ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十話

 『君に帯刀貢の本性を教えてあげる』
 静流が妖艶に微笑む。
 『帯刀家の血の因縁がもたらした悲劇、帯刀貢と帯刀苗の関係を暴露してやる』
 色の良い唇を禍々しい笑みが縁取る。
 生きながら修羅道に堕ちた静流、生きながら修羅と化した静流。
 何が彼をそうさせたのかは僕にはわからない。
 静流の変貌にはサムライが、否、帯刀貢が関わっているのだろうか。帯刀貢が起こした血腥い惨劇が一族を破滅に追い込んだのなら、静流もまた余波を被って不幸な目に遭ったのかもしれない。犯罪加害者と犯罪被害者を共に身内にもつ帯刀家が世間の好奇の目に晒され誹謗中傷され、事件と直接関係ない親類縁者までも害を被ったのは事実。
 静流はサムライを恨んでいるのか?憎んでいるのか?
 サムライを許すふりをしながら、心の底では少しも許さず憎み続けているのか?
 静流の怨恨は根深い。静流は骨の髄まで帯刀貢を憎んでいる。
 本家の嫡男として生を受け将来を期待された貢。
 分家の嫡男として生を受け常に貢と比較されてきた静流。
 二人の間に何があった?苗は何故死んだ?苗の死がサムライの動機に関連してるのか?静流は苗の死に関わっているのか?
 疑問があとからあとから脳裏に浮かぶ。静流は僕に帯刀貢の過去を暴露すると言った。はたして僕には帯刀貢の過去の全貌を受け止める覚悟があるのか、帯刀貢の本性を知ってなお彼を受け容れる覚悟があるのか?
 静流との口論では怒り任せて偉そうなことを言ったが僕自身まだ迷いを捨てきれない。えてして真実は残酷なものだ。サムライが師範の実父含む門下生十二人を斬殺した動機について僕は何も知らない、だが静流は知っている。

 静流はもうすぐここに来る。
 運命の刻が来る。

 静流が来るまでに心の準備をしておかねばとベッドに腰掛けて深呼吸するも、心の表面がさざなみだち、両手に額を預けて項垂る。
 本当にこれでいいのか、僕の選択は間違ってないのか?
 瞼裏の暗闇に答えを探すも見つからず、僕はまた選択を誤ろうとしているのではないかと不安が膨らむ。
 静流の口から帯刀貢の過去を聞くことに対しても抵抗を感じている。これまでサムライが頑なに口を閉ざしてきた過去を、静流の口から聞き出そうとしている自身への嫌悪感を抑えきれない。
 サムライから話してくれるまで待つべきではないか?
 こんな卑怯な形で他人の口から聞きだすなんて……僕は最低だ。最低の卑怯者だ。彼の過去を受け止める自信と覚悟もない癖に、静流への反感と嫉妬から帯刀貢に理解を示す包容力ある人間のふりをしてしまった。
 だが、後戻りはできない。
 廊下の向こうから足音が近付いてくる。
 カツン、カツン……周囲の閑寂を際立たせる優雅な靴音。一定の歩幅でやってくる人物の正体は、鉄扉を開ける前から予想が付いていた。来客を迎えに腰を上げた僕は、片手でノブを掴んで深呼吸する。
 とうとうこの時が来てしまった。
 はたして僕はサムライの過去を知ってなお、彼を嫌悪せずにいられるだろうか。それでもまだサムライを好きだと言えるだろうか。
 靴音が途絶える。鉄扉の向こうに人の気配。格子窓を覗いて顔を判別するまでもなく、不吉な報せを運んできた客の正体はわかっている。
 緊張に汗ばむ手でノブを握り、鉄扉を押し開く。
 錆びた軋み音をあげながら鉄扉が開き、少年が現れる。
 帯刀静流。
 「お出迎えご苦労さま」
 僕と目が合い、艶やかに微笑む。
 「出迎えたわけではない、派手なノックなどされて近隣の房の囚人に注目されるのを避けたいだけだ。……早く入れ」
 「お言葉に甘えてお邪魔するよ」
 鉄扉を押さえてそっけなく促せば、客人が優雅な動作で足を繰り出し、房に踏み込む。音をたてぬよう慎重に鉄扉を閉じて振り返れば、房の中央に佇んだ静流が形良く尖った顎を傾げ、感慨深げにあたりを見回していた。
 配管剥き出しの殺風景な天井、寒々しい灰色を晒した四囲のコンクリ壁、左右の壁際に配置された粗末なパイプベッド、奥の洗面台と隣の便器。
 天井から吊り下がった裸電球が心許ない光を投げかける。
 裸電球の光量はあまりに乏しく房の全貌を照らすに至らない。
 房の四隅には荒廃した闇が蟠っている。裸電球のささやかな光を一身に浴び、心もち顎を傾げ、透き通るように薄い瞼を閉ざす。僕はしずかに静流に歩み寄る。裸電球の下、瞑想の面持ちで瞼を閉ざした静流は当然僕の接近に気付いているはずだが反応ひとつ示さない。
 「貢くんの残り香がする」
 不意に静流が呟き、薄目を開ける。
 柔和な光を宿した双眸が向けられたのはからっぽのベッド……三日前までサムライが寝ていたベッドだ。サムライの不在を痛感するのが嫌で几帳面に整えられたベッドを意識的に無視してきた僕は、静流の視線を追い、後悔する。
 壁際でひっそり存在を主張するベッドを目の当たりにし、喪失感が胸を締め付ける。
 「サムライが出て行ってからまだ三日だ。たった三日しか経過してないのだから墨の匂いが漂っていても何の不思議もない」
 「もう三日だよ」
 務めて冷静に指摘すれば、あっさりと静流が切り返す。
 「貢くんが君と別れてからもう三日も経つ。この三日間貢くんがどこでどうしてたか知りたいかい?」
 「知りたくない」
 喉元に苦汁が込み上げる。この三日間、サムライがどこで何をしてたかなどわざわざ説明されなくても大体想像はつく。
 静流と一緒にいたに決まっている。
 先日食堂で見かけたサムライは静流と一緒だった、二人はいつも一緒だった、排他的な雰囲気を漂わせるほど親密に寄り添い通路を練り歩き空席を捜していた。静流はとても幸せそうだった。サムライはいつもと同じ仏頂面だったが、やや頬がこけて憔悴していた。
 サムライを独占した優越感からか、静流が意地悪く肩を竦める。
 「嘘つき。知りたいって顔に書いてあるよ。君、この三日間ろくに寝てないでしょう。貢くんの身を心配するあまりろくに眠れず目の下に隈作って本当に健気だよ、そんなところまで苗さんそっくりだ。
 苗さんは尽くす女だった。貢くんが莞爾さんのシゴキで打ち身を作った時も付きっきりで看病してた。二人が結婚すればさぞかし仲の良い夫婦になったと思うよ。苗さんは本当に貢くんを愛していた、貢くんも本当に苗さんを愛していた。剣しか取り得がない朴念仁の貢くんが苗さんの前でだけ表情豊かになった、まれに笑顔すら見せた。
 苗さんは貢くんの『特別』だった、帯刀貢の生涯の伴侶となるべき女性だった。貢くんも口にこそ出さなかったけど、身分の垣根をこえて苗さんを娶る決心を固めていたよ。この世で苗さんだけに注ぐ愛情深い眼差しが何より饒舌に本心を語っていたからね」
 揶揄するような口ぶりで言い、僕に向き直る。
 「最初に君と会ったとき、びっくりしたよ。溶鉱炉の夕焼けに染まる展望台で貢くんと並んだ君を見て、まさかと目を疑った」
 一呼吸おき、断言。
 「帯刀貢の眼差しに、かつて苗さんに向けたのと同じものを見出したから」 
 清冽に澄んだ水鏡の目は僕の感情をそのまま反射する。裸電球の薄明かりの下、衣擦れの音すら淫靡にしなやかな動作で僕に擦り寄り、耳朶で囁く。
 「この三日間、僕と帯刀貢は夜毎肌を重ねて互いの体を貪りあった。帯刀貢は最愛の伴侶をなくした哀しみと君との別離がもたらした喪失感を埋めるために、僕もまた最愛の人をなくした哀しみを癒すために、同じ帯刀の血を引くもの同士で淫蕩に睦みあったんだ」
 生温かい吐息が耳朶を湿らす。人の生き血を啜ったように紅い唇が綻ぶ。しどけなく凭れかかった体を押し返そうとするも、華奢な体のどこにこんな力を秘めているのか疑うほど微動だにしない。
 「嘘をつくな」
 「嫉妬?」
 サムライと静流が夜毎肌を重ねたなど信じたくない、あのサムライが男色行為に溺れるはずがない。
 理性が軋んで悲鳴をあげる。サムライの潔白を信じたいが、静流の言葉を否定する根拠がない。現実に情事の現場を目撃してしまった僕は、静流とサムライが関係を持ってないと言い切ることができない。動揺に乱れた呼吸を整えるのに集中、固く目を閉じて平常心を取り戻す。
 再び目を開けた時、僕はサムライへの信頼を回復していた。
 「僕はサムライを信じる」
 静流がかすかに狼狽する。怪訝な色を宿した目で僕を窺い見る表情が、裸電球の光加減で朧に揺らめく。
 不審げに眉をひそめた静流と対峙、腕に力を込め突き放す。押し返された静流の頭上、黄色く煙った裸電球が揺れ、光の弧を描く。
 淡く滲んだ光の弧が虚空を行き来する。
 眼鏡のブリッジを押し上げて位置を直し、真っ直ぐに静流を見据える。
 「事実と真実は別物だ。確かに僕はサムライの情事の現場を目撃した、君とサムライが性交渉を持ったのは現実であり事実であり僕という証人もいる、動かしがたい証拠がある。サムライが君を抱いたのは事実、それは三日前僕がこの目で確かめた。しかし僕が知っているのは経緯を省略した表層の事実のみ、深層の真実は今もってわからない。僕はサムライの身の潔白を信じ続ける、サムライが君を抱いたのは彼自身の意志ではないと無実を信じ続ける。何故ならサムライは僕の、」
 静かに言葉を切り、目を閉じる。
 胸に複雑な感情が去来、様々な想いが交錯する。僕は無力だ。あまりに無力な人間だ。サムライなしではきっと東京プリズンで生き抜くことさえできなかった。サムライは僕を助けてくれた、守ってくれた、庇ってくれた。売春班で流した涙の温かさ、僕を抱きしめる腕のぬくもりをまだしっかりと覚えている。時折見せるはにかむような笑顔や不器用な優しさがどれだけ僕を支えてくれたかわからない。

 『お前が愛しい。直』
 僕もだ、サムライ。心の底から君を愛しく思う。
 だから、君を信じる。僕に愛しいと言った君を信じる。献身的に僕を守り支えてくれた一途な愛情を信じ続ける。
 生まれて初めて他人から愛情を貰えた。
 生まれて初めて「愛しい」と言われた。
 恵以外の人間から愛情を貰えるなんて期待はおろか望んでもいなかった僕に、愛しさの意味を教えてくれた君を信じ続ける。

 しっかりと目を見開き、体の脇で指を握り込み、静流を睨み付ける。

 「サムライは僕の友人以上の存在だ。彼の存在はもはや僕の生きる意味と直結してる、彼の存在無しでは生きる価値さえ見出せない。僕は東京プリズンでサムライと出会って漸く自分が好きになれた、サムライに『愛しい』と言われて初めて自分を好きになることができたんだ!!
 サムライはきっと僕がIQ180の天才でなくても同じ言葉をくれた、他の誰でもない世界にただ一人の鍵屋崎直として僕を好きになってくれた。『IQ180の天才』でも『恵の模範となる完璧な兄』でもない、こんなふうにみっともなく泣き叫び怒鳴り飛ばし子供っぽく感情をあらわにする僕が好きだと言ってくれたんだ!!
 だから僕はどんなに落ちぶれても彼を信じ続ける、もはやかつてのように潔癖な武士ではなく現実逃避の快楽に身を委ね優柔不断な態度をとり続けても世界で僕だけは彼を信じ続けると決めたんだ、それが事実ではなく真実を選び取った鍵屋崎直の答えだ!!」

 突然、哄笑があがる。
 静流がへし折れそうに背中を仰け反らせ高らかに高らかに哄笑する。 いっそ無邪気にも聞こえる甲高い哄笑が四囲のコンクリ壁に跳ね返り、静寂の水面に波紋を起こし、殷々と反響する。
 鼓膜に沁みる笑い声。
 喉仏の突起すら美しい首を仰け反らせ、爆ぜるように笑い声をあげた静流がそのままよろめいてサムライのベッドに倒れこむ。
 サムライの枕を掻き毟り、喘息めいて荒い呼吸を吐きながら上体を起こした静流が、しっとり涙の膜が張った目に僕を映す。
 「ああ、可笑しい。笑い死ぬかと思ったじゃないか。君、本当に貢くんが好きなんだねえ。とんでもない惚気じゃないか」
 笑いの発作が終息、余韻で口端を痙攣させる静流の前で慄然と立ち竦む。
 静流はおかしい、狂っている。
 あれは頭がまともな人間の笑い方ではなかった。
 サムライのベッドに腰掛け、人さし指で目尻を拭い、続ける。
 「……ねえ、直くん。苗さんの失明の原因知ってる?」
 「なにを言い出すかと思えば……苗は生まれつき目が見えないんじゃなかったのか?サムライからそう聞いたが」
 まさか。
 不吉な予感が過ぎる。僕の表情を読んで動揺を汲み取った静流が、もったいぶった仕草で両手を組み、その上に顎を載せる。
 裸電球が淡い光を投げかける薄暗い房にて、ベッドに腰掛けた静流の前に立ち、続く言葉に耳を澄ます。
 「莞爾さんは鬼だった」
 静寂の水面に落ちた一滴の呟き。
 裸電球の光が届かない壁際のベッドにて、組んだ両手の上に顎を置き、遠くを見るような目を虚空に据える。
 「本家と絶縁する前も母さんと伯父さんの関係は決して良好とは言えなかった。莞爾さん……貢くんの父親はとても自己中な人で、自分が気に入らないことがあるとすぐに大声を張り上げて悪し様に人を罵った。どうかすると手を上げることさえあった。
 母さんはいつも言ってた。莞爾さんはとても本家当主の器じゃない、あんな品性下劣な人間を当主の座に就かせておくのは帯刀家の恥だって……僕も同感だ。僕だけじゃない、帯刀莞爾の人となりを知るものなら誰だって一も二もなく頷くだろうさ。故人を悪く言うのは気が引けるけど、莞爾さんはとても傲慢な男だった。冴さん……死んだ貢くんのお母さんも随分泣かされたみたいだから、冴さんと仲が良かった母さんが莞爾さんを恨むようになるのも道理だ」 
 「前置きが長い。君の話はどうにも合理性に欠けるな」
 耐え切れず口を挟めば、静流が苦笑する。
 「苗さんの失明の原因を作ったのは莞爾さんなんだ」
 「…………どういうことだ?」
 緊張で喉が渇く。静流は一体何を言おうとしている?
 「莞爾さんは本家跡取りの貢くんにひとかたならぬ期待をかけ、物心つくかつかないかの頃から厳しい稽古を課した。剣だけじゃない、正座や箸の持ち方に至るまでの礼儀作法を徹底的に仕込んだんだ。明らかに行き過ぎだと本家の誰もが思っていたが口には出せなかった、みんな現当主の逆鱗にふれるのが怖かったんだ。莞爾さんの折檻から貢くんを庇ってくれる人は誰もいなかった……ただ一人、苗さんを除いて」
 静流が緩慢な動作で首を振り、前髪が額を流れる。
 「当時苗さんは本家に引き取られてきたばかり、貢くんと大して年の変わらないほんの子供だった。だけど苗さんは莞爾さんの横暴に苦しむ貢くんを放っておけず、ある日障子を開け放ち座敷に躍りこんだ。座敷ではちょうど莞爾さんが癇癪を起こして貢くんを打擲していた。苗さんは畳に身を投げ出し貢くんに覆い被さった、それを見た莞爾さんは激昂ー……」
 静流が何かを投擲する動作をする。
 「たまたま近くにあった硯を苗さんに投げつけた」
 驚きに言葉を失う。静流の言葉では当時の苗はまだほんの子供だったという。つまりサムライの父は、長じてサムライに斬殺された帯刀莞爾は、たった四歳か五歳の幼い女の子めがけて大人の力で硯を投げつけたというのか?帯刀莞爾のあまりに非道な振る舞いに絶句する僕を横目で窺い、務めて平静に静流が続ける。
 「苗さんは強く頭を打った。恐らくそれが失明の原因だ。打ち所が悪かったんだろうね、きっと。苗さんが高熱をだして寝込んでも莞爾さんは医者に診せようとすらしなかった、使用人風情にそこまですることないと無関心に放置した。早期の段階で医者に診せてたら失明は防げたのかもしれないのに……まあ、今となっては過ぎた事だけど」
 「……胸糞悪い話だ。だがしかし、サムライは苗は生まれつき盲目だと」
 「当時貢くんは三歳かそこらのおさなご、はたして当時の出来事を正確に記憶している思う?実際貢くんが物心ついた頃には苗さんの目は殆ど見えなくなっていた、何も知らされなかった貢くんが苗さんは生まれつき盲目だと勘違いしても無理はない」 
 サムライが育った環境は、僕の想像以上に苛酷だった。
 サムライの実父である帯刀莞爾は、僕の義父である鍵屋崎優を超える非道な人間だった。
 「帯刀貢と帯刀苗はほんの子供の頃から二人で支えあってきた。二人で支えあい生き抜いてきたと言っても過言じゃない。二人が愛し合うようになるまでそう時間はかからなかった」
 「だが帯刀莞爾は反対した、莞爾にサムライとの仲を引き裂かれた苗はショックで首を吊りー……」
 静流の語尾を奪って推論を述べれば、静流が淡々と訂正する。
 「使用人と次期当主の身分差はただの口実。莞爾さんが二人の間柄に強硬に反対したのは別の理由がある。そしてそれこそが帯刀家最大の汚点、帯刀貢が刀を取った真の動機、帯刀苗の自殺の原因………」
 静流が今腰掛けているベッドの下には、苗の形見の手紙を納めた小箱がある。
 静流はそれを知らない。自分が苗の形見を尻に敷いてるとは思いもせず帯刀家の古く澱んだ血が起こした悲劇を笑顔で語り、とうとう静流は言った。
 言ってしまった。

 「帯刀貢と帯刀苗は姉弟だった。二人はそうと知らず腹違いの姉弟で愛し合ったんだ」
 
 漠然と予想していた。覚悟もしていた。
 サムライが犯した禁忌が近親相姦であると僕自身心のどこかで勘付いてはいたのだ。以前苗とサムライの関係を「姉弟みたいだ」と評した時、彼が激昂した理由がこれでわかった。
 手のひらに痛みを感じた。
 手のひらの柔肉に爪が食い込んでいた。
 真相を明かされたところで嫌悪も憎悪も感じなかった。
 ただ、胸が痛かった。
 僕は苗を知らない。サムライがかつて愛した女性を知らない。だが、苗の思い出話をするサムライが痛みを堪えるような顔をする度に嫉妬をかきたてられた。
 サムライはまだ苗を忘れてない。
 サムライの中では今もまだ苗が生きている。
 それも無理はない。
 生前苗に流れていた帯刀の血が、今もサムライの中に流れているのなら。
 「………やはりそうだったのか。帯刀苗はサムライの……帯刀貢の異母姉だったのか」
 「さすがに気付いてたみたいだね。そうだよその通り、苗さんは貢くんの異母姉、莞爾さんが外で作った子供さ。でもそれだけじゃない、苗さんには四分の一外人の血が流れていたんだ」
 「何?」
 僕の動揺を手に取りもてあそぶように舌なめずり、笑みを含んだ双眸に裸電球の光を映す。
 「苗さんの母親はロシア人との混血だった。そのせいかわからないけど苗さんはとても色が白かった、それこそ日本人離れしてね。見た目は絵に描いたような大和撫子だけど確かに苗さんには四分の一外人の血が流れていた。苗さんが帯刀家に引き取られた理由に関しては僕もよく知らない。とにかく苗さんは莞爾さんの気まぐれか同情だかで本家に引き取られ、出自を隠して育てられることになった。ところが莞爾さんの身勝手も極まったもので、苗さんと貢くんの関係が明らかになるや二人を裂くのに躍起になった。近親相姦がまずいのは勿論だけど外人の血が流れる娘と次期当主が恋仲になるなど言語道断、帯刀家に穢れた血を混ぜるわけにはいかないってね」
 胸に苦い感情が湧き上がる。
 顔を伏せて表情を隠し、吐き捨てる。
 「苗は帯刀莞爾に殺されたようなものだな」
 「それは違う。苗さんを殺したのは僕だ」
 え?
 虚を衝かれた僕の前で立ち上がり、虚空に腕を伸ばす。
 「もう一度言うおうか。帯刀苗を追い詰めたのはこの僕、帯刀静流だ」
 ひんやりした指先が首に触れる。
 華奢な手が首にかかり、徐徐に圧力がかかる。咄嗟のことで対応が遅れた。我に返った僕は静流の手首を掴みもぎ放そうとするも、華奢な体には似合わぬ力で首を締め上げられて頭に酸素が回らなくなる。
 馬鹿な。こんな細いからだをしてるくせに、華奢な手足をしてるくせに何故引き剥がせない?
 渾身の力を振り絞り酸素を求め暴れるも、静流は口元に薄っすら笑みを塗ったまま、僕が足掻けば足掻くほど暗い愉悦に浸り、爛々と目を輝かせる。
 「僕は貢くんを苦しめるために苗さんを罠にかけた。ただそれだけのために苗さんを地獄に落とした」
 「手を放せこの低脳、気道を圧迫するんじゃない、刑務所内でまた殺人を犯す気か!?」
 「帯刀貢の苦しみは僕の喜び、帯刀貢の絶望こそ帯刀薫流と世司子への供物。僕が東京プリズンに来た理由は帯刀貢に地獄を見せるため、母さんと姉さんの願い通り苦しめて苦しめて帯刀貢を殺すためだ」
 気道が圧迫され、空気の通り道を妨げられる。
 酸素を欲して喘ぐ僕にのしかかるように首を絞めながら静流は薄っすらと微笑んでいる。駄目だ。苦しい。縊死。絞殺。扼殺。扼死とは手または前腕で頚部を圧迫して死に至ること、被害者は年少者や女性・老人など弱者が多い。死体所見には手、指、爪による強圧部にその大きさ以下の皮下出血である扼痕や鋭い三日月型の加害者の爪あとなどの特徴があり、死体の顔面は鬱血ー……

 苗と同じ死に方。
 静流の目的は僕に苗と同じ死に方をさせ、サムライを追い詰めること?

 「!!っ、」
 ここで死ぬわけにはいかない、静流の思い通りになるわけにはいかない。
 薄れかけた意識を繋ぎとめ、首に巻き付いた手を思い切り引っ掻く。手の甲に紅い線が走り皮膚が捲れ肉が抉れる、苦痛に顔を顰めた静流が握力を緩めた瞬間に彼を突き飛ばし、首を押さえて鉄扉に駆け寄る。
 早く早く逃げなければ、サムライに会いに行かなければ!
 「サムライの誤解を解くまで殺されるわけにはいかない、彼に『愛しい』と伝えるまで死ぬわけにいかないんだ!!」
 肩から鉄扉に激突、そのまま砕けそうになる膝を支え、汗でぬめる手でノブと格闘する。くそっ、開け、開くんだ!気ばかり焦って苛立ちが募ってなかなかノブが掴めない、静流はすぐ後ろに忍び寄っているというのに、うなじに息遣いを感じる距離にいるというのに―
 「開いた!!」
 歓声をあげ、鉄扉を開け放つ。蛍光灯の光満ちる廊下に飛び出そうとした僕の口が、湿った布で塞がれる。扉の横で待機していた人物が僕の口に布きれを当てたのだ。誰だ?目だけ動かして顔を確認、驚愕。
 以前売春班に僕を買いに来た柿沼という看守だった。
 「ありがとう柿沼さん、彼を捕まえてくれて」
 「お安い御用だぜ。手え怪我してるみてえだけど大丈夫か?」
 「大した怪我じゃない。掠り傷さ」
 鼻腔の奥を刺激臭が突く。この匂いは以前嗅いだことがある……クロロフォルムだ。まずい。柿沼の腕の中から逃げ出そうともがくも四肢に力が入らない、ぐったり弛緩した体がやがてバランスを失ってー……
 廊下に倒れ伏せた僕の頭上、痛々しく腫れた引っ掻き傷を舌で舐めた静流がもう片方の手を無造作に差し出し、柿沼から何かを受け取る。
 急激に押し寄せる睡魔と闘いながら柿沼から静流に手渡された物に目を凝らす。
 紅い襦袢だった。
 「約束通り僕の用が済んだら遊ばせてあげる。他の看守も呼んで皆で楽しもう」
 スニーカーのつま先で無造作に僕の顎を持ち上げ、静流が言う。 
 霞む目で静流の笑顔を捉える。禍々しい笑顔。帯刀貢を地獄に落とすためなら手段を選ばないと宣言する邪悪な笑顔。
 「さあ直くん、おうちに帰ろう。僕の用はまだ済んでない。夜はまだこれからだ。君には姉さんの代わりを務めて貰わなきゃいけないんだから……」
 静流がスッと屈み込み、僕の鼻先に襦袢を突き出す。
 香でも焚き染められているのだろうか、静流が腕に抱いた襦袢から極楽の芳香が匂い立ち、瞼の裏で悪夢めいた色彩が渦巻く。
 静流の囁きが耳朶にふれる。
 華奢な指が僕の上着の胸元へと忍び込み、鎖骨を這う。
 「君は色白だから紅い襦袢が映えそうだ」 
 不吉な予言を最後に意識が溶暗した。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050524000256 | 編集
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