ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十九話

 僕は全治二ヶ月の重傷だった。
 「………味がない」
 入院食の粥を啜り、呟く。
 不味い、美味いの問題ではない。そもそも味がないのだからそう評価するしかなく従って食欲も進まない。
 ベッドに上体を起こし、毛布を掛けた膝の上に乗せたトレイを見下ろす。アルミの深皿によそられた白粥はまだ三分の一しか減ってない。顔を顰め匙で一すくい、無理矢理飲み下す……やはり味がない。
 東京プリズンの食事が不味いのは今に始まったことではないし囚人に贅沢が言えないのは承知の上だが、せめてもう一摘み塩を足す配慮はないのか。味付けの濃い刺激物は胃によくないとは言え、水っぽい粥を啜るだけの食事はひどく哀しい。
 僕はもともと食事にこだわらないほうだ。もとより食事に関心がなく美味い不味いもどうでもいい、運動量に適する栄養が補給できればそれでいいと考えていたのだがしかし限度がある。
 粗食に対する不満を顔に出した僕の手から、匙と深皿が消失。
 「!?何するんだっ」
 思わず声が尖る。
 僕の手から匙と深皿を掠め取った犯人はパイプ椅子に跨ったヨンイルだ。この暇人はどういうわけか入院二週間を経過した現在も毎日医務室にやってきて一方的にくだらない話を捲し立てて帰っていく。いい迷惑だ。食事を妨害され憤慨する僕を愉快げに見やり、ヨンイルが大口開ける。
 「直ちゃん、あーん」
 「あーんだと?」
 大口開けて匙を突き出すヨンイルに顔が引き攣る。
 何の真似だ道化の分際でと怒鳴りたいのをぐっと自制する。
 「いや、食事手伝ったろ思て。ひとりで食うの味気ないやろ?ただでさえ消毒液くさい医務室でひもじく粥なんぞ啜ってしんきくさい、俺が食べさしたるからいいコでお口あーんと」
 「僕は離乳食を食べる乳児か?」
 迫り来る手を邪険に払いのける。
 ヨンイルが情けない顔で匙を引っ込める。親切心かただの悪ふざけか判別しがたいが、どちらにせよ不機嫌の絶頂の僕はヨンイルの手から匙と深皿を奪い返し、味がない粥を口に運ぶ。
 「そや、直ちゃんに差し入れ持ってきたんや。粥だけじゃ味けない思て俺が漬けたキムチを……」
 ヨンイルがいそいそとタッパーの蓋を引き剥がす。
 「とっとと蓋を閉めろ、キムチの悪臭は耐え難い。目と傷に染みる」
 「つれへんこと言わんと食べてえな、西のやつらにも評判ええんやで」
 「ヨンイル、何故僕が粥を食べていると思っている。手術後日が浅く胃腸が弱っているからだ。今の僕は固形物を咀嚼するのも命がけなんだ。君は命がけでキムチを食えと強制するのか、君が漬けたキムチに命と引き換える価値があるのか」
 ヨンイルがしぶしぶタッパーの蓋を閉める。
 キムチをけなされて不満げなヨンイルを無視、匙で汁をすくって粥をたいらげる。空になった深皿をトレイに戻してヨンイルに向き直れば、枕元のパイプ椅子に後ろ向きに跨り、背凭れに顎をのせてしょげかえっている。
 ……少し言い過ぎた。
 ありがた迷惑には違いないが、僕を心配してるのは言動の端々から伝わってくる。こうして医務室にやってくるのも少しでも僕の気晴らしになればという好意からだ。
 僕がヨンイルに対し素直になれない原因は、安田だ。
 安田は僕の意志など取り合わず一方的に西棟に移す決定を下した。
 初めてその決定を聞かされてから一週間が経つが、いまだに心の準備ができないし整理もつかない。僕はサムライとずっと一緒にいたい、そばを離れたくない。僕の同房者はサムライ以外に考えられない。しかし僕一人が反対してもどうにもならない。東京プリズンを実質動かしてるのは安田であり、副所長の一存で房割りから強制労働配属先までが決まってしまうのだ。

 どうすればいい?

 入院から二週間、目覚めてから一週間一度もサムライと会ってない。
 サムライに会いたい。
 サムライは僕と引き離されることを納得したのか、今回の事件に責任を感じ僕から身を引くと承諾したのか?
 「どうして来ないんだ、サムライ」
 会いたい。会って話したい。彼に触れたい。
 知らず毛布の内側で膝を抱え、背中を丸める。そうやって自分自身を抱きしめてないと心細くてたまらなかった。漸く気持ちが通じ合ったと思ったのに、また振り出しなのか?まだすれ違いが続くのか?
 「もうたくさんだ」
 膝を抱いて弱音を吐く。もうたくさんだ、本当に。僕も彼も十分傷付いた。早くサムライに会いたい。
 「直ちゃん………」
 ヨンイルが途方に暮れたように呟き、椅子から腰を上げる気配。
 僕の肩に手をかけ、顔を覗き込む。
 緩慢な動作で顔をもたげ、ヨンイルを仰ぐ。
 思い詰めた目をしたヨンイルが畳み掛ける。
 「俺じゃ駄目か」
 「駄目だ」
 いきなり何を言い出すんだ、今の僕はヨンイルの冗談に付き合う気分じゃないというのに。あっさり即答した僕にもめげず、ヨンイルがずけずけ言い募る。
 「いや、もちっと考えてや!せめて五分くらい考えたってや、0.5秒の反応速度で却下せんでもええやん!?うわー俺めっちゃ傷付いたわ、傷心やわ。今の結構本気やったのにこんなむごい仕打ちってありか?男ヨンイル腹を括って二次元コンプレックス克服に挑んだっちゅーに現実の壁は厚い……」
 「二次元で充足してるなら克服せずともいいだろう」
 「せやかて直ちゃん、サムライにフラれたショックで俺の上に跨って一人でイったのは自分やんけ」
 さも心外なと大声をはりあげるヨンイルの頭を殴る。
 「痛ったあー」と大袈裟に嘆いて頭を抱え込むヨンイルの腕を掴んで引き寄せ、カーテンの向こうの物音に気を配る……
 良かった、僕のベッドの前を通りかかった患者だか医者だかが歩調を落とす気配はない。隣り合ったベッドの患者に聞かれぬようヨンイルの耳を掴んで囁く。
 「大きな声を出すな、僕の人間性が疑われる。確かに僕が騎乗位で射精したのは否定の余地ない事実だが、あれはその、魔が差したんだ。図書室の出来事に端を発する心因性ショックからつい行きずりの道化に身を委ねてしまったのだ。しかしすぐ正気に戻った、挿入前に覚醒した。僕たちの間には何もなかった。しいて言えば僕が射精する現場を目撃しただけ、僕が自慰するところをマグロのように仰臥して観察していただけだ」
 「マグロってあんた……、」
 ヨンイルが絶句するが、訂正しない。
 口の軽いヨンイルが僕と肉体関係を持ったと言いふらしたら、それがサムライの耳に入ったらと考えただけで冷や汗が出る。
 あの時ヨンイルと寝ていたら取り返しがつかなかった。
 たとえサムライが許しても僕自身が許せない。
 「ヨンイル、感謝する。君が真性オタクでよかった」
 「どういたしましてて……びみょ―――――」
 椅子をがたつかせてヨンイルが拗ねる。
 「ま、直ちゃんがええならええか。サムライに一発きっついのかました甲斐あったわ」
 「サムライに暴行したのか!?」
 口元に人さし指を立てたヨンイルが「しーっしーっ」と自重を促す。膝立ちになったはずみに脇腹に激痛、呻きを漏らして体を折り曲げた僕に慌てる。
 「いわんこっちゃない。サムライ絡むと直ちゃん怪我人の自覚なくすから手に負えへん」
 ヨンイルが甲斐甲斐しく毛布をかけ直す。 
 「一発かましたっちゅーかかまされたっちゅーか……結果オーライ、俺のはっぱがきいて駆け出したんやけど」
 どういうことだ?
 含みを持たせた言葉に困惑する。
 ヨンイルがニッと笑い、椅子から身を乗り出す。
 「二週間前の夜、直ちゃんのことで話があるゆーてサムライを呼び出して言うてやったんや」
 「なんて?」
 「直を抱いた。先越されて悔しいかあほんだら、お前があっちへこっちへ二股かけとるからあかんのやむっつりスケベ侍」
 ……………………………………………眩暈がした。
 「な、な、な、な……」
 恐れていたことが現実になった。
 この男は、ヨンイルは、二週間も前にサムライを呼び出して僕を抱いたと告げたと言うのか。いや待て僕はそもそも抱かれてないしあれは未遂だし証拠はないしヨンイルが勝手に言ってるだけでサムライが本気にするはず、
 「マジやった」
 ヨンイルが厳かに告げ、痛そうに頬をさする。
 その仕草が意味するところに思い至り、息を呑む。
 ヨンイルが顎の間接外れんばかりに大口開ける。つりこまれるように口腔を覗き込み、奥歯に隙間を発見。ヨンイルが不敵にほくそ笑み、拳を作った手を僕の方へとさしのべる。促されるがまま手のひらをさしだす。
 ヨンイルの五指がほどけ、カルシウムの塊が落ちる。
 歯。
 「ガツンと一発殴り飛ばされてもた。ホンマ効いたで、アレ。愛は偉大やな」
 ヨンイルが笑う。いや、笑い事ではない。
 ヨンイルは天井に目を馳せて二週間前の出来事を回想する。
 「さすがに見てられんかったんや、サムライと直ちゃんのすれ違い。俺一応直ちゃんのダチやし、直ちゃんがよわって荒んでくの放っといたらオタクが廃る。せやからサムライと直接話し合うことにした。ま、俺かてばっちり浮気現場見てもうたし直ちゃんと危なく一線こえかけたしまるきり部外者てわけでもないやろ」
 ヨンイルが感心したふうに首肯する。
 「サムライは逃げへんかった。ちゃんと時間通りにやってきた。敵ながらあっぱれな態度やった。漢と書いておとこと読む、みたいな」
 「話を続けろ」
 指で字を書くヨンイルに苛立ち、話の先を急かす。
 「男同士腹を割って話すには酒に頼るにかぎる。あ、これじっちゃんの教え。俺のじっちゃん大酒呑みでガキの頃からよおけ晩酌に付き合わされたんや。韓国酒マッコイを茶呑みに注いでぐいって」
 「祖父との心温まる思い出話はいいから本題に入れ」
 ヨンイルの話は脱線が多くていけない。
 焦燥に駆られて軌道修正、毛布を剥いで乗り出す僕を「どうどう」と宥め、ヨンイルが続ける。
 「サムライああ見えて案外酒弱いみたいで、一杯呷っただけでもう顔赤うしてたわ。で、酔いが回った頃合見計らって言うたったんや。直ちゃんは俺の物や、お前がぐずぐずしとるすきに直ちゃん美味しく頂いたって」
 あっけらかんと言い放つヨンイルに怒り爆発、傷が開く勢いで糾弾する。
 「虚言症め、大ホラ吹きめ、妄想と現実を混同する二次元オタクめ!一体いつ誰が君と寝た肌を重ねた性交渉を持った肉体関係を持った、確かに僕は君を誘った、のみならず君の上で下半身裸になって射精した!しかし君は勃起しなかったじゃないか。生身の人間には性欲を感じないとあれだけ言い張ったくせに……」
 「おっしゃるとおり俺はさらっぴんの童貞、直ちゃんは俺の上でいやらしく腰振って勃起して汁とばしたけどただそれだけ。色っぽく目え潤ませて頬赤らめて半開きの口から涎たらしてあんあん気持ちよさそうに喘いどったけど、ぶっちゃけ俺は何もしてない」
 ヨンイルが降参とばかりに両手を挙げるも、顔には反省の色なく薄ら笑いを浮かべてる。懲りない男だと怒りが再燃、ヨンイルの前で晒した痴態の数々を後悔する。
 激しい自己嫌悪に苛まれて頭を抱え込む僕の気も知らず、道化が軽薄な笑い声をたてる。
 「せやけどサムライは真に受けた。酒が入ってキレっぽくなっとったのもあるけど、俺の嘘見抜けんかったんはヤキモチが原因。あん時のサムライほんま怖かった、ほんま殺される思うた、ちびったもん。歯あ一本ですんでラッキーマンはガモウひろし。西の連中が止めに入らな片手でくびり殺されとった」
 僕の手からひょいと歯をつまみ上げ、ためつすがめつする。
 「俺、サムライに話したで。あの夜のこと」
 「あの夜」が何を意味するか直感する。
 真実を知ったサムライがどんな反応を示すか思いあぐねて膝を抱える。
 軽はずみな行動を軽蔑するだろうか。
 僕を嫌いになるだろうか。
 悲嘆する僕を見やり、ヨンイルが淡々と言う。
 「サムライの仕打ちにへこんだ直ちゃんが行きずりの道化に身を委ねかけたこと、サムライの浮気現場ばっちり目撃した直ちゃんがどんだけ沈んどったか、おどれがいなくなってからどんだけ辛い思いしとったか……」 
 人情味溢れる声音で語り、僕の肩に手をかける。あたたかい手。肩を包み込む人肌のぬくもりに励まされ、顔を上げる。
 いつのまにかヨンイルの顔から笑みが消えていた。
 ベッドに片膝乗せ、肩を掴む手に力を込め、傷にさわらぬよう慎重に押し倒す。
 思いやり深く僕を押し倒し、上にのしかかる。
 何故だか逆らえなかった。
 いつになく真剣な表情、真摯な眼光に気圧されたせいもある。
 肩から流れこむ手のぬくもりに抵抗力をなくしたせいもある。
 僕の肩を抱く手に縋るような力を込め、精悍につりあがった双眸に強い意志を宿し、誇らしげに宣言。
 「おどれがそんなんやったら、俺が直ちゃん奪う。俺が直ちゃん幸せにする、守ったる」 
 「ヨンイル…………、」
 心臓の鼓動が高鳴る。
 僕に覆い被さったヨンイルが低い声で続ける。
 「……そう言うたんや、サムライに。おどれがこれ以上直ちゃん不幸にするなら放っておけん、どんな手使っても直ちゃんかっさらう。惚れた奴を不幸にする男は最低や、とことん惚れて惚れ抜いた奴を最後まで守りきれんで偉そうなこと言うなや。俺なら絶対直ちゃん泣かせたりせえへん、直ちゃんが目から流すのは嬉し涙以外認めん」
 双眸に激情が爆ぜる。
 僕の肩にかけた手から歪んだ顔から、葛藤に苦しむ内面が痛いほど伝わってくる。ヨンイルは本当に僕を心配している。心配してくれている。その事実が重く胸にのしかかる。
 「西の龍が守ったる」
 「ヨンイル、よせっ……」
 心臓が跳ねる。我に返りヨンイルをどかそうとするも、肩を押さえ込む膂力は予想外に強く抗えない。へたに暴れたら傷にさわる、傷口が開いて腸が露出する。ベッドに身を横たえた僕の上、ヨンイルが無造作に上着を脱ぐ。
 「俺ん中の龍が直ちゃん欲しいて暴れとるんや」
 健康的に日焼けした肌、適量の筋肉を纏わせた引き締まった肉体があらわになる。オタクの癖になんでこんなにいい体をしてるんだと素朴な疑問を抱くがそれどころじゃない、身動きできない僕の眼前では上着を脱ぎ捨てたヨンイルが恐ろしく真剣な目をしている。
 精悍な肢体に巻き付く大蛇の刺青が、胸郭の上下と腹筋のうねりによって妖しく蠢動する。呼吸に合わせて収縮する腹筋で蛇腹がくねるのが妙に艶めかしい。
 「龍に抱かれて眠り」
 「ヨンイル、冗談もほどほどに!」
 柔らかく熱い感触。ヨンイルの唇の味。 
 「んっ………!?」
 一瞬のことだった。
 素早く唇を離したヨンイルが、自分自身混乱したように目を見開く。
 「こ、の…………!」
 勢い良く腕を振り、ヨンイルを床に突き落とす。背中から床に激突したヨンイルの上に衝撃で衝立が倒れこむ。
 ヨンイルがぐいと唇を拭う。
 「何をするんだヨンイル、君は二次元にしか欲情しないんじゃないのか、生身は対象外じゃないのか!?」

 頭が真っ白だ。
 ヨンイルは今何をした?
 僕の唇を奪った……キスしたのか?

 手で唇を押さえ、羞恥に火照った顔をヨンイルに向ける。
 サムライ以外の男と唇を重ねた不快感がどす黒く胸を蝕んでいく。
 ヨンイルがズボンの尻を払って立ち上がる。
 「たはは。またフラれてもた。やっぱダメや、ひょっとしたら勃たんかなー思てイチかバチか試してみたけどオタクの性がぬけきらん」
 「下半身が実用に耐えるか重患で実験するな!」
 「元気な重患やな。長生きすんで」
 上着に袖を通したヨンイルがぬけぬけと笑う。
 「唇は『お代』や。直ちゃんと相方の仲直りに貢献したお代や思えば安いくらいやろ?俺かて男の子やもん、キスのひとつくらい体験してみたいわ。ほんの出来心や、笑って許してや」
 片手で拝み倒すヨンイルに怒りが萎む。……まあ、ヨンイルの言い分も一理ある。道化にはサムライとの仲を取り持ってもらったのだ、キスが報酬になるならくれてやる。
 どうせロンともキスをしたのだ、と開き直る。
 「そうそう。直ちゃんお待ちかねのサムライやけどな、安田はんが睨み利かしとるせいで医務室に寄りつけんらしいで。医務室前の廊下を行ったり来たりしとるの何べんも見かけたわ。なんちゅーか、犬?待て、お預け、チョビ!そんな感じ」 
 「サムライがいるのか?」
 期待に胸が膨らむ。今すぐ廊下に駆け出そうとした僕をすかさず押し止め、ヨンイルが首を振る。
 「せやから無茶すんなて、今出てったかて会えんて。廊下には見張り役がおる」
 「見張り役など知るか、今すぐにでもサムライに会いたいんだ!」
 大声を出すと傷が痛む。服の上から脇腹を押さえた僕の懇願に、ヨンイルが呆れ顔で提出する。
 「言うと思った。代わりにこれ」
 「これは……?」
 「サムライから預こうた手紙」
 ヨンイルが枕の下に手紙を隠す。
 「ほなら直ちゃん、はよ元気になってな。今度来るときは動物のお医者さん全巻持ってくるさかい、チョビの可愛さにめろめろになってな」
 ヨンイルが何食わぬ顔で医務室を出ていく。
 「…………理解不能だ」
 手の甲で唇を拭う。
 僕にキスしたのはただの悪ふざけかそれとも……馬鹿な。ただの悪ふざけに決まってる。それ以外に何がある。ヨンイルのキスに不覚にも動揺してしまった自身が恨めしい。

 僕を押し倒す力強い腕。
 真剣な眼差し。
 僕を抱く龍の刺青……

 ヨンイルの事など忘れろ、忘れるんだ。
 ヨンイルに唇を奪われたことなど忘れてしまえ、他人の唇の感触を覚えたままサムライの手紙を読むのは裏切り行為だと自らを戒める。
 固く目を閉じ呼吸を整え、ヨンイルの唇の感触を意識から閉め出す。
 瞼の裏側にサムライを思い浮かべ、サムライの唇の感触をなぞる。
 両手に握り締めた便箋に顔を埋め、口を付ける。
 便箋の表面に触れるだけのキスをして唇を離す。注意深く周囲を見回し誰も見てないと再確認、安堵の息を吐く。
 「僕にはサムライだけだ」
 漸く気持ちが通じ合ったんだ。
 もう二度と放してなるものか、離れてなるものか。
 サムライの面影を重ねて便箋を胸に抱き、呟く。
 「…………愛している」 

 君を愛しく想う。

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