ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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五話

 驚きのあまり二の句が継げない。
 「なっ………」
 一同愕然とする。
 サムライが不快げに眉を顰める。
 所長と激しく揉み合うロンが振り上げた拳を停止させる。
 レイジが大口開ける。
 一同の注視を浴びて悠然と佇むのは、美しいデザインの軍服にかっちり身を包んだ銀髪隻眼の男。
 サーシャ。
 レイジに敗北した廃帝。
 「サー、シャ?」
 ロンが目をしばたたく。
 自分が目にしてるものが信じられないといった虚心の表情。
 サーシャは冷厳とロンを見下す。
 顔半分を覆う黒革の眼帯が、耽美な容貌に底冷えする凄味を与える。
 「どうした?よもや私の顔を見忘れたか。物覚えの悪い猫ならあり得ることだ」
 歓喜が滴るような囁き。蛇の舌で鼓膜を舐められるような。
 サーシャが生き生きと鞭を振る。腕を振り被った反動で鎌首もたげる蛇の如く勢い良く鞭が跳ね上がる。ロンがびくりと首を竦める。条件反射。
 見違えた廃帝に吃驚するロンのもとへと軍靴の音も粛々と接近する。
 自信漲る足取り。
 規則正しく足を繰り出し指揮棒を振るが如く鞭で床を叩く。
 床で跳ねた鞭が鎌首もたげる蛇の如く邪悪に伸び上がる。
 硬質な軍靴の音が聞こえてくる。軍靴の踵を打ち鳴らして歩み来るサーシャを待つ間ロンは一言も発さず、ただただ目を見開いていた。
 僕もまたサーシャの勇姿に目を奪われていた。
 ナチスの軍服がよく似合っている。
 考えてみればこれ程サーシャにふさわしい服装もない。
 人種差別主義者にして単一民族至上主義者、ドイツ第三帝国の野望に燃えて何百万人ものユダヤ人を強制収容所送りにしたヒトラーとサーシャの思想は極めて近しい。金髪碧眼のアーリア人をこの世で最も優れた人種と見るかロシア人をこの世で最も優れた人種と見るかの違いだけで、それ以外の人種を差別し迫害し嫌悪し唾棄し排斥する過激な言動は間違いなくヒトラーの流れを汲むものだ。
 「偉大なるロシア皇帝の顔を見忘れるとは呆れた猫だ。お前の主人の目を抉った男だぞ。忘れたならとくと覚えろ。私の名はサーシャ。かつて北の皇帝として君臨し今は所長の傍らに仕えて、貴様ら無能なる家畜を強制収容所もといコルホース送りにする役目を仰せつかった偉大なる皇帝の成れの果てだ!!」
 自嘲とも自虐とも付かぬ口調で高らかに宣言し、狂気の哄笑を弾かす。
 饒舌に自己紹介しながら大股に歩を繰り出す。
 その間も床を鞭打つ手は止めない。
 軍靴の音が近付いてくる。狂気の哄笑が大きくなる。ナチスの軍服に身を包んだ皇帝の目が爛々と輝きだす。
 憎悪にぎらつく薄氷の目。
 薄氷が砕けた下から憤怒が迸りそうに苛烈な眼差し。
 ロンは所長に跨ったままあんぐり口を開け茫然自失してる。ロン逃げろと声を限りに叫びたくとも僕自身呂律が回らない。僕は安田の背中を支えたまま、サーシャとロンの距離が徐徐に縮まりゆくさまをまんじりともせず見守るより他ない。今から駆け出しても間に合わない。靴音が止む。踵を揃えて起立するサーシャを前にロンがごくりと生唾を呑む。
 「サーシャ、お前」
 緊張の面持ちで第一声を発する。
 「頭がイカレてるのは前から知ってたけど、服の趣味だけはまともかと思ってたぜ」
 ………言ってしまった。しかも本人に。
 単刀直入、僕が最も指摘したいと思ってた箇所に突っ込んだロンをサーシャが冷え冷えと見返す。
 眼光の威圧。凍り付いたような沈黙。
 のっけから禁句を発したロンはしげしげとサーシャを眺め、感心したような呆れたような微妙な表情を浮かべている。
 否、「物珍しそうに」といった表現がいちばん妥当か。
 自分が所長に馬乗りになっていることも忘れたまま、脳天から爪先まで食い入るように軍服姿のサーシャを見つめては、極めて正常な一般人の反応として眉をひそめる。
 似合っているか否かは別として奇異なものを見る表情。
 即ち理解不能。
 「………皇帝を愚弄する気か、貴様」
 愚直すぎるが故に刺さる問いを投げられ、サーシャの声が氷点下で凍る。
 皇帝の高貴なる服装趣味を解さないとは嘆かわしいといった軽蔑の表情。
 怒りも露わに凄味を発散し、手にした鞭を振り上げようとしたサーシャを止めたのは能天気な笑い声。

 「あっははははははははははははははははははっはははははははは!!!偉大なる皇帝陛下にコスプレ趣味があったなんてびっくり仰天頭が真っ白になっちまったぜ!しかもナチスだあ?。マニア垂涎のナチスの軍服にかっちり身ィ包んで一体そりゃ何の真似だよサーシャ!体当たりで笑いとるつもりならお見事大成功だぜ。偉大なるロシア皇帝が他国の軍服着るなんざ祖国に対する裏切り行為じゃねーのかよ、他国に魂売り渡すような真似してロシア皇帝の誇りはどこへやったよ、棺桶に入れて土の中に埋めちまったのかよ?だいいちナチスの軍服着た自称ロシア皇帝なんざどこの国の人間だか皆目わかんねーっつの」

 ふと見ればレイジが腹を抱えて笑い転げている。
 発狂したような笑い方にこちらまで不安になる。
 床にひっくり返って手足をばたつかせ、かと思えば背中を仰け反らせて身を丸め、平手でバンバン勢い良く床を叩いて全身で笑いを表現するレイジにサーシャはおろか僕らも呆然とする。
 哄笑の発作に襲われてあちらへこちらへ転げ回る姿は滑稽を通り越して奇怪だ。
 怒りを通り越した恥辱にサーシャの顔が上気する。
 鞭を握りしめた手が不吉にわななく。
 睨み殺さんばかりに牽制するサーシャを無視し、空気を読まない王様はさらに無邪気に追い討ちをかける。
 「しっかりロシア皇帝からドイツの軍人に一ヶ月で早変わりなんざ波乱万丈の転落人生だな。退屈してねーみたいで羨ましいかぎり。何がどうしてそんな愉快なことになったんだか教えてくれよサーシャ。ちょっと見ねえあいだにお肌艶ピカの別嬪さんになっちまって、流氷の天使クリオネの化身かと思ったぜ」
 笑いすぎて酸欠寸前、大粒の涙を目にためたレイジがのたうちまわる。
 どうやらツボにはまったらしい。
 笑いの発作が終息するまでの気の遠くなるほど長い間、サーシャは鞭を握り締めてただじっと耐えた。
 怒りが沸点に近い兆候にこめかみが青筋立ち、鞭を握り締めた手がぎりっと軋む。
 歪めた唇の隙間から犬歯が覗く。
 レイジはまだ笑い止まない。
 サーシャの軍服姿を見るたび無限の笑いが込み上げてくるらしく、腹筋が痛くなってもまだ喉を引き攣らせて笑い続けている。
 「あははははははははははっ、おっもしれーなー。もう最高。ロシアの殺し屋おそろしあ、そういうあんたはドコのドイツ人?お前ホント最高だよサーシャ、わざわざナチスの軍服に着替えてまで体当たりで笑いとろうって魂胆ならあっぱれ大成功だよ。つーかなんでナチス?なんで軍服?ロシア皇帝の癖によー。節操なさすぎだろ、さすがに。ウラーロシア!ウラーツァー!って大威張りしてる癖にナチスのかっこいい軍服に憧れたりしちゃってたわけか、流行に敏感な皇帝サマは」
 「レイジ、もうそのへんにしとけよ……」
 一方的に笑いのめされるサーシャがさすがに不憫になったのか、このままでは笑い死んでしまうと不安になったのか、ロンがおそるおそるレイジに声をかける。
 サーシャは思考停止状態だ。
 怒りが沸点に達した証拠に極限まで見開かれたアイスブルーの目が漣だち、不規則な呼吸に合わせて軍服の胸が大きく上下する。
 瘴気を孕んだ銀髪がざわりと揺れる。
 全身から殺気が放たれる。
 「これは、私の趣味ではない」
 漸くそれだけ言った。搾り出すように。
 サーシャが哀愁漂わせて所長を見る。
 床に倒れ伏した所長が息も絶え絶えに命じる。
 「私の上に乗っている囚人を、どかせ」
 サーシャが動く。しなやかに振り上がった腕につられて宙を泳ぐ鞭、風圧。獲物に牙突き立てようと飛来した鞭を間一髪かわすロン、そのはずみに所長の上から転落して背中を強打する。サーシャは巧みに鞭を使いこなす。ナイフに勝るとも劣らぬ巧妙な腕捌きで死角を狙い、手首の捻りと返しを用いた変則的な動きでもって肩や脇腹や腿を打擲する。
 「死ね!皇帝を愚弄する輩は皆死ね、我がロシアがドイツに買収されたと法螺吹く者はギロチンの錆となれ!!」
 「誰も言ってねーよそんな事!?」
 サーシャの猛攻に翻弄されるロンを見るに見かねて叫ぶ。
 「狂人の妄想に惑わされるな、攻撃の回避に集中しろ!」
 サーシャが嬉々と哄笑しながら腕を一閃、腕の延長の如く鞭を操ってロンの肩を痛打する。囚人服の肩が裂けてロンの顔が苦痛に歪む。肩を打擲された痛みにも耐えて踏み止まるロンだが、怒り狂ったサーシャの剣幕に圧倒されてじりじり後退を余儀なくされる。  
 「鞭は卑怯だろ!?こっちは素手だぜ!!」
 ロンの非難にも眉一筋動かさずサーシャが腰を低めて突進、嗜虐の悦楽に酔った笑みが口元に浮かぶ。ロンが慌てて頭上で腕を交差させるも間に合わない、腕の防御をかいくぐった鞭が顔面にー……
 「!?っ、」
 無防備な背中に蹴りが炸裂する。
 レイジだ。
 「俺の事無視すんなよ。遊ぼうぜ」
 レイジが手招く。挑発。間一髪、鞭で額を割られて顔面が血まみれるになる惨事を免れてロンがへたりこむ。
 サーシャの背中を蹴って自分に注意を向かせたレイジがロンに顎をしゃくる。撤退の合図。ロンは唇を噛む。強情な顔つきでレイジを睨み返し、打たれた腕を庇って何とか立ち上がろうとするも、一歩ごとによろける始末で見ていられない。
 「相変わらず優しいな。飼い猫を逃す為に自分が犠牲になるか」
 サーシャが唇を吊り上げて嘲弄する。その手に垂れ下がった鞭を一瞥、レイジが感想を述べる。
 「ナイフから鞭にくらがえしたってわけか。浮気性の皇帝だな。お前にさわってもらえなくなったナイフが泣いてるぜ」
 「勘違いするな」
 サーシャが不機嫌に吐き捨てる。  
 「お前を殺さず嬲るにはナイフより鞭のほうが適してると気付いたまでだ。ナイフは出血が多い。まかり間違って失血死したらつまらない。鞭なら多少手荒いまねをしても血が流れすぎる事はない。幸いにして鞭の扱いも仕込まれているからな、私は」
 サーシャがうっすらと微笑む。肩で切り揃えた銀髪が誘うように揺れる。薄氷の目が冷え冷えと輝く。
 氷のような美貌。
 「ヤク抜きだけでそんなに変わるなんて奇跡だな」
 レイジが感心したように言う。 
 「地獄の苦しみの一ヶ月だった。この一ヶ月というものクスリ絶ちの禁断症状に苦しめられた。皮膚の下の血管を蟲が這う幻覚に苛まれて全身かゆくてかゆくて仕方が無かった。血管の中で蟲が蠢く幻覚で気が狂いそうだった。それでもお前を夢に見ぬ日はなかった。お前とまみえる日を夢見て地獄の苦しみにも耐え抜いた、お前を倒して北に帰る日を夢見てあの地獄から生還したのだ、私は!!」
 薄氷の目がぎらつく。氷の美貌に禍々しい表情が浮かぶ。
 「会いたかったぞ、レイジ」
 サーシャが官能の吐息に溺れる。
 完全に妄想の虜と化した悦楽の表情。
 優雅な動作で腕をさしのべ、抱擁の体勢をとる。
 両手を虚空にさしのべたまま無防備に歩み寄ったサーシャが、不敵に微笑むレイジの前で立ち止まり、麦藁の髪に指を潜らす。
 「ナイフを滑り込ませばたやすく千切れる藁の髪も」
 欲情を煽る指使いで藁色の髪をすくい、指に絡める。
 「刃が食い込めば血に染まる褐色の肌も」
 名残惜しく髪を放した指が褐色の首筋をたどり、シャツの襟刳りに潜り、鎖骨をこする。 
 「綺麗なだけが取り得の出来損ないの硝子の目も」
 シャツの内側に潜り込んで鎖骨をなでる手が不快なのか、うざったそうに顔を背けるレイジと逆にサーシャの行為はエスカレートする。
 「お前に会いたくて仕方が無かった。薄汚れた混血の犬に会いたくて気が狂いそうだった。お前のその混血特有の薄汚れた髪と肌と瞳が恋しくてたまらなかった。お前に会いたかった。お前を犯したかった。地獄の一ヶ月で正気を保てたのはお前の存在あったからこそだ。礼を言うぞ」 
 「所長の手下に成り下がったわけは?」
 サーシャの愛撫に息も乱さずレイジが聞く。
 「彼は『調教助手』だ」
 サーシャの代わりに答えたのは、漸く立ち上がった所長だ。
 ロンに押し倒されたはずみに乱れた髪と服を整えてから、眼鏡の奥の目に陰惨な光を宿し、僕らをねめつける。
 「調教助手?」
 どういうことだと安田を仰ぐ。
 傍らの安田は返答を拒否するかの如く無言で俯く。
 サムライと顔を見合わす。サムライもさっぱりわけがわからないと首を振る。疑問の眼差しを浴びた所長が、さも愉快でたまらないといった様子で声高に説明する。
 「彼はさる筋から斡旋された私の護衛兼調教助手だ。以前から思っていたのだ、東京少年刑務所の風紀を正すには私一人では手が足りないと。私は考えた。政府の信任厚いエリートとして派遣された私は残念ながら東京プリズンの内部事情に通じてるとは言えず、看守や囚人の中には私に反発を抱いてる者も少なくない。そこでだ」
 一呼吸おき、所長が満足げに微笑む。
 「囚人の中からこれはと思う人材を探し出し、私に代わる監視役に任命した。身内の中にスパイを紛れ込ませて規律違反の調査をするのは非常に効率が良い。実は本日の集会で彼を紹介するはずだったのだが……ハルの身を案じるあまりうっかり忘れてしまった」
 「サーシャの優先順位は犬に劣る。つまりサーシャは犬に劣る」
 事実を言った僕に、サーシャが射殺さんばかりの眼光を叩きつける。
 「誇り高い皇帝サマが所長に下る事をよくぞ承知したもんだ。いつからそんなに謙虚になったんだよ?」
 「お前を嬲る事ができるなら飼い殺しの辱めもあまんじてうけよう」
 「彼と私の動機は一致している。即ちレイジ、君を『嬲る』事だ」
 サーシャの傍らに歩み寄った所長の言葉に、今にも飛び出しかねないロンが拳を握る。
 「私と彼は実に共通点が多い。君を犬だと思っている。君に執着している。君を嬲る事に悦びを感じる。君を虐げて性的興奮を覚える。私たちの嗜好は実に似通っている。私の目的は君から『アレ』の在り処を聞き出す事だが、彼はただ君を嬲りに嬲って嗜虐の悦びに酔いたいと思っている。目的は違うにしろ動機と手段が同じなら良い主従関係が結べると思ってね」
 「主従だと?」
 サーシャの顔がひくつく。鞭を握った手に力がこもる。
 所長がよそ見した隙に鞭打ちかねない殺気が膨れ上がる。  
 「さる筋からの斡旋……?」
 嫌な予感がする。
 サムライも同じ疑問を抱き、眼光鋭く視聴覚ホールを見回す。
 所長の扇動で囚人があらかた消えた視聴覚ホールは深閑としてる。
 残っているのは僕たち四人の他には安田、所長、サーシャ、そして……
 「いたのか、リョウ」
 「いたよ!今気付いたのかよ!」
 「リョウさんおさえておさえて!」
 二十メートル離れた場所にへたりこんだリョウが半泣きで抗議するのをビバリーが宥める。
 リョウとビバリーはどうでもいい。
 いてもいなくてもどうでもいい存在だ。
 一旦二人に止めた視線をまた移行させ、広大な視聴覚ホールを見回す………
 ハッとする。
 視聴覚の出入り口付近の壁に凭れている人影が二人。
 一人は額にゴーグルをかけた少年、出入り口を挟んだもう片方の壁に寄りかかっているのは………
 今時七三に分けた髪形、聡明に秀でた額、野暮ったい黒縁眼鏡の奥では柔和な目が微笑んでいる。   
 セールスマン風の地味な容姿を囚人服に包んだ男が、僕の視線に気付いてにこやかに会釈する。
 壁から背中を起こして歩き出す。
 大股に歩き出した男に続きゴーグルの少年もまた軽快な足取りで歩き出す。
 「!」
 二人の接近に気付いたロンが危うく声をあげかけ、ぐっと飲み込む。
 「………」
 サムライの目が胡乱に細まる。
 「………策士だな。あそこでずっと見ていたのか」 
 安田が冷静に評価する。
 「同感だ。いざ事が起こるまで、否、事が起こってからも部外者のふりをしていたのか」 
 苦々しく吐き捨てる僕の視線の先、ふてぶてしい足取りで接近した七三分けの男がサーシャを卒なく賛美する。
 「その軍服お似合いですよ、サーシャくん」
 「………他国の軍服など着たくはなかった。汚らわしい」
 「お兄さんとお揃いが良かった?」
 「!なっ、」
 サーシャの顔が赤くなるのを横目で捉え、笑いを堪えて僕らに向き直ったホセが、悪びれたふうなくいけしゃあしゃあと宣言。
 「そうですとも。サーシャ君を調教助手に推薦したのは何を隠そう我輩ホセですとも」
 「さあ、なにかご質問は?」というように威厳たっぷりに僕らを見回す。
 レイジが手を挙げる。
 「はいレイジ君」
 「サーシャをお持ち帰りして一ヶ月たっぷり洗脳調教したあげく所長に売り渡すなんざ何考えてんだ?ぶっちゃけすげー迷惑」
 「遠路はるばる東京プリズンに来られた所長へ心尽くしの『貢ぎ物』ですよ」
 サーシャが何か言いかけて口を噤む。その反応からして弱味を握られてる疑いが濃厚だ。
 「なにを企んでるんだ?」
 「企んでるだなんてとんでもない。我輩はただ所長とお近づきになりたいだけです。所長と懇意になっておけば何かと融通利かせてもらえるかもしれませんし、今後の南棟の事を考えるなら貢物のひとつやふたつ捧げても惜しくはありません」
 嘘か誠かわからない。
 人を食ったホセの隣にはヨンイルがいる。床にしゃがみこんだ僕のそばに駆け寄り、ぎょっとするほど近くに顔を突き出す。
 「直ちゃんだいじょぶか?どこも怪我ないか?」
 「……眼鏡がおちた」
 「割れてへんなら大丈夫」
 「待て。君はずっとあそこにいたのか。出入り口付近で僕らを眺めていたのか」
 興奮のあまり胸ぐら掴んで詰問すれば、ヨンイルが弱りきった半笑いを作る。
 「いやー。直ちゃんが鞭打たれたらそっこーとびだしてこー思うたんやけど、サムライなら別にかまへんかなーって……ほら、殴られた恨みもあるし」
 「……僕以外は本当にどうでもいいんだな」
 サムライの顔が険しくなる。たははと笑うヨンイルに脱力、ばかばかしくなってその胸ぐらを突き放す。
 「ちょうどよい具合に全員揃ったな」
 不吉な呟きに全員揃って顔を上げる。縁なし眼鏡の弦を押し上げて所長がほくそ笑み、安田、ヨンイル、レイジを見詰める。
 「安田」
 即座に立ち上がる安田。腕の怪我が痛むのか姿勢が前屈みになっている。
 「今を去る事一ヶ月前、所長の許可なくジープを運転して砂漠に出た罪は重い。おまけに君の乱暴なせいでエンジンが故障してしまった。ヨンイル」
 続けて名指しされたヨンイルが、「しゃあないなあ」と渋々立ち上がる。
 「君はバスを暴走させた末に事故を起こした。バスは大破してエンジンが故障、タイヤを全交換するはめになった。窓ガラスもだ。刑務所の管理に従うべき立場の囚人がバスを強奪して暴走するとは重罪に値する」
 一呼吸おいてレイジに向き直る。
 眼鏡の奥の目が一層鋭い光を帯びて細まる。
 「最後にレイジ。君は規則違反だとわかっていながら副所長が運転するジープに同乗し、強制労働時間外に砂漠に出た。囚人が強制労働時間外に砂漠に出るのは脱獄を意図した重大な規則違反だ」
 安田、ヨンイル、レイジの順に並んで立たされた三人の反応は三者三様だ。
 安田は重く責任を感じて所長の言葉を受け止めている。
 エリートの規範たる誠実な態度。
 悄然と項垂れた様子から反省が窺える。
 その隣のヨンイルは至って飄々としている。
 所長のお説教もどこ吹く風と鼻をほじり、「お、でかいのとれた」と指先で捏ねて、事もあろうにサーシャに狙いをつける。
 ヨンイルが指で弾いた鼻くその弾丸は放物線を描いてサーシャへと飛んだが、サーシャの眉間を穿つ前に鞭の一振りで撃ち落とされた。
 「ちぇ。さっちゃんのいけずぅ」
 ヨンイルが舌打ち。
 レイジは黙っている。
 欠伸を噛み殺すような退屈な表情から余裕が窺える。
 挑戦的ともとれる大胆不敵な態度には反省のかけらもない。
 絡み付くようにいやらしい視線で三人をなぶり、所長が決定を下す。
 「今呼ばれた者は所長室に来い。罰を下す」
 「!そん、な」
 ロンが叫び、衝動的に所長の方へ駆け出そうとする。
 「なんでだよ、なんでレイジとヨンイルだけなんだよ!?俺だって安田が運転するジープに勝手に飛び乗ったのに何でお咎めなしなんだよ、ずりーだろそんなの、罰を与えるなら俺もっ………」
 相棒ひとりに罪を負わせられないと胸に手をあて主張するロンを無関心に一瞥、ついでのように言う。 
 「忘れていた。君もいたんだな。君もお仕置きされたいのかね?」
 露骨な嘲弄にロンがぐっと押し黙る。
 体の脇で拳が震える。
 今にも殴りかからんばかりの剣幕のロンを放っておけず、安田やヨンイルやレイジが罰則を破ったのはそもそも僕のせいだという自責に突き動かされ、僕もまたサムライの制止を振り切ってロンの隣に並ぶ。
 「待て、所長。彼らは僕を助けにきたんだ。万一彼らが救出に来なければ僕の手当ては遅れて死に瀕していた、最悪死亡していた。彼らが規則を破ったのは僕を救出する為、ならばとうぜん僕にも罰則が適用されるべきじゃないか!?」
 「実に美しい友情だ。我が身を挺して互いを庇いあうとは……感動した」
 言葉とは裏腹にさめきった口調で嘯き、所長が音のない拍手を送る。
 「いいから引っ込んでろよ鍵屋崎、お前は関係ねーよ!」
 ロンが唾を飛ばして怒鳴る。
 「関係ないとはなんだ。そもそも今回の出来事は僕の原因だ、関係ないことがあるか愚か者。安田がジープを走らせヨンイルがバスを盗みレイジと君がそれに便乗したのは拉致された僕を救出する為だ、ならば最も罪が重く罰が厳しいのは行動方針を決定づけた僕だ。どうだ、納得したか」
 「納得しねーよ!」
 「天才の言う事を聞け」
 「理不尽だ!」
 「理不尽なのは君だ」
 どこまでも強情なロンに苛立つ。
 僕の言う事は間違ってない。絶対に間違ってない。
 安田、ヨンイル、レイジ、ロン。
 彼らが極端な行動に出たのは全て僕の責任だ。
 彼らを極端な行動に走らせた原因は他の誰でもなく「僕」なのだ。
 間接的だろうが直接的だろうが僕が規則違反に関係しているなら責任をとるのが当たり前だ、僕とて一端の責任を担うのが当たり前だ。彼ら四人に罪を負わせられない、彼らだけに責を課させたくない。
 ロンの肘を掴んで強引に引き下がらせ、入れ替わりに前に出る。
 眼鏡のブリッジにふれて冷静さを保ち、屹然と所長と対峙する。

 所長と目が合う。
 視線が絡まる。
 爬虫類に似て陰険な双眸が細まる。

 所長の目を真っ直ぐに見つめ、一言一句に真実の重きをおいて説得する。
 「彼らはただの馬鹿だ。天才の言動に影響された凡人どもだ。行動の引き金となった僕こそこの場でいちばん責められるべき人間だ」
 「直の言い分も一理ある」 
 いつのまにか隣にサムライがいた。
 火傷が癒えてない体を僕の身代わりに鞭打たれ、焼けるような激痛に苛まれながらも、僕の隣に立つ。
 「……お前が罰をうけるなら、俺も付き合う」
 サムライの申し出に息を呑む。 
 「正気かサムライ、まだ怪我も癒えてないのにっ……」
 「この程度の怪我などかゆくもない。折檻には慣れている。共に死線をくぐった仲間と痛みを分け合うのは武士の誉れだ」
 動揺する僕を優しく眺め、後悔の翳りがどこにもない清冽な笑顔を見せる。
 研ぎ澄ました刀の如く強靭な意志に支えられた姿勢。
 「彼らはこう言っているが、君らも同意見かね」
 茶番に飽き飽きした所長が安田たちに意見を求める。
 安田とヨンイルとレイジ、三人が顔を見合す。
 言葉はない。
 目配せだけですべてを了解した空気が漂い、安田が最初に口を開く。
 「……所長。鍵屋崎は少し頭がおかしいのです」
 衝撃。
 「なっ!?」
 愕然。
 待て安田は今なんて言った事もあろうに僕の頭がおかしいとそう言ったのかこの天才を侮辱したのかIQ180の頭脳に対する挑戦か挑発かどういう意味だ凡人の分際で?
 何か言葉を発しようとしたが、あまりに意外な人物からの人格攻撃に衝撃が先立って反論が紡げない。 
 「彼はとても自己主張が強く、常に自分が中心じゃないと気が済まない性格なのです。だから『今回の事件の原因は自分だ』などと甚だ不条理かつ理不尽な事を言い張って注意を引こうとしているただの自己顕示欲旺盛な問題児です。彼の主張は全くの妄想です。妄言です。この際無視してください」
 妄想?
 この僕が妄想に駆られて証言を捏造したなどと侮辱も甚だしい、もう許せない。
 拳を振り上げ安田に抗議しようとして、
 「直ちゃんはむかしっから妄想激しい子ぉさかいなあ。相手すんのも疲れるわ」
 ……ヨンイルまでも敵に回った。
 「所長はん、直ちゃんの言うた事ぜーんぶ大嘘や。気にせんといて。あ、ロンロンとサムライも無実やから。今回の件にはまーったく関係あらへんから。俺がバスジャックしたのはホンマ、安田はんが盗んだジープで走り出したのはホンマ、レイジがそれに飛び乗ったんはホンマ。せやけどここまで、はいストップ!悪いのは俺たち三人や。規則破りを責めるんなら完全に黒てハッキリしとる俺たち三人にしときィ。せやないと他の囚人からも所長は不公平やて反感買うで?」
 ヨンイルと目が合う。僕にむかって片目を瞑ってみせる。
 何も心配することはないといった明るい表情に不安がいや増す。 
 ヨンイルは道化を装って僕を安心させようとしている。あくまで自分を含めた三人で罰を請け負おうとしている。僕とサムライとロンに危害が及ばないよう必死に機転を利かせて口裏を合わせる。

 『Only King knows the truth.』
 流暢な英語の発音に全員がそちらを向く。

 ヨンイルのパスを受け、「任せとけ」とばかりに不敵に笑み、レイジが後を続ける。
 「ロンとキーストアとサムライは白、俺とヨンイルと安田は黒。規則違反者はここにいる三人だけだ。お仕置きすんのは俺たち三人だけにしといたほうが身の為だぜ?」
 僕たちに手を出したら承知しないと言外に脅迫し、安田とヨンイルと共に睨みを利かせる。
 「……レ、んぐぅっ!?」
 「黙っていろ」
 違う、そうじゃないと暴露しようとしたロンの口をサムライが塞ぐ。レイジが我が意を得たりと頷く。
 サムライの腕の中で顔を真っ赤にして暴れるロン、ロンを押さえ込むサムライもまた苦渋の色を濃くして押し黙る。
 今ここで「違う」と否定するのは簡単だ。
 彼らと一緒に罰をうけるのも。
 しかし当の本人たちがそれを望んでいない、当の本人たちが協力して僕らを嫌疑から外そうとしているのに「違う」と叫ぶのは彼らの配慮を踏みにじることになる、彼らの思いを踏みにじることになる。
 「……………っ、」

 僕は卑怯だ。
 卑劣な人間だ。
 彼らが優しいことがわかっていて、その優しさに甘えようとしている。
 それこそが彼らのいちばんの望みだからと、真実より尊いものだと悟ったふりで、彼らを見捨てようとしている。 

 「ふむ。なるほど。規則違反者はここにいる三人のみか。本人たちが言うならそうなのだろう。安田、ヨンイル、レイジ。君たち三人の連帯責任で罰をうける覚悟があるというなら、私は至って構わないがね」
 所長が喜悦を滴らせて振り返り、退屈げに鞭を弄ぶサーシャを手招く。
 嫌な予感。
 所長に招かれたサーシャが足を進める。片手に垂れ下がった鞭があやしく揺れる。黒革の眼帯で覆われた顔の半分の表情はよく見えないが、もう半分は邪悪な愉悦に歪んでいる。
 顔に垂れた銀髪の奥で薄氷の目が輝く。
 サーシャが隣に立つのを待ち、所長はもったいぶって口を開く。
 「助手の初仕事だ。三人の調理法を考えろ」
 所長がサーシャの肩に手を置く。
 薄氷の目が恍惚と濡れる。
 嗜虐の悦びに蕩けた表情で安田を見、ついでヨンイルを見、いやらしく唇を舐め上げる。晩餐に預かる蛇の如く唇に舌を這わして湿らせたのち、三番目の人物に視線を移す。
 薄茶の目と薄氷の目がぶつかる。
 サーシャはじっとレイジを見る。視姦する。その睫毛の一本一本が自分の物だというような執拗さでもってレイジの顔を注視、その造作を目に焼き付けて物欲しげに反芻し、形良く尖った顎から引き締まった首筋へと至る輪郭を愛撫する。
 サーシャの肩を抱く手に力を込め、声音を低めて所長がけしかける。

 「身の程知らずな家畜に身の程を知らすには生半可な折檻では足りんようだ。……となれば君の腕の見せ所だ。是非とも南の隠者に仕込まれた躾を施して身の程を叩き込んでやってくれ。遠慮はいらん。容赦もいらん。道具の使用も許可する。鞭でもナイフでも蝋燭でも何でも自由に使っていい。レイジには聞きたい事がある。安田には使い道がある。ヨンイルはどうでもいいが、死体の始末が面倒だからなるべくなら半殺しか生殺しにとどめてほしい」

 サーシャが凶暴に犬歯を剥く。
 「望むところだ」
 所長の手を跳ね除けておもむろに歩き出し、レイジの至近で立ち止まる。
 無造作に手を伸ばして顎を掴み、強引に顔を上げさせる。
 唇が触れ合う距離に顔を突き出し、官能の吐息にまじえて宣言。
 「隠者仕込みの手管で快楽の虜にしてくれる。三人とも皇帝の奴隷にしてやろうぞ」
 皇帝は愛を囁くようにそう言った。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050418002753 | 編集
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