ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十九話

 サムライの手を握り締める。
 強く強く握り締める。
 僕には彼しかいないと切実な想いを込めて。
 一度断たれた絆を結びなおすように。

 「………くっ………」
 熱い。
 全身から汗が噴き出しシャツがぐっしょりと濡れそぼる。
 体力はそろそろ限界だ。
 脇腹の痛みは激化するばかりで、か細く呼吸するだけで精一杯だ。
 体に力が入らない、力が出ない。
 分散しかけた意識をかき集めて今にも消え入りそうな理性を保つのにひどく消耗する。
 脂汗が目に流れ込み視界がぼやける。頭が朦朧とする。
 意識の余力を振り絞り重たい瞼をこじ開け、鈍重な動作で首をもたげ、極限の疲労と激痛にかすむ目にサムライを映す。
 サムライは恐ろしい形相をしていた。
 顎の筋肉が盛り上がっているのは凄まじい力で奥歯を食い縛って荷重に耐えているからだ。
 サムライは僕と静流を両手にぶら下げたまま大量の脂汗を垂らして腕をもがれる激痛に耐えている。
 どちらか一人を選べばらくになる。
 どちらか一人を見捨てればもう一人を助けることができる。
 しかしできない。
 片方を見殺しに他方を助ける残酷な選択を迫られたサムライは僕らを両手に掴んだままどちらを見捨てる決心もつかず、ひたむきに思い詰めた目に絶望を映している。
 「サムライ……」
 震える唇でよわよわしく名を呼ぶ。
 サムライは僕の全体重を預かっている。
 否、僕だけじゃない。
 正確には僕と静流、二人分の体重をひとりで支えているのだ。
 自分の意志で瞼をこじ開けるのさえ困難な僕の隣では静流が宙に吊られている。前髪で表情を隠し顔を伏せている為その内心までは窺えないが、縋り付く意志も這い上がる意地もなくただサムライに掴まれるさまからは生への執着が感じられなかった。
 生命の危機に瀕しても恐怖を覚えることもなく、業火に焼かれる末期に無念を感じるでもなく、俗世に一抹の未練もなく。 
 ありのままを運命と受け入れて、ありのままを宿命と受け止めて死んでいこうとしている。
 「俺の手を放すなよ、直」
 サムライが力を込めて僕の手を握り締める。
 僕の手を放すくらないら死んだほうがマシだと言葉に代えて。
 サムライに叱咤され、無意識にその手を握り返す。
 汗でぬめった手が滑りそうになるたび力強く掴んでくれる、僕は一人じゃないと勇気づけるように逞しく骨ばった手が掴んでくれる。
 悲痛な訴えが聞こえているのかいないのか、静流は首をうなだれたまま顔を上げようともしない。

 助けられるのはどちらか一人だ。
 僕と静流、どちらか一人だ。

 サムライの体力もあまりもたない。
 僕ら二人を支え続けることでサムライが体力を消耗しきってるのは明白。サムライの腕が徐徐に垂れて、宙吊りにされた僕らがずりおちてるのがその証拠。いくら僕らが華奢で体重が軽いとはいえ二人合わせて100キロはある。100キロの錘を吊り下げたままひたすら耐え続けるのは拷問だ。 
 ぽたり、顔に水滴がおちる。
 右の瞼を濡らした水滴が鼻梁沿いに顔を伝い、口の端に流れ込む。
 塩辛い。
 顔に落ちた水滴の正体は汗だった。サムライは全身にびっしょり汗をかいていた。眉間には苦痛の皺が刻まれて双眸には葛藤の光が揺れて、口角が下がった唇は激しくわなないている。
 「くそっ……」
 自力で這い上がれと四肢に指令をだす、これ以上サムライを苦しめるなと自分に命令する。
 だができない。
 僕の四肢はだらりと垂れたまま指一本すら自分の意志で動かない状態で弛緩しきっている。
 サムライの腕を掴んで這い上がりたくとも体が動かないのではしかたがない、どんなに足掻きたくともその力すら残されてないのでは抗いようがないではないか。
 動け動け動け。
 焦燥に焼かれて一心に念じる、死の恐怖が狂気の衝動を呼び覚まし不意に絶叫したくなる。
 いっそ発狂してしまいたい。
 生殺しの状態が続くのは耐えられない、激痛と疲労に苛まれて朦朧とする頭では思考が纏まらず『死にたくない』死への恐怖『生きたい』生への渇望『生きていたい』意志『生きていたい』かすかな希望『サムライと一緒に』生きたい生きたい生きたい……
 感情の洪水が理性を押し流す。
 死ぬのはイヤだ、こんなところでこんなふうに死ぬのはいやだ、恵に会えずサムライと抱き合えず焼け死ぬのはいやだ。
 世界中の本を読み尽くすまで死ねない、生きてここを出るまで死ねない、生きてここを出て恵を迎えに行くまで絶対死ねない。

 「死んでたまるか、畜生」

 下品な悪態を吐き、なけなしの力を振り絞りしがみつく。
 生き汚いと自嘲する心の余裕はない、ぶざまな天才だと卑屈に笑う余裕もない。
 僕はただただ必死だった、生き延びたくて生き残りたくてサムライと一緒に……
 「何故手を放さない?」 
 声が、聞こえた。
 場違いに落ち着き払った声音。
 静流がゆっくりと顔を上げ、水のように澄んだ目でサムライを見る。
 取り澄ました表情に達観の笑みさえ浮かべるゆとりを見せ、抑揚なく疑問を紡ぐ。
 「勝負は決した。僕は敗けた。敗者は潔く死あるのみ、それが帯刀家の掟だ。手を放しなよ、帯刀貢。みじめな負け犬に哀れみをかけるなんて自己満足以外のなにものでもない。それとも……僕が憎くないのかい、貢くんは」
 「憎い」
 沸騰する感情を押し殺しサムライが断言、静流が軽やかな笑い声を立てる。
 「いい答えだ。ずっとそれを聞きたかった。僕が憎いならためらうことはない、早く手を放して炎の坩堝に叩き込めばいい。僕は苗さんを殺した。門下生に慰み者にされて放心の体の苗さんに真実を教えて首を吊らせた、のみならずそこにいる直くんを犯して殺そうとした。姉さんの匂いがする紅襦袢を羽織らせて、生白い肌に手と舌を這わせて、慰み者のあかしの艶めく痣を付けて……」
 「やめろ静流」
 僕の制止を無視し、興に乗った饒舌で続ける。

 「僕に先を越されて悔しいかい?悔しいだろう。本家を引き立てる分家の跡取りと見下してきた僕に先を越されてさぞかしはらわた煮えくり返っているだろうね。嗚呼おかしい、ざまあみろ、君がぐずぐずしてるのが悪いんだよ、肉親の情に振り回されて何度裏切られても肝心な所で僕を見捨てないお優しい貢!!図書室の出来事は傑作だった、最高の茶番劇だったよ。君ときたら僕の演技に簡単に騙されて大事な親友を詰りに詰ってくれちゃって、全部僕が書いた台本どおりに事が運んで腹ん中じゃ笑いが止まらなかったよ!嘘泣きのふりでおかし泣きしてたのに目が節穴の君はとうとう真実に気付かなかったね。身内の情けでまわりを敵に回して僕を庇い続けた結果がこれだこのざまだ、思い知ったか腐れ魔羅!!!」

 静流が仰け反るようにして笑い出す。
 宙に吊られた体が不規則に痙攣し僕の顔にも唾のしぶきがかかる。
 体が言うことを聞くなら静流を殴り飛ばすか蹴り飛ばすかしたかった、暴力を使ってでもサムライへの侮辱を取り消させたかった。 
 静流は狂ったように笑い続ける。
 双眸に絶望と悲哀を去来させ、それでも声高らかに空虚な哄笑を上げ続ける。口汚くサムライを罵り人格を貶めて煽ろうとし、だがしかしサムライが押し黙ったまま表情を変えずにいるのを訝しみ、次第に笑い声が萎んでいく。

 「さあ殺せ殺すんだ殺してくれ僕にとどめをさしてくれ、己の手で僕を地獄に送り恨みをはらせ復讐をはたせ、僕が君にしたように苗と直の仇をとれ、僕と同じ所まで堕ちてこい!!僕も君も所詮は帯刀の人間、血の呪縛から逃げきれず修羅となるべく宿命付けられた武家の末裔なんだ。ならばそれらしく生きて逝こうじゃないか、僕らの中の人斬りの血が命じるままに息絶えるまで殺し合いを続けようじゃないか!!」

 目を爛々と輝かせた邪悪な表情に魅せられる。
 ある時は澄んだ水のように清らかな笑みを浮かべある時は濁った水のような呪詛を吐き出し、清濁併せ呑むさまざまな表情を見せる静流は、相対した人の心を映す水鏡に似ている。相手が憎悪をむければ憎悪を返す、相手が善意をむければ善意で応じる。

 相手次第で汚くも清くもなれる水鏡の本性は、ある意味どこまでも純粋で。
 けなげで。
 生まれてこのかた水鏡の目が映してきたものを思う。
 分家と本家を比べて静流を嘲笑する者たち、周囲から向けられる悪意、誰からも共感されない孤独、自分が欲しかったものを労せず手に入れたかに見える従兄への嫉妬………辛い日々の中の唯一の安らぎだった姉の笑顔。
 水鏡が歪んだのは誰のせいだ。
 何が水鏡を歪ませたんだ。
 静流の目がこんなにも澄んでいるのは、生まれてこのかたずっと汚いものを見てきたが故の自浄作用を備えたからなのか。 

 どこまでも深く澄み底が見えない目を細め、妖艶に紅い唇を蠢かせ、囁く。
 「僕を生かせば彼を殺す」
 吐息と衣擦れに紛れて消えそうなかすかな声は、しかし僕の耳にもサムライの耳にもしっかり届いた。
 艶めく流し目で僕をとらえ、大胆不敵にサムライを挑発する。
 「僕が東京プリズンに来たのは君を殺すため、君を殺して母さんと姉さんの仇をとるためだ。僕は君に幸せになってほしくない、姉さんのいない世界で君に幸せになってほしくないんだ。君は姉さんの伴侶となるべく生まれてきたんだ、他の人と添い遂げるなんて認めない」
 「何度同じ事を言わせれば気が済むんだ、薫流が本当に好きだったのは……っ」 
 サムライの喉が鳴る。
 先を続けていいものか一瞬のためらいが双眸を過ぎる。
 悲嘆に打ちひしがれたサムライを見上げ、虚ろな無表情で反駁する。
 「薫流姉さんが本当に好きだったのは、帯刀貢だ」
 感情を封じた抑揚ない声。
 「違う。薫流が本当に好きだったのは俺ではない………お前だ」
 サムライが首を振る。
 どうしてもこれだけは伝えねばならないと名伏しがたい衝動に駆られ。
 「薫流はずっと俺と苗の仲を羨んでいた。本家を訪れる度どこか物欲しげに俺と苗を見詰めていた。ある日薫流に言われた。道場での稽古を終えて屋敷にもどる途中、紫陽花の茂みのそばで呼び止められたのだ」
 汗でぬめる手を握りなおし、僕と静流を支え、息も絶え絶えに続ける。
 「薫流はこう言ったんだ」

 『貴方たちがうらやましい』
 『稽古を見させてもらったわ。貴方と苗はいつも一緒ね。無心に剣を振るう貴方のそばで苗は幸せそうに微笑んでいたわ』
 『お互いの事が本当に好きなのね』
 『私も苗みたいになれたらいいのに。ああしていつまでも彼のそばに居られたらいいのに』
 『好きだという気持ちを偽りも隠しもせず、ああしてそばに居ることになんら疚しさを感じず、ずっと彼といられたらいいのに』
 『…………しずる。私のしずる』
 『本当は貴方たちみたいになりたかった。貴方たちみたいに愛し合いたかった』

 ごめんなさい、しずる。

 嗚咽を堪えるように筋張った喉が鳴り、自責の念に耐えて瞠目する。
 「……薫流は俺たちの関係そのものを妬んでいた。姉弟だといざ知らず無邪気に無知に惚れあっていた俺たちに激しく嫉妬していた。静流、お前は視線の意味を取り違えていたんだ。同じ嫉妬でもあれは恋敵への嫉妬ではない、己と同じ立場でありながら何らやましさを感じず互いを慕い合う俺たちを妬んでいただけだ」
 視線と視線が絡み合う。
 宙に吊り下げられた静流の目が、ひたりと虚空を映す。
 「薫流はお前の事を愛していた。お前が薫流を愛していたように」

 愛していた。
 本来嬉しいはずのその言葉が、こんなにも残酷に響くのはどうしてだ?
 こんなにも哀しく救いがたく響くのは?

 「……僕には姉さんだけだった。姉さんだけが僕を褒めてくれたんだ。上から見下すでも下から仰ぐでもなく、同じ目線で真っ直ぐに僕を見てくれたんだ。水鏡に映したように面差しの似た僕を、真っ直ぐに」
 瞬きも忘れた目に水がたまる。
 虚ろな無表情のままに、一筋の涙が頬を伝う。

 「『しずるはすごいわね』『本家の貢にもひけをとらないんだから自信をもちなさい』って……。好きだったんだ。どうしようもなく好きだったんだ。姉さんだけど、血の繋がった僕の姉さんだけど、一度好きだと想ったら止まらなかったんだ。後戻りできなかったんだ。莞爾さんが姉さんと本家跡取りの縁談を進めてるって聞いて目の前が真っ暗になった、君は最初から何でも持ってるくせにこの上姉さんまで奪うのかと次には怒りで真っ赤になった。姉さんの幸せのために尽くしたなんて嘘だ、綺麗事だ、僕はただ君の大事なものを奪いたかったんだ、君を不幸にして僕と同じ絶望を味あわせたかったんだ!!だから苗さんを慰み者にした、苗さんを追い詰めて首を吊らせた、小さい頃から優しくしてくれた苗さんを……」

 「静流」
 なめらかな頬をあとからあとから涙が伝い、顎先から垂直に滴る。
 憑かれたように口走り泣きじゃくり、しかし瞬きさえしない無表情のままに心情を吐露する。
 「姉さんごめんなさい、ごめんなさい、姉さんが誇れる弟じゃなくてごめんなさい。分家の跡取りにふさわしくなくてごめんなさい母さん、何も期待に応えられなくて申し訳ありません、どうか許してください、お願いですからこの通りですから帯刀家に生まれた事を許してください、僕がひとを好きになる事を許してください、見逃してください。あとでどんな罰でもうけるから地獄におちても構わないから、せめて姉さんを好きでい続けることだけは許してください。姉さんだけは僕からとらないでください、取り上げないでください」
 「違う、そうじゃない、薫流の心はお前の物だったんだ最初から!」
 サムライが激しく首を振り、砕けそうな力を込めて静流の手を握る。
 「殺したくなかった、刀を捨てて抱きしめたかった。あんな物本当は欲しくなかったのにいらなかったのにどうして捨てられなかったんだ、刀なんて硬くて冷たいばかりでずっと握っていると心まで冷えてしまう、姉さんのほうが余程いい、姉さんのぬくもりのほうがよっぽど……姉さんは僕が苗さんにしたことを知っていたんだ、勘付いていたんだ。だから僕の代わりに罰を受けた、もし僕が苗さんにしたことを知ったら母さんは自害を命じる、だから姉さんは黙ったまま……僕を庇って!!!」

 愛していた。
 愛していた。
 世界中のだれより愛していた。
 もういないひとを。
 だれより近くにいたひとを。 
 愛していたのに殺してしまった。
 愛する人に命じられるがまま、胸の奥深くに刀を突き刺してしまった。
 愛する人を殺すより、愛する人に嫌われるほうが怖くて。

 「僕があやまるのは姉さんだけだ。苗さんにも直くんにも君にも謝罪しない。君に詫びるくらいなら舌を噛み切ったほうがマシだ」
 見開いた目からとめどなく涙を零しつつ、緩慢な動作でサムライの手首に縋り付く。
 「懺悔するくらいなら、散華を選ぶ」
 爪を立てる。
 「!!―っ、」
 「やめろ静流!!」
 静流の爪が容赦なく手首の肉を抉り痛みを与える。
 それでもサムライは手を放さない。
 額に脂汗を滲ませ眉を顰め、すさまじい忍耐力でもって静流の手を握り続ける。僕は我を忘れ静流に食って掛かる、サムライの手首を抉る静流を引き剥がそうと底を尽きかけた体力を振り絞り手をのばすー……
 「サムライを奪わないでくれ!!!」
 炉が炎を噴き上げる。
 華やかに舞い飛ぶ火の粉越しに驚愕の形相の静流を見る。
 長い夢から醒めたような自失の顔つき。
 「ねえさ」
 え?
 静流の唇が儚く動き、かすれた声を紡いだ次の瞬間。
 一際激しい炎が炉から立ち上り、宙吊りにされた僕らを呑みこもうとする。
 
 死ぬ。
 
 死を確信して固く目を閉じた僕は誰かの絶叫を聞く、瞼の向こうで誰かが僕を呼んでいる。
 力強い腕が背中に回されて体を引き上げる、背中が何か固い物にぶつかる。誰かが身を挺して僕に覆い被さる、炉から噴き上がる炎と視界を朱に染める火の粉から身を盾にして僕を庇っている。僕もまた僕に覆い被さる人物を夢中で抱擁する、広い背中に腕を回し強く強く抱きしめる、互いを庇い合うように。
 彼を守りたいと気持ちを込めて。
 閉じた瞼の裏側を過ぎるたくさんの断片。
 僕がまだ外にいた頃の記憶に東京プリズンに来てからの記憶も含まれている。

 『おにいちゃん』
 恵の無邪気な笑顔。 
 『また本かよ鍵屋崎、お前ほんっとネクラだな』
 ロンのあきれ顔。 
 『お前もたまにゃ本読めよ。日本語の勉強になるぜ』
 レイジが茶々を入れる。
 『ロンロンには漫画のがむいとるでー』
 ヨンイルの笑い声。
 『ところで鍵屋崎、ブラックジャックの素晴らしさについて語り合いたいのだが……』 
 入院中のベッドの傍ら、折り畳み式の椅子に腰掛けた安田が眼鏡のブリッジを押し上げる。
 『直』 
 猛禽めいた眼光を宿す切れ長の双眸を僕を見る間だけは優しく和ませ。
 サムライが口を開く。
 『好きだ』
 「僕も好きだ。大好きだ」

 大事な仲間がいる。
 大事な人がいる。
 東京プリズンでの過酷な日々を支えてくれた大事な仲間の為にも僕は生き残らねばならない、侍と一緒に生還せねばならない。
 生き残りたい。 
 どこまでもどこまでも、希望が尽きぬ限り。
 記憶の中の光景が紅蓮に染まる。
 いつか見た展望台の光景に記憶の洪水が収束する。
 紅蓮に染まる展望台の突端にこちらに背を向けて佇む人影、砂漠に沈む太陽をまばゆげに眺める少年……
 今にも残照に溶けて消えそうに儚い笑顔。
 
 目を見開く。
 世界が紅蓮に染まっていた。
 世界に炎が吹き荒れていた。

 紅蓮の嵐が過ぎ去ったとき、静流はどこにもいなかった。 
 「…………しずるは?」
 サムライの肩越しにあたりを見回すも、静流の姿は跡形もなく消失している。
 手摺の一部が壊れた通路のどこにも彼の痕跡はなく、下方の炉が泡立つばかり。
 「……………っ…………」
 あまりに強く抱きしめられて痛みを感じる。
 サムライは僕を抱きしめたまま、火の勢いが衰えて風が止んでも放そうとしない。
 「俺が殺した」
 サムライが吐いた言葉に硬直、探るように表情を覗き込む。
 サムライは僕の肩口に額を預けたまま微動だにせず、茫然自失の体でいる。
 「俺が殺したんだ」
 感情の伴わぬ口調で繰り返し、脱力したように僕の肩に凭れ掛かる。救い難く虚ろな目には何の感情も浮かんでおらず、死のような虚無だけを眼窩に溜めている。    
 「炎から僕を庇うために、自分から手を放したんだな」
 そうするしかなかった。
 そうしなければ二人とも、否、三人とも焼き殺されていた。
 サムライは僕を助ける為に咄嗟に静流を放し、両腕でもって僕を引っ張り上げたのだ。
 静流の辿る運命を予期していながらも僕を助けるにはそれしかなく、炎がおさまるまでのあいだしっかりと僕を抱きしめてくれた。
 全身至る所に酷いやけどを作り、皮膚を爛れさせ、服をぼろぼろにして。
 自分の身を犠牲にしてまでも、約束どおり僕を守り抜いてくれた。
 「俺が殺した。静流を、あいつを………炎で溶かされて跡形もなくなると知っていながら、火炙りの地獄に悶え苦しむとわかっていながら自分の命ほしさに見殺しにしたんだ」 
 「……先の発言には重大な欠陥がある」
 サムライの手首には肉を抉った爪あとが残り、痛々しく血が滲んでいた。
 サムライの手首を慎重にとり、顔の前に持ってくる。
 「『殺した』んじゃない、『助けた』んだ」
 サムライの手を頬にあてる。
 「一度しか言わないからよく聞けよ」
 頬を包む手のぬくもりに安らかに身を委ね、僕は言った。 
 哀しみを癒すことも絶望を救うこともできなくとも、言葉に何もできないと決まったわけではないと一縷の希望を捨てず。 
 掛け値なしの本心を、哀しくなる位不器用で優しい男に告げる。

 「君は人殺しだが人を生かすこともできるんだ。
  現に今、こうして僕は生かされている」

 サムライが前にも増して力強く僕を抱きしめる。
 嗚咽が聞こえてきたのは、それからしばらくたってからだった。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050426162241 | 編集
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