ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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一話

 俺は死ななかった。
 「殺してやるぜ、半々」
 「俺様の鼻っ柱へし折った代償は高くつくぜ」
 「匙で目ん玉ほじくりだして美味しくしゃぶってやらあ」
 「目ん玉ほじくりだした眼窩に俺のモン突っ込んで脳みそに小便ひっかけてやる」
 俺の手は血に染まっていた。顔には返り血が跳ねていた。薄汚れたシャツの下で胸郭が浅く上下していた。手がまだ感触を覚えている、力任せに椅子を振り下ろして脳天かち割ったのを覚えている。ちょっと見回せば頭から血を垂れ流した囚人が床に昏倒してる、鼻が変な方向に曲がった囚人が悲鳴を上げてる。
 これは、俺がやった。俺がやったんだ。
 レイジを揶揄された怒りに任せて椅子を手に取り振り上げて、目の色変えてとびかかってくる囚人を片っ端から殴り倒した。
 そして俺は今、食堂の隅っこに追い詰められてる。
 怒り狂った囚人どもが、愚かな生贄を血祭りに上げようと目を殺意にぎらつかせ間合いを詰めてくる。
 「―っ、……」
 背後は壁、逃げ場はどこにもない。鼻血で顔面朱に染めた囚人が、ワカメの切れ端を顔に貼り付けた囚人が、狂気に憑かれた憤怒の形相でこっちにやってくる。
 殺気が膨張する。空気が帯電したかのような緊迫感。
 ああ、殺される。
 間違いなく殺される、よってたかって嬲り殺される。集団リンチの餌食になる。恐怖で足が竦む。こめかみがどくどく脈打つ。畜生どうすりゃいい、どうすりゃこのピンチを切り抜けられる?嫌だ、こんなところで終わりたくない、こんなところで死んだらレイジに会えねえじゃんか。レイジに会うまで死ねない、あいつの元気な顔見るまで絶対死ねない。
 けど、どうすりゃいい?
 食堂の隅っこに追い詰められた俺に何が出来るってんだ。鍵屋崎みたいにおつむがよけりゃ起死回生の秘策を閃いたかもしれない、サムライみたいに箸一本で敵に立ち向かうことができりゃこんな風にびびらずにすんだかもしれない。だが鍵屋崎もサムライもいない、助けを期待できない状況下で生き残るにはどうすりゃ…
 「アイキャンフラーイ!!」
 「はあ!?」
 脳天から間抜けな声を発して頭上を仰げば、破壊力抜群の光景が眼底を撃ち抜く。
 二階の手すりを蹴って宙に身を躍らせたのは……ビバリー!?
 「飛び降り自殺か!?」
 「危ねえ、潰されるぞ!」
 手足をばたつかせ落ちてくるビバリーの下敷きになっちゃたまらないと、全員一斉にてんでばらばらな方向に逃げ出す囚人ども。
 あちこちで衝突が起こり囚人がドミノ倒しになり、濛々と舞い上がった埃が視界を閉ざす。足元の床を伝わる振動。埃が晴れた視界に映ったのは、累々と折り重なった囚人どもの上に尻餅ついたビバリー。
 「今のうちに逃げてください、ロンさん!」
 ほぼ無傷の状態で囚人どもの上に不時着したビバリーがこっち向いて叫ぶ。そうか、俺を助ける為に決死のダイブに挑んだのかと合点が行く。ビバリーに礼を言う暇もなく踵を返した俺の行く手に散開した囚人どもが立ち塞がる。
 「逃がしゃしねえぞ!」
 「殺っちまえ!」
 「殺られてたまるか!」
 舌打ち、手のひらに唾を吐いて強行突破の構えを見せた俺の背後から風切る唸りを上げて何かが飛んでくる。反射的に身を屈めてやり過ごした俺の正面、今しも殴りかかってこようと腕を振り上げた囚人の顔面を椅子が直撃、折れそうに首が仰け反る。
 誰だ?
 椅子をぶん投げた奴を確かめようと振り向いた俺は、愕然とする。
 「とっとと行っちまえ、半々!ぱぱっとレイジ連れ戻してこい!」
 凱がいた。頭上に高々と椅子を掲げ鼻息荒く仁王立ち、筋骨隆々たる体躯に怒気を漲らせている。なんで凱が?そもそも凱が俺を助ける理由が見当たらない、そもそもレイジをけなしまくった連中は凱の仲間だったはず。同じ疑問を抱いたらしい凱の子分どもがボスの正気を疑って「凱さん!?」と叫ぶ。
 「凱さん何とち狂ってるんすか、相手は憎き半々、台湾人の血を引く薄汚れた野良っすよ!」
 「ちょうどいい機会だ、レイジに猫可愛がりされてる目障りな半々をここで潰しちおうって俺ら」
 「勝手な真似するんじゃねえ!!」
 大喝一声、凄まじい剣幕で咆哮した凱が渾身の力で椅子を投擲。風切る唸りを上げて宙を飛んだ椅子が床に激突、俺めがけて殴りかかろうとした凱傘下の囚人どもがとばっちりを恐れて机の下に逃げ込む。
 残飯を蹴散らし椅子を蹴飛ばし、気炎を吐いて歩み寄った凱が机の下に無造作に手を突っ込み、頭を抱え込んだ子分を引きずり出す。
 「お前、さっきなんつった?」
 「え、えっ?」
 人間離れした怪力、恐るべき膂力を発揮、片腕一本で囚人を宙に吊り上げる。胸ぐら掴んで宙に吊り上げられた囚人に頭突きを食らわせ、額から血をしぶかせた凱が、爛々と目を光らせる。

 「とぼけんじゃねえ、俺が知らないとでも思ったか。最初から最後までばっちり聞いたぞ。レイジがいないのいいことにアイツのことさんざん馬鹿にしやがって……お前何様のつもりだ?俺の子分の分際で出過ぎた真似しやがって、認めるのは悔しいがレイジは俺を負かして東棟のトップになった男、ペア戦100人抜き成し遂げた最強の王様だ。いいかよく聞け阿呆が、東棟でレイジを悪く言っていいのは俺だけなんだよ、俺以外の誰もレイジを嗤っちゃいけねえんだよ。仮にも俺様を負かした男、俺様が認めた男だ。そいつを馬鹿にするってたこたあ俺を馬鹿にするも同罪なんだぜ、物分りの悪いおちびちゃんよう」

 返り血に濡れた凄惨な形相で啖呵を切る凱に、周囲の連中が息を呑む。
 おちびちゃん呼ばわりされた囚人の顔が恐怖に引き攣るのを冷たい目で確認、大きく腕を振りかぶれば冗談みたいに囚人が吹っ飛び机の上を転がる。頭のてっぺんからつま先まで残飯まみれになって机を転がった囚人が床に転落、完全に沈黙。
 水を打ったように静まり返った食堂を見渡した凱が、ドスを利かせた低い声で命じる。
 「レイジに言いたいことある奴あ俺ん前に出ろ。相手になってやる」
 「凱、お前……」
 まさか凱に助けられるとは思わなかった。俺を一瞥した凱がそっけなく鼻を鳴らし、周囲を威圧するように拳を鳴らした瞬間ー……
 「副所長命令だ、乱闘首謀者を拘束のち独居房に移送!!」
 十数人の看守が食堂に殴りこんできた。食堂に乱入した看守が手近な囚人にとびかかり警棒で打ちのめして取り押さえる、逃げ惑う囚人どもを片っ端から警棒で叩きのめして歯向かう奴と格闘し、あっという間に食堂を制圧した看守が俺のもとへと走り寄る。
 正面に迫った看守が警棒を振り上げ、俺の肩口を殴る。
 「!痛っで、なにすんだ!?」
 「乱闘首謀者はお前だなロン、後で詳しい事情を聞くから独居房で頭を冷やしとけ!」
 首謀者?独居房?肩を庇ってうずくまった俺に看守が覆い被さり床に這わす、背中に回された両手に手錠がかかる。
 視界の端で凱も同じように床に這わされ手錠を嵌められていたが、こっちは看守三人がかりでも手に負えない暴れっぷりだった。凱だけじゃない、俺を助けようとして巻き添え食ったビバリーまでも看守に取り押さえられる。
 「待てよ、ビバリーは関係ねえよ!二階から降ってきただけだ!」
 「安心しろ、お前ら三人とも独居房のお隣さんだ。だれがいちばん最初に発狂するか賭けでもしとけ」
 カッとするが、後ろ手に拘束されたんじゃ殴りかかることもできやしねえ。
 床一面に残飯と食器が散らかりトレイが裏返った食堂では、看守と囚人、囚人と囚人が壮絶な取っ組み合いを演じてる。殴る蹴る噛む頭突くして看守に抵抗する囚人に嵐のように警棒が降り注ぐ、頭といわず肩といわず腹といわず腰といわず警棒に殴打された囚人が豚の鳴き声をあげるー……
 
 俺は、死ななかった。
 そして、独居房に放り込まれた。

 長い長い廊下を引きずられて奥まった区画に連れてこられて、灰色の壁に並ぶ鉄扉の一つに看守が鍵をさしこみ(やめろ)鉄扉が開け放たれて矩形の暗闇が口を開けて(やめてくれ)どん、と背中を突き飛ばされた俺は暗闇の中に(いやだ)……乱暴に閉じた鉄扉、遠ざかる靴音と話し声(行かないでくれ)出してくれ出してくれ……
 「ちゃんと反省したら出してやるよ」
 「一週間後にな」
 最後に聞いたのは看守の笑い声。
 俺は、死ななかった。
 独居房に放り込まれてもまだ生きていた、発狂寸前で踏みとどまっていた。生まれて初めて放り込まれた独居房は想像以上に酷い場所だった。反吐と糞尿が入り混じり発酵した汚物の匂いが立ち込めた暗闇、低い天井と左右に迫り出した壁が閉塞感を与える矩形の空間。寝返りを打つのも困難な窮屈な場所。
 発狂したい。
 今すぐ発狂したい発狂したい何も感じたくなりたい飢えも寒さも孤独も何も感じたくなりたい麻痺したい。
 噂に聞いてた独居房は、噂以上に酷い場所だった。
 こんな所で一週間も耐えられるわけない。身じろぎするたび金属の手錠と手首の皮膚が擦れて痛い。
 「開け、ろ」
 芋虫みたいに体を伸縮させ、床を這いずる。ズボンの膝が茶褐色に汚れる。真っ暗だ。何も見えない。瞼を開けても閉じても同じ絶望的な暗闇、レイジも体験した暗闇。
 レイジはほんのガキの頃、同じ体験をした。一条の光も射さない暗闇に閉じ込められて差し入れの缶詰だけで飢えを凌ぎ生きながらえた。だが、俺は無理だ。まだたった半日かそこらだってのにここから逃げ出したくて必死で出たくて必死でそれ以外のことなんか何も何も考えられなくて発狂一歩手前のとこまで来てる。
 「開け、ろ。反省した、から……」
 軽く咳をする。喉が痛い。風邪が悪化したらしい。嗄れた声で訴えかけるも応答はない。膝這いで扉に近付き、手が使えないから額で小突いてノックする。返事はない。廊下に人の気配はない……誰も居ない。その事実を受け入れるのに時間がかかる。
 一体いつになりゃ出してもらえる、あと何時間経てば出してくれるんだ?このままここにいたら鼻が死ぬ、尿意で膀胱が破裂する。
 凍えた暗闇の底、糞尿と反吐に塗れてひたすら孤独に耐えるうちに時間の感覚が狂いだす。今が朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。
 嫌だ、こんなの本当におかしくなる、狂っちまう。
 ガキの頃お袋にクローゼットに閉じ込められた時と同じ、いや、それ以上の恐怖。再び扉が開く確証はない、助けが来る保証はない。最悪このまま放っとかれて死んじまうかもしれない。
 レイジ。
 「どこにいるんだよ」
 会いたい。
 畜生、なんでこんなにことになったんだよ。レイジと引き離されて独居房に放り込まれてアイツを助けに行くこともできなくて、このまま凍え死にしちまうのか?
 嫌だ、レイジに会わずに死ねるか、アイツの無事確認せずに死ねるか。体の奥底から突き上げる衝動のままに鉄扉に体当たりする、固く閉ざされた鉄扉をぶち破ろうと虚しい努力を積み重ねる。
 こんなとこで時間食ってる暇はない。俺はレイジの相棒だ、アイツを助けにいかなきゃならないんだ。
 ガン、ガン。鉄扉が鳴る。
 「開けろよ。だれか、だれかいるんだろ?だれもいないのかよ。なあ看守、だれでもいいからここ開けてくれよ、レイジのとこ行かせてくれよ。あいつ俺がいなきゃ駄目だから、俺がついててやらなきゃ駄目だから、俺が……」
 肩口から鉄扉にぶつかる。ガン、ガン。廊下に人の気配はなく、喉から搾り出した声がむなしく吹き抜ける。
 今頃どうしてるんだ、レイジ。
 力尽き鉄扉に凭れ、瞼の裏側にレイジの面影を呼び起こす。
 能天気に笑うレイジ、胸に輝く十字架……
 全身を悪寒が駆け抜ける。
 体がぞくぞくする。背中に氷柱を突っ込まれたみたいだ。
 レイジに会いたい。あたためてほしい。
 「…………っ………!」
 鉄扉に額を預けてずり落ちる。レイジをひとりにするんじゃなかった、房を出るんじゃなかったと今更後悔が押し寄せる。
 俺はまた、何もできなかった。
 俺がいない間にレイジはまた所長に呼びだされて連れてかれちまった。なんでついててやらなかったんだよ、相棒の癖に。
 血が滲むほど唇を噛み締め、自分の無力を呪う。レイジ頼むから無事でいてくれ、俺が行くまで無事にいてくれと目を閉じ一心に祈る。
 二重の暗闇に包まれた視界に浮かび上がるレイジの笑顔。
 絶対ここを出なけりゃ、ここを出て助けに行かなきゃ。
 糞尿垂れ流しの暗闇で嘆いててもはじまらない、めそめそ泣き言言っててもしょうがない。弱気な自分を叱咤して顔を上げた俺は、廊下を歩いてくる靴音に気付く。誰かがこっちにやってくる。
 誰だ?看守か?期待と不安に動悸が速まる、耳の奥に鼓動を感じる。
 苦しい体勢から首を伸ばして鉄扉を仰ぐ俺の正面で靴音が止み、下部に設けられた鉄蓋があがる。 
 「喜んで。『君の餌』を持ってきたよ」
 どこかで聞いたことのある声だ。鉄蓋を持ち上げて突っ込まれた食器にはリンゴの皮が盛られていた。これが餌、か。冗談きついぜ。
 「元気だして。いい子にしてればそのうち出してもらえる、それまでは僕が世話してあげるから……」
 「お前、曽根崎か」
 ねちっこい口調にピンときた。ビニールハウスで会った看守の顔を脳裏に思い浮かべて声をかければ、扉越しの相手が感激する。
 「僕のこと覚えててくれたのかい?嬉しいな、そうだよそのとおり、僕はビニールハウス担当の曽根崎だ。僕も君の事はよく覚えてるよロンくん、リョウくんのお友達。実は君が独居房に入れられてるって聞いて自分から動物園の餌係買って出たんだ。ほら、どんな凶暴な動物だって自分に餌くれる人間には懐くって言うでしょう?それで……」
 調子に乗って話し続ける曽根崎を無視、短く言う。
 「ここを開けろ」
 「駄目」
 あっさり断られた。憮然と黙り込んだ俺の機嫌をとろうとでもいうのか、気色悪い猫撫で声で曽根崎が畳みかける。
 「出してあげたいのはやまやまだけどそんなことしたら減棒されちゃう。可哀想だけどあとちょっとの辛抱だ、大人しくしてたらすぐに出してもらえる」
 カチャンと金属音がして再び鉄蓋が開き、一条の光が射しこむ。
 曽根崎が食器を出し入れする口から片手を突っ込み、俺の髪をかきまぜる。
 気色悪い手つきで髪に指を絡められ、ぞっとする。
 激しくかぶりを振って曽根崎の手を払い、必死に食い下がる。
 「レイジが、俺の相棒が連れてかれたんだ。今頃酷い目に遭わされてるんだ。俺がここ出る頃にはアイツ壊されてるかもしれない、手遅れになってるかもしれねえ。だから頼む曽根崎、ここから出してくれ!レイジに一目会わせてくれ!売春班の時もペア戦の時も俺はいっつもあいつに助けられてばっかで何ひとつ返せなくて、あいつが看守に連れてかれた時も何もできなくて……畜生、こんな相棒いらねえよ、ただの足手まといじゃんかよ!!わかってるよ俺が役に立たないことくらいレイジの足引っ張ってることくらい、でもそれでもここ出たいんだ、アイツを助けに行きたいんだ!アイツのことが心配でいてもたってもいられないんだ、アイツに会いたくて会いたくて気が狂っちまいそうなんだよ!!」
 俺は役立たずの足手まといだ。レイジに迷惑ばっかかけてる。
 でもそれでもどうしようもなく、俺はレイジが心配だ。
 扉の向こうから戸惑いの気配が伝わってくる。もう一息だ。深呼吸し、切り札をだす。
 「……ここから出してくれるなら何でも言うこと聞く。しゃぶれって言うならしゃぶる。だから、」
 曽根崎が息を呑む。口の中に苦いものが広がる。
 俺は、最低だ。独居房から出るには手段を選んでられないと自分に言い聞かせて男のプライドを売り渡した。お前のモンしゃぶってやるから慈悲を垂れてくれと懇願した自分に吐き気がする。
 鉄扉の向こう側で曽根崎が逡巡する。
 扉を開けようか開けまいか迷ってるらしい。
 俺の口は、勝手に言葉をつむぐ。
 「鍵穴に鍵さしこんでちょいとノブ捻るだけでいいんだ、そしたら天国にイけるんだ、悪い話じゃないだろ。リョウと俺、どっちがフェラ上手いか比べてみろよ。知ってるか曽根崎さん、俺のお袋池袋有名な娼婦なんだぜ。俺は生まれついての淫売の息子ってワケ。男悦ばす手管ならリョウに負けねえ、喜びいさんであんたのペニスしゃぶってやるよ。口ん中でイチゴ転がすみたいに、な」
 曽根崎に見えないのを承知で口から舌を出し、挑発する。曽根崎が決意し、腰の鍵束を探る。鍵束から一本を選別、鍵穴にさしこむ…
 「餌やりは終わったか、曽根崎」
 「「!!」」
 じゃらり、と音がした。曽根崎の手が滑り、鍵束が触れ合う音。扉の向こう、後からやってきた看守が不審げに曽根崎の手元を覗きこむ映像が脳裏に浮かぶ。
 「おおおおおおおお終わったとも。それが何か?」
 「乱闘の事情聴取したいから独居房から出せとのお達しだ。けっ、運がいいぜ。本当なら一週間は入れときたかったんだがな」
 耳を疑った。曽根崎のモンをしゃぶらなくても出られることに歓喜、期待に胸高鳴らせて扉が開くのを待つ。
 扉が開き、暗闇に慣れた目を廊下の光が射る。眩しい。廊下に突っ立った二人の看守のうち遅れて来た右側の看守が悪臭に顔を顰める。
 胸郭を膨らませ、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。悪臭に麻痺した嗅覚が正常に戻る。独居房に踏み入った看守が乱暴に俺の腕を掴み、引きずり出す。
 背後で鉄扉が閉まる。
 俺の腕を掴んで立ち上がらせ、看守が耳朶で囁く。 
 「所長直々にお呼びだ。たっぷり絞ってもらえよ」
 「所長が?」
 「本当は副所長がやるはずだったんだが、直接お前に面会したいと言い出してな。急遽所長室で事情聴取が行われる羽目になった。食堂で乱闘起こした危険分子のツラをとくと拝みたいんじゃねえか?『上』の考えるこたあよくわからねえがな」
 看守が自嘲的に笑う。曽根崎はそわそわする。俺に口八丁で乗せられて鍵を開けようとしたことがバレないか心配してるらしい。……小心者め。
 いやな、予感がする。なんで俺が直接呼ばれたのか腑に落ちず暗澹とする。その一方所長室にはレイジもいるはずと僅かな希望が芽生え、再会の期待が高まる。
 今度こそレイジに会える、この目で安否を確かめられる。
 相棒に会える喜びを噛み締める俺の腕を引っ張り、看守が大股に歩き出す。
 「その前にシャワー室だ。そんななりで所長室に行かせるわけにゃいかねえからな」
 頭のてっぺんからつま先まで糞尿と反吐にまみれた俺から顔を背け、看守は苦々しく吐き捨てた。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050602134229 | 編集
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