ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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七話

 「指一本でもレイジにふれたら殺すぞ」
 俺の喉がこんな低い声出せるなんて知らなかった。
 行動を起こしたのは次の瞬間、俺を両脇から押さえ付けた看守二人がレイジのフェラチオに気を取られてる間に反撃に転じた。
 欲情と嫌悪の狭間で看守二人は興奮していた。
 喉仏がごくり起伏して生唾を嚥下する。
 飼い主に命じられるがまま仰向けに寝転がり、無防備に腹を見せた犬の股間に顔を埋めてペニスを吸うレイジ。
 赤黒く尖った醜悪なペニスに舌を絡めて唾液を捏ねる音が粘着質に響き、レイジの顎が涎に濡れ光る。
 萎えた手を振りほどくのは簡単だった。
 激しい首振りで肩に乗った手を揺り落とし、看守の怒号に背中を向け、体の奥底から突き上げる憤怒の衝動に駆られて跳躍。靴裏で床を蹴り、今しも事をおっぱじめようとしてるレイジと犬の間に体当たりで割り込む。ズボンを脱がされたレイジの背中にのしかかった犬に肩から激突、虚空に吹っ飛んだ犬が哀れっぽい鳴き声を上げる。
 「おおハル、可哀想なハルよ!?貴様私のハルになんてことを、動物虐待で訴えるぞ!!」
 「その台詞そっくり返すぜ狂犬家!」
 ハルを庇い起こした所長に非難を浴びせられても動じない。後ろ手に手錠かけられたまま床に片膝付き、所長に向き直る。
 床に倒れ伏せたレイジは小さく呻いている。
 「大丈夫かレイジ、しっかりしろ」
 「痛って……ロンに貞操守られるなんて落ちぶれたな、俺も」
 「言ってる場合かよ」
 虚勢まじりに苦笑するレイジに泣きたくなる。こんな時でも俺を心配させないよう笑ったふりをする、不器用な優しさに胸が痛む。
 ぐったりうつ伏せたまま、後ろ手を拘束されているために床に手を付き上体を支えることもできず、腰を上擦らせるレイジを所長から庇うように移動する。
 所長は怒り心頭に発していた。世に言う逆ギレだ。
 瀟洒な縁なし眼鏡の奥、憎悪にぎらつく目を極限まで見開き、神経質に顔面を痙攣させる。体重こそ違えどタジマそっくりの小便ちびりそうに恐ろしい形相だった。
 「ハルよ、襲え!!」
 怒りで満面を充血させた所長が命令を飛ばし、ハルが咆哮する。
 まずい、食い殺される。レイジは床に突っ伏したまま、起き上がろうにもバランスがとれず緩慢な動作で頭を揺らしている。
 俺が守ってやれなきゃ他に誰がレイジを守ってやれる?
 神頼みはやめだ。
 レイジの胸で輝く十字架が何をしてくれた?
 傷だらけの十字架を掴んでみじめったらしく天に慈悲を乞うのはやめだ、気まぐれで冷酷な神様が信者の献身に報いずコイツを見捨てるつもりなら俺がレイジを助ける、天に唾吐いてやる。
 覚悟を決め己を奮い立たせ、ハルが助走から跳躍に至るまでの三秒間で反撃に移る。机上にずらり並んだ写真立てが目に飛び込んだ瞬間に奇策が閃き、床を蹴る。机に思い切り体をぶつけた衝撃で写真立てが雪崩落ち、ハルの鼻面を奇襲する。
 写真立てに鼻面をぶつけたハルが怯んだ隙に跳ね起き、怒号する。
 「くたばれ変態野郎!!」
 鋭い呼気を吐き、足元の写真立てを蹴り上げる。
 スニーカーのつま先に蹴り上げられた写真立ては思惑通りに宙を舞い、あっぱれ見事に所長の額に突き刺さった。
 写真立ての角が額に突き刺さった所長が女々しい悲鳴を上げる。
 まさかここまで上手くいくなんて思わなかった、笑い出したいくらい愉快な気持ちになった。
 笑いの発作に襲われた俺の眼前、額から血を垂れ流した所長が「ひあ、ああああああっぁあああっ、あ!血が、血がこんなに……はやく医務室で輸血をしなければ早くああこんなにも血が、死、死んでしまう!!」と悶絶、大袈裟な痛がりようが滑稽味を醸し出す。
 他人をいたぶるのは大好きでも自分が痛いのは苦手ってか?
 徹底して自己本位な態度にタジマとの血の繋がりを痛感、不快感で口の中が苦くなる。
 「いいかレイジは俺の物だ、俺はレイジが犬にヤられるとこ黙って見てるほどびびりでもなけりゃ腰抜けでもねえ、相棒が犬に犯されるとこ指咥えて見てるくらいだったら舌噛み切って死んだほうがマシだ!!いいか、コイツに手をだすな。これはお前らに言ってるんだ、額押さえて大袈裟にのたうちまわってる獣姦マニアの変態野郎とその忠実なる下僕のバカ犬に言ってるんだ」
 息継ぎもせず言い切り、凝縮した怒気を全身から放散。
 頭を垂らしたハルとその上に覆いかぶさった所長を牽制する。
 「お前らがレイジ犯すなら、今度は俺がお前らを犯す。犬のケツにペニスぶちこんで痔になるまでカマ掘ってやる。わんころだけじゃねえ、てめえも同じだ所長。兄弟血は争えねえって本当だな、タジマそっくりのゲス野郎だてめえは。ゲスはゲスらしく這いつくばって俺の吐いた唾舐めるのがお似合いだよ」
 「き、さま、誰に口をきいてる!?」
 激痛より怒りが勝った所長の目に火花が炸裂、血に汚れた顔面をひくつかせる。
 「あんただよタジマ兄。人間の女や男に相手にされねえから仕方なく犬に慰めてもらってる性的不能者」
 俺の口から出る声が、俺の声じゃないみたいに聞こえる。
 所長の口元が屈辱にわななくのを痛快に眺め、懐にとびこむ。
 鎖をかちゃかちゃ鳴らして手錠と格闘してるらしいレイジが背後で何か言うが無視する。
 所長の額にぱっくり傷口が開いてる。
 ちょうどその傷口の上、秀でた額にガツンと頭突きを見舞う。
 額と額が衝突する鈍い音、頭蓋骨に響く衝撃。至近で接触、密着した所長にさらに額をごり押しして傷口を抉る。
 「いいか、今度俺のレイジに手えだしてみろ。お前を裸にして四つん這いにして全身に犬の糞ぬりつけてやる、顔に小便ひっかけて犬の糞食わせてやる。獣姦マニアの変態野郎はスカトロだってイケんだろ?レイジ虐めに飽きたら俺が相手してやるよ。エリートのプライドなんざ捨てちまえ、くだんねえ。あんたがどんだけ悪あがきしたところで東京プリズン出れる見込みなんざねーよ」
 傷口を抉られた所長が悲鳴をあげる。構うもんか。
 容赦なく額をごり押して削りながら顔一杯に笑みを広げる。
 「わ、たしに出世の見込みがないと?鞭に怯える家畜の分際で飼い主を侮辱する気か!?」
 所長がヒステリックに叫ぶ。囚人に侮辱されて自尊心がひどく傷付いたらしい。知るか。何度も何度も眉間に額をぶつける、眉間の突き刺さった傷口が開いて血の飛沫がしぶく。
 傷口から飛び散った血が顔にかかり、頬に赤い斑点が跳ねる。
 恐怖と屈辱と憤怒と苦痛をごった煮した世にも醜悪な顔にタジマの面影が重なる。
 俺と鍵屋崎をさんざん虐めて天誅くだって東京プリズンを去ったタジマの顔。
 いや、違う。天誅を下したのは神様じゃない、レイジだ。
 レイジはいつだって俺を助けてくれた、どん底から救い上げてくれた。 
 今度は俺が助ける番だ。
 借りを返す番だ。
 「殺してやる」
 低く、宣告する。所長の顔が強張る。さあ今だ今殺せもう二度とレイジに近付けないように手を出せないように。
 「どうせ俺は人殺しだ、今更前科が一つ増えるくらい大したことねえ。あんた殺して殺されるなら本望だ」
 「やめ、たまえ君。私を殺したら上の人間が黙ってないぞ」
 ぜいぜい耳障りな喘鳴を漏らしながら反駁する諦め悪い態度を鼻で笑い飛ばす。
 「へえ、そんなに上から大事にされてる人間がこんな砂漠くんだりまで飛ばされてくるなんざ妙な話もあったもんだ。いい加減認めちまえよ所長、あんたは左遷されたんだ。上にとっちゃどうでもいい存在なんだ。クビにすんのも世間体悪いから囚人どもの反感煽りに煽って殺されてくれるように東京プリズンに送られたわけだ。実質上の死刑だな。なら俺が今ここであんた殺すのは上の思惑通りじゃねえか、いいさ上の思惑とやらに乗ってやるよ、あんた殺されたって聞いて上の人間が万歳三唱するとこ目に浮かぶぜ!!」
 そうだ殺せ、殺してしまえ。息の根を止めてしまえ。床に這いつくばった所長めがけ足を振り上げる。手が使えなくても人は殺せる。
 「看守に命じる!ただちにこの家畜を拘束、半永久的に独居房に閉じ込めておけ!」
 所長が居丈高に命令、金縛りが解けた看守が背後から俺にのしかかり押し倒す。看守二人がかりで来られちゃ身も蓋もねえ。
 背中に一人がのしかかりもう一人が俺の肩を押さえ込む、倒れたはずみに下顎が床に激突して垂直に衝撃が突き抜ける。
 喧嘩で顎を殴られるのは致命的、脳みそに直接ダメージが来る。
 頭蓋骨の中で脳みそを揺らされ、視界がぐにゃりと歪む。四肢がだらりと垂れ下がる。
 顎を強打し眩暈に襲われ、そのまま体の均衡を失って床に倒れ伏した俺の頭上で息を呑む気配がする。
 看守に押さえ付けられた姿勢から上目遣いに見れば、レイジが呆然としていた。
 「なんだよ、その顔……」
 「ははははははははははっははははははははっはははっ!!」
 哄笑が爆発する。不自由な体勢から顔をねじり向き直れば、勝ち誇ったように所長が笑っていた。
 洒落た縁なし眼鏡の奥、極限まで見開かれた目には狂気が渦巻いている。喜悦に口元を緩めた所長が不意に立ち上がり接近、上体を突っ伏した俺の後ろ襟をぐいと掴んで引き下ろす。弛んだ襟刳りが肩甲骨が覗くまで引き下げられ、うなじが外気に晒される。
 「これを見ろレイジ。君を助けに来た彼は、この礼儀知らずで身の程知らずな家畜は首の後ろにいやらしい痣を作っているぞ!」
 「!?な、」
 俺の後ろ襟を限界ぎりぎりまで引き下げ、声高に快哉を叫ぶ所長。馬鹿な、看守はこんなトコにキスしなかった。この痣はいつ……
 そこまで考えてハッとする。
 今朝、いや、正確には昨日の夜。
 「あいつ……!」
 犯人はホセしかいない。朝起きた時も奇妙に思ったのだ、俺は風邪っぴきなのに上半身裸で寝かされていた。間違いない、うなじにキスマークつけた犯人はホセだ。顔から血の気を失った俺とレイジを見比べて所長が嘲る。
 「今この瞬間にはっきりした。君は友人が捕まったと聞いて早急に助けに来たらしいが、それならうなじの痣の説明がつかない。昨晩レイジがひとり身悶えていた頃君はどこで何をしていた。レイジの淫らな姿態に欲情をかきたてられ一夜の慰みに気心の知れた囚人を訪ねたのではないかね?つまり君はレイジがひとり苦しんでいた頃他の囚人と情事に耽っていたのだ!!」
 「ちがっ、これは………」
 「弁解は通じない。君がレイジ以外の男と体を通じたのは事実、でなければ何故うなじに痣ができる?レイジを助けに来たのもポーズに違いない。レイジを裏切り他の囚人と寝た罪の意識を相殺せんと食堂で椅子を振り回す極端な行動にでた、違うか」
 「でたらめだ!」
 心臓が爆発しそうに高鳴る。どうしてこんなことになった?ホセへの呪詛と所長への罵倒が脳裏に渦巻く。所長は満足げに笑ってる。醜態さらす俺のうなじに指を添えて痣をさすり、レイジを振り返る。
 「ははっ、無様だなレイジ!ハルのペニスを咥えてまで守ろうとした友人に手酷く裏切られた気持ちはどうだ。うなじに淫らな痣まで作っておきながら他の囚人に抱かれた素振りなどかけらも見せず、献身の演技で自己陶酔に酔った彼をどう思うか是非とも感想を聞きたいね」
 信じるなレイジ。
 看守に押さえ込まれたまま、縋るような眼差しでレイジを仰ぐ。
 俺は他の男に抱かれてなんかいない、お前を裏切ったりなんかしてない、見捨ててなんかない!レイジは虚無に呑まれた瞳でこっちを見つめていた。前髪の奥でぼんやり見開かれた目にはあらゆる感情が窺えない。俺の首筋の痣。身の潔白を訴える俺と糾弾する所長。
 それらを順番に見比べて、漸く口を開く。
 「ロン。お前、俺を裏切ったのか?」
 抑揚のない声だった。怒りも憎しみもそこにはない、ただ事実を確認するだけの感情が欠落した声音。俺は、言葉を失った。レイジの顔にはまだ犬の精液が飛び散って意地汚くミルクを啜ったようなありさま。
 硝子めいた透明度の瞳に俺の顔が映る。
 裏切り者と決め付けられたショックに強張った顔。
 「昨日どこに行ってたんだ。誰の所にいたんだ」
 「俺を疑ってんのか?」
 情けなく声が震えた。
 詰問というにはあまりに優しい口調でレイジは言ったが、目はちっとも笑ってない。唇に微笑を上塗り、出来すぎなほど整った顔に希薄な笑みを浮かべているが、前髪に隠れた瞳だけが無表情に虚空を見据えている。怖かった。圧倒的な恐怖を感じた。レイジの目は俺を見てない、内向して自閉して自分の内側の虚無を映している。
 「違う、これは……これは勝手につけられたんだ、俺の知らない間に、俺が寝てる間に!俺は誰にも抱かれてなんかない、お前以外の男に抱かれたいとも思わない、おい聞いてんのかよ、信じろよレイジっ!!」 
 看守の手を振り落とし片膝立ち、今にも駆け出しそうに前のめりになるも、レイジは沈黙したままだ。衝動的に飛び出しかけた俺の肩に看守が手をかけ引き戻す。「連れて行け」と所長が命令、看守が二人がかりで俺を引きずっていく。レイジと距離が空く。
 嫌だ、離せ、独居房になんか行きたくねえ!
 俺は滅茶苦茶に暴れる、首を振り肩を揺すり足を蹴り上げ抵抗するも看守二人に挟まれちゃたちうちできない。レイジは微動だにせず、看守に挟まれて遠ざかる俺を見送ってる。
 レイジのそばに所長が寄り、白濁した精液に汚れたその顔に指で触れる。
 半開きの唇をなぞり、ねっとりした白濁をすくい、人さし指を口に含む。
 「何とか言えよレイジ、俺は他の男になんか抱かれてねえ、お前以外の男に抱かれたりするもんか!!なんだよその腑抜けた面は、王様の名が泣くぜ!!どうして何も言わないんだよ、そうだよなロンお前は浮気なんかしねえよなって笑い飛ばしてくれねえんだよ、俺の貞操守るために犬のペニスまで咥えた肝心のお前がどうして信じてくれないんだよっ!!?」
 口の中で指を転がしながら所長がほくそ笑み、もう片方の手でレイジの頭をなでる。レイジはされるがまま首を項垂れていた。俺の方を見ようともしない、名前を呼ぼうともしない。なんだこれ。マジかよ。何もかもすっかり説明して誤解を解こうにも俺は後ろ手に拘束されて両脇を看守に挟まれて連行される途中で、今しも扉が開かれ廊下に引きずり出されて―……
 『不可以信任!!』
 所長を信じるな!!
 眼前で扉が閉ざされ、二人が消える。
 所長室から連れ出される寸前に見た光景は、放心状態のレイジの頭を抱き、髪の毛を梳く所長の姿だった。

 あれから三日が経った。
 俺はずっと独居房の暗闇を這いずりまわってる。鼻は死んだ。糞尿と吐寫物、床一面の汚物に塗れて横たわってると時間の感覚が狂ってくる。一日二回、鉄扉下部から出し入れされるメシだけが時間を教えてくれる。食器を出し入れする時しか鉄扉は開かない。俺の餌やりはおしゃべりな曽根崎が担当してる。曽根崎は俺を手懐けようと必死だが、今んとこてんで効果がなくてしょげかえってるようだ。
 「じゃあ、明日また来るよ。何か欲しいものあったら遠慮なく言って、都合するから」
 「鼻栓が欲しい」
 「わかった」
 冗談だよ。わかれよ。
 自信満々請け負い、曽根崎が食器を回収する。ワゴンの車輪がごろごろと床を転がる。独居房に入れられて三日、初めて俺が頼ってくれたんで上機嫌、鼻歌まじりに去っていく曽根崎の足音が廊下の奥に消えるのを待ち、毒づく。
 「俺までお稚児さんにする気かよ、ぺド野郎」  
 激しく咳をする。喉が痛い。まだ風邪が治らない。当たり前だ、こんな最悪の環境じゃ治るもんも治らない。独居房は汚物溜めだ。いつここから出られるかはっきりとは知らされてない。所長の額を写真立ての角で殴打したのだ、最低一週間は入れられっぱなしだろう。ひょっとしたら一生出られないかもしれない、と弱気になる。
 物思いを打ち破ったのは、乱暴に壁を蹴り付ける音。
 「やけに大人しいじゃんか、半々」 
 分厚いコンクリ壁で隔てられた隣の房から声がする。野太い濁声で吠えたのは、俺と同じ日に独居房に放り込まれて以来日の光を浴びてない凱だ。初日に一回房を出されてシャワー浴びてる俺はまだマシだが、あれ以来一回も外に出てない凱は頭のてっぺんからつま先まで糞まみれ、ひどい状態になってるだろうなと想像する。
 「あたりまえだ。三日間も独居房くらいこんでみろ、くそったれた人生について哲学的に考えたくもなるってもんさ」
 境の壁に身を摺り寄せ、喉の奥から声を搾り出す。
 実際凱は元気だ。三日経っても弱った素振りなんざ微塵も見せない。たとえ虚勢でも俺に発破かけられるんだから大したもの。認めたくはないが東棟最大の中国系派閥、血気さかんな三百人を締め上げるボスは肝の据わり方が違うなと感心する。
 「お前はどうだ、凱。そろそろ反省したくなったか?看守の足元に土下座して涙ながらに訴えたら出してくれるかもしれねえぜ。『後生だから後生だから』って手え合わせて哀願したらどうだ、もともと巻き込まれただけなんだし」
 「おい、今なんっつた半々?」
 凱が気色ばむ。
 「誰が『巻き込まれた』ってんだ?ふざけたことぬかしてっと青竜刀で脳天から股間まで真っ二つにするぞ。いいか、ありゃあ俺が好きでやったんだ。お前に巻き込まれたなんてとんでもねえ、ただ俺が気に入らなかっただけだ。調子づいた子分に拳骨くれんのがカシラの役目だ、実力じゃレイジにかなわねえくせに本人いないところで威勢よく吠えやがる連中が大っ嫌いなんだよ俺は!!」
 「レイジがいてもいなくても吠えてるもんな、お前」
 壁の向こうで凱が鼻白む気配。やり、一本取った。
 三日間独居房に閉じ込められても狂わずにいられるのは、隣合った房の凱とビバリーがさかんに話しかけてくるからだ。鼻が麻痺した闇の底、金属の輪に擦れた手首がじくじく膿みだしても辛うじて正気を保っていられるのはビバリーと凱が話し相手になってくれるおかげだ。
 俺ひとりだったらとっくに発狂してた。
 ビバリーはともかく凱に感謝すんのは癪だが、コイツもたまには役に立つ。
 「ロンさん、生きてます?」 
 反対側の壁向こうから死にぞこないの声がとどく。ビバリーだ。
 「何とか。お前は……死んでねーなら生きてるか」
 「僕もう駄目っス。僕のまわりで祝福のラッパ吹き鳴らす天使の幻覚が見えるんス。ああ、翼の生えたスザンナが迎えに……」
 「正気かよ?あとちょっとの辛抱だから頑張れ」
 壁を蹴ってビバリーを励ます。
 俺ら三人の中でいちばん重症なのは事によるとビバリーかもしれない、幻覚が見え出したら人間終わりだ。
 「リョウさん、僕がついてなくて大丈夫でしょうか。ちゃんとご飯食べてるでしょうか。ご飯に覚せい剤ふりかけてないでしょうか」
 「お前、こんなになってもまだアイツのこと心配してんのかよ。お人よしが過ぎるぞ」
 「ロンさんにだけは言われたくないッス」
 凱が爆笑する。うるせえ。
 まあ、ビバリーが独居房に入れられたのも元はと言えば俺のせいだ。俺のとばっちりで独居房入りくらったんだから二・三日もたちゃ出されるだろうと楽観してるが、それまで正気がもつかどうか疑わしい。
 「ビバリー、気をしっかりもて。お前の頭がパーになったら誰がリョウの介護してやるんだ?スザンナの弔いだってちゃんとしてやらなきゃ化けて出るぞ。心霊現象で裸電球が点いたり消えたり砕け散ったりでおちおち寝てられなくなるぞ」
 「ロンさん僕はもう駄目っス、あと頼みます……」
 「遺言は聞かねえぞ。お前が独居房で死んだら巻き込んだ俺のせいだ、意地でも生き残れ」
 壁越しにビバリーを励ます俺のもとへ規則的な靴音が近付いてくる。誰だ?曽根崎か?さっき来たばかりなのにとうんざりする。鉄扉の前で靴音が止む。金属の鍵が触れ合う音に続いてノブが回り、房の暗闇に光が射しこむ。  
 「ロン、出ろ。年季明けだ」
 「はあ!?」
 喜びより驚きが先に立った。
 鉄扉を開けた看守が鼻に皺を寄せ、俺の肘を掴んで無理矢理引きずり出す。突然の展開に頭が追いつかない。左右の房を交互に見比べてみるがビバリーと凱が出された形跡はない。
 なんで俺だけ?乱闘騒ぎの主犯は俺なのに。
 看守に肘を掴まれて立たされた俺は、釈然としない面持ちで食ってかかる。
 「ちょっと待てよ、なんで俺だけ釈放なんだ?ビバリーと凱は、」
 「こいつらについては何も聞いてない。まだ当分は独居房だ」
 「おかしいだろそんなの!!」 
 勿論釈放されたのは嬉しい、嬉しくないわけがない。このままあそこにいたら頭がおかしくなってた。でも、納得できない。乱闘騒ぎの主犯の俺が真っ先に釈放されて、俺のとばっちりくらっただけのビバリーと凱が独居房に居残りなんて理不尽な仕打ち納得できるわけがねえ。
 「俺を出すんなら二人も出せよ、凱はともかくビバリーはとばっちりくらっただけ、本当ならもっと早く出れるはずだったんだ!ビバリーは俺を助けようとして乱闘に加わったんだ、ただ二階の手すりからダイブしただけだ、俺みたいに椅子ぶん回して囚人の頭かち割ったわけでもねえのに……」
 「ロンさん、お元気で」
 「え?」
 悟りきった声に向き直る。
 「僕のことなら気にしないでくださいっス。僕だって凱さんと同じっス。ロンさんに命令されたわけじゃない、誰に言われたわけでもない、僕自身がピンチのロンさん放っておけなくて紐なしバンジーやったんスから……ロンさんが負い目感じる必要なんかこれっぽっちもないっス。さあ、大手振ってレイジさんとこに帰ってください」
 「ビバリーの言う通りだ、半々。てめえに心配されるなんざ胸糞悪い、とっとと行っちまえ。壁一枚隔てて同じ肥溜めに顔突っ込んでた半々とお別れできてせいせいすらあ」
 「凱……、」
 壁に穿たれた鉄扉の向こう、置き去りにされる二人の行く末を考えてやりきれなさが胸を締め付ける。躊躇する俺の肘を掴み、看守が大股に歩き出す。
 看守に引きずられるがままふらつく足取りで歩き、手錠を外されてシャワー室に放り込まれる。
 シャワーを浴びて人心地つき、看守の背に従って廊下を歩く。
 「なあ、なんで俺だけ先に出されたんだ。所長はなに企んでんだ」
 「恩知らずなガキだな。素直に喜べよ」
 引率役の看守がせせら笑うが、不安感は拭えない。一歩足を踏み出すごとに嫌な予感が現実に変わりゆく確信。所長の額に写真立ての角を突き刺して怪我負わせた俺がこんなに早く釈放されるなんて絶対おかしい、裏で何か企んでるに決まってる。
 いや、それだけじゃない。
 俺の足を鈍らせるのは所長への疑惑だけじゃない。俺の足を鈍らせる最大の原因は……
 『俺を裏切ったのか、ロン』
 『昨日どこに行ってたんだ。誰のところにいたんだ』
 「…………っ!」
 強く唇を噛む。体の脇で握りこぶしを作る。
 三日前、レイジは言った。俺のうなじに咲いた薄紅の痣を見て、裏切られたと誤解した。釈明する時間さえ貰えなかった。これはホセにつけられた痣だ、俺自身あの時初めて気付いたんだと弁解する暇もなく所長室から引きずり出された俺の目に焼き付いたのは、レイジの空白の表情。
 レイジと会うのが怖い。
 どんな顔してアイツに会えばいいかわからねえ。
 次第に房が近付いてくる。俺とレイジに割り当てられた房。
 洗いたての上着の胸を掴み、高鳴る心臓をどやしつける。
 レイジは俺が他の男に抱かれたと誤解した。俺の浮気を疑ってる。
 キレたら手がつけられない暴君と化すレイジにどうやって真実を訴えればいい?いや、そもそも俺がホセの房に泊まったのは事実、ぐっすり熟睡してる間に上着を脱がされてあちこちさわられたのは事実なのだ。馬鹿正直に真相をバラしたところでレイジを逆上させる結果になりかねない。
 廊下の先に鉄扉が見えてくる。あの中にレイジがいる。
 不意に音痴な鼻歌が流れてくる。お決まりのストレンジ・フルーツ。
 久しぶりに耳にするレイジの歌声に胸が騒ぐ。靴裏が廊下に貼り付く。看守はどんどん先に行く。棒立ちになった俺がちゃんとついてきてるか確認もせず、前だけ見てずんずん突き進む。仕方なく歩行を再開、看守の背中に追いつく。
 鉄扉の前で看守が立ち止まり、ノブに手をかける。
 「レイジ、いるか。相棒のご帰還だ。せいぜい祝ってやれ」
 唐突に鼻歌が途切れる。
 看守がノブを捻り、耳障りに軋みながら鉄扉が開く。天井の真ん中に吊られた裸電球の光が一条漏れて足元を照らす。
 呆然と看守の背後に立ち竦む。どうしても一歩を踏み出す決心がつかなかった。いつまでも廊下でぐずぐずしてる俺をあやしむように看守が振り返り、腕を掴んで引っ張り込む。
 「たった三日離れてただけでよそよそしい態度とるなよ、王様の飼い猫が。それとも何か、恩知らずな猫はたった三日で飼い主の顔忘れちまったか」
 「黙れよ。用が済んだらとっとと出てけ」
 看守が肩を竦めて廊下に出る。物々しく鉄扉が閉じ、残響が大気を震わす。房に取り残された俺は緊張の面持ちで生唾を嚥下、じっとり湿った手のひらをズボンになすりつけ汗を拭い、深呼吸で顔を上げる。いた。レイジがいた。ベッドの端に腰掛けて聖書を読んでいた。
 申し分なく長い足を優雅に組み、退屈そうな顔でぱらぱらページをめくってる。
 俺が入ってきたことには当然気付いてるはずなのに、こっちを見ようともしない。
 「レイ、」
 「おかえり、ロン」
 語尾を遮るようにレイジが口を開き、ぱたんと聖書を閉じて顔を上げる。ぞっとした。レイジはこの上なく穏やかな笑みを浮かべているが、レイジの笑顔を見慣れた俺は「これは偽物だ」と直感する。不安定かつ不均衡な笑顔。口元は笑っていても目は全然笑ってない、顔の上と下で温度差が凄まじい笑顔。膝から聖書をどけたレイジがこっちに来るようぞんざいに顎をしゃくる。
 三日ぶりに会ったんだ。いつものレイジなら俺にとびついて髪をぐしゃぐしゃにかき回すはずなのに、ベッドから立とうともしない。わざわざベッドから腰を上げる価値もないというように、指一本動かす労力すら惜しむようにベッドの王座に腰掛けている。
 「三日も独居房入り食らったわりにゃ元気そうだな。さっすがスラム育ちの野良猫はしぶとい」
 口の端を皮肉げに吊り上げるレイジに気圧されながらも、のろのろ足を進めて前に出る。
 「俺にさわってもらえなくて三日間寂しかった?」
 「……冗談。お前に寝込み襲われずにすんでホッとしてた」
 レイジの目がスッと細まり、獰猛な眼光を放つ。やっぱり変だ。今日のレイジは様子はおかしい。なんだって俺はレイジに尋問されてるんだ、何もやましいことなんかねえのに……だんだん腹が立ってきた。レイジはまさか俺が他の男に抱かれたと本気で疑ってんのか?所長の言う通りレイジを裏切ったと?
 「この際だからちゃんと言っとくけどレイジ、三日前のあれは」
 続く言葉は、レイジに腕を引かれて遮られた。突然ベッドから腰を浮かしたレイジが俺の腕を掴み自分の方へと引き寄せる。背中に衝撃、スプリングが軋む音。ベッドに投げ出された俺の上にレイジがのしかかり、囁く。
 「三日間会えなくて寂しかったよ」
 前髪がぱらりと落ちかかり、硝子めいて透明な瞳が現れる。
 「だから、お前と俺とお揃いにしようと思うんだ。三日間離れててもお前が俺のこと忘れたりしねえように、他の男に抱かれる時もお前は俺の物だって思い知らせてやろうって」
 喉から間抜けな呼吸が漏れる。俺をベッドに組み敷いたレイジがじゃれるようにキスをする。額に、頬に、首筋に。唇だけを避けて。
 俺の額に手をやり前髪をかきあげたレイジが、もう片方の手でズボンのポケットから何かを取り出す。レイジの指先で光る物に目を凝らす。裸電球の光に濡れて鋭利に輝くそれは……切っ先が尖った安全ピン。
 反射的に思い出す。
 いつだったかボイラー室に引きずりこまれて、タジマに耳朶を破かれそうになった時のことを。
 「俺に黙って浮気したいけない子にお仕置きだ」
 裸電球の光を弾く安全ピンを眉間に翳し、耳朶の柔らかさを指に馴染ませるように揉み解しながらレイジが微笑む。
 その瞬間、俺は理解した。
 今俺の目の前にいるのは気さくな王様じゃない、嫉妬に狂った暴君だと。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050527122739 | 編集
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