ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十四話

 どこをどう歩いたか覚えてない。
 蛍光灯に照らされた廊下をただひたすら歩く。一歩一歩足をひきずるように、肩で壁を擦りながら歩く。頭はまだ混乱してる。今さっき見た光景が信じられず心は衝撃に麻痺してる。
 今さっき通りかかったサムライの房の前、廊下に佇む静流。
 俺には聞こえない距離で会話する二人。
 そしてサムライは静流を迎え入れた。
 どういう、ことだ?
 こんな夜遅くに、鍵屋崎もいる房に静流を迎え入れるなんて非常識な振る舞いサムライらしくもない。遠目に察するに静流に押し切られる形で招き入れたようにも見えたがそもそも合意が成立してなきゃ鉄扉を開け放ったりしないはず。
 就寝時刻をとっくに過ぎて大半の囚人が寝静まった時間帯、静流が単身サムライの房を訪ねた動機はなんだ?内緒の話でもあるのか?
 数年ぶりに再会したいとこ同士積もる話があるのもわかるが何もこんな時間帯に房を訪ねなくてもいいだろうと真っ当な疑問が浮かぶ。
 第一看守に見咎められたらどうする?夜間の無断外出は規則違反、看守にバレたら洒落にならない。
 叱責だけで済めばいいが最悪独居房送りの可能性もある。
 わざわざそんな危険を犯してまで夜更けにサムライを訪ねたのには相応のワケがあるはず。
 親しげに語り合う様子を思い出し、胸がざわめく。
 サムライと鍵屋崎の間に何が起きてる?二人が喧嘩中なのは知ってる、図書室で騒ぎを起こしたことだって……
 図書室の鉄扉に凭れた鍵屋崎が上着の中に手を探り入れ、衆人環視の中、生白い素肌を覗かせる。大胆かつ挑発的なポーズ。潔癖症の鍵屋崎らしくもない自暴自棄な振る舞い。
 サムライの無神経が鍵屋崎を追い詰めたのだとすれば、あいつの許可もとらず静流を招き入れるのはまずいんじゃないかと疑念が膨れ上がる。
 図書室の一件でサムライと鍵屋崎の心は完全にすれ違っちまった、第三者の手のつけようがないくらいに。もっと早く行動にでるべきだったと悔やんでも遅い、あとの祭りだ。
 思えば鍵屋崎は酷く思い詰めていた。
 見てるこっちが痛々しくなるくらい自虐的に苦悩していた。
 なんでもかんでも独りで抱え込んで深刻に思い詰めちまうのは鍵屋崎の悪い癖だと承知していながら、俺はまた何もできなかった。
 自縄自縛で身動きできなくなる前に相談に乗ってやればよかった、鬱憤の捌け口になってやればよかったと後悔しても遅い。
 気付いた時には手遅れだ。
 こじれにこじれた鍵屋崎とサムライの関係が元に戻るかどうかわからない。最悪、戻らないかもしれない。図書室の件を契機に二人の断絶は深まり心は離れてしまった。
 鍵屋崎はサムライを拒絶してサムライは鍵屋崎を敬遠する反発作用で、二人の心は近付くことなく、静流を間に挟んで隔てられていくばかり。
 鍵屋崎は大丈夫だろうか。
 今、どうしているんだろう。
 「…………はっ。また人の心配かよ、ばっからしい」
 足元に唾を吐く。鍵屋崎とサムライがいつになったら仲直りできるかとかぐだぐだ悩んでる場合かよ、どうだっていいじゃんかそんなの、もともと俺には関係ない。あいつらがどうなろうが知ったことか。
 俺は今それどころじゃないんだ。いい加減現実から目を背けるのはやめろ、と頭の片隅で声がする。いい加減現実を見ろ。人の心配ばっかすんのも現実逃避の延長だ。
 今の俺には他に心配しなきゃならないことがあるのに、どうしてもそれと向き合うのが嫌で、あいつらの痴話喧嘩の行く末をぐるぐる考えちまう。

 俺が他に考えなきゃいけないこと、
 『見るなロン』 
 考えなきゃいけないこと。
 『お前に見られたくないんだよ!!』
 「―――!!っ、」
 脳裏に立ち現われた光景に吐き気を催す。

 嫌だ、思い出したくねえ、あそこに戻りたくねえ。
 コンクリ壁をこぶしで殴り、首を項垂れる。蛍光灯に照らされた廊下は静寂に支配されている。左右の壁に等間隔に並んだ鉄扉の向こうからかすかな寝息が漏れてくる。
 格子窓の奥には濃い闇が凝っている。
 格子窓の奥の闇に得体の知れない怪物が潜む錯覚に囚われ、根拠のない妄想が恐怖を煽り立てる。
 格子窓の奥に誰かが、否、何がかいる。じっと息を潜め気配を殺して俺の一挙手一投足を見張ってる……監視してる。
 格子窓の奥から注がれる無数の視線を感じて異様に緊張感が高まる。勘違いかもしれない。そうであってほしい、と気も狂わんばかりの焦燥に駆り立てられて一心に祈る。
 激しい不安に苛まれて動悸が速くなる。左右の壁に並んだ鉄扉の上部、錆びた鉄格子が嵌まった矩形の窓の向こうには濃い闇が立ち込めている。格子窓の奥から悪意の波動を叩きつけられ肌が粟立つ。
 ……自意識過剰だ。大半の囚人はもう寝てる。
 看守の目を盗んで夜更かししてる囚人はいるだろうが、そいつらが全員こっちに注目してるなんてことあるか。気のせいだ。
 そう自分に言い聞かせ、壁に片手を付き、のろのろと歩き出す。
 行くあてはない。帰る場所もない。今の俺には居場所がない。
 房には帰れない……帰りたくない。帰る資格が、ない。
 レイジを見捨てて逃げ出した俺がいまさらどの面下げて出戻ればいい?たとえレイジが許しても俺自身が許せない。

 俺は、卑怯だ。
 最低の卑怯者で臆病者だ。

 苦しみ悶えるダチを見捨ててさっさと逃げ出した。
 あいつがいちばん苦しいときについててやれなかった自分が情けない。情けなくて情けなくてやりきれねえ。胸が苦しい。罪悪感で心臓が張り裂けそうだ。
 俺がそばにいてもレイジを苦しめるだけだとわかってる、だから逃げてきたのは正解なんだ、正しいんだと懸命に自分を説得し納得させようとしても心が反発する。違う、お前はただの卑怯者だ、ダチを見捨てて逃げてきた奴が正論ふりかざすなと非難する。
 俺が行くあてなくほっつき歩いてる間もレイジは苦しんでる。
 体の奥に玩具突っ込まれて、絶え間ない振動に責め立てられ、幾度となく絶頂に追い上げられて……
 俺はただ、あいつをラクにしてやりたかった。
 イきたくてもイけない勃ちっぱなしの状態から解放してやりたかった。指で掻き出すのが無理ならせめて口でイかせてやろうと恥もプライドもかなぐり捨て股間にむしゃぶりついた。
 レイジはぎょっとした。
 前髪の隙間から俺を仰いだ目には剥き出しの嫌悪の色があった。
 レイジの目に映った俺は飢えに狂った必死な形相で、あいつの下着に手をかけずり下ろし、母猫の乳首にしゃぶりつく子猫みたいにペニスを含もうとしていた。

 『お前に見られたくないんだよ!!』

 血を吐くような絶叫が耳の奥によみがえる。
 レイジは咄嗟に俺を突き飛ばした。視界が反転して体がバランスを失った。床に突き落とされた。鈍い衝撃、二の腕に鋭い痛み。裸電球の破片で腕を切り、一筋血が流れた。腕を垂らして起き上がった俺の眼前、ベッドに突っ伏したレイジが苦しげに訴える。
 『……頼むから……はっ、……これ以上、俺に構う、な……お前にさわられると、体が熱くなって……なおさら、辛くなる……』
 果てた獣じみて掠れた息遣い。苦鳴とも喘ぎともつかぬ呻き声を時折混ぜて、漸くそれだけ言ったレイジをぼんやり見下ろし、今の俺にできることは何もないと諦念に至った。
 俺がいるとレイジがもっと辛くなる。
 俺はここにいちゃいけない、今すぐレイジの視界から消えるべきだ。そして俺は房を出た。自分の意志で房を出た。野生化した豹が爪を研ぐさまを一晩中見せ付けられたら俺の方こそ気が狂っちまう。
 レイジのあんな、あんな欲情を掻き立てる姿を一晩中見せ付けられたら俺の方こそ気が狂っちまう。
 俺は、最低だ。玩具に責め立てられ絶頂に追い上げられ精を放つレイジを見て、下半身が勝手に興奮しちまった。勃っちまった。最悪だ。
 苦しんでるレイジに勃起するなんざ最低の変態、早い話但馬の同類じゃんか。
 「ちきしょう」
 房には帰れない。
 かくなるうえは一晩中廊下をほっつき歩いて時間を潰すしかないが、寒さが身に凍みる。考え無しに上半身裸で飛び出してきたことを後悔するが、服を取りに戻る気には到底なれない。
 最悪凍え死ぬかもなと見通し暗くなってしゃがみこむ。
 「はは。俺、全っ然変わってねえや。今も昔も」
 ガキの頃、着のみ着のまま追い出されたことがよくあった。
 お袋に客が来た時、ガキがいると気が散ると理不尽な理由で叩き出されてあてどもなく彷徨った。あの時と同じだ。全く同じ状況だ。お袋の情事を覗き見して叩き出されたガキの頃から俺はどこも変わってない、一個も成長してない。やっぱり今度も快楽に溺れゆくレイジのそばにいるのに耐えかねて、蛍光灯に照らされた廊下をほっつき歩いてる。

 たまらなく惨めだった。

 本当なら今すぐ所長室に殴りこむべきなのに、但馬を殺してやりたいのに、一握り残った理性が待ったをかける。
 看守に返り討ちされるだけだから馬鹿なことはやめとけ、独居房送りは嫌だろうと逸る心を諌める。
 結局俺は自分が大事で、自分の身が可愛くて、相棒を酷い目に遭わせた但馬を今すぐぶち殺してやりたくてもその代償に腕の一本や二本払わなきゃいけないとなると途端に言い訳に逃げる卑怯者だ。
 レイジは俺の為に片目を犠牲にしたのに。
 『…………全身無力』
 だるい。もう一歩も動けない。
 レイジは今どうしてるだろうか。体の中からどろどろに溶かされて快楽に狂わされている頃だろうか。
 房に戻りたい気持ちと戻りたくない気持ちが葛藤する。
 今すぐ房に帰ってレイジの無事を確かめたい、指で掻き出してやりたい、元凶を取り除いてやりたい。でも、レイジはきっと嫌がる。全身で俺を拒んで遠ざける。
 どうすりゃいいんだよ?
 コンクリ壁のざらついた表面に背中を預け、力なくへたりこむ。
 寒い。上半身が鳥肌立つ。手がかじかんで感覚が麻痺する。房に戻りたい、ベッドに潜り込んで毛布にくるまりぐっすり眠りたい。壁際に座り込んだ俺のもとへ二重の靴音が近付いてくる。
 顔を上げるのが面倒くさい。
 膝の間に首を項垂れた俺の方へ騒がしい声が近付いてくる。
 「ほらあんちゃん、言ったとおりだろう」
 「そうだ、その通りだ。疑ってすまない弟よ、あんちゃんを許してくれ」
 「わかればいいさあんちゃん、この世にたった二人きりの兄弟じゃんか。小便に起きたとき格子窓の外をスッと過ぎった人影に目を凝らしゃ半々だった。こんな夜更けに上半身裸でうろついて、強姦してくださいって宣伝して回ってるようなもんだろ?」
 「俺らに犯られたがってる奴を無傷で帰しちゃ可哀想だな」
 てんで勝手な理屈をほざきながら歩いてくるのは……残虐兄弟。頭の悪いやりとりで薄々感付いていたが、正面に来るまで顔を上げなかったのは単純に面倒くさかったからだ。
 格子窓の奥から感じた視線の正体が判明して拍子抜けした。
 「起きてんのか、半々。レイジと喧嘩して追い出されたか」
 あながち的外れでもない指摘に自嘲の笑みをこぼす。
 「行くとこねえなら俺らの房に泊めてやろうか。朝までたっぷり可愛がってやる」
 兄貴の方が恩着せがましく言い、弟が同調する。
 「上半身裸で追い出されたってことはコトの真っ最中だったんだろ?王様としっぽり楽しんでたんだろ?ちんぽに歯あ立てたか背中に爪立てたかで怒り買って追い出されてきたんなら、俺らの房で続きしようや。たまにゃ3Pもいいだろ」
 「失せろ。殺すぞ」
 残虐兄弟の相手をしてやる気分じゃない。
 精一杯ドスを利かせた声で威圧するも、残虐兄弟が立ち去る気配はない。俺の啖呵がさもおかしいとばかり肩を揺すって失笑する。
 「そんなナリで出歩いてたもんだから乳首が縮み上がってるぞ」
 「鳥肌もすげーよあんちゃん」
 「早速あたためてやんなきゃな。お前だって廊下で凍え死ぬのは嫌だろ?俺らの房に来りゃ毛布もあるぜ。お前を挟んで川の字になるのも悪くねえ案だ、残虐兄弟の肉襦袢であたためてやるよ」
 「肉襦袢って卑猥な響きだね、あんちゃん」
 廊下に哄笑がこだまする。
 のろのろと顔を上げ、残虐兄弟を交互に見比べる。
 格子窓の外をたまたま通りかかった俺を追いかけてきた残虐兄弟が、物欲しげな顔を並べてる。頷こうが断ろうが待ち受ける運命は同じだと匂わす態度に嫌気がさし、唇の端を吊り上げる。
 「夜が退屈なら兄弟でケツ掘り合ってろよ。あーんあん、いいようあんちゃーんってな」
 残虐兄弟の笑みがかき消えるのを醒めた目で確認、これから俺の身に起きることを漠然と想像する。
 不思議なほど恐怖は感じなかった。
 レイジを見捨てた俺自身に愛想が尽きた。
 上半身裸で出歩けば性欲持て余した連中にこれ幸いと犯られるのは目に見えてる。
 だから?
 すごすご房に逃げ帰るか?それができたら苦労しねえ。
 無表情になった残虐兄弟を見上げ、自ら逃げ道を断つように言い放つ。
 「犯りたいなら犯れよ。巷で噂の強姦魔の実力とやらを拝ませてくれよ。どうせ口だけだろ、お前ら。兄弟で強姦なんかしてんのも自分ひとりで女イかせる自信ないからだ。違うか?残虐兄弟なんて名前倒れに決まってら。兄貴にべったりひっついてるブラコンの弟と出来の悪い弟を猫可愛がりしてる気色悪ィ兄貴をひっくるめて呼ぶならバカ兄弟で十分だ。
 ところでバカ兄弟に質問だけど、お前ら兄弟ってどっちが『いいモン』持ってるんだ?今ここでズボン脱いで教えてくれよ、チンポの長さ大きさ比べっこしろよ。1ミリでもでかいモン持ってる方に先にくれてやっからさ。ああ、顔そっくりで見分けつかねえバカ兄弟はチンポもそっくり同じで見分けつかねえなんて期待外れのオチはなしだぜ?」
 くく、と喉の奥で卑屈に笑う。
 酷く愉快痛快な気分。挑発するように歯を見せれば、残虐兄弟の顔が怒りに紅潮する。先に行動を起こしたのは左側の、多分兄貴の方だ。
 俺の前髪を掴んでぐいと顔を起こし、唾を飛ばす。
 「王様もいねえくせにでかい口叩くじゃねえか、薄汚れた半々の分際で」
 「女に相手されねえから夜道で襲うっきゃねえタマ無し強姦魔の分際ででかい口叩くじゃねえか。上等だ」
 「タマならあるさ、お前より数段立派な金玉がな。見るか?しゃぶるか?」
 「いいね見せてくれよ、しなしなと萎んだ金玉を。そんなご立派な金玉もってるヤツが強姦なんかに走るもんか。下半身で女満足させる自信ねえから強姦なんてするんだろうが。威張んなよたかが強姦魔が。お前らだってレイジみたいにお綺麗な顔に生まれついてりゃ女にちやほやされただろうに、平々凡々クソ面白くねえツラでペニスも並以下ときちゃ強姦に走りたくなる気持ちもわか、ぐっ!!?」
 激痛。
 靴裏で股間を踏まれ喉から悲鳴が迸る。
 俺の前髪を掴んだ兄貴が陰湿な笑みを顔一杯に広げる。
 嗜虐の悦びに目を細めた胸糞悪いツラ。
 汚れた靴裏で俺の股間を踏み躙り、けたけた狂った哄笑をあげる残虐兄弟を睨み付ければ、反抗的な目つきが気に食わないらしくますます靴裏に体重がかかる。
 「ッ痛うっ、あああぁああづあ!?」
 脊髄から脳髄へ駆け抜ける激痛に悶絶、喉を仰け反らせて悲鳴を撒き散らす俺の様子がツボに入ったらしく残虐兄弟が笑い転げる。
 「股間踏まれてよがるなんて変態だあ」「カエルの子はカエル、淫売の子は淫売だあ」……好き勝手言いやがって。しきりに身をよじり靴をどかそうとするが、残虐兄弟が二人してのしかかってるために壁際に押さえ込まれたら手も足も出ない。
 額に脂汗が滲む。視界が赤く染まる。
 唇を噛んで激痛を堪える俺の至近距離に兄貴と区別つかない弟の顔が迫る。 
 「あんちゃん、こいつキスマークがある!」
 甲高い叫びに視線を落とす。弟の方が俺の鎖骨のあたりを指させば、下劣な笑みを滴らせて兄貴がうそぶく。
 「やっぱりレイジとお楽しみ中だったんじゃねえか」
 「妬けるねえ」
 「ケツで王様咥え込んだ気分はどうだ?」
 「いっそこのまま踏み潰してやろうか?俺らが使いたいのは後ろの『穴』だけ、こっちは要らねえしな」
 頭上で下品な笑声が飛び交う。レイジとのことをからかわれて頭に血が上る。体の脇で結んだこぶしが恥辱にわななく。
 残虐兄弟に殴りかかりたいが、へたに動いたら股間を捉えた靴裏に圧力がかかって激痛を生み出すせいで我慢するしかない。
 わざわざ首を伸ばして俺の鎖骨をじろじろ眺め、キスマークが本物かどうか擦って確かめる。
 指で擦られても薄赤い痣は消えない。
 乱暴に擦られた鎖骨がひりひりする。
 「おい、凱さん呼んでこい。せっかく捕まえた獲物だ、みんなで輪姦して楽しまなきゃな」
 「残虐兄弟のお手柄ふれまわらなきゃな」
 「凱さんもきっと喜んでくれるだろうさ、食堂じゃ涎垂らして半々のケツ追っかけてたからな」
 兄貴に顎をしゃくられた弟が「お手柄お手柄」と有頂天にはしゃぎ、足取り軽く走り出す。凱と不快な仲間たちを呼びにいく気か?冗談じゃねえ。兄貴がよそ見した隙に俺は逆襲にでる。
 無防備な顎を殴り付け、兄貴と入れ替わり身を翻す。
 「あ、あんちゃん!大丈夫かよあんちゃん!」
 「大事ない弟よ、あんちゃんの心配よか半々を追え!強姦魔のツラに手え上げるなんざ百回犯られても文句言えねえぞ!」
 どんな理屈だそりゃと腹の中でつっこむも振り向く余裕はない。
 残虐兄弟の罵声が追いかけてくるのを無視して走り出そうにもひりひり股間が疼いて腰が立たない。
 これじゃ追いつかれるのも時間の問題だ。
 壁に片手を付いて呼吸を整えれば靴音が急接近、ほらおこしなすったとお決まりの展開に頬を緩めたそばから肩を掴んで押し倒される。
 「!?ぐっ、」
 背中に衝撃、床で強打した後頭部に激痛。
 一瞬意識が飛ぶ。床に仰向けに寝転がった俺に覆いかぶさるのは兄か弟か……ああ、どっちでも大した違いはねえか。
 俺の腰に跨った残虐兄弟の片割れが陰惨な笑みをちらつかせる。
 犯られる、と確信。
 マウントポジションとられちゃおしまいだ。相手はまがりなりにもプロ、さっきみたいく油断してたんならともかく一度捕らえた獲物をおいそれと逃すはずない。
 裸の背中にひんやりと固い床があたる。
 蛍光灯の光が目に染みて視界が白熱する。
 俺の上に覆いかぶさった残虐兄弟の兄か弟かそのどっちかが、極悪非道の強姦魔にしちゃヤケに白い歯を覗かせ、心底愉快そうに笑う。おかしくておかしくてたまらないと発狂しそうに笑う。
 精一杯腕を突っ張ってどかそうとするも、いつのまにか俺の頭の方に回ってた片割れががっちり両手を固定され抵抗を封じられる。
 「いけいけあんちゃん、ぶちこんでやれ!巷を震撼させた極悪非道の婦女強姦魔、悪名高い残虐兄弟の実力見せてやれ!」
 「俺が先でいいのか弟よ」
 「いいさいいさ、これも一種の兄弟愛さ。あんちゃんにはいつでも攻めでいてほしい弟心わかってくれよ。生意気な半々に残虐兄弟の恐ろしさ思い知らせるにはあんちゃんがアレやるっきゃないよ、ほら、アレアレ!腹を殴りながら犯るアレ!穴ん中にこぶしねじこんでじゃんけんぽんしてぐーちょきぱーか当てさせるアレ、ハズレ一回につき歯あ一本がっちりもってくアレさ!」
 「よーし見てろよ弟よ、俺が済んだら譲ってやっからちゃんと押さえてろよ!」
 残虐兄弟は犯る気満々だ。物騒な会話から俺にのしかかってるのが兄貴の方だと知る。
 だから?
 このまま大人しく犯られちまうのは癪だが、じたばた暴れて助けを呼んだところで都合よくヒーローが現われるはずもない。
 突き詰めりゃ自分で何とかするっきゃないが、連続婦女強姦魔の兄弟は小柄な相手を組み敷くのに恐ろしく手馴れていて、死に物狂いに足掻いたところでいっかな抜け出せる予感がしない。
 蛍光灯に照らされた廊下にけたたましい笑い声がこだまする。兄貴の手がズボンにかかる。
 俺は目を動かし周囲を見回した。左右の壁に穿たれた鉄扉の向こう、格子窓の奥には闇が立ち込めてる。
 廊下の騒ぎに気付いてないはずないが、厄介ごとに巻き込まれるのが嫌で無視と無関心を決め込む連中を恨む気にはなれない。賢いやつならだれだってそうする。
 俺が房から逃げ出してみたいに、レイジを見捨てて逃げ出したみたいに……
 自業自得だ。
 俺がこうなるのは自業自得だ。犯られちまっても自業自得だ。レイジを助けてやれなかった、あいつを見捨てて逃げてきた。たった一人の相棒が苦しみ抜いてる時に何もしてやれなかった報いを受けると思えば、これから俺の身に起きることも許容できる。
 どうせ処女じゃない。ろくに馴らされもせず強引に突っ込まれりゃそりゃ痛いだろうが、ちょっとの間の辛抱だ。
 ……擦れてるな、俺。
 心は醒め切っている。喜怒哀楽の感情がごっそり欠落したみたいに、今まさに残虐兄弟に犯られるって危機一髪の状況でも「犯りたきゃ犯れよ」と諦念まじりの皮肉しか思い浮かばない。
 「犯りたきゃ犯れよ。ただ、俺をイかせられると思うなよ」
 残虐兄弟が怪訝な顔をする。
 「俺をイかせられるのはレイジだけだ。巷で悪名高い強姦魔だか何だか知らねえが犯る前にひとつご忠告だ、レイジに抱かれた俺をイかせたいならテク磨いて出直して来いよ。体力だけで女が悦ぶと思ってんならめでてえにも程があるぜ」
 レイジにテクで劣ると言われた兄貴の顔が怒りに充血、双眸で激情が爆ぜる。いい気味だ。俺は笑った。たかが強姦魔が調子乗りやがって、お前らなんかレイジの足元にも及ばねえよ。出直して来いよ。喉膨らませ笑い続けていたら平手で頬をはたかれた。

 ズボンと下着が膝まで引きずり下ろされる。 
 一糸纏わぬ下肢が外気に晒される。

 「勘違いすんなよ半々。お前がイくかイかねえはどうでもいい、肝心なのは俺がイくかイかねえかだ。突っ込む穴が前だろうが後ろだろうが関係ねえ、締め付けが良けりゃどっちだってかまわねえ。処女ならなお良かったんだがこの際贅沢は言わねえ、王様の食い残しで我慢してやる」
 「ひとを残飯みたく言うな」
 「「残飯は黙ってろ」」
 兄弟が呼吸ぴったりに唱和。
 哀しいかな残飯には発言権もないらしい。素肌をまさぐる手の不快さに目を閉じれば、瞼の裏にレイジの顔が浮かぶ。そろそろ肛門から出血してるんじゃないかとマジで心配になってきた。やっぱ本人が駄々こねても医務室に連れてくべきだった、医者ならきっとケツの奥まで突っ込まれた玩具を取り除いてくれる。看守におぶわれて帰還したレイジを見た瞬間そうすべきだったのに……

 「愛なき営みは感心しません。合意なきセックスはケダモノの振る舞いです」

 場違いに落ち着き払った声が介入する。
 「!?」
 残虐兄弟がぎょっとする。俺もおったまげた。
 やけに聞き覚えのある声に視線を巡らせば、俺たちのすぐそばに長身の人影が佇んでいた。七三分けに黒縁メガネ、やたら顔が濃いラテン系の囚人……ホセだ。
 待て、なんでホセがここに?東棟だろ、ここ。
 南棟の人間が越境してくる理由がないと訝しむ俺をよそに、お楽しみを邪魔された残虐兄弟が吠える。
 「みっ、南の隠者が何の用だ!?ここは東棟だぞ、東の囚人がやることに南の人間が口出しすんじゃねえ!」
 「南へ帰れ薄らボケ!!」
 口でこそ威張っちゃいるが、虚勢がバレバレ。元ブラックワーク上位、南棟のトップが相手じゃびびっても無理はない。
 ホセは残虐兄弟を無視してじっと俺を見つめていた。
 床に寝転がったまま、上半身裸に下着を引き摺り下ろされたカッコでホセの視線に晒された俺は羞恥に苛まれて目を伏せる。死ぬほど恥ずかしい。何されてるか一発でわかるカッコだ。何より恥ずかしかったのは、ホセの目には俺が諦めよく無抵抗に残虐兄弟に組み敷かれてるように映ってること。最後までしぶとく抵抗しねえ俺なんて俺じゃない、ブラックワークの試合で凱に突っかかってった俺じゃない。

 レイジの好きな俺じゃない。

 『厚瞼皮』
 「は?」
 「あつかましいって言ったんだよ!!」
 兄貴の顔面に頭突きを見舞う。
 俺の上から転落した兄貴に「あんちゃん!?」と弟が駆け寄る。
 今だ!
 片手でズボンを引き上げ、片手を壁に付いてよろよろと歩き出す。
 足首に爪が食い込む痛み。鼻面を手で覆った兄貴が、もう片方の手で俺の足首をがっちり掴んでる。
 「いがせるが半々!!」
 足首を掴まれ引きずり倒されそうになり、がくりと膝が折れる。
 滅茶苦茶に足首を捉える手を蹴り付けるが相手はしぶとく食らいつき、顔面に何発蹴りを食らっても俺を離そうとしない。
 凄まじい執念に舌を巻く。
 「今だおどうどよ!!」
 「任しとけあんちゃん!」
 心酔する兄貴にけしかけられた弟がこぶしを固めて殴りかかる。
 やばい、避けきれない!床に倒れた兄貴に足首を固定された俺は、烈風を纏いて迫り来るこぶしを見据えて硬直するより他ない。
 まともに入ったら鼻が曲がる。顔が潰れる衝撃を覚悟して固く目を瞑れば、聞いただけで十年は寿命が縮む絶叫が廊下を震撼させる。
 「ぎゃああああああああああっあああああああ!!!?」
 みしり、と不吉な音がした。万力で締め上げられたが如く手の甲が軋み、骨がひしゃげる音。おそるおそる目を開けてみれば、俺の前にホセが立ち塞がっていた。自ら盾になり俺を背に庇ったホセが弟の拳を片手で受け止め、五指に力を加えて締め上げたのだ。 
 「ロンくんは我輩の弟子。可愛い弟子のピンチを捨ててはおけません」
 「いでえいでえ骨が骨が鳴ってる、手の指があり得ない方向に曲がってる人体の神秘いいいいっ!?」
 激しくかぶりを振って泣き叫ぶ弟にも容赦なくますます指に力を加えれば、深更の静寂を引き裂いて身の毛もよだつ悲鳴が駆け抜ける。
 「右手の指を一本一本へし折ってさしあげましょうか?自慰ができなくなりますよ。手の甲を粉砕してさしあげましょうか。君は知らないでしょうが骨が折れる音は部位によって微妙に異なるんですよ。ゴリッ、ボキッ、パキッ。骨とは素晴らしい管楽器です」
 ホセの声が威圧的に低まる。
 「君の肋骨をノックして良心の在り処を問い詰めてあげましょうか。力加減を誤れば軽く三本はイきますが気合で治してください」
 俺に背中を向けたホセがどんな顔してるか簡単に想像できた。ホセは今黒縁メガネの奥の目を柔和に細め、白い歯を見せているはず。穏やかすぎるほど穏やかな笑顔を浮かべて手の甲を圧搾してるはず。
 「わ、悪かった悪かった俺たちが悪かったって!こいつにはもう手え出さないから今夜は見逃してくれよ、頼むよ隠者あっ」
 「よろしい。聞き分けのいい子は好きです」 
 ホセがパッと手を放す。弟が兄貴に縋り付いて啜り泣く。
 ホセに見送られそそくさ退散しながら、双眸に復讐心を燃やして俺を睨み付けるのを忘れない。
 残虐兄弟が角を曲がり見えなくなるまで廊下の真ん中に佇んでいたホセが、「さて」と振り返る。
 「奇遇ですねロンくん。夜のお散歩ですか」
 「お前こそどうして東に……」
 「知人のお見舞いです。だが今は我輩のことなどどうでもよろしい」
 ホセがわざとらしくかぶりを振り、あきれ返って俺を眺める。
 「夜更けに出歩けば強姦してくださいと言っているようなもの、自殺行為に等しい軽率な振る舞いです。しかも上半身裸とは東棟で流行りの健康法ですか?風邪をひいたところで強制労働は休めません。捨て猫みたいにしょげてないで房にお帰りなさい。レイジくんも待ってるはず……」
 「帰りたくねえ」
 「頑固ですね」
 「帰りたくねえ」
 「レイジくんと喧嘩したんですか」
 ホセが困ったように微笑む。
 壁際にしゃがみこみ、膝の間に頭を垂れる。房には帰れない。たとえ自分の身を危険に晒すことになっても一晩中出歩いてたほうがマシだ。
 ざらついた壁に裸の背中を付け、弱音を吐く。
 「……どこに行けばいいかわかんねえよ、俺」
 重苦しい沈黙。膝の間に頭を垂れた俺は、早く夜が明けてくれないかとそればかりを一心に祈る。さっきからずっと悪寒がする、体がぞくぞくする。風邪をひいたかもしれない。額に手をやれば微熱があった。
 「!っくしゅ、」
 人さし指で鼻の下をこする。
 全身に悪寒が駆け巡り上半身が鳥肌立つ。寒い。体に腕を回して暖をとる俺の前、考え深げに黙りこんだホセが予想外の行動にでる。
 あっけにとられた俺をよそに惜しげもなく上着を脱いで逆三角形の肉体美を晒す、男性的に厚い胸板と屹立した脇腹、六つに割れた腹筋が呼吸に合わせて収縮するさまに見とれる。
 「露出狂か?」
 熱のせいか頓珍漢な質問をした俺の顔面を布地が覆う。俺の方に上着を放ってよこしたホセが付け加える。
 「着てください。日頃から鍛えてる我輩と違ってひ弱っこのロンくんは風邪をひいてしまいます」
 「鍵屋崎と一緒にすんな。俺は野良だ、路上生活長いからこれしき………ぐしゅん!!」 
 これしき平気と続けようとして語尾はくしゃみにかき消えた。意地張ってる場合じゃねえと風邪ひきかけで痛感、大人しく袖を通す。思ったとおりぶかぶかだ。裾の余りが膝まで下りてくる。だらり垂れ下がった袖を二重に捲りながら、ぶっきらぼうに「謝謝」と呟く。
 ホセは微笑ましげに俺が袖を捲る動作を眺めていた。
 「今夜は我輩と寝ませんか」
 「は?」
 「行くところがないなら我輩の房においでなさい。ベッドは一つしかありませんがなかなか快適な場所ですよ」
 ホセと寝る?ベッドは一つっきゃない?それって……いや、まさか。ホセは親切心で申し出たんだ、下心なんかあるわきゃない。今夜一晩くらいホセの房に身を寄せてもバチあたらねえだろ。廊下で寝るよか遥かにマシだ。レイジの房に戻るよかマシだ。
 ベッド恋しさに頷こうとして、眼鏡の奥で危険な光を孕んだ双眸に気付き、思いとどまる。
 「どうされましたロンくん」
 「ホセ、お前……」
 背筋にぞくりと悪寒が走る。熱のせいだろうか、予断を許さないホセの目つきのせいだろうか?ホセは意味深に微笑んでいる。頷こうが断ろうが待ち受ける運命は同じだと暗喩するように、断れば実力行使も辞さないとでもいうふうに強大な威圧感をこめて。
 ホセを信頼していいのか?
 信頼できるのか?
 「………」
 心臓の動悸が激しくなる。
 至近距離にホセがいる。蛍光灯を背に逆光に塗り潰された表情は読めず、不気味に暗闇に沈んでる。ホセの指先が二の腕に触れる。
 裸電球の破片が刺さった傷口を探り、生渇きの血をこそぎとる。
 「怪我をしていますね。黴菌が入ったら一大事、早く手当てをしなければ」
 奇妙な棒読み口調が不安を掻き立てる。腕の傷口から破片を摘出、手のひらで輝くそれを握りつぶす。破片が粉々に砕ける音がする。ホセの指の間から微塵に砕けた欠片が零れ落ち、俺の膝に降り注ぐ。
 奇行を演じる隠者に本能的な恐怖を感じてあとじされば、俺の顔の横に手を付いたホセが低い声をだす。
 「ロンくん、我輩は今夜少々機嫌を損ねているのです。個人的に哀しい事件が起こりまして、傷心故に東棟を歩いていたのです」
 「娑婆のワイフから離婚届けが来たか?」
 悪い冗談だと反省する暇もなく激烈な反応が返ってきた。
 顔の横のコンクリ壁にびしりと亀裂が走り、粉塵が舞う。
 指に力を込めただけで手の形に壁がへこんだ。粘土みたいに柔軟に。
 「いけませんよロンくん。いかに寛容な我輩でもワイフ絡みの冗談を笑って許せるほど人間できてはおりませんのであしからず」
 「哀しい事件ってなんだよ。お前が見舞いに来たヤツと関係あんのか」
 「好奇心旺盛なのは結構ですがただでさえ不機嫌な我輩を苛立たせるのは無謀というもの……今宵我輩を不愉快にさせた責任をとる覚悟がおありですか」
 ホセが全身に殺気を纏う。凄まじい威圧感。
 黒縁メガネをとり、七三分けをかき乱し、前髪を額に垂らしたホセが不敵にほくそえむ。
 「不安要素は多々ありますがこの際ロンくんでも構わない。野望の片棒を担いでもらいましょうか」  
 謎めいた台詞を最後に意識が途切れる。
 ホセの鉄拳が腹にめりこんだのだ。  
 床に崩れ落ちた俺の頭を撫で、本性を現した隠者が独りごちる。
 「手駒は多いに越したことがない」
 と。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050605215514 | 編集
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