ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十七話

 夢の中でも自分の名前は忘れられなかった。
 「……………」
 まだほんの数ヶ月前の出来事なのに何年も昔のことのように思える。僕が両親を刺殺する数ヶ月前……半年前だろうか、あれは。
 薄暗がりの房を見渡す。
 時間の感覚が狂っている。今はいつだろう。夜?朝?豆電球を消した房の中は寂と静まり返っている。隣のベッドに目をやる。いつのまに帰ってきたのか、毛布が人型に盛り上がっている。就寝中のサムライを起こさないよう慎重にベッドから降り、ひんやりした床を歩いて洗面台に向かう。眼鏡を外し、畳み、洗面台の縁に置く。錆びた蛇口を捻ると鉄臭い水が迸る。両手で水を受けてしずかに顔を洗う。よく冷えた水が小気味良く顔を叩き、頭の芯にまとわりついていた靄の残滓が晴れてゆく。
 眼鏡をはずした視界はぼんやりとぼやけていた。至近距離の鏡に映る自分の顔さえはっきりとは見定められない獏とした不安感に苛まれ、乱暴に蛇口を閉める。蛇口から滴り落ちた雫の一滴が排水口へとすべり落ちてゆくのを確認し、眼鏡を手に取り、かける。
 視界が拭われたように明瞭になり、矩形の鏡に映しこまれた自分の顔がはっきりと視認できた。
 『君は鍵屋崎夫妻のどちらとも似てないな』
 ここに来た最初の日、安田に言われた言葉が記憶野によみがえる。似てないはずだ。僕は鍵屋崎優と由佳利の子供だが、あの二人と血縁上の繋がりがあるわけではない。両親双方の遺伝子を受け継いでないのに容姿に類似性があったらそちらの方が不可解だ。
 洗面台の縁に両手をつき、じっと排水口を見つめる。排水口の奥の暗渠から何かが浮かび上がってきそうな錯覚にとらわれ、目がはなせない。何か―油性の光沢をまとった、黒い水泡。
 『きみは強いね』
 排水口から沸いてきた黒い水泡の表面に映しだされたのは、リュウホウの顔。僕とは決して目を合わせず、気弱そうな笑みを浮かべた顔が黒い水泡の表面に浮かんでいる。
 歪に膨らんだ水泡の表面に映し出されたリュウホウの顔の角度が変わり、どこかよそよそしい声が聞こえてくる。
 『きみは強いからひとりでも大丈夫でしょう』
 パチン。
 水泡が弾け、無数の水滴が散る。リュウホウの顔も消える。これは―これは幻覚なのか?リョウに飲まされたクスリの副作用があとを引いているのかもしれない。飲んですぐに吐き出したとはいえ楽観できない。あれは本当に抗鬱剤だったのだろうか。それにしては症状が悪化してるように感じられてならない。気休めのコカインかドラッグか、不純物の多い覚醒剤の可能性もある。
 悪夢と現実の境界線が朦朧と溶け合っているせいで何が幻覚でそうじゃないのか、自信を持って断言できない。こんな状態がもう一週間も続いている。気分は最悪だ。目を閉じても開いても状況は一向に改善されない。重油で澱んだ沼の中を泳いでいるような重苦しい圧迫感が寝ても覚めても胸にのしかかってくる。
 キミハ強イカラ一人デモ大丈夫デショウ。
 リュウホウの言う通りだ。僕は強い、少なくともリュウホウよりは。僕にはこの天才的な頭脳がある、これがあればこれからもずっと生き残れるはずだ。リュウホウの二の舞にはならない、ダイスケと同じ轍は踏まない。
 僕が死んだらだれがこれからさき恵を守るんだ?
 気だるい足をひきずってベッドに戻り、腰をおろす。めくれた毛布の下から覗いているのは昨夜握り締めたまま眠ってしまったあの手ぬぐいだ。手ぬぐいを掴み、眺める。サムライから借りてリュウホウに貸した手ぬぐい。ただひとつ手元に残ったリュウホウの形見。   
 形見?
 その連想に自然、口元に自嘲の笑みが浮かぶ。これはただの手ぬぐいだ、棉素材の布きれだ。薄っぺらい布きれをリュウホウの形見と称して感傷に耽るような湿っぽい趣味は僕にはない。
 じゃあ、なんで僕はこの手ぬぐいをいまだ手放さないでいるんだ?
 リュウホウの死から一週間が経過した現在でも手ぬぐいを握り締めているのはなぜだ?なにかに縋るように手ぬぐいを握り締めているのはなぜだ?わからない。「わからない」は無敵の免罪符だ。「わからない」とさえ言えばそれ以上考えずに済む、本当はすぐ近くにある答えから目を背け続けていられるからだ。
 思考停止状態に陥った僕は無意識に手ぬぐいをもてあそびながら様々なことを思い起こす。
 リュウホウ。ダイスケ。安田。レイジ。ロン。リョウ。サムライ。両親。恵。これまで出会ってきた全ての人々の顔が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。十五年の人生は長いだろうか、短いだろうか。日本人の平均寿命が八十歳とすれば短いだろうがもう八十年分生きた気がする。東京プリズンにきてからもう何十年も経った気がする。このままこの檻の中で朽ち果ててゆくのならいっそ―……
 いっそ、なんだ?どうするつもりだ?
 「……」
 愕然として膝においた手ぬぐいを見下ろす。膝においた左手がしっかりと手ぬぐいの端を握り締めていた。強張った指をこじ開け、手ぬぐいを放す。思考が空転する。自分が何をするつもりだったのか、何をしようとしていたのかわからなくなる。
 いや、わからなかったはずがない。
 僕は天才だ。天才にわからないことなどあるはずがない。
 本当はわかっていた。わかっていたが、認めるわけにはいかない。そんなこと認められるわけがない。もし認めてしまえば僕は―

 静寂を突き破り、大音量のベルが鳴り響いた。

 「!」
 反射的に手ぬぐいを握り締め、腰を浮かす。房の中を見渡すと大気が薄らと青みをおびていた。鉄扉に設けられた格子窓から射しこんだ光が房の中をよこぎっているのだ。いつのまにか夜が明けていたらしく、朝食を報せるベルに叩き起こされた囚人たちが廊下にわきだし、にわかに外が騒がしなくなる。
 隣のベッドで動きがあった。
 殆ど条件反射で手ぬぐいを後ろ手に隠し、腰を上げる。隣のベッドで起き上がったサムライが緩慢な動作で首を巡らし、自分が寝起きする房に異常がないか確かめる。壁を迂回した視線が僕を通過してからまた戻ってくる。
 「………早いな。起きてたのか」
 寝ぼけ眼というには鋭すぎる双眸で僕を一瞥し、毛布を持ち上げるサムライ。衣擦れの音も殆どない、もはや日常の習慣となった忍び足で床に降り立つや、無関心に僕の前を通り過ぎて洗面台に向かう。蛇口を捻り、顔を洗う。水音だけが響く房で息を詰めてサムライの背中を見つめる。
 顔を洗い終えたサムライの背筋がすっきりと伸び、顔を拭くものをさがしてきょろきょろとあたりを見回す。肩越しに振り向いた視線が僕の背後、正確には僕が後ろ手に隠した手ぬぐいに注がれているのに気付く。
 サムライと目が合う。射抜くような双眸。
 「これはだめだ」
 だめもなにも元々サムライの持ち物だと口にしてから気付き、非常にばつの悪い思いをする。僕に拒絶されたサムライはとくに文句を言うでもなく、囚人服の上着を掴んで無造作に顔を拭いた。ベルの音が大きくなる。耳小骨を震動させる大音量のベルに急き立てられ、一足先に食堂に行こうとしたサムライがノブに手をかけた姿勢で呟く。
 「手ぬぐいを持っているのはかまわないが」
 何を言い出す気だ?
 心臓が跳ね上がり、動悸が速まる。
 「俺の貸した手ぬぐいで首を吊るなよ」
 「……………、」
 反論するよりはやく鉄扉が閉じ、サムライの姿が視界から消える。格子窓の隙間を覗きこむ。きびきびした大股で廊下を去ってゆくサムライの言葉が耳の奥で反響する。
 僕が首を吊ろうとしていただって?どこからそんな発想がわいてくるんだ、アイツの思考回路は理解できない。
 大股に去り行くサムライを見送って嘲笑しようとしたが、顔筋がうまく動かず失敗する。事実、僕の手の中には手ぬぐいがある。サムライから借りた手ぬぐい、リュウホウの命を奪った手ぬぐいが。
 手の中の手ぬぐいを今一度見下ろし、角と角を一ミリの狂いなく重ね合わせ、神経質に畳んでポケットにしまう。
 思い返せばサムライと言葉を交わすのは一週間ぶりだ。これまでは話しかけられても徹底して無視してきた。会話らしい会話とはとても言えない無意味な応酬だが、それでも。
 サムライの態度がいつもと変わりなく素っ気ないことに安堵している自分がいることもまた、否定できない。
 同情されるのはごめんだ。へたに気を遣われるのも嫌だ。気付かないふりをしてくれるのがいちばんいい。

 サムライは気付いているのだろうか。
 見抜いているのだろうか。
 どこまで?

 「僕が首を吊ろうが、貴様に関係ない」
 ノブに手をかけて苦々しく吐き捨てる。
 僕が首を吊ろうがどうしようがサムライには関係ない。関係ないはずだ。そうだろう?
 惰性で呼吸している今だって互いを空気のように無視してるのだから。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060421030721 | 編集
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