ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十二話

 頭痛がした。
 半覚醒の意識の中、笑い声が響く。
 「姉さん、お早う」
 鈴を振るように無邪気な笑い声。何がそんなに可笑しいのかその人物は僕の腋の下に手を入れ抱き起こす、自律運動できない人形を甲斐甲斐しく世話するように。
 反射的に手を叩き落とそうとして体が動かない事に気付く、四肢はだらりと垂れ下がったまま意志に離反してる。頭が痛い。さっき嗅がされたクロロフォルムの副作用だ。体がぐったり弛緩してるのもクロロフォルムのせいに違いない。
 鉛のように重たい瞼をこじ開ける。
 霞んだ視界に捉えたのは、禍々しい笑みを刻む赤い唇。
 「しずる……」
 舌が痺れて発声がうまくできない。たどたどしく不明瞭な発音で名を呼べば、僕の上に覆い被さった少年がにこりと微笑む。
 眼前に静流がいた。ベッドパイプに背中を立て掛け上体を起こした僕は、素肌を流れる薄地の布の感触にハッとする。
 「なんだ、これは」
 呂律が回らない。意識を失っている間に僕は着替えさせられていた。 全裸に紅い襦袢を羽織った僕にしどけなく凭れかかり、官能に湿った吐息の合間に囁く。
 「姉さんの形見さ」
 「貴様、僕にこんな馬鹿げた格好をさせて何を企んでいる?女装は性倒錯の典型症例だぞ」
 改めて自分の格好を見下ろし、激しい羞恥に苛まれる。
 遊郭の紅格子の向こうでしかお目にかかれないような真紅の襦袢はしどけなく着崩れて肩が露出している。炎天下での強制労働で服から露出した部位は多少焼けたが、長袖長ズボンに隠れた手足は折れそうに貧弱なまま、もともと筋肉が付きにくい体質なのに付け加え、食が細いせいで体重が減りこそすれ増えはしない華奢な体は襦袢の中で泳いで痛々しいほどだ。
 首から下の部分、紫外線に晒したことなど一度もない病的に生白い肌に紅色がどぎつく映える。 
 「綺麗だよ、直くん」
 僕の着付けを手伝い、静流がうっとりと呟く。
 熱病にかかったように虚ろな目。
 馬鹿な。どうかしている。
 意識を失っている間に服と下着を脱がされ、真紅の襦袢を着せられていた僕は、繊細で滑らかな肌触りの薄布が手足を流れる感触にこの上なく淫靡なものを感じ動揺する。
 僕が今いる場所は房の壁際、粗末なパイプベッドの上。唯一の出入り口の鉄扉までかなりの距離がある。
 クロロフォルムの副作用が抜けきらない体で逃げ出すのは絶望的、ほぼ不可能だ。いや、それ以前に静流を甘く見るのは危険だとひりつく首が訴えていた。
 美しく微笑み僕の首を締め上げる静流、恐るべき五指の握力。鏡に映してみなければわからないが、僕の首にはおそらく痣ができている。
 静流に殺されかけた名残りだ。静流もまたサムライと同じく幼い頃から剣をとってきたのだ、可憐な少女と見まがう清楚な風貌に騙されてはいけない、その気になりさえすれば簡単に僕を殺すことができると先ほど証明したばかりじゃないか。
 「僕をどうする気だ」
 「駄目だよ、そんな怖い顔しちゃ」
 静流が笑いながら懐から取り出したのは……細い筆と口紅。
 細い筆を掴み、口紅をすくいとり、続ける。
 「言ったでしょ?姉さんにはそんな怖い顔似合わないって。姉さんは笑顔が一番だ」
 「僕は君の姉じゃない、鍵屋崎直だ」
 恐怖で発狂しそうになりながら抗弁するも、静流は心ここにあらずの空虚な微笑みを浮かべたまま、一人納得して頷いている。
 形良い唇から漏れる呟きに耳を澄ませば、「だいたい姉さんは厚化粧なんだ。もともと目鼻立ちが整ってるんだから化粧は薄くていいのにね」「怒らないでよ、姉さん。本当のことじゃないか。姉さんはもともと華やかな顔だちなんだから化粧を厚塗りして造作を埋没させるのは勿体ない。口紅は唇の形に沿ってゆっくり丁寧に塗るんだ、厚すぎず濃すぎず、人形に魂を込めるように繊細な筆遣いで……」と滔滔たる独白を紡いでいた。
 「正気に戻れ、静流」
 「口を閉じて。紅が塗れないじゃないか」
 華奢な手が顎を掴む。
 半開きの唇に筆先を感じる。
 紅を含ませた筆先が唇の輪郭をなぞる。上唇の中央にあてられた筆先が非牡丹の花弁を一片、先端の膨らみに添える。
 唇は敏感だ。唇を筆で刷かれるだけで背徳的な行為をしている錯覚に襲われて後ろめたさを感じる。
 「よく似合うよ」
 「似合わなくていいから行為を中断しろ、僕は男だ、生殖行為を目的に性的魅力をアピールする化粧の必要性は全くない!」
 静流を突き飛ばそうにも腕に力が入らない、上がらない。
 呂律の回らない舌で抗議するも引き下がる気配はない。僕の下半身に跨り、対座する姿勢をとる。
 静流は巧みに筆を操り僕の唇に紅を塗っていく。
 「んっ、ふ………」
 筆が唇をくすぐる感触が官能の熾火を掻き立てる。
 人体の先端は敏感にできている。唇はその最たるものだ。緻密な毛が唇の膨らみをなでるたびに微妙なくすぐったさを覚え、やがてそれが官能の疼きとなる。唇への愛撫が快感に昇華され、恥辱に苛まれて身を捩る僕の下半身に跨り、静流が口を開く。
 「いやらしい顔。はしたない声。そうやって貢くんを誘ったの?」
 「誤解するな、僕とサムライは肉体関係など持ってない、僕も彼も同性愛者じゃ……っあ、ひ!」
 襦袢の裾をはだけ、蛇のように滑り込んだ手が内腿をなでさする。
 突然内腿をなでられ甘い声を漏らす僕の前で、静流が上着とズボンを脱ぎ、一糸纏わぬ裸身をさらす。
 静流が襦袢の裾を腹まで捲り上げて大胆に下半身を露出させる。唯一身に纏っていた襦袢を捲り上げられ、裸の下半身をさらす屈辱的な格好をとらされた羞恥から激しくかぶりを振って抵抗するも、薬に自由を奪われた体では限度がある。
 僕の下半身を心ゆくまで眺め、性感帯が発達した内腿を執拗にさすり、じれったい刺激を送り続ける。
 「教えてよ、どうやって貢くんを誘惑したか。貢くんが君に惚れたのは何故?苗さんに首を吊られてからというもの孤高を通してきた貢くんが君を寄り付かせるようになったきっかけは?夜毎貢くんの寝床に潜り込んで奉仕してあげたの、魔羅を咥えてあげたの、一生懸命手で扱いてあげたの?帯刀貢の魔羅の感想を聞かせてよ。大きかった?満足した?僕?物足りなかったよ。薬で朦朧とした人間相手じゃ自分が動かなきゃ楽しめないもの。不公平だ」
 薬。
 「貴様、やはり薬を使ったのか……無理矢理だったのか……」
 三日前、鉄扉を開けた瞬間の光景が鮮明に甦る。
 ベッドに仰向けになったサムライに騎乗位で跨る静流。
 裸電球が消えた薄暗がりで淫らにくねる白い裸身。
 やはりサムライは潔白だった、合意ではなかった、卑劣な策略に嵌まって既成事実を作らされたのだ。
 サムライの潔白が証明された安堵に浸る間もなく、冷たい手が内腿を這いのぼり、股間に達する。
 内腿をまさぐられて息が上がり始めた僕に、酷薄に目を細める。
 「感じやすい体。貢くんに仕込まれたの?」
 「僕とサムライは肉体関係を持ってないと何度同じことを言わせる低脳め、僕は男とあれば誰とでも寝る君と違って最低限の倫理観を持ち合わせてるつもりだが」
 「口が達者だね。そういう気丈なところも苗さんを思い出すよ」
 尻の柔肉の狭間、固く縫い閉じられた中心にひやりとした指がふれる。反射的に体が強張る。肛門の周縁で円を描きながら挿入の瞬間を窺う指を意識、生唾を嚥下。売春班で何回何十回と体験したが、肛門に異物を挿入される不快感はいまだに薄れない。
 指に圧力がかかる。
 「ひぐぁっ、ひ!」
 情けない声が漏れた。肛門に指がめりこむ感覚。
 直腸に潜りこんだ指が襞を掻き分け掻き分け奥へと侵入する。
 「『中』は随分使い込んでるみたいじゃないか。これでもまだシラを切り通すの」
 「僕は真実を語った、君が信じようと信じまいとそんなことはどうでもいいし興味もない!僕とサムライが肉体関係を持ってないのは事実だ、本当だ、サムライは一度たりとも僕を抱こうとしなかった、僕から誘っても拒まれた、彼の中ではまだ苗が生き続けているんだ!」
 「ははっ、まだそんなこと言ってるんだ!愚図な男だね貢くんは。人に誇れるのは剣技と魔羅の大きさだけ、色恋沙汰に関しては昔と何も変わらずウブで奥手なままってわけか。昔の女の面影を今でも未練たらたら追い続けてるなんて情けない男だよ本当に、そんなに後悔するならいっそ苗さんと心中してしまえばよかったのに!」
 「情けないのはどちらだ帯刀静流。帯刀貢への劣等感に凝り固まって彼を追い詰め追い落とそうとあらゆる汚い手を使った君にサムライを非難する資格はない、本性を隠して卑劣な策略を練り続ける限り君は一生サムライを越えられない帯刀家の面汚しのままだ!!」
 サムライが静流に劣るものか、負けるものか。
 サムライを侮辱された反発から声を荒げた僕の肛門からあっけなく指が抜かれる。まさかこれで終わるはずがないと硬直した体を裏返し、尻を向けさせる。
 「『帯刀家の面汚し』?」
 笑いを堪えるように奇妙に歪んだ表情が不安を煽る。
 次の瞬間、危うく悲鳴をあげそうになった。たった今指が抜かれたばかりの肛門に熱く濡れた舌がもぐりこんだのだ。
 「!あっ、ひ、あっあぐ……」
 辛うじて悲鳴は噛み殺したが、喘ぎ声は抑えきれない。
 発情した軟体動物めいて卑猥に蠢く舌が肛門をほじくり返す、充血した襞を掻き分けて内壁の粘膜に唾液を塗りこめる。
 熱い舌が肛門に侵入する度、意志に反して体が跳ねる。
 不規則な痙攣に襲われつつ必死に快感に抗う僕の顔と反応を見比べ、静流の眼光が狂気を宿す。

 「君も莞爾さんと同じことを言うのか。貢くんは本家の大事な跡取りで僕は分家の引き立て役、血を滲むほど修練を重ねても本家の長男にかなわない帯刀家の面汚しだと非難するのか。君にはわからないだろう、僕の苦悩なんて。生まれながらに引き立て役の宿命を背負った僕の葛藤なんて。誰もが僕を帯刀の面汚しという、帯刀貢の引き立て役として生まれてきたのだとあざ笑う。
 違う、僕は帯刀貢の引き立て役じゃない、立ち稽古で完膚なきまでに叩きのめされるならまだ諦めもつく、だけど帯刀貢はそれもしない、分家の長男として蔑まれる僕に半端な同情をくれて手加減して勝負に挑んだ。そして僕はこう言われる、『分家の長男相手に本気を出すまでもないと侮られたのだ』『帯刀貢は弱者に寛容な人格者だ』『貢が本家を継ぐなら一族は安泰だ』『女親に甘やかされた分家の長男とは比べ物にならない』……
 僕だけでなく姉さんや母さんまで蔑まれるんだ、僕の大事な人間まで容赦なく貶められるんだ、帯刀貢が正しく強く頼もしいただそれだけで本家の影を背負わされた分家が汚い物のように扱われるんだ!!」

 「静流、やめろ……排泄器官を舐めるんじゃない、衛生面から見ても感心できな……ふあっ、く!」
 ぴちゃぴちゃと淫猥な音がする。
 濡れた舌が肛門に唾液を塗りつける音。唾液に濡れそぼった肛門が舌と指で拡張され、次第に緩んでいく。
 指と舌とで交互に襞をかきわけ揉みほぐし、ほくそえむ静流。
 「ご覧よ姉さん。帯刀貢の想い人が苦しんでいる。『あの時』のように」
 「あの時とはどの時だ静流、苗の自殺に関係しているのか、君は苗に何をしたんだ!?」
 恐怖と嫌悪と焦燥と憤怒が入り混ざった衝動に駆られ、何より真実を知りたくて血を吐くように叫ぶ。僕の肛門から舌を抜き、涎に濡れた顎を手の甲で拭い、緩慢な動作で起き上がる。
 僕は見た。見てしまった、静流の股間を。
 赤黒く勃起した性器が透明な上澄みを滲ませている。
 たおやかで女々しい容姿を裏切るが如く男性性を象徴する皮の剥けたペニスを僕の肛門にあてがい、続ける。
 「帯刀貢に反感を持っていたのは僕だけじゃない」
 「ひあっぐ……!!?」
 喉が仰け反る。熱く脈打つペニスが中へと押し入ってくる。
 苦しい。痛い。きつい。内臓が締め上げられる。
 シーツを掻き毟って激痛に身悶える僕の上にのしかかり、両手でさらに大きく足を開かせる。生理的な涙が目尻に滲んで視界がぼやける。鼻梁にずり落ちた眼鏡の向こう側で少年が笑っている。
 苦しげに顔を顰め、情け容赦なく腰を突き入れてくる静流から逃れようにも局部が繋がっていては身動きとれない。
 「あっ、ああっあああああああああっあっひあ!!」
 「才能ある者は人に多く憎まれる。同期の門下生にも帯刀貢を快く思わない者は大勢いた。君ならわかるでしょ、直くん。天才はえてして凡人の嫉妬を煽るもの。ただそこに存在するだけですべての言動が憎悪の対象になる。家柄と実力を兼ね備えた帯刀貢を心底憎んでいても哀しいかなその他大勢の凡人たちは返り討ちを恐れて手が出せない」
 喉から絶叫が迸る。激痛が下肢を引き裂く。
 僕の奥へと性器を突き入れ、直腸の粘膜を通して熱を感じ、静流の頬が上気する。
 「だから言ってやったんだ、帯刀貢に手を出すのが怖いならその恋人を狙えばいいと唆した。本家跡継ぎと使用人の娘が恋仲になってるのは有名だったからね……莞爾さんは二人の仲を苦々しく思い、分家の長男たる僕に汚れ役になれと言った。手段は問わずに二人の仲を引き裂けと命じた。僕は莞爾さんの言いつけを守るふりで真の目的を果たした、幼い頃から劣等感を抱き続けた帯刀貢への復讐を!
 苗さんは綺麗な人だった、その上目が見えなかった。苗さんを襲うのは簡単だった。盲目の娘なら襲った人間が特定されないと踏んで、門下生十一人で輪姦したんだ」
 「ひあ、ぐあ、あ……あふっ………く……」
 満足に呼吸ができない。
 酸欠の魚のように唇を開閉、激痛に朦朧とした僕の脳裏にその言葉が届くまで時間がかかった。苗を、輪姦した?下肢の痛みとはまた違う衝撃に襲われた僕と体を繋げ、律動的に腰を振り、静流が言う。 
 「僕は母さんから苗さんと貢くんが腹違いの姉弟だと聞いていた。輪姦された苗さんに最初に声をかけたのは僕だ。僕は放心状態の苗さんをさらに追い詰めるためにとっておきの切り札を使った。苗さんの背後に忍び寄り、肩に手をかけ……」

 『帯刀貢は君の弟だ』
 『君たちは実の姉弟なんだ』

 「この、外道、め」
 痛みすら圧倒する怒りが体の奥底から突き上げる。
 漸くわかった、サムライの大量殺戮の動機が。サムライが実父含む門下生十二人を斬殺した動機が。サムライは苗の仇をとったのだ。おのれの手が血で汚れるのも厭わず、苗を犯した人間に復讐したのだ。
 サムライは苗の名誉を守りたいがため黙秘を通した。
 恋人の敵討ちだと自白すれば罪が軽減されるのはわかっていたが、苗の名誉を守る沈黙を選んだ。
 ああ。
 サムライは本当に、苗を愛していたのだ。
 本当に、不器用な男だ。不器用にしか生きられない男だ。どうりで僕が惹かれるわけだ。
 彼の一途さ愚直さを、誇りに思う。
 愛する者の名誉を守る為に、真実を葬る決断を下した愚直さを愛しく思う。 
 僕が好きになったのはそういう男だ。
 僕のサムライはそういう男だ。
 どうりで好きにならずにいられなかったわけだ。
 サムライを好きになった僕は、間違ってなかった。 
 「真相を知った気分はどうだい。帯刀貢は恋人の自殺を止められなかった、今度もまた間に合わない。一度目は門下生に二度目は僕に愛する人を犯され汚されてまったくどうしようもない男だよ彼は、いつも肝心な時に間に合わない。さあ直くん思いっきり泣き叫びなよ、顔をくしゃくしゃにして涙を流して助けを乞え、どうして僕を見捨てたんだサムライと末代まで続く呪詛を吐くがいい!」
 「哀れだな」
 「何?」
 静流が一瞬動きを止め、物問いたげに僕を見る。
 「貴様が哀れ、だと言った、んだ……あっ……帯刀貢の愛する者をことごとく死なせてから彼を殺す心算だったんだろうが、見くびってもらっては困る。僕、は、鍵屋崎直だ。この十ヶ月間数え切れないほど地獄を見てきた僕を強姦輪姦程度で自殺に追い込めると思ったら大間違いだ。生憎僕は苗みたいに綺麗じゃない、僕はすでに落ちるところまで落ちて体も心も汚れきっているんだ、今さら汚れたところでそれがどうした、絶望して自殺するとでも思ったか!?舐められたものだな天才も、僕はどれだけ陵辱されようが強姦されようが自殺を選ばない、僕のプライドが命じる限りサムライの望む限りしぶとく生き抜いてやると宣言する!!」
 静流の動きが完全に止まる。
 表情を失った静流の背後、鉄扉の向こう側で騒ぎが起こる。
 激しく争う物音に続き、聞こえてきたのはー……
 「直、今行く!」
 サムライの、声。
 「サムライ……」
 戻ってきたのか。
 来てくれたのか。
 瞬間、腕に力が戻った。
 僕にのしかかったまま放心する静流を突き飛ばし、ベッドを転げ落ちる。内腿を白濁が伝う。よろめき、襦袢の裾をひきずり歩き出し、鉄扉に辿り着く。震える手で鉄扉を押し開く―
 「サムライ、僕はここだ!ここにいる!ずっと君が来るのを待っていたぞ!!」
 体の奥が熱い。一歩進むごとに襦袢が着崩れて肌の露出面積が広がる。襦袢の裾から素足を覗かせ、覚束ない足取りで廊下を突き進む僕の眼前、柿沼と格闘していた男が驚愕に目を見張る。
 「直!!」 
 柿沼の肩越しに手がさしのべられる。僕を渇望する手。
 房からさまよいでた僕を目にした瞬間、理性と自制をかなぐり捨て看守の肩越しに手を伸ばした男が、悲痛に顔を歪め……
 叫ぶ。

 「愛している!!」
 心からの想いを込めて。

 「愛している!お前を!お前を傷付けたくないから別れるなどあんなのは綺麗ごとだ、本当はお前を傷付けてもいいから共にいたい、たとえ容赦なく傷付けあうことになろうとも二人で共に地獄を生き抜きたいのだ!俺は今漸く言えた、己を律する武士の建前ではない、お前を愛する帯刀貢の本音が言えたのだ!!」
 「僕もだ、僕も愛している!」
 襦袢の裾を踏み付け走り出し、虚空に手を伸ばす。
 漸くサムライと会えた。
 サムライの本音を聞けた。
 静流に犯された痛みも恥辱もサムライとの再会で吹き飛び、襦袢の裾を翻して走り出した僕の脇腹を、灼熱感が貫く。
 廊下の真ん中で硬直、緩慢な動作で体を見下ろし、脇腹にじわりと滲み出た染みを確認する。
 「逃がさないよ」
 最初真紅の襦袢に紛れて目立たなかったその染みは、徐徐に範囲を広げつつある。
 僕の手の下で徐徐に範囲を広げつつある染み……鮮やかな血の染み。
 「……これは……?」
 脇腹を手で覆ったまま、床に膝を付く。脇腹を刺し貫いた灼熱感はすぐ激痛に変じた。何者かに背後から刺されたのだと気付いたのは、固い床に倒れ伏せた時。
 自分の体が崩れ落ちる鈍い音を聞いて視線を上げれば、刃先から血が滴るナイフを下げて全裸の少年が立ち尽くしていた。
 「君は死ぬんだ。彼より先に死んで帯刀貢の枷になるんだ。帯刀苗の死で足りないならもう二度と人を愛そうなんて気の迷いを起こさない位の絶望を味あわせればいいんだ」
 熱い。痛い。熱い痛い痛い熱い熱い熱い熱熱……
 意識を保つのが難しくなってきた。遠く、サムライの声を聞いた。狂ったように僕を呼ぶ声。力尽きて瞼を下ろした僕は、力強い腕に抱き上げられ、安心感を覚える。意識が溶暗する。
 そして僕はー……

 「死ぬな、直!愛した者に先立たれるのは一度で十分だ、俺はまだお前を抱いてない、お前に許しを得ていない、お前の毒舌を聞いてない!直、直、直………愛してるんだ、お前を。逝かないでくれ……」

 熱い液体が一滴、頬に落ちる。
 毒舌を聞きたいと要望するなんて君はマゾヒストかと舌が動くものなら罵ってやりたかったが、どうやらそれも無理らしい。
 力強く逞しいサムライの腕の中、愛する人間の腕の中で死ねる安心感に包まれ、彼と同じ位愛する妹に謝罪する。
 
 恵。
 迎にいけなくて、ごめん。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050522032031 | 編集
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