ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十九話

 医者が刺し殺された。
 鍵屋崎が拉致られた。
 「マジかよそれっ……冗談だろビバリー、なんで医者が死ぬんだよ、鍵屋崎が拉致られるんだよ!?だれが一体そんなこと」
 「サムライのいとこのシズルっスよ、流行に疎いっスよロンさん。知らないんスか昨日シズルが独居房脱走したの、餌係の看守のアレをがぶり食いちぎって阿鼻叫喚のどさまぎで脱走したんスよまんまと!当然独居房は血の海で発見された曽根崎は完璧キてて意味不明なこと口走って、ああ可哀想にありゃもう一生使いもんになんねっスよ、思い出すだにタマが縮み上がるっス」
 「てめえのタマが縮もうが萎びようがどうだっていいんだよ。んでシズルはそれからどうした?」
 「曽根崎の制服かっぱいで看守に化けて……深夜の医務室襲ったんスよ。どこからか入手したナイフで見張りと医者に大怪我させて、んで今朝になったらカーギーさんが寝てたベッドがもぬけのからで、髪の毛、髪の毛が……」
 ビバリーの言うことは支離滅裂で筋が通らない。野次馬に便乗して朝イチで行って帰ってきたビバリーはひどく興奮してる。
 髪の毛がどうしてたって?鍵屋崎の身に何が起きたんだと問い詰めたくてもそもそも問答が成立しない、ビバリーの取り乱しっぷりは尋常じゃない。話に興がのり身振り手振りが激しくなるにつれ、もともとまん丸い目がみるみるせり出して毛細血管が浮いて破裂しちまうんじゃないかとひやひやした。
 ビバリーはもともとデリケートなやつだ。
 池袋随一の武闘派チームに所属して日々喧嘩に明け暮れた俺のまわりじゃ尖った鉄パイプがふくらはぎ貫通したりメリケンサックで鼻ひしゃげたり派手な流血伴う暴力沙汰が日常茶飯事だった。
 死と隣り合わせの環境でしぶとくしたたかに生き抜いてきた俺は、いつのまにやら親指切って血が出たくらいは怪我のうちにも入らねえと笑い飛ばす図太い神経を身に付けた。
 ビバリーの説明に関しても流血耐性がない貧弱な坊やが大袈裟に言ってるんじゃねーかと勘ぐってるが、それを差し引いてもわだかまりが残る。
 ついさっき食堂で行き会ったビバリーは、最初気付かず俺の鼻先を通り過ぎようとした。慌てて肩を掴み、腕づくで振り向かせてぎょっとした。
 ビバリーは顔面蒼白、殆ど朝飯に箸を付けずトレイを返却するところだった。体調不良食欲不振の原因を本人の口から聞き出したら医務室でとんでもないことが起こったという、とんんでもないことってなんだよと畳み掛けて返されたのが冒頭の台詞だ。
 「畜生、お前じゃ話になんねえ。実際行って見てきたほうが早ぇ」
 舌打ちしてビバリーを突き放す。ビバリーが頼りなくよろめく。こいつは相当重症だ。足元あやしいビバリーの腕を掴んで支え起こし、トレイを返却する囚人の頭越しにレイジを見る。
 「ファッキンジャップ!」
 下品な悪態が聞こえた。レイジだ。
 人ごみの向こうに目を凝らす。
 俺らがいつも飯を食うテーブルに着席したレイジは、焼き魚の骨を取り除く業にめちゃくちゃ手こずっていた。鍵屋崎なら「焼き魚を分解する作業、もしくは焼き魚を解剖する作業」と言い直すかもしれない。
 さくらんぼの茎を舌で結べるくらい器用なくせして変な所で不器用な王様は、ぱりぱりに焼けたアジの身を箸でほじくりかえして骨から剥がす作業に最高にイラだってる。
 「フィリピン人に焼き魚だすなんざいやがらせだ、何だよこの面倒くさい料理はよ、日本人は毎日こんな面倒くさいもん食ってんのかよ!?おまけになんだこの細長い棒は?こんな細長い棒で小骨取り除けたあバカも休み休み言いやがれ、ナイフとフォークかむひあー!アジのくせして開いてんじゃねえっつの、王様が認める魚料理はティラピアとフィッシュ&チップスだけなんだよ」
 見た目ガイジンなレイジはご多分にもれず箸の扱いが苦手らしい。
 汚らしく焼き魚の身をほじくりかえすレイジの対面席に視線をやる。
 サムライはいない。
 今朝は何故か食堂に現れなかったのだ。
 食事作法のなっちゃない王様が焼き魚に箸を突き刺す光景を遠目に眺め、足早に通路を歩く。
 いまだ焼き魚に苦戦中のレイジのもとに駆け付け、肩を掴む。
 「レイジ、大変だ!」
 「そうとも、大変だ。ロン、焼き魚から綺麗に骨取り除く知恵かして」
 「頭からまるかじりしろ。んなことより大変なんだ、鍵屋崎がシズルに拉致られたんだ、医務室から消えたんだ」
 レイジの手が止まり、顔がこっちを向く。
 虚を衝かれたような空白の表情。ぽかんと口を開けた間抜けヅラをぶん殴りたい衝動を辛うじて抑え、肩を揺すって急き立てる。  
 「のんきに朝飯食ってる場合じゃねーよレイジ、シズルはマジで狂ってる、曽根崎と見張りと医者でもう三人も殺して行方不明になってるんだぜ?早く見つけなきゃ鍵屋崎だって手遅れに、いや、もう手遅れかも……」
 レイジが箸をおいて立ち上がる。
 俺を安心させるように肩を掴み、耳元で囁く。
 「行ってみようぜ」
 一も二もなく頷く。
 鍵屋崎の一大事に仲間が駆け付けなきゃ大嘘だ。
 たとえ鍵屋崎本人が否定しようが承知しなかろうが俺はアイツのダチのつもりだし、重態で入院中のダチが医務室から忽然と消えたと聞かされてふんぞりかえってられるほど神経が図太くない。
 速攻トレイを返却、食堂の人ごみを突破して廊下を駆け抜ける。
 途中俺らと同じ方向をめざす囚人と合流して中央棟に渡り終える頃にゃ人数が倍の倍に膨れ上がった。
 東棟だけじゃない。
 医者が刺し殺されて患者が一名拉致られた大事件の噂は東西南北全棟にあまねく及んでいるらしく、漸く駆けつけた医務室の前には八十人近い人だかりができていた。
 不吉な予感に胸が高鳴る。
 「くそっ、遅かった。これじゃ全然見えねーよ」
 押し合い圧し合い罵り合い、競い合って首を伸ばす囚人たちの顔には猟奇的な好奇心が浮かんでいる。
 一ヶ月前柿沼を刺し殺した犯人が独房から脱走したその足で医務室に潜入、医者を殺害した挙句に患者を一名さらったのだ。不味い飯と単調な強制労働に飽き飽きしていた囚人たちにとっちゃ日々の退屈を紛らわす格好のネタ、突如降って沸いた大事件は熱狂的に歓迎されるならわしだ。
 「刺されたの誰だ?医者か?」
 「東棟の親殺しが連れ去られたんだとよ。連れ去ってどうするつもりだ、殺っちまう気か?」
 「誰にも邪魔されないところでゆっくりじっくり嬲り殺す気だろうよ、大方。犯人は柿沼を刺し殺して曽根崎のイチモツがぶり食いちぎった真性の異常者だ、狂人だ、サディストだ。医者と見張り刺しただけじゃ飽きたらず手頃な患者さらって拷問するつもりだったのさ」
 「おっそろしー」
 他人事だと思って勝手なことくっちゃべりやがる。
 おどけて首を竦める囚人、下世話な憶測をさも真実めかして吹聴する囚人、消息不明の鍵屋崎が既に殺されてると決めてかかり「いい気味だぜ」と吐き捨てる囚人……
 反応はさまざまだが、顔にはいずれも微量の嫌悪と好奇心が表出している。
 面白半分に事件を茶化す囚人どもに猛烈な反感がもたげる。
 「!?ロン、ちょ待て」
 レイジの制止を無視、憤然と人ごみに割り込む。
 最後列じゃ意味がない、現場の状況が皆目わからない。
 野次馬の人垣に無理矢理割り込んだ俺は前もって覚悟していたとおり鉄拳制裁を受ける、顔面に肘鉄砲が降ってくる、したたかに脛を蹴られて激痛に痺れる、ただでさえ寝癖で跳ねてた髪が揉みくちゃにされてぐちゃぐちゃになる。
 圧死寸前、懸命に手を伸ばし人ごみを掻き分け歯を食いしばり前進する。諦め悪い俺に業を煮やした顔見知りの囚人が、邪悪な笑みを広げて拳を固める。
 「ひっこんでろよ半々、目障りだ」
 鼻をへし折られる。
 まわりは隙なく囚人で塞がれて逃げ場がない。
 俺は踏ん張り利かせて仁王立ち、鼻を折られて顔面が血に染まろうが絶対引かねえ覚悟で相手を睨み付ける。
 俺の眼光に気圧された囚人が一瞬たじろぎ、次の瞬間には俺にびびった事に腹を立て、憎たらしいせせら笑いから憤怒の形相に変貌する。
 「鼻をすりつぶしてやる」
 獰猛な唸り声を発して腕を振りかぶる。顔面を襲う衝撃を予期して固く目を閉じる、風圧で前髪が舞い上がりー……
 「………?」
 予期した衝撃がいつまでたっても訪れず、不審に思って薄目を開ける。
 鼻先で拳が静止している。
 静止したこぶしの向こうじゃ今まさに俺を殴り飛ばそうとした囚人が慄然と立ち竦んでいる。恐怖に鷲掴みにされた囚人、その視線を追って振り向く。
 人ごみが真っ二つに割れていた。
 右岸と左岸に割れた囚人が息を呑んで見守る中、悠揚たる足取りで歩いてきたのは……
 レイジ。東棟の王様。
 「ご苦労諸君。皆の王様のお通りだ、口笛で凱歌を奏でてくれよ」
 気軽な言葉に反して誰も口笛を吹かない。
 王様の行進に際して茶々を入れる命知らずなんか、いない。
 レイジの影響力はいまだ絶大だ。所長の飼い犬だの性奴隷だの陰口叩こうが今だに誰ひとり面と向かって罵倒できないのがいい証拠だ。
 今ここに群れ集った野次馬の多くはペア戦決勝戦のレイジを鮮明に覚えている、暴君を暴君たらしめる強さが鮮烈に目に焼き付いてるのだ。
 「行けよ、ロン」
 ここは俺が食い止めてるから。
 言外にそう匂わせて軽くウィンクする。
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせたレイジに顎を引いて感謝、俺に殴りかかろうとした囚人の股下を頭を屈めてくぐりぬける。人垣の最前列にて床に手を付き跳ね起きて、事件現場の惨状と直面する。
 息を呑む。
 床一面に血の跡がある。
 椅子が倒れてカルテが床に散らばっている。
 医者の姿は見当たらない。当然だ、刺されたのが昨日なら死体は処理班に回収されたはず……待て、じゃあ本当に医者は死んだのか。あのヤブ医者が死んじまったってのか?
 信じ難い面持ちで呆然とあたりを見回す。
 衝撃に麻痺した頭で事情を呑み込もうとするも思考は空転するばかり、そのうち膝ががくがく笑い出して体ごと崩れ落ちたくなる誘惑に気力をかき集めて必死に抗う。
 床に倒れた椅子はこれまで医者が使ってたもの、いつも医者がふんぞり返って患者を診察したりカルテを書くのに使ってたものだがその背凭れにはべったり血が付着して脂でぎとついてる。
 床一面にばらまかれたカルテは医者の体から流れ出た血を吸って赤黒く変色している、俺の足元には万年筆が転がっている、医者が愛用していた時代遅れの万年筆……
 医者の形見。
 「嘘、だろ」
 吐き気か嗚咽か、そのどちらとも付かない熱い塊が喉元に込み上げる。医者が殺されたなんて嘘だとここに来るまでは思っていた、いや、そう思い込みたかった。
 だけど現実にこの場に立って、床一面の血の海にばらまかれたカルテとインクの零れた万年筆と倒れた椅子を目撃して、昨日ここで何が起きたかが生々しい現実感と鮮明な映像を伴って身に迫ってくる。
 医務室の扉が静かに開く。医者は気付かない。眠気と戦いながらカルテを書いている。
 机上のカルテにペン先を走らす。
 侵入者が静かに扉を閉める。
 耄碌ジジィはまだ気付かない、すぐ背後に迫った脅威をよそにカルテに所見を書き込んでいる。
 侵入者の手でナイフが輝く。
 医者がふと顔を上げる。万年筆を走らす手を止めて怪訝な表情で振り向く医者、その顔が驚愕に強張るのを待たず侵入者が行動にでる。
 誰何の声をかけようと椅子から腰を上げた医者の体にナイフが吸い込まれるー……
 「なん、でだよ。医者を殺すことないだろうよ。あんなヤブ医者でも東京プリズンにはいなくちゃならない大事な存在なのに、俺にとっちゃ大事な………」
 医者の死を実感したショックと静流への怒りが綯い交ぜになり、やり場のない衝動が噴き上げる。
 医者。ヤブ医者。
 レイジが入院した時、責任感じてしょげかえった俺をさりげなく慰めてくれた。いつも居眠りばっかしてて診察も適当だけど意外と腕がよくて、最後の最後まで名医なんだかヤブなんだかわからねえジジィだった。

 もう会えないなんて。
 さんざん世話になったのに礼の一つも言えなくて。

 「帰って来いよ、ヤブ医者………」
 そうだ、鍵屋崎は?
 ヤブ医者の死のショックを引きずりつつ、重たい体を起こしてベッドに向かう。静流がめざしたベッドがどれかは、床に点々と滴った血痕ですぐにわかった。
 血痕の道しるべを頼りに片隅のベッドに到着、カーテンを押し開く。
 ベッドはもぬけのからだった。鍵屋崎はいなかった。
 点滴は外されていた。チューブの弁が開いて輸液が垂れ流されていた。抵抗のあとを物語るように毛布がはだけていた。
 ベッドの足元に誰かが立っている。
 いつからそこにいたのか、起床してすぐか鍵屋崎が拉致られた直後からだろうか?ベッドの足元に立ち竦んでいたのはサムライだった。
 体の脇で手を握り込み、血の気が失せた顔を固く強張らせ、放心の体でからっぽのベッドを見詰めている。
 ベッドの傍らに突っ立った俺は、あまりに異常な状況に絶句する。
 毛布が捲れたシーツの上に、髪の毛と紙くずが無残に散らばっていた。
 そして、血痕。
 「俺がよこした文だ」
 サムライが不意に呟き、無造作に手を伸ばして紙くずを鷲掴む。
 指の隙間からはらはらと紙片が零れ落ちる。
 手紙の残骸をひと掴み握り締め、サムライが断言する。
 「間違いなく静流はここに来た。見張りと医者を刺して直を攫ったのだ」
 伏せた双眸に激情が漣立つ。
 「静流の目的は俺だ。静流は俺への復讐を成すために直を攫ったのだ。直は俺の、唯一の弱味だ」
 「ゴタクは聞き飽きたわ」
 背後から声がかかる。反射的に振り向く。
 開け放たれたカーテンの向こうにいたのは西の道化、ヨンイル。ベッドの足元に佇み、自責の念に打たれるサムライにおおらかな笑みを向けている。
 「サムライ、お前言うたよな。直を不幸にせん、金輪際直を傷付けん、武士の一念にかけて直を守り抜くて……その挙句がコレや。お前の言うこと鵜呑みにして直ちゃん任せたらベッドはからっぽで血痕点々、あとには髪の毛と紙くずがちらばっとる」
 「おいヨンイルやめとけって、サムライ責めたってはじまらね……」
 「おどれはひっこんどれ。俺はコイツに話しとんのじゃ」
 仲裁に入った俺をヨンイルが見もせず突き飛ばす。ヨンイルに突き飛ばされた俺を頼もしい腕が抱きとめる。
 レイジだった。
 ヨンイルがサムライに詰め寄る。
 ふたりの距離が縮まるにつれあたりに殺気が充満する。
 ヨンイルの身の内に巣食う龍が宿主の昂ぶりに乗じて気炎を吐き出す。全身から闘気を放散してサムライに歩み寄り、ヨンイルが凄む。
 「直がさらわれたときどこで何しとったんや。房で寝とったんか」
 サムライは答えない。紙くずを掴んだまま項垂れている。
 ヨンイルがサムライの胸ぐらを掴み、無理矢理顔を上げさせる。
 「俺に奪われとうないなら死ぬ気で直ちゃん守れて言うたの忘れたんか?お前あん時なんて言うた。武士の一念に賭して直を守りぬくて真っ直ぐ俺の目ぇ見て言い切ったろ。せやから俺は直ちゃん任せたんや、お互いぞっこん惚れとるおどれらを見て道化が出る幕ないなてすごすご引っ込んだんや。直ちゃんが惚れとるのはおどれやから、道化はせいぜい笑かし役に徹して直ちゃんの気ィまぎらわしたろて……」
 ヨンイルの顔が悲痛に歪み、泣くのを堪えて笑う道化じみて滑稽な表情が浮かぶ。
 「おどれ、今の今まで何しとったんや。直ちゃんさらわれてから駆け付けても遅いで」
 言いたいことを全部飲み込んでサムライが頭を下げる。
 「……すまん」
 ヨンイルがぶちぎれた。
 俺が止めに入る暇もなくヨンイルの鉄拳がサムライの頬に炸裂、衝撃でサムライが吹っ飛びベッドに激突、衝立のポールが倒れて騒音を奏でる。
 ベッドに激突したサムライにすかさずヨンイルがのしかかり続けざまに拳を振るう。いつもお気楽極楽に笑ってる道化とは別人としか思えない凄まじい剣幕でサムライを殴り倒し、語気激しくなじる。
 「すまんですむこととすまへんことがあるんじゃボケっ、万一直ちゃんが死んでもうたらどないする、おどれのイトコに嬲り殺されてもうたらどないすんねや!?取り返しつかへんやろがもう、こんなことになるんやったらお前に直ちゃん任せるんやなかった、ええ格好しィで身い引くんやなかったわ!直ちゃん大事なのはお前だけか?ちゃうやろ。俺かてお前と同じ位直ちゃんが大事なんや、直ちゃんのことが大っ好きなんや!!」
 無抵抗のサムライをヨンイルは容赦なく殴りつける。
 爆発的な暴力衝動に駆り立てられたヨンイルのまわりで混沌と大気が渦巻き、闘気が縒り合わさって一筋の流れとなり、四肢に絡み付く龍を幻視する。
 道化の双眸が剣呑にぎらつき、ゴーグルに返り血がかかる。
 右に左に上に下にサムライの顔が跳ねて粘っこい血がとびちる。
 やばい、そろそろ止めなきゃマジでやばい。
 「やめろよヨンイル、サムライ死んじまうよ!こんなことしてる場合じゃねーだろ、一秒でも早くシズルとっつかまえて鍵屋崎見つけ出すのが先決だろっ」
 暴走に歯止めが利かなくなったヨンイルに背後から抱きつき羽交い絞めにする、ヨンイルはそんな俺に構わず腕振りかぶり颶風に守られた昇龍の勢いで殴り続ける。ヨンイルの顔にぴちゃり返り血が跳ね、怒りに荒んだ凄惨な形相をさらに引き立てる。
 「放せロンロン、コイツは惚れた男ひとり守り抜けん約束破りの腰抜けザムライや!何が武士や笑わせる、おどれなんぞ色ボケザムライで十分じゃ、口ばっかでさっぱり頼りにならん男に惚れてもて直ちゃん阿呆ー……」
 その瞬間、ヨンイルが大きく仰け反った。
 やられる一方だったサムライの拳がヨンイルの顔面に炸裂したのだ。
 「直への侮辱は許さん」
 サムライがゆらり起き上がる。
 鼻血で顔面を染めたサムライの双眸にちりちりと火種が燻る。
 必殺の一撃を食らって尻餅付いたヨンイル、その目が完全に据わる。
 「……ええ度胸や、腰抜けザムライ。かかってこんかい」
 ヨンイルが俊敏に床を蹴りサムライにとびかかる。サムライとヨンイルが床で上下逆転しながら激しく揉み合う、互いの顔に何発何十発とパンチを入れて血みどろになりながらも揉み合うのをやめず医務室の備品を次々破壊して乱闘はエスカレートする。
 「おどれになんぞ直は渡さん、直は俺の物や!」
 ヨンイルがサムライの顔面に拳を入れる。
 「道化に直を渡すか、直は俺が生まれて初めて得たかけがえのない友だ、かけがえのない相棒だ!」
 サムライの拳がヨンイルの顎に炸裂する。
 下から顎を突き上げられた反動でヨンイルがふらりよろめく、しかしすぐさま唇を噛み正気を取り戻し闘いを続行する。
 「いいぞ、やれ、もっとやれ!」
 「サムライVS西の道化か、意外な組み合わせだな」
 「医務室から拉致られた親殺しを巡って痴情のもつれ勃発か、こいつぁ朝から昼メロだ!」
 医務室に押しかけた野次馬がてんで好き勝手に野次をとばしてけしかける中、サムライとヨンイルの喧嘩に刺激された囚人が乱闘おっぱじめてとうとう収拾がつかなくなる。
 「レイジ止めろよ、このまま放っといたらふたりとも死んじまうよ!」
 レイジの腕を揺すって催促するが、王様は「んー?」と気のない返事をするのみ。
 「レイジお前鍵屋崎のこと心配じゃねーのかよ、お前王様だろ、東棟どころか東京プリズンでいちばん偉い王様なんだろ?だったら王様の一声で捜索隊組織して鍵屋崎見つけ出してくれよ、手遅れになる前に…」
 必死にせがむ俺を見下ろし、レイジがあきれたふうに首を振る。
 「ロン、俺に人望ないのはお前がいちばんよく知ってんだろ」
 聞くんじゃなかった。
 達観した風情で見物を決め込む王様に舌打ち、最大限の勇気を振り絞ってヨンイルとサムライの間に割りこむ。
 「ヨンイル、サムライ、いい加減にしろっ。医者が死んだばっかだってのに医務室荒らしまくって、これじゃヤブ医者も成仏できね…」
 視界が反転する。ヨンイルに突き飛ばされた衝撃でベッドにひっくり返った俺の手が何かにぶつかる。
 ベッドにぶつかったはずみに枕が裏返ったのだ。
 「!これ……サムライっ」
 ヨンイルとサムライがぴたり喧嘩をやめる。サムライが大股に寄ってくる。
 枕の下に隠された半紙に血文字で記された文面を読み上げ、サムライが歯軋りする。
 「『炉にて待つ』……」
 片手で鼻を覆ったヨンイルと高飛車に腕を組んだレイジの視線の先、犯人が遺したメッセージをくりかえし咀嚼したサムライの手に力が篭もる。
 「………静流っっっ!!」
 衝動に任せて便箋を破り捨てる。縦に横に斜めに散り散りに、もはや原形留めぬ紙片にまで分割して虚空にばらまく。
 サムライを中心に螺旋を描いて紙吹雪が吹き荒ぶ。
 ベッドに両手を付いたサムライが、連綿と呪詛を紡ぐ。
 「そんなにまで俺が憎いか。ならばよかろう、望み通りに相手をしてやる。地獄の炉の縁で思う存分斬り結ぼうではないか」
 全身から凄まじい怒りの波動が放たれる。
 鍵屋崎の消えたベッドに顔を埋め、石鹸の残り香を吸い込むように胸郭を膨らます。
 「今助けに行くぞ、直」 
 サムライは決断した。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050506145804 | 編集
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