。
 「刺せ。殺せ」
 震える膝を叱咤し立ち上がったマオは、汗でぬめる手にナイフの柄を握り込み、爛々とぎらつく目で道了と兄と僕を順々に見比べる。逡巡。躊躇。膠着。精神的極限状態、究極の二者択一を迫られ絶体絶命の窮地に立たされたマオを淡々と容赦なく道了は追い詰める。
 「突け。抉れ。穿て。回せ。暴け」
 脳裏に呪詛が渦巻く。視界に血色の靄がかかり理性が剥離する。
 鋭利な刃の如く冷徹な命令が心を麻痺させる。
 「血迷うなマオ、ナイフを放せ!」
 漸く金縛りが解けたユエがバネ仕掛けのように跳ね起きる。ユエが膝を撓め床を蹴り跳躍、マオにとびかかる。力づくでナイフを奪おうと意図したらしい。ナイフを巡り激しく揉み合う兄弟。罵声と悲鳴が飛び交い逃げ惑う靴音が入り乱れ蛍光灯が揺れ動く。
 ユエもマオも必死だった。互いに必死にナイフを奪い合っていた。
 「貫け。断て。殺せ」
 ナイフを奪い合う兄弟のまわりを巡り道了が囁く。
 声に洗脳される。脳髄が痺れる。三半規管が酩酊する。
 突け、抉れ、穿て、回せ、暴け、貫け、断て、殺せ。
 無意味な単語の羅列が脳裏を無限に巡り円環を成す。
 言葉に意味が生まれる。言葉に呪力が付与される。
 マオとユエが激しく揉み合う。弟の手をこじ開けナイフを取り上げようとしたユエの顔面が引っ掻かれざくりと赤い線が走る。
 ぱっと血が飛び散る。
 弟の変貌に戸惑いながらも体を張って暴走を止めようと果敢にユエが挑む。
 「マオ、やめろ、正気に戻れ!わかったからナイフを放せ、なっ、話はあとで聞いてやるから……この世にふたりきりの兄弟だろ、今までだって二人で支え合ってきたじゃねーか、畜生なんでこんな事に……おいっ、見てねーで止めろよ誰か!」
 猛烈な勢いで攻め入る弟に苦戦し、劣勢のユエが助けを求める。
 が、誰も動かない。ユエの叫びに応えるものは一人もない。
 ユエを助けるのは道了への裏切りと同義だ。
 だから誰も手を出さない。道了の怒りにふれるのを恐れ残虐兄弟が殺し合うのを傍観するのみ。所詮は人形の王に率いられた木偶の軍隊、最初からユエとマオを仲間とは思ってないのだ。
 「あんちゃんの馬鹿!!」
 ナイフが風切る唸りを上げ宙を切る。
 蛍光灯の光を反射し刃がぎらつく。鍛えた銀の光が目を射る。
 残虐兄弟が体を捌きすれ違い駆け抜ける。
 天井が震動し蛍光灯が揺れ動く。
 明かりが消え暗闇に包まれ、唐突にまた点く。
 ブツ切りのフィルムのようにめまぐるしく光と闇が交錯する中、ナイフを上段に構えたマオが猛然と疾駆する。
 あわやというところで横に飛びのきナイフをかわすユエだが、体勢を立て直す間もなく次がくる。
 「俺のせいじゃない、俺が悪いんじゃない、全部あんちゃんが悪いんだ!あんちゃんの言う事聞いてりゃ間違いないって言ってたのにくそ、どうしてこうなるんだよ!俺は全部あんちゃんの言う通りにしたのに、あんちゃんが凱さん裏切るって言い出した時もほんとはやだったんだ、俺はずっと凱さんと一緒にいたかったんだ!凱さんは命の恩人で親父代わりで俺たち兄弟に饅頭分けてくれたのに、あんちゃんはあっさり凱さん切り捨てて、よりにもよってクソ台湾人なんかに乗り換えやがって……」
 ナイフが弧を描く。銀の残像が閃く。刃が掠めて服が裂ける。劣等感の塊と化したマオは今まで抑圧してきた鬱憤をここぞとばかりぶちまける。サーシャのように技巧を凝らした戦闘スタイルではなく洗練さのかけらもないが、それを補って余りある荒々しさに気圧される。
 打算も計算もなく突き上げる怒りに任せ、無軌道にナイフを振るうマオに鬼気迫るものを感じる。
 一閃二閃、一条二条と銀の軌跡が連鎖する。
 残像を薙ぎ払い鋭く呼気を吐き肉薄し猛攻で詰める。
 爛々と血走った目に憎悪が燃える。
 いつでも兄に庇われ守られ比較されることで己を卑下し続けてきたマオが、今初めて自分の意志を貫き通そうと行動に出る。
 抑圧に抑圧を重ね極限まで嵩んだ憤懣を爆発させ、血沸き肉踊る狂乱の渦に身を委ね、一直線に腕を突き出す。
 「俺はっ、あんちゃんのおまけじゃねえっ!!!」
 マオがマオとして産声を上げる。ユエが打たれたように目を見開く。
 愕然と立ち竦んだユエの胸めがけマオがナイフを突き立てるー…… 
 「やめろっっ!!」
 反射的に体が動く。ナイフを手に構え突撃するマオ、怒りに充血した顔に驚愕が走る。僕の叫びで理性が回復、自分が何をしようとしているか悟ったらしいが、遅い。間に合わない。ナイフが加速する。大気を突き破り迫り来るナイフの前に無防備に身を晒したユエ、その顔が悲痛に強張るー…
 やむをえない。
 苦渋の決断。急制動をかけ、間接が外れる限界ぎりぎりまで腕を伸ばす。
 ナイフと標的の中間、ちょうど心臓の位置に本を翳す。
 衝撃。
 渾身の力を込めた一突きが本を半ばまで貫通する。
 腕に震動が伝わる。
 マオとユエが目を剥く。
 「……本への冒涜だ」
 苦々しく吐き捨て、本に突き立つナイフを抜く。
 ナイフを光に翳しためつすがめつする。
 細身だが芯の通ったナイフ。マオの体温が伝染った柄は仄かに火照っていた。蛍光灯を反射して煌くナイフを道了の足元に投げ捨てる。
 甲高い音たてナイフが床を滑り、道了のつま先で止まる。 
 ナイフに刺し貫かれた本にはざっくりと傷口が穿たれていた。
 本の傷口に手を置き、さする。
 「……僕は今非常に怒っている。何故かわかるか?この低脳ども」
 理由は簡単だ。
 この僕が、鍵屋崎直が、ナイフの前に本を晒した。
 早急に去勢の処置を施すべき下品で下劣で粗暴な強姦魔の命を救うため人類の叡智の結晶たる本を盾に晒し傷を負わせた。ナイフは深々刺さっていて引き抜いても痕は癒えず表紙から半ばのページまでを貫通し変わり果てた姿に……
 許せない。
 裂けた本を抱え直し、眼鏡の位置を正す。
 呆気にとられて立ち尽くす一同を睥睨し、沸々と込み上げる怒りを抑え静かに口を開く。
 「器物損壊?いや、生ぬるい。これは傷害事件だ。出血がなくとも魂が傷つけば傷害罪が成立する。本には著者の思想と魂が宿る。本は人類の知的財産だ。活版印刷の祖グーテンベルクに謝れ。貴様らよくもこの僕にこの天才にこの鍵屋崎直にこんな真似をさせてくれたな。本を粗末に扱うなどもとより本意ではなかった、本は読むものであって殴るものでも投げるものでも食べるものでもない。読書とは知識人にのみ許された崇高な行為だ、本との対話を通し精神世界を豊かにするのだ、本とは人類が生み出した中でもっとも偉大な発明だ。わかったか、わかっているのか、わかっているんだろうな本の素晴らしさを?」
 今更ながら判断ミスを悔やむ。ユエなど放っておけばよかった。選択を誤り大事な本を傷付けてしまった。天才の不覚だ。一刻も早くこの場を去りたい。本を本とも思わぬ低脳どもには付き合いきれない。
 眼鏡のブリッジに触れ、腰が抜けたマオに一瞥くれる。
 「最後にひとつだけ言わせてもらう」
 マオの目に怯えた光が宿る。
 尻餅付いたままあとじさるマオを視線で追尾する。
 「軽蔑する。以上だ」
 マオが口を開き、また閉ざす。虚脱したマオに背を向ける。
 くだらない騒動に巻き込まれて時間を無駄にした。
 早く帰ろう、サムライが待っている。 
 「待て」
 背後から呼び止められる。心臓が跳ねる。立ち止まる。
 慎重に振り向く。道了がいた。いつのまにか背後に回っていた。
 本を抱く手に力が篭もる。冷や汗が背中を伝う。
 マオとユエが最前演じた乱闘をとるにたらない前座と片付け、廊下の薄暗がりに立った道了が声を投げる。
 「お前はロンの何だ」
 何と答えるべきか迷う。そもそも質問の意図が掴めない。道了はロンに拘泥している。無関心無表情が基本の道了がロンに関わる事だけには唯一生身の感情を覗かせる。決して逃がさないと腕を掴み僕に詰め寄るさまには嫉妬と好奇心が入り混じった異常な執着が窺える。
 不用意な受け答えで道了を刺激するのはまずい。
 今ここにサムライはいない。自分の身は自分で守らねば。
 探るように道了を見返す。道了はまったく動じず視線を受ける。
 僕はロンの何だ?
 道了と対峙し自問する。自分の内側に答えを探る。ロンの顔が思い浮かぶ。喜怒哀楽が激しく表情豊かな少年。活発な笑顔。子供っぽく膨れた顔。唇を尖らし拗ねた顔。レイジと一緒にいる彼は幸せそうだった。レイジにじゃれつかれて迷惑千万といったふりをしていてもどこか嬉しそうだった。
 レイジはロンの相棒だ。二人はいつでも一緒にいる。互いに支え合っている。
 ならば僕は?
 僕はロンの何でありたいと思っている?
 「友人だ」
 驚くほど抵抗なくその言葉を口にできた。
 道了を刺激するのは賢くない、それはわかっている。
 しかし何が正解かわからぬ現状では、心情を素直に吐露するのはそれ程悪くない選択と言える。
 そうか、僕はロンの友人でありたいのか。彼の友達でいたいのか。
 ………改めて口に出すと何となくその、恥ずかしい。
 羞恥に染まる頬を隠し、眼鏡に手をやり俯けば、周囲の嘲笑が突き刺さる。
 「半々のダチだと?そりゃ何の冗談だ親殺し、笑えるぜ」
 「裏切り者の血が混じった嫌われ者の半々とてめえの親をぐさりと殺っちまった屑が刑務所で仲良しごっこかよ。反吐がでるぜ」
 「嫌われ者同士お似合いだ。お前とロンだけじゃねえ、レイジとサムライも含めて全員浮いてるぜ。刑務所送りの屑の中でも選り抜きの屑揃いで友達ごっこはさぞかし楽しいだろうなあ」
 「二人一緒に売春班送りになった仲だもんな」
 「互いに喘ぎ声聞かせあった仲だもんなあ。そりゃ友情深まるはずだぜ」
 道了の取り巻きが失笑を漏らす。くだらない。構う価値もない。うんざりと踵を返しかけた僕の背に不穏な気配が忍び寄る。
 振り返るより早く手が伸びた。後ろから肘を掴まれる。振り払う暇もなく壁に叩きつけられる。
 背中に衝撃が散る。嘲笑が止む。僕を蔑み笑っていた連中の顔がもれなく固まる。
 「ロンの友人?」
 吐息にレンズが曇る。ぼやけた視界に道了が映る。僕の肘を掴みむりやり引き戻したのは道了だった。のみならず僕の腕を掴んで固定し、たやすく壁に押さえ込む。必死に拘束を解こうとしたが無駄だった。長袖に包まれた腕は細く、しかし鉄条を束ねたような筋肉が縒り合わされていた。
 「離せ」
 漸くそれだけ言う。掴まれた肘から道了の体温が伝わる。弱味を見せるのはプライドが許さない。腕を掴まれたぐらいでうろたえてなるものかと自分を叱咤、レンズ越しに反抗的な眼差しを叩き付ける。ますます握力が強まる。肘が軋む音が聞こえる。骨が砕けそうな力に思わず顔を顰める。
 「ロンに友などいない。必要ない」
 道了が僕の鼻先に顔を寄せる。能面じみて端正な顔だちが間近に迫る。
 「君が決める事じゃない」
 「俺が決める事だ」
 肘が軋む。苦痛に顔を歪める。道了は委細ためらわず暴力を行使する。このままでは肘が粉砕される。壁際に追い詰められて身動きとれぬ僕に道了がのしかかる。内心の怯えを悟らせてなるものかと上を向き、唇が触れるか触れないかの距離で囁く。
 「逆に問う。貴様はロンの何だ」
 不吉な沈黙に冷や汗が出る。道了は無言で僕を見詰めていた。
 倦怠の色をたゆたわせた無表情にちらりと感情の揺らぎが覗く。
 「支配者だ」
 道了が距離を詰める。体が密着する。鼓動と息遣いを生々しく感じる。
 「ロンが欲しい。手に入れたい。俺の物にしたい。涙も笑顔も全部俺の物だ」
 「何故そうもロンに拘る?」
 すべてに対し淡白な無表情に変化が訪れる。
 ロンの名に感情を揺り起こされ、道了がまた一歩人間に近付く。
 「ロンは雨の中ひとり佇む俺に手を差し伸べ『可哀想』と声をかけた。梅花は違う。梅花は俺に尽くすことに被虐の喜びを見出す真性マゾの雌犬だ。梅花は決して俺が『可哀想』とは言わなかった、本心では怯えているくせに怖がっているくせに自分の心を殺し醜い笑みを上塗り『愛してる』と囁き続けた。そうやって俺を欺き続けた。可哀想な女だ。世界で一番俺を愛してると言いながら一度たりとも本音を明かさず偽り続けた。ロンは違う。ロンは嘘を吐かない。本音しか言わない。ロンは俺に真実をくれた」
 道了が淡々と述懐する。愛情をもっていると錯覚しそうな語り口に混乱する。
 道了に肘を掴まれたまま窮屈に身動ぎする。拘束を外そうと躍起になる。駄目だ、はずれない、道了の握力は常軌を逸してる。間接が軋む。苦鳴が零れる。喉が仰け反る。道了はひどく醒めた目で苦悶する僕を眺める。
 眼窩に硝子を嵌め込んだ人形の瞳。人ならざる色に輝く魔性の目。
 硝子のフィルターに不純物を濾過された眼差しはどこまでも透徹している。
 「ロンには本当の俺がわかる。俺すら知らない真実を心臓の奥から掴み取ってくれる」  
 「貴様はロンに依存している、ロンに甘えている。ロンに甘えていいのはレイジだけだ、ロンに甘えるのは王様の特権だ。貴様が付き纏ってもロンは困惑するだけだ、追いかけられて迷惑するだけだ。いい加減ロンの事は諦めろ」
 「なら王に成り代わる」 
 耳を疑う。道了は実にあっさりとそう言ってのけた。レイジを誅し東棟の王に成り代わると宣言した。
 反逆の狼煙が上がる。
 下克上を予告した道了がゆるやかに腕を翳す。
 「手始めにお前だ。反逆の生贄だ。お前の死はロンを追い詰める。それこそ俺の望みだ。それこそ俺に背いた罰だ」
 顔に影が射す。首から血を噴き倒れる凱が脳裏に浮かぶ。極限の苦痛に喘ぐ断末魔の形相が瞼裏に像を結ぶ。
 道了は僕を殺す。僕の死体をロンのもとに送り付ける。
 逃げなければ殺される。胸が高鳴り全身の血が燃え汗が噴き出す。恐怖が暴走し喉が渇く。いつ道了の手が首にかかるか気が気じゃない。凱の二の舞になるのはごめんだ。凱と同じ末路を辿るのはお断りだ。どうする鍵屋崎直、どうするー……
 そして、気付く。
 僕にのしかかる道了の背後に何者かが接近する。手にはナイフがある。
 蛍光灯の光を反射し剣呑に輝くナイフを振り上げ、道了の背に歩み寄るのは。
 「………っ、」
 無謀だ。あまりに無謀すぎる。
 声には出さなかったが、感情が面に出たらしい。道了の背後に歩み寄ったマオが力任せにナイフを振り下ろす。ナイフの光が目を射る。眩む。疾風が頬を嬲る。
 すべては一瞬の内に起きた。
 銀光を曳いたナイフは標的に到達することなく甲高い音たて床を穿ち、自重に振り回され前のめりに崩れたマオの鳩尾に衝撃が炸裂、振り返りざま道了が蹴りを入れたのだと気付いた時には既にマオは宙高く跳ね飛んでいた。
 「マオおおおおおおおおおおおおおっ!?」
 ユエの絶叫。
 マオは壁に激突し背中を預けてずりおちる。
 身を丸め腹を庇い激しく咳き込むマオ、衝撃が内蔵を攪拌し甚大なダメージを与え何度もえずき胃液をぶち撒けびくびく痙攣する。眼球が反転し白目を剥き、壁際に倒れるマオのもとへ道了がゆっくりと赴く。
 たった今マオから奪ったナイフを手にし。
 「邪魔だ」
 氷点下の殺気を纏った道了が無造作に足を振り上げマオを蹴る。
 鳩尾を抉る蹴りに体が跳ねる。続いて肩口を蹴る。足跡が刻印される。それでもまだ飽き足らず後頭部を蹴る。自制を失った体が右へ左へ傾ぐ。蹴る、蹴る、蹴る。至って無造作に最大限の苦痛を与える急所に的確な一撃を食い込ませ朦朧としたマオから悲鳴を搾り取る。
 「余興をはきちがえるな」
 汚い足裏で鼻血と吐寫物に塗れた顔面を踏み躙り蹴り転がす。マオの体が裏返り背を向ける。しかし道了は容赦せず意識を失ったマオを蹴り続ける。空き缶でも踏み潰すかのようにマオが壊れていく過程を冷ややかに観察する。
 血が飛ぶ。僕のもとにも血が飛ぶ。
 「救命!」
 ユエが我を忘れ泣き叫ぶ。床を這うように道了の行く手に回りこみ弟を両手で抱き起こす。ユエの腕の中でマオのぐったりしてる。
 意識を失った弟に代わってユエは道了に懇願する、額を床に擦りつけどうにでもしてくれと身を投げ出し許しを請う。 
 「ああ鼻がひん曲がって顔面血だらけで酷い何だってこんな目に、道了さん頼むもう許してくれこれで気が済んだろ十分だろ、あんたに手を上げたのは気の迷いでマオだって本気じゃなかったんだ、そうだマオはあんたを助けようとしたんだ、親殺しがあんたのキンタマ潰そうとしてたの察してとどめ刺して……」  
 失神した弟を抱きしめ、吐寫物と血で汚れた顔を優しく拭ってやりながら、ユエは繰り返し道了に謝罪する。
 声が次第に掠れて小さくなっていく。ともすればくぐもった嗚咽にかき消されそうな声。
 ぐったりしたマオを腕に抱き、その肩口に顔を埋め、瘧にかかったようにユエが震える。 
 「マオを、弟を殺さないでくれ。たったひとりの家族なんだ、弟なんだ、路上でもここでもずっと二人でやってきたんだ。頼むからマオ、あんちゃんを置いていかないでくれ。いやなんだよ、置き去りにされるのは。家族に置いてかれるのはいやなんだよ。俺たち残虐兄弟ずっと二人でやってきたじゃねーか、女を犯すときも男を殴るときも凱さんにおべっか並べ立てる時も呼吸ぴったりで、お前がいたから俺は……」
 マオを庇うユエに子供時代の二人が重なる。
 悪名高い強姦魔たるユエとマオが、互いの他に頼るものない寄る辺ない子供に戻る。
 みじめにしゃくりあげながらユエがあたりを見回す。
 子供時代のふたりを助けた男が今また現れないかと期待を込めて。
 「対不起、凱さん……対不起、マオ……」
 頼りなげに虚空を仰ぐユエの前にナイフを放り、道了がうっそりと口を開く。
 「慈悲だ。お前が死ねば弟は助かる」
 僕は壁際に蹲り、凝然とその光景に見入っていた。
 ユエが死ねばマオは見逃してやると道了は言った。
 マオを助ける代償にユエに自殺を強要した。
 突き付けられた交換条件の重さにユエが絶句する。
 「弟にとどめをさすか」
 それもいいと道了が付け足す。廊下の空気が急激に冷え込む。先刻まで口汚く罵声をとばしていた囚人も、道了の出した条件の非道さに息を呑み、緊張の面持ちで事の成り行きを見守っている。ユエが音たてて唾を呑み、おそるおそるナイフに手を伸ばす。操り人形じみてぎこちない動作。小刻みに震える指が柄に触れる。ゆっくりと慎重に自分の方へ引き寄せる。呼吸が次第に荒くなる。大量の汗がしとどに顔を濡らす。
 「俺はあんちゃんだ。巷で恐れられた残虐兄弟のユエだ。弟を守るのが兄貴の役目だ」
 自己暗示をかけるように口の中で呟くも、目の焦点が合ってない。
 「ごめんな、マオ。馬鹿なあんちゃんを許してくれ。お前に頼られるのが嬉しくて、泣きつかれるたび強くなったような気がして……勘違いしてたんだ。お前は俺がいなきゃ何もできないしょうもないヤツだって、お前は俺がついてなきゃ駄目だって思いあがってたんだ。ははっ、笑えるぜ。本当は逆だったんだ。覚えてるかマオ?ガキの頃の話。親に捨てられて行くあてもなくさまよってた時、俺たちずっと手を繋いでたよな。あれさ、本当は俺が引っ張ってたんじゃないんだ。お前が背中を支えてたんだよ。お前が俺の手を握って支えてくれたから途中でへたりこまずに歩き通すことができたんだ」
 五指の震えを押さえこみ、しっかりと柄を握る。
 「謝謝、マオ。謝謝、凱さん。合わす顔ねーけど、再見」
 刃の切っ先が顎に食い込む。皮膚が裂けて血の玉が浮かぶ。
 「俺はユエだ。三十五人の女の柔肌刻んできた最凶の強姦魔だ。てめェの喉笛掻っ切って派手に死ぬのも悪くねェ最期だ」
 残虐兄弟の名に相応しい凄味を含んだ笑みで啖呵を切り、刃を首筋に添わせる。
 最後に目が合う。硬直した僕と視線を絡め、ユエは晴れがましく笑った。
 「あばよ親殺し。地獄で会ったら鬼の金棒突っ込んでやる」
 残虐兄弟の名に相応しくない、子供っぽく人懐こい笑顔だった。  

 ユエの遺言だった。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050327002238 | 編集
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