ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十五話

 「凱に性欲を感じるのか?」
 膝を抱えたマオがぶるぶると首を振る。
 きっぱりした拒絶反応から「好き」といえども恋愛感情ではなく父性への憧れと分析、この状況をどうしたものかと思案する。
 僕は内心辟易していた。
 マオを放置してサムライのもとへ帰る選択肢もあったが、踵を返そうとするたびマオのしゃくりあげる声が追ってきてなかなか決心がつかない。
 僕が知るマオは兄の言う事なら何でも素直に聞き二つ返事で凱に従う下っ端の中の下っ端ともでいうべき存在だった。
 ところがマオは一週間前、兄とともに凱を裏切った。道了に喉を切り裂かれた凱を目の当たりにしてこれ以上凱に与するのは不利益と判断、兄ともども新興勢力に寝返ったのだ。
 マオは卑劣な裏切り者だ。
 凱に世話になった恩を足蹴にし道了に寝返った卑怯者だ。
 彼らが今更どうなろうが知ったこっちゃない。
 大体僕には関係ない。
 しかし。
 何となく立ち去り難く逡巡する僕をよそに、マオが訥々と語り始める。
 涙に濡れた頬を外気に晒し、潤んだ目をしばたたき、頭の鈍さを証明する舌ったらずな口調で。
 「あんちゃんとは物心ついた頃からずっと一緒だった。親は知らない。親父もお袋も気付いた時にはいなかった」
 「捨てられたんだろうな、記憶にないならば」
 そっけなく相槌を打つ。マオの生い立ちは今時珍しくもない話だ。悲劇に分類する程悲惨でもないありふれた生い立ち。
 僕の乗りの悪さにも挫けずマオは話を続ける。
 「いちばん最初の記憶は俺の手を引っ張ってずんずん歩いてるあんちゃんの背中。あんちゃんは強い力を込めて俺の手を握ってた。この手を放したら離れ離れになって二度と会えないんだぞって感じに力を込めて、もうちょっとゆっくり歩いてよって頼んでも振り向きもしないで、むきになったようにずんずん突き進んでいた。俺はべそをかいてた。何が哀しかったんだか覚えてない。きっとくだらない理由。野良犬に吠え掛かられたとか露店からくすねた飴玉をおっことしたとか、今思い返せばくだらない理由だよ」
 マオがおもむろに手を掲げ、その手に在りし日の兄の面影を重ねるように複雑な目でじっと見詰める。
 「あんちゃんはいつもいつだって俺を庇ってくれた、守ってくれた、助けてくれた。背だってあんまし変わらないのに、いつだって泣き虫で臆病な俺のこと背中に庇って、おっかない大人や凶暴な野良犬や喧嘩の強いガキに立ち向かってくれた。あんちゃんは俺の英雄だった」
 手を拳に握り込み恍惚とした表情でマオが呟く。うっとりまどろむ目から兄への心酔ぶりが如実に伝わってくる。
 残虐兄弟の幼い頃を想像する。
 自分たち以外には頼れるものも庇護してくれるものもなく、互いに支え合ってスラムの路地裏で生き抜いてきた逞しい兄弟。マオにとって兄のユエはこの世で唯一の味方だった。血の繋がった肉親以上の強い絆が二人を介在した。
 マオは兄を尊敬している。兄に憧れている。だからこそユエの決定に逆らえなかった。兄が凱を裏切るといえば拒否できず従うしかなかった。
 「俺とあんちゃんはいつも一緒だった。あんちゃんと離れ離れになるなんて考えられなかった」
 「だから凱を裏切ったのか?兄と離れるのがいやなばかりに凱を裏切って道了側についたというのか。責任の所在をユエに押し付け自分の行為を正当化するつもりか、嘆かわしい。すべては兄への依存心が強く自身の意見を主張できない君の気の弱さが招いた事態だろう」
 マオに同情するつもりは毛頭ない。
 僕に懺悔したところでマオがしたことは取り返しがつかない。
 凱を裏切った事実は厳然としてそこにある。残虐兄弟とその他大勢の配下に裏切られ声をも失った凱は現在失意のどん底にある。
 手負いの猛獣の如く苦しみもがく凱を見て罪悪感に苛まれたものか、僕を相手にお角違いな懺悔を始めたマオを冷たく突き放す。
 「マオ、君は卑劣な裏切り者だ。凱の隣に君の居場所はない。わかったら消えろ」
 「俺、俺……」
 ここまで言ってもまだマオはためらっている。医務室の方をちらちら未練がましく見やり、助けを請うように僕を仰ぐ。
 捨て犬のような目で見られても困る。 
 眼鏡のブリッジを押し上げ、うんざりした色を隠しもせずため息を吐く。
 「道了と凱と二股をかけるのか、君は。危険だぞ。道了と凱両方と通じてることが発覚すれば君の立場は非常に悪くなる。大事な兄にも累が及ぶぞ」
 兄の名を口に出せばマオの顔がさっと青褪める。わかりやすい反応だ。兄に逆らえずその場の勢いで道了に寝返ったものの今だ凱への未練を捨てきれず煮え切らない態度をとり続けるマオに苛立ちが募り、核心を突く。
 「君はどうしたい?道了を敵に回すのを覚悟で凱のもとに戻りたいのか、凱を切り捨て兄とともに道了の庇護を受けたいのか」
 「凱さんを捨てるなんてできっこねえよ!」
 マオが悲痛に叫ぶ。固く握り締めた拳で膝を叩き、怒りに充血した顔で虚空を睨む。
 「……凱さんは俺ら兄弟の恩人なんだ。凱さんには娑婆でもここでも世話になりっぱなしだった。今でも覚えてる、凱さんと初めて会った時のこと。俺とあんちゃんはいつものように屋台の饅頭をかっぱらって麺棒ふりかざした親父に追われてた。俺とあんちゃんはいっつも腹ぺこだった。あんちゃんは俺にかっこ悪いとこ見せないよう我慢してたけど、俺が指くわえて物欲しげに屋台の饅頭見てると『よぅし、あんちゃんにまかせとけ。あったかい饅頭をたらふく食わせてやるからな』ってにっこり笑って……あんちゃんはすばしっこくて追っ手を巻くのは得意だった。だからあん時もあんちゃんひとりなら余裕で逃げられたはずなんだ。……そう、俺さえいなけりゃ」
 マオの頬が自嘲的にひくつく。
 「あんちゃんに比べたら俺は何やらせてもトロくさくて、逃げ足だって遅くて、足手まといで………けれどもあんちゃんは絶対俺を見捨てなかった。俺が『もういいよあんちゃん、あんちゃんひとりで逃げてよ』って泣いて頼んでも繋いだ手を放さなかった。あんちゃんはほかほかの饅頭を俺と半分こするつもりだった」
 常に空腹だった幼少時代を回想しマオが切なげに顔を歪める。
 僕もまたその光景を思い浮かべる。
 飲食物を売る屋台が所狭しと犇く猥雑な市場を二人して駆け抜ける幼い兄弟。
 先頭の兄が弟を叱咤しながら繋いだ手に力を込める。
 兄の手の中で饅頭がふやけて潰れて中身が出る。
 逃げるのに夢中になるあまり自分の手で饅頭を握り潰したことに気付きもせず、幼い兄弟はひたすら息切らし逃げ続ける。 
 火照り汗ばむ互いの手に縋りながら。
 「案の定、俺のせいであんちゃんまでとっつかまった」
 追い詰められた兄弟に屋台の主人が迫りくる。
 空腹が限界に達し、もはや逃げ切るる体力すら底を尽いた幼い兄弟は互いに寄りかかって辛うじて立ってる状態で、暴力慣れした大人に対抗できようはずもない。
 追い詰められたユエとマオ、恐怖に引き攣った顔、目を過ぎる懇願の色、口から吐き出される熱い息。
 体の脇にだらり力なく垂れ下げた指の隙間から饅頭の中身が零れ、足元に煮汁が飛び散る。 
 「俺をおいて逃げればあんちゃんだけは助かった、だけどあんちゃんはそうしなかった、トロくて足手まといの俺を最後まで庇ってくれた」
 痛みを堪えるように目を瞑り、力及ばず苦汁を舐めた日々を回想する。
 「あんちゃんは俺の代わりにボコボコにされた。麺棒でイヤってほどぶっ叩かれて割れた頭から血ィ流した。顔がぶよぶよに腫れてお化けみたいになった。口に麺棒つっこまれてかき回されて歯を二・三本へし折られた。俺はもうやめてくれって、何でも言う事きくからあんちゃんいじめんのやめとくれって親父にしがみついた。もとはといえば俺が物欲しげに見てたのが悪いんだ、あんちゃんは腹ぺこの俺を放っとくのがしのびなくて饅頭かっぱらうなんて無茶したんだ、あんちゃんはいつだって俺のこといちばんに考えてくれる最高のあんちゃんなんだ。泣きながら叫んだよ、喉嗄れるまで叫んだよ。お願いだからあんちゃんを助けてくれって…」
 突然マオの顔が輝く。
 地獄で救いを見出したように満面に喜色を湛え、興奮のあまり唾飛ばし捲くし立てる。 
 「誰も助けにくるもんかって諦めてたんだ。今までだって誰も助けにこなかったから今度もそうだろうって。俺の味方はあんちゃんだけ、あんちゃんの味方は俺だけ。世の中そんなもんだろうって高括って拗ねてたんだよ。けど、違ったんだ。違ったんだよ!」
 当時の心境をありありと想起したか、感涙に咽ぶ寸前でぐっと涙を押しとどめ、顔全体で溢れんばかりの笑みを作ってマオが言う。
 「『よわいもんいじめはやめな。饅頭がしょっぱくなるぜ』……麺棒でさんざぶっ叩かれて気を失う寸前のあんちゃんと俺はその声にびっくりした。いつのまにか親父の後ろにでっけえ影が立ってた。てっきり親父の仲間が現れたのかと思って俺とあんちゃんは絶望した。ところがその影は親父が振り向いた瞬間、親父の手から血で汚れた麺棒をむしりとった!!」
 手の中で乾いた音たて麺棒がへし折れる。
 ささくれた断面を晒し真っ二つに折れ砕けた麺棒を投げ捨て、凄まじい威圧感を放ち進み出た影の正体は…… 
 「『ガキのしたことじゃねえか。同じ中国人のよしみで許してやれよ。孔子の教えを忘れたのか?』……低くてよく通る声だった。親父はすっかりぶるっちまった。腰抜かしてへたりこんでる俺らの事なんかそれきり忘れてケツまくって逃げ出した親父に、その人は『忘れもんだぜ』って声かけた。余裕たっぷりに。親父は振り向いた、その口ん中に前歯をへし折って拳が嵌まりこんだ。口からだらだら血ィ流してひィひィ喘ぐ親父を傲然と見下して、その人はこう言ったんだ」
 一呼吸おき、窮地を救った男の声を真似てマオが言い切る。

 「『よく噛めよ。俺の拳の味はどうだ。お前が作る饅頭よか固くて歯ごたえあるだろうが』」
 低く野太い声が閑散とした路地裏に響き渡る。
 颯爽と現れユエとマオの窮地を救った男は、地面にぶち撒けられた蒸篭と饅頭をひとつひとつ拾い上げ、丁寧に泥を払ったそれを服の裾で拭い、空腹と怪我で一歩も動けない状態のユエとマオに与えたのだという。兄弟が気兼ねして手を出さないでいると、『早いもんがちだ』と悪戯っぽい笑みを浮かべ、両手の饅頭を一口でたいらげてみせた。一度にふたつ口の中に饅頭を詰め込んだ男が、案の定喉を詰まらせて激しく咳き込むさまを見て、顔をくしゃくしゃにして苦悶するその様があんまり滑稽で可笑しくて、ユエとマオは折檻された体の痛みも忘れて吹き出してしまった。
 胸を叩いて饅頭を飲み下した男は、改めて地面から饅頭を拾い上げると、ユエとマオそっくりな兄弟を見比べてその饅頭を真ん中からちぎる。
 『ほら、半分こだ』
 ひどく不器用な分け方だった。
 断面から滲み出した煮汁が男の手を汚していた。
 熱い煮汁で手が火傷するのも構わず男は太い笑みを浮かべ続けた。怯えきったユエとマオを安心させるよう微笑みかけさあ食えと促した。
 マオとユエはおそるおそる手を伸ばし、半分ずつ饅頭を受け取った。

 饅頭の味を反芻するよう視線を上方に向け、哀しい目をしてマオがひとりごちる。
 「それが凱さんとの出会いだった」
 あん時の饅頭の味は忘れねえよと小声で付け加え、回想に終止符を打つ。
 気まずい沈黙が落ちる。
 胸の内を切々と語り終えたマオは、力尽き首をうなだれたままびくともしない。不器用な優しさ滲み出る凱との思い出に浸っているのか、周りじゅう敵ばかりだった幼少時代の辛苦を噛み締めているのか、顔を伏せて完全に表情を隠したさまからは測りがたい。
 傷心のマオにかける言葉を失い、僕もまた居心地悪い沈黙を共有する。
 「……あの凱にそんな一面があったとは驚きだ」
 重たい沈黙に痺れを切らし、無難な感想を述べる。
 最もそれは正直な感想でもあった。僕が知る凱は下品で下劣な乱暴者で、ロンや僕をしつこく付け回してはこりずにいやがらせを仕掛けてくる迷惑な男でしかなかった。僕から見た凱とマオから見た凱には大きな隔たりがあるらしいと痛感、ほんの少しだけ認識を改める。
 「あんちゃんは俺の英雄だ」
 マオが力強く断言し、葛藤に口元を引き結ぶ。
 「凱さんも俺の英雄だ。なあ親殺し、これって変か?英雄がふたりいちゃおかしいか。凱さんもあんちゃんも俺の大事な英雄で、俺、どっちも裏切りたくないんだ。凱さんもあんちゃんも大好きなんだ。どっちかひとりだけなんて選べねーよ」
 「僕に相談されても困る」
 「どうしたらいいか教えてくれよ、天才なんだろ」
 「助言を乞われるほど親しい間柄ではないし言うまでもなく君とは敵対関係だ」
 何を勘違いしてるんだこの低脳は。
 以前図書室で僕にした事を忘れたのか?
 怒り再燃した僕が口を開くのを待たず、マオが世にも情けない声を出す。
 「こんなことあんちゃんにだって相談できねーし道了にバレたら絶対やべーし、けど凱さんのこと放っとけねーし……どうしたらいいかわかんねーよ」
 最前から愚痴愚痴と泣き言を言うばかりのマオに忍耐力が切れかける。
 以前僕やロンに強姦を働こうとしたことを謝罪もせず愚痴愚痴耳の腐りそうな弱音を吐き続け同じどころを堂々巡りするばかりで何ら有益な解決策を見出せず現状を嘆くばかり。凱も兄も裏切れない両方とも好きだ大事だ一緒にいたいとどっちつかずの中途半端な心情を吐露し慰めを期待して

 限界だ。

 「うぬぼれるなよ低脳め」 
 無駄話に付き合わされ貴重な時間を浪費した怒りが、僕の声を凶器のように尖らせる。
 「え?」
 マオが驚いてこちらを見る。白痴じみた間抜け面にますます苛立ちが募る。
 「今の話を聞いてよくわかった、貴様がいかに唾棄すべき卑怯者でプライドの欠片もない付和雷同の腰抜けで他者に依存せずには生きてけない臆病者かがな。凱も兄もどちらも裏切りたくない?それが貴様の本心か。それは既に前提からして間違ってる、貴様は既に凱を裏切っているのだから済んだ事を未然形で語るのは文法上おかしい。君の要領を得ない話を聞いた限り凱は貴様たち兄弟の兄代わりであり親代わりであり命の恩人でもあった、凱は貴様たち残虐兄弟におおいに目をかけ可愛がり自分の右腕左腕として立派に育て上げた。忘れたのかマオ、あの時の事を。一週間前のあの光景を、貴様たち配下を失望させたくない一念で道了に敢然と立ち向かっていった凱を!!」
 一週間前の光景が鮮やかに脳裏に立ち上がる。
 凱は全身に傷を負い疲労困憊してなお闘志を燃え立たせ、味方の応援を糧に道了に立ち向かっていった。 
 あの時素直に敗北を認めて引き下がれば喉を切り裂かれ声を失わずにすんだのにそうしなかったのは、凱自身のプライドがそれを許さなかったからだ。凱自身の誇りが敗北を否定したからだ。仮に自分が敗北したら自分を英雄と信じて疑わぬマオはじめとする配下がいかに落胆するか幻滅するか失望するか、東棟三百人の頂点に立つ誇り高き男は何よりそれを憂えていた。
 一途に自分を慕ってついてくる東棟三百人の希望を奪い路頭に迷わせる事は、彼らの親父代わりを自負する凱には絶対できなかった。

 子分の前でかっこわるいすがたを見せられるか。
 最後の最後まで戦って戦って戦い抜いてこそ、子供に誇れる親父になるんじゃねえか。

 凱の背中に五十嵐が重なる。
 どこまでも不器用で愚直で頑固な父親の背中が二重写しになる。
 凱は信念を貫き最後まで勝利を諦めず死力を尽くし戦った。
 三百人の子供の前でみじめな負け犬姿を晒してたまるものかと、喉切り裂かれて血の海に沈むその瞬間まで余力を振り絞り立ち向かい続けたのだ。
 僕は凱が嫌いだ。
 しかし、あの強情さはある意味尊敬に値する。

 「何を悩む必要がある?貴様は最前『凱が好きだ』と言った。ならば何故逃げ出すこの臆病者、凱は今味方も声も失い失意のどん底で手負いの猛獣の如く苦しみもがいているというのに貴様は今ここで何をしている、親しくもない僕相手に凱との出会いを回想し感傷にひたる暇があるなら即凱のもとへ行け、失意の凱を支えてやれ!!マオ、僕は君とユエが個体識別できない。僕の脳細胞が死滅し記憶力が欠如してるからじゃない。僕がマオとユエを区別できない理由は君が何から何まで兄とうりふたつだからだ、貴様の思想も行動も何から何まで兄を型通り真似ているだけでどこにも意志というものが存在しないからだ!
 マオ、貴様はユエのクローンか?
 否、クローンにだって自我と人格と思想が生まれる。ならば貴様はクローンに劣る人間だ、単性生殖でユエから分裂した人間、そうだ貴様は扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目プラナリアだ!!貴様は今も兄の背中に隠れ兄を模倣し兄の庇護に甘える劣化コピーに過ぎない、意志をもたず主張をもたず保身と引き換えに個性を殺し続ける複製に名前など必要ない、プラナリアもどきで十分だ!!」

 勘違いするな。僕は凱が嫌いだ、大嫌いだ。

 だからこれは凱のために怒ってるんじゃない、いつまでも兄に依存し現実から逃げ続けるマオに怒っているのだ。
 凱が好きならそれでいいじゃないか、誰に遠慮する必要があるんだ。不条理で理解に苦しむ。凱のそばにいたいならそうすればいいじゃないか。その選択で不利益を被ったところで永遠にユエの顔色を窺い自分の意志を曲げ続けるより遥かに健全だ。
 「『あの時の饅頭の味は忘れられない』?凱はな、喉を傷付けられたせいでもう一生饅頭が食えない体になってしまったんだぞ」
 突き上げる怒りに任せマオの胸ぐらを掴む。
 僕の言葉にマオの顔色が変わる。
 「そんなっ、凱さんが二度と饅頭を食えない体になっちまっただなんて!」
 「凱から声と饅頭を奪った罪は重い。どう責任をとる気だ?」
 絶望に苛まれたマオが仰け反るようにして呻く。
 マオの胸ぐらを掴み、背中から壁に叩き付ける。
 マオが壁に激突し、鈍い音が鳴る。
 衝撃に咳き込むマオの顔に怯えが走ったのを見逃さず、挑発の笑みを形作る。
 「どうしたその顔は。まさか僕ごときに怯えているのか。まったく情けない男だな、悪名高い残虐兄弟の片割れともあろうものが僕の細腕に締め上げられて泡を噴くとは無様で滑稽で笑いが止まらない。ユエなしでは何もできず死ぬまでユエに寄生し養分を搾取し続ける、なるほどこれは寄生虫の一生だ。標本にして飾りたいほどご立派な一生だ。貴様の目の前にいるのは誰だ?貴様ら残虐兄弟に何度も襲われ剥かれ刻まれかけた非力で無力なただの獲物だ、非力で無力なただの天才だ。どうした、震えているぞ。僕が怖いのか。僕に襲われるとでも?」
 マオの顔に憤怒の朱が散る。
 「言わせておけば調子のりやがって、くそったれ親殺しの分際で!!」 
 全身に怒気を漲らせたマオが激しく身を捩り反撃に転じる。
 胸ぐらを掴んだ僕の手が激しく打ち払われた次の瞬間、鳩尾に衝撃が食い込む。蹴られたと知覚するより早く均衡を失い体が屑折れる。
 一瞬にして立場が逆転した。
 床に突っ伏した拍子に眼鏡がずり落ちて視界が曇る。
 顔に手をやり眼鏡の位置を直そうとして、その隙を与えずマオに胸ぐら掴まれ強引に立たされる。
 「あんちゃんがいなくたって俺ひとりで犯ってやるさ、ああ犯ってやるさ、あんちゃんの命令がなくたって剥いて突っ込んで出すだけじゃねーかンなの簡単だよ俺にだってできるよできる……」
 爛々と目を血走らせたマオが自分に言い聞かせるようにブツブツ呟き僕の体に手を這わせる。
 不快な感触に顔を顰める。
 衣擦れの音も粗雑に、体の輪郭に沿って上下する手がズボンにかかり一気に引き摺り下ろそうとする。
 壁際に追い詰められた僕は、不思議と冷静にマオを眺めていた。
 これからマオに犯されるという恐怖はなく、安易に煽られて兄への対抗心を燃やすマオを憐れみ蔑む気持ちのほうがよほど強かった。 
 「あんちゃんなんかいなくたって俺は立派に女を犯せるしお前を犯せる、残虐兄弟は二人セットの強姦魔で弟はただのオマケなんてそんなこたァねえ、俺だって犯やろうとおもえば……」
 マオの顔が卑屈に歪み、泣き笑いに似た複雑な表情が過ぎる。
 崩壊寸前の笑みを危うい均衡で保ちながら、性急に僕のズボンを脱がしにかかる。
 外気にふれた太股が粟立つ。
 ズボンと下着を脱がされてもまだ僕は落ち着いていた。対照的にマオは追い詰められていた。
 焦燥と不安に駆り立てられ、みっともなく震える手で僕の膝を割り、挿入の準備を整える……
 「ひぅぐっ、」
 喉の奥で嗚咽が泡立つ。
 今しも僕に挿入しようとしたマオが、腰砕けにその場にしゃがみこむ。
 太股からはたりと手がおちる。
 トランクスを膝まで下ろした格好で床に座り込んだマオが、頬に滂沱と涙を伝わせて首を振る。
 「なんで?なんで肝心な時に勃たねェんだよお……」
 マオの足の間、外気に晒された性器はすっかり萎縮していた。僕の挑発に応じてトランクスまで脱いだのに結局挿入に至らなかったのが悔しいのか、マオは両手で股間を覆ってさめざめと泣き崩れる。
 ひとつため息を吐き、ズボンと下着を拾う。
 ズボンと下着を元通り身に付けた僕は、下半身を露出したまま茫然自失の体で座り込むマオを冷ややかに見る。
 「性的不能の強姦魔か。実に貴重な症例だ」
 これ以上マオに関わって時間を潰すのは馬鹿らしいと結論、哀れっぽくしゃくりあげるマオをその場に置き去りにして廊下に出る。
 否、廊下に出ようとして愕然と立ち止まる。
 「……………っ」
 廊下の向こうから配下を引き連れ歩いてくる人物を見て、心臓が跳ねる。
 コンクリ剥き出しの殺風景な廊下を、その一行は不吉な気配を撒き散らし行進してくる。
 先頭を歩くのはオッドアイの男。
 銀の右目と金の左目。人ならざる金属の瞳を冷徹に輝かせた少年が、刻む靴音も高らかにこちらに近付いてくる。
 まずい。
 脳裏に警報が鳴り響く。
 危機を察して身を隠すより発見されるほうが早かった。
 「お前、親殺し!?」
 オッドアイの少年の右隣にいたのはマオと全く同じ顔をしたユエだ。こちらを見てあんぐり大口開けるさまマオに負けず劣らず間抜けっぽい。僕の姿を捉えた瞬間、オッドアイを先頭とする少年たちのあいだに殺気めいて刺々しい気配が張り詰める。
 「……何しにきたんだ?」
 緊張を押し隠し、声を潜めて聞く。
 「残虐兄弟の片割れをさがしにきた。兄が騒ぐから仕方なく」
 オッドアイの少年こと道了がユエを顎で示す。ユエはといえば、至る所の路地を覗き込んでは「マオーどこだーあんちゃんが迎えにきたぞー」と声を張り上げている。路地の入り口で道了と対峙した僕は、その油断ならぬ眼光に気圧されて無意識にあとじさる。
 「あんぢゃん……」 
 路地の奥から声が漏れる。
 脱皮しかけの蛇の如くズボンを膝に絡ませたマオがずるずる廊下に這い出す。
 僕の足元をすりぬけ赤ん坊のように廊下に這い出したマオを見るなり、不安に翳ったユエの顔がぱっと輝く。 
 「さがしたぞ弟よ!あんちゃんをあまり心配させるな、迷子になったかと心配して捜しまわったじゃないか」 
 ユエは感極まり弟を抱擁するも、マオは兄の腕の中で腑抜けた表情を晒し抜け殻と化している。
 いまだ放心状態でズボンを上げる気力もない弟をいぶかしみ、すぐそばの僕が犯人ではないかと邪推し、ユエが怒りを露わにする。
 「てめェ親殺し、俺の可愛い弟になにしやがった!?なんでマオがズボンと下着脱いでるんだから納得いくよう説明してもらおうじゃんか。巷に悪名高い残虐兄弟の弟を逆レイプなんざふざけた真似しやがって、可愛い可愛い弟をキズモノにされた借りは百兆倍にして返してやるっ」
 「被害者は僕だ」
 甚大な徒労を感じながら弁解する。
 大体僕はマオに欲情するほど悪趣味じゃない、自己の価値観に当てはめ他者を推し量るのはよしてくれ。 
 そう弁解を続けようとして、道了の様子がおかしいのに気付く。
 無感動に醒めた目で僕らのやりとりを眺める道了。
 至極つまならそうに、蟻の交尾でも眺めるように、瞬きひとつせぬ不感症の無表情でもって。
 能面じみた無表情を保つ顔の中、酷薄に薄い唇がかすかに動き、平板な声を紡ぐ。
 「くだらない」
 死刑宣告にも似て容赦ない断罪の響き。
 道了が声を発した事によりその場の空気が一変する。
 道了の後に続く少年たちは恐怖に身を強張らせ、ひしとマオを抱擁し感動の再会にひたるユエもまた漂白したように表情を失う。
 全員の視線が道了に集中する。
 「茶番だ」
 廊下の真ん中に立った道了が、再び機械的に歩き出す。
 寒々しい廊下に硬質な靴音が響く。
 蛍光灯が不規則に点滅する中、真ん中を歩くのが生まれ持った権利とばかりに一定の調子で足を繰り出しながら、口角の下がり具合から目尻の吊り具合まで左右対称の顔に何とも形容しがたい表情を湛えてみせる。
 金と銀の目が殺伐と光り、唇がかすかに捲れる。
 「命令だ。俺を楽しませろ」
 内在する歪みそのものが表出する笑み。   
 道了がおもむろに上着の裾をめくり、何かをとりだす。何だ?
 手元に目を凝らす。道了が至って無造作に腕を一閃、ユエとマオの近くの床に「それ」を投げる。
 甲高く澄んだ音を奏で、「それ」が床で跳ねる。
 改めて「それ」に目をやり、背中を冷や汗が伝う。
 それは一振りのナイフだった。
 マオとユエ、どちらからも等分の距離に在る刃渡り20センチほどのナイフ。
 ぎらつく光を放つナイフを見詰め、マオとユエが同時に息を呑む。
 「……何の真似っすか、道了さん。そいつで親殺しを刺せと?彫刻刀の代わりに銘を刻めって?」
 弟を庇うように抱いたユエが虚勢を張り軽口を叩くも、道了の表情は微動しない。
 ユエとマオのすぐ近くにいる僕もまた、床に転がるナイフから目が放せなかった。
 随分と使い込まれたナイフだ。
 銀の鋭利さと金の硬質さを併せ持ち、芯から冷たく鍛え上げた道了自身によく似た凶器。
 あるいは狂気の具現。
 至近距離に放り出されたナイフがいつ翻り僕を標的にするかわからず警戒するも、不気味な沈黙を守る道了と残虐兄弟を見比べ違和感が疼く。
 抱き合い蹲る残虐兄弟に顔を向け、道了が命令を発する。
 「刺せ」
 やはり。
 予想していたとはいえ衝撃は強い。
 道了は残虐兄弟に命じ僕を刺すつもりだ。
 理由はない。否、あってもなくても同じだ。
 道了にとってこれはただの遊戯、生死を賭した遊戯なのだから。
 感情の凍結した声で命令を下した道了はしかし僕を振り向きもせず、催眠術をかけるように残虐兄弟を凝視する。
 変だ。
 何かが変だ。
 僕が今まさに感じているのと同じ疑問を抱いたらしく、マオとユエが不安げに顔を見合わせ戦々恐々道了を仰ぐ。
 二人の視線を受け、道了の人さし指がスッと虚空を滑る。
 銃口を定めるように人さし指をマオに定め、言葉を継ぎ足す。

 「お前が」
 人さし指がスイと動き、マオを庇うように抱きしめるユエへと移る。
 「お前を」
 驚愕するユエとマオ、その顔が恐怖に青褪めるのを待たず淡々と告げる。
 「刺せ」
 
 マオにユエを刺し殺せと、道了はいともあっけなく命じた。

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