ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十五話

 火をつけたのは僕だ。
 罪悪感?ないねそんなもの。良心?クスリ買う金欲しさにとっくに売っぱらっちゃったよ。だから僕はあっけらかんと放火を告白する。なんら悪びれずむしろ自慢げに、この僕こそがあの恐怖と騒乱の一夜を演出した黒幕だと言ってやる。
 改めて宣言。
 今を遡ること一週間前、東棟に大恐慌をもたらしたボヤ騒ぎの首謀者は僕だ。もちろん現場に証拠を残すようなへまはしない。目撃者もいない。就寝時刻を過ぎて夜が深まった頃合にこっそり抜け出してこっそり火をつけてこっそり戻ってきたんだから。

 『友人の自己犠牲なくしてビバリーは救われない。ビバリーを救いたいなら君が事件を起こせばいい、ロンの乱闘騒ぎなど比較にならない騒ぎを起こして被害を広げれば多くの囚人が独居房に移送され元いた囚人が放免される。単純な計算だ』
 ビバリー救出の知恵を借りに行った自称天才が助言をくれた。
 僕はただ鍵屋崎の言ったことを実行したまでだ。

 くどい言い回しを訳せば「ビバリーを助けたいなら自分でやれ、他人をあてにするなばぁか」。はいまったくおっしゃるとおりで、お前を頼った僕が馬鹿でしたよとひねくれちゃえばそれまでだけど悔しいかな鍵屋崎の言い分は正しい。
 勘違いしないでほしい、僕は鍵屋崎が嫌いだ。大嫌いだ。
 裕福な両親にぬくぬく愛されて育ったくせに何が不満だったのかパパとママを刺し殺して東京プリズンにやってきたエリート崩れの日本人、まずその経歴が鼻につく。
 鍵屋崎の存在が気に食わない奴は僕の他にもごまんといる。
 わかりやすく東棟の内分けを発表。
 食堂で鍵屋崎を見かけるたびわざと肘をぶつけたり足を踏んづけたり味噌汁ぶっかけるのが八割、無視が一割、気軽に話しかけるのが一割。当然レイジロンサムライは最後の一割に含まれる。悪意むき出しが八割、無視が一割、同情が一割の偏向した環境で世間知らずの天才が生き抜くのはめちゃくちゃむずかしい。
 レイジやサムライと仲良くしてなきゃ入所後早い段階でリンチの生贄になってた。
 鍵屋崎が十ヶ月生き延びてこれた理由は「友人に恵まれたから」の一点に尽きる。
 でも、鍵屋崎は頭が良い。どんなにむかついても気に食わなくても素晴らしく頭がよい鍵屋崎は正論しか言わないのだ。
 薄汚い毛布にくるまってじっくり考えてみた、鍵屋崎の言葉を。
 『友人を見捨てて生き残るか友人を助けて独居房に入るか。二者択一で選べ、リョウ』
 どっちもごめんだ。
 僕はビバリーと一緒に生き延びる道しか選びたくない。
 僕はお世辞にも頭がイイとはいえないけど鍵屋崎よりずっと世間を知ってる、だからきっと鍵屋崎が見落とした何かを掴める筈。考えろ、考えるんだ。方法は絶対あるはず。
 眠れぬ夜を過ごしながら鍵屋崎の言葉の中にヒントをさがす。ビバリーを助けたきゃ僕が独居房に入るしかない。できるだけ大人数を巻き込む事件を起こしてできるだけ大人数を送り込めば定員オーバーで先住者は釈放される。
 けど、身代わりに独居房に放り込まれるのは嫌だ。
 分厚い壁と鉄扉に阻まれた狭苦しい暗闇で糞尿まみれになる惨めな末路はお断りだ。待て、僕じゃなくてもいいのか。要は大量の囚人を送り込めばいいんだ、大量の……
 名案が閃いたのは、考え事に疲れて寝返りを打ったとき。
 床に転がったスザンナがたまたま目に入った。僕が破壊したパソコンの残骸。
 スザンナを叩き壊した瞬間を思い出す。
 真っ青な顔で駆けつけるビバリー、虚空に精一杯伸ばした手、ビバリーの眼前でスザンナを床に叩きつける僕。パソコンが潰れる鈍い音、バチリと爆ぜる火花、舞い上がる埃と白煙……
 火花。
 それだ。
 思考回路に電流が通った。そうだ、それだ、その手があった!僕は興奮した。夜中じゃなかったらきっと歓声上げて万歳してた。ベッドの上で飛び跳ねたいのをじっと我慢、はやる心を抑えて毛布から抜け出し、マットレスの下を探る。あった。マットレスの下、看守の目を盗んで物を隠しとく場所から取り出したのは……マッチの小箱。
 ビバリーを救いたきゃ事件を起こせばいい。
 ごくりと生唾を嚥下、掌中の小箱を見下ろす。緊張で手が震える。僕の心は決まっていた。やるしかない。
 ビバリーを救い出すにはこれっきゃないと即決断、迅速に実行に移る。

 その夜、東棟でボヤ騒ぎが起きた。 

 火事場では暴動が起きる。
 炎は人を興奮させる。それでなくても東京プリズンの囚人は血気さかんな奴が多い。
 火事発生の報を聞きつけて廊下に溢れ出した囚人の中にはパニクって避難するのと野次馬根性丸出しで現場に特攻するのと二種類いてコイツらが正面衝突、殴るわ蹴るわ頭突くわ消火器ぶん回すわの大乱闘になった。
 勘のイイ人はもうオチがわかったと思う。その夜起きたボヤ騒ぎは看守一同の活躍で無事消し止められたけど火事が引き金となった囚人同士の争いまで消し止めるのは不可能。結果独居房には団体様ご案内、ビバリーは繰り上げ釈放された。
 めでたしめでたし。

 そして一週間後。
 僕は今、医務室にいる。
 「これでよし」
 医者が頷き、僕の手に巻かれた包帯をとる。包帯がほどかれた下から現れたのは火傷がすっかり完治した綺麗な手。
 「ありがとうおじいちゃん先生。さっすが名医、火傷のあとなんかどこにも残ってない」
 医務室の蛍光灯に手を翳し、皮膚を照らす。
 一週間前、看守に見咎められることなく証拠も残さず火を放った僕も無傷というわけにはいかなかった。火事発生現場から逃げる時に炎に舐められて火傷したのだ。
 ま、大した怪我じゃなくて良かったけど。手に火傷負ってるから放火犯と見破られる心配もない、何故なら他にも火傷した囚人が大勢いてこの一週間ひっきりなしに医務室を訪れてるからだ。現に今も衝立に遮られた僕の背後には順番待ちの列ができて、こないだの火事で火傷した可哀想な囚人がしゃべくりあってる。
 「もともと大した怪我ではない、包帯を巻くほどでもなかった。それより君、気をつけたまえよ。好奇心猫を殺すと言うだろう。野次馬根性で火事を見に行って炎に巻かれても自業自得同情の余地なし。感心できないね」
 「はあーい。以後気をつけまーす」
 おどけて首を竦めた僕の態度を反省の色なしと取ったか、医者が疲れたふうにかぶりを振る。
 「あと二十人に説教しなきゃいかんと思うと気が滅入るよ。行ってよろしい。ああ、それと」
 椅子から腰を浮かし続きを待つ。万年筆の芯を出してカルテに何やら書き付けはじめた医者がのんびり付け足す。
 「君と同房の彼、数日間におよぶ独居房生活でやつれてはいたが検査入院ではこれといって異常はなかったから安心したまえ。よほど神経が図太い……精神的に健康なんだろうね。三つ向こうのベッドに寝ているから顔を見せてやったらどうだい?君のことをひどく気にかけていたよ」
 大きなお世話で余計なお節介。言われなくてもビバリーに顔を見せるつもりだった。
 いや。僕こそ顔を見たかったのだ。
 「おじいちゃん先生優しいね。職場が東京プリズンじゃなきゃ今頃院長になれたかもしれないのに、運が悪かった」
 「私が選んだ職場だよ。後悔はない。早く行きたまえ、あとがつかえてるんだ」
 しっしっと追い払われ三つ隣のベッドに歩いていく。衝立の前で立ち止まり、大きく深呼吸する。ビバリーと会うのに緊張するなんてらしくない。自分でも笑っちゃう。
 胸の高鳴りを覚え、カーテンの端を掴んで開け放つ。
 開け放たれたカーテンの向こう、清潔なシーツが敷かれたベッドに横たわっていたのは……
 「リョウさん!」
 「ビバリー!」
 友達の顔を見た瞬間、自制心が吹っ飛んだ。
 身軽に床を蹴り跳躍、ベッドパイプに背中を立て掛けたビバリーに抱きつく。
 「な、ちょ、リョウさんいきなりっ……やめてくださいっス人が見てるっス、せめてせめてカーテン閉めてからー!」
 「ビバリーの馬鹿っ、心配したんだからあ!ビバリーがいないあいだ僕ずっとひとりぼっちで体張って止めてくれる奴がいないからクスリ打つ気もしなくて、このままビバリー帰ってこないんじゃってからっぽのベッド見るたび怖くなって……」
 瞼が急に熱くなる。喉が詰まって言葉が続けられない。腕の中にビバリーがいる。たったそれだけのことがすごく幸せに感じるのはどうして?堪えに堪えていた涙が目からあふれ出る。塩辛い鼻水も一緒だ。
 ビバリーの服で鼻を噛んで顔を上げる。
 良かった、予想外に元気そう。少し頬がこけたものの生命力と好奇心溢れる目の輝きは失われてない。
 「顔色黒いけど大丈夫?」
 「地顔っス」
 つっこみも快調。
 気が動転した僕をしっかり抱きしめる。
 「僕も寂しかったっス、リョウさんと会えなくて」
 「心配した?」
 「心配したっス」
 「僕とスザンナどっちが大事?」
 「スザンナっス」
 ……即答かよ。やっぱ変わってない、ビバリーはビバリーだ。
 独居房の暗闇も絶望もビバリーを変えることができなかった事実を再確認、安堵の息を吐く。
 「でもでも良かったこともあったじゃないスか、僕がいない間クスリ断ちできたんなら更正まであと一歩っスよ!リョウさんやればできるじゃないっスか、僕クスリ漬けになったリョウさんが片足上げてそこらじゅうにおしっこしてるとこ想像してたんすよ!ひとりで食事できるかなーぽろぽろ食べこぼさないかなー椅子から落ちないかなーお箸握れるかなーって」
 「赤ちゃん扱いしないでよ、ひとりでできるもん」
 怒ってビバリーを突き飛ばす。照れ隠しも入ってたけど。ビバリーはよくできましたとしつこく僕の頭をなでている。子供扱いされて腹立つけどビバリーによしよしされるのは久しぶりだから放っておいた。
 僕の自慢、ママ譲りの赤毛をかきまぜビバリーが微笑む。
 「スザンナも大事だけどリョウさんも大事っス。助けてくれてありがとっス」
 「!」
 背筋に電流が走る。反射的に顔を上げる。ビバリーが白い歯を光らせ親指を立てる。
 「知ってたの?」
 囚人が順番待ちの列を成して医者の治療を受けているのを横目に問いただせばビバリーが秘密めかして耳打ちする。
 「ボヤ騒ぎでピンときたんス、いかにもリョウさんがやりそうな思い切った行動じゃないっスか。最初はクスリでラリったリョウさんが火をつけたんじゃないかと疑ったんスが、火が付けられた時間と場所に計画性を感じたんス。頭がパーのヤク中が人目構わず手当たり次第に火をつけて回ってる感じじゃない、夜がふけるのを待ってこっそり火をつけたのは犯人のオツムがまともな証拠っス。そこまで考えてハッとしたんス、僕を助けるためにリョウさんが火事を起こしたんじゃないかって……」
 ビバリーが周囲を窺い声を低める。
 カーテンを掴み、閉める。カーテンに閉ざされたベッドで膝を突き合わせた僕らの周囲でざわめきが増す。怪我人で混雑した医務室の片隅、カーテンが引かれた薄暗がりに息を潜め、上目遣いにビバリーの表情を探る。真剣な顔。いつもお気楽に笑ってるビバリーらしくもない、冗談や言い逃れを許さないシビアな顔。
 「つまりリョウさんは僕が独居房に入る前からラリったふりをしていた。ラリったふりで僕をだまさなきゃいけない必要があった」
 「考えすぎだよ」
 笑い飛ばそうとして、真実を指摘された動揺で顔が強張る。
 ビバリーはまっすぐ僕を見つめている。
 僕の考えてることなんか全部お見通しとばかり、嘘も演技もお見通しとばかりに。
 ビバリーは僕の隠し事を全部暴く気じゃないかと疑いがもたげて全身からどっと汗が噴きだす。
 「一体何を隠してるんスか、リョウさん」 
 詰問とは程遠い穏やかさで、けれど有無を言わせぬ口調で聞かれ、必死に忘れようとしていた記憶がよみがえる。

 静流を尾行して目撃した光景、倒錯した情事、紅襦袢をしどけなく着崩した静流仰け反る喉甲高い笑い声格子越しに絡む視線……
 柿沼がこっちにやってくる、やばい逃げなきゃ、遅い捕まった。手首でカチリと金属音手錠が噛む音。
 助けて助けて誰かいやだ行かないで静流!!

 ………あ、ああっ、あ!!いやだ行かないで閉めないで開けておいて、ごめんなさい僕が悪かっただから行かないでひとりにしないで、ママ、ママあああぁああああ!!」
 「リョウさん大丈夫っスか、しっかりしてください!」
 両手で耳を塞ぎ激しくかぶりを振りベッドに突っ伏す。
 脳裏によみがえるあの夜の情景、柿沼が連れてきた看守にフェラチオを強制され犯されてボロ雑巾になって手錠につながれたまま全裸で放置されて……野太い笑い声を残して立ち去る看守、錆びた軋み音をあげて閉まりゆく扉、鉄扉が閉じる鈍い響き。
 寒かった。ひもじかった。みじめで最低な気分。
 暗闇にひとり捨てられた僕はもう永遠にビバリーに会えずママにも会えずこのまま死んでいく不安にしゃくりあげた。
 「嫌だ。思い出したく、ない」
 やっとそれだけ、搾り出すように言う。
 あの夜のことは思い出したくもない。お化けに怯える子供のようにビバリーに縋り付き嫌々する。ビバリーは僕の背中を撫でつつ何事か一心に考え耽っていたが、意を決して話しだす。
 「……リョウさんが豹変する前の晩のことじっくり思い返してみたんス、独居房で。リョウさんが豹変したきっかけが掴めるんじゃないかって。あの日リョウさんは僕と食堂の二階席で食事とってる時に突然立ち上がってこう言った」
 『どこ行くんスかリョウさん!?』
 『ストーカーのストーキング。トレイ返しといてね、ビバリー』
 「リョウさんはあいつを追いかけた。追いかけた先で何かがあったんだ、多分リョウさんが思い出したくもないひどいことが……」
 「やめろ」
 その先は言うな。腕に指が食い込む。だけどビバリーは動じない、痛みに顔を顰めながらも確信を強めて言い募る。
 「リョウさん、あいつと何があったんスか?あいつに酷いことされたんスか?もしそうならはっきり言って欲しいっス、僕はリョウさんを守……」
 「違う違う違う違う!あの夜は何もなかった、僕は確かに静流を追いかけたけど途中で巻かれて何も起きなかったんだ!!」
 耳の奥に狂った哄笑が湧き起こる。静流の笑い声。
 暗闇の中、柿沼に抱かれて淫らにくねる白い肢体。
 僕のことを本気で心配してるビバリーに静流のさしがねで看守に犯されてパシリに成り下がったなんて言えるわけない。
 一週間前、柿沼が死んだ。
 静流に刺し殺された。
 柿沼を刺し殺した静流は独居房に送られて一週間出てきてない。
 柿沼を殺した動機は不明。けど僕にはわかる、柿沼が殺されたのは単に利用価値がなくなったから。役立たずに冷酷な静流はしつこく付き纏う看守に嫌気がさして虫でも叩き殺す執着心のなさであっさり切り捨てた。僕は静流が怖い。物凄く怖い。裏切ったことがバレれば僕もきっと殺される……
 体の震えを止めようとビバリーを抱きしめる。僕の様子がおかしいのを悟ったビバリーはさらなる追及を諦め僕の背中に手を回す。人肌の体温が心地よく心強い。規則正しく鼓動を打つ心臓が僕のそれに寄り添い動悸が次第におさまっていく。
 ビバリーに打ち明けようか。
 誘惑に心が揺らぐ。
 ビバリーに真実を打ち明けたい衝動に駆られて口を開いた僕は、
 「直」
 そのまま硬直する。
 直……たしか鍵屋崎の下の名前だ。めったに呼ぶことがないから忘れていた。隣から聞こえた呟きにビバリーと顔を見合わす。代表してビバリーが靴を履き、ベッドを下り、カーテンを開く。
 隣のベッドもまたカーテンで覆われていた。ビバリーが遠慮がちに端をめくりあげる。
 鍵屋崎がいた。酸素マスクを付けてベッドに横たわっている。毛布の上に出た腕には管が刺さり、点滴で栄養が注入されている。 
 「……生きてるんスかね」
 「さあね。一週間ずっと意識不明らしいけど」
 「親殺しも災難っスね。柿沼のとばっちりで刺されたんスよね、たしか。マジ狂ってますよアイツ」
 嫌悪の表情で吐き捨てるビバリーの隣、カーテンの隙間から中を覗いた僕は、そばのパイプ椅子に大人が腰掛けてるのに気付く。
 死んだようにベッドに横たわる鍵屋崎、酸素マスクを付けた寝顔をじっと見つめているのは……
 ここ一週間で体が薄くなった安田。
 そりゃ一週間ろくに眠らず意識不明の鍵屋崎に付き添い続けりゃ無理もない。俗に言う看病疲れだ。
 「やっぱできてるんすかね。じゃなきゃ副所長が一週間べったりな理由がわかりません。聞きましたリョウさん、サムライさんを追い返した話。一週間前ここに鍵屋崎運び込んだサムライさんとばったり行きあって『君がついていながらこのザマはなんだ!』と一喝、追い返したらしいっスよ。医者が止めに入らなきゃ殺しそうな勢いで……それ以来ああやって親殺しのそばを片時も離れず目を光らせて、サムライさんが訪ねてきても寄り付かせず……」
 ビバリーの語尾が消える。息を止めて見入る僕らの前、目の下に憔悴の隈を作った安田が毛布の上に伸びた鍵屋崎の手をそっと握る。
 その手を額に持っていき、頭を垂れる。
 「………目を、覚ましてくれ」
 眉間に苦悩の翳りがさす。知性を感じさせる銀縁眼鏡の奥、自責の念に耐えて固く閉じられた瞼が再び開かれた時、その目には哀切な光が宿っていた。
 「ホントの親子みたい」
 「重態の息子に付き添う心配性のパパっすね」
 ビバリーも頷く。僕らの視線の先、安田が続ける。
 「私は無能だ。君が酷い目に遭っている時に何もできなかった。一体何度同じ過ちをくりかえせば気がすむ?それとも……これは罰なのか?ここで君と会ったとき私は運命を感じた。あれから十五年だ。十五年……」
 手に縋り、懺悔する。
 「十五年前の実験以来、私は人と距離をおいて生きてきた。生涯家族をもつつもりはない。結婚もしない。それが私なりの戒めだ。私はずっと罪悪感に苦しんできた。君のことが常に心の片隅にひっかかっていた。鍵屋崎夫妻は優れた研究者だが人格者ではない。君は鍵屋崎夫妻のもとでどんな十五年を過ごした?結果的に両親を殺さねばならないほど辛く苦しい十五年だったのか?……私は偽善者だ。君は鍵屋崎夫妻に愛されて幸せに暮らしてるに違いないと思い込もうとした。君のためよりむしろ私自身のためにそうあってほしいと願った。
 十五年前の実験は成功した。
 しかし私は疑問だった、十五年前の実験が本当に正しかったのか。あれは、あの実験は本当は間違っていたのではないか?受精卵の段階で遺伝子操作を施せば後遺症が発現する可能性がある。これは推測だが、君の視力が極端に低いのも遺伝子操作の後遺症だ。君がよく貧血を起こすのは東京少年刑務所の食事事情だけが原因ではない、おそらくそれも後遺症だ。直、君の体は君が思ってるよりずっと脆弱で壊れやすいんだ………」
 失われゆく体温を取り戻そうと手を包み、過ぎゆく時間に無言で耐え、睡魔と焦燥と疲労とに苛まれた酷い顔で安田が声を搾り出す。
 「君があとどれだけ生きられるかわからないが、少なくとも今、ここで死ぬべきではない。こんな所で死んでいいはずがない」
 昏々と眠り続ける鍵屋崎の傍ら、一週間ろくに眠らず看病を続け、少しでも反応があればと手を握り、内心を吐露する。
 「………死なないでくれ」
 懇願だった。

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