ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十五話

 誰かがうなじをくすぐってる。
 「ん……」
 くすぐったい、むず痒い、けどそれだけじゃない説明するのが難しい微妙な感覚。
 他人の手に触れられても不快じゃないのは俺のうなじを撫でてるヤツに心当たりがあるから。朝っぱらからこんなことするヤツは一人っきゃいない。レイジだ。
 お袋は敬虔なキリスト教徒のくせに父方の血が濃いのか愛情表現過激、スキンシップ過剰な相棒には毎度うんざりさせられる。
 額にキスされたり腋の下くすぐられる位ならまだしも時々服の中に手え突っ込んでくるから油断も隙もない。
 ここだけの話人には言えない場所をまさぐられて飛び起きるのも日常茶飯事、特に体を許してからはスキンシップがより過激に過剰になった、気がする。
 図体でかいくせして俺の寝床に潜りこんで来るのはやめろ押し出されるだろうがと一喝しても本人はてんで聞く耳持たず、「だって俺フィリピン生まれの冷え性だしロンの人肌ぬくいしちょうどいい抱き枕なんだよ」とか意味不明な反論される。
 断っとくがレイジの人間抱き枕になった覚えはない。全然これっぽっちもない。何が哀しくてむさ苦しい男と一つベッドで寝なきゃいけないんだと自分の境遇が呪わしくもなる。 
 誰かがしつこくうなじをくすぐってる。
 「!ふっ、あ……やめろ、くすぐってえよレイジ。しまいにゃ怒るぞ」
 寝ぼけ声で抗議、レイジの手から逃れようと寝返りを打つ。
 不覚にも感じちまったじゃんか、畜生。レイジに抱かれてからというもの体のあちこちが神経過敏になってる。特に人体の先端が刺激は弱く、おちおちうなじを晒して寝ることもできない。
 自慢じゃないが俺は寝相が悪く、夜のうちに毛布蹴飛ばして上着はだけちまうのが常だがそうすると貞操が危うい。無意識に腹も掻けやしねえ。
 レイジの隣でべろりと上着捲ってヘソさらけだそうものなら、朝起きたら下着脱がされてたなんて最悪の目覚めを迎える事になりかねない。
 だが、指はしつこく追ってくる。俺の急所を狙って後ろ襟の内側に潜り込んだ指が蠢き、くすぐったい快感を伝えてくる。
 俺が猫だったら喉をゴロゴロ鳴らしてたに違いない。猫じゃなくて良かった。刷毛みたいで擦るみたいにうなじを擦られ、悪寒と紙一重の快感がぞくりと背筋を駆け抜ける。
 「ふっ、く………あっ、あ」
 口から変な声が漏れる。体が勝手に反応する。レイジの愛撫で感じてたまるかと反発しても生理現象には逆らえない。レイジに抱かれた夜以来、自分でも持て余すくらいに体が敏感になってると認めざる得ない。
 ちょっと首の後ろを擦られただけでコレだ。
 しっかりしろ、俺。情けねえ。これ以上レイジを調子づかせるのは癪だ。
 うなじをねちっこく攻めていた指が、首沿いに滑り落ちる。
 指の火照りが肌に伝わり、おぼろげな快感が淫蕩な熱へと変わる。
 首筋を下りた指が鎖骨の上で踊る。
 鎖骨の窪みを辿るように弧を描く指………レイジの奴、調子乗りすぎだ。俺が寝ぼけてると思っていい気になりやがって。俺の素肌を撫でてた手が、下腹部をめざして淫猥に這い下りていく。
 貧相に薄い胸板、痩せた腹、そして……
 「う、あっく……っ」
 体が熱い。息が上がる。
 股間をめざして這い下りた手が、ズボンの内側に侵入する寸前で停止。
 『不要這様……熱……色鬼……』
 涙に潤んだ目で俺に覆い被る男を見上げる。
 意識は覚醒してるが、体がだるくて言うことを聞かない。変だ。喉の奥が焼けてるみたいだ。火の粉を吸い込んだみたいな違和感が喉の奥で膨れ上がり、涙目で咳をする。
 体がぞくぞくするのは風邪をひいたせいか?そこまで考え、熟睡してる間に自分の身に起きた異状を察する。薄い胸板を手で探ってみて、上半身に何も身につけてないことを再確認。
 急速に意識が覚醒、毛布を蹴飛ばして跳ね起きる。
 「おはようございます、ロンくん」
 上半身裸で跳ね起きた俺を迎えたのは、ホセ。
 きっちり七三に分けた髪の下には秀でた額、凛々しい眉、ラテンの血が濃い彫り深い目鼻だち。
 爽やかに挨拶したホセと自分のカッコとを見比べ、全身から血の気が引く。
 俺にのしかかったホセは非常識にも黒いビキニパンツ一枚っきゃ穿いてなくて、ぴっちり股間を覆った布地の下ではレイジのそれよかご立派なブツが存在を主張してる。
 これ突っ込まれたら痛いだろうな、と下世話な方向に傾きかけた思考を軌道修正、一糸纏わぬ上半身を探って凍り付く。
 「おま、えっ、何、なんだよこれホセお前俺が寝てる間になにしたんだ、上着、俺の上着はどこやったんだよ裸に剥きやがって!?ひとが正体なく眠りこけてる間に上着脱がして何する気だったんだこの変態、お前も残虐兄弟のお仲間じゃねえか!?」
 強姦された女みたいに二の腕を抱いてあとじさりがてら、下半身を見下ろして心底安堵。
 良かった、穿いてる。
 ズボンと下着まで奪われてたら卒倒するとこだった。て、待てよ。ここにホセがいるってことはここはホセの房でさっきまで俺のうなじ弄くってた犯人は……
 ホセ?!
 「見損なったぜラテン七三メガネ!愛妻家ってのは世を忍ぶ仮の姿で本性はラテンのリズムで女を口説く色事師かよ、永遠の愛誓ったワイフ裏切って心痛まねえのか、そもそも娑婆で帰りを待つワイフってのも嘘っぱちで実は独身なんてオチじゃねえだろうな!?ああもう絶望した、絶望した!お前にゃがっかりだホセ、まがりなりにも俺に特訓つけてくれたコーチだって信頼してたのにっ……」
 「落ち着いてくださいロンくん」
 「言い訳すんな!」
 「上着は最初から着てませんでしたよ」
 え?
 ホセの指摘に記憶が蘇る。
 そうだ、俺は最初から上着を着てなかった。上半身裸で房を飛び出てきたんだ。そして上半身裸でほっつき歩いてるところを残虐兄弟に襲われて……
 押し倒された床の冷たさ、顔にかかる吐息、瓜二つの残虐兄弟。
 あの時もしホセが通りかからなきゃ俺は犯られてた。
 ホセは命の恩人だと認識を改めたそばから感謝の念を打ち消すように意識が途切れる寸前の出来事がよみがえり、下腹部に違和感を感じる。こぶしで殴られた衝撃で腹がひりひりする。ホセの拳は人体の急所を的確に捉えた。俺は一発で気を失って、そして……
 それからどうした?
 「そんな目で見ないでください。レイジくんと勘違いされてたようで、反応が面白くて、つい……すいません」
 ベッドパイプに背中を凭せ掛け、毛布を膝まで引き上げあたりを見回す。内観は何の変哲もない房だ。閉塞感を与える低い天井、灰色のコンクリ壁、壁際のパイプベッド。俺の房とどこも変わらない……いや、違う。壁の至る所にべたべた貼ってある写真が違和感の源だ。手近の壁に貼ってある写真に目を凝らした俺は被写体が若い女だと確認、情熱的な美貌に目を見張る。お袋といい勝負の美人。
 「紹介します。我輩ホセの最愛のワイフ、カルメンです」
 ホセが頬を染める。
 「……実在したのか」
 「どういう意味ですかそれは」
 壁のあちこちに同じ人物の写真を貼ったさまは壮観だった。四面の壁を埋め尽くす写真を眺め、呆然と口を開けた俺の反応をどう解釈したか、大仰な身振り手振りを交えてホセが主張する。
 「ふふ、ウブなロンくんはワイフの美貌に卒倒せんばかりですね。しかし寂しい夜のおともにワイフの写真を所望されても応じかねますので悪しからず。たとえ写真といえど最愛のワイフを売り渡すなど悪魔に魂を売るにひとしく許されざる行い、ワイフの微笑みは永遠に我輩の物、他の男には指一本触れさせるものですか!!あ、半径1メートル以上近付かないください。指紋つけたら殴り殺します」
 慌てて手を引っ込める。
 四面の壁を埋め尽くす写真から目を逸らし、ベッドの端っこで膝を抱え込む。
 「つまりここは南棟のお前の房ってわけか」
 昨日ホセに殴られた腹を無意識に庇い、顔を顰める。
 「で、俺の腹殴る理由がどこにあんだよ」
 「我輩が殴った?」
 「とぼけんな」
 「とぼけてなどおりません。我輩は廊下で倒れたロンくんをここまで運んできただけ、断じて殴ってなどおりませんが」
 心底困り果てた顔で俺を見つめるホセに狼狽する。まさか。俺は昨日ホセに殴られた。腹に一発食らって気を失った。ホセに殴られた腹はまだひりひりするのに、当の本人があっぱれな態度ですっとぼけやがる。
 「嘘つけよ!俺の腹サンドバックみてえに殴ったくせにすっとぼけてんじゃねえ、ボクサーの拳は凶器だって知らねえのか!?」
 「どうやら記憶が混乱してるようですね。無理もない、昨夜倒れたときは熱で意識が朦朧としてましたから……強姦未遂を働いた二人組がしたことと我輩がしたことがごっちゃになっているのでしょう」
 ホセがしれっとうそぶく。こいつ、あくまでとぼける気か?シラを切り通すホセに激怒、真正面から殴りかかるも拳がすかっと空を切る。視界が霞み、対象と手元の距離感が狂う。体が言うことを聞かない。ホセの顔面を殴ろうとした拳がへろへろと頼りない軌道を描いてシーツに不時着、腕を振りかぶった反動でバランスを崩した俺はそのままベッドに突っ伏す。
 「くそ、力が入らねえ……」
 「朝一で医務室に行くのをお勧めします。我輩の見立てによると熱は三十七度以上、今日一日は安静にしてないと肺炎を併発します」
 「風邪で強制労働サボれりゃ苦労しねえよ。ここをどこだと思ってるんだ、悪名高い東京プリズンだぜ」
 「我輩を誰だとお思いで?レイジくんに南のトップを追われたとはいえ隠者の権勢はいまだ衰えず、イエローワークの看守に掛け合って一日休みを貰ってあげます」
 ベッドに倒れ込んだ姿勢から上目遣いにホセの表情を窺う。善良そうな顔。昨日ホセが俺を殴ったのは何かの間違いじゃないか、という疑惑が脳裏をかすめる。ホセの言う通り、残虐兄弟がやったこととごっちゃになってる可能性が否定できない。
 そうだ。きっとそうだ。
 行くあてない俺を一泊めてくれた上に看守に掛け合って休みを貰ってくれると宣言したホセが、どてっ腹に一発くれる理由が見当たらない。俺はきっと熱で意識朦朧としてたせいで勘違いしたのだ。ブラックワーク参戦した時は血も涙もねえ鬼コーチと呪ったこともあったけど、医務室じゃ親身に俺の相談に乗ってくれたホセが、レイジとすれ違って意気消沈してた俺を叱咤してくれたホセがボディーブローなんてかますはずない。
 そう言い聞かせて疑念を打ち消そうと努めるも、昨夜見た邪悪な笑みを忘れられず、慎重に問う。
 「……ホセ、本当だよな。嘘じゃねえよな」
 「勿論ですとも」
 生唾を飲み込み、ホセを見つめる。黒縁メガネの奥の目は知性を感じさせる。
 『手駒は多いに越したことない』
 意味深長な独白が耳の奥にこだまする。昨日の『あれ』は高熱が見せた幻覚だったのか?意識を失う寸前の記憶は朦朧として嘘かまことか判別つかない。軽くウェーブした前髪を額に垂らしたホセが情熱的なラテン男に変貌、俺を「手駒」と呼んだのも……
 「ワイフに誓えるか?」
 ホセが一瞬押し黙り、すぐまた笑顔になる。
 「誓えますとも」
 壁の写真を一瞥、厳粛に頷いたホセに安堵する。ワイフに誓って真実だというならもう信じるっきゃない。愛妻家に乾杯。とはいえ若干腑に落ちないものは残る。ホセの笑顔を額面どおり受け取れず、善意と悪意の境目が微妙な言動に付き合うのに疲れた俺は、東棟に帰ることにする。
 「……俺、東棟に帰る。今から帰りゃ朝飯に間に合う」
 「今日一日は安静にしてなきゃ駄目ですよ?」
 「気安くさわんな」
 額におかれた手を邪険に払いのけ、スニーカーをつっかけて房を突っ切る。背中に視線を感じる。房の中央に佇み、俺を見送るホセの視線。ノブに手をかけ押そうとして、もう一つの疑問に行き当たる。
 「ホセ。お前昨日、服貸してくれたよな」
 「はい、お貸ししましたが」
 「それじゃ何で俺、今朝起きたとき上着着てなかったんだ?」
 おかしい。やっぱりおかしい。矛盾だらけの言動に不審感を煽られノブを握り締めて振り向けば、ホセがおどけたように首を竦めてみせる。
 「我輩実は冷え性なのですよ。昨夜は少々カッコつけてロンくんに上着をお貸ししましたがじきに耐え切れなくなり、君が眠ってる間に返してもらいました。ああ、心配はいりません。ロン君のことは一晩中我輩がつきっきりであたためてあげましたから」
 一晩中、つきっきりで?
 不穏な単語に顔が強張る。得意げに胸を張るホセにそれ以上は突っ込めず、逃げるように房を出る。
 乱暴に鉄扉を閉じて凭れかかれば、夜明けの冷気が足元から忍び寄ってきて身震いする。
 ホセの前じゃ懸命に堪えていたがとうとう我慢しきれず、豪快にくしゃみをする。
 貧乏くさく鼻水を啜り上げて歩き出し、心の中で恨み言を吐く。
 風邪をひいたらホセのせいだ。

 結局医務室には寄らなかった。
 ホセの言葉を鵜呑みにしていいかどうか迷ったが、あいつが俺を騙す理由もないだろうと当面は信用する、ことにする。
 東棟の廊下にはちらほら早起きの囚人が沸いてて、上半身裸の俺に向けられる視線が痛かった。
 まさかこのカッコで食堂に行くわけにもいかず、覚悟を決めて房の鉄扉を開けたがレイジはいなかった。
 先に食堂に行ったのか?
 玩具入れたままで?
 レイジと会わずにすんで安堵したのと落胆したのと半々の気持ちだ。昨夜脱ぎ捨てた状態のまま床に落ちた上着を手に取り、袖を通す。
 これで良し。ボロボロに汚れた囚人服でも素肌を覆えるだけ有難い。
 囚人服の上下を身につけ、早速食堂に向かう。
 ちょうど起床時刻が来て廊下には囚人が溢れ返っていた。雑踏に揉まれて食堂に辿り着いた俺は、熱をもちはじめた喉に手をやり、軽く咳をする。喉がいがらっぽい。扁桃腺が腫れてるのかもしれない。
 喉に来る風邪は厄介だなと顔を顰め、食堂を見渡す。
 風邪のせいで食欲がないのに食堂にやってきたのはレイジの無事を確認したいから。鍵屋崎とサムライの様子を確認しておきたかったから。食堂に来れば会えるはずだと漠然と予感して足を運んできたものの、俺たちがいつも座ってるテーブルには先客いなくてこれ幸いと違う奴らが陣取ってる。
 レイジは?鍵屋崎は?サムライは?
 三人とも姿が見えず当惑する。誰かレイジを見なかったかと通りすがりの囚人に聞きたかったが、半々と忌み嫌われる俺が追いすがったところで邪険にされるのがオチ。
 食堂の真ん中に途方で暮れて佇む俺のもとへ、軽快な足音が近付いてくる。
 「おはよう」
 爽やかな挨拶に振り向けばトレイを抱えた静流がいた。
 「酷い顔色。具合が悪そうだけど、房で寝てなくていいのかい?」
 「お前、レイジ見なかったか?」
 「レイジ……ああ、いつも君と一緒にいる茶髪の彼か。さっき食堂で見かけたよ」
 「本当か!?」
 思わず声が跳ね上がる。
 発作的に肩を掴んで詰め寄れば、手からトレイに振動が伝わって味噌汁が零れ、静流が「ああ、もったいない」と嘆く。優美に眉をひそめて咎め立てる静流には構わず、乱暴に肩を揺さぶる。
 「あいつどうしてた?食堂にいたってことは房からここまでちゃんと歩けたんだな、一人でやって来れたんだな?レイジ見かけたってそりゃ何分前の話だ、五分前なら行き違ってたかも……」
 「テーブルに突っ伏してぐったりしてたよ。居眠りでもしてたんじゃないかな?朝餉にもろくに箸をつけてなかったし、遠目には具合が悪そうだったけど……ひょっとして彼から風邪を伝染されたの?夜長の退屈しのぎに肌を重ねるのはいいけど、口移し体移しで風邪を貰ったんじゃいい迷惑だね」
 「―――!!っ、」
 肩に爪が食い込む。レイジのことを何も知らねえくせに勝手なこと言うな、一晩中どんなにか苦しんだか知らねえくせに!静流は冷笑とも憫笑ともつかぬ笑みを浮かべて俺を眺めている。
 上品な仕草で肩にかかった手を払い、美しく背筋が伸びた姿勢で歩き出した静流に声を荒げて食い下がる。
 「待てよ、レイジは今どこにいるんだよ!?」
 「今さっき看守に連れてかれたよ。どこに行ったかまでは知らない。そのうち戻ってくるんじゃないかな」
 「鍵屋崎とサムライは……、」
 静流が立ち止まる。
 食堂の喧騒からそこだけ切り離されたような静寂に包み込まれて静流の背中と対峙した俺は、不吉な胸騒ぎに襲われる。
 「直くんは知らない。今朝方帰って来たと思ったらすぐまた走り去ってそれきり行方知れず。貢くんは……」
 くすり、と奥ゆかしい笑いを漏らす。
 「昨日は一晩中僕の下で喘いでいたから、千々に乱れた寝床で情事の余韻に浸っているんじゃないかな」
 振り返り際静流と目が合い、戦慄する。
 静流は驕慢に笑っていた。細めた双眸に覗くのは侮蔑の色、自分の本性をとうとう見抜けなかったサムライを憐れむ色。
 しなやかに身を翻した静流が遠ざかっていくのを間抜けに突っ立って見送り、弾かれたように食堂を見回す。レイジがいない、鍵屋崎がいない、サムライがいない。だだっぴろい食堂に俺以外誰もいない。
 俺の中で何かが切れた。
 名伏しがたい衝動に駆り立てられ、トレイを運ぶ囚人に肩をぶつけて走り出す。無尽に張り巡らされた通路から通路へと駆けてレイジと鍵屋崎とサムライを捜す、残飯が散らかった通路を忙しなく行ったり来たり何往復もして仲間を呼び求める。
 「どこにいんだよ、レイジ、鍵屋崎、サムライっ!!」
 返事はない。俺の叫びは喧騒に紛れて消えていく。
 それでも諦めれきれずレイジと鍵屋崎とサムライの名をくりかえし呼ぶ、喉擦り切れるまで呼び続ける。声が掠れ、喉が腫れる。喉を酷使したせいで風邪が悪化、咳の間隔が短くなる。テーブルに片手を付いて激しく咳き込む俺を一瞥、そばの囚人が露骨に舌打ちする。
 「こっち来んな半々、風邪が伝染るだろうが」
 「しっしっ」
 「唾とばすなよきったねえな」
 「首にネギでも巻いて寝てろよ」
 ひりつく喉を庇い、足をひきずり歩き出す。レイジがいないことはわかった、看守に連れてかれたのは事実だろう。
 でもじゃあ鍵屋崎とサムライがいないのは何故だ?おかしいじゃんか、こんなのって。テーブルに縋って立ち上がり、俺たちがいつも座ってるテーブルに接近。俺たちがいつも座ってるテーブルに陣取ってたのは凱のグループの末端、中国系の囚人。
 バカ話に興じながら飯を食ってるそいつらの正面に立ち塞がり、ガンを飛ばす。
 「お前ら、そこは『俺たち』の席だぞ。誰に断り入れて座ってんだ」
 唐突に笑い声が止む。俺たちの席に座ってた囚人が不快感もあらわにこっちを見る。
 「お前らがそこにでけえケツ据えてたら、鍵屋崎が座れないだろ。サムライが床で飯食う羽目になるだろ」
 「文句あんのか半々。あんなら力づくでどかしてみろよ」
 レイジの席に大股開いて座った体格の良い囚人が黄ばんだ歯を剥いてせせら笑い、仲間が追従して笑う。
 俺たちがいつも座ってるテーブルを占領したそいつらは、わざと見せ付けるように足を開いて椅子を挟み、調子に乗って続ける。
 「いいじゃんか別に、レイジがいねえんだから」
 「いや、ついさっきまで居たか。ぐったりテーブルに突っ伏してたところを看守に拉致られて所長室に強制連行だと。何やらかしたんだろうな、王様は」
 「お前知らねえのか?」
 「知らねえって何を」
 「新しく来た所長が王様にご執心だって噂。一昨日無理矢理連れてかれたのも所長直々に調べたいからだそうだ。今頃は体の裏も表も調べられて剥製にされて所長室に飾られてる頃だろうさ」 
 「ケツの穴の中まで調べられてるんだとよ」
 「マジかよ!?」
 「お前レイジの喘ぎ声聞かなかったのか?近所の奴は一晩中眠れなかったとよ。房に帰されてからずっと悲鳴だか喘ぎ声だか上げ続けて、看守から聞いた話じゃ……」
 「やめろ」
 低い声で制止する。やめろ、その先は言うな。
 祈るように呟いた俺を無視、味噌汁を一気飲みした囚人が手の甲で顎を拭う。
 「所長室の外で見張ってた看守の話じゃ随分ごさかんだったみたいだぜ。レイジを裸にして鞭打った挙句にケツにローター突っ込んで帰したってもっぱらの噂だ。ああ畜生っ、レイジの隣の房の奴が羨ましいぜ!一晩中艶っぽい喘ぎ声聞けて射精しまくりなんて羨ましい、いやいっそ同房なら良かったのか、ええっ、どうだ半々一晩中レイジがイくとこ見てヌいた感想は?一体どんなエロいカッコしてたんだレイジは、上の口からも下の口からも涎垂らしてひィひィよがり狂ってたんじゃねえのかよ?あひゃひゃひゃひゃ、想像だけで勃ちまったぜ!
よう半々、お前実はケツにローター突っ込まれてよがり狂うレイジ見て興奮したクチだろう?びんびんに勃起しちまったクチだろう?」
 机を平手で叩いて哄笑する囚人に刺激され、周囲のテーブルの囚人までもが笑い転げる。
 「レイジを犯った感想はどうだ半々」
 「ローターでこなれたケツはさぞ使い勝手良かったろうな、羨ましい」
 「今度レイジがローター入れて帰って来たときは右隣の俺も呼んでくれよ。一緒に楽しもうじゃんか」
 うるさいうるさいうるさいうるさいうるせえ。
 笑いすぎた囚人が腹を抱えて床に転落、けたたましい音をたて椅子が倒れる。
 「お前のチンポじゃ王様だって物足りねえだろ。なあ、持つべきものはご近所さんだ。今度レイジが帰ってきたら仲良く3Pしようじゃんか。一晩中喘ぎ声聞かされちゃこっちの身がもたねえよ。すっげえ声だったぜ、アレ。よっぽどタマってたんだろうなあ、勃ちっぱなしイきっぱなしで『あっ、あっ、ああああぁあっ』って切ねえ声が壁の向こうから」
 
 殺してやる。

 手近な椅子を掴んで振り上げ、囚人の後頭部をぶん殴る。
 腕を突き上げる衝撃……脳天がかち割れる衝撃。
 一晩中レイジの喘ぎ声を聞いてたと鼻の穴を膨らませ自慢する囚人の後頭部を椅子で打ちのめした俺の瞼と頬に生ぬるい液体が付着する。
 血だ。
 瞼に飛んだ血が目に流れ込み、視界が赤く霞む。
 両手が椅子で塞がってるために返り血を拭うこともできず、瞬きで目から絞り出した血の涙が頬を滴る。
 「レイジの喘ぎ声聞いた奴は俺の前に出て来い、一人残らず殺してやる、てめえら一人残らずぶち殺して無かったことにしてやる、椅子で脳天かちわって食堂の床一面に脳漿ぶちまけて味噌汁みたいに啜らせてやっからそこに這いつくばれよ!!」
 椅子で頭を殴られた囚人が床にうつ伏せに倒れ、白濁した唾液の泡を噴き、瀕死の痙攣をする。白目を剥いて失神した囚人の後頭部がへこみ、傷口が開き、血が流れる。同じテーブルの囚人が悲鳴をあげ椅子から転げ落ち、腰砕けにへたりこむ。
 狂乱。
 「てめえ半々、なにとち狂ったことしてやがる!?」
 「椅子、椅子を取り上げろ!椅子さえ取り上げちまえばこっちのもんだ、煮るなり焼くなり好きに料理してやらあ!!」
 俺たちの席を占めていた囚人が椅子を蹴倒し、獰悪な形相でとびかかってくる。テーブルの上に立った野次馬が喧々囂々罵声を浴びせる中、俺は滅茶苦茶に椅子を振り回し、右から左から正面からとびかかってくる奴を片っ端から薙ぎ倒す。
 顔面を椅子で一撃、鼻っ柱をへし折る感触が腕に伝わる。
 盛大に鼻血を噴いて倒れた囚人を飛び越えて踊りかかってきた奴が椅子を奪い取る前に鳩尾に蹴りを入れ、腹を庇ってよろめいた隙に椅子で顎を吹っ飛ばす。
 返り血が飛ぶ。視界が赤く煙る。生ぬるい液体が顔を濡らす。
 顔に何か白く固い物が当たる。足元に転がった固形物を見下ろせば歯だった。俺がぶん殴った囚人の口から抜けた歯が顔にぶつかったのだ。
 俺にとびかかってくる連中を手当たり次第に椅子でぶちのめし鼻っ柱をへし下り顎を砕き悶絶させ、憤怒に駆られて喚き散らす。
 「レイジは俺の物だ畜生、俺のレイジを笑った奴は全員頭かっ飛ばして脳漿ぶちまけてやる、お前らの脳漿味噌汁の具にしてやるよ!!てめえら何も知らねえくせに好き勝手なこと言いやがって、レイジがどんなにか苦しんだかも知らねえでふざけたことぬかしやがって、俺はレイジを守れなかったのに助けられなかったのに、レイジは死ぬほど苦しんで俺は死ぬほど悔しくてどうしようもなかったのにお前らはっっっ!!!!!!」
 張り裂けそうな喉の痛み。
 張り裂けそうな胸の痛み。
 力任せに椅子を振り回して俺に襲いかかってきた連中を薙ぎ倒してるうちに、ずるりと足が滑る。床にこぼれた味噌汁で足を滑らした俺の手から勢い余って椅子が飛んでいく。俺が腕振りに任せてぶん投げた椅子はテーブルのど真ん中に落下、トレイが盛大にひっくり返り味噌汁を垂れ流し食いかけの飯をぶちまける。
 「この野郎、俺の朝飯だいなしにしやがって!!」
 「ワカメを鼻から噴いたろうが!!」
 朝飯を台無しにされた囚人がテーブル飛び越えて乱闘に加わる。
 得物をなくした俺は通路の果て、壁を背にした行き止まりに追い詰められる。俺の敵はいつのまにか倍の倍、五十人近い数に膨れ上がっていた。はでに暴れて被害を拡散したのが仇になったらしい。
 突然目の前に落下した椅子にトレイを覆され飯をぶちまけた囚人が、鼻っ柱へし折られて顔面朱に染めた囚人が、殺気だった集団の先頭で足並み揃えて猛進してくる。

 返り血に染まった腕を見下ろした俺は、ショック症状で手足を伸び縮みさせる囚人に一瞥くれ、自分がしでかした事の重大さに衝撃を受ける。
 そして、悟る。
 
 ああ、殺される。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050604093442 | 編集
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