ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十四話

 紅蓮の地獄にて一対の修羅が対峙する。
 鉄組みの足場を何層も隔てた下で炎が氾濫する。
 地獄の釜の底を覗き込んだ錯覚を抱かせる光景に圧倒される。
 僕はロープで手首を縛られ宙吊りにされたまま成す術なく地獄の釜の上で睨み合う二人を見守るしかない。
 煌煌と燃える炉の上、鉄組みの足場に立ちはだかる二人の人間。
 かたやたおやかな体躯の美少年、かたや憔悴した面差しの男。
 紅い唇に艶めかしい笑みを刷いた少年は手中に預けた鉄パイプの切っ先をつと泳がせ、肩口から脇腹にかけて深手を負った男を妖しく誘う。 火影に染め抜かれた黒髪がさらりと流れる。
 「全力できなよ。君の本気はこんなものじゃないはずさ。この期に及んで不出来な従弟に遠慮はいらないよ。殺し合いに慈悲は無用、憐憫は不要だ」
 口端を皮肉に吊り上げて挑発する。
 「肩の肉を少々抉られた位で息を荒げるなんて君らしくもない。姉さんが味わった痛みはもっと凄まじかった。姉さんは僕の手を掴んで生きながらに自分の心臓を抉りぬいたんだ」
 サムライの顔が驚愕に強張る。
 顔面蒼白、苦悶の形相で固まったサムライの視線を受けて甲高く哄笑する。
 弓なりに体を仰け反らせ痛々しい程に白い喉をさらし、空虚な笑い声を響かせる。
 「ああ、まだ言ってなかったっけ。そうだよ、僕が殺したんだ。僕がこの手で母さんと姉さんを殺したんだ、お望みどおりにね!」
 絶望に顔を歪めて自暴自棄に捲くし立てる静流から禍々しい邪気が放散される。もはや完全に狂気に侵されている。
 肩口の肉が削げた激痛に不規則に息を荒げ、鉄パイプに縋って立ち上がったサムライは、信じ難い面持ちで静流を凝視する。
 身内殺しの告白がもたらす衝撃に打ちのめされながら、喘ぐように反駁する。
 「……静流、お前は……自滅する気か?」
 「馬鹿な。帯刀家を滅ぼした張本人は君だよ」
 大袈裟な手振りでサムライの問いを撥ね付ける。 
 「君が実父含む道場の門下生十一人を殺したせいで、帯刀家は血に飢え狂う人斬りの家系と中傷された。余命少ない母さんは帯刀家の凋落を最期の最後まで気に病んで、僕に復讐を命じた。ああするより他なかったんだ。当主の命令は絶対だ。本家の取り決めに分家が逆らえないように女手一つで僕ら姉弟を育て上げた母さんの命令に逆らえない、否が応でも従わざるを得ない。母さんの望みは復讐だ。余命少ない病身の自分に代わり、本家当主の仇を討ちとって来いと命令されたんだ」
 緩慢な動作で腕を振り上げ、鉄パイプを眉間に翳す。
 どこから打ち込まれても柔軟に対応できる上段の構えをとり、語りを再開する。
 「東京プリズンに来るにはどうすればいい?」
 単純な質問だった。答えはわかりきっていた。
 「……この国は日本人に甘い。今や人口の三割に満たなくなった純血の日本人にどうしようもなく甘い」
 思わせぶりに間をとった静流の言葉を引き継ぎ、苦しい呼吸の狭間から説明する。 
 脇腹の痛みが激しくなる。
 焼けた杭を打ち込まれたような激痛に瞼裏で光輪が回る。赤く紅く淦く……淡く滲む光の渦。強く瞼を押すと眼球が圧迫されて光輪が浮上する。その時と同じ幻覚を見る。
 ロープに食い破られた手首にささくれだった痛みを感じる。
 腕が痛い。肩が痛い。
 いよいよ本当に脱臼しそうだ、関節が外れそうだ。
 きつく目を閉じて呼吸を整え、話を続ける。
 「東京プリズンに来たければできるだけ多くの人間をむごたらしく殺すことだ。情状酌量の余地なく、徹底的に。とくに親殺しは罪が重い。尊属殺人は極刑に相当する。静流、君は……」
 眼下の静流は我が意を得たりと微笑んでいる。
 良心の呵責などさっぱり見当たらない、己のやるべきことをやり遂げた満足感と達成感だけが窺える晴れやかな顔。
 「東京プリズンに来る為に、『わざと』人を殺したんだな」 
 衝動ではない。冷徹な意志をもって、故意に行われた殺人行為。
 「母と姉を犠牲にして自分の人生を代償にして、唯一つの目的を果たしにきたんだ」
 「馬鹿な……」
 サムライが愕然と呻く。
 顔にかかる前髪の奥、切れ長の双眸に悲痛な光が揺らめく。
 「本当に叔母上と薫流を殺したのか。何故そこまでする、静流?薫流を愛していたのなら何故……」
 「二人で逃げなかったのかって?」
 静流がはっきりと憫笑する。
 サムライの物分りの悪さを嘆く微笑み。
 「そうできたらどんなによかったか…帯刀家に未練はない、姉さんと手に手を取り合って逃げ切ることができればどれだけ救われたか」
 一息つき、静流が疲れたふうにかぶりを振る。
 「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。結局僕は一族の呪縛から逃げ切れなかった。僕だけじゃない、姉さんだってそうだ。姉さんの中に流れる帯刀の血が武家の女として誇り高く死ぬことを選ばせた。世間に嘲笑されて惨めに生き永らえるのをよしとせず、姉弟で肉を貪って畜生道に堕ちるのをよしとせず、自らの胸に刀を突き刺したんだ」
 空気が変容する。
 鉄パイプを両手で握り締め、相手を威圧する上段の構えで宣言。
 「母と姉を殺した僕が従弟を殺せぬ道理はない」
 「サムライっ!」
 静流が動く。
 水面を滑るような円滑な足捌きでサムライに肉薄、上段から刀を一閃する。裂帛の気合を込めて拝み打ちに振り下ろされた鉄棒がサムライの額をかち割り鮮血が噴き出す。
 否、それは幻覚だった。
 恐怖のあまり目を閉じた僕は、サムライの悲鳴が聞こえない事に違和感を感じておそるおそる瞼を開く。
 細めに開けた瞼の向こうでは凄まじい死闘が繰り広げられている。
 技が技を相殺する。
 闘気と闘気が衝突、空気圧が膨張してうなじの産毛が逆立つ。
 静流が拝み打ちに振り下ろした刀は間一髪、サムライが水平に翳した鉄棒によって妨げられる。
 「…………くっ、」
 腕をもぎとられるような激痛に苛まれてるに違いないサムライがぎりりと歯を食い縛る。
 膠着状態は長くは続かなかった。
 静流があっけなく刃を引き、今度は脇腹に鉄棒を打ち込む。
 まともに食らえば内臓破裂は避けられない渾身の打撃をサムライは反射的に鉄棒を立てて受け止める。
 息をもつかせぬ猛攻が続く。
 狂気に逸った静流が刀を振り上げ振り下ろし巧妙な剣技で死角を突く。肉眼で捉えきるのは到底不可能な速度、動体視力の限界に迫る速度でもって軌道が変化、肉を穿ち骨を断つ刺突を連続で繰り出す。
 「分家の無念を思い知れ」
 完成された舞踊の如く静と動を組み合わせた玄妙な動きに、束の間恐怖も忘れて魅了される。
 緩急付けた足運びで間合いをはぐらかし、相手の表情や目線の変化で動きを先読みする微妙な駆け引きで己の縄張りに誘い込み、完全な死角めがけて鉄棒を振り下ろす。
 股間を垂直に切り上げるように足元をすくうも、一呼吸だけサムライが後方に跳躍するのが早い。
 サムライが反撃にでる。
 鋭い呼気を吐き、掌と一体化した鉄棒を振り下ろす。
 静流の肩口に触れた鉄棒の切っ先、鋭く尖った先端が服を引っ掛け、無残に破く。 
 布裂く音も高らかに肩口から脇腹にかけて素肌が露出、斜線を引かれた上着を一瞥だにせず静流が狂喜する。
 「ははははっはっははははっ、そうこなくっちゃね!やっと調子が出てきたみたいじゃないか、反撃を覚えたみたいじゃないか。こないだ展望台でやった時はあっけなかったもの、君ときたらやられる一方で自分からは一切手出しせずとんだ期待外れだったもの。お優しい貢くんはいつもそうだ不出来な従弟を哀れんで手加減してくれる、完膚なく叩きのめずにささやかな掠り傷で見逃してくれるんだ!ねえ教えてよ貢くん、どうしてそう傲慢になれるんだい、卑屈なまでに他人に優しくなれるんだい?寛容なふりはよしなよ、反吐がでる。君だってただの人間だ、決してまわりの連中が言うような完璧な人格者なんかじゃない、当たり前に僕を憎んで蔑んで罵倒するそれこそ君の本当の姿だろ!?」
 「お前を蔑んでなどない!!」 
 血を吐くようにサムライが叫び、静流もまた叫び返す。
 「小さい頃から何度も手合わせした、だけど僕は一度も君に勝てなかった、何度も何度も中途半端に打ち負かされてきた!どうせやるなら完膚なきまでに痛め付けてほしかった、僕自身敗北に納得できるような苦痛を与えてほしかった、僕が君に劣る人間だと思い知らせてほしかった!」
 鉄パイプと鉄パイプが激突、火花を散らす。
 「違うんだ、静流」
 サムライの顔が苦しげに歪む。
 「そうではないのだ」
 「母さんは言った、僕は出来損ないの恥さらしだと。莞爾さんは言った、僕には武士より女形が向いてると。僕を認めてくれたのは姉さんだけだ。稽古でできた掠り傷を舐めて癒してくれた、静流はやればできる子ねと優しく微笑んでくれた、覇気がないとけなされた太刀筋を流れる水のように美しいと褒めてくれた」
 またあの目だ。
 静流の目はここではないどこか遠くを見ている。
 姉の亡霊を幻視する虚ろな目。
 恍惚と濡れた目で正面を仰ぎ、姉の亡霊が憑依したかの如く唇を動かす。
 「『愛してるわ、貢。私の伴侶』」  
 静流の口を借りて薫流が喋っているような錯覚を抱く。
 静流がおもむろに手を差し伸べ、ひやりとサムライの頬を包む。
 サムライの耳朶に唇を持っていき、吐息に紛れて誘惑する。
 「『ともに地獄へ』」
 眼下で微笑むのが静流なのか薫流なのか、僕にもわからない。
 吐息に紛れて睦言を囁いた静流の体がくねり、また離れる。
 名残惜しげに手が垂れ下がり、再び鉄パイプを掴む。
 「違うんだ、静流。逆なんだ」
 サムライの顔が苦渋に歪む。生きながら身を引き裂かれる葛藤の形相。瞬き一回、静流の目に怪訝な色が閃く。 
 「―逆?」
 静流が口を開く。
 いっそあどけないほどに無垢な顔で従兄を仰ぎ、返答を待つ。
 轟々と炉が唸り、更に火勢が増す。
 絢爛に火の粉がたなびく中、炉上にて対峙した従兄弟が見つめ合う。
 両手に鉄パイプを握り締め、苦痛と疲労の濃い顔に脂汗を滴らせ、サムライが深沈と目を閉じる。
 「真実劣っているのは、俺なのだ」
 最高に面白い冗談を聞いたとでもいうふうに笑い飛ばそうとして表情が固まり、泣き笑いに似た卑屈な顔になる。
 「………君が、劣っている?」  
 「静流、何故父上がああまで俺に厳しく接したと思う?」
 いつだったか、サムライが語った父親の話を思い出す。
 帯刀本家当主、帯刀莞爾。
 厳格で傲慢な性格の男。息子が三歳の時から真剣を握らせて虐待に近い過酷な修行を強いた。敷地に迷い込んだ野良犬をサムライ自身の手で斬らせた。苗とサムライの交際を禁じた。
 サムライの口から語られた父親像には、陰惨な印象が付いて回る。
 帯刀莞爾の所業は常軌を逸している。
 わずか三歳の息子に真剣を握らせて、幼い故の泣き言一つでも漏らせば頭から井戸水を浴びせて、可愛がってた犬を自身の手で斬り殺させる。
 実の息子に対するとは思えない仕打ちの数々にいくつか疑問が湧き上がる。
 帯刀莞爾は何故そうまで息子に厳しく接したのだ?
 跡取りとしては何一つ不満も不足もない息子に対し、そこまで……
 「まさか」
 事実が逆だったら?
 驚きに息を呑む僕の眼下、火の粉に巻かれたサムライが淡々と続ける。
 「父上はお前に嫉妬していたのだ。……否、『お前』にというのは正しくない。父上は分家に嫉妬していた。本当はわかっていたのだ、俺が天才ではないと。本当の天才は分家に生まれたお前だと。お前は勘違いしていたのだ、静流。断じて俺は天才などではない。剣の腕が多少なりとも優れているのはひとえにたゆまぬ修行の成果、粉骨砕身の努力の結果だ。父上は常に俺とお前を比較した。分家の天才と本家の凡才を比べて俺を罵った。本家の跡取りともあろうものが情けない、お前の太刀筋は荒々しいばかりで品がない、分家の静流こそ天分の才に恵まれた祖父の再来だ、静流の太刀筋には品格があると…流れる水のようになにものにも縛られず形を変える、それこそが帯刀の剣だと」
 「嘘だ。莞爾さんは僕に才能がないって……」
 静流が呆然と呟く。
 「父上は気位が高かった。本家の跡取りが分家の嫡男に劣ると認めるのが癪だったのだ」
 「母さんはいつも僕と君を比べて、僕はみっともない出来損ないだって……」 
 「やはり兄妹だな」
 錯覚かと疑う一刹那、サムライが寂しげに微笑む。
 「叔母上も同じことを考えたのだ。お前の慢心を恐れて敢えて真実を伏せた。叔母上が厳しく接したのは才に甘んじて向上の努力をおこたる人間になってほしくなかったからだ。静流、お前が引け目を感じる必要などどこにもなかったのだ。お前こそ帯刀一族が作り上げた真の天才、真の………」
 痛切な絶叫が響き渡る。
 「信じるものかっ!!」
 余裕の物腰から一転、精神的に追い詰められた静流が口角泡をとばして喚き散らす。 
 「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な、あってたまるかそんなことが、それなら僕の人生はなんだったんだ、僕の十七年の人生はなんだったんだ一体!?生まれた時から君と比べられ貶められ続けた屈辱の十七年、帯刀貢の引き立て役としてのみ存在を許された十七年、母さんと姉さんをこの手で殺してここに来るまでの道のりは……」
 爛々とぬめる目が眼窩から迫り出す。
 極限まで目を見開き、激しくかぶりを振る。
 「僕が天才で君が努力の人?嘘だそんなの、そんなことがあってたまるか。僕はずっと君に憧れていた妬んでいた、才能と人格に恵まれた本家の跡取りを殺したいほど憎んできた。姉さんも君が好きだと思ってたんだ、誰も僕なんか好きになってくれないと思っていた。だって僕は才能がないから、君に格段に劣るから、こんな僕を姉さんが好きでいてくれるはずないって諦めてたんだ。だから僕は姉さんの役に立とうと、せめて姉さんにだけは幸せになってもらおうと苗さんを陥れた。けれども姉さんは喜ばなかった、ちっとも喜んでくれなかった!僕が苗さんを陥れたと知った時の姉さんの顔…哀しい顔」
 こめかみを押さえてよろめき、手摺に凭れる。
 不規則に息を荒げ、ちぎれんばかりに首を振る。 
 「帯刀家なんて本当はどうでもよかった。刀なんて握りたくもなかった。僕が抱きたかったのは……」
 ゆっくりと手を垂れ下げ、体ごとサムライに向き直る。
 艶やかに濡れた睫毛の下、一抹の悲哀を宿した双眸がサムライを見る。
 「…………『三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい』」
 物憂い美少年のまわりを火の粉が取り囲む。
 「帯刀貢は幸せ者だ。愛する女を抱けたんだから」 
 澄み切った微笑みを浮かべ、ゆっくりと腕を旋回させ、鉄パイプの切っ先を正面に固定する。
 静流が声なき叫びをあげて疾駆、流れる水のように緩急付けて鉄パイプを振るう。 
 鋭く尖った切っ先がサムライの心臓を狙うー……
 「サムライ!!」
 直線の軌道上からサムライが消失する。
 鉄パイプと水平になるように体を捌いて手摺に背中を預けた刹那、炉から大量の火の粉が噴き上がる。
 サムライを仕留め損ねて前傾した静流が満面に勝利の喜悦を湛えるー……
 「地獄に堕ちろ」

 サムライが凭れた手摺のネジが外れ、後方に倒れる。
 手摺の一箇所が崩壊、金網が炉に落下。
 支えを失ったサムライが背中から転落するー……

 「ああああああああああああッあああああああっああああああああああああああっ!!!!」

 宙吊りにされた僕が成す術なく見守る前で。
 サムライは、炉の泡沫となった。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050501162930 | 編集
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