ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十二話

 北の廃帝と東の王が激突する。
 「灰も残さず焼き滅ぼしてやる」
 一陣の冷風を吹雪かせて肉薄、激しい勢いで突き込まれたナイフが肋骨の隙間を抉り心臓を貫く。
 レイジが身をかわすのが半瞬遅れていたらそうなるはずだった。
 「相変わらずイカレてイカしてるぜ」
 レイジが皮肉げに微笑む。
 肋骨の隙間を的確に抉り心臓を貫通するはずだったナイフの軌道上からレイジが消失、右に瞬間移動。ナイフと胸板が平行になるよう右に体を捌いたレイジの顔は笑っている。笑っている。
 医療用眼帯で覆われた目の隣、薄茶の目に轟々と狂気が渦巻く。
 「久しぶりだな東の王よ、正統ロマノフの末裔たる気高き皇帝の足元にも及ばん出自卑しき雑種の王よ」
 乾いてひび割れた唇が捲れ上がり、鋭く尖った犬歯が覗く。
 「私は心よりこの日を待っていた、狂おしく待ち望んでいた。再びお前と見えて真なる王者を決する日を待ちわびていた、ただそれだけを望みに唾吐かれ罵倒され夜毎下僕の慰み者となる屈辱の日々に耐えてきた。地獄だったぞ、まさに!お前に想像できるか永きに渡る私の苦しみが、かつては忠実な家臣として従順な下僕として私の足元にひれ伏した者どもに嬲られる恥辱が!!」
 肩に流した銀髪が瘴気を孕んで膨らむ。
 いくら鈍い俺でもすぐにわかった。サーシャの目的は復讐だ。皇帝の座を追われてから雌伏数ヶ月、過去の栄光に齧りつき復讐の刻を窺いつづけた廃帝の恨みはいかばかりか……
 「タイミング悪ぃ!」
 思わず舌打ちが出る。
 いきなりでてくんなよサーシャ、心臓に悪いだろうがと心の中で罵倒するも現実の俺は廊下に立ち竦んだまま動けやしない。レイジとサーシャの殺し合いに巻き添え食っちゃたまらないと隅っこに退避、壁にぴたり背中を付けて呼吸を整える。
 どうする?どうしたらいい?
 俺はじっと見てるだけか、レイジとサーシャの殺し合いをぼけっと見物してるだけか?
 「ホセ、何とかしろよ!南のトップだろ!」
 「サーシャくんとレイジくんの殺し合いは東京プリズン名物の年中行事、お二方の邪魔はできません」
 ホセはどことなく楽しげだ。分厚い眼鏡の奥の目を細めて壮絶な殺し合いを眺めている。
 離れたところでガキの喧嘩を見守る大人の目線だ。
 レイジとサーシャのやんちゃっぷりを微笑ましげに眺めるホセに頭に血が上る、南のトップなら責任もって止めろよと怒鳴りかけてぐっと言葉を飲み込む。トップに良識を求めるほうがどうかしてる。
 ホセの説得を諦めて得物を手にぼさっと突っ立ってる門番を見比べる、南の門番二人組は突如目の前で始まった殺し合いについてけずぼけっとしてる。
 完全な思考停止状態。
 「お前ら門番だろ、得物持ってんだろ!手遅れになる前に止めに入れ、サーシャもレイジも頭に血が上ってる、このまま放っとけば渡り廊下崩壊……」
 「冗談じゃねえ、王様と皇帝の一騎打ちに割って入る命知らずの馬鹿がどこにいる!?」
 「とばっちり食って殺されるのはごめんだ、そんなに心配ならてめえが何とかしろ!」
 我に返った門番が口々に反論、唾と一緒に罵声を飛ばす。
 ぐっと押し黙る。
 そうだ、その通り。他力本願はよせ。キレたレイジを止められるのは俺だけだと自分を叱咤、恐怖に竦んだ足を引きずるように歩き出す。
 「刃の錆にしてくれるわっ!」
 「おもしれーじゃんか廃帝、鈍らナイフで頚動脈切り裂けるもんなら切り裂いてみろよ!お前とダンスすんのも久しぶりだ、足が棒になるまで踊ってくれよ!」
 レイジは素手、サーシャはナイフ。しかしレイジはハンデを物ともせずサーシャを軽くいなしてる。
 実力ではレイジが上。
 怒り狂ったサーシャが獲物にとびかかる蛇の俊敏さで腕を跳ね上げる、間接が無いかの如く腕を柔軟に振り回してナイフを突き入れる。
 レイジは軽快なステップで悉くを回避、脇腹を掠めたナイフが上着の切れ端を攫っていっても気にせず後方へ跳躍し間合いをとる。サーシャが奇声を発する。頭を屈めた姿勢で疾駆、レイジの間合いを侵して横ざまにナイフを振り上げる。
 白銀の残光を曳いたナイフが、レイジの右肩から左脇腹へと抜ける。
 「東京プリズンの支配者は私一人で十分、毛色の珍しい雑種は血抜きして剥製にしてくれる!」
 「レイジっ!?」
 サーシャの死刑宣告に俺の悲鳴が重なる。
 ビリッ、と音がする。布が裂ける甲高い音。ナイフの刃が布を噛んで断ち切る音。間一髪、半歩だけ後退したレイジの右肩から脇腹にかけて袈裟懸けに裂けて素肌が覗く。
 布切れが宙を舞う。
 服を斬らせて身を守る高等な回避術、あと半瞬反応が遅ければナイフの刃が肉を裂き盛大に血が噴き出していた。
 上着の裂け目から褐色肌を覗かせレイジが舌打ち、きょろきょろとあたりを見回す。
 「素手はちょっときついな」
 手頃な得物を捜してると直感、弾かれたように走り出す。
 「!?おま、なにすっ」
 ぼけっと突っ立ってる門番二人組に走り寄り、激しい揉み合いの末に鉄パイプを奪う。
 「レイジ、受け取れ!」
 腕を大きく振りかぶり鉄パイプを投擲、天井すれすれの放物線を描いた鉄パイプが狙い通りレイジの手におさまる。
 「サンキュ、ロン!」
 虚空で旋回した鉄パイプを難なくキャッチ、俺を振り返る余裕を見せたレイジの正面に影が揺らぐ。
 「よそ見すんな馬鹿っ、」 
 甲高い金属音が鼓膜を突き抜ける。
 体前に翳した鉄パイプに刃が食い込む。金属が金属と噛み合う耳障りな音……力と力が拮抗する軋り音。レイジが両腕を突っ張り体前に押し出した鉄パイプは火花を散らして刃を受け止めた、鉄パイプの表面に刃をめり込ませたナイフはそこで停止し両者に膠着状態が訪れる。
 いつ崩れてもおかしくない危うい均衡の中、前傾姿勢をとってレイジにのしかかったサーシャが口を開く。
 「暗殺の技量でお前に劣るなど絶対認めん」
 肘まで袖が捲れた腕に静脈が浮かぶ。
 ナイフの柄が砕ける程力を込めているのが五指の強張りでわかる。
 骨と皮ばかりの体のどこに鉄パイプを刻む力を秘めているのか、今この時も鉄パイプを噛んだ刃は不吉な軋り音を上げて金属を削っている。
 空気が緊迫する。アイスブルーの目に炎が燃え上がる。
 「生まれつきの暗殺者は自分だけだと思っていたのか。奢るなよレイジ」
 「どういう、ことだよ」
 鉄パイプを体前に構えて斬撃を防いだレイジが顔を顰める。
 サーシャがクッと喉を鳴らす。
 ひょっとしたら、笑ったのかもしれない。
 「暗殺を生業とするのはお前だけではない。私とてモスクワのサーカスで訓練をした、一発で標的を仕留めるべくナイフ投げに励んだ。爪が剥がれても手の皮が剥けてもナイフを投げ続けた。そうして私は私になった、皇帝サーシャとなったのだ!その私がお前に劣るなどあってはならん、ペア戦では不本意な敗北を喫したが暗殺者としての技量まで劣るとは到底思えん。何故ならお前は卑しき雑種、私の足裏を舐めるのが似合いの卑しい犬だからだ!レイジよ今ここで決めようではないが、どちらが暗殺者として上かはっきりさせようではないか!ちょうどあそこに隠者もいる、私には暗殺を任せられんとお前を選んだ憎き男があそこにいる!」
 「どういうことだ、ホセ」
 ホセはにこやかに俺を見る。
 野暮ったい黒縁眼鏡の奥で糸目が柔和に笑ってる。
 嫌な予感が徐々に形を取り始める。
 「お前まさか、二股かけたのか。サーシャにも『あの事』頼んだのか!?」
 「保険ですよ」
 ホセがしれっと嘯く。 
 「彼もまたナイフ使いの暗殺者として裏社会で名を馳せた身、どちらがより我輩の意中に沿って動いてくれるか秤にかけた上でお二方に声をかけるのが礼儀でしょう」
 「おま、サーシャがレイジライバル視してんの承知でっ……」
 ホセの顔を覗き込む。細めた目に酷薄な光が宿る。限りなく無表情に近い淡白な笑顔は完璧に感情を抑制する理性の働きによるもの。ホセにしてみりゃ今この瞬間起きてる出来事も計算どおり、二人を競わせて実力を測るショーなのだ。どちらがより手駒にふさわしいか暗殺者として上か、それを知る為にあえてサーシャに声をかけて南棟帰りのレイジにぶつけたのだ。

 レイジもサーシャも操られてるにすぎない。
 渡り廊下で突如行われた殺し合いの黒幕は、ホセだ。

 「…………くそったれ!」
 「お褒めに預かり光栄です」
 ホセがおどけて肩を竦める。ホセはあくまで傍観者に徹するつもりだ、レイジが死のうがサーシャが死のうが指一本動かす気はないとしれっと取り澄ました表情が言っていた。
 くそったれ。
 もう一回口の中で呟き、頼りにならないホセを放っぽって体当たりでレイジを止める覚悟を決める。ペア戦の二の舞はごめんだ、相棒のピンチをただ眺めてるのはこりごりだ。
 「……なるほど、ホセらしいや」
 レイジが薄く微笑む。地獄耳のレイジにはホセと俺の会話がばっちり聞こえてたんだろうが、とくに取り乱す様子もない。俺よりホセと付き合いが長くホセの本性をばっちり知ってるのだ、隠者の謀を鼻で笑い飛ばせるくらい王様はどっしり構えてる。
 不意に腕の力を抜き、サーシャが前のめりによろめくと同時に鉄パイプを跳ね上げナイフを弾き返す。
 圧力の消えた鉄パイプを片手に下げ、レイジがため息を吐く。
 「サーシャ、お前そんなに所長殺したいのか」
 「……愚問だな」 
 赤い舌が扇情的にナイフを舐め上げる。
 横に寝かしたナイフに頬ずり、狂気に濡れた隻眼を細める。
 恍惚とした表情でナイフに接吻、そこはかとなく淫靡な湿りけを漂わせてナイフの表面に舌を這わす。
 「私からお前を奪った男が憎くないはずないではないか」
 「北でも噂になってんのかよ?」
 レイジが世にも情けない顔をする。
 サーシャがいやらしくナイフを愛撫する。
 平行に寝かせたナイフにこれ見よがしに頬ずり、卑猥に蠢く舌で金属の表面に唾液を塗り付ける。
 横に斜めに翻るナイフの表裏を這い回る舌。唾液を捏ねる音もいやらしく、フェラチオを思わせる淫らな舌遣いでナイフの切っ先から根元まで貪り尽くす。
 頬が悩ましく上気する。
 艶めかしく目が潤む。
 刃で切れた舌から唾液に溶けた血が滴り落ちる。
 舌の先端から粘着の糸引く血が垂れる。
 ナイフに奉仕する傍ら、完全にイッちまった表情でレイジを仰ぐ。
 「所長の奴隷に成り果てるとは東の王も落ちぶれたものだ」
 サーシャが傲慢に言い放つ。隻眼には侮蔑の色。
 「まんまと下克上されるたあ北の皇帝サマも落ちぶれたもんだな。さんざ威張り散らした下僕どもにマワされた感想が聞きたいね」
 レイジが傲慢に言い放つ。隻眼には嘲笑の色。
 「お前は私の犬だ、皇帝が愛する犬だ。突如降って湧いた変態に横から掻っ攫われる謂れはない。必ずや所長を殺しお前を取り戻す、そして今度こそ首輪を嵌め鎖に繋ぎ皇帝の下で飼い殺しにするのだ、光栄に思え!」
 略奪者への嫉妬がサーシャを突き動かす。
 肩に流した銀髪をさざめかせて急接近、殺意で研いだ刃が心臓に……
 「勝手なこと言ってんじゃねえ、レイジは俺の物だ!!」
 体が自然に動く。
 南の門番からトンファーをひったくり走り出す。心臓を抉らんとしたナイフが鉄パイプで弾かれてサーシャが大きく体勢を崩す、前のめりにたたらを踏んだサーシャに隙ができる。今だ。
 小柄な体とすばしっこさを生かしてサーシャの懐に潜り込む。
 「!?ぎあっ、」
 トンファーで思い切り脛を強打、たまらずサーシャが膝を屈する。
 脛をしたたかに打ち据えられた激痛に悶絶するサーシャ、その眼前でトンファーを構える。
 「お前にも所長にもレイジを渡すもんか、レイジは俺の相棒なんだよ!」
 「かっこいー。惚れちまいそ」
 レイジが軽薄に口笛を吹く。野郎、人の気も知らねえで!
 レイジを背に庇うように立ち塞がった俺の足元、脛の激痛に呻きながらサーシャがガンをとばす。
 「下がれ、猫め。王と皇帝の聖戦を邪魔するな」
 「下がらねえ」
 何も無いよりマシだと思い、見よう見真似でトンファーを構える。
 心臓が爆発しそうに高鳴る。渡り廊下のど真ん中、レイジを背に庇った俺の正面にゆらり瘴気を漂わせてサーシャが立ちはだかる。
 幽鬼めいて緩慢な動き。
 「ならば、もろともに滅ぼすまでだ」
 「ロン、下がってろ!」
 凄まじい殺気が吹き付ける。
 蛇のように玄妙な動きで腕を泳がすサーシャに釣り込まれ、ふわりと前に出る。まずい。我に返るより早く頬に痛みを感じる、ナイフが頬を裂いたのだ。
 咄嗟にレイジが俺を抱いて横ざまに身を投げ出してなけりゃ危なかった、口が耳まで裂けていた。
 レイジに押さえ込まれた姿勢から無理を承知で翻意を求める。
 「サーシャ、話を聞け!こんな所で殺しあっても意味ねえよ、冷静になれ!全部ホセが企んだ事なんだ、レイジと殺しあうよかホセとっちめるほうが先だろうが、順番間違えてんじゃねーよ!」 
 鼻先にナイフが突き立つ。
 俺の鼻を削ぎ落とそうと腕を振り下ろしたサーシャが忌々しげに舌打ちする。レイジに後ろ襟を引っ張られて間一髪首を引っ込めたのが幸いした。レイジが俺を乱暴に突き飛ばす、俺はそのままゴロゴロ廊下を転がる。視界が反転、天井と床が忙しく入れ替わる。勢いを殺せず背中から壁に激突、内臓に打撃を受けて激しく咳き込む。
 「がほっごほっ……」
 「死にたくなけりゃ引っ込んでろ、ジャンキーに言葉は通じねーぜ!?」
 バネ仕掛けの瞬発力で跳ね起きたレイジがスニーカーのつま先で俺が落としたトンファーを蹴り上げる。
 宙に舞ったトンファーが蛍光灯を直撃、反射的に頭を抱え込む。蛍光灯の破片が鋭くきらめき降り注ぐ中、光の乱反射で目を潰されたサーシャがナイフを振り回す狂乱を演じる。
 「卑怯だぞ東の王め、正々堂々勝負し……」
 軽快な靴音が駆けてくる。
 「おもろいことやっとんなー。俺も混ぜてや」
 次の瞬間、サーシャがもんどり打って吹っ飛ぶ。
 体の側面に飛び蹴りが炸裂したのだ。
 サーシャに飛び蹴り食らわせたついでに逆上がりの反動で一回転、天井に靴裏掠らせてすたんと降り立ちトレードマークのゴーグルをぐいと押し上げる。
 「あら、おらへん。さっちゃんどこ行ってもうたん」
 素人離れした身ごなしの闖入者はヨンイルだった。
 「ナイスヨンイル、助かったぜ」
 ヨンイルに蹴り飛ばされたサーシャを警戒、起き上がってきた時に備えて身構える。濛々と舞い上がる埃の向こう、床に突っ伏したサーシャは気を失ってるのかぴくりとも動かない。
 終わった、のか?
 あっけない幕切れに脱力。
 埃が晴れるのを待ちサーシャに接近したレイジがつま先で腕をつつくも反応はない。うつ伏せに倒れたきりうんともすんとも言わないサーシャのそばにヨンイルが寄ってくる。
 「なんやむかつくなー……俺抜かしたトップが渡り廊下に集まって楽しい事しとったみたいやんけ。すぐそこの医務室におるんやから声かけてくれはったらええのに、俺だけ仲間はずれにしくさって感じ悪いわー」
 「遊んでたんじゃねーよ、殺しあってたんだよ」
 ぶすっとむくれたヨンイルに惰性でつっこむ。
 唐突な拍手。
 全員揃って顔を上げる。
 「いやはや愉快な見世物でした。重度の覚せい剤中毒者といえどサーシャ君のナイフの切れは鈍ってない。ロン君を庇いながらサーシャ君と互角に渡り合ったレイジくんもさすがといいますか、お二人の殺し合いに恐れ入った次第です」
 「お前が仕組んだんだろ」
 「なんのことやら」
 ホセがそらっとぼける。
 「二股かけられるなんざ舐められたもんだな、俺も」
 拍手しながら歩いてくるホセに鉄パイプを投げ返し、レイジが不敵に微笑む。
 「俺とサーシャ両方に唾つけて駒にするつもりだったんだろ。生憎ここは東京プリズン、いつ何が起きて誰が死んでもおかしくねえ砂漠の真ん中の監獄だ、俺に不幸があった場合はサーシャに暗殺任せるつもりだった。逆もまたしかり。サーシャが怒り狂うのも当然だ、俺とアイツのどっちが暗殺者として優れてるか秤にかけられたんだから。隠者は全部最初からお見通しってわけか、ファッキン」
 「お気に障ったんなら失礼。ですがこれも確実に所長を消すため、人選には慎重を期さねば……」   
 「『こんな男は地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない』」
 ひどく醒め切った目でホセを見下し、静かに宣言。
 弁解を続けるホセにあっさり身を翻し歩き出すレイジ、慌ててその後を追う。
 「気分が変わった。例の話はなしだ。サーシャと二股かけるよーなヤツ信用できるか。二股かけるのは好きでもかけられんのは大っ嫌いなんだよ、俺は。所長殺したけりゃ他当たれ。それこそ床で伸びてる元皇帝サマにでも頼みゃいいだろ」
 うつ伏せに倒れたサーシャに顎をしゃくる。
 靴音響かせて廊下を歩くレイジ、その背を声が追ってくる。
 「本当にいいのですか、東の王。今いちばん所長に苦しめられてる君だからこそ話を持ちかけたのですが」
 レイジが立ち止まる。
 靴音の残響が虚空に吸い込まれ、静寂が深まる。
 激しい不安に駆られてレイジの背を見守る。
 思慮深く黙り込むレイジの背中を見詰め、ホセが淡々と続ける。
 「北でも南でも西でも噂になっています、東の王が所長の性奴隷に成り果ていいように弄ばれていると。所長の束縛から逃れられるなら悪い話ではない、復讐のチャンスが巡ってきたと喜びこそすれ断る理由が見つからない。それこそ我輩は不思議でしょうがない。東京プリズン最強の男、無敵無敗のブラックワーク覇者たる王がなにゆえ理不尽な仕打ちに抗しないのです。弱味を握られている?被虐趣味に目覚めた?それとも……」
 異変を察してレイジを凝視。
 不規則に肩が痙攣、クッと声が漏れる。
 笑い声が爆発したのは次の瞬間だ。
 そこれそホセの挑発が引火したが如く発作に襲われた体が意思に関係なく仰け反り跳ねて藁色の髪が盛大に散らばる。
 全身で笑いを表現するレイジに呆然とする。
 酸欠になる一歩手前、深呼吸で笑い納めたレイジが緩やかに振り向く。
 晴れやかな笑顔。
 「人に命令されるのは性に合わねえ。俺が殺したいヤツくらい俺が決めるよ。さらに言うなら」
 視線と視線が衝突する。
 穏やかに笑うホセと晴れやかに笑うレイジ、その目だけが限りなく無表情に近い。
 「お前の思い通りになるのが凄まじく不愉快だからだよ」
 空気が極限まで張り詰める。
 一触即発、いつ爆発してもおかしくない緊迫した空気の中でレイジが歩みを再開。
 大股に遠ざかるレイジに何とか追いつき、おそるおそる横顔を窺う。
 笑みは消えていた。 
 「レイジ……、」
 「心配すんな、ロン。俺はどこにも行かねーよ」
 おそるおそる声をかけた俺に向き直り、包み込むように微笑む。
 レイジに笑顔を向けられても安心するどころか不安がいや増す。
 近くにいるレイジを遠く感じる。レイジとの距離を縮めたい一心で足を速めて褐色の手に指を滑り込ませる。
 レイジの手をぎゅっと握れば、強い力で握り返してくる。
 俺の手を握り締め、前だけ見て独りごちる。
 「殺るのは簡単だ。問題は殺ったあとだ」
 『お前と離れ離れになりたくない』
 レイジが二度と放さないと決意を込めて俺の手を握る、どこか縋り付くように必死に。
 俺もさらに力を込めて握り返す、縋り付くように必死に。 
 「逃げるのか、東の王よ」
 心臓が止まる。息を呑んで振り返る。
 縺れた銀髪を振り乱し、サーシャが床を這いずる。
 コンクリ床に爪を立て動かぬ体をひきずり、執念深くレイジを追ってくる。
 顔に被さった前髪の奥、アイスブルーの目に激情が奔騰する。
 「殺し合いを放棄するか、猫を連れて去るか、臆病者め。そうやって逃げる気か、私から隠者から所長からも逃げて逃げて逃げ続けて安住の地を探す気か。笑わせるな愚か者め、お前に安住の地などあるはずがない!!地獄はいつもいつまでも付いて回るぞ。お前がお前である限り魂の安息など訪れはしない。お前だって本当はわかっているだろう。お前が最も生き生きするのは殺し合いに身を投じる時、お前と私は同じ生まれついての暗殺者、そうだ、お前は生まれついての……」
 
 サーシャが絶叫する。
 あまりの忌まわしさに誰もが目を背ける真実を暴き立てるように。  
 「暴君だ!!」

 渡り廊下に絶叫の余韻がたゆたう。
 血を吐くように叫んだ直後、サーシャが激しく咳き込む。覚せい剤でボロボロの体で声を振り絞ったせいで内蔵が痛んだらしい。咳は止まらない。ヨンイルがサーシャの肩を掴み「大丈夫か?」と覗き込む。
 ヨンイルが差し伸べた手を拒み、いっそう激しく噎せたサーシャが本物の血を吐く。
 赤い血。鮮血。
 コンクリ床に散った赤い血痕にヨンイルがぎょっとする。
 「サーシャ、おどれ……」
 レイジの手がすり抜ける。
 無造作な足取りでサーシャのもとへと戻り、正面に片膝付く。
 咳のし過ぎで喉が切れたか内蔵が傷んでいるのか、唇に血糊を塗ったサーシャが顔を上げる。
 朦朧と焦点彷徨う目で仰がれ、レイジが聖母の微笑みで応える。 
 「いつでも来いよ。相手してやるよ」
 乱れた銀髪を優しく撫でる。
 レイジがもう一方の手で自らの眼帯を外し、遠くに放り投げる。一抹の未練なく投げ捨てられた眼帯がふわりと宙を滑り、床に落ちる。
 現れたのは無残な傷跡、サーシャにナイフで切り裂かれたあと。
 もはや咳を抑えるだけで精一杯、手を振り払う気力もないサーシャの眼帯を剥ぎ取り、器用に紐を引っ掛けて顔に垂らす。  
 黒革の眼帯を掛けたレイジがサーシャの顔を手挟み、ゆっくりと起こす。
 「それまでコレは預かっといてやる。審判の喇叭が吹かれる前に取り返しに来い」
 誰もが目を奪われる魅力的な微笑みを浮かべ、祝福を授けるように唇の端にキスをする。力尽きて瞼が下り、サーシャが完全に意識を失う。顔を手挟まれたまま失神したサーシャをヨンイルに預け、レイジがあっさり立ち上がる。
 「お待たせ。行くか」
 戦利品の眼帯を掛けた王様が飄々と歩いてくる。
 圧倒的な自信。
 圧倒的な余裕。
 威厳を感じさせる黒革の眼帯は王様によく似合っている。  

 俺にはそれが片目に施された封印に見えて。
 次に暴君が目覚めるのは眼帯が外れた時だと思った。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050513152327 | 編集
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