ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十五話

 ヨンイルが暴走した。
 虚実入り混じった情報が錯綜して東棟は天地ひっくり返ったような大騒ぎだ。独房脱走犯にして看守殺害犯の静流に鍵屋崎が拉致られて行方不明になってからはや半日、そろそろ人質の体調が心配な頃だ。
 早く鍵屋崎を見つけなけりゃさすがにやばい事になると誰もが最悪の可能性を考慮に入れてあせりにあせっている、その筆頭が西の道化・ヨンイルだ。
 通称手塚トモダチ、鍵屋崎と親しい仲にある西の道化は子分どもを率いて駆けずり回っていたがさっぱり成果が上がらずブチギレたらしい。
 現場は騒然としていた。
 野次馬と看守とが忙しく出入りして殺気立った雰囲気に包まれた地下停留場を見回すもヨンイルの姿はない、ヨンイルが乗っ取ったバスも見当たらない。
 「どこ消えたんだよ、ヨンイルは!?」
 「あ、ヨンイル一の子分発見」
 レイジの声と視線につられてそっちを見れば、顔に傷のあるガキが人ごみの中をあっちへこっちへうろついていた。
 心細げな様子でよちよち歩きしてるガキを叱咤する。
 「ワンフー!」
 ワンフーがびくりとする。
 地獄に仏、地下停留場に元同僚。
 ワンフーが大手を広げて俺たちを歓迎する。
 「ああ、半々!良かった会えて……聞いてくれよ、ヨンイルさんがとんでもねえことしでかしたんだ、よりにもよってバスジャックなんて……上にバレたら独居房送りどころじゃすまねえってのに」
 「イチから説明しろ」
 ざわつく停留場のど真ん中、人ごみの濁流を塞き止めてワンフーと対峙する。
 深呼吸を二度繰り返し、ワンフーが語りだす。 
 「俺たちヨンイルさんの命令で朝からずっと鍵屋崎捜してたんだけど全然見つかんなくて、隅から隅までさがしても出てくるのは塵やゴミや使用済みコンドームも抜け殻ばっかで、いい加減へとへとになってたんだ。ヨンイルさんも相当参ってた。ヨンイルさん鍵屋崎のことすごく心配してて、直ちゃんの身に万一のことがあったら手塚神になんて謝ったらええかわからんて責任感じて、ろくすっぽ休みもせず捜し続けてたんだけど……急に叫んだんだ」
 「なんて?」
 「『わかった、あそこや!』」
 「エウレカ」 
 「えうれか?」
 いつのまにか隣に来ていたレイジが首肯する。
 「気にすんな、続けろ」 
 レイジが顎をしゃくり、ワンフーが再び語りだす。
 「ヨンイルさんは鍵屋崎の居所わかったんだ。だからあんなに慌てて……俺たちが止める間もなく地下停留場に下りて、ちょうど帰ってきたバスのまん前に飛び出して急ブレーキかけさせて、無理矢理バスん中に突っ込んでったんだ。そんでそのまま恐ろしい形相でハンドル回して……砂漠に出ちまって……」
 「やることなすこと極端すぎんだよ、あいつ」
 鍵屋崎心配な気持ちもわかるけど子分の気持ちも考えやがれってんだ。
 俺はワンフーに同情した。
 ワンフーだけじゃない、地下停留場に取り残された西棟の連中はヨンイルの行方に気を揉んであっちへこっちへうろついたり所在なく突っ立ったりおのおの不安を丸出しにしてる。中には相棒の胸を借りて泣き崩れる奴や放心の体で虚空を見詰める奴、「あんた何ぼっと突っ立ってるんだ、西のトップが消えたんだ、バスが転覆して砂に埋もれてたらどうするんだよ、今すぐ捜しにいけよ!」と怖いもの知らずにも看守に食い下がる奴がいる。
 「どうするレイジ?」
 向こう見ずな勢いで地下停留場に来ちまったもののヨンイルを追うには車を出さなきゃいけない。徒歩で砂漠に出るのは自殺行為だ。
 ヨンイルに追いつくには俺たちもバスを乗っ取るかジープを乗っ取るかしないと不可能だ。焦燥に駆られてレイジを仰げば、王様は人の気も知らずに虚空を見詰めている。
 「レイジっ!」
 苛立ちに声を荒げる俺をよそに、レイジが人さし指を立てる。
 「しっ。聞こえねーか?」
 え?
 レイジに促されてあたりを見回す。
 地下停留場の喧騒に耳を澄ます。
 目を閉じて意識を集中、聴覚を研ぎ澄ます。
 興奮のさざめきと野太い怒声がごたまぜになった雑音の坩堝、地下停留場の喧騒に混じる重低音……
 コンクリ床を伝ってくるかすかな振動、蜂の大群の羽音に似た不吉な唸り、可聴域ぎりぎりを這うエンジンの音……
 空気がうねる。
 ざっと鳥肌が立つ。
 嫌な予感。
 「まさか」
 「伏せろ!!」
 レイジが一喝した途端、エンジンの轟音と凄まじい風が殺到する。
 顔面をぶった塵が目を潰す。
 風圧に逆らって瞼をこじ開ける。
 驚愕。
 「ひっ!」
 「地獄の暴走バスだ、逃げろ、轢き殺されるぞ!」
 ひきつけ起こしたように硬直する囚人、まわりの連中を突き飛ばし我先に逃げ出す囚人……阿鼻叫喚の地獄絵図。
 一陣の突風とともに地下停留場に殴り込んだバスはでかい胴体を右へ左へ不安定に揺さぶり、横腹を標識に掠らせてぎゃりぎゃり耳障りな軋り音と金属質の火花を生じさせ、囚人を幾人か薙ぎ倒し跳ね飛ばし、阿鼻叫喚の地獄絵図の中を無軌道に盲進する。
 蜘蛛の子を散らすように逃げまくる囚人どもに殺人バスが襲いかかる。
 タイヤがコンクリを擦る音も耳障りにタイヤのゴムが摩擦熱で焼ける異臭が鼻腔を突き逃げ遅れた俺の方へ真っ直ぐー……
 「ロン!」
 視界が反転、体が跳ね飛ぶ。
 バスに轢かれたわけじゃない、レイジに横ざまに抱きかかえられ二人折り重なってコンクリ床に転がったのだ。コンクリ床に衝突した衝撃で視界がブレて脳震盪を起こすも一瞬のこと、レイジが俺の下になって庇ってくれたおかげでかすり傷だけですんだ。 
 「ヨンイル運転できねーじゃんかよ。死人がでるぞ」 
 このままじゃ味方も敵も手当たり構わず轢き殺しちまいかねない。
 コンクリ床をぎゃりぎゃり削り俺めがけて突っ込んできたバスにぞっとする。バスの巨体に突撃食らったら良くて瀕死、悪くて即死だ。恐慌を来たした野次馬が大挙して出口に殺到する。西棟の連中は無謀にも体当たりでバスを止めようと走り出すも、いざバスと正面衝突となればケツまくってトンズラこく始末だ。
 「ヨンイルさん、おれおれ、俺っスよ!西棟のスリ師でヨンイルさんの腹心のワンフーっス、わかんないんですか!?」
 ワンフーが哀れっぽく名乗りを上げるもバスの速度は落ちず暴走は止まらない。当たり前だ、エンジン全開で暴走するバスの運転手に外から何を叫んだところで聞こえるはずない。
 こめかみを冷や汗が伝う。
 「ヨンイル、何の漫画参考にしたんだよ……」  
 ヨンイルを止めるには直接バスん中に乗り込むしかない。
 素人運転は事故のもとだ。今すぐヨンイルをハンドルからひっぺがさないと大惨事を引き起こしかねない。鍵屋崎を助けるどころじゃない、ヨンイルごとバスが大破炎上したら洒落にならねえ。地下停留場が火の海だ。
 「レイジ、お前運動神経イイだろ。ちょっくらバスの窓蹴破ってヨンイル正気に戻してこいよ」
 「簡単に言うなっつの。俺でもできることとできないことが……」
 レイジが不意に言葉を切る。レイジの視線を追う。エゴ剥き出しに地下停留場を逃げ惑う囚人と看守、その人ごみを巧みに縫って颯爽と一台のジープが現れる。凸凹の激しい悪路も砂漠の道なき道をも走破できる頑丈なジープが、ゴムタイヤの灼ける匂いも香ばしく猛然と地下を突っ切ってくる。
 「HEY、タクシー!」
 「ヒッチハイクかよ!?」
 レイジが親指を突き出す。
 そんなんで都合よく止まるかよと突っ込んだ眼前にジープが急停止。
 「安田!?」
 ジープを運転してたのは副所長の安田だった。
 いつもきっちり纏めてるオールバックが乱れ、一房二房としどけなく額に落ちかかっている。銀縁メガネの奥の双眸は怜悧な鋭さを増し、切迫した面差しには憔悴の色が濃い。着崩れたシャツに無造作にネクタイを締めた安田がレイジと俺を交互に一瞥、事務的に指示する。
 「轢かれたくないなら逃げたほうが無難だ。私はヨンイルを追う」
 凄味を感じさせる表情に眼鏡の輝きが底知れぬ迫力を与える。
 威圧的な言動に気圧される俺をよそにレイジは飄々と笑ってる。
 飄々と笑いながらジープの後部ドアに手をつき、コンクリ床を蹴り、身軽に宙に舞う。
 一呼吸後には後部座席に収まったレイジが、ぼけっと突っ立ってる俺にむかって片目を瞑ってみせる。
 「ヨンイル追うんだろ?だったらちょうどいいや、目的はおんなじだ。俺たちも乗せてくれよ」
 「許可も得ず勝手な真似をするな。副所長の車に囚人が乗り込むなど本来は規則違反、厳罰に処されても仕方ないぞ」
 「かてーこと言うなって。あんた鍵屋崎の居場所も知らねーだろ」
 「……君は知ってるというのか」
 含みをもたせた台詞に安田が眉をひそめ、ハンドルを握ったまま振り向く。頭の後ろで手を組んだレイジがほくそ笑む。
 「ヨンイル追うなんざただの口実だ。あんた本当は鍵屋崎をさがしにいくんだろ?だったら俺を連れてって損はない、俺なら鍵屋崎の居場所がばっちりわかる。あんたにヒントをくれてやれる」
 安田の目に一瞬不審の色が浮かぶも、すぐに消える。
 鍵屋崎の身が危険に晒された状況下で迷ってるヒマはないと判断したらしい。細かいことはぬきに王様の言い分をひとまず信用した副所長がハンドルを握りなおす。
 「君はどうする?」
 安田が俺を仰ぐ。
 答えは決まってる。
 後部ドアに手をつき、勢い良く床を蹴り、宙空にて猫のように身を捻る。
 「半々……じゃないロン、俺もつれてってくれ!ヨンイルさんが心配なんだ」
 言い間違えを訂正、人ごみに揉みくちゃにされたワンフーが這う這うのていでやってくる。ドアをこじ開けて乗せろとせがむワンフーにためらうも、心を鬼にして迷いを振り切る。
 「悪い、定員オーバーだ!」
 安田がアクセルを踏み込む。
 ジープが急発進、ワンフーがもんどりうって吹っ飛ぶ。
 慣性の法則で体に負荷がかかり鋭利な風が頬を掠める。
 副所長の運転する車で砂漠に出たとバレたら独居房送りを覚悟しなきゃならないが、鍵屋崎とヨンイルが死ぬかもしれない一大事にいちいちそんな事構ってられっか。
 風圧で舞い上がる前髪を押さえ、運転席の安田に呼びかける。
 「あんたはいいのかよ副所長、勝手にジープ出したことがバレれば変態所長に怒られねーか?!」  
 風に吹き散らされないように自然と声がでかくなる。
 「鍵屋崎の命が危険に晒されてる時にそんな瑣末なことに拘っていられない。囚人の安全を守るのが副所長の使命だ。所長には後で報告する……しかるべき処罰は受ける」
 安田の横顔に決意の一念が過ぎる。
 手際よくハンドルを操りジープを駆りながら、バックミラー越しにレイジの表情を窺う。
 「……憂慮すべきはむしろ私ではなく君だ。私のジープに同乗して強制労働時間外に砂漠に出たことが発覚すれば君とてただではすまない。君は所長に目をつけられている。規則を破ったことがバレればどんな過酷な罰を受けるかもわからない」
 脅迫、というにはあまりに抑制の利いた口ぶりで安田が指摘する。
 間抜けなことに安田の指摘で初めてその可能性に思い至り、全身の血が逆流する。
 俺の隣でレイジは飄々と口笛を吹く。
 相変わらず音痴な口笛が風にちぎれる。
 頭の後ろで手を組み、ご機嫌な様子で前を向いたレイジに食ってかかる。
 「レイジ、お前いいのかよ」
 「いいんだよ」
 風に流れる茶髪を片手で押さえ、あくびを噛み殺すように付け足す。
 乾いた風に髪を嬲らせ、王様は不敵な笑みを刻む。 
 「なまぬるい責めに飽き飽きしてた頃だ。たまには刺激が欲しくなる」
 「強がり言ってんじゃねーよ。またケツにローター突っ込まれて腰砕けで帰ってきたら俺……」
 「襲う?」
 「『笑蚤』」
 台湾語で悪態を吐き、そっぽを向く。
 地下停留場をさんざんひっかきまわした末に外へ逃亡したバスを追跡、夕映えの砂漠へとジープが飛び出す。
 西空が紅蓮に燃える。
 跳ねっ返りで癖が強い髪を前方から吹いた風がかきまぜる。
 不規則に揺れるジープの中。
 固い背凭れに体を預け、エンジンの嘶きと車体の振動を感じ、呟く。
 「お前に手を出したら、今度こそ所長を殺す」
 安田がこっちのやりとりを聞いてるのはわかったが、いったん堰を切った言葉は止まらない。自分を抱きしめるように体に腕を回し、シートに足をあげる。体に膝を引き付け、こじんまりと折り畳む。
 噴き上げる激情を抑えようとぎゅっと自分を抱きしめ、目を瞑る。
 「……鍵屋崎は俺の仲間だ。不幸せになんかなってほしくない。サムライだってそうだ。東京プリズンでやっと出来た大事なダチ、大切な仲間だ。鍵屋崎にもサムライにも幸せになってほしい。だけどお前は」
 最初から幸せになるのを諦めてるような。
 不幸せでもいいやって笑ってるから。
 だから不安なんだ。
 不安でどうしようもないんだ。
 「お前は俺が幸せにしなきゃいけないんだ。俺が幸せにしてやんなきゃ、幸せになれないんだ」
 鍵屋崎にもサムライにも幸せになってほしい。
 だけどレイジは、俺がいなきゃ幸せになれない。
 俺はレイジを幸せにしてやりたい。おもいっきり幸せにしてやりたい。二度と所長の餌食にさせたくない、レイジの体と心を所長に弄ばせたくない。レイジは俺の物だ。レイジをどうにかしていいのは俺だけだ。他の誰にもレイジをさわらせたくない、抱かせたくない、渡したくねえ。所長の下で淫らに喘ぐレイジを思うと嫉妬で胸が煮えくりかえる、性的いじめだか性的な拷問だかでさんざん嬲られて快感に狂わされるレイジを思うと所長に対する殺意を抑えきれない。
 レイジが好きだ。
 どうしようもなく。
 所長が憎い。
 殺したいほどに。 
 重苦しい沈黙にエンジンの唸りが被さる。
 安田は無言でハンドルを握ってる。
 俺は不規則な振動に身を委ね、レイジを好きに弄ぶ所長への嫉妬と殺意に苛まれた醜い顔を見られたくなくて、膝に顔を埋める。唇をきつく噛み締める。肩に手がかかる。レイジが俺の肩に手をかけ身を乗り出す気配を察する。
 「ロン……」
 「俺、最低だ」
 心配げな声。
 俺は顔を上げられない。
 レイジが所長にどんな目に遭わされるか想像するだけで胸がむかつくのに口ばっか達者で実際は何もできない自分が悔しくて情けなくて顔が引き歪む。膝に顔を伏せたまま身動ぎしない俺の頬に、そっと褐色の指先が触れるー……
 指が肉を挟み、引っ張る。思い切り。
 「ひでででででっでででで!!?」 
 涙目で呻いた俺からパッと手を放し、底が抜けたように笑い転げるレイジ。後部座席にそっくり返り手足をばたつかせ、まんまイタズラに成功した悪ガキのはしゃぎっぷりにあっけにとられる。
 「ざまーみろ、俺の顎に肘鉄食らわせたお返しだ。あ、これキスもイケるかなって期待してたのに雰囲気ぶち壊しで腹立ててたんだよ。これでおあいこだな」
 「てめ、ひとが真面目な話してるときに……!」
 「シケたツラすんなよ。笑っとけ。お前が落ち込むと調子が狂うんだよ。王様の命令」
 赤く腫れた頬をさすり、恨みがましくレイジを睨む。安田がわざとらしく咳払いをする。そこで初めて第三者の存在を思い出し、ひどく気まずい思いを味わう。
 熱っぽい頬に手をあて、俯く。
 レイジに一本とられた腹立たしさと安田に痴話喧嘩を聞かれた恥ずかしさも相俟って不機嫌になった俺は、頬から手をはずし、ぶっきらぼうに呟く。
 「……約束しろよ、レイジ。ちゃんと俺のところに帰ってくるって」
 「ああ」
 「いなくなるなよ」
 「わかってるよ」
 「所長にナニされても感じるなよ」
 「わあ、ロン過激ィ」
 「茶化すな。本気で言ってるんだ。ちゃんと俺の目を見て約束しろ」
 レイジのニヤけ面をしっかり手挟んで強引にこっちを向かせる。
 レイジと真っ直ぐ目を合わせる。
 草一本もない不毛の砂漠が背景に飛び去る。
 濛々と砂埃を蹴立てて疾駆するジープの中、舌を噛みそうな振動に難渋しつつ口を開く。
 「俺以外の男を抱いて感じるな。俺以外の男に抱かれて感じるな。いいな」
 向かい風が髪を蹂躙する。
 西空に夕日が沈み、砂漠が朱に染まる。
 網膜に射しこむ残照に目を細める。
 砂漠の砂を照り返し、大気を染色する太陽の乱反射にレイジもまた片目を細める。
 「……約束するよ。ロン以外の男に抱いても抱かれても感じない。俺のいちばんはロンだ」
 優しく俺の手をとり、恭しく頭を垂れて手の甲に口づける。
 レイジの唇が触れた場所がじんわり熱をおびる。唇から伝わる火照りが心地よい。
 レイジに取られた手はそのままに、残照を映して色合いを深めた瞳を覗き込む……
 「漸く追いついたぞ!」
 安田が歓声をあげる。
 安田の声にハッとして前方を見る。
 扉から身を乗り出した俺の後ろ襟掴んで引っ込めたレイジが、俺の背中に乗っかり前傾姿勢をとる。
 ジープは僅か五メートルを隔ててバスと併走していた。
 安田が額に汗してアクセルを踏み込み、エンジンを噴かす。
 濛々と砂埃を蹴立ててジープが加速、バスの前部へと追いすがる。
 運転席の窓辺にジープが寄り添い、髪を振り乱して安田が叫ぶ。
 「ヨンイル、聞こえるかヨンイル!即刻ブレーキを踏んでバスを止めろ!このまま走行すればいずれ砂にタイヤを取られて転覆する、横転事故は避けられないぞ!」
 血相替えて投降を勧告するも速度の衰えは微塵もなくバスは走り続ける。四輪のタイヤが膨大な量の砂を蹴散らして深々と溝を作る。滝のように飛沫を撒き散らす砂の瀑布が視界を覆う。
 口にも目にも服の中にも砂が入り込んでじゃりじゃりする。
 さかんに唾を吐いて目をしばたたいて上着をはたいて砂利を追い出し、紗がかった瀑布の向こうに叫ぶ。
 「ヨンイル、聞こえてるかヨンイル!お前いい加減正気に戻れよ、鍵屋崎の居場所ほんとにわかってんのかよ、滅茶苦茶に走り回ってるだけじゃんかよ!?鍵屋崎は溶鉱炉だ、溶鉱炉にいるんだ、レッドワークの溶鉱炉につかまってるんだ!鍵屋崎を拉致った犯人もそこにいる、サムライもそこにいる!静流は鍵屋崎を人質にしてサムライと対決する気なんだ、今度こそサムライと決着つけるつもりなんだよ!」
 「それは本当か!?」
 「よそ見すんなばかっ、前見ろ!」
 鍵屋崎の名前を出した途端顔色を変えて振り向いた安田をどやしつけ、首を捻って前に向き直らせる。ああくそ、つい口が滑って副所長に馬鹿って言っちまった俺の馬鹿!
 再三の呼びかけも虚しくバスは一向に速度を落とさず停止の気配を見せない。ヨンイルは何してんだよと苛立ちが募り怒りが爆発、運転席の窓を殴り付けようと拳を振り上げる…… 
 「どわあっ!?」
 運転席の窓を殴打する前に激しい横揺れが襲い、あっけなくひっくり返る。後部座席に倒れて目を回した俺は、夢うつつに激しく言い争う声を聞く。
 乗り物酔いの吐き気を堪えて体を起こし、衝撃的な光景を目撃する。
 運転席に身を乗り出したレイジが安田とハンドルを奪い合ってる。 
 「なにをするレイジ、危険だ、やめろ!」
 「ちんたらやってんなよ副所長。貧弱な坊やに運転任せといたらいつまでたっても追いつけねーよ、いい子でハンドル渡せって!」
 安全運転を心がける安田の非難を鼻先で笑い飛ばし、王様が不敵な笑みで断言。
 いっそ気を失っちまいたかった。
 天下の副所長を貧弱な坊や呼ばわりし肘で押しのけ、華麗な身ごなしで運転席に飛び移るや否や景気よくハンドルを半転させる。ハンドルがきっかり180度回転、それにつれてジープが半立ちになり遠心力でシートの端へと転がる。
 反対側の扉に背中が衝突、肺が圧縮される。
 視界が激震、脳味噌が攪拌される。
 「レイジお前運転できんのかよっ!?」
 語尾が悲鳴に近くなる。ハンドル争奪戦兼ジープの所有権争いに勝利したレイジが叫び返す。
 「運と勘任せ!」
 「お前に任せるんじゃなかったよ!!」
 ジープが転覆、上を向いたタイヤが空転する光景が脳裏を過ぎる。
 安田はどうにかハンドルを奪還しようと悪戦苦闘するも、伸ばした手を邪険に振り払われ、努力が報われずに眼鏡が鼻先にずり落ちる。
 「ハンドルを返したまえレイジ、君の運転は目に余る無謀だ、交通法を無視した暴挙だ!遅かれ早かれジープが転覆して無理心中は免れないぞ!」
 安田の声が風に吹き散らされて切れ切れになる。
 「口閉じとけ、舌噛むぞっ」
 レイジの叱責にぎゅっと歯を噛み合わせ、予期した衝撃に備える。
 ジープが跳躍、凄まじい衝撃が来る。
 宙に踊りあがったジープから振り落とされないよう必死にシートにしがみつく。起伏にさしかかったジープが宙に踊りあがった刹那、俺の視線の高さにバスの運転席の窓が映り、真剣な面持ちでハンドルを握るヨンイルが目にとびこんでくる。
 「ヨンイルっ!!」
 ヨンイルがこっちを向く。その目が驚愕に見開かれる。
 たった今俺たちに気付いたといわんばかりに仰天した表情。
 「―っ、」
 大量の砂を巻き上げてジープが着地、反動で尻が浮上する。
 空を噛んだタイヤが地面で跳ね、ジープが平行に戻る。
 「何が運と勘任せだ、安田道連れに無理心中する気かよ!?」
 「女乗りこなすのが得意でもジープ乗りこなすのが得意たあ限らねーだろ!?」
 「俺一人満足に乗りこなせねーくせにでけー口叩くんじゃねえよ!」
 「乗りこなしてるっつの、アクセルブレーキ自由自在でご覧あれだ!俺の腹の下でさんざ腰のドリフト利かせてる癖に嘘つくなよっ」
 阿呆だ。阿呆すぎる。
 乱暴な運転に命の危険を感じる。
 レイジもこれ以上自分がハンドルを握ってるのはまずいと思ったらしく、乗り物酔いでへたばった安田にハンドルを譲り渡す。安田のネクタイをひっ掴み、扉に片足かけた自分と入れ替わりに運転席に座らせる。
 「後は頼んだぜ安田さん。ちょっくらヨンイルに説教してくるから」
 まさか。
 レイジが安田の懐をまさぐり、背広の内側から銃をとりだす。
 安田が抗議するより早く扉に利き足かけて銃を構える。
 左手で銃底を支え、右手で銃を握って弾道を固定する。
 不安定な足場を絶妙なバランス感覚で維持、風に前髪を遊ばせて呼吸を整える。
 風を孕んだ前髪の奥、物騒な光をためた隻眼を細める。
 危うい均衡の上に重心を保ち、狙い定めて引き金を引く。
 乾いた銃声が連続で轟く。
 躊躇なく六発、窓ガラスに弾丸をぶちこむ。
 射撃の反動に腕をまっすぐ束ねて耐え、仄白く硝煙たなびく銃口をおろす。
 「猛スピードで走ってる車から弾丸撃ちこむなんざ無茶だ……」
 呆れた俺をよそに、レイジが満足げな表情を浮かべる。
 「無茶を可能にするのが王様だ」
 窓ガラスが真っ白に爆ぜ、弾痕を中心に放射線状の亀裂が生じる。
 運転席の窓ガラスに六つ弾痕が穿たれる。
 ひびが入った窓ガラスに決意の表情を映し、深呼吸する。
 いつものおちゃらけた笑みから一転真剣な眼光で窓ガラスを射抜き、走行中のジープから宙に身を躍らす。。
 眼前で腕を交差させ頭を守り、猫科の跳躍を思わせる身を丸めた姿勢で窓ガラスに飛び込む。
 レイジが激突した窓ガラスが砕け散り、宙に破片が舞う。
 「レイジ――――――!?」
 王様、無茶しすぎだ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050430163241 | 編集
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