ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十一話

 胸騒ぎがやまない。
 「……………っ」
 胸が痛い。
 上着の胸を掴み、落ち着かない気分で前方に迫った焼却炉を見上げる。
 はるばる砂漠を越えて歩き続ける事五分か十分、距離が縮まるに比例して焼却炉がどんどん大きさと不気味さを増して視界を圧迫する。
 近くで見る焼却炉はなおさら奇怪な施設だった。
 大小無数のパイプをはじめ俺にはさっぱり仕組みがわからない機械装置が寄り合わさった外観は工場に似ている。
 ……にしても馬鹿げた大きさだ。
 「どっかで見たことあるなあて思うたら」
 ヨンイルが驚嘆を禁じえない様子で小手をかざす。
 「宇宙戦艦ヤマト?」
 「古すぎるぞ」
 「せやかて似てるやん」
 安田の指摘に興ざめしたヨンイルが不満げに唇を尖らす。
 俺は口を開けっ放しに呆然と焼却炉を眺めるばかり。
 変な話だが、入所時からずっとイエローワーク所属だった俺がレッドワークの仕事場を目の当たりにするのは掛け値なしにこれが初めてだ。基本的にレッドワークの囚人を除いて焼却炉が何処にあるか知らない。仲間内の結束を固めるためだかトラブル防止のためだか知らないが、焼却炉の場所を他部署の連中に漏らさない暗黙の掟が存在するのだ。だいたい東京プリズンを囲む砂漠自体が途方もなく広い。まるごと一つの区を呑み込む面積のどこらへんに焼却炉があるかなんて定時に出るバス以外に移動手段を禁じられた囚人は突き止めようがない。
 焼却炉の威容に気圧されるでもなく眼鏡のブリッジに触れ、安田が口火を切る。
 「ピエール・ブールの『猿の惑星』だな。作中では自由の女神だったが、ここでは前世紀の首都のシンボル東京タワーだ」
 「東京タワー?なんだそれ」
 口を挟んだ俺を眼光鋭く刺すように一瞥、安田がため息を吐く。
 「そういや聞いたことある。むかし東京のど真ん中に趣味の悪い真っ赤な塔があってシャアこと赤い彗星て呼ばれとったって」
 「昔の話だ。スラムを除いて電線が地下に潜った現在では東京タワーも存在意義をなくした。……ちなみにシャアとは呼ばれてない」
 真っ赤な塔でぼんやり思い出す。
 一年と半年前、俺がジープに乗ってここに連れてこられる時にちらっと見た光景……砂に埋もれて錆び付いた円錐形の物体、羅針盤の針みたいに尖ったてっぺんで一点を突き刺した廃墟の塔。
 安田が言ってるのは多分アレのことだ。
 ジープですぐそばを通り過ぎた時、酔っ払い看守が口走った台詞をかき集めてみる。
 『てめえらスラム生まれの在日連中は知らねえだろうが、砂漠のど真ん中に鉄骨の骨組み曝け出して横倒しになってるあの真っ赤な塔はむかしむかし東京のシンボルで、世界中からわんさと観光客が押しかけたんだ』
 『上には展望台があって望遠鏡を覗きゃあ都心一帯が見渡せたんだ』
 『今じゃあのザマよ。むかしむかし東京中に電力を供給してた送電塔の王様も時代の衰勢には逆らえず、都心のスラム化・砂漠化に伴って廃棄されちまった。用済みの烙印を押されて砂漠のど真ん中に捨てられちまった忘れ去れし時代の落とし子さ』
 『お前らと一緒だな。ニーハオ先輩って挨拶しろよ、ははははははははっ』

 …………胸糞悪くなった。
 変な話題を振った安田を呪う。
 「なんで突然東京タワーなんだよ?」
 トラウマを刺激された俺がつっかかれば、安田が焼却炉をこえて遥か遠方に視線を飛ばす。ごまかしてんのかと気色ばんで視線を追えば、焼却炉もこえた遥か遠方、砂の中からちょこんと尖塔を覗かせている赤錆びた物体が目にとびこんでくる。
 そうか。ここからなら東京タワーが見れるんだ。
 「……『猿の惑星』は作者の実体験をもとにして書かれた話だ」
 感情をまじえぬ口調で淡々と話しだす安田の表情には、ただ事実だけをありのままに物語る酷薄さが漂ってる。
 「ピエール・ブールは第二次大戦中捕虜として日本軍にとらわれて虐待を受けた。黄色い猿と侮っていた劣等人種に蔑視されていたくプライドを傷付けられた彼は、そのトラウマを虚構の中で語り直して失われた尊厳を回復するために『猿の惑星』をしるしたと言われる」
 ……捕虜と囚人を同一視してるのかとひねくれた副所長に反感を覚える。まあ、扱いは捕虜のほうがイイくらいだが。
 安田と鍵屋崎が親しいワケがすとんと腑に落ちた。
 要するに価値観が近いのだ。今のなんていかにも鍵屋崎が吐きそうなヒネた台詞じゃないか。
 「喪失と再生は今も変わらぬ文学の命題だ。一種の自慰行為とも言える」
 ほらな。
 先にしびれを切らしたのはヨンイルだった。
 「猿の惑星はどうでもええっちゅねん、猿は猿でもサイヤ人以外の猿に興味あらへんさかい俺は!!」
 時と場所をわきまえぬ薀蓄語りに激怒したヨンイルがやぶからぼうに先頭きって走り出す。
 砂を蹴立てて走り出したヨンイルが向かう先は焼却炉内部に通じる鋼鉄の歩道橋だ。息をもつかせぬ二段とばしで階段を駆け上がるヨンイルを追い、俺たちも走り出す。
 鋼鉄の歩道橋を一息に駆け上がる。
 歩道橋の遥か先に焼却施設への出入り口がある。出入り口めざしてひた走るヨンイルの顔に焦燥が滲む。
 俺の足も自然と速まる。
 俺に付かず離れずのレイジはへたな口笛を吹いている。
 毎度おなじみのストレンジフルーツ……哀愁を誘うメロディー。 
 「こんな時に口笛なんか吹くなよ、鍵屋崎の一大事だってのに不謹慎なヤツだな!」
 「景気づけだよ」
 「わけわかんねえ!」
 コイツほんとに鍵屋崎のこと心配してんのかよと疑問が再発する。さっきは情にほだされちまったが、でも……
 レイジをすっ転ばしたい欲求をぐっと堪え、躍起になって足繰り出すのに専念する。
 「無事でいろよ、鍵屋崎、サムライ」
 思わず声に出し、ガラにもなく祈りを捧げる。
 俺の手に十字架があれば揉みしだいていた。
 ズボンのポケットに片手を突っ込み、十字架の代わりに麻雀牌を握る。緊張でじっとり汗ばむ手に牌を握り込み、鍵屋崎とサムライが無事でいるようただそれだけを一心に念じる。
 かつて俺を助けてくれた麻雀牌に祈りを込める。
 かつてレイジを助けてくれた麻雀牌に縋る。
 一度あることは三度ある。
 一度目と二度目の願いを叶えてくれたんだから今度もまた仲間の命を救ってくれと図々しい期待を抱く。
 がめついな、俺。
 ばちあたりだな、俺。
 ふと隣を見る。道化じみた所作で唇を窄めて口笛を吹くレイジ。
 壊れたハーモニカのような不協和音が流れる中、おそらくは無意識に胸元をまさぐり、不安をごまかすように十字架を握り締める手。
 「レイジ、おまえ……」
 褐色の手が十字架を握るのを見て、おちゃらけた態度の裏にひそむものを汲み取る。
 表面上は平静を保ち、余裕綽々大胆不敵な風情でもって鷹揚な笑みを浮かべた王様が、どこか自分に言い聞かせるように呟く。
 「鍵屋崎は生きてる。サムライもだ。俺が言うんだから間違いない。安心しろよ、ロン」
 敏捷性と瞬発力に優れた豹のごとく軽快に床を蹴り、身を切る風に髪と裾をなびかせ、鮮烈な残像を刻み付ける。
 毅然と前を向いた顔に光あるほうをめざす笑みを浮かべ、優雅な睫毛に飾られた双眸に闘志を宿し。
 「Anyone who believes will be saved.」
 不敵に断言。
 「日本語か台湾語で言え」
 「『信じるものは救われる』さ」
 無敵の笑顔。
 ……レイジに言われるとどんな不可能な事も信じたくなってくるから不思議だ。
 信じるものは救われると口の中で繰り返し己を奮い立たす。
 大丈夫、鍵屋崎もサムライもちゃんと生きてる。
 俺たちがまた食堂で笑い合える日は必ずくる。
 あの鍵屋崎が簡単に死ぬはずねえ、あのサムライが簡単に殺られるわけねえと一直線に思い込む。  
 焼却炉の出入り口が見えてきた。
 レイジを伴いスピードを上げる。
 息が切れる。胸が痛い、苦しい。
 俺はただがむしゃらに走る、体力尽きてぶっ倒れても構わないとやけくそで足を繰り出し盲目的にすっとばす。
 どうかどうか間に合ってくれ、間に合ってくれ手遅れになる前にとポケットの中で砕けそうな力を込めて牌を握り締めて気も狂わんばかりの焦燥に苛まれて祈り続けるー……
 出入り口まであと五十メートル、三十メートル、十メートル……
 「!」
 入り口一歩手前でヨンイルが急停止。
 こちらに背中を向けたヨンイルの隣、安田もまた感電したように立ち止まる。
 なんだ?どうしたってんだ?
 二人の急変に頭が混乱、最悪の予想がにわかに現実味を帯び始める。ヨンイルも安田もどうして止まっちまったんだ、すぐそこの入り口をくぐれば鍵屋崎に会えるってのに、鍵屋崎を助けられるってのに………
 まさか。
 「あかん。手遅れや」
 入り口の向こうに眼を据えたヨンイルが茫然自失の体でひとりごちる。
 全身がそわりと粟立つ。
 「―――っ、サムライ、かぎやざきィいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
 そんな馬鹿な。
 俺たちが間に合わなかったなんて嘘だ冗談だと言ってくれ鍵屋崎をみすみす見殺しにしたなんてサムライが死んだなんて二人して炉の泡になったなんてそんなー……そんな馬鹿げたことあってたまるかよ、たらふく砂を呑んで全身に擦り傷作って足を棒にして迎えにきてやったのに!!

 瞼の裏を過ぎる凄絶な光景。
 真っ逆さまに落ちていく鍵屋崎と虚空でその体を抱きしめるサムライ、そして二人は炉の藻屑にー……
 蒸発。
 跡形もなく。
 俺の手が届く前に、

 『没想到!!』
 『shit!!』 
 俺は台湾語でレイジは英語で毒づき、残り十メートルで気力体力を振り絞り猛然とすっとばす。
 ヨンイルも安田も入り口前に突っ立ったままそこを動こうとしない。 虚脱した様子で立ち竦む二人の視線の先に何があるのか『あかん手遅れや』腑抜けた呟き『手遅れや』鍵屋崎サムライ二人は死ー………
   
 いやだ。
 おいてかないでくれ。
 
 「くそっ、くそっ、くそっ!俺をおいてくなんて承知しねえぞ鍵屋崎とサムライ、ダチに一言も告げずあの世にサヨナラなんてふざけんじゃねえぞ、あの世が行き先なら『再見』だって使えねーじゃんかよ!!」
 喉から嗚咽が迸る。瞼がじんわり熱くなる。視界がぼやけるのは涙腺が脆くなったせいだろうか。鍵屋崎いかないでくれサムライいかないでくれ俺はさんざん世話になりっぱなしで借りひとつも返せてねえのにこんな別れ方なしだなしだよ畜生くそったれども!!
 永遠ともおもえる道のりを走破して出入り口に到着、棒立ちのヨンイルを乱暴に突き飛ばす。
 我を忘れて焼却炉の中に駆け込もうとした俺の肩を後ろから誰かが掴みその手を振り払おうとー……

 「………遅参だな」
 奇跡が起きた。

 正面に向き直り、絶句。
 出入り口の向こうに人影が現れる。
 みすぼらしいボロを申し訳程度に纏った長身痩躯の男が、全身至る所に火傷を作り皮膚を爛れさせ、満身創痍の風体でよろめきでる。
 凄惨な……あまりに凄惨な変わりよう。
 気力が枯渇しきったその面構えに圧倒される。
 落ち窪んだ眼窩では激情の残滓が燻っているが、あくまでそれは残滓にすぎず、眼つきに切れが感じられない。 
 何より驚いたことにサムライの髪がざっくり短くなっていた。
 無精で伸ばしていた髪をざっくり切り落としたサムライはすっかり別人に見えた。
 髪と一緒に何か大切なものまでも切り捨てたような、いつぶっ倒れてもおかしくない廃人一歩手前の虚ろな様子。
 『好!』
 衝撃が去ったあと、入れ替わりに込み上げたのは生きてサムライと再会できた喜び。
 「生きてたのかよサムライびっくりさせんなよレッドワークから帰ってこねえからすっげえ心配してたんだぜ、にしてもすげえカッコだな、囚人服が燃えちまってほとんど裸で……うわ、ひっでー火傷!切り傷も!なんだこれ静流にやられたのかアイツがやったのか絆創膏はどこ、」
 「鍵屋崎は!?」
 冷静さを失い安田が声を荒げる。
 サムライは殆ど表情を変えず、自分が背負ったものを示す。
 サムライの背におぶわれていたのは鍵屋崎。上着の脇腹には血が滲み、額には苦痛の汗が滲んでいる。
 「直ちゃん!!」
 ヨンイルが跳ね起きる。
 安田とヨンイルが同時に駆け寄るのを待ち、怪我にさわらないよう細心の注意を払って意識のない鍵屋崎を背中から下ろす。
 そこで不測の事態が起きる。
 意識がないにも拘わらず鍵屋崎がサムライの上着を握ったまま放そうとしないのだ。
 大部分が燃え落ちた上着の切れ端を掴んだ鍵屋崎の寝顔は、疲労の色こそ拭えないものの不思議と安らかだった。
 上着の端切れを握ったまま慎重に床に寝かされた鍵屋崎の傍らに屈み、ヨンイルが詫びる。
 「直ちゃん聞こえるか直ちゃん、西の道化が助けにきたったで。ホンマ遅れてごめん、出遅れてごめん、直ちゃんが辛いのにそばにいてやれんですまん……手塚治虫に顔向けできんわ、ホンマ……」
 端切れを掴んだ手に手を重ね、そっと握ってやる。
 鍵屋崎の手を優しく包んだヨンイルがひたとサムライに向き直り、安堵に和んだ顔を厳しく引き締める。
 「ヨンイル、サムライを責めるな。サムライは十分よくやったよ。体じゅうボロボロになって火傷して、それでも鍵屋崎の身だけは守り抜いたんだ。ちょっとばかし傷が開いた位で死にゃしねーよ、縫い直せばすむこった。見たところ腸だって漏れてねーし鍵屋崎だってピンピン……は、してねーけど。ちゃんと息はしてっし、生きてるだけで万々歳だろ?」
 一触即発、険悪なヨンイルの前に腕を広げて立ちはだかる。
 正直鍵屋崎はとても無事と呼べた状態じゃないが、サムライの背中に全体重を預けきったアイツを見て、俺はなんだかとても安心してしまったのだ。
 鍵屋崎の怪我の心配よりも助かった安堵のほうが大きい俺が割り込めば、レイジが「いいからいいから」と気軽な調子で肩を引き戻す。
 サムライとヨンイルの睨み合いは続く。
 いや、正確にはヨンイルが一方的に睨み付けているだけだ。
 サムライはどこか心ここにあらずといった茫漠の眼差しを虚空に注ぐのみ。
 突然ヨンイルが立ち上がり、正面切ってサムライと相対する。
 挑戦的な態度でサムライと対峙したヨンイルがすぅと深呼吸、思わぬ行動をとる。
 額に手をやりゴーグルを外す。
 精悍に吊り上がった双眸にどこまでも潔い光を宿し、真剣に口を開く。
 「直ちゃん助けてくれて、えらいおおきに」
 ヨンイルが深々頭を下げる。最大限の感謝を込めた口ぶりは道化の名に似つかわしくない誠意があふれていた。
 「………正直悔しいけど直ちゃん守ってくれた事には礼を言うわ。おどれがいなかったら今頃直ちゃん蒸発しとった。火の鳥のように蘇る事なく炉に沈んだまま浮かんでこんかった。そんなのイヤや。俺は耐えられん。直ちゃんは俺の大事なダチや。直ちゃんがそんな死に方するのイヤや、絶対に。せやからサムライ、あんたにはものごっつ感謝しとる。出遅れた俺に代わって直ちゃんをしっかり守ってくれた、今度という今度こそきっちり約束守ってくれた。……すごいわ。カッコよすぎや。俺の出番ないやん」
 ヨンイルは冗談めかして苦笑するが、その笑みには少なからず本気が含まれていた。
 何かを吹っ切ったヨンイルのそば、手際よくネクタイをほどいた安田が止血を施す。
 オールバックが崩れ、前髪がかかった双眸に思い詰めた光を宿し、完璧に応急処置を施す。
 「……怪我は浅い。ひとまずこれで安心だ」
 安堵の吐息を漏らし額の汗を拭う。
 血に濡れた手でなすった額に赤い筋が付く。
 治療を終えた安田がどこかためらがいちにサムライに向き直り、弁解がましい早口で付け加える。
 「君は体力を消耗している。鍵屋崎の運搬は私に任せてほしい。この中における最年長者でもあり副所長たる私には無事囚人を送り届ける義務がある。どうか鍵屋崎を抱かせてくれ」
 サムライが首肯する。
 サムライに許可を得た安田は救われたような様子で鍵屋崎の体を抱き上げる。
 鍵屋崎を仰向けに抱き上げれば、意志を失った四肢がだらりと垂れ下がる。
 「…………おかえり」
 この上なく脆く壊れやすいものを扱うような臆病さで鍵屋崎を腕に抱き、恥ずかしげに俯く。
 安田をぼんやり見つめるサムライに無防備に歩み寄り、何気なく王様が聞く。
 「別嬪のいとこはどうしたんだ」
 「……死んだ」
 サムライが簡潔に答える。
 ヨンイルと安田がハッとする。俺も衝撃に言葉を失う。
 「俺が殺した」
 「事故だ。今回の件は不幸な事故として処理される。炉に落ちたのなら遺体の回収は不可能、よって君が静流を殺したという証拠はどこにもなく事件自体が成立しない。看守一名を殺害した上に医師と看守に傷害を働き重態患者を拉致した凶悪犯だ、もとより彼が生き残る可能性は低かった。君を倒して生き残っても看守に殺されるのは避けがたく私もまたそれを防げなかった」
 腕に抱いた鍵屋崎の重さを確かめるように力を込め、あどけない寝顔に微笑ましく目を細める。
 「君のせいではない。君は全身全霊で直を救ってくれた。……副所長として感謝を」
 「副所長」の前に別の言葉を言おうとして慌てて嚥下したような一呼吸の間があった。
 サムライはぼんやりしていた。
 髪と一緒に魂の一部も蒸発してしまったかのような放心状態で立ち尽くしていた。ヨンイルの礼も安田のフォローもサムライを覚醒させるには至らず、意志の光が失せた空洞の目で虚空を見据える。

 なんて声をかけりゃいいかわからなかった。
 拙い言葉でサムライを救える自信がなかった。

 重苦しい沈黙に居心地悪さを感じてポケットに手を突っ込む。
 くしゃくしゃの紙くずが指にあたる。
 紙の感触で思い出す。いつだったかリョウの房に行く道すがら静流とすれ違ったとき、気まぐれに手渡された折鶴のことを。
 いまさらこんな物渡してどうなる?
 なにもかもすべて終わっちまった後になって。
 躊躇はあった。葛藤もあった。激しく首を振ってそれ全部かなぐり捨てた。慰めにはならない。励ましにもならない。
 でも。
 「サムライ」
 最大限の勇気を振り絞り声をかける。
 沈黙の重圧で口の中がからからに渇いていた。
 ごくりと生唾を呑んで喉を潤し、大股にサムライに歩み寄る。片手はポケットの中に突っ込んだままだ。
 レイジは何も言わずそれでいて何もかも見通したようなしたり顔。
 ヨンイルと安田は不審顔。
 サムライの前で立ち止まり、おもいきり威張って命じる。
 「手を出せ」
 サムライの当惑が伝わってくる。
 構うもんかと開き直り眼光を叩きつける。
 疑問を発するのも億劫らしくのろのろ緩慢な動作で手をさしだす。面と向かって初めて目が赤くなってることに気付いた。
 俺にはサムライの涙なんて想像もできなかった。
 この寡黙で不器用で誇り高い男が顔をくしゃくしゃにして号泣するとこなんか逆立ちしたって想像できなかった。

 ああ。
 サムライも泣けたんだな。

 ポケットからゆっくり手をぬきとる。
 くしゃくしゃに丸めた紙くずを手渡す。
 赤く泣き腫らした目で俺を一瞥、サムライがのろのろと紙くずを開き、丁寧に皺を伸ばす。流麗な筆跡に重ねて面影が浮上したか、表情に乏しい顔に驚愕の波紋が広がる。 
 「前に静流に渡されたんだ。俺にはさっぱり意味がわからなかったけどお前ならわかるだろ。なんだ、これ」
 サムライは微動せず手中の紙を凝視する。
 生前の筆跡を穴の開く程見つめ、極限まで張り詰めた糸が撓むようにため息を零す。
 「恋文だ」
 『玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば しのぶることのよわりもぞする』 
 紙にはたった一行そう書かれていた。
 リョウの見舞いにもってく折鶴に託されたのは、自分の身にやがて訪れる破滅を予期した辞世の句。
 どこまでもどこまでも純粋な想い。
 サムライは暫く紙を抱いたまま押し黙っていた。
 サムライの内側に去来する様々な感情、サムライの胸裏に交錯する様々な感情。
 逝きし者への哀悼の念、慙愧、悔恨、自責。
 それら全部が混ざり合った苦悩の嵐が吹き去ったとき、サムライの目は光を取り戻していた。
 その目が真っ直ぐ映すのは、安田の腕の中で眠りこける鍵屋崎。
 サムライが鮮やかな手つきで紙を折り始める。
 あっというまに一羽の鶴ができあがる。
 折鶴を紺碧の天へと翳す。

 「逝け。身は地獄におちるとも想いは浄土へ還れ」
  
 折から一陣の風が吹く。
 風に乗じて鶴が飛び立つ。
 サムライの手から放たれた鶴は紙の翼を羽ばたかせ、どこまでどこまでも高みに昇り、夜闇に儚く溶け込んでやがて見えなくなった。
 
 俺たちは揃って馬鹿みたいに空を見上げた。
 風の鳴る音をかき消して無粋なエンジン音が聞こえてきた。
 「…………ん……………」
 エンジン音に眠りを妨げられて鍵屋崎が目覚める。
 青ざめた瞼が僅かに持ち上がり、焦点の合わない双眸が覗く。
 「起きたか直!」
 「直ちゃん俺がわかるか、直ちゃんの手塚トモダチのヨンイルやで!」
 歓喜の声を上げる安田とヨンイルをたっぷり見比べ、開口一番。
 
 「……………………………………………………めがねは?」  

 「「は?」」
 鍵屋崎が息も絶え絶えに呪詛を吐く。
 「静流に奪われた僕のめがねだ。まさか僕の救出にかまけて付属品たる眼鏡の救出を忘れたのではあるまいな?もしそうなら貴様らはなんて頭が悪いんだ、低脳が低脳たる真価を発揮した貴重な症例と結論付けざるえない。僕の視力は0.03で眼鏡なしでは何も見えないというのに肝心の眼鏡を忘れるなど言語道断、眼鏡に対する配慮がなってないぞこの愚か者ども!!」
 「ちょ、ま、鍵屋崎わかったから落ち着けってそんなに怒鳴ったら腹が破けて腸がべろりとはみ出ちまうよ!?」
 「腸がはみ出る位なんだというんだ、3ミリなら誤差修正可能な範囲だ!」
 慌てて止めに入った俺をきっと睨み付け、胸ぐら掴まんばかりの剣幕で檄を飛ばす。コイツ復活早々理不尽全開じゃんかと内心呆れた俺のそばでレイジがけたたましく笑い出す。
 「はははははっ、それでこそキーストアだ!切れ味鋭い毒舌こそお前の魅力だもんな」
 「貴様の笑い声は傷にひびく。安眠妨害および騒音条例違反で訴訟を起こしたい。控えめに言って声帯に異常があるとしか思えない。どうして笑い声までもそんなに音痴なんだ、貴様のその非常識な笑い声に比べればまだしもサムライの読経のほうが耳ざわりいいぞ」
 これ以上ないしかめ面で反論する鍵屋崎へと軽快に接近、レイジが全身の緊張をとくのがわかった。
 戦闘モードの豹が一変、牙と爪を引っ込めてじゃれあいを楽しむでかい図体の猫になった。

 鍵屋崎の顔をぎょっとするほど近くで覗き込み、極上の笑顔をたたえる。
 『Welcome to Tokyo Prison.
  Please enjoy days here』
 滑らかな発音でご挨拶。
 『As far as there are you.』
 鍵屋崎が皮肉げに口角を吊り上げる。

 エンジンの音がどんどん近く大きくなる。
 砂丘の向こうから急接近する二台のジープ……迎えのジープ。
 そして。
 
 「「な!?」」
 俺とサムライと安田とヨンイルが口を開けて見てる前で。
 尻軽レイジが鍵屋崎にキスしやがった。
 「レイジお前、おま……」
 二の句が継げない。
 怪我の痛みも吹っ飛ぶ仰天ぶりの鍵屋崎を愉快げに眺めて爆笑するレイジ、反省の素振りなどさっぱりない態度にヨンイルが激昂、シャーッと奇声を発してとび蹴りを放つ。
 「レイジお前なにしさらしとんじゃこのボケカスがっ、俺かて自制心総動員して我慢したのに直ちゃんの唇よこからかすめとりしくさって……もう勘弁できん、カメハメハで沈めたる!!」
 「いててててマジで怒んなってヨンイルほんの冗談親愛のキスだよ、今のキスなんて数のうちに入らねーよ!いいじゃんか別に唇じゃなけりゃ、頬っぺなら浮気のうちに入らねーよ、なあサムラ……」
 振り向きざまレイジの笑顔が固まる。
 「サムライ、ヨンイル、許す。東京プリズンの秩序維持の為にその男を砂漠に沈めろ。今なら先の事故で死亡した事にして処理できる」
 鍵屋崎を抱いた安田の腕がわななき、眼鏡の奥の双眸が憤怒に燃え上がる。
 「御意」
 サムライの目は本気だ。
 安田の命令で殺意を剥き出したヨンイルとサムライにじりじりと追い詰められて、自業自得の窮地に嵌まり込んだレイジが半笑いでこちらに助けを仰ぐ。
 「おいおいロンこの大人げない連中にガツンと言ってくれよ。洒落がわかんないんだよなーコイツら。頬へのキスなんて挨拶代わりだってのに頭固いのなんのって……眠ってるキーストア引ん剥いたわけでもねえのにマジギレなんてどんだけ沸点低いんだよ、怒るんなら舌入れてからにしろっての……」
 「レイジ」
 頭に上った血がすっと下りてくる。
 俺は表面上はあくまでにこやかなまま―口角はひくついて目には本気の怒りが宿っていても―
 万国共通のジェスチャーで親切丁寧に地獄をさしてやった。
 『煩死人』
 いっぺん死んでこい。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050424184138 | 編集
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