ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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八話

 『最後の晩餐だ』
 耳の裏側で道了が無感動に囁く。
 レイジに慣らされた耳朶を他人の吐息がくすぐる。
 俺は抗った。
 必死に腕力に抗った。
 ハルの死骸に顔面突っ伏した体勢から死に物狂いに身を捩って道了の手を払いのけようとしたが無駄だった。
 焦燥が恐怖をかきたてる。
 生柔らかい屍肉の感触と鼻腔の奥を突き刺す凄まじい悪臭に吐き気を催す。
 赤黒い細切れ肉と化したハルの死骸は血だか腐汁だかわからないべちゃべちゃした粘液でどす黒く濡れていた。
 その何だかわからない、おそらくは臓物から滲み出た腐汁だか血だかが跳ねて俺の顔までべちゃべちゃに汚していく。
 死骸に顔突っ伏して息苦しさを覚える。
 死骸が発する悪臭が、嗅覚を破壊する見えない凶器となって房内に充満する。
 喉の奥で吐き気が膨らむ。
 胃袋が痙攣する。
 喉の奥に胃液が逆流して口腔が酸っぱ苦くなる。
 こんな猟奇的なお遊びに付き合ってやる程俺は物好きじゃない暇じゃない手を放せ道了おふざけはやめろと怒鳴りたくても俺自身ショックを受けてるせいか呂律が回らない。舌が縮んで喉につかえて一言も発せられない。後ろ髪を何本か毟られる勢いで頭を手掴みにされてぐりぐり機械的に入念に顔を捻じ込まれる。
 生柔らかい腐肉がぐちゃりと変形して顔を包む。
 血に濡れた臓物の温度を感じる。
 引き裂かれ叩き潰されたハルの死骸は動物好きじゃなくても目を覆わんばかりに無残な有り様で、決してハルを好いてるとは言えなかった俺自身も同情と憤怒の入り混じった激情の炎に炙られて視界が真っ赤に燃え上がる。
 苦しい体勢から身を捩り目の端でまわりを窺う。
 取り巻きのガキどもは慄然と立ち竦むばかりで使い物になりゃしない。
 戦々恐々と道了を遠巻きにするガキどもは生理的嫌悪だか不快感だかで一杯一杯で、その場に膝つき滝のように嘔吐したい衝動を道了の手前必死に堪えている。
 『な、に、するんだよ!手ェ放せ道了………!』
 喉から声振り絞り訴える。
 生きの良い獲物に感嘆するかのように金銀の目が妖しく光る。
 頭を引っつかむ握力が増す。
 道了はまるでパン生地でも捏ねるような単調さでもって、何度も何度も繰り返し手軽く俺の顔面を死骸に叩き付ける。
 ぐちゃり。
 ぐちゃ。
 ぐちゃっ。
 濡れた音が連続。血だか腐汁だかそれ以外の物だか判別できない気色悪い液体が顔中に飛ぶ。
 元はハルの体に流れていたものが一滴残らず毛穴から流れ出している。
 道了は俺の抵抗など意に介さず、眉を動かす程の煩わしさも示さずに、完璧な無表情でもって後頭部におく手に力を込める。
 閂で締めるように頭蓋骨が軋む。
 コイツ、馬鹿力にも程がある。
 道了がどれだけ桁外れの怪力の持ち主か知ってはいたが傍で見ているのと自分で体験するのじゃワケが違う。悔しいが俺じゃ道了の手を跳ね除けることもできない、道了にされるがまま頭を押し込まれ死骸に頬ずりする屈辱を舐めるっきゃないのだ。
 そして道了は、驚くべき事を口にした。
 何気なく、あっさりと。
 『食えよ』 
 抑揚ない命令には底冷えする威圧が含まれていた。
 食え?
 耳を疑った。
 目の前の死骸と唐突な言葉とが結びつかなかった。
 食え。何を?
 目に疑問を浮かべて道了を仰ぐ。
 物問いたげな眼差しで仰がれた道了が無造作に顎をしゃくる。
 道了に促されるまま向き直った俺の目の前に横たわっているのは元ハルだった犬の死骸。所長の隣でお澄まししてた頃の面影は完全に薄れてなくなっている。
 食え。食え?
 まさか、これを。
 『ふ、ざけんな……食えっかよこんな物、こんな犬の死骸!!』
 正気じゃねえ。完璧狂ってやがる。
 まともな神経の持ち主なら誰だってコレ見りゃ吐く、腹を下す。
 引き裂かれ叩き潰された無残極まる犬の死骸に食欲刺激されるわきゃねえ。
 赤黒い肉塊の所々に黒い毛が覗いてる。
 僅かに窺えるハルの名残り。
 胃袋が痙攣する。
 苦い胃液が食道を這い上り、悲鳴とも苦鳴とも付かないくぐもった呻きが喉の奥で泡立つ。
 『どうしてだ』
 心底不思議そうに訊ね、ぎくしゃくと首を傾げる。
 機械人形が人間の真似をしてるような違和感。
 後ろ髪を掴む手が緩む。
 漸く息ができるようになる。
 肉塊から顔を上げ、死臭の混ざった空気を胸一杯に吸い込む。
 得体の知れない気色悪い粘液が顔が濡れている。
 背後で手首を締め上げられた俺は顔を拭う自由すら奪われていたため、シャツの胸元に顔を擦り付けて不器用に汚れを拭きとるしかなかった。
 猫が顔を洗うような動作で顔を拭く俺の耳に、再び声が響く。
 『中国人の主食は犬だ。お前は薄汚い裏切り者の中国人だ。犬は最高の晩餐だろう。違うか』
 淡々とした口調で道了は言った。
 言葉をなくした俺の鼻先に道了が顔を突き出す。
 至近距離で道了と向き合う羽目になった俺は、凄まじい磁力を放つ金銀の目に呪縛され、自分の意志で指一本動かせなくなる。
 無防備な近さで道了の目を覗き込むうちに過去の記憶がフラッシュバックし、恐怖を起源とする戦慄が襲う。
 道了。
 池袋最強と唄われた月天心を率いた最凶にして最恐の男。
 新宿を縄張りとする中国人チームと流血厭わぬ抗争を繰り広げて敵にも身内にも多数の死傷者を出した。
 敵対する者には決して容赦しない。
 裏切り者には容赦なく制裁を加える。
 一片の慈悲も憐憫も持たない、機械の如く冷酷無比な男。
 道了は裏切り者を決して許さない。
 暇面には一切温情が期待できない。
 体裁なげうった命乞いも泣き落しも通用しない。
 それこそまさに月天心で、否、道了を知る者たちのあいだで公然とまかり通っていた常識以前の実情だった。
 『口を開け』
 道了が淡々と命じる。
 全てに興味なさそうな無表情のままに。
 無関心な瞳に俺を映し、俺が命令に従わないと見るや即座に口をこじ開けにかかる。
 俺は激しく顔を打ち振り精一杯抵抗したが道了の腕力には到底叶わない。
 二階から本棚を投げ落とす怪力の持ち主に抗えるわけがない。
 万力めいた指が顎を掴み、締め付けを強めて無理矢理こじ開ける。
 顎の骨が軋む激痛に堪らず口を開ければ強引に指が潜り込んでくる。
 道了の指が無遠慮に口腔をまさぐる。
 口腔を乱暴にまさぐられる不快さに吐き気が膨れ上がる。
 吐き気を堪えて渋面を作る俺を見下ろし、「假面」の由来となった無表情で畳み掛ける。
 『犬を食え。お前は中国人だ。中国人なら中国人らしく細切れにされた犬肉を食え。お前のために丁寧に挽き肉にしてやった犬を』
 その一言に衝撃を受ける。
 『お、れのために、ハルを殺したってのか!?』
 まさか。そんな。
 わざわざ俺に食わせる為にハルを殺したってのか、こいつは……この男は。この狂人は。
 驚愕に顔強張らせた俺からついと視線を逸らし、床に横たわる死骸へと相変わらず無感動な目を向ける。
 金と銀の目が冷たく光る。
 一層冷ややかさを増した表情で死骸を見下ろし、道了が呟く。
 『考賢に聞いた。ロン。お前は以前、この犬に襲われたことがあるそうだな』
 鋭利な殺気を感じさせる横顔にまわりのガキどもがあとじさる。
 鼻と口を手で覆っているヤツもいる。
 死骸が放つ耐え難い悪臭に思いっきり顔を顰め、さわらぬ暇面に祟りなしとばかりに道了から距離をとっている。
 絶望的に飲み込みの悪いガキどもも漸くわかり始めたんだろう、道了が普通じゃないって当たり前の事実を。
 ベッドの下から至って無造作に、手掴みで犬の死骸を取り出した瞬間に。
 俺の後頭部を引っ掴んで、パン生地でも捏ねるように挽き肉と化した死骸に叩き付けた瞬間に。
 畏怖と嫌悪の入り交ざった表情で固唾を呑むガキどもをよそに、中心の道了の言動は一層狂気を帯びて異常さを際立たせていく。
 ガキどもに敬遠されても屁とでも思ってない態度で開き直り、道了が耳元で囁く。
 『お前は俺の物だ』   
 『!あっ……』
 吐息がうなじを湿らす。不意打ちに産毛が逆立つ。
 いつかと同じ台詞が脳の奥を刺激して、とうに忘れ去ったはずの記憶を引っ張り出す。
 薄暗い廃工場。
 折れた注射針とからっぽの注射器と酒瓶が空き缶が散乱する惨状。
 荒廃したアジトに沸く殺気立った喧騒といつまでも耳に残る悲痛な女の悲鳴……
 くそっ、思い出すなくそっ、出てくるな!
 固く固く目を瞑り脳裏を蝕み始めた忌まわしい光景を払拭せんと努める。
 耳の奥で響く甲高い女の悲鳴、酒瓶の割れ砕けるけたたましい音、下品な野次と罵倒と哄笑が入り交ざる熱狂の渦。
 暴力の愉悦に酔ったガキどもがやんやと喝采をあげる中、壁際の梅花めがけ風切る唸りを上げて投擲される酒瓶―……
 眼球も潰れろと瞼を食い縛る。
 発狂したように激しくかぶりを振り、うなじにかかる吐息から逃れようとする。芋虫みたいに遅遅と這いずって少しでも道了から離れようと逃れようと見苦しく滑稽な醜態を演じる。
 『あぐっ、』
 背骨がへし折れそうな衝撃に肺から空気を搾り出す。
 道了が俺の背中に片膝付く。
 体重かけて膝を抉りこまれて内臓が圧迫される。苦しい。
 床にへたばった俺の背中に腹這いに密着した道了が、耳朶に口付けるように囁く。
 『俺の物に手をだすものはたとえ犬だろうが許さない。この犬だけじゃない。俺がいないあいだにお前に触れたやつ、俺が見てないところでお前を奪おうとしたやつは一人残らず殲滅する』
 死刑宣告よりももっと恐ろしい静けさで道了が下したのは、言葉だけなら嫉妬ともとれる独占むき出しの制裁予告。
 道了が毟り取るように俺の前髪を掴み、むりやり顔を上げさせる。
 毛髪を引き剥ぐ激痛に頭皮が燃えるように疼く。目の前に道了の顔が来る。
 唇が触れ合いそうな至近距離で対面した道了は、整った口元にごく薄く微笑を過ぎらせる。
 『お前は死ぬまでずっと俺の物だ。俺を裏切った事をじっくり後悔させながら嬲り殺してやる。梅花のように』 
 かすかな、本当にかすかな笑み。
 『なん、で、そんなに、俺を憎むんだ?』
 死が間近に迫った恐怖すら圧して根本的な疑問が膨れ上がる。
 道了がここまで俺を憎む理由が本当にわからない。
 何度も言うが、俺は月天心を裏切ったわけじゃない。
 仕方がなかったのだ、あれは。
 俺だってこんな卑怯な言葉を使うのはイヤだ、誰だって「仕方が無い」なんて理由で殺されちゃかなわない、死んだヤツらが納得できるわけがない。
 だから出来るだけ「仕方が無い」という言葉は避けてきたけど、実際口に出さなかっただけで心の奥底では俺自身「仕方が無い」って自分に言い訳してた。
 無自覚に無意識に「仕方ない」って言い訳に縋ってたんだ。
 不良品の手榴弾を掴まされたのも仲間にいいとこ見せようって分不相応にはりきって抗争に参加したのも「仕方がなかった」。
 あの時の俺にはああするしかなかった。
 ああでもしなけりゃ俺は一生仲間に認められず半々呼ばわりされなきゃならなかった。
 俺がわけもわからずぶん投げた手榴弾が仲間を巻き添えに爆発したのは事実だ。
 だけどあれは裏切りじゃない、断じて裏切り行為じゃない。
 事故だったんだ。
 仕方が無かったんだ。
 あの時手渡された手榴弾に欠陥があったなんてどうしてわかる、わかるわけがない。
 俺はレイジみたいな戦争のプロじゃないただ触っただけで手榴弾の仕組みが分かるほど武器に精通してるわけでもない、ちょっとばかし喧嘩が強いだけのずぶの素人だ。
 栓を抜いてから爆発に至るまでの時差が予想と違ってたからと責めらる謂れはない。
 地面に落下したものの何の反応も示さない手榴弾を不審がり、ガキどもがうようよ群がっていったのは俺のせいじゃない。
 俺のせいじゃない俺のせいじゃない俺は悪くない道了に逆恨みされる筋合いはないと念仏のように繰り返し自己暗示をかける。
 こめかみを脂汗が伝う。
 きつく食い縛った瞼の裏側で赤い光輪が点滅する。
 ああ、気が狂いそうだ。
 すぐそばには物言わぬハルの亡骸が横たわっている。
 俺も遠からずこうなる運命だと悟り、ひどく苦労して生唾を呑み下す。
 『道了。お前、勘違いしてるよ』
 落ち着け、冷静になれ。
 理性を取り戻せと自分に言い聞かせて深呼吸、冷静に聞こえるようにと願いつつ言葉を吐き出す。
 敢えて道了の方は見ない。
 道了と面と向かったら最後、脆い堤防が決壊して感情に流されるのはわかりきっている。
 道了の目を見る自信がない。
 金銀の目に射抜かれて本音を隠し通す自信がない。
 非人間的に冷たい金属の目。
 お前なんかいつでも壊せるぞと語る目。
 『娑婆の連中になに吹き込まれたか知んねーけど、お前、あの時あそこにいたろ?抗争の現場にいたろ。あそこで何が起きたか一部始終を見てたなら俺が裏切り者じゃねえってわかるはずだ、なのになんで逆恨みするんだ、俺に復讐しに東京プリズンに来るんだよ!?ああそうだよ確かに俺は手榴弾を投げたさ、自分が助かりたい一心で栓引き抜いた手榴弾を思いっきり投げたさ!だけど手榴弾はすぐに爆発しなかった、地面に落ちてしばらくは何も起こらなかった。不発弾と勘違いした連中が盾代わりの廃車の影からうようよ群れ出て、それで…………』
 言葉に詰まる。
 心臓が壊れそうに高鳴る。
 先を続ける勇気がどうしても湧かない。
 閉じた目の裏側に鮮明に蘇る光景……激戦の痕生々しい廃車場の地べたにぽつんと転がる手榴弾。肩透かしを食らった連中が敵味方問わず好奇心に負けてしゃしゃり出てきて、手榴弾のまわりに群がって、脅かされた腹いせに悪態吐いて蹴り転がして……
 爆発。
 千切れた四肢、飛散する肉片、生臭い血の雨。
 阿鼻叫喚の地獄絵図。
 顔にへばりついた肉片の湿りけを今でもまだ鮮烈に覚えている。
 最前まで笑い合っていた仲間が、手榴弾の行方を眺めていた敵が、高熱の爆風に吹っ飛ばされてあたり一面の血の海に臓物と肉片をぶち撒けた。
 あっというまの出来事。
 止めに入る暇なんてこれっぽっちもなかった。
 『お、前だって知ってるだろ。あの時あの場にいたならわかってるだろ!?あの手榴弾は抗争の前の日に仲間から手渡されたヤツで細工する暇なんかこれっぽっちもなかった、あれは事故だったんだ、俺だってあんな結果になるってわかってたら手榴弾投げたりしなかった!最初は脅しのつもりだった、逃げ道開く為の脅しで手榴弾を投げたんだよ、今更虫が良すぎるかもしれねーけど最初は誰も殺すつもりなんかなかったんだ、まわりの連中びびらせて突破口開くつもりでたまたま手の中にあった手榴弾を投げたんだ!!』
 あの時はぐるりを敵に囲まれていた。
 俺は一台の廃車の陰に追い詰められていた。
 状況は極めて不利、仲間の応援は見込めない。
 俺の事を普段から半々と馬鹿にしてお荷物扱いしてる連中に何が期待できる?期待するだけ無駄だ。
 だから俺はひとりで何とかするしかないと思い込んで、頼れる物といやびっしょり汗かいた手の中の手榴弾だけで、神経が焼き切れて寿命が三年縮む逡巡と葛藤の末に辿り着いた結論は……

 『本当は誰も、誰も殺したくなんてなかった』

 けど、仕方ないじゃんか。
 自分が生き延びるためには仕方ないじゃんか。
 誰にともなく必死な声音で言い訳する。
 あの場ではああするよりしかたなかった。
 まわりの誰も助けてくれない状況下で生き延びるには自分の頭を使うしかなかった。
 俺に与えられた武器は手榴弾一個。
 選択肢なんて上等な物がない状況下では必然これを使うしかない。
 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくないよ、母さん、梅花……
 発狂寸前の恐怖に苛まれて廃車の陰にしゃがみこむ。
 逃げ回ってる間ずっと握り締めていた手榴弾には体温が移っていた。
 緊張と恐怖ですっかり強張ってしまった指に舌打ち、むりやりこじ開けて手榴弾を見下ろし、深呼吸で覚悟を決める。
 決断。
 役に立たない指の代わりに栓を咥えて引き抜き、大きく腕を振り被って廃車の向こうへぶん投げる。
 鼓膜も破れんばかりの爆音を予期し、瞬時に耳を覆ってしゃがみこむ。
 廃車の陰に呼吸を止めて身を潜める。
 体感時間では永遠にも等しい数秒が過ぎ去る。
 爆風にひっくり返された車の下敷きになることすら予想していつでも逃げ出せるよう腰を浮かせていたが、薄ら寒い静寂に違和感を感じ、おそるおそる振り返る。
 廃車の陰から顔を出した俺の視線の先、地面に落っこちた手榴弾を無邪気につま先でつつくガキども。
 なんだ、不発かよ。驚き損だぜ。シケてんな。
 口々にそう喚きながら腹立ち紛れに手榴弾を蹴り転がす。
 図体でかいガキが石蹴りにでも興じてるような平和な光景…… 
 次の瞬間には血なまぐさい地獄絵図に塗り替えられる光景。
 『俺は裏切り者なんかじゃねえ、仲間を見殺しに生き延びた卑怯者と勝手に呼びたきゃ呼べばいい、だけど裏切り者呼ばわりだきゃごめんだ、月天心がぶっ潰れた原因まで俺に求められちゃたまんねーよ!!月天心が壊滅したのはトップが狂っていたからだ、お前が月天心をシメてる限り月天心の最悪の潰れ方すんのはわかりきってた事だ、お前はただ自分のやりたい放題のせいでチームが潰れたの認めたくねえだけ………っうぐ!?』 
 額に衝撃が炸裂。    
 道了に頭突きを見舞われたのだと気付いて一瞬意識が遠のきかける。 俺の前髪を引っ掴み、むりやり露出させた額に額を激突させた道了は、どこかご満悦な様子で金銀の目を光らせている。
 邪悪に輝く金銀の目に魅入られる。
 額が焼けるように疼く。
 頭蓋骨の中で割れ鐘が鳴り響く。
 ガキどもは完全に引いている。
 すっかりびびりまくった取り巻き連中の視線を一身に集め、俺の前髪を掴み、片腕一本で吊るした道了が言う。
 『俺が言ってるのはそんな下らない事じゃない』
 下らない、こと?
 どういうことだと目だけ動かし道了に問う。
 月天心が壊滅したのが下らない事ってわけか?
 まさか。
 月天心は道了にとって命と同じかその次に大事な存在じゃなかったのか、重要な意味をもつんじゃなかったのか?
 じゃあ道了は何を問題にしているんだ、俺を憎む理由は何だ?
 胸の内で疑問が沸騰、理不尽な仕打ちのわけが知りたくて縋るように道了を仰ぐ。
 死臭が充満する房に重苦しい沈黙が流れる。
 闇の中で鋭利な光が閃く。
 硬質なオッドアイがひどくゆっくりと瞬き、鋭い眼光が真っ直ぐ目の奥を突き刺す。 
 道了の顔が、目が、間近に迫る。
 唇が触れ合う距離に呼吸を感じる。鼓動が跳ね上がる。
 恐怖で体が硬直、生唾を飲み下すはずみにぐびりと喉が鳴る。
 ひどく冷たく無機質な瞳から放たれる視線が、何の感情も温度も伴わず顔の造作をなぞっていく…… 
 金銀の目に吸い込まれる。
 呼吸すら忘れて道了の目を見つめ返す。
 重苦しい暗闇の中、ひんやり骨ばった手が俺の首を支え、上向きに固定し、そして……

 突然だった。
 噛み付くようなキスだった。

 『ん、かはっ、うんぐぅっ……!』
 道了が突然俺の唇を奪った。
 唇ごと噛み千切るような乱暴なキスに気が動転し、無意識に拳を振り上げて道了の肩を滅茶苦茶に殴り付けるも本人は動じず、俺を押し倒して上にのしかかるや唇をこじ開けて舌を入れてくる。
 熱く生柔らかい異物が口の中で蠢く。
 頬の内側の粘膜をこそぎ落とすように舌で擦って歯のぬめりをとるように舌が這う。
 歯の隙間から吐息を漏らして道了を押しのけようとするも、ぴったり体が密着した状態では四肢を伸ばせず、道了にされるがまま床でもがくしかない。
 貪欲に舌を吸う。
 口腔で舌が暴れ回る。
 あんまり強く舌を吸われて痛みを感じる。
 道了は今俺に何をしてる俺にキスしてるなんでコイツたった一ヶ月で環境に染まっちまったのかその手の趣味に目覚めて俺に欲情してるのか、俺を犯そうとでもいうのか、取り巻き連中が見てる前で。
 冗談じゃねえ。
 『道了おまっ、ふざけ……東京プリズンに来てたった一ヶ月で男に突っ込む趣味に目覚めちまったのか!?』 
 ハルの死骸の隣で犯されるなんざごめんだ。
 死臭漂う薄暗い房でかつての仲間に犯されるなんざ最悪だ。
 何とかして道了を引き剥がそうと恥も外聞もかなぐり捨て死に物狂いで抵抗する、ちぎれんばかりに首を振り拳で殴り付け上から振り落とそうと躍起になって暴れ狂う。
 道了はどかない。
 相変わらず俺にのしかかったまま、何度肩を殴られても苦鳴ひとつ零さず奥深く口腔をまさぐり舌を絡めるキスを続ける。
 道了が舌を放した隙に声を大にして叫んでもまわりのガキどもが止めに入る気配はなく、俺の喚き声を聞いた看守が駆け付ける気配もない。
 苦しい。息ができない。舌を貪り吸われてろくに呼吸できず、生理的な涙で視界がぼやける。
 道了のキスは至極一方的で暴力的だ。
 相手を気持ちよくさせようなんてこれっぽっちも思っちゃない、相手の口の中を暴いて完全に自分の物にしたい衝動全開で舌突っ込んでめちゃくちゃに掻き回してるだけだ。
 レイジとは大違いだ。
 俺を最高に気持ちよくさせようと技巧を凝らした舌遣いで優しく慎重に、徐徐に大胆に口腔をまさぐるあいつとは大違い……
 『かはっ………』 
 酸欠で気を失う寸前に唇が離れる。
 透明な唾液の糸引く唇を手の甲で拭い、激しく咳き込む俺を見下ろす。
 『梅花の味がしたか』
 梅花の顔が脳裏に浮かぶ。
 梅花の唇の味と感触を思い出す。
 おそるおそる梅花の肩にふれて押し倒した時の胸の高鳴りおそるおそる梅花の唇に触れた時の柔らかな感触と安っぽい口紅の味、泣き明かして真っ赤に充血した目が俺を見上げて……
 過去何度も反芻した梅花の唇の味と感触が急激に薄れていき、道了のそれにすりかわる。
 思い出を汚された。
 破壊された。
 梅花の唇の味と感触、たったひとつ俺が持っていた優しい女の思い出がそっくり全部道了に貪り吸われちまった。
 道了はそうやって俺から梅花を取り返した。
 唇に感触を上塗りして、未練がましく温めていた梅花の接吻の余韻を完全に閉め出しちまいやがった。
 『お前の唇は腐った肉の味だ』
 道了が妙に優しく囁き、放心状態の俺に乗っかる。
 道了が俺の上着の裾を掴んで捲り上げる。素肌に外気が染みる。
 上着を胸まで捲り上げて貧相な体を暴いた道了が、ざらついた手で肌をなでる。
 『今日からお前が梅花の身代わりになれ』
 冷たい手が体をなでる。腹をまさぐり腰をすべり背中に回る。
 レイジの愛撫とは違う、ただの道具を扱うようにぞんざいな手つき。
 俺の真横にはハルがいる。
 口の端からだらりと舌を垂れて絶命した犬が横たわっている。
 吠え声がうるさいと挽き肉にされたハルが虚ろにこちらを見返している。
 せめて目を閉ざしてやりたいが、ぎりぎりで手が届かない。
 『俺を梅花の身代わりにするのか。身代わりでお前に抱かれろってのか』
 搾り出した言葉がやけに白々しく響く。
 全てを諦めきってしまったように乾いた声。
 道了に逆らえばどうなるかは体に叩き込まれている。
 いや、それよりわかりやすい証拠がすぐそばにあるじゃないか。
 道了は俺を憎んでいる、恨んでいる。何故だ?わからない。わからない……
 道了の手が薄い胸板をさする。
 手が乳首を掠めてびくりと体が震える。
 駄目だ、しっかりしろ、俺。
 このままヤられてたまるか言うなりになってたまるか、さあ今すぐ道了の手を払いのけて逃げ出すんだ廊下を突っ走るんだ道了から一歩でも遠くへさあ行け!!!
 自分を奮い立たせようと心の中で叫ぶも体が棒みたいに突っ張って動かない。
 脳天から股間まで鉄串で貫かれたよう。
 『ひあ、あぅぐ……』
 冷たい手が胸板で緩慢に円を描き、喉が仰け反る。
 指の間に乳首を挟んで揉みしごきながら、もう一方の手を俺の股間に潜らせ、ズボンの上から先端を握り締める。
 『梅花を死んだのはお前のせいだ。お前が俺から逃げ出したからだ』
 ほんの一瞬、道了の顔に感情めいたものが浮かぶ。
 失望。幻滅。自分を裏切って逃げ出した者への冷ややかな逆上。
 『お前は俺を裏切った』
 噛み含めるように断言し、ズボンの上を柔らかく揉む。 
 『お前はあの時死ぬべきだった。最後の抗争で生き残るべきじゃなかった。月天心に殉じて死ぬべきだった。そうすればお前は台湾人になれた。自分の身を犠牲に月天心を勝利に導いた功労者として誰もに尊敬される存在になれた。皆がお前を認めてくれた。お前こそ台湾人の中の台湾人だと褒め称えてくれた』
 驚くほど繊細な手つきで股間を揉みほぐされ、不覚にも前が反応してしまう。
 致死量の毒を含んだ言葉が鼓膜に滴り落ちる。
 俺が月天心の仲間になるには死ぬしかなかった。
 そうでもしない限り永遠に仲間と認められなかったとさも当然のことのように言い聞かせながら、股間をさぐる手をズボンの中へとくぐらせる。
 『娑婆にお前の居場所はない。お前を迎えてくれる人間など何処にもいない。俺がそうした。お前の居場所を残らず潰した。居場所を失くしたお前が俺に戻ってくるしかないように一つ残らず逃げ道を絶って回った』
 下着の中に潜り込んだ手が性器をじかに掴む。
 いつでも握りつぶせるぞと脅すようにペニスをいじり、薄っすらほくそ笑む道了に向き直る。
 『俺の、居場所を、潰した?』
 俺の居場所。月天心、梅花、そして……
 お袋。
 『道了てめえっ、お袋になにかしたのか!?』
 不安の裏返しに語気を荒げて詰問する。
 お袋への危害を匂わせて不気味に沈黙した道了が、ちらりと興味なさげに俺を一瞥し、俯く。
 
 『犯した』
 え?

 道了の指がペニスに絡む。巻き付く。絞る。心と体を掌握する。
 俺を呪縛する。
 
 道了が口を開く。取り巻きのガキどもが続く行為を予期して息を呑み、房に緊張が走る。 
 道了が品性を損なわない程度に口を開け、先端を含む。
 脊髄をぞくりと快感が貫く。
 俺は動かない。
 道了が与える快楽より発する言葉を待ち侘びて、でも聞きたくなくて、耐え切る自信がなくて、それでもお袋の身に起きた事が知りたい葛藤の狭間で揺れ動いて……

 道了は言った。
 至極あっさりと言いきった。

 『犯して殺した』
 俺の物を抵抗なく口に含みながら、お袋を殺したと断言した。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050415233849 | 編集
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