ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十三話

 「愛してる」
 睦言は祈りに似ていた。
 俺はレイジの肩越しに天井を見詰めていた。
 不潔なシミだらけの低い天井。
 錆びた配管が剥き出しとなった殺風景な天井。
 レイジが動く度耳障りにベッドが軋み、揺れる。
 頭上で一本に縛り上げられた腕が絶望的な拘束感を伝えてくる。
 死に物狂いで身をよじり拘束を解こうとしても無駄、SM嫌いを自認するくせにレイジの縛り方はひどく巧妙で縄抜けは不可能だった。 
 手首から肘にかけ上着で腕を束ねられた俺は、せめてもレイジに蹴りを入れようと往生際悪く足をばたつかせつつ、焦燥を感じて憎まれ口を叩く。
 「縛り方もゲリラで教えてもらったのかよ」
 「そうだ」
 レイジは言葉少なに答える。
 剥き身の感情に触れたような気がして慄く。
 干し藁に似て乾いた茶髪が目の位置に被さり表情を隠す。
 サーシャとの戦いで消えない疵を穿たれた左目は黒革の眼帯で封印されてる。
 残る右目だけが相変わらず感情を透過して澄んでいる。
 レイジは残る右目だけで一途に俺を凝視する
 。ひどく思い詰めた眼差しだった。
 見てるこっちが息苦しくなるくらい切迫した表情だった。
 レイジの中で暴君と王様と二つの心がぶつかりあってるのがわかった。優位は一瞬ごとに入れ替わりある時は暴君が表面化しある時は王様が支配権を得た。どちらがレイジの本性かなんて今更愚問だ、どちらもが偽らざるレイジの本性なのだ。
 レイジ。憎しみ。烙印そのもののような名前。
 焼き鏝を付されるよりもはっきりと魂に刻印された真実。
 レイジは俺に愛してると言いながら俺の上着をたくし上げ、へその横に接吻する。
 「ゲリラじゃ色んなことを教わった。手っ取り早い拷問の仕方とかな」
 拷問。物騒な単語に生唾を呑む。
 昔語りをするレイジの声はひどく穏やかだが、嵐の前の静けさに似た不吉な予兆を孕みかすかに漣立っていた。俺の怯えすら手にとり楽しんでいるのか、暴君が薄っすら笑む。傲慢な色気を含んだ微笑に魅了される。
 褐色の手が体を這う。衣擦れの音がする。
 上着の裾に滑り込んだ手が妖しく蠢く。
 「愛してるぜ、ロン」
 レイジは俺をあやすように愛してるを繰り返し、ついばむようにキスをする。俺の腹に顔を埋め上唇と下唇の間に腹の薄皮を挟み舌先をひたす。
 腕を縛られベッドに転がされた俺は、肉食獣に味見されてるような錯覚に陥り反駁する。
 「お前の愛してるは殺したいに聞こえる」
 「殺したいほど愛してる」
 間髪入れず言い返す。一瞬の躊躇もなかった。
 今目の前にいるのは明らかに暴君だった。
 どこがどう違うかは上手く言えない、でも明らかに雰囲気が違っている。俺が知るレイジとは別人だった。狂気の虜と化したレイジが奇妙な節回しで「愛してる」を繰り返すあいだ、俺は必死に頭を働かせ窮地を切り抜ける打開策を練る。
 「強姦ごっこかよ?どういう風の吹き回しだよ、一体。こんなふうに腕を縛られちゃ前の事抱けないだろうが」
 「たまにはいいだろ、こういうのも」
 「SMは嫌いなんだよ」
 「すぐ好きになる」
 「なるわけねーっつの」
 苛立ちを堪えて反論する。
 俺は縛るのも縛られるのも好きじゃない、というか大嫌いだ。
 こんなふうに縛られてむりやり男に犯されるのなんざごめんだ。
 レイジは俺の嫌がる事は決して強要しない寛大な王様だった、はずだ。
 俺を抱く時は決してこんなふうにはしなかった。
 互いに寄り添って互いの鼓動と体温を感じ強く強く抱擁するのを望んだ。レイジに抱きしめられると安心感を覚えた。何もかもすべてが満ち足りていくような幸福感に酔えた。
 俺は、レイジに抱かれるのが好きだった。
 抱くといっても変な意味じゃない、言葉通りただ抱きしめられるだけで俺には十分だったのだ。
 お袋に抱きしめられた記憶はない。
 梅花に抱擁された記憶はある。
 けれどもレイジの抱擁はそれとも違う、俺がこれまで体験したどの抱擁とも違う。
 梅花はきかん気の強い駄々っ子をあやすように俺を抱きしめた。俺の背中にそっと腕を回し、いつも何かに怒っていた俺の肩甲骨のあたりをトントンと叩いてくれた。
 レイジの抱擁は似ているけど、違う。
 梅花のように優しいだけじゃなく略奪の激しさをも伴っていた。
 時にすべてを奪いつくそうとでもいうふうにレイジは荒々しく俺を抱いた。それで俺が壊れても構わない、粉々に砕けちまっても構わないという破壊願望にも似た狂気と愛情がいつだってレイジの中でせめぎあっていた。
 憎しみの名のもとに狂気と愛情が葛藤していた。
 今のレイジはただ、痛々しかった。
 「………っ、」
 今まさに俺を縛り上げ犯そうというレイジへの怒りより、無神経にもレイジを追い詰めていた事に今の今まで気付けずにいた俺自身への怒りが勝った。
 胸が、痛い。
 暴君を呼び覚ましたのは、俺だ。
 他ならぬ俺自身だ。
 俺が腑抜けていたこの一週間というものレイジは素晴らしい忍耐力を発揮して付きっきりで励ましてくれた。
 房の端っこで膝を抱え込んだ俺をずっと見守ってくれた。
 自分だって辛いのに、辛くないはずねえのに、そんなのおくびにも出さず俺のことだけをいちばんに考え尽くしてくれた。
 ぼやけた視界に十字架が映る。
 レイジの首から垂れた歪んだ十字架。道了によって握り潰された、マリアからの贈り物。
 歪んだ十字架。
 今の俺たちを象徴する、疵だらけの十字架。
 「……それ、直んのか」 
 無意識に疑問を口に出していた。
 これから自分がどうなるのかよりも十字架が元通り直るかどうかのが気がかりだった。
 レイジは虚を衝かれ自分の胸元を見る。
 裸の胸に垂れた十字架には無数の傷が穿たれてその先端には怨嗟が練りこまれていた。
 重苦しい沈黙がおちる。
 房の空気が一段と薄くなったように呼吸が苦しくなる。
 ベッドに仰向けた姿勢のまま動きを止めたレイジを見上げる。
 レイジは俺の腰に手を滑らせ、もう片方の手を下着に潜らせペニスをいじくっていたが、今は完全に動きを止めて裸の胸の十字架を見下ろしていた。
 物憂げな睫毛の奥、肉食獣の如くぎらつく隻眼に悲哀に似た何かが過ぎる。
 「いいんだよ、直んなくて」
 「は?」
 なに、言ってんだ。
 予想外の返しに面食らう。
 目に戸惑いを浮かべて正面を仰ぐ。
 レイジは妙に醒めた顔で十字架を見詰めていた。
 胸が不穏にざわめく。強烈な違和感を感じる。
 違う、と頭の片隅で反駁する。
 直んなくていい?
 それ、本心かよ。本音かよ。
 虚勢か本心か推し量り難い口調で独白し、レイジは力なく笑う。
 「もういいんだよ、これは。どうせ安物だし、ハルの慰みものにされて疵だらけだったし……いまさらどう足掻いたって直すの無理だろ。一回溶かして固めなおすとかしねーかぎり元には戻んねーだろ。無理だよもう、手遅れなんだよ。だからさ、すっぱり諦めた」
 「諦めた、って……」
 嘘だ、そんな簡単に諦められるはずがない。
 俺がレイジの立場でも諦めきれるはずがない。
 けれどもレイジは笑ってる。
 真意の読めない笑みを浮かべ、胸の十字架に手をかける。
 既に疵だらけとなった十字架に手を這わせ、黄金の表面にひとつ接吻し、金鎖を手繰ってそれを外す。
 いつでも肌身離さずぶら下げていた十字架が、枕元におかれる。
 「いもしない神様に縋るのはやめたんだよ。どんだけ縋ったところでこいつはマリアの代わりになっちゃくれないし、後生大事に持ち歩いた所で罪業が浄められるわけもねえ。苦しい時の神頼みはもう飽きたんだよ。願っても願っても叶わねーなら最初から願わなきゃいーんだよ。許しを乞い願った所でえられないなら、ないものねだりの天国を夢見るよか地獄で生きたほうがマシだって」
 「……やめろよレイジ」
 耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
 レイジの言葉が胸に刺さる。
 俺の顔の横には用済みの烙印を押された十字架が置かれている。
 疵だらけの歪んだ十字架。
 レイジ自ら十字架を手放すということがどういうことか、どれだけ哀しいことか、鈍感な俺でもそれくらいはっきりわかる。
 「マリアから、お袋からの贈り物なんだろ?大事な十字架なんだろ。お前がガキの頃お袋がくれたんだろ、お前が苦しくて哀しくてしょうがねえときに見かねたお袋が首にかけてくれた物なんだろ、お前とお袋を繋ぐ目に見える絆なんだろ?ならもういいとか言うなよ、潔いふりで諦めるなよ、どんなに疵だらけになったって歪んだってその十字架はお前の……」
 「どうでもいい」 
 「嘘つけよ、どうでもよくねーよ、俺はどうでもよくねーよ!!」
 レイジの顔に諦念を通り越し疲労が滲む。
 枕元の十字架が光る。

 なんでそんな哀しいこと言うんだよ、レイジ。
 どうでもいいとか言うなよ。
 お袋から貰った大事な物じゃなかったのかよ。
 俺が今でもお袋から貰った牌を捨てられず持ち歩いてるように、お前だってそれ大事にしてたじゃねーかよ。

 喉元に込み上げた言葉が泡と消え嗚咽が零れる。
 愛撫を中断したレイジが興ざめした顔で俺を見る。
 「嗚咽より喘ぎ声聞かせろよ」
 素っ気ない命令だった。
 素っ気ないからこそ尚更恐怖を煽った。
 俺はシーツを蹴り必死にあとじさる少しでもレイジから距離をとろうと足掻く。頭上で縛られた腕が窮屈で体を右へ左へ傾けレイジから逃れようとし、レイジはしかし余裕の笑みさえ浮かべにじり寄り軽々と俺を押さえ込む。
 「苦しい時の神頼みなんてくだらねえ。マリア?クソ食らえだ」
 「どうしちまったんだよ、一体……」
 驚愕に目を見開く。
 背筋に戦慄が走る。
 レイジが母親を悪く言うのを初めて聞いた。
 俺が知るレイジは決して母親を悪く言わなかった、米兵に犯され身篭った子を時に激しく虐待することもあったマリアに対しいつだって一途な愛情を傾けていた。

 それとも。
 暴君は、マリアを憎んでいるのか?
 この世に自分を産み落とした運命を呪っているのか?

 「マリアが俺に何してくれた、神様が何してくれた。マリアがくれたのは安っぽい十字架だけ、道端で売ってる玩具とぼろぼろに読み古した聖書だけ。俺はもう嫌なんだよ、報われないのは飽き飽きなんだよ、尽くした分の見返りがほしいんだよ」
 「本気で言ってんのか?」
 荒い呼吸の狭間から漸くそれだけ問う。
 「俺はイエス・キリストじゃねえ。逆立ちしたって聖人にゃなれねえ」
 レイジが凶暴に腕を払う。
 反射的に目を閉じる。
 風切る唸りを上げて飛来した手が頬を張り飛ばすのを予期する。
 カツン、と音がした。
 弾かれたように目を見開く。
 顔の横の十字架が消失し、レイジの手に撥ね退けられ床に落下。
 甲高く澄んだ音をたて床で跳ねる十字架には目もくれず、レイジは呟く。
 「だからユダには容赦しない」
 「裏切ったりしねえ」
 「でも逃げる」
 レイジの態度はこっちが不安になるほど落ち着き払っていた。
 俺の語尾に被せて断言し、狂気に濡れた隻眼を嬲るように細める。
 「お前、俺から逃げるだろ。俺を置き去りにして道了の所に行くんだろ。そしてもう二度と帰ってこない。違うか」
 「んなわけねーだろ。道了とは話に行くだけだ、お袋と梅花にしたこと聞き出したらちゃんと帰ってく……っあ!」
 痛みに体が跳ねる。
 レイジが肩肉を噛みくっきり歯型をつける。
 「帰ってくる?どうやって」
 レイジが口端を吊り上げ嘲弄する。
 「なあロン、お前ってそんなに強かったっけ」
 レイジが純粋な疑問を発する。
 俺は痛みを堪え唇を噛むしかない。
 強くなんかない。強いわけが、ない。
 今だってこうして腕を縛られて身動きできず自力じゃ逃げられずレイジに好き放題されている、嬲り者にされている。俺は弱い。安易に絶望するほど弱い。レイジはおろか道了とも比べ物にならないほど弱くて弱くて自分がほとほと情けなくなる。
 怯惰に塗れた俺の内心を見透かしレイジは唄うように続ける。
 「そうじゃないよな。強くないよな。弱いよな。俺が守ってやんなきゃ、いつもそばについててやんなきゃあっというまに死んじまうほど弱っちくてどうしようもないヤツだよな」
 唄うような抑揚で残酷な真実を述べられ衝撃を受ける。
 言葉を返せない。
 レイジが言う事はすべて本当の事だ。
 俺は弱い、どうしようもなく弱い、自覚してるよりずっとずっと弱い。俺がこれまで東京プリズンで生き残れたのは図太い神経と悪運とレイジのおかげで、レイジが体を張って守ってくれなきゃちびで生意気で喧嘩っ早い俺なんかあっというまにおっ死んでた。

 レイジにはいくら感謝したって足りない。
 レイジは命の恩人だ。
 でも、

 「!いっあ、」 
 抗議だか悲鳴だかわからない声が漏れる。
 熱い手が胸板をまさぐる。レイジが前屈みに愛撫を再開する。
 ズボンの内側に潜り込んだ手がペニスを掴みゆるゆると擦りだす。
 「このまえだってそうだ。俺がちょっと目を離した隙にお前は勝手なことをして危ない目にあった、わざわざ自分から危険にとびこんでいった。なあロン教えてくれよ、お前ってそんなにスリルに飢えてんのか?それとも自分が強いとでも勘違いしてんのか?猫は九つ命をもってるっていうけど、お前の命もそれ位あるってのか」
 熱く火照る手を俺の右胸に重ね置く。
 手のひらに鼓動を感じながらレイジが邪悪にほくそえむ。
 「でお前の胸を開いて命が何個あるか見てやろうか」
 「やめっ、ろ……」
 声に哀願の調子が混ざる。
 情けない。鼻の奥がツンとする。塩辛い涙の味に咽る。
 俺はまたレイジに怯えてる、子供だましの脅しにたやすく屈しそうになっている。
 本当に脅しか?
 脳裏を素朴な疑問が過ぎる。
 本当に脅しで済むのかという疑問がやがて戦慄にとってかわる。
 本気だったらどうする?
 俺は、暴君に抗えるか?
 「なんで余計な事ばかりするんだよ。俺をいらつかせるんだよ」
 静かな声音で付け足すその間も手は止まらず愛撫を続ける。
 胸板を這っていた右手が首筋に添えられ肩に被さり、下着の中に潜り込んだ左手が次第に堅く熱を持ち始めたぺニスを按摩する。
 俺の性感帯をくまなく知り尽くし弄ぶ卑劣なまでに巧みな愛撫に理性が散る。やめろと叫びたかった。
 けれど口を開いても喘ぎ声が漏れるばかりで言葉にならなくて、俺は狂おしく身を捩りレイジの意のままに弄ばれるしかない。
 「命はひとつだしお前はひとりしかいないんだ。なのにお前は無茶ばっかする、俺が目を離した隙にとびだして全身ボロボロの傷だらけになって何度も何度もひとつしかない命を落としかける。なあロン教えてくれよ、道了とはどんなことして遊んだんだ。今俺がしてるみたいにペニスをいじくられて腰上擦らせて甘ったるい鳴き声あげたのか、ペニスを擦って気持ちよくしてくれるなら俺じゃなくてもいいのか、お前の未熟なペニスを頬張ってくちゅくちゅ捏ねて最高に気持ちよくしてくれるなら道了でも構わないってのかよ」
 「ば、か言うなよ……俺から道了を誘ったってのか!?」
 「同じだろ」
 レイジが言下に一蹴する。容赦ない断罪の響きが胸を抉る。
 「お前はわざわざ自分から道了に犯られにいったんだ。道了と愉快なしもべたちにめちゃくちゃに嬲ってほしくて、俺に抱いてもらえない体の火照りを持て余して、この際道了でも誰でも快感を与えて満たして欲しくて、さあ襲ってくださいとばかりに無防備なナリでほっつき歩いてたんだろ」

 違う。
 違うんだレイジ。

 俺があの時廊下を歩いてたのはお前に会いたい一心で姿の見えないお前を迎えに行こうとして所長室に行ったきり帰ってこないお前を心配して、元気な顔を一目見たくて笑いかけてほしくてお前に会いたくて堪らなくていてもたってもいられなくて、ひとりで行動するのは危険だって十分わかってたけど喧嘩別れした手前鍵屋崎は頼れなくて、だから

 「……東京プリズンにいるなんて知らなかった。あいつには二度と会いたくなかった」
 今更何を言っても言い訳にしかならない。
 俺は漸くそれだけ言う。
 レイジの誤解を解きたくて気が狂いそうで、泣いて喚いて暴れて俺にはお前だけだと訴えたくて、でもそこまで惨めな自分を曝け出すのは意地が許さなくて、もうどうしていいかわからなくて、ただこれだけはわかってほしいという心の底からの本音を伝える。
 「偶然だったんだ。道了が東京プリズンにいるなんて、俺を追ってきたなんて知らなかったんだよ」

 道了。
 能面じみて端正な顔だちに異形の印象を付与するオッドアイ。
 閉じた瞼の裏に道了の面影を想起する。
 金銀の双眸が放つ眼差しは冷厳な威圧を伴い体に刷り込まれた恐怖が中から俺を呪縛する。
 道了は悪夢が具現化したように突如俺の前に現れた。
 人語を操る精密機械のように何の感情も伴わぬ平板な声で俺を追ってきたと、俺が目的で東京プリズンにやってきたと言った。
 そんなこと知らなかった、知らなかった、知りたくなかった。

 「お前を裏切ったわけじゃない、本当だ、信じてくれレイジ、俺は自分から道了に抱かれにいったわけじゃ……ひぃっあ、ぐあ!!」
 「偶然?必然?知るか。お前が道了に嬲られ弄ばれ殺されかけたのは真実だろ。俺がいない間に俺の知らない所で俺の目の届かない闇であっけなく殺されそうになったのは紛れもない事実だろ。なのに何で懲りないんだ、自分を犯して殺そうとした人間にまた会いに行こうとするんだよ?一度目はたまたま命を拾った。二度目も見逃してもらえるとは限らない。一度目は僥倖だ。二度目は……」
 愛撫の手にそこはかとない悪意が籠もる。
 勃起したペニスを緩急付けて擦っていた五指が根元から先へと締め付けを増して、射精を塞き止められる生殺しの苦しみに喉が仰け反り悲鳴が迸る。
 握り潰されるんじゃないかと思った。
 伸びた前髪のかかる目は細く笑っていた。
 快楽と苦痛に溺れ喘ぐしかない俺をひややかに見下ろし、レイジが囁く。
 「俺がいないあいだに、俺の知らないところでお前が死ぬなんて耐えられない」
 ペニスの先端に軽く爪を立てる、その刺激が快感の電流となり脊髄から脳天へと駆け抜ける。
 「!!いっあ…………」
 意志で体を御せない。理性が爆ぜて頭が真っ白になる。
 レイジが俺の下着から手を引き抜く。
 荒い息を吐きながらその手を見下ろす。
 五指に絡んだ白濁をこれ見よがしに糸引き捏ね繰り回し、衣擦れの音たて体の位置をずらす。
 俺が吐き出した精液にぬれた手を見下ろし、白けた顔で呟く。
 「汚ねえ」
 レイジの台詞とは思えない。思いたくない。
 レイジはこれまで一度だって俺が出したもんを嫌がったり汚いもののように扱ったりしなかった、俺自身汚いと嫌悪するような物さえ決して口に出してそんなふうには言わなかった、俺の汗も涙も血も精液も舌で舐め口に含み飲み下し自分の一部とすることする事に何ら抵抗を見せなかった。 
 なのに、今のレイジは。
 「舐めろ」
 は?
 耳を疑う。思わず半笑いになる。
 ベッドパイプに肩を凭せた体勢で虚ろにレイジを見る。
 白濁に塗れた褐色の手が、眼前にくる。
 喉が妙な音をたてる。顔が妙な具合に引き攣り、笑みが強張る。
 驚愕を通り越した衝撃に心が麻痺する。
 レイジは俺の鼻先に手を突きつけ舐めろと強要する、自分が出した物を掃除しろと命じる。
 冗談を言ってる感じじゃない。
 間違いなく本気だ。
 命令に従わなければ無理矢理でも口をこじ開け喉深くに手を突っ込んでやるとその目が言っていた。
 「自分が出したもんくらい自分で始末しろよ。赤ん坊じゃあるまいし、いつまで構ってやりゃいいんだよ。さあ、俺の指に一本ずつ丁寧に舌絡めてぴちゃぴちゃザーメン啜って御奉仕しろよ」
 首を横に振る。舌が縮んで声を発せない代わりに全力で首を振る。
 自分のザーメン啜るなんて想像しただけで気持ちが悪くなる。
 酸っぱい胃液が込み上げてくる。
 吐き気に襲われて黙り込んだ俺に覆い被さり、レイジが淡々と追い討ちをかける。
 「道了にはしてやったんだろ」
 「して、ねえよ……」 
 「俺がいつもしてることだ。自分がする側になって嫌がるのはなしだぜ」
 「お前のなら呑んでやるよ。お前が出したザーメンなら……本当はヤだけど、それでお前が喜ぶんなら我慢して呑んでやるよ!けどこんなふうに強要されて無理矢理しゃぶらされるのは嫌だ、これじゃタジマや道了と変わんねえよ、お前も道了と一緒だよ!!」
 道了の名を出したのはまずかった。
 図らずも暴君を揺り起こしちまった。
 空気の変化を感じはっと口を噤む。沈黙の重圧。
 闇に沈む天井がにわかに遠ざかり、暴君の威圧が膨らむ。
 突然、目の前に手が伸びてくる。
 「痛っ……」
 前髪を掴まれむりやり顔を起こさせられる。
 片手で俺の前髪を掴み、白濁に塗れたもう一方の手を顔面に突き付け、厳かに命じる。
 「舐めろ」
 脅しというにはあまりには静かな口調。
 断ったら最後命はないと思わせる非情な眼光。
 痺れるような恐怖を感じる。
 レイジの影が何倍にも何十倍にも膨らんで房中を覆って俺自身をも包み込むような膨大な威圧に、反抗の意志が挫ける。
 力尽きうなだれた俺の耳朶を、凪のように静かな声がなでる。
 「道了のところに行かせりゃお前は戻ってこない。ならいっそ、こうして縛り付けてずっとずっと俺のもとにとどめおくしかない。なあ、そうするしかねーだろ。お前ちっとも俺の言う事聞かねーもんな。どんなに行くなって頼んだところで振り切って駆け出しちまうもんな」
 スプリングが耳障りに軋み、腹の上で影が動く。
 「俺を暗闇からひっぱりだしたお前が、俺を暗闇に置き去りにする」
 前髪を掴む手が緩む。顔に吐息がかかる。 
 「行くなよ、ロン」
 ぽつりと呟きが零れる。切実な祈りに似た、縋るような声。
 「どこにも行くな。ずっと俺のそばにいろ。手を伸ばせば届く距離にいてくれ。マリアの事はもういい、諦める。どうせ死ぬまでこっから出れないんだ。生きてマリアに会う事ができないなら忘れたほうがラクになる。お前もそうしろ。娑婆の事は忘れろ。惚れた女の事もお袋の事もみんなみんな忘れちまえ。今生きてるお前が生き続けることのがずっと大事だ。お前を地獄にひきずりこむ未練は断てよ」
 自由を制限された苦しい体勢でぎこちなく首を動かし、床の上の十字架を見る。

 歪んだ十字架。
 傷付き、ねじれ、打ち捨てられた。
 暴君の良心のように。

 「マリアも十字架もいらない。お前がいれば十分だ。お前が生きて隣にいりゃそれだけで俺も生きていける」

 その声がまるで、泣いてるように聞こえて。
 笑いながら泣いてるように思えて。

 俺は、初めて会った時の道了を思い出す。
  
 ごくりと唾を飲む。
 「……………」
 おずおずと舌を出し、褐色の指に這わす。
 五指に絡んだ白濁を丁寧に舐めとる。
 青臭いような苦いような妙な味が口の中に広がるも、吐き気を堪えて奉仕を続ける。
 
 あんなに大事にしてた十字架よりも俺が大事だと言った、
 俺を失いたくないと言ったレイジに何かできることはないかと必死に考え、今の俺にできる最善を尽くす。

 レイジは俺を選んだ。
 俺とマリアを秤にかけ、俺を選んだ。
 そして、十字架を捨てた。
 俺は、レイジの決断に応えなきゃならない。

  
 指の股に舌を潜らす。
 舌で不器用に白濁を舐めとる。
 「………まじぃ」
 苦味に顔を顰めた俺の前髪から手を放し、その手で頬を抱き、レイジが真っ直ぐに目を見詰めてくる。
 おもむろに顔が近付く。
 唇が被さる。
 唇の火照りと吐息の熱が伝染する。
 熱く柔らかな唇の感触にも増して口腔をまさぐる舌の野蛮さに翻弄される。
 唾液の糸引き唇が離れる。
 「ホントだ、にげぇ」
 レイジが笑いながら呟く。
 それから不意に笑顔を消し真顔となり、残る隻眼に真実の光を映す。
 『I need you.I don‘t let you die alone.Even if I antagonized the world, I love you.』
 英語だから意味はわからないが、言葉に込めた気持ちは痛いくらい伝わってきた。 

 神様と世界を敵に回しても、レイジは俺を愛し守ろうとする。
 暴君でも王様でも、レイジであることに変わりはない。

 降参したように目を閉じて言葉を返す。
 「……お前、馬鹿だ。本当に馬鹿だよ。王様のくせに余裕なさすぎ」
 「命がけで惚れたやつにフラれそうって大ピンチに余裕吹かせてられっか」
 「腕はほどけよ」
 「ほどいたら逃げるだろ」
 「じゃなくて」  
 思わず舌打ちがでる。レイジが怪訝な顔をする。
 恥辱で頬が熱くなるのを感じながらもうなるようになれと開き直り、ぶっきらぼうにそっぽを向く。
 「……このままじゃ、お前を抱けないだろ」 
 言ってしまってから顔じゅうどころか全身が発火する。
 レイジを思いっきり抱きしめて安心したい、安心させてやりたい。
 肌を重ね体温を感じ吐息を絡め鼓動を溶け合わせ、レイジとひとつになりたい。
 しゅるしゅると上着の擦れる音がし、腕が解放される。
 自由になった腕を前に持ってきて手のひらを開閉し具合を確かめる。 指は十本全部ちゃんと動く。
 「抱いてくれるんだろ」
 深呼吸して覚悟を決め、悪戯っぽく微笑むレイジに向かって腕を伸ばす。
 広い背中に腕を伸ばし、きつく抱きしめぬくもりを貪る。レイジもまた俺の背中に腕を伸ばし交差させぎゅっと抱きしめる。 
 コイツ、でっかい子供みてーだ。 
 内心呆れながら身動ぎし背中に回した腕を緩め、レイジからそっと身を放す。 
 そして……
 「「でっっ!!?」」
 鈍い音とともに衝撃が爆ぜる。
 衝撃はすぐに熱を持った激痛に変じる。
 心の準備をしていても痛いものは痛いと噛み締め、赤く腫れた額を庇う。
 突然頭突きを食らわされたレイジが盛大な物音をたてベッドから転落、濛々と埃を舞い上げて床に倒れこむ。
 床に突っ伏したレイジめがけ、俺は容赦なく唾飛ばし罵倒を浴びせる。
 「馬鹿だなお前は本当馬鹿だな、そんなに強姦ごっこが好きならサーシャとやってろ、俺は縛るのも縛られるのも嫌いだって何回言やわかるんだこの色鬼!!いきなり人の腕縛り上げて上着捲って下着に手ェ突っ込んで変なとこいじくりやがって、挙げ句に俺の出したもん舐めさせやがってふざけんないい加減にしろ、ああもう最低だあんな不味くて青苦いもん飲ませよがって反吐がでるぜ畜生、いやそれより許せねーのはっ!!」
 威勢よくベッドから飛び下りつかつか突き進む。床の十字架を拾い上げ呆気にとられたレイジの前に突き出す。
 「お袋がくれたもん粗末にすんな!!マリアがくれた大事な十字架だろ、お袋の想いが篭もったお守りだろ?ちょっと歪んで傷付いた位であっさり捨てようとすんじゃねえ、このくらい唾つけときゃ直るっつの」
 十字架を乱暴にひったくり、ぺっぺっと手に唾吐き疵だらけの表面に刷り込む。
 レイジはぽかんと口を開け俺の奇行を見詰めている。
 「ほらよ。ちゃんと持っとけ。捨てたら怒るからな」
 語気強く念を押しレイジの手の中に十字架を投げ返す。
 レイジの腑抜け面を見てるうちに急速に怒りが萎えて脱力感を覚える。
 腰に手をあてレイジに向き直り、わざとらしくため息を吐く。
 「……心配ならついてこいよ。世界を敵に回す覚悟でな」   
 いや、この言い方は違う。
 口を噤みちょっと考え、羞恥に苛まれながらも挑むようにレイジを見据える。
 「………いや、違う。お前の言う通りおれは弱い。どうしようもなく弱い。認めるのは悔しいけど今の俺じゃとても道了にかなわない。俺だってハルの二の舞はごめんだ。だから」
 だから。
 何度目かの深呼吸で鈍る舌を叱咤し、最大限の勇気を振り絞って嘘偽らざる本音を口にする。
 「俺にはお前が必要なんだ。レイジ」
 褐色の手の中で息を吹き返したように十字架が輝きを放つ。
 レイジが腰を上げ俺のほうにやってくる。
 大股で軽快に歩く様子からは完全復活した自信が窺える。
 「最高の殺し文句。弱味握られちまったな」
 レイジがはにかむような笑みを見せ俺の胸に拳を当てる。
 照れ隠しの悪ふざけに、俺もまた同じジェスチャーを返しておく。
 「離れらんねーのはお互い様だろ」
 レイジが肩を竦め金鎖を首に潜らせ十字架をかけ直す。
 その位置がちょっとずれていたのが妙に気になり、十字架を触って調整してやる。
 胸の真ん中にぴったり十字架がくるよう位置を正し、満足の息を吐く。 
 不意に肩に手をおかれ抱き寄せられる。
 「道了には渡さない。暴君に体を明け渡してでも守ってやる」
 褐色の手が肩に強く食い込む。
 俺を失いまいと決意する力強さに抱かれ、静かに目を閉じる。
 位置を直したばかりの十字架がまた傾き、鎖の擦れる涼やかな音が耳朶を打った。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050331142829 | 編集
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