ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十六話

 「……………馬鹿な」
 呆然と呟く。衝撃で頭が真っ白になる。
 自分の意志では指一本動かせない全身硬直の状態でひたすら炉を覗き込む。
 たった今サムライを呑み込んで巨大な泡を生み出した炉は、今再び何事もなかったように泥流の表面を保ち間欠的な噴火をくりかえす。
 高温で煮立つ炉から大小の泡が噴出、膨大な量の火の粉が濛々と舞い上がる。
 サムライが死んだ。
 死亡した。
 僕の眼前で真っ逆さまに炉に落ちた、肉と骨を溶かして跡形もなくすマグマの吹き溜まりへと真っ逆さまに落ちて瞬時に蒸発してしまった。
 細胞の一片たりとも残さず、完全に消滅してしまった。
 大気中に散じたサムライの残滓をかき集めようと手を伸ばしかけ、漸く手を吊られてるのを思い出す。
 遥か足元で泡が破裂、炉が沸騰する。
 サムライの姿はない。
 どこにもない。
 完全に僕の視界から消えてしまった。
 「…………あ、」
 「死んだね」
 手摺に手をかけて炉を見下ろし、あっけなく静流が嘯く。
 どこか拍子抜けしたような静流に目を向ける。
 壊れた手摺の向こうには虚空が広がっている。
 サムライが背中を凭せた瞬間、謀ったように体重を預けた手摺が傾ぎ、無防備な向きに倒れたのだ。
 偶然ではない。偶然の筈はない。
 故意だ。作為だ。
 人為的な罠だ、姑息な工作だ、卑劣な小細工だ。
 静流の態度がすべてを物語っている。
 紅を塗らずとも赤い唇を綻ばせ、妖艶に微笑む。
 背徳の色香匂い立つ魔性の微笑み。
 サムライが没した炉で勢い良く火が爆ぜる。
 更に火勢を増して激しく燃え盛る炉を眺め、細めた双眸に踊り狂う火影を映し、感慨深げに独りごちる。
 「漸く終わった。復讐が」
 片手を手摺に添えたまま、空いた手を見下ろす。
 己の手を見下ろし微動だにせぬ静流のまわりを火の粉が取り囲む。
 紅襦袢の裾がたなびくように華美に火の粉が舞う中、先刻まで鉄パイプを握っていた手のひらを見詰め、軽く指を握りこむ。
 「僕のこの手で帯刀の因縁を断ち切ったんだ。長年僕たちを苦しめ続けた帯刀の呪縛を断ち切ったんだ、すべてを終わりにしたんだ。これでもう僕らを苦しめるものはなくなった、諸悪の根源たる帯刀貢は炎に消えた、僕らを帯刀家に縛り付けていたものはなくなったんだよ……姉さん」
 決して掴めぬ物を掴もうとするように指を折り曲げる。
 形なきものを掴もうと五指を握りこむ静流、深々と頭を垂れたその姿は姉と従兄の死を悼んでいるかに見える。
 手摺に縋って面を伏せた静流の頭上にて、宙吊りにされた僕は放心状態から脱することが出来ず、虚ろな目で炉を見詰め続ける。

 「サムライが死ぬわけがない」

 僕を残して死ぬはずがない。
 ずっと僕を守ると約束したんだ。
 今度こそ僕を抱くと約束したんだ。
 武士が約束を破る筈がない。
 誰より高潔で誇り高い侍が、信念を捨てる筈がない。

 『しばし、抱かせてくれ』
 僕はまだ侍のぬくもりを覚えている、侍の心臓の鼓動を覚えている。
 「必ず生き残って、僕を抱くんじゃなかったのか」
 侍。
 『必ず助ける。必ずこの手にお前を抱く』
 サムライ。
 『愛しているんだ、お前を。狂おしいほどに』
 僕のサムライ。

 「君が死んだら、僕は狂うしかない。君がいない世界で狂わずにはいられない。君のいない孤独に耐えられず狂わずにはいられない」
 狂気に似た衝動が噴き上がる。
 胸が痛い。
 痛くて痛くて張り裂けそうだ。
 サムライどうした何故戻ってこない炉から這い上がってこない、この程度で終わりか、終わりなのか?
 君はその程度の男だったのか、口ほどにもない。
 僕を抱いて必ず守ると誓ったあれは嘘か、必ずまた僕のもとに戻ってくるという約束は嘘か、貴様の存在すべてが嘘で塗り固めた虚構だったとでも?
 ……信じない。認めない。
 そんなことは絶対に認めない、こんな現実は絶対に許容しない、鍵屋崎直の全てを賭けてこんな現実否定してやる、サムライが存在しない世界を否定してやる。
 サムライ。
 生まれて初めてできた僕の友達、かけがえのない存在、僕を救い上げてくれた男。君がいればこそどんな過酷な障害も乗り越えられた、来る日も来る日も性欲を剥き出した男に犯される売春班の生き地獄もレイジとロンの関係に亀裂が入った時も、みっともなく見苦しく最後まで足掻いて足掻いて足掻ききることができた。
 プライドをかなぐり捨てて大切なものを守り抜くことで、僕が僕たる最後の一線を死守することができたのだ。  
 それを教えてくれたのはサムライだ。
 みっともなく見苦しく格好悪く、足掻いて足掻いて足掻ききって希望を掴むことを教えてくれたのはサムライだ。
 最後まで諦めるなと背中を押してくれたのはサムライだ。
 辛くて苦しくて挫けそうな僕を叱咤してくれたのはサムライだ。
 僕が東京プリズンで生き抜けたのは彼が、サムライがいたからだ。
 隣に常にサムライがいたからだ。 

 「………はっ!」
 ………そうだ。
 僕ともあろう者が忘れるところだった。
 希望を。

 「勘違いもはなはだしいぞ、静流。これしきのことであの往生際の悪い男が死ぬものか。サムライが男が炉に落ちたくらいで蒸発するような根性なしであるものか、僕が友人と認めた男が簡単に死ぬものか、たとえ炉で煮られ炎で焼かれても彼は不滅だ、僕が愛するかぎり帯刀貢は不滅だ!!」

 僕は全身全霊をかけてサムライを愛する。
 サムライは全身全霊をかけて僕に尽くす。
 僕らが全身全霊で互いを思い合うかぎり僕たちは死なない、僕らは互いを生かし合う。

 「サムライっ!!」
 脂汗が目に流れ込み視界がぼやける。
 鉛の如く重たい瞼を意志の力でこじ開け、重圧に抗う。
 僕は声振り絞り叫ぶ、必死に叫ぶ。
 もはやなりふり構ってなどいられない、恥も外聞もかなぐり捨て全身全霊でサムライに想いをぶつけずにはいられない。
 たとえ傷口が開いて腸が零れようとも激しい痛みと熱で意識が爆ぜ飛ぼうとも泡沫と化したサムライを声の続く限り呼ばずにいられない。
 「貴様この程度で終わるのか、この程度の男なのか、事もあろうに僕を抱くと宣言しておいて戦闘開始から十分ももたず死亡するような
口先だけの男なのか!?もしそうなら貴様には幻滅だ。貴様はこの僕が認めた男IQ180の天才鍵屋崎直が認めた誇り高き侍だ、貴様になら抱かれてもいいと僕に思わせた唯一の男だ、僕の唯一の男だ!!忘れたのかサムライ僕を抱いた時の感触を、僕の息遣いと鼓動を、僕が君に託した熱を!!」

 サムライ。
 サムライ。
 生きててくれ、サムライ。
 僕を残して逝かないでくれ、僕をひとりにしないでくれ、約束を守ってくれ。
 また「直」と呼んでくれ。笑ってくれ。
 そして今度こそ僕を抱いてくれ、僕と繋がってくれ。

 「泣いても喚いても無駄だよ。帯刀貢は哀れ炉の泡と化したんだから」
 手摺に背中を凭せた静流が卑屈に笑うも無視、手首が捻れる激痛に脂汗をかき顔を顰め、叫ぶ。
 「抱いてくれ!!」
 もう一度顔が見たい、手に触れたい、声が聞きたい。
 「頼むサムライ、抱いてくれ。僕を思い切り強く抱きしめてくれ。君に抱かれずに終わるのはいやだ、抱かれずに死ぬのはいやだ、僕は君と………!」

 一緒に生きたいんだ。
 生きていきたいんだ。

 「………一緒に逝きたいなら、お望みどおり後を追わせてあげる」
 手摺から背中を起こした静流が緩やかな動作で鉄パイプを拾い上げ、僕の足元に寄ってくる。
 凶悪に尖った鉄パイプの切っ先が体に近付き、恐怖で喉が鳴る。
 鉄パイプの先がつと滑り、傷が開いた脇腹を掠める。 
 静流の目が嗜虐の光を孕む。
 「業火心中だ。さようなら、直君。短い間だけどそれなりに楽しかったよ」
 「………っ!」
 鉄パイプの切っ先が脇腹を貫く光景を幻視、目を見開く。
 必死に身をよじり静流から逃れようともロープで宙吊りにされていたのではどうしようもない、どうすることもできない。
 中空で暴れる僕に歩み寄り、いっそ無造作に鉄パイプを振り上げる。
 「あの紅襦袢、よく似合ってたよ。あれは姉さんの形見なんだ。あの紅襦袢を羽織れば僕も姉さんになれる気がした、僕の中に姉さんを感じることができた。姉さんの残り香に包まれて幸福な思い出に浸ることができた……」
 「ただ、の服装倒錯では、なかったんだな。つまらない感傷だ」
 さかんに宙を蹴り浮上を試みつつ、口角を吊り上げて不敵な笑みを作る。ただの虚勢だ。
 「あの世で貢くんによろしく」
 清澄に微笑んだまま静流が動く。
 風切る唸りを上げて襲来した鉄パイプが僕の脇腹を抉りー……
 突如として火の粉が舞い上がる。
 視界を覆った火の粉に軌道を狂わされた鉄パイプが手摺に激突、火花を散らす。
 「!?な、」
 静流が驚愕の相で叫び、手摺の外に向き直る。
 
 「まだ死なん」
 声が、した。
 彼の声。

 一段下の足場から届いた声に血相替えて手摺から身を乗り出す静流、僕は宙吊りにされたまま火の粉ふぶく眼下を見る。
 サムライが、いた。
 燃えていた。
 炎上していた。
 後光を背負ったように背中一面が炎上、背中に吹き流れた総髪にも火が燃え移っていた。
 「直を抱くまでは、死なん」
 「サムライ、背中が……」
 思わず息を呑んだ僕を見上げ、サムライが首肯する。
 背中が焼ける激痛に苛まれて意識を保つのも難しいはずなのに、玉の脂汗が噴き出た苦悶の形相で、強靭な意志と堅固な信念を支えに両足で立ち続ける。
 「しぶといね、まだ生きていたのか。てっきり炉に落ちたと思っていたのに」
 静流が舌を打ち、壊れた手摺を一瞥する。
 「……ああ、そうか。さっきはパッと火の粉が舞い上がってわからなかったんだ。あれは手摺が炉に没した泡と音で、火の粉をめくらましにした君は落下の直前に一段下の通路に逃げ込んだわけだ。ははっ、すっかり騙されちゃった!僕もまだまだ未熟者だ、姉さんに怒られちゃうよ。油断は禁物だね」
 火が燃える。
 サムライの背中で火が燃える。
 肉の焦げる匂いが鼻腔を突き、吐き気を催す。
 「今すぐ火を消し止めろ背中が焼けてしまう火傷してしまう、何をぼうっとしてるんだ、頭皮に火が燃え移ったらどうしようもないぞ!他の部位ならまだ皮膚移植でどうにかなるが頭皮の火傷は治りにくく細胞が死んだら髪も生えない、早く火を消すんだ消せ消すんだ、灰になる前に!!」
 次の瞬間、静流が跳ぶ。
 囚人服の上着が風を孕んで膨らみ、裸の背中が垣間見える。
 衣擦れの音も高らかに袖がはためく。
 勢い良く手摺を蹴って宙に身を躍らせるや、鉄パイプを片手に一段下の通路に転がり込む。 
 「今度こそ殺してやる。業火で灼いてやる。帯刀家に終焉をもたらすのは、この僕だ」
 「……俺が今味わってるのは、直の痛みだ」
 サムライが瞼を閉じる。
 苦痛の色濃い面持ちに夥しい脂汗が浮かび、火炙りの激痛に奥歯を食い縛り、肉の焦げる臭気があたりに立ち込める。
 僕にはわかった。
 サムライは自らすすんで炎の責め苦に耐えているのだ。
 僕が味わった痛みを共有しようと、僕が味わった痛みに報いろうと。
 「お前の甘言に騙されて直を手酷く傷つけた。直を裏切ってしまった」
 「いいんだサムライ、僕はいいんだ、こうして生きてるだけで十分だ!これからも君と生きていけるだけで十分なんだ!」
 「直が味わった痛みの何分の一、直が味わった絶望の何分の一でも俺は報いねばならん」
 サムライが深く呼吸し、切腹の構えで体前に鉄パイプを突き出す。
 サムライのまわりに火の粉が吹き荒ぶ。  
 サムライが鋭く呼気を吐き、鋭利な切れ味を誇る鉄棒を一閃する。
 
 僕が成す術なく見守る前で。
 火の粉混じりの風になびく総髪が根元からざくり断ち切られ、宙に舞う。
 鉄パイプの切っ先で断ち落とされた総髪が風に吹きさらわれ、何百本何千本もの毛髪の嵐となり、火の粉に炙られて消滅する。
 
 火の粉の爆ぜる音だけが聞こえる静寂の中。
 炉上にて対峙した修羅の片割れ、今しも自身の髪を切り落とした短髪の剣士が、ひどくゆっくりと目を開ける。
 「いざ参ろうぞ」
 サムライが上着を脱ぐ。    
 殆ど消し炭と化した上着が、炎の坩堝に落下する。 
 「俺は直と生きる。己と直の為に、直と共に地獄を生きる」
 ひどくゆっくりと瞼が開き、清冽な眼光を宿した双眸が現れる。  
 一人の侍がいる。
 過去と決別し、自ら呪縛を解き放ち。 
 炎の中で生まれ変わった侍がいる。
 「俺が振るう刀は己と直の為、直と共にある。帯刀の家名にもはや未練はない。俺は……」
 「僕は」
 背中に酷い火傷を負った侍を見下ろし、口を開く。
 呼吸を合わせ、心を一つにする。
 手が届かなくても指さえ触れ合えずとも、心を寄り添わせることが可能なら。  
 伝えたい想いがある。
 伝えたい言葉がある。
 ただ一言、

 「俺は、直の侍だ」
 「僕は、侍の直だ」
 
 呼吸が合わさり、声が重なる。
 火の粉がちりちりと燻る中、数奇な因縁に導かれた帯刀の末裔が再び対峙する。
 決着の刻。
 死闘のはじまり。
 
 「………僕は?」
 どこか気抜けした様子で鉄パイプを手に預け、静流が哀しげに微笑む。
 先ほどまでの妖艶な毒気を含んだ笑顔とは一変、透き通る微笑。  
 「僕は誰のもの?帯刀家のもの?違う。僕もだれかのものになりたかった。いや違う、僕はだれかのものになんてなりたくなかった。僕は姉さんのものになりたかったんだ、姉さんに独占されたかったんだ」
 舞をおもわせる静けさで足を運び、静流が続ける。
 「なのに結局は、僕も姉さんも帯刀家の物にすぎなかった。帯刀家の者じゃない……ただの『物』だ。帯刀家の血を絶やさぬためだけに生かされた道具だ。僕は薫流姉さんを独占したかった。永遠に僕だけの物にしたかった」
 「薫流を殺して願いは叶ったか」
 静流が疲れたふうに首を振る。
 「………僕の手には何も残らない。血の汚れしか残らない。姉さんは最期の最後まで帯刀家の物だった、帯刀家の物として生を終えた。なればこそ僕も帯刀家の物として生を捨てよう、帯刀家を滅ぼした男への復讐にすべてを捧げようと思ったのに……」
 静流がゆるやかに顔を上げ、真っ直ぐに侍を見る。
 火の粉を映して薄紅に染まる水鏡の目。
 「帯刀家の者になれぬなら、せめて帯刀家の物として死ぬ。姉さんがそうしたように」 
 静流が正眼に鉄パイプを構える。

 これまでとは比べ物にならない殺気を感じる。水の流れに似てあたりにたゆたう殺気……
 あまりに静か故に不吉なそれ。
 
 小揺るぎもせず鉄パイプを構え、伏せた双眸に光を深沈させ、美しき修羅が名乗りを上げる。
 「帯刀分家が嫡男、静流が参ります」
 今ここに帯刀の血脈が生み出した、一人の天才が出現する。

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