ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十八話

 ここは蛇の穴。
 僕の体の上をのたくりくねり這いずりまわる発情した蛇、体中の穴という穴に入り込み蠢く淫乱な蛇。
 闇から生まれた蛇の正体は、僕の肌を舐める貪欲な舌と愛撫の手。
 生臭く湿った吐息が不快だ。
 赤裸な衣擦れの音が耳障りだ。
 饐えた暗闇の中で何が行われているのか肉眼で捉えるのは不可能でも異常に研ぎ澄まされた嗅覚と触覚は視覚を補って余りある。
 戒められた手首に鈍い痛みを感じる。後ろ手に拘束された手首の皮膚が破けて血が滲む。
 「僕の好みからすると君は少し育ちすぎだ」
 声が聞こえる。興奮に掠れたあさましい囁き。
 呟くあいだも愛撫の手は休めずさらに激しさを増して僕を責め苛む。 隣の房の囚人は異変に気付いているのかいないのか……鉄扉を開錠して看守が入った事には気付いても、暗闇で行われている情事にかんしては気付いてない可能性が大きい。
 否、それ自体が杞憂だ。
 かりに湿り気を帯びた物音やはしたない嬌声が壁向こうに聞こえても独房に拘禁された囚人はすでに正気を失っており、証言能力がない。
 余程精神力が強い人間でなければこんな劣悪な環境には耐えられない。閉塞感を与える暗闇が押し迫る中、後ろ手を拘束されて満足に寝返りも打てず、意志ある肉塊と化して汚物まみれの床に腹這いになる幽閉の日々に耐えられるはずもない。
 ここは蛇の穴だ。
 邪悪な蛇の巣穴だ。
 吐寫物と糞尿の悪臭が凝縮された暗闇に朦朧と寝転がっていると闇から分裂した幾万匹もの蛇がうじゃうじゃと四肢に絡んで体中の穴という穴に潜り込んでくる。
 「僕の好みからすると育ちすぎだけど、ただでヤらせてくれるんだから文句は言えないね」
 僕の体を夢中でまさぐる手、首筋を這い回る熱い舌。
 曽根崎を篭絡するのは簡単だった。
 最初は手だけだった。
 鉄扉の最下部に設けられた鉄蓋を開けて投げ込まれるアルミ皿、一日二回それを出し入れする手だけが曽根崎の印象だった。
 外から射し込む僅かな光を頼りに、おそるおそるアルミ皿をさしだす手に目を凝らす。
 曽根崎が怯えているのはすぐにわかった。
 当然だ。同僚の柿沼が僕に殺された事は記憶に新しい。
 他の囚人はともかく僕には十分気をつけてあたらねば柿沼の二の舞になるぞと脅されているのだ。
 僕は待った。
 ただただ気配を消して息を潜めて曽根崎の警戒が緩むのを待った、寡黙に徹して曽根崎の油断を誘った。
 やがて曽根崎は僕に興味を示し始めた。
 一日二回、決まった時間に曽根崎はやってくる。
 次第に廊下を近付いてくる靴音、ワゴンの車輪が床を削る音、ワゴンに積載された食器が奏でる金属音……
 鉄蓋が開きまた閉じる単調な音の連続。
 奥の独房から残飯を配り終えた曽根崎がこちらに近付いてくる。
 鉄扉の向こうに気配を感じる。 
 意を決したように片膝付き、ワゴンの下段からトレイを取り上げる様子さえ瞼裏に思い浮かべることができる。
 曽根崎が扉下部の鉄蓋を持ち上げ攻撃の意志がないと確認、危険がないと悟ってから漸く食器を入れる。
 「ありがとう」
 曽根崎がびくりとする。
 即座に手を引っ込めようとした曽根崎、その指を舐める。
 鉄扉の向こうから息を呑む気配が伝わる。
 硬直、弛緩。恍惚と吐息を漏らす曽根崎、快感に上気した顔が目に見えるようだ。
 僕は丹念に曽根崎の指をしゃぶった。
 口腔に含み舌を絡めてたっぷりと唾液を吸わせる。
 指がふやけて白くなるまで名残惜しく口腔で転がして塩辛い後味をたのしんだ。近隣の囚人は何も知らない、何故僕の前でだけ配膳係の滞在時間が長くなるのかその理由に気付く様子もない。
 周囲の房からは絶えず意味不明な奇声が聞こえてくる、人間の声帯が発してるとは到底思えない濁った苦鳴や罵声や悲鳴や絶叫が陰陰滅滅と流れてくる。
 奇怪な呻き声が四囲から押し寄せる中、曽根崎だけが別種の声を漏らしていた。
 「いつもご飯をもってきてくれるお礼さ」 
 あくる日もあくる日も指を舐めた。
 扉下部からおそるおそる差し伸べられる手、指。
 それらを丹念に口に含み舌を絡める、繊細な舌遣いで指の股を洗ってくすぐったがらせる、手のひらに舌を這わせて唾液をのばす。
 扉の向こうから歓喜の呻きが聞こえてくる。
 僕に手を舐めさせる傍らもう一方の手で男根をしごいているらしく、栗の花の濃厚な匂いが鼻先に漂ってくる。

 日をおかず鉄蓋の下から「別の物」がさしこまれるようになった。
 日をおかず曽根崎自ら独房に入ってくるようになった。

 曽根崎が僕の頭を抱え込む。
 ズボンの前を寛げて股間を露出して男根を吸わせる。
 「はあっ、あう、ひぃっ……いいよすごくいいよ、もっと、もっとぐちゃぐちゃにしてぇ」
 曽根崎ががくがく腰を振る。
 僕は言われた通りにする。
 わざとらしく舌を使い唾液を捏ねる音を響かせる。
 僕は曽根崎に抱かれた。
 何度も何度も何度も、数え切れないほどに。
 後ろ手に手錠をかけられたままある時は腰を起こされある時は膝に座らされある時は肩に両足掲げられ無理な体勢をとらされ何度も何度も菊座に大量の精を注がれた。
 僕は浅ましく腰を振りたくった。
 曽根崎に貫かれて最高に気持ち良いと、もっと乱暴に抱いてほしいと物欲しげにねだってみせた。どんな無理な体勢をとらされ関節を痛めても、だらしなく弛緩しきった菊座から絶えず血と精液と糞便を垂れ流すみじめな思いをしても唯一つの目的を遂げるためなら肉奴隷の汚辱を厭わなかった。
 そうだ。僕は他ならぬ自分自身を取り引きの道具に使ったのだ。
 僕は待った。ただひたすらに待ち続けた。
 曽根崎が完全に油断するのを、快楽の虜となるのを。
 そして遂にその時が来た。
 『この手が使えればもっと気持ちよくしてあげられるのに』
 奉仕を中断し、顔を伏せる。
 曽根崎は快感に息を荒げ、続きを促すように僕を見下ろす。
 僕は内心ほくそ笑み、最前まで口に含んでいた男根の先端、亀頭の突起に舌先を踊らす。  
 「あっあああああっあふっ……意地悪しないで、イかせてっ……」
 「イかせてあげたくても手が使えないんじゃしょうがない」
 おどけて肩を竦める。曽根崎の顔を躊躇が掠める。もう一息。
 「曽根崎さん、お願いがあるんだ。僕の手錠外してくれないかな。曽根崎さんなら鍵持ってるでしょう」
 「だめだよ、規則違は……あうっ!」
 曽根崎に続きを言わせず、この上なく張り詰めた男根に軽く歯を立てる。醜い腫れ物めいた亀頭を舌先でつつき、すぐまた引っ込めて焦らしに焦らす。あと少しの刺激で射精できる、射精したくてしたくてたまらないといった風情で切なく喘ぐ曽根崎に追い討ちをかける。
 「ここには誰もいない、誰も見ていない。僕と曽根崎さん二人だけだ。周囲の房の連中はとうに気が狂ってる、分厚い壁を隔てたこっちで何が起ころうが興味を示したりしない。少しの間でいいんだ。僕はただ曽根崎さんを気持ちよくさせてあげたいだけだ。両手が使えなきゃ曽根崎さんの魔羅をいい子いい子することもできない、優しく包んで宥めてあげることもできやしない。口での奉仕だけじゃ寂しい。曽根崎さんだって本当はそう思ってるんでしょう」
 曽根崎がごくり生唾を飲み込む。
 「ほ、ほかの人にはナイショだよ。ぼ、ぼくときみだけのひひ、ヒミツだ」
 腰の鍵束を片手さぐり、一本を掴む。
 曽根崎が僕の背後に回り、屈みこむ。
 勃起した男根がズボンの尻にあたる。浅ましい息遣いがうなじで弾ける。曽根崎が僕の背中に覆い被さり、僕を後ろ手に戒めた手錠に鍵をさしこむ。カチリと軽い音。鍵穴に鍵が嵌まり、手錠が跳ね上がる。
 手錠が床に落下、両手が自由になる。
 両手を前に回して指を開閉、ちゃんと動くのを確かめる。
 「さあ、続きをしようか」
 待ちきれぬ期待感を込めて促す曽根崎に向き直り、床に片膝付き、股間に顔を埋める。
 男根に両手を添えて口腔へ導き入れ、唾液の溜まりに浸し、そして……
 
 凄まじい絶叫が轟く。

 音なのか感触なのか、下顎と上顎を噛み合わせた瞬間にガリッと衝撃を感じた。前歯が男根を穿ち奥歯が食いちぎり口腔に鉄錆びた血の味と精液特有の青臭い苦味が満ちる、硬く勃起した男根が歯で断ち切られた瞬間に芯がふやけて萎縮し血痰と見まがう萎びた肉塊になりはてそれを吐き出す。
 「まずい魔羅。煮ても焼いても食えないね」
 曽根崎の悲鳴は止まない。
 嗚呼うるさい。
 僕は無造作に手の甲を拭い唾液を吐く、口の中にはまだ生臭い肉の味と血の味が満ち満ちている。
 今のぼくは生き血を啜ったようなありさまで口元にも上着にも鮮血の朱が散っている、こんな格好で出歩いたら目だってしょうがない、それでなくても脳天からつま先まで糞尿まみれの格好で出歩くわけにはいかない。
 名案が閃く。
 涙と鼻汁と脂汗を体中の穴という穴から垂れ流してのたうちまわる曽根崎の傍らに跪き、看守の制服を手際よく剥ぎ取る。
 上着を脱がしズボンを脱がし下着を剥いで全裸にし、今まで着ていた垢染みた囚人服を惜しげもなく脱ぎ捨て、蛇が脱皮するが如く剥きたての裸身をさらす。
 「ひぎゃあ、ひぐぅあ、ぼ、ぼぐのちんちんがあっ……しぼ、しぼんじゃって………」
 股間を押さえて悶絶する曽根崎に構わず、看守服のボタンをきちんと留め、制帽を目深に被る。
 曽根崎の腰をまさぐり、鍵束を取り上げる。
 何本か試したのちに独房の鍵を発見、鍵穴にさしこむ。カチャリと手ごたえがあり、錆びた軋み音を上げて鉄扉が外側に開く。
 久しぶりに光溢れる外界に出て、あまりの眩さに目が潰れる。
 胸を張り両手を広げ、新鮮な空気を肺一杯吸い込む。
 蛍光灯の光に照らされた細長い廊下を見渡し、呟く。
 「今会いに行くよ、貢くん」
 「た、たひゅけて……」  
 哀れっぽい声に目を向ける。
 無関心に振り向いた僕の視線の先、汚物まみれの床を這いずる奇形の芋虫……否、曽根崎。男根を食いちぎられたショックと激痛に溶け崩れた顔に救い難い悲哀を浮かべ、こちらに虚しく手を伸ばす。
 「たひゅけて……医者、医者をよんで……だって血がこんなにでてるこのままじゃ死んじゃう僕ぼく嫌だこんなところでこんな死に方いやだ助けて助けてお願い見捨てないで」
 曽根崎の顔面に影がさす。ゆっくりと閉まりゆく鉄扉の影。
 絶望に凍り付く曽根崎の顔、その表情の変化をたのしみ声をかける。
 「さようなら、曽根崎さん。短い間だけど楽しかったよ」
 ただひとり暗闇に取り残される恐怖に脆い自我は耐え切れず理性が崩壊した曽根崎が狂ったように僕に手を伸ばし縋り付こうとして鉄扉に阻まれて絶叫、何かが鉄扉に激突する音を最後に完全に気配が絶える。
 おそらく失神したのだろう。
 鉄扉に施錠する。
 これで時間稼ぎができる。
 曽根崎が出血多量で死んでも構うものかショック症状を起こして血の海ではてても構うものかと嘲り捨て、蛍光灯の光が照らす廊下を歩き出す。漸く蛇の穴から脱け出すことができた。
 体の裏表を這いまわる蛇がもたらすおぞましい感触が淫蕩な熱に変じてゆくあの狂気に耐えられたのは僕がすでに狂っていたから、最初からどうしようもなく狂っていたからに他ならない。
 「三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい 玉の緒よ たえねばたえねながらえば 忍ぶることのよわりもぞする……」
 廊下に靴音が木霊する。
 僕はこれから、僕の運命を狂わせた男を殺しにいく。
 
              +



 『前略直
 元気でいるか。俺は元気だ。逢いに行けずにすまん。医務室前の見張りが厳しくて逢いたい気持ちは募れども叶わぬのだ。
 この前はヨンイルの助力あってこそ一夜の逢瀬に漕ぎつけられたのだ。ヨンイルはお前をひどく心配している。直、お前は良い友人を持って幸せ者だ。
 今日はヨンイルに呼び出された夜のことを語りたい。
 直。お前に別れを告げて数日余りが経った頃、俺はヨンイルに話があると呼び出された。
 唐突な申し出を訝しく思いながらも西棟に赴いた俺を、ヨンイルはしたたかに酔っ払って出迎えた。
 ますます不審に思いながらもヨンイルのすすめに従い酒を飲み交わした。  
 ヨンイルはしばらく他愛もない話をしていた。お前が好きな……手塚治虫という漫画家の話だ。
 めるもとぴのこ、どちらの幼女が好みかと聞かれたが俺にはそのめるもとぴのこが誰をさすか皆目見当がつかず答えようがなかった。
 己の不勉強を恥じた。
 しばらくヨンイルはひとりで話し続けた。
 己が好きな話題を饒舌に語り続けてから不意に口を噤み、真顔で俺を見据えた。
 そして、こう言ったのだ。直を抱いた、と。
 その瞬間の事はよく覚えてない。頭にカッと血が上り、勝手に体が動いた。憤怒で我を忘れた。ヨンイルに抱かれたお前を想像するなり完全に自制を忘れた、理性の箍が外れた。俺以外の男が俺より先にお前を抱いた、お前を貪った。その男が今目の前にいる、ふてぶてしくも目の前で取り澄ましている。気が付けばヨンイルを殴っていた。ヨンイルの顔は血まみれだった。床には一本歯が転がっていた。
 とんでもないことをした、と思った。
 武士たる者いつでも止水の心を保たねばならぬというのに、一時の怒りに身を任せて道化を殴り付けた。俺はまだまだ未熟者だ。
 しかし到底我慢できなかった。怒りを鎮めることができなかった。
 そして唐突に理解した。
 俺はヨンイルに嫉妬していると、ヨンイルにお前を奪われて嫉妬に狂っているのだと。
 「サムライ、お前まだ気付かんのか。はよ認めてまえ、直ちゃんに惚れとるて」
 痛そうに顔を顰め、ヨンイルが指摘する。
 「惚れた男を別の男にとられてカッときた。別に隠すことない、武士かて男なら嫉妬もありえるやろ。せやけどなサムライ、言わせてもらうわ。直ちゃんが俺によろめいたんはお前のせいやろ、お前が直ちゃんしっかり守ったらんかったから直ちゃんが俺にふらふら付いてきてもうたんや。あんたらの痴話喧嘩に巻き込まれてこっちはええとばっちりや、お互い好き合うとるくせに変な意地張ってこじれにこじれて身を引いて意味わからんわ、ホンマ」
 ヨンイルの喝で目が覚めた。 
 今まで深刻に悩んでいたのが途端に馬鹿らしくなった。直、お前を帯刀の因縁に巻き込みたくないばかりにやせ我慢をしていた。俺がそばにいればお前は傷付く、帯刀の因縁に巻き込まれて心と体に消えない傷を負う。だがもし俺がいないあいだにお前がだれか他の男に抱かれたらと考えたら目の前が真紅に染まり咆哮したくなり、耐え難い苦悩に苛まれて夜も眠れぬ己に気付いた。
 噛んで含めるようにヨンイルは言った。
 「これ以上ぐずぐずしとったら俺が直ちゃんかっさらってまうで。覚悟せぇよ、侍」
 俺はその足でお前に逢いにいった。
 お前に会いたい一心で、これまでの事を謝罪したい一心で。 
 しかし間に合わなかった。お前は静流に刺されて重傷をおってしまった。
 なんて不甲斐ない男だと己を呪った。惚れた相手ひとり守りぬけぬ己の至らなさを恥じた。
 だが、もう逃げない。
 お前からも静流からも、己の罪からも決して逃げぬ。
 直、お前が一命をとりとめてくれて本当によかった。無事でいてくれてよかった。俺は常にお前のそばにいる。体が離れていても心はともにある。今宵もまたお前のぬくもりが失せた寝床をなでて安否を願う、一日も早い治癒を祈る。お前の帰りを心待ちにしている。
 手紙でしか想いを伝えられぬのが歯がゆい。
 一日も早くこの腕にお前を抱きたい、お前の髪に顔を埋めたい。
 直。
 お前が恋しい。
 あと一ヶ月の辛抱と己に言い聞かせて独り寝を耐える』  
   

 ……以上がサムライの手紙の内容だ。
 端正な筆跡に目を凝らし、末尾でため息を吐く。少し顔が熱い。
 手紙を丁寧に折り畳み、枕の下に隠す。枕元にめがねをおき、ベッドに横たわり、胸元に毛布を引き上げる。
 「………僕も恋しい」
 ヨンイルを仲介役にやりとりを続けた手紙は既に五通たまっている。入院から一ヶ月、サムライとの密会はただ一度の例外を除いて実現に至らず寂しさばかりが募る。
 怪我は快癒した。体を起こす時に少し痛みが走る程度で、激しい運動を伴わない日常生活にはほぼ支障がないところまできている。
 はやくサムライに会いたい。
 房に帰りたい。
 安田の命令など知るか、従う義務もない。房にベッドがなくとも構うものか、床で寝ればすむことだと最近では開き直っている。
 安田も嫌われている自覚があるのか最近では滅多に顔を出さなくなった。 
 「嫌味な顔を見ずにすんでせいせいする」
 声にだして言ってみるも、胸が少し痛む。僕を西棟に強制移住させるという命令には強い反感を覚えこそすれ、安田が僕にいろいろ良くしてくれたのは事実なため複雑な心境だ。
 ………考えても仕方がない。寝よう。
 思考を放棄、目を閉じる。就寝時刻を過ぎた医務室には規則正しい寝息が満ちている。目を閉じるとすぐに睡魔が訪れて心地よいまどろみに引きずり込まれる……
 鈍い音が、した。
 「………?」
 どれ位時間が経った頃合か判然としないが、まどろみから覚めて目を開けた時にすぐさま異変を感じた。
 電気が消えている。
 患者全員が寝入ったと思い、医者が消したのだろうか。そうだ、そうに違いない。何も不自然なことはないと自己暗示をかけて睡魔の訪れを待つも奇妙な胸騒ぎがする、ベッドに横たわったまままんじりともせず虚空を見据える僕のもとへ何者かが近付いてくる……
 床を叩く硬い靴音。
 「看守だ」
 囚人の靴音と異なる硬質な音は、看守の革靴が奏でる音だ。
 威圧的な靴音を響かせて近付いてくる侵入者に疑惑が膨らみ、上体を起こす。仕切りのカーテンが揺れる。看守はすぐそこまで来ている。
 「誰だ!?安眠妨害だぞ」
 尖った声で誰何する。ベッドを飛び下りて逃げ出そうにも激しい運動は禁物、治りかけた傷口が開いてしまう。
 カーテンがあやしく揺れる。
 誰かがカーテンの向こうにいる。息を潜めて気配を殺し、闇に溶け込むようにこちらの様子を窺っている……
 おもむろにカーテンが開き、侵入者がベッドの傍らに立つ。
 思ったとおり看守だ。だが、見覚えはない。雰囲気からするとかなり若く体格も華奢、どちらかといえば優男然とした風貌の看守だが制帽を目深に被ってるせいで目鼻立ちはよくわからない。
 いや、待て。
 看守じゃ、ない。
 「!医者っ……、」
 悲鳴をあげようとした口にすかさず手が被さる。
 肉の薄い繊細な手……いつかもこうして口を塞がれたことがある、体を触られたことがある。忘れもしないあの手の感触、あの夜の忌まわしい記憶がまざまざとよみがえる。
 看守に変装した侵入者が僕に馬乗りになりたやすく押さえ込む、僕は暴れる、胴に跨った男を振り落とそうと激しく首をふり身をよじり抵抗するも相手の方が一枚も二枚も上手、自在に体重を移動させ僕を乗りこなす。
 「医者?死んだよ」
 耳朶に吐息がかかる。
 耳元で囁かれた言葉を理解するのに二秒かかる。
 医者が、死んだ?その事実を裏付けるように僕に馬乗りになった男が頚動脈に突き付けたのは鋭いナイフ、赤い血に濡れた刃。
 僕以外の誰かの血に濡れたナイフが示すものは最悪の事態、医者、医者はどこだ?そういえばさっきから声が聞こえない気配がないどこにいるどこにいるんだ無事なのか、無事ならなぜ声がしない物音がしない?
 死。
 まさか本当に、
 「医者だけじゃない。外の見張りも、ね」
 この声、聞き覚えがある。鈴を振るように澄んだ声音……無邪気な笑い声。
 全身の毛穴が開いて嫌な汗が噴き出す脳内麻薬が多量分泌され血に溶けて全身の血管を駆け巡る、僕は眼前の人物が誰かわかっているけどわかりたくないまさかそんな馬鹿なことあってたまるか彼は今独房にいる独房で……だが現実に僕にのしかかっているのは僕の頚動脈に冷たい刃をあてがっているのは
 「枕の下に何か入ってるね」
 「!やめろ、」
 叫んだが、遅い。
 枕の下をまさぐり手紙を引っ張り出し勝手に読む、そしてすぐさま興味を失ったように僕の鼻先に便箋をひらつかせ、破る。
 便箋が破れる。
 僕が大事に保管していた手紙を全部散り散りに破り捨てる、あまりの事態に硬直して声も出せない僕の眼前を無数の紙片が舞う。
 「貴様っ、なんてことを……貴様が今汚い手で破り捨てたのはサムライの手紙だ、サムライが一字一字真心込めて綴った手紙だぞ!言霊信仰を知らないのかこのっ……」
 脇腹を衝撃が襲う。激痛で視界が真紅に染まる。
 僕に乗った人物が脇腹に膝をめりこませたのだ。
 「あ、がっ……」
 薄れ行く意識の彼方で朗らかな笑い声を聞く。
 誰かが僕の首筋にナイフを当てて笑っている。
 脇腹を膝蹴りしたはずみに手元が狂って薄皮を裂いたらしく首筋を血が伝うなまぬるい感触が気色悪い。
 無意識に両手をさしのべ、僕に乗った人物の肩を掴む。
 「貴様、冥府に帰ったんじゃなかったのか……!」
 人影が微笑む。
 世にも美しく儚げに、魔性の翳りさえ帯びた微笑み。
 「憎い仇を道連れにしたくて地獄の底からよみがえったんだ」
 静流はさも美味そうに首筋の血を啜った。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050507171725 | 編集
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