ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十八話

 「レイジっ!」
 風圧に抗い目をこじ開ける。
 腕で頭を庇い窓に突っ込んでいったレイジに手を伸ばすもとどかない、懸命に伸ばした手は空を掴むばかりでレイジの後ろ襟をつかまえられない。レイジが前のように髪長いままなら後ろ髪ひっ掴むこともできたのにそれもままならない。
 褐色のうなじを閃かせて車の縁から跳躍、猫科の俊敏さで宙に身を躍らせたレイジが慣れた身ごなしで窓ガラスをぶち破り車内へ消える。
 窓ガラスがハデに割れる。
 盛大な音が鳴る。
 窓ガラスに放射線状の亀裂が生じる。
 真っ白に爆ぜた窓ガラス、粉微塵の破片が鋭利にきらめき頭上に降り注ぐ。
 ジープが跳ねる。
 おもわず舌を噛みそうになる。
 レイジと入れ替わりにハンドルを握った安田は舌を噛まないよう口元を一文字に引き結び、厳しい面構えで前だけを見てる。
 とにかく事故らないようにまかり間違ってもジープが転覆しないように最大限の注意を払ってハンドルを操りじゃじゃ馬を馴らしている。
 タイヤが砂利を噛み、砂の瀑布を巻き上げる。
 タイヤに抉られた轍が延々とあとに続いている。
 蛇行する轍を作り疾駆するジープの上、転落するぎりぎりまで身を乗り出した俺は固唾を呑み、完膚なく硝子が破砕された窓の中を覗き込む。
 「まったく王様め、無茶しやがって!ロバの耳かよアイツ!?」
 ちょっとは人の説教まじめに聞けってんだ、懲りろってんだ。
 レイジは無事なのか?
 猛スピードで走行中のジープん中じゃ様子がわからない、砂の瀑布に遮られてバスの運転席の様子が窺えない。
 露骨に舌を打ち、砂でじゃりじゃりする口を手の甲で擦って運転席に向き直る。
 「止めろよ安田、レイジはあの中だ、俺もあとを追う!」
 「無茶を言うんじゃない!時速100キロのジープからバスへ飛び移るのは異常な身体能力に恵まれたレイジだからできたことだ、君が実践したら無難に死ぬ!刑務所の秩序と安全をつかさどる副所長として危険なまねを許すわけにはいかない!」
 「あんま堅苦しいこと言ってんとハゲんぞ安田、盗んだジープで走り出したくせにこまけーこと気にしてる場合かよ!?」
 「盗んだのではない、借りたのだ。副所長の権限は逸脱してない」
 焦燥の面持ちでハンドルをさばき、安田がきっぱり言い返す。
 自己弁護はお手の物だ。
 俺は安田の肩に手を添え立ち上がり、背後から首を絞めんばかりの勢いで食ってかかる。
 「レイジが、俺の相棒があの中にいるんだよ!暴走バスん中でヨンイルと殴り合ってんだよ、万一レイジがやりすぎちまった時のために俺がいなきゃまずいだろうが!あんたは知んねーかもしれねーけどレイジを止められんのは俺だけだ、この世でたった一人俺だけだ。今すぐジープを止めて俺を行かせねーと後悔するぞ、この先バスが砂漠に突っ込んでガソリンにエンジンが引火して爆発すんの確実だ」
 安田がちらりと俺を見る。
 銀縁眼鏡の奥の双眸が細まり、嘆きの表情が浮かぶ。
 俺は一歩も意見を譲らない頑固な顔つきで安田を睨みかえす。
 目の下に隈を作り頬がやつれた憔悴の面差しには疲労の色が濃いものの、おそろしく切れ者の印象を与える双眸の鋭さは失われてない。
 眼鏡の奥でしずかに瞼を下ろし安田が自問する。
 俺は運転をトチらないかひやひやして安田の手元に目をやっていた。だが安田はふしぎと運転をミスしなかった、眼鏡の内の目を閉じていてもどこでハンドルを切ってアクセルを踏みブレーキをかければいいかが条件反射として体に染み付いてるらしく円滑な動作でジープを御している。安田が手元をおろそかにしないか心配しつつ、身を乗り出しがちに後部シートに正座して答えを待つ。
 憂慮に眉をひそめ、安田がそっけなく首を振る。
 「ダメだ、副所長として勝手なまねを許すわけにいかない。私の手のとどかぬところで危険に身をさらすのは直ひとりで十分だ。せめて視野に入るところでは囚人の安全を守りたい」
 キレた。
 こめかみの血管がまとめて二三本ぶち切れる音がした。
 俺は衝動的に立ち上がり運転席に身をのりだすや、狼狽する安田からハンドルをひったくる。
 肩から当たって安田を押しのけ強引にハンドルを掴む、足元に視線を落としてブレーキ板をさがす。
 あった、あれだ。
 ブレーキ板に乗っかった安田の足をぞんざいに蹴りどかし、隙間に薄汚れたスニーカーを割り込ます。
 「なにをするロンやめないか、大人しく後部シートに座っていろ、交通法違反で逮捕するぞ!」
 「もう逮捕されてんだよ、前科が積み上がったらロン!て叫んでやるさ!」
 狭苦しい空間に体ごと乗り込み見よう見まねでハンドルを操作する。安田の手の上から右へ左へと勘と気の向くままハンドルを回せば、起伏に乗り上げたジープが盛大にバウンドする。
 俺からハンドルを奪い返そうと必死な安田と激しく言い争いながらも意地でもハンドルは渡さず、ブレーキ板に足をのせる。
 「今助けにいくからな、レイジっ」
 全体重をかけてブレーキを踏み込む。
 もちろん俺は無免許だ、車の運転なんざ出来るわきゃない。
 なにも威張れることじゃないがここまできたらもう開き直るっきゃない、腹を括って突っ走るっきゃない。
 正面の虚空を睨み、奥歯を食い縛り衝撃に耐える。
 「危ないっ!」
 隣で安田が叫び、大声に驚いて咄嗟にハンドルを切る。
 ブレーキを踏み込むと同時に手が滑りハンドルが勝手に回り、砂の飛沫を上げて蛇行したジープがバスの進路方向に踊りだす。
 ハンドルを握る手がじっとり汗ばみ、緊張で異様に喉が乾く。

 よりにもよってバスの目と鼻の先。
 正面衝突は避けられない。

 押しても引いてもうんとも言わず、癇癪起こしてけっぽってもプスンと不機嫌なエンジン音を立てるばかりで完全にヘソを曲げちまった。
 エンジンが故障したのだ。酷使が祟ったエンジンが濛々と蒸気を噴き上げる中、砂でざらつく口を大きく開けて息を吸い込む。
 『停!!』
 停まれ。 
 関節が白く強張る程にハンドルを握り締め、顔を真っ直ぐ上げてガンをとばす。猛然と迫り来るバスの運転席にヨンイルが座ってる。
 その後ろにレイジの姿もちらりと見えた。
 「ロン!」
 耳の裏で安田の声がする。
 放心の体でハンドルを握りながら横に目をやると、焦燥にひりつく面持ちで安田が怒鳴り、俺の肩に手をかけ激しく揺すってる。
 そうだぼんやりしてる暇はない今すぐ逃げなきゃでもジープはどうする故障して動かないのにエンストこのままほうっぽっていやでもバスと衝突はさけられないどうするどうする俺、どのみちこのままじゃバスの自重に押し潰されて安田ともどもー……
 瞼の裏をいつか見た光景が過ぎり、鼻腔の奥に鉄錆びた悪臭が広がる。

 廃車の下敷きになって絶命したチームの連中、手榴弾の爆発で手足がちぎれてぶよぶよと奇怪な肉塊と化したガキども、大破したスクラップ置き場の光景ー……
 おぞましい惨劇の現場。

 「っ………!」
 記憶の中の光景がすぐにも現実になる予感に戦慄し、体が硬直する。今度は俺がバスの下敷きになって潰れる、ひしゃげたジープの下敷きになってみじめな亡骸をさらすばんだ。
 俺の中で何かが切れた。
 狂ったようにハンドルを殴り付けアクセルを踏み込む、甲高い奇声を発して躍起になる。
 だめだ、間に合わない。
 バスはすぐそこまできてる。
 エンジン音が大きくなる、強大な重圧を感じる、バスの巨体が視界を圧して影に呑み込まれる。 
 俺の頭上にバスの巨体が被さってくる……
 「ロンっ!!!!」
 叱責に鞭打ちたれ、体が宙に投げ出される。
 天地が反転、視界を茜空が占める。
 何が起こったのか一瞬わからなかった。
 俺を小脇に抱いた安田が間一髪、衝突寸前のジープから脱出したのだと気付いたのは地面に不時着してからだ。
 ネクタイと背広を翻し砂の上に転がる安田、その小脇に抱かれた俺も落下の勢いを殺せず砂の上を転がる。
 それでも安田は俺を放さなかった。
 俺の体をしっかり抱き抱えたまま砂に叩き付けられ全身を打撲し全身砂まみれで転がり、眼鏡にひびを入れて落下の衝撃に耐え切った。
 安田と衝撃を分担したおかげで、俺自身は擦り傷だけですんだ。
 「ぶっ!」
 突然目の前が暗くなり呼吸が苦しくなり口の中にじゃりじゃり砂が流れ込む。安田が俺の上にかぶさってるのがわかる、背中にぴたり体を密着させ俺を庇うように伏せってるのがわかる。
 でも重い。
 砂に埋もれてこ息ができやしねえ。
 砂から顔を引き抜き、唾と一緒に砂を吐き出す。
 そして、目を見張る。
 目の前でバスとジープが転覆していた。
 「レイジいいいいいいいいいィいいいいいいいいいいいいい!?」
 砂に突っ伏した姿勢から跳ね起き、一散に走り出す。
 砂に足を取られて往生しつつ焦燥に駆られてバスに近寄り、中腰の姿勢でフロント硝子を覗き込む。
 くそっ、一面に砂がへばりついて何も見えやしねえ。
 フロント硝子の砂を拭おうと手を掲げ、こんな悠長なことしてる場合じゃねえと自分の馬鹿さ加減を呪い、はやる気持ちを抑えて横手に回りこむ。
 砂を蹴散らして迂回し、ひどく苦労してバスを攀じのぼる。
 ガラスが爆ぜ飛んだ窓が視界に現れる。
 ついさっきレイジが突っ込んでった窓だ。
 ここからなら出入り可能だと判断、ガラスの破片でギザギザになった窓枠を靴底でならし、窓枠を掴んで中に飛び込む。
 だらりと体がぶら下がる。
 窓枠を掴んだままあたりを見回し、硝子の破片が散乱した惨状に冷や汗をかく。
 バスの中は本来の窓が天井になり平行な床が斜面になり、側壁から座席が生えていた。とっかかりをさがして視線を泳がせるうち床に固定された座席がちょうどいい足場になると発見、息を止めて慎重につま先をおく。
 タイミングをはかり、窓枠からパッと手を放す。
 垂直に落下する途中、手近の背凭れにとびつく。
 「生きてるか、レイジ、ヨンイル?」
 「うぅん…………」
 緊張感だいなしの寝ぼけ声。 
 はっとして視線を落とす。
 窓の片側、すなわち足元の方で呻き声がした。
 窓を背に股開きでひっくり返ってるガキがいた。
 ヨンイル。
 「生きてたのかお前、しぶてーなっ」
 軽く背凭れを蹴った反動で床の斜面を滑り、ヨンイルの所に行く。
 たった今まで事故の衝撃で失神してたらしいヨンイルが薄っすらと瞼を上げ、焦点のおぼつかない目で俺を見る。
 当たり前というか何というか、ヨンイルは擦り傷だらけで結構悲惨な有様だが命があるだけまだしも悪運が強いほうだ。
 無意識にゴーグルをさぐりつつ、朦朧と起き上がったヨンイルの額には硝子の破片が刺さってる。
 「知っとるかロンロン、邪眼の手術てごっつ痛いんやで。傷口をナイフでぐりぐりするのの何十倍も痛いんやて。せやからこん位どってことあらへん」
 「頭打ったのか?気の毒に」
 額からだらだら血を流し寝言をほざくヨンイルを無視、あたりを見回す。
 いた。
 「レイジ!」
 ヨンイルから少し放れた場所にレイジが倒れていた。
 ぐったり倒れ伏せたレイジに這い寄り、意識を失った体を抱き起こす。体じゅうをまさぐり怪我がないか確かめ、ほっと安堵の息を吐く……
 緊張の糸がゆるみ、途端に涙腺が熱くなる。
 「ばかやろう、心配させんなよ。さっきいったばっかじゃねーかよ、心配かけんなって、無茶すんなって。なにが王様に不可能はないだよ、王様だって人間なんだ、走ってる車からバスに飛び移るようなスタントやらかして無事ですむかよ……お前といたら命がいくつあってもたんねーよ」
 ぐったり弛緩したレイジの体に腕を回し、縋るように抱きしめる。
 じんわり熱をおびた瞼をきつく瞑り、規則正しく鼓動する胸に顔を埋め、干し藁に似た匂いを吸い込む。
 「猫には九つ命があるって言うぜ」
 パッと放れようとしたが、遅い。額に熱く柔らかい感触がふれる……忘れようとしても忘れられない唇の感触。意識を失ったふりで俺に寄りかかっていたレイジがしてやったりと笑ってる。悪ガキがそのまま大きくなったような憎めない笑顔に怒りが萎み、いったん振り上げた拳を引っ込める。   
 レイジが無事でよかった。
 ついでにヨンイルも。
 「ロン、二人は無事か?」
 頭上から声が降ってくる。
 いつのまにかバスに攀じのぼった安田が、心配げに窓から覗きこんでる。
 「無事無事。このとおりぴんぴんしてるよ。ドライバーズ・ハイなコイツを運転席から引っぺがすのに少し手こずったけど……ヨンイル、お前今度は何の漫画に影響されたんだ?」
 「ホットロードと特攻の拓……あかん、こんなことしとる場合ちゃう、はやく炉に行かな俺の直ちゃんがさらわれて吊るされてドボンで勇午の二の舞に……ミミズ風呂の恐怖ふたたび……」
 頭を打ったショックで現実と漫画の区別がつかなくなったヨンイルが、破片の刺さった額から血を垂れ流しつつ出口へと這いずっていく。
 ……いや、頭を打ってなくても同じか。
 這う這うの体で座席をよじのぼり、割れた窓から脱出を試みるヨンイルを安田がすかさず救助する。
 俺とレイジもあとに続く。
 どこまでしぶといんだか悪運が強いんだか、擦り傷以外は大した怪我もないレイジは俺の先を越して自力で脱出をはたしちまった。
 助けに来た俺のメンツも考えろっての。
 最後に俺がバスから脱出する。
 安田に右腕をレイジの左腕を引っ張り上げられ、拉致連行される宇宙人さながら二人の間に吊るされた姿勢のまま空を見上げれば、無駄なカーチェイスに時間をとられたせいでとっぷりと日が暮れていた。
 「鍵屋崎を助けに行かなきゃ」
 同意するように安田が深く頷く。
 「ヨンイル、言いたいこと聞きたいことは山ほどあるがとりあえずは後回しだ。現在は鍵屋崎の救出が最優先事項だ。君は、否、君たちは鍵屋崎の居場所を知ってるんだな?鍵屋崎が拉致された場所に心当たりがあるのだな?それは確かか」
 ヨンイル、レイジ、俺を順繰りに見詰めて縋るような面持ちで詰問する。
 内心エリート副所長にこんな人間くさい顔ができることに驚いた。
 眉間に刻まれた皺から割れた眼鏡の奥で真摯な光を宿す目から緊張に強張った顔から、消息不明の鍵屋崎を心配する気持ちが痛い程伝わってきた。
 「あったりまえや。俺がやみくもにバス乗っ取って突っ走ってたように見えたんか?」
 さも心外そうに反論するヨンイルに鼻白む。
 「そうとしか見えなかったけど」
 「しゃあいないやんか、バス運転すんのはじめてやもん!ハンドルがちィとも言うこと聞いてくれへんで肝冷やしたわホンマ。金田一かコナン張りの名推理で直ちゃんの居場所がわかってバスぶんどったはいいものの、ブレーキとアクセル間違えて踏んでまうしハンドルは逆に切ってまうしでミスターノーブレーキ迷走状態やったんや。レイジが来てくれな死んどった」
 「感謝しろよ道化」
 「せやけど何も蹴りいれることはないやろ首のうしろに。人体の急所やで」
 愛嬌たっぷりに八重歯を光らせて、ヨンイルがにっこり笑う。 
 「大丈夫、運がよけりゃ死なねーから」
 反省した素振りもなくレイジがにっこり笑う。
 こめかみに青筋立てたヨンイルが腰を浮かすと同時にレイジも立ち上がり、腕を交差させ互いの胸ぐらを掴む。
 ガキだこいつら。
 鍵屋崎の命がかかってる一大事にやってる場合かよと怒鳴りたいのを堪え、重たい腰を上げて仲裁に入る……
 「鍵屋崎の命がかかってる重大事につまらない喧嘩をしてる場合か、君たちは鍵屋崎の友達じゃないのか!?」
 俺が言おうとした台詞をそっくりそのまま奪い、安田が激発する。
 本気で怒った安田をはじめて見た俺たちは全員揃ってぽかんと口を開ける。レイジとヨンイルは互いに胸ぐら掴んだままあっけにとられ、俺はといえば体の脇に手を垂れ下げたまま間抜けヅラをさらすしかない。
 安田は言い逃れ許さじと毅然たる態度で、辛抱強く俺たちの答えを待っている。
 オールバックは風に吹き乱れて前髪が下り、眼鏡のレンズにはひびが入り、背広のシャツもズボンも全身砂まみれの悲惨な風体はよってたかってレイプでもされたみたいだ。
 だけども不思議な威厳があった。
 どんなに汚れてくたびれていても内から滲みでる高潔さがあった、眼鏡の奥から注がれる眼差しはどこまでも真剣で静かな威圧感があった。
 俺は深呼吸した。
 友達かと問われれば、答えは決まっている。
 「ダチだよ」
 「ダチだ」
 「ダチや」
 暮れなずむ空の下、綺麗に声が揃った。 
 そろそろ残照の最後の一滴が溶け落ちようという頃合で、濃密な暗闇がまわりに立ち込めている。
 俺、レイジ、ヨンイル。
 鍵屋崎のダチだと競うように答えた俺たちひとりひとりに向き直り、その表情を満足げに見詰め、安田が口を開く。
 「なら、やることはひとつだ」
 安田が颯爽と立ち上がる。折から吹いた風が勢い良く砂塵を巻き上げ、安田のネクタイをたなびかせる。
 風に捲れる前髪を片手で押さえ、眼鏡の奥の双眸を細め、はるか砂漠の向こうの巨大な塊に視線をはせる。
 「鍵屋崎を取り戻しにいく」  
 安田を隣に立ち、同じ方向に目を向ける。
 砂丘をこえたはるか向こうに存在する建造物は不気味な威容を醸している。要所要所で直角に折れて連結する鋼鉄のパイプに梯子やら重量感のあるタンクやらが複雑に組み合わさり、直線と曲線が融和した幾何学的な外観は何かの施設か工場をおもわせる。
 「あれか」
 思わず声を上げた俺の隣、伸びた前髪を風に嬲らせ、眼帯で覆われてない右目に愉快げな光を湛えてレイジがうそぶく。
 「焼却炉さ」
 あそこに鍵屋崎がとらわれている。
 サムライと静流がいる。
 「待っててや直ちゃん……今すぐ助けにいくさかいもうすこしの辛抱やで」
 ヨンイルが決意を秘めて拳を握り込み、激しい風から目を守るようにゴーグルをずり下ろす。
 「直を助けるのは、この私だ」
 隙なくゴーグルを装着したヨンイルが先頭きって大股に歩き出し、表情を改めた安田が律動的な歩調で後に続く。
 対抗心を発揮してるんだか何だかヨンイルと張り合って歩を速める安田を見送り、不安を隠せずにレイジの横顔を探る。
 「鍵屋崎とサムライ、ちゃんと帰ってくるよな。俺たち間に合うよな」    
 レイジは答えない。ただ黙って遠くを見詰めている。近くにいるレイジを遠く感じるのはこういう時だ、何も話さずどこかを見ているときだ。
 沈黙に不安が増し、肌寒い風から身を庇うようにレイジに寄り添う。
 視線の先に二対の足跡が続く。 
 無限に連なる砂丘をこえた場所にある巨大な焼却炉へとヨンイルと安田は向かっている。
 取り残された俺たちは互いに寄り添い遠くを眺め、残照の最後の一滴が落ちる束の間、しずかに目を閉じて鍵屋崎の無事を祈るー…… 

 また俺たちが笑い合える日がくるように。
 食堂で馬鹿騒ぎできる日がくるように。
 
 「帰ってくるよ」
 レイジが俺の手をぎゅっと握る。
 俺も手を握り返す。
 しっとり汗ばんだ温かい手に包まれ、覚悟を決める。
 「んじゃ、火遊びが過ぎたダチを迎えにいくか」
 レイジが明るい笑顔で向き直り、俺は自然と苦笑いした。
 「手の焼けるダチをもつと苦労するぜ、本当に」

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050427151156 | 編集
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