ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十話

 堕ちていく。
 どこまでもどこまでも。
 
 人として生まれ修羅として死に逝く生涯に一片たりとも悔いはない。
 終焉の風が吹く。
 静流は笑った。
 呆れて乾いた笑いだった。
 最期に目に焼き付けた光景が嫌いに嫌いぬいた従兄だなんて皮肉な幕切れもあったものだと自嘲し、上方へ遠ざかるサムライを物憂く仰ぐ。
 体が垂直に落ちていく。
 眼下では凄まじい勢いで炎が暴れている。
 耐え難い熱に苦悶してもいいものを、真っ直ぐ炉におちる己を遥か高見から見下ろしてるような奇妙な感覚に支配され、仇に挑んで自滅に至った哀しみも怒りも悔いもこの期に及んで如何なる情動も湧きあがらない。
 頬にあたる熱風や皮膚を焦がす火の粉や髪を捲り上着の裾をはためかせる風圧さえも他人事めいた錯覚をもたらすのみ。
 やがて訪れる死を予期し、身を苛む熱と皮膚が焼け爛れる痛みを甘んじて受け入れようとしたが、どうやらその一瞬は果てしなく引き延ばされているようだ。
 断罪を引き延ばし、懺悔をしいるように。
 なんという皮肉。
 時間はひどく緩慢に流れた。
 まわりの光景が静止していた。
 音は聞こえる。耳の奥で轟々と唸りを上げる炎の音、続けざまに火の粉が爆ぜる癇性な音。かすかに焦げ臭い匂いもする。
 そこで初めて自分の体が焼けていることに気付く、髪の毛と皮膚が焼け爛れてみるみる醜悪なさまに変貌していく。
 肉の焼ける甘く香ばしい匂いと髪の毛が焦げ付く匂いが混じりあって鼻腔を刺激する。
 安らかに目を閉じる。
 瞼裏の暗闇を過ぎる最期の光景は、憔悴しきった様子でこちらを見て、一途に懇願する直。
 『サムライを奪わないでくれ』
 帯刀貢を道連れにしようとした。復讐が叶わぬなら心中するつもりだった。
 静流は身の破滅を覚悟で貢に挑み、自分の命を引き換えに彼を地獄に連れて行くつもりだった。
 直の叫びさえなければ容赦なく貢の手首に爪を立て肉を抉り一緒に連れていくつもりだった。
 直は命乞いをした。
 自分の命ではなく、貢の命乞いをした。
 思い詰めた光を宿した目には、どこまでも一途な懇願の色があった。
 手首を縛られ宙吊りにされ脇腹から再出血し、口を利くどころか瞼を押し上げるのにも脂汗を振り絞らねばならない状況下で、それでも挫けずに毅然と正面を向き、はっきりとそう言った。
 他人に譲れぬものを内に秘めた、厳しく引き締まった表情に魅入られる。
 直は物怖じせず真っ直ぐ目を覗き込んできた。眼鏡をとられて視界がぼやけているはずなのにその目はしっかりと焦点を結び、矜持と意志を併せ持つ苛烈な眼差しを抉り込んできた。
 目が離せなかった。束の間瞬きも忘れてその表情に魅入られた。
 誰かに似ていた。
 今はもういない愛する人の面影が、直の顔に去来する。
 「ねえさん」
 自然と唇が動いていた。
 最初は声を発した事にも気付かず、驚愕に打たれた様子の直を前に、はじめて唇が音を発したのに思い至った。ああ、どうりで似ているはずだと腑に落ちた。この顔は、この眼差しは、死地に臨んだ薫流と酷似しているんだ。静流の手に刀を掴ませ、一息に自らの胸を刺し貫いた薫流と瓜二つなんだ。
 あまりに真っ直ぐな眼差しに圧倒される。
 なんて強く激しい目だ。
 どうしても譲れないものを持った人間だけが放てる眼差しだ。
 火傷しそうな眼差しだった。
 直の顔に薫流の面影が重なり、血に彩られた記憶が鮮烈に蘇る。
 薫流が静流の手を握り自らの方へ引き寄せる。
 華奢な手に引かれて不覚にも体が傾ぎ、刀がさしたる抵抗もなく肉に沈む。
 綺麗に微笑んだまま口端から一筋血を垂らす薫流に我を忘れ手を差し伸べ、亡骸に縋り付くー……
 静流はつと指を伸ばし、固く強張った直の頬へとふれようとした。
 脂汗が冷たくなり、疲労に青ざめた頬へとつりこまれるように指を伸ばし、安堵の笑みを上らす。
 
 そこにいたんだ、姉さん。
 さがしたよ。

 再び紅蓮の嵐が吹く。
 手首の枷が外れたのは、その瞬間だった。  
 一瞬の停滞、空間の静止。
 手首を解き放たれた静流が呆然と仰ぐ前、苦渋の面持ちでこちらを見つめているのは……
 帯刀貢。
 今にも崩れそうな表情を必死に堪え、忍耐深く口元を引き結び、全ての責を負って非情な決断を下す。
 貢は一回も瞬きをせず、また目を逸らそうともしなかった。
 虚ろな無表情をさらした静流をひたと見据えたまま、愚直としか言えない哀しい潔さでもって自分の手で送り出した最期を余さず目に焼き付ける。
 瞬きすら惜しむように豁然と目を見開き、乾いた眼球に炎を映し、静流が炎に焼かれて灰になるまで完全に見届けようとしている。
 これでいい。
 静流は僅かに首肯した。
 自然と笑みが上ってきた。
 皆が皆生きて幸せに、そんな綺麗事はくそくらえだ。
 現実は常に非情な判断と苦渋の決断を迫り、尊い犠牲のもとに満身創痍で活路を開く事を要求する。皆が皆生きて幸せになる事など現実にはあり得ない。
 静流は今も貢を憎んでいるが、それはあくまで帯刀家を滅ぼした男への復讐心であって今この瞬間自分を見捨てた事についてはむしろ感心している。
 心優しい従兄がどんな想いで自分を見殺しにしたかと考えるだけで、命と引き換えに一矢報いた痛快さで笑いがとまらなくなる。
 遥か頭上で貢が何かを叫ぶ。
 炉へと吸い込まれる静流に全身全霊で追いすがり、みっともなく見苦しく取り乱す。眼窩からせりだした目に絶望が浮かび、反った喉が引き攣り、口が限界まで開かれ、声なき慟哭が大気をびりびりと震わす。

 貢の腕の中に直がいた。
 静流を見殺しに直を引き上げてしっかりと腕に抱きしめ、身を挺して火の粉から庇う。

 羨ましいと想った。
 いまさらながら、羨ましいと。

 『そんなに薫流が好きながら家のしがらみを断って二人で逃げればよかった、母親と姉に言われるがまま刀で刺し殺したのは君自身だ、即座に刀を捨てて薫流を抱きしめることもできたのにそうしなかったのは君だ、君自身だ!!』

 全くその通りだ。
 僕には刀を捨てて姉さんを抱きしめる道もあったのに、姉さんをとるか刀をとるか迷ったばかりに本当に大事な物を見失ってしまった。
 即座に刀を捨てて姉さんを抱きしめていれば、今とは違った結末に辿り着けたものを。 
 風を切って落下しながらゆるやかに瞼を閉ざし、誰にともなく囁く。
 「帯刀家を滅ぼしたのは、僕だ」
 わかっていたんだ、本当は。
 苗さんの死の原因を作った僕こそ帯刀家を滅ぼした張本人だとわかっていながら、事実を認めてしまえば姉さんの死を無駄にする気がして、最期まで沈黙を貫き自分の命と引き換えに僕を生かそうとした姉さんの気持ちを無にする気がして現実から目を逸らし続けた。
 僕は狂っていたわけじゃない、狂ったふりをしていただけだ。
 いっそ狂ってしまえばどんなにラクかと渇望しながらも最後の一線で理性を保ち続け、復讐の正当性をごまかし、自分を偽り続けてきたのだ。
 静流は目を閉じたまま風に身を任せ、重力に従って垂直に落下する。
 風圧に髪がなびく。上着の裾がはためく。
 風切る唸りが耳朶をかすめる中、ませた子供の声がする。
 
 『男の子が泣くんじゃないの、みっともない』
 瞼の裏に懐かしい光景がよみがえる。
 懐かしい姉の声。
 師範に厳しく鍛えられて打ち身を作った幼い静流が庭の隅で泣きじゃくっていると、最後にはいつも薫流が迎えにきてくれた。
 「仕方ないわね」という顔をしてやってきた薫流が言うことはいつも決まっていた。
 男の子がべそべそするんじゃない。あなたは分家の跡取りなんだから自信をもちなさい、胸を張って前を向きなさい。立派な当主をめざして稽古にはげみなさい……お説教は聞き飽きた。姉の叱責は容赦なく、静流の泣き声はますます甲高くなるばかりだった。
 『しようのない子ね』
 大人びたため息を一つ、きちんと膝を揃えてしゃがみこんだ薫流がしかめつらしく静流を覗き込む。 
 『ぼく、は、貢くんに、かなわないんだ。ぼくがみつぐくんみたいにつよくないから、剣の腕がいつまでたっても上達しないから、だから母さんはいつもおっかない顔をしてるんだ。僕を見るたびに首を振るんだ。ぼく、母さんをがっかりさせてばかりいる……』
 嗚咽は止まない。
 涙と鼻水を滂沱と垂れ流し、あどけない顔をくしゃくしゃに歪める弟の顔を熱心に覗き込み、暫し考え深げに黙りこくった薫流がそっと頭をなでる。
 『何を言いだすかと思えばしずるのおばかさん。本家のみつぐにあなたが劣るなんて誰が言ったの?』
 真から不思議そうな声の調子に虚を衝かれて顔を上げる。
 驚きに涙も引っ込んだ。
 静流はただただ呆然と姉を見上げ、幼い頭で必死に考えを巡らす。
 『……みんな』
 『みんなってだれよ。仕返しできないから具体的に言いなさい』
 『おとな。母さんとか、おじさんとか、道場の人たちとか……』
 『目が節穴なのよ。上から見下ろしてばかりいる連中に貴方の剣が見えるものですか』
 憤懣やるかたなく言い切り、きっと静流に向き直る。
 薫流の頬はあざやかに紅潮し、弟の名誉を守ろうと拙い言葉を尽くす顔は生き生きと輝いていた。
 『真っ直ぐに見なきゃなにも見えないのよ。見えていても見えないのよ』  
 偏見と先入観を排し、水のように清く澄んだ心で見れば必ずわかるはずなのに。
 邪念と雑念にまみれた大人の目に、愛する弟の何がわかるのだといたく憤慨して。
 『ねえしずる、あなた水が見える?』
 『みず?』
 突然何を言い出すのだとぽかんとした弟に悪戯っぽく微笑みかけ、優しく頬をなで、指の腹に涙をすくいとる。
 指の腹に舐めとった涙を見下ろし、淡々と続ける。
 『水は色も匂いもない、透き通って目に見えない。あなたの剣も同じよ。しずる、あなたの剣は水なの。水そのものなの。ある時はしずかに流れる水の如く、ある時は岩をも砕く激流の如く。力の入れ具合によってさまざまに形を変え、悠久に変化を続け、世代を経て生き続ける太刀筋……それこそ帯刀流の極意、門外不出の剣』
 薫流の指から涙が滴り落ち、地面に染みる。
 土を黒く染めた一滴の涙を見つめ、自信ありげに断言する。
 『しずる、あなたは本当はすごいんだから自信をもちなさい。本家の跡取りなんて目じゃないわ。私にはわかる、水が見える。あなたはすごい才能を持って生まれたの。あなたの振るう剣は水のように自在に形を変える、何物にも縛られず自由に奔放にひるがえり他を圧倒する』
 『でも稽古では一度も貢くんに勝てない……』
 『あんなのただ激しいだけが取り得の力押しの剣じゃない、ちっとも綺麗じゃないわ』
 薫流が心外そうに鼻を鳴らす。審美眼に恵まれた姉にとっては、見ためが綺麗かそうじゃないかは重大な問題らしい。
 小さな手で静流の顔を手挟み、自分の方へ向かせる。 
 静流の目を真っ直ぐ見つめ、噛み砕くように言い含める。
 『驕りなさい、しずる。才ある者にはそれが許される。私はあなたがどれだけ素晴らしいか知ってる、私の弟がどんなにか物凄い人間かちゃんとわかっている』
 頬を包んだ手からぬくもりが伝わる。
 戸惑う弟の視線をまともに受け止め、薫流はにっこり微笑む。
 『あなたは私の誇り、自慢の弟よ』

 自分自身でさえ誇れない僕を、姉さんは誇ってくれた。
 誇りだと言ってくれた。
 ぼくは「物凄い人間」だから、完璧に復讐を成し遂げねばならない。 
 姉さんの期待を裏切っちゃいけない。
 姉さんを幻滅させたくないという一瞬の躊躇が刀を捨てる事を遅らせ、気付いた時には姉さんに導かれるがまま、姉さんの胸に深々刀を突き刺し息の根をとめていた。
 
 『静流さんと薫流さんは仲がよくて羨ましいわ』
 澄んだ笑い声が響く。
 『小さい頃からずっと一緒だったもの』
 『よく四人で遊んだわね。裏庭の桜の木のまわりでかけっこしたり』
 『静流さんはいつも薫流さんのあとを追いかけていたわ。おいていかれるのがいやで、一生懸命』
 瞼の裏に苗が浮かぶ。
 苗は嬉しそうに笑っている。
 何がそんなに嬉しいのか理解できない。
 僕を迎えに来たのか、嘲笑いにきたのか?……否。苗はただ笑っている。遠い目で昔を懐かしんで微笑んでいる。苗は綺麗な心の持ち主だった。姉さんも苗さんが大好きだった。母さんと莞爾さんの仲が険悪になって本家と分家の行き来が絶えてからも、目が見えない苗さんの事をずっと心配して、時々ひとりで様子を見に行っていた。 

 だからなおさら耐えられなかった。
 僕が苗さんを嵌めたと知り、衝撃を受けた。
 『本当に薫流さんが好きだったのね』 
 そうだよ。
 姉さんのためなら何でもできると思った。
 貴女を殺しても悔いはなかった。
 貴女の幸せを奪って、姉さんの分にあてようとした。
 身勝手な人間だね、僕は。
 自業自得だ。

 『ええ。自業自得です』
 きっと幻聴だ。
 死んだ人間の声がすぐ耳元で聞こえるはずがない。 
 久しぶりに聴いた苗の声はひどく耳心地良く穏やかで、できるならずっと聞いていたかった。
 瞼裏を走馬灯のように過ぎる幾つもの光景……微笑み合う苗と貢、紫陽花が咲く庭に佇む薫流、傘の陰に見え隠れする撫で肩。
 さらに遡る。幸福だった幼い日々、苗と貢を交えて四人で遊んだ頃を思い出す。  
 苗。
 着物の裾を踏んづけて転んだとき真っ先に助け起こしてくれた。
 「大丈夫ですか」と親身に声をかけてくれた。
 折り紙の鶴をくれた。
 そうだ、鶴の折り方は苗さんに教わったんだ。苗さんは目が見えないけど手先がすごく器用で、僕が姉さんにいじめられて泣く度に手のひらにそっと鶴をのせてくれた。

 姉さんを愛していた。
 苗さんが好きだった。
 貢くんも好きだった。
 しあわせだった。
 『自業自得です』
 幸せだった。

 あの鶴は、いつ失くしてしまったんだ?

 「ねえさん、僕は」
 自業自得だ。
 ああ、熱い。
 瞼の奥も紅に染まる。
 静流はもがく。
 みっともなく見苦しく空をかきむしってもがく、体を焼き尽くす業火に抗おうと頭上高く手を差し伸べて何かをむしりとるしぐさをする。
 熱い。
 熱い熱い熱い。体が燃える。
 皮膚が焼け爛れて溶けてあぶくが立ち髪の毛が燃え盛り頭皮が捲れて縮む。
 業火に呑まれてもがき苦しむ耳の奥、玲瓏と幻聴が響く。 

 『  をあいしてるわ 』 
 短い遺言を思い出す。

 自らの胸に刀を突き立て口端から一筋血を垂らし倒れ伏せた薫流、鮮血に染まる畳、赤い血赤い炎赤いめくるめく埋め尽くす一面の……
 『 をあいしてるわ』 
 肝心な部分だけが聞こえないその声が炎の唸りにかき消される。
 静流は声なき声で絶叫する、断末魔の苦しみに身も世もなくのたうちまわり炎に焼かれて修羅となるー……
 姉さん。
 姉さん姉さん薫流ねえさん熱いよイヤだ助けて体が燃えていく炎が纏わり付く嫌な匂い皮膚が溶けて爛れて『自業自得』苗の笑い声『お前を殺す』貢の声『君の責任だ』直の声、熱い耐え難い視界が紅一色に染まる燃える瞼が火を噴く眼球が溶け流れるもう何も見えない暗闇でも熱は感じるこれは地獄ここは地獄ー……
 炎が喉を焼く。
 叫ぶ。
 断末魔を、

 「しずるを愛してるわ」

 はっきりと声が聞こえた。
 炎に焼かれて炉に落下する静流を、突如だれかが抱きしめる。
 静流は目を開ける。瞼は焼け爛れて白濁した目は極端に視界が狭まっていたが、突如虚空に現れた女が自分の方に手を差し伸べ、体を寄り添わせるのがわかった。
 美しい女だった。
 眉の上で真っ直ぐ切り揃えた前髪、気の強そうな柳眉、聡明な切れ長の眦。
 猛威をふるう炎に負けず紅く艶やかな着物を羽織り、神々しい後光を背負った少女が、艶めく微笑みを静流に送る。
 
 嗚呼。
 漸く。

 目尻にうっすらと涙が浮かぶ。
 無意識に手を伸ばし、炎の中で体を重ねる。
 お互いを貪り求めあい、渾身の力を腕に込めて抱き合う。
 「遅いよ、ねえさん」
 姉の背中にきつく腕を回し二度と離さないと誓い、幼子のように胸に顔を埋める。
 子供返りした静流を仕方なさそうに、その実この上なく愛しげに見守り、耳元で囁く。
 「待たせてごめんなさい。漸く追いつけたわ。貴方がおちるの早いのだもの、着物の裾がはだけてはしたないったら……」
 水鏡に映したように面差しの似通った姉が腕の中で微笑み、体が焼け爛れる痛みすら忘れ、満ち足りた幸福を感じる。
 至福の一瞬を少しでも引き延ばそうとかき抱き、真摯に詫びる。 
 「ごめんなさい、姉さん。分家の汚名をすすぐことができなくて……また貢くんに負けちゃったよ。こないだ展望台でやったときは勝ったんだけど、まだまだ修行不足みたいだ。母さんに稽古つけてもらわないとね」
 「見ていたわ、地獄から。炎の中から。もう少しで勝てそうだったのに惜しかったわね。さすが本家の跡取りだけはあるってことかしら。貴方もずいぶん腕を上げたじゃない、しずる。姉として誇らしいわ」
 静流の抱擁に応じて薫流もまた腕の力を強める。
 「敗北を誇りなさい。あなたは十分よくやった。分家の跡取りの使命を立派にはたしてくれた」
 「寂しかったよ」
 「わたしもよ」
 姉のぬくもりに包まれて堰を切ったように激情を吐露、砕けそうな力を込めて炎が形作った幻影をかき抱く。
 腕が焼け爛れるのも構わず。
 「来る日も来る日も血を吐くような想いだった、こんな辛い日々はやく終わらせたいとそればかりだった、はやく姉さんに会いたい迎えにきてほしいと気も狂わんばかりに願ってやまなかった。会いたかった姉さん、大好きだよ、姉弟だって構うものか、互いの肉を貪る畜生道に堕ちるのも望む所だ!!もっと早くこうすればよかった、もっと早く刀を捨ててこうして抱きしめていればよかった、こうして―…………」
 燃え盛る炎の中、腕が灰となる瞬間まで薫流を抱き続ける覚悟を決める。
 静流の腕の中で面を上げ、薫流が品よく咎め立てる。
 「苗にあやまらないの?」
 「悪いと思ってないのにあやまるのは不実だよ」
 「素直じゃない子ね」
 薫流が苦笑する。

 着物の裾が炎と化してたなびく。 
 炎と一体化した薫流はとても綺麗で。
 「愛してるわ、しずる」
 手と手を組み合わす。
 「愛してるよ、かおる」
 指と指を絡めあう。
 「地獄に行きましょう」
 うつくしいひとが誘う。
 「姉さんとならどこへでも」
 喜んで首肯する。
 どちらからともなく見詰め合う。口づけをかわす。炎の接吻を受ける。薫流と重なったまま体が塵に帰りゆく。
 散り散りの灰へと分解されながら遥か上を仰げば、炎の狭間から垣間見える通路にうつ伏せ、貢が直を庇っていた。
 互いの体にしっかりと腕を回し庇い合うふたり。
 固く結ばれた絆。
 
 先に逝くよ。

 別れを告げるのを待つかの如く沈黙を守り、罪業の浄化を司る炎と化して静流の身を焼き滅ぼし、灰燼にかえて。
 ふたりは漸く結ばれた。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050425215550 | 編集
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