ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十一話

 暴動に乗り遅れたら後悔する。
 「ビバリーはやくはやくってば、急がないと見せ場が終わっちゃうよ!」
 「せかさないでくださいっスリョウさんてば、うわ危ない引っ張らないでちょっ、ちょっとは人の迷惑考えてくださいよ!廊下は走らないお約束っス!」
 ビバリーの抗議を追い風に軽快に床を蹴る。
 闇の帳が下りた周囲に喧騒が渦巻く。
 暴力の熱狂に身を投じた囚人たちが無軌道に鉄パイプを振り回し蛍光灯を砕き鉄扉を陥没させ蝶番を破壊し猛々しく咆哮を上げている。
 一面に蛍光灯の破片が散乱した床に顔面鼻血まみれで白目を剥いた囚人が死屍累々と横たわっている。
 流血の惨事。
 所長室へと通じる廊下は目も覆いたくなる惨状を極めていた。
 一歩歩くごとに周囲では耳をつんざく悲鳴が上がり嗚咽が煮立ち獣じみた咆哮が炸裂し甲高い破砕音をたて蛍光灯が木っ端微塵に砕け散る。
 鋭い破片が流星のように闇に糸引き降り注ぐ中、野太い怒号を発して乱闘してるのは暴動の混乱に乗じてストレス発散の暴行を働く問題児軍団だ。
 呼吸のリズムで太い腕が振り上げ振り下ろされるたび、肉と骨がぶつかる鈍い音に低く高く苦痛と哀願の悲鳴が混じる。
 刑務所の常識。
 暴動とは即ち囚人にストレス発散の口実を与えるまたとない機会。
 日頃規則で雁字搦めにされ起きて飯食ってクソして寝る時間まで徹底的に管理制限されて、ストレスではち切れそうになってる情緒不安定な囚人たちは、この機を待ってましたとばかりに生き生き好戦的に顔を輝かせてがむしゃらに拳を振るっている。
 蛍光灯でも壁でも扉でも頭蓋骨でも鼻骨でも、自分の拳で砕けるものなら全部平等に砕いてしまうという猛り狂った剣幕の連中が大挙して廊下になだれでて、肩がぶつかった目があったガンとばしてとにかく存在自体が気に入らねえ言葉を交わす時間さえ勿体ねえと、たまたま近くにいたヤツの顔面に情け容赦なく拳を抉りこむ。
 拳の応酬が挨拶代わりの漫画の中みたいな混沌の戦場だ。
 一方僕はといえば、暴力の熱狂に爛々と目を輝かせ戦意を滾らせ野蛮な殴り合いを繰り広げる連中をよそに、ビバリーの手を引いて戦場を駆け抜けていた。頭を低めて蛍光灯の破片をかわし首を竦めて拳をよけてひょいと胸を反らして蹴りを逸らす。
 すばしっこさじゃロンにだって負けないんだ、僕は。
 次々放たれる蹴りと拳を素早く動いてかわし、ある時は仁王立ちした股下を四つん這いでかいくぐりある時は床に倒れた囚人の背中を踏み付けて、僕たちが一路めざすのは最大の見せ場が用意されている所長室目前だ。
 「リョウさんどこ行くんスか?房でじっとしてましょうよ、そっちのが安全っスよ!」
 片手で頭を庇ったビバリーが泣きそうな声で叫ぶ。
 嗚咽交じりの抗議に知らんぷりで手を握り返す。
 僕らは運命共同体だ。
 死ぬときは一緒だ。
 ビバリーには地獄の底まで付き合ってもらう。

 暴動の発端は蛍光灯が割れ砕ける音だった。
 ごくかすかな、本当にささやかな音だった。
 パリンとかバリンとかそんな感じの、拍子抜けするほどあっけない音。あの時はまさかこれが幕開けの合図とは予想だにしなかった。
 実際僕は狂乱の気配が燻り伝わってくるまでベッドでごろごろしてたし、隣のベッドのビバリーといえば看守に修理させたパソコンに頬ずりしていた。
 僕がこの前頭上から叩き落したパソコンはバチッと派手に火花が散ってこりゃもうどうにも無理無理、白い煙を噴いてアーメンご臨終ですってな感じに見えたが、瀕死の状態で泣く泣く看守に手渡されたロザンナは後日完全な姿で戻ってきた。
 爆死した恋人の完全復活にビバリーはもちろん狂喜した。
 何の比喩でもなく跳び上がって抱きついて、無事を確かめるように性急な手つきでそこらじゅうを触りまくり、べたべた指紋を残してキッスの嵐を降らせた。

 「ああああああああ会いたかっすマイガールマイハニーロザンナ!血染め赤毛の悪魔に地獄に落とされキズモノにされたというのにどうしたことですそのメタリックに輝くナイスバディは、世のハッカーどもを悩殺する抜群のプロモーションになって戻ってきちゃってこりゃあもう新しいウィルスバスターをインストールして徹底的にロザンナの貞操を守るっきゃありませんね!うっひょー、腕が鳴るっス!!」
 ざっとこんな感じ。かっこ原文まま。

 大喜びするビバリーを横目に僕はテディベアを抱いてむくれていた。
 ぶっちゃけ面白くない。
 やっと邪魔者がいなくなってビバリーを独占できるとほくそ笑んだのに、ロザンナは傷ひとつ見当たらない艶ピカボディになってご帰還あそばされた。
 ビバリーは蕩けそうにベタ甘な笑みでロザンナ抱っこしてスリスリしてる。
 傍目には挙動不審通り越して手遅れな変態だ。
 ビバリーのロザンナに対する溺愛ぶりときたら尋常じゃない、というかどこをとっても完全に狂ってる。たかが機械に異常に欲情する変態性欲者の烙印押されてもやむなし。
 再会の歓喜に感動の涙を滂沱と流し、恥も外聞も節操もなくロザンナの完璧ボディにむしゃぶりつくビバリーを不満たらたらジト目で睨み付け、僕はベッドの真ん中に所在なく座り込んでいた。
 なんだよなんだよロザンナ帰って来た途端に僕は用済みってわけ?
 放置プレイ?
 ぐれちゃうぞ。
 テディベアに顎を埋めてむくれてみせる。
 ぷぅと頬を膨らませた僕なんかアウトオブ眼中でビバリーははしゃいでる。
 幸福の絶頂。ロザンナとの蜜月。
 二人の……もとい、一人と一個で完結した世界。
 面白くない。全然面白くない。
 今や僕のただ一人の味方となったテディベアを抱擁し顔を摺り寄せる。
 肌に優しいパイル地が毛穴をくすぐる。
 小さい頃はよくこうしてテディベアを抱っこしていた。
 ママが彼氏と出かけた夜や客引きに立ってる夜はアパートの部屋の隅でテディベアに語りかけて寂しさを紛らわせていた。
 いつからそうしなくなったのかと記憶を手繰れば東京プリズン入所初日、房の扉を開けた途端にビバリーに両手を広げて歓迎された時の強烈な第一印象が細部まで鮮明に蘇る。
 いつしか僕がテディベアを抱かなくなったのは動いてしゃべるビバリーが同房になったからで、うるさいくらいハイテンションで時々うざったいけど、実は友達思いの最高にイイ奴なビバリーがテディベアにはない体温を感じさせる距離でずっと付いててくれたからだ。
 だけどそのビバリーはパソコンに夢中で僕を見向きもしない。
 僕は昔に逆戻り、テディベアに顔摺り寄せて縋るように一途にいたいけにママの匂いを嗅ごうとしてる。
 けれども諦め悪く小鼻を蠢かした所でテディベアからはママの匂いがしない。テディベアのふさふさ毛並みに染み付いていた甘い香水の匂いはどこかへ行ってしまって、ツンと鼻腔の奥を突くのは仄かに黴臭い匂いだ。
 それでも僕は名もなきテディベアを手放さず、ビバリーに対するあてつけの如くベッドの真ん中で退屈な一人遊びに興じている。
 気まぐれにテディベアの手足を掴んで上げ下げし乱暴に振り回し、愛玩に飽きたらポイッと無造作に放ってみる。
 「おおロザンナ、その白く滑らかな肌は心地よい冷たさでもって僕の愛撫に応え青白く光る世界の窓は神々しく未知へと誘いそのキーは僕の打鍵に応じて素晴らしき音色を奏でる……ロザンナこそ僕の理想、夢、神からのあらゆる賜り物を詰めたパンドラの箱そのもの!!」 
 ビバリーが大仰に両手を広げ面映い美辞麗句を連ね、たかがパソコンを絶賛する。ロザンナのどこがビバリーをそこまで狂わすのか理解できないししたくないししたらおしまいだ。
 ベッドに座り込んだまま、不貞腐れた上目遣いでビバリーの表情を窺う。
 ビバリーは全く気付かない。
 僕が房にいるってことも完全に忘れてる。
 恋は盲目。はいはいその通り。
 僅か三メートル隣のベッドに孤独感と疎外感に苛まれてテディベアを虐待する可哀想な少年がいると脳内メモリーから削除したビバリーを目の当たりにし、燻るような苛立ちを感じる。
 嫉妬?
 まさかと鼻で笑い飛ばそうとして失敗する。
 正気か僕?相手は無機物だぞ。
 パソコン相手に嫉妬するようになったら人間おしまいだと自嘲する反面、ロザンナを溺愛するビバリーの姿がむらむらと独占欲を煽るのを否定できない。
 テディベアをぎゅっと抱きしめ、ビバリーから視線を引き剥がしそっぽを向く。
 パソコンに飽きず接吻するビバリーを見てたらこっちの頭までおかしくなりそうな危機感に駆られたのと、ロザンナへの嫉妬を抑止できない自分がむかついて。
 外が妙にざわついてるのに気付いたのはその時だ。
 「なに?」 
 ベッドに片膝付いて上体を起こした僕が呆然と目を見張る視線の先、 鉄扉に嵌まった鉄格子の向こうを大挙して駆けていくのは…凱。
 残虐兄弟。
 東棟を牛耳る主立った中国人たち。
 凱を先頭にした一団は怒涛の足音で廊下を震動させ、通行人を薙ぎ倒す暴風の如き大迫力で駆け抜けていった。
 鉄格子越しに目に焼き付いたのは凱の憤怒の形相、殺気にぎらついた凶暴な面構えは血に飢え狂った猛獣の如く、近く訪れる惨劇の興奮に浮ついていた。続く残虐兄弟は相変わらず仲良く小突き合っていた。
 凱に遅れをとるまいと阿吽の呼吸で追いすがる残虐兄弟の背後には派閥の主力メンバーがずらりと続き、頭の昂ぶりに応じてうねり狂う長蛇を彷彿とさせた。
 何かとんでもないことが起こったぞと直感した。
 次の瞬間、僕は素早く行動を起こした。
 「な、なにごとっスか?地震?」
 ロザンナを懐に庇って目を白黒させるビバリーはまだ状況が飲み込めてない。
 緊急事態でもロザンナ優先とはビバリーらしいやと苦笑い、ぴょんとベッドを飛び下りて隣のベッドにすっとんでいく。
 ビバリーは逆境に弱い。臆面なくお約束のボケを披露したビバリーをロザンナから引っぺがし、耳元で囁く。
 「寝言言ってんじゃないよ。暴動だよ」
 暴動の一言がもたらした効果は絶大だった。
 ビバリーの顔は劇的に青ざめて生唾を嚥下した喉が濁った音をたてた。
 「ロ、ロザンナは渡さねっス!」
 「ビバリー以外のだれがロザンナなんか欲しがるのさ。ロザンナの心配より自分の心配しなよ、相変わらずズレてるんだから」
 ひしとロザンナにしがみつくビバリーの後ろ襟を掴んでずるずる引きずっていく。
 ビバリーは往生際悪く抵抗したけど後ろ襟を掴まれちゃ叶わない。
 表の騒ぎは加速度的に大きくなる。
 廊下を走り抜ける人数も増していく。数多くの人影が鉄格子の向こうを駆けて行き、そのうち一人が手にした鉄パイプが勢い良く振り回されて蛍光灯にぶち当たり尖った破片を撒き散らし、停電の薄闇に包まれた周囲一帯を危険な戦場に変貌させる。
 狂騒の序曲。
 こんな大イベント見逃す手はない。
 幸いまだ看守は勘付いてない。特等席をとるには十分間に合う。
 表の騒ぎに触発されて僕の心臓も早鐘を打ち出す。
 体内の血の巡りが早くなる。
 東棟で何かとんでもないことが起きている。あるいは東京プリズンをひっくり返すかもしれない異常事態が現在進行形で起きつつある。
 情報通の傍観者を自負する僕が今後の展開を見届けなくてどうするんだ?
 ビバリーの首ねっこふん掴まえて扉を蹴り開ける。
 持ち前の猫をも殺す好奇心が疼きだし、クスリをキメた時にも似た万感の高揚を覚える。
 ビバリーの悲鳴には耳を貸さず腰に重心を移し深呼吸、緊張と興奮の面持ちでスタートラインに立つ。
 バン、ピストルの口真似をする。
 重心を低めた前傾姿勢で飛び出す、片手にビバリーをぶらさげて。
 あっちこっちへ振り回されて目を回したビバリーが愉快な悲鳴を上げる。時々くぐもった呻きを漏らすのは首を圧迫され気道を封じられたから。首を絞められる苦痛に哀れっぽく喘ぐビバリーを無視、床を蹴る速度を上げて暴動の渦中を突っ切りがてら、ランナーズハイにグッドトリップが手伝った最高の爽快感に酔う。羽が生えたみたいに体が軽い。今なら空も飛べそう。さっきキメたヤクが効いてきたみたい。
 甲高い哄笑を上げて突っ走るさなか、図ったとしか思えないタイミングで至近距離の扉が開いた。
 「アウチッ」 
 脳裏に星屑が散った。
 分厚い鉄板が額にぶちあたった衝撃で寝転んだ僕と同じく相手も呻いている。焼き鏝で烙印されたように疼く額を咄嗟に庇い、無様に尻餅付いて覆い被さった相手を見上げる。
 気障ったらしい眼鏡がよく似合う見慣れた顔がそこにあった。
 鍵屋崎。親殺し。
 まあ呼び方はどうでもいい……とするとここは鍵屋崎の房か。
 鍵屋崎の背後に視線を流せば、雇い主を立てる苦労性の用心棒の如くサムライが付き従っていた。相変わらず仲良しで羨ましいこと。
 ん?そういえばビバリーは?
 からっぽの手を開閉し、のろくさとあたりを見回す。
 鉄扉に激突寸前に後ろ襟がすっぽ抜けたらしく、5メートル後方に置き去られたビバリーが乱闘に巻き込まれてひぃひぃまごついてるのを目撃、確認する。
 ビバリーのグズ、のろまとひとしきり胸中で毒づき、鍵屋崎に向き直ると同時に接客スマイルを拵える。
 不感症の天才相手に営業するつもりはないが、長年の売春経験で鍛えられた顔筋の反射で咄嗟に笑顔を作ってしまった。
 鍵屋崎は動揺してる。
 そりゃそうだろう、扉を開けたら僕がいたんだから盗み聞きを疑ってかかるのが当然だ。
 眉間の皺に如実に不信感が表れている。
 眼鏡越しの双眸を胡乱に細め、疑心暗鬼に苛まれてこちらを眺める鍵屋崎に笑顔を向け、尻の埃をはたく。
 「ちょっとちょっとメガネくん、人目があるにもかかわらず廊下で押し倒すなんて随分過激なマネしてくれるじゃん。そんなに欲求不満なわけ?」
 「扉の前にいるのが悪い」
 鍵屋崎がむすっと言う。相変わらず感じが悪い。もうちょっと愛想よくすりゃモテモテなのに惜しいね。
 謝罪を要求しようか逡巡した隙に鍵屋崎は踵を返し走り出そうとする。待て待て、人を押し倒しといてごめんの一言もなしとは酷いんじゃないのと喉元まで出かけた僕の横を迅速に走りぬけ、サムライがすかさず鍵屋崎の腕を掴み引き戻す。 
 「放せサムライ、ロンが心配じゃないのか!?」
 鍵屋崎が珍しく声を荒げてサムライを非難する。サムライが負けじと叱責を返す。
 「素手で暴動の渦中にとびこむなど正気かお前はっ、命の次に大事な眼鏡が割れても知らんぞ!!」
 険悪な雰囲気で睨み合う二人を見上げ、尻を叩いて立ち上がりしな軽薄な道化を演じて茶化す。 
 「痴話喧嘩?」
 「「黙れ」」
 痴話喧嘩中でも呼吸はぴったりだなと他人事気分で感心する。
 ささくれだった沈黙で我を張り合う大人げない二人の姿が悪戯心を刺激する。
 「東棟で今なにが起きてるか教えてあげよっか」
 周囲の喧騒を貫いて、決して大きくない僕の声は二人のもとに真っ直ぐ届いた。
 サムライと鍵屋崎が同時に顔を上げる。驚愕に目を見張る鍵屋崎の隣、サムライが心胆寒からしめる鷹の眼光を放つ。
 サムライの眼光に射竦められて一瞬肝を冷やしたけど、深呼吸でペースを取り戻し、後ろ手を組む。
 「凱が所長室に奇襲を仕掛けたんだ」
 鍵屋崎が衝撃を受ける。目に見えて表情を強張らせた鍵屋崎の隣、サムライは微動もせず立ち竦んでいる。
 二人の反応に舌なめずりしながら、ここまで駆けて来る道中に仕入れた噂話と推理を混ぜ合わせて饒舌に捲くし立てる。
 「レイジにお熱な凱がついにぷっつんきれちゃったのさ。視聴覚ホールの一件は覚えてるっしょ?メガネくんもサムライもあの時あそこにいたもんね。昨日所長室連れてかれて以来一日経っても音沙汰なし、今頃はお仕置きという名の性調教を所長じきじきに受けてるはずだって東棟はその噂でもちきりさ。凱はあれで妙に律儀なところあるからね。自分が唯一ライバル視してる東棟最強の男がこれ以上所長の好きにされるのは我慢ならないって激怒したのさ。こうなったら意地でもレイジを取り返してやるって真っ赤な顔で息巻いてたよ。おお怖」
 「凱も所長室に向かったのか」
 真剣な声音でで訪ねる鍵屋崎にこくり頷き返す。
 そのまま暫く思案顔で俯いていた鍵屋崎が、静かに決断を下す。
 「……行くぞ、サムライ」  
 当然のようにサムライを従えて歩き出した鍵屋崎の背中を見送り、揶揄とも羨望とも付かぬ独り言を漏らす。
 「なかよしさんだこと」
 鍵屋崎は振り向きもしなかった。
 すかした奴。
 威迫の眼光で雑踏を掃き清めたサムライと肩を並べ、鍵屋崎が心なし速めの歩調で廊下の先へと歩いていく。
 鍵屋崎の背中を見詰め、ささやかな疑問を抱く。
 なんで鍵屋崎が凱のところにいくんだ?
 ロンが心配だどうとか言ってたけど今回の暴動にはロンが関係してるのか?
 「……ま、この目で確かめてみないことにはね」
 すっかり小さくなった鍵屋崎の背からビバリーへと視線を転じれば、当の本人は両手で頭を抱え込んで廊下の片隅でぶるぶる震えてやがった。
 既に半ベソのビバリーにため息を零し、つかつかと正面から歩み寄る。
 「行くよ、ビバリー」
 「んな殺生な!僕は行きたくないってさっきから何度も何度も言ってるじゃないっスか、いい加減ロザンナのところに帰してくださいよ、暴動に巻き込まれて大怪我して傷口に蛆が湧いたらリョウさん一匹残らずとってくれるんスか、傷口に湧いた蛆さんと仲良くする気なんて毛頭ないくせに僕を巻き込むのやめてくださいよ!」
 「じゃあ僕一人で行けって?」
 ビバリーの良心に付け込み、可愛らしく小首を傾げてみせる。
 正確に斜め四十五度に小首を傾げ、庇護欲をそそる潤んだ上目遣いで懇願する僕を前に、ビバリーがぐっと押し黙る。
 否定も肯定もせず黙り込むしかないビバリーを嗜虐的に眺め、コイツが僕をひとりぼっちで放り出すはずないと確信し、クスリのせいだけじゃない幸福感を噛み締める。
 「一緒に行こう、ビバリー」
 ビバリーの鼻先に手を突き出す。
 「………~~~まったくリョウさんあんたって人は、僕がそばにいないと地獄見物もできない史上最強の困ったちゃんっスね!!」
 この手を払いのけるも叩き落とすも自由だというのに、やけくその咆哮を上げたビバリーは痛みを与える強さで僕の手をしっかり掴んだ。
 よっしゃ、ロザンナに勝った。

 そして今。
 僕とビバリーは予想外の光景を前に戦慄に襲われている。
 蛍光灯の破片が散乱する危険地帯と化した廊下の真ん中、頭から腕から流血した生傷だらけの囚人たちが固唾を呑んで見守る中、互いに微動せず沈黙を守っているのは……
 片や僕らの見慣れた男、東棟最大の中国系派閥のボス、凱。
 筋骨隆々たる体に内から迸る力を漲らせ、厚い鉄板を重ねたような大胸筋を誇らしくてからせ、闘争心を剥き出して正面に佇む男を威圧している。
 凱と対峙するのは黒い短髪に銀のメッシュをいれたスタイリッシュな風体の少年で、こちらは名前も知らない新入りだった。
 だけど存在感じゃ決して凱に引けを取らない、どころかある意味凌駕している。
 ただそこに無防備に佇んでいるだけで場の空気を掌握する不可思議な何かが少年には備わっていた。
 「芯が抜けたようにただぼうっと突っ立ってるだけか、台湾人」
 膠着した睨み合いに痺れを切らした凱がふてぶてしく唇を捻って嘲弄する。
 少年は挑発にも乗らず、切れ長の瞼の奥の目に倦怠の色を過ぎらせただけだ。  
 均衡が崩れたのはその瞬間だ。
 人間らしい心の機微を一片たりとも感じさせぬ冷徹な一瞥が、ただでさえ沈黙の忍耐を強いられて荒ぶっていた凱を逆なでしたらしい。
 猛獣の咆哮が爆ぜる。
 腹の奥底から咆哮を搾り出した凱が、誇張した筋肉に鎧われた巨腕を振り上げ、正面から少年に突撃する。
 少年の顔が血霧と化して爆ぜる瞬間を幻視、その場にいた殆どの囚人が反射的に目を閉じて顔を背ける。
 僕は背けなかった。
 人垣の狭間に無理矢理割り込んで前へ前へと歩み出つつ、激情に任せて振り上げられた拳の行方に目を凝らしていた。
 少年は瞬き一つせず、物憂い倦怠の表情で自らに迫り来る拳を眺めていた。
 凱の拳が当たればただじゃすまない。
 鼻骨が陥没して顎が砕けて高い金かけて整形したって元に戻らなくなる。 
 金の右目と銀の左目を持つ少年は風圧を感じる距離に拳が来るまで一切動かず、拳の風圧で毛先がそよいでも平然として、凱が完全に間合いに踏み込むまでこちらが不安になるほど無防備に身を晒していた。
 少年が動いたのは、巨大な拳が顔面を穿つ寸前だった。
 空気に乗じて軽やかに踵が浮く。
 あらかじめ重心を分散させていたものか、滑らかな動作で跳ね上がったつま先が垂直に凱の首へ……
 人体の急所の喉仏の上へと吸い込まれる。
 機械のように正確無比で冷徹非情な攻撃は確実に人命を奪うもの、喧嘩の技というよりは失敗を許されない状況下で確実にとどめをさす高度な殺人技術だ。
 僕は見た。
 凱の目が驚愕と恐怖に極限まで剥かれる瞬間を。
 凱の喉仏の上へと的確に抉りこまれたつま先が銀色に光り、鋭い尖端が皮膚を突き破り血管を傷付け大量の血をしぶかせる瞬間を。
 
 スニーカーの爪先に鋭利な金属片を仕込み、神業の蹴りを致命傷の一撃に昇華させた少年は、薄い瞼の奥の金銀の目を冷徹に光らせて凱の苦悶を眺めていた。
 
 言葉も忘れて呆然と立ち竦む僕の隣、出血した喉を庇って悶え苦しむ凱をその目に映したビバリーが既にして回避不可能な決定事項を呟く。
 「凱さんが、死んだっス」 
 金属の目をもつ少年の正体は未来から送り込まれた殺人機械だ。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050412045228 | 編集
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