ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四話

 ビバリーがいなくなっちゃった。
 食堂での乱闘騒ぎから三日経過、首謀者のロンと凱、とばっちりくらった不幸なビバリーが独居房送りなってから三日が経った。
 僕はその場にいた。乱闘騒ぎが起きたまさにその時現場に居た。
 悲鳴と罵声が交錯する階下の惨状に何事だと手すりから顔を出せばキレたロンがおっかない顔で椅子ぶん回してたところで、小柄な体に怒気を漲らせ、突っかかってくる囚人片っ端から殴り倒すロンの変貌におしっこちびりそうだった。
 椅子を盾に武器にレイジを馬鹿にした囚人を容赦なく攻撃するロン、頭上に高々振り上げた椅子で顔面を直撃、鼻っ柱をへし折られ脳天かち割られ顔面朱に染めた囚人が死屍累々と残飯にまみれ床に倒れ伏せた惨劇の現場を二階席からぼんやり眺め、僕は「あーあ、やっちゃった」と心の中で嘆いた。
 馬鹿だなロン、そんなことしたって意味ないのに。
 大事なお友達馬鹿にされて頭に来るのもわかるけど、そんなことしたってレイジは簡単に戻ってこないのにと醒め切った気持ちでロンの大暴れを見物してたら、箸を放り捨てたビバリーが手すりに足をかける。
 「リョウさんはここにいてください、ロンさん助けに行ってきます!」
 正義の味方よろしく義憤に燃えてロン救出に向かったビバリーを僕はただ見送るしかなかった。
 ビバリーが勢い良く手すりを蹴って宙に身を躍らせた時も、決死のダイブを試みたビバリーの背中に「じゃあね」と手を振り食事を再開した。
 ところがどっこい、ご飯を口に運ぼうとしたそばから手の震えが箸に伝わってぼろぼろ零しちゃう。口に入れるご飯より零す量のが多い悲惨な状況で、スープやらご飯やら僕が食べ散らかした残骸でテーブルは汚れてる。
 哀しいかな、ビバリーの介添えがなければ一人でご飯もできない。
 なんでこんなことになっちゃったのと運命を呪ってみても遅い。少なくとも数日前まで僕はこんなじゃなかった、ここまで酷くはなかった。親鳥に餌をねだる雛みたくビバリーに「あーん」しなくても一人でご飯食べれたしテーブル汚したりもしなかった。

 原因はわかってる。これも全部静流のせい。

 ちょうど前の晩、僕の房にホセがやってきた。
 就寝時刻を過ぎて他の囚人が寝静まった頃合にいきなり。
 僕とビバリーの房を見渡し、ホセは嘆かわしげにかぶりを振った。
 『幻滅です。君にはがっかりしました、リョウくん』
 開口一番ダメ出しを食らった。僕が正常な状態ならムッとしたはずだけど、生憎その時の僕はオクスリの効果で頭がポーっとしてて、笑いが止まらないハイテンション。
 失望の面持ちでホセに見られてもてんで構わず、ベッドの上で飛び跳ねてた。実際僕の房はひどい状態だった。
 毛布は捲れてマットレスは裂かれて綿がはみだして、天井高く埃が舞い上がっていた。床にはスザンナの死骸と手足がもげたテディベア、割れ砕けた注射器が転がっていた。
 まさしく足の踏み場もなく寝る場所もない危険地帯。
 『我輩の依頼をお忘れですか?君には以前、地下探索をお願いしたはずですが……突破口の報告もなし成果もなし、様子を見にはるばる来てみれば覚せい剤の乱用が祟って本人はハイになっている。ハッピークライシスでとても話が出来る状態ではない。やれやれ、どうやら我輩は出遅れたようだ。もっと早く、手遅れになる前に訪れるべきでしたね』
 『手遅れってなにさ、失礼だね。僕こんなに幸せなのに』
 ベッドの上で飛び跳ねながら大袈裟に両手を広げてみせる。
 僕の足元にはビバリーが突っ伏してる。
 一日中僕の大はしゃぎに付き合わされて疲労困憊、ぐーすか居眠りしてるビバリーに同情の一瞥をくれ、ホセがため息を吐く。
 『一体どうしたことですか、これは。少なくともつい先日まで君はこんな風ではなかった、情報屋として頼れる存在だった。覚せい剤中毒の症状がこんなに急激に悪化するのはおかしい。何かショックな出来事もあったんですか?我輩でよければ相談にのりますが』
 『余計なお世話。ショックなことなんてなにもなにもないってはは、僕今すっごい幸せなんだ、空でも飛べそうな気分なんだ!足の裏が無重力でお空をひとっ飛びでママに会いにいけそうなの、だからジャマしないで、今お月様にタッチする練習してるんだから』
 配管剥きだしの天井に手を伸ばす。
 勿論、お星様もお月様も見えやしない。だけどその時の僕は幸せで、無重力の浮遊感に包まれて、ホセとビバリーの存在をまるっきり無視してベッドの上で飛び跳ねていた。
 ベッドを撓ませて体を弾ます僕から距離をおき、黒縁メガネを押し上げるホセ。
 『……利用価値のない駒には興味がありません。では、我輩はこれにて失礼します。お大事に』 
 冷たくよそよそしい口調で別れを告げて、無関心に身を翻す。
 ホセの背中を追うつもりはこれっぽっちもなかった。ホセも二度と振り向かなかった。
 鉄扉を閉じる間際、ホセが小声で呟くのが聞こえた。
 『本来ならばヨンイルくんが花火を打ち上げた日に訪ねる予定だったのですが、道化の馬鹿騒ぎに巻き込まれて致命的な足止めを食らいました。まったく、我輩はツイてない。あの日に君を訪ねていれば今後の予定を変えずにすんだかもしれないのに』
 後半は愚痴だった。
 僅かに後悔の念を滲ませた口調で呟き、ホセはさっさと立ち去った。僕はもう用済みだと背中で告げて。
 大事な客を逃したのに僕は全然ショックを受けてない、残念にも思わなかった。
 結局ホセが立ち去ったあとも一晩中ベッドの上で跳び続けて明け方にはぐったり体力を消耗した。さようならホセ、お元気で。僕は僕の気持ちが赴くまま生きる。辛いこと嫌なことなんて何も思い出したくない、楽しいことだけ覚えていたい。だからこないだの事も忘れた、ヨンイルが花火を打ち上げた夜に僕の身に起きたことを無かったことにした。
 辛い記憶は封印するに限る。
 クスリの力を借りて忘れ去ってしまえばいい、それが僕の基本方針。
 僕はまたクスリ漬けの生活に戻った。
 クスリの使用量は前よりもっと増えた。そりゃもう格段に。
 ビバリーは口うるさく僕に言った、「このままじゃダメ人間になっちゃいますよリョウさん!」と必死にクスリをやめさせようとした。でも、僕は聞かなかった。
 ビバリーうざったい。
 ロンに壊された注射器の他にも当然というか勿論、予備の注射器を隠し持ってた僕は懲りずに堂々とクスリを打ちつづけた。ビバリーの前だろうが関係ない。僕がクスリを打つのを止める権利はビバリーにない。
 ビバリーは注射器取り上げようと必死に僕に掴みかかった挙句、顔面引っ掻かれ生傷だらけになった。
 『リョウさんクスリやめてください、やめるの無理ならせめて量減らしてください!リョウさん最近おかしいっス、こんなんじゃいつか頭がパーになっちゃいます!今はまだ時々素面に戻れるけどじきにあっちに行ったまま戻ってこれなくなる、僕の声も届かなくなる、嫌っスよそんなの、スザンナ失った挙句にリョウさん失うのご免被るっス!』
 『まったくどこまでお人よしなのさビバリーってば、スザンナ殺害したの僕だよ、僕がスザンナ殺したんだよ?見てたでしょ、君の目の前でスザンナ落っことしたの。なのにまだ僕のこと心配してるの、友達ヅラしてクスリやめさせようってムダな努力すんの?ばっかみたい。僕のことなんか放っとけよ、うざいんだよ二ガー、汚い手でさわんなよ!』
 ヒステリックに泣き叫ぶ僕に口汚く罵られ唾吐かれてもへこたれず、ビバリーは真剣に食い下がる。
 僕の肩を掴んで正面に顔を固定、悲痛に思い詰めた目で続ける。
 『スザンナも大事だけどリョウさんも大事だ、壊れたスザンナより生きてるリョウさん優先して何が悪いんスか!?』
 スザンナ命のビバリーらしくもない発言に、一瞬手を止める。
 今しも猫の威嚇音を発しビバリーの顔を引っ掻こうとしてた僕は、その目が涙で潤んでることに狼狽する。
 うるうる涙ぐみながら僕を叱責するビバリー、スザンナへの哀悼の念と僕への友情の間で引き裂かれた悲痛な顔。切迫した様子で説得を試みるビバリーを突き飛ばし、頭から毛布を被り、息を止める。
 うざいうざいうざい、ビバリーなんか消えちまえ。
 僕のことなんか放っとけよもう、心配なんかするなよ。
 頭がぐるぐるする。ビバリーに心配してもらう価値なんか僕にはない。ビバリーは僕には勿体ないくらいイイ奴で、イイ友達で、だからビバリーと一緒にいるのが辛い。ビバリーに優しくしてもらう資格がないことを始終痛感させられ居たたまれない。
 『何も知らないくせに』
 そうだ、何も知らないくせに。
 僕の身に起きたこと何も知らないくせに、友達ヅラすんなよ。
 毛布の中から吐き捨てれば、気配を消して枕元に近付いたビバリーが、しょげかえった様子で呟く。
 『話してくれなきゃなにもわかんないっスよ』
 気弱に萎んだ声。いつも能天気に笑ってるビバリーらしくもない声。僕は毛布の中で息を殺し、ビバリーが去るまで寝たふりを続けた。
 相談なんかできるわけない。
 あんなこと、言えるわけない。
 ビバリーに軽蔑されるのは嫌だ。毛布に包まった僕の枕元でビバリーが動く。床から何かを拾い上げて埃を払う気配。ビバリーが遠慮がちに毛布の端を捲り上げ、僕の横にそっと、それを忍ばせる。
 手足のもげたテディベア。ママからの贈り物。
 『………おやすみなさいリョウさん』
 寝つきの悪い子供をなだめるように毛布の上から背中をさすり、ビバリーが立ち上がる。
 裸電球が消え、房が暗闇に包まれる。
 ビバリーが隣のベッドに潜り込む気配、衣擦れの音。
 ビバリーが隣のベッドに横たわったのを確認、慎重に毛布から顔を出し暗闇に目を凝らす。

 僕に寄り添うように毛布に入ったテディベア。
 労わる手つきでぬいぐるみの埃を払ったビバリー。

 不意に泣きたい衝動に襲われた。目が潤んで視界に水の膜が張った。泣いちゃダメだと自分に言い聞かせ、毛布の中に潜り込み、ぎゅっとテディベアを抱きしめる。テディベアに顔を埋め、嗚咽を堪える。ビバリーに啜り泣きを聞かれるのが嫌でテディベアに噛み付く。
 クスリの副作用のせいか感情のブレが激しくなってる、喜怒哀楽の移り変わりが激しくてすぐに涙がでてくる。
 テディベアを噛んで嗚咽を堪える僕の耳に、毛布越しに声が届く。
 『僕、リョウさんの友達やめませんから。スザンナ殺したリョウさんのこと藁人形五寸釘で打ちたいくらい恨んでますけど、やっぱりリョウさんのこと……好きっスから』
 「その、健全な意味で」と決まり悪げに付け加えてビバリーが寝返りを打つ。こっちに背中を向けたビバリーを一瞥、ぬくもりを貪るようにテディベアを強く強く抱きしめる。
 わかってる。ビバリーが僕を心配してることは十分すぎるほどわかってる。だからこそ、言えないことがある。軽蔑されるのが怖くて内緒にするしかない出来事がある。
 静流の罠に嵌められたことは、絶対に言えない。
 ビバリーがショックを受けるから。
 僕と同じ側にひきずりこんでしまうから。
 僕がいる日陰をビバリーに歩ませたくない。だから僕はテディベアを抱いて口を閉ざす、生まれて初めて出来た友達みたいな存在に嫌われたくなくて嘘をつく、クスリで頭がパーになった演技をする。クスリでイカれた演技をし続けるかぎり僕と静流の秘密は守られる、永遠に。
 そして僕は、安っぽい演技力を総動員してビバリーを騙しぬくことを決めた。

 そのビバリーが消えた。
 食堂で勃発した乱闘騒ぎに巻き込まれて独居房送りになった。もともとビバリーは何も悪くない、ただ巻き込まれただけ、ロンを助けようとしただけなのだから。
 でも、そんなこと誰に説明したらいい?誰に訴えたらいいの?
 目撃者は大勢いる。あの時食堂に居た連中全員が証人だと言っても過言じゃない。ビバリーが手すりから飛び降りた決定的瞬間を目撃した連中は少なくとも五十人を下らない。
 ビバリーが捕まったのは運が悪かったとしか言いようがない。
 あの時どさくさまぎれに大暴れしてたのはビバリーだけじゃない、凱だけじゃない。騒ぎに便乗してストレス発散とばかり大暴れしてた連中は他にも大勢いる、いちいち捕まえてたらきりがない、独居房が定員オーバーになっちゃう。
 ぶっちゃけ僕もその一人。ビバリーがロンを救いに決死のダイブを試みてのち、二階で見物するのに飽いた僕は一階に移動、乱闘に加わった。手近な椅子を振り上げ振り下ろし長机に飛び乗ってダンスをした。
 ……ここだけの話、ちょっとはしゃぎすぎた自覚はある。
 でも、僕と同じ位派手に暴れた連中なら大勢いる。
 その中でロンとビバリーと凱の三人だけ独居房に送られたのは見せしめの意味が強い。暴れた連中片っ端から放り込んでたらきりがないから、代表者三人を罰して事態を収拾させたわけ。
 いかにも「上」が考えそうなことだ。

 いや、違う。
 僕は「見逃された」んだ。

 「ほんとは君もお仕置きされる予定だったんだけど、リョウくんは特別に見逃してあげたんだ」
 今日、ビニールハウスで会った曽根崎に直接そう言われた。ホースで水撒きしてた僕にいそいそ近寄ってきた曽根崎が、ご褒美を期待するワンコのみたいにはっはっと荒い息を吐く。
 「見逃してくれたって、どういうことさ曽根崎さん」
 「リョウくんはビニールハウスの仕事をよくするいい子だから、いつも頑張ってくれてるご褒美に上手く同僚をまるめこんで独居房送りを取り消させたんだ。本当は君も独居房送りになる予定だったんだよ?けど、独居房送りになった三人に君の分まで罪を被せてごまかしたってわけさ。彼らにはちょっと可哀想なことしたけど仕方ない、可愛いリョウくんを無傷で守る為だもの」
 悪びれたふうもなくしれっと言ってのける曽根崎の顔面に、気付けばホースを向けて水をぶちまけていた。
 「手が滑った」と適当言ってごまかした僕は、事件の真相を知って動揺してた。僕の分まで罪を被って独居房に送られたビバリー。ロンと凱はこの際どうでもいい、あいつらがどうなろうが知ったこっちゃない。でもビバリーは同房の相棒だ。僕の大事な友達だ。本人が知らないとはいえ、僕の分まで罪を着せられて独居房送りになったビバリーを見捨てちゃおけない。
 「お願い曽根崎さん、ビバリーを独居房から出して。ビバリー僕の同房なの、僕の友達なの。一週間もあんなとこいたら気がおかしくなっちゃうよ」
 「無茶だよリョウくん、彼ら三人は乱闘騒ぎの主犯なんだから……最低一週間は独居房から出れない決まりになってる。ということは、あと四日の辛抱だね」
 指折り数えて曽根崎がうそぶき、苛立ちが募る。
 あと四日?簡単に言うな。
 あと四日も独居房に閉じ込められてたら頭がおかしくなる。ビバリーは僕を庇って独居房に入れられたも同然。
 焦燥感に駆り立てられる僕を同情たっぷりに見下ろし、「ここだけの話」と曽根崎が耳打ちする。
 「初日に独居房に出された子がいたんだ。ほら、君よりほんの少しだけ背がおっきい、目つきは悪いけど可愛い顔した……」
 「ロン?」
 「そう、彼。所長命令で彼だけ先に独居房を出されたんだけど、また事件を起こして独居房に逆戻り。その事件ってのがなんと」
 思わせぶりに言葉を切った曽根崎が注意深くあたりを見回し、正面に向き直る。
 恐ろしく真剣な表情で、何かに怯えるように声を落とし、口を開く。
 「呼び出された所長室で、所長の頭を写真立ての角でガツンとやっちゃったんだ。その場にいたわけじゃないから実際見てないけど、看守の間じゃ有名な話。囚人の間に広まるのも時間の問題。所長は額に怪我をして、しばらくは囚人の前にでてこれない。乱闘騒ぎの事情聴取に呼び出された囚人がそんな事したもんだからほかの二人までとばっちり食って拘禁期間延びてるらしいよ」
 「マジ?」
 語尾が甲高く跳ね上がる。
 衝撃の事実を知らされた興奮に心臓の鼓動が高鳴る。ロンが所長を殴った?なんだってそんなことを?……決まってる、またレイジ絡みだ。乱闘騒ぎが起こる数分前にレイジが看守数人に連行された。折悪しく行き違ったロンは囚人の揶揄に逆上、椅子を振り上げた。レイジ絡みで乱闘起こしたロンが所長に手を出した理由といえばまたレイジ絡みしか考えられない。
 「一緒に捕まった子達は気の毒だけど、所長の怒りがしずまるまで出してもらえないんじゃないかなあ」
 間延びした口調で曽根崎が推測し、意味ありげな目つきで僕を見る。いやらしい目。何を意味してるかピンときた。
 「ところでリョウくん、庇ってあげたお礼に今日これから……」
 「ごめん曽根崎さん、僕それどころじゃない」
 曽根崎にフェラしてる場合じゃない。強制労働が終わったら即ビバリーに会いに行かなきゃ。独居房送りになってから今日で三日、ビバリーの体調が心配だ。そろそろ気が狂いだしてるかもしれない。
 ホースを握る手が震え、圧迫された口から垂れた水がちょろちょろ足元を濡らす。がっかりした曽根崎に背中を向けて水撒きを続けながら、物思いに耽る。
 ビバリーの為に僕が今できることってなんだろう。
 友達として、何ができるだろう。
 
 強制労働終了後。
 ビバリーのいない房に帰った僕は、夕食前にある人物を訪ねる一大決心をした。
 「僕が帰ってくるまでいい子にしてて」
 テディベアの額にキスし、毛布をかける。もげた手足は綿を詰め、不器用に縫い合わせた。とても元通りとはいかない不恰好な仕上がりだけどこれはこれで愛嬌がある、ということにしとく。
 この三日間で僕が学んだことといえば必死に止めてくれる人間がないとクスリも味気ないってこと。親身に心配してくれる人間がいないと注射器にも手が伸びない。
 ビバリーがいなくなってからというもの、一種の願掛けでクスリを断ってたおかげでだいぶ体調が回復した。僕がクスリをやらずにいい子にしてればビバリーが帰ってくると、「リョウさんただいまっス」と鉄扉を開けてくれるに違いないとむなしく期待して、注射器と覚せい剤を封印したのだ。
 けど、じっと待ってるだけじゃビバリーは帰ってこないと気付いた。
 そして僕は行動を起こすことにした。
 テディベアを寝かし付けて房を出る。
 勝手知ったる廊下を歩き、目指す人物の房へ向かう道すがら、囚人の噂話を小耳に挟む。
 「知ってっか?例の親殺しとサムライが喧嘩別れしたらしいぜ」
 「そうか、ついに来るべきときか来たか。もとからあの二人じゃ無理だと思ったぜ、理屈屋メガネとお堅いサムライじゃあ相性最悪だもんな。今までよくもったほうじゃねえか?サムライの忍耐力あっぱれあっぱれ」
 「いや、原因はサムライのほうにあるらしい。聞いたか?サムライが新しく来た奴と浮気したって」
 「まじ?サムライが?アイツそっちの気あったっけ」
 「先に誘ったのがどっちかわかんねえけど、メガネの房を出て新入りと一緒にいんのは事実らしいぜ」
 「モテるねえ。羨ましい」
 「親殺しの様子はどうだ?サムライにフラれてさすがにへこたれてるか」
 「見た感じいつもどおり、しれっと取り澄まして図書室で本選んでたけどな。気のせいかちょっと痩せたかも」
 「これ以上痩せてどうすんだよ。男にフラれたショックで拒食症なんてしょっぺえな」
 好き放題に噂話をがなりたてながら通り過ぎた囚人を見送り、廊下の真ん中に立ち竦む。サムライと鍵屋崎が喧嘩別れしたことは知ってたから今さら驚かない。僕の足を止めたのは、彼らの噂に出てきた名前。不快感に吐き気を催す名前。噂好きな囚人たちが賑やかに遠ざかったのを確認、激しい動悸を鎮めようと廊下の壁に凭れる。
 ばっかみたい。本人と行き違ったわけでもないのに、動揺してどうするっての?
 自分で自分を嗤おうとして失敗、顔が恐怖に引き攣る。廊下の奥、さっき通りすがった囚人たちが集団で歩いてきた方向から一人の少年がやってくる。さらさらと流れる黒髪、切れ長の目、赤い唇……白鷺のように優美な肢体、清楚な容貌の美少年、静流。
 「!………っ、」
 静流を見た瞬間、体が拒絶反応を起こす。全身に電流が駆け抜ける戦慄。
 壁に背を付けてあとじさった僕に気付き、静流がにっこり微笑む。   
 「ちょうどよかった、これから君の房に行こうとしてたんだ。手間が省けた」 
 気安い口調で言い、僕の前で立ち止まる。ズボンの尻ポケットに手を入れて取り出したのは、茶褐色の小瓶。
 僕の手を取り小瓶を握らせた静流が、耳朶に口を近付け、囁く。
 「このまえ君から借りたクロロフォルム、確かに返したよ。免疫がない相手には効果抜群だった。看守間でも有名なドラッグストアの異名は伊達じゃないね」
 ひんやりした手で僕の手を包み、上下にさする。逃げたくても逃げられない。静流に手を握られた瞬間体が硬直、慄然と立ち竦む僕の全身を冷や汗が流れる。心臓が爆発しそうに高鳴る。眼前の笑顔が記憶に重なる。あの日あの夜僕に手錠をかけて嗤いながら房を出て行った静流、入れ替わりやってきた看守たちに輪姦されて僕は――
 「しず、る。きみ、あのことは誰にも」
 誰にも言ってないよね、と念を押そうとして、唇に人さし指をおしあてられる。
 人さし指で唇を封じた静流が僕を安心させるように微笑み、流し目で周囲に人けがないのを確認。
 僕の唇からゆっくり人さし指を外した静流が、誰もが好感もたざる得ないはにかみ笑いを覗かせる。
 「勿論だれにも言ってない。これからも言うつもりがないから安心して。君が僕に従ってる限りは、ね」
 それは脅迫。
 自分に逆らえばすべてを暴露するという脅迫。
 僕の手に茶褐色の小瓶を預け、上機嫌に歩き出す。僕は小瓶を握ったまま、緊張に乾いた唇を舐めて静流にかける言葉をさがす。僕は静流が怖い。だが、恐怖と同じだけ好奇心を感じてもいる。静流は一体何を企んでいる、何が目的で東京プリズンに来た、クロロフォルムを誰に使用した?……わからないことだらけだ。
 好奇心猫を殺す。
 こないだの一件で身にしみたはずの教訓。
 わかっている、わかっている、好奇心は身を滅ぼすと。それでも僕は声をかけずにいられない、叫ばずにはいられない。内気な笑顔の裏に狂気渦巻く本性を隠し、今もこうして東京プリズンを闊歩する少年の真意を尋ねずにはいられない。 
 「静流、君、サムライに何するつもり?東京プリズンに来た本当の目的ってなんなの!?」
 サムライと鍵屋崎が喧嘩別れした原因もこいつにあると直感、廊下の真ん中に孤独に立ち竦み、遠ざかる背中に呼びかける。
 コンクリ壁に殷々と声が跳ね返る。片手に握った小瓶の中で、液体が揺れる。 
 靴音が止む。静流が立ち止まる。僕の延長線上で振り返った静流が赤い唇を綻ばせ、嘲弄の笑顔を作る。
 「そろそろ本当の目的を話してあげようか」
 清冽に流れる黒髪の奥、邪悪な光を宿した双眸が細まり、毒された本性を醸す。
 僕の目をまっすぐ見据え、漆黒に濡れた目に殺意爆ぜる激情をさざなみだて、おそらくは東京プリズンに来て初めて本心を口にする。
 東京プリズンに来て初めて、心からの願いを口にする。

 「僕が東京プリズンに来たのは帯刀貢を殺すためだ」
 
 僕が見てる前で初めて静流の笑みが消え、おそらくこれが本来の顔だろう虚無が曝け出された。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050530211446 | 編集
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