ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十九話

 「待てよ鍵屋崎!」
 二階の手すりから身を乗り出し、叫ぶ。
 「よく言った親殺し!」
 「本妻と愛人の争い勃発か?」
 「そんなに男に飢えてんなら今晩は俺が相手してやるよ」
 「サムライ不甲斐ねえ」
 うるせえ。
 やんやと喝采に沸く野次馬どもの渦中でサムライは立ち尽くす。鍵屋崎を呼び止めようにも野次馬に邪魔され、ぴたり寄り添う静流を邪険に振りきってまで鍵屋崎を追いかける踏ん切りがつかず遠ざかる背中を見送るのみ。
 苦悩するサムライの肩に蜘蛛が這うように五指をかけ、「大丈夫?」と静流が訊く。見ちゃいられねえ。
 颯爽と階段を駆け下り、一息入れる暇もなく野次馬でごった返す一階を突っ切る。
 いつもお高く澄ました鍵屋崎が、衆人環視の図書室で見せた過激なパフォーマンス。自ら上着をはだけて裸身を露出し、男を誘うような流し目をくれ、宣言。
 『あの夜僕を抱かなかったことを後悔させてやる、帯刀貢』
 憎悪にひび割れた声、怒りに滾った凶悪な笑顔。
 あんなの全然らしくねえ。どうしちまったんだ鍵屋崎、俺が二階行ってる間に何があったんだ?
 図書室の鉄扉に凭れ、上着の中に手を探り入れ緩慢な動作で肩を抱く。上着の内側で腕を交差、ギャラリーの視線を過剰に意識し、体の火照りを持て余すように自らを抱擁するポーズをとる。
 赤裸な衣擦れの音とともに上着の裾が捲れて痩せた腹筋が覗き、直射日光など浴びたことない生白い素肌が曝け出される。
 たまらなく刺激的で扇情的な光景。
 取り得ときたらオツムの良さとプライドの高さしかねえ鍵屋崎が、飢えたけだものどもが生唾ごっくん見てる前で自分を貶める行為に走るなんて絶対おかしい。俺が離れてた三十分足らずの間に何かとんでもないことが起きたんだ。
 鍵屋崎を止めきゃ。
 静流とひっついてるサムライはこの際放っとこう。鍵屋崎のパフォーマンスに沸く図書室をとびだし、廊下をひた走る。だが、鍵屋崎はいない。あいつどこ行ったんだ?俺が駆け下りるまでの間にそう遠くまで行けるはずないのに図書室近辺に姿が見当たらない。
 「鍵屋崎、どこに行ったんだよ!?」
 あいつと離れるんじゃなかった。
 いまさら悔やんでも遅い。隣からレイジが消えて、この上鍵屋崎まで消えたら洒落にならねえ。レイジは一晩たってもまだ帰ってこない。どこでなにしてるのか不明だ。看守に連れ去れたきり音沙汰ない。鍵屋崎は「ヨンイルの花火打ち上げに協力した件で呼び出されたんだ」としたり顔で説明したがそれにしたって腑に落ちないことだらけで時間の経過とともに不安が膨れ上がる。
 ヨンイルの共犯と目されて呼び出し食ったのが事実でも一晩中帰ってこないのは変だ、レイジの身に何かあったんだと不吉に胸が騒ぐ。
 レイジの身に何か、とてつもなく悪いことが起きたんだ。
 ついさっき。
 いつもヨンイルが根城にしてる図書室二階、漫画がぎっしり収納された書架の前でばったりワンフーと出くわした。
 ヨンイルの所在を聞いた俺に、ワンフーはしょんぼり答えた。
 『ヨンイルさん、看守に無断で花火打ち上げたことがバレて所長室に呼び出されたきり帰ってこないんだ』
 『ヨンイルも!?』
 元西のトップ、現図書室のヌシの不在を憂えた西の連中が書架の前にたむろっていた。
 図書室のヌシの帰りを今か今かと待ちわびながら上の空で漫画を読みふける連中を見回し、どこかの王様とは天と地ほど人望に差があるなと感心した。まあそんなことはどうでもいい。
 とにかく、レイジとヨンイルが一緒だと知って安堵した。レイジ単独で呼び出されたんだとしたら俺にはもう最悪の想像しかできない。 
 でも、事態が良い方向に転がったわけじゃない。
 王様と道化は依然帰ってこない。いつ帰ってくるかもわからない。この上鍵屋崎までふらふらどっか行っちまったらと、ひとり取り残される不安が胸を締め付ける。
 「鍵屋崎どこだよっ、返事しろよ!ひとんこと無視すんじゃねえ、自称天才が!」
 コンクリ剥き出しの通路に殷々と声がこだまする。鍵屋崎の返事はない。あいつ、本当にどこへ行った?
 ふらり図書室を出て行方知れずになった鍵屋崎を捜し求めるのに疲れ、壁に背中を預けてずり落ちる。馬鹿らしい、なんで俺こんな必死に駆けずり回ってるんだ?本来サムライの役目だろ。
 「……こんなことになんなら素直に本読むフリしときゃよかった」
 あくまでフリだが。
 壁に手を付き体を支え、ゆっくりと上体を起こす。今の鍵屋崎をひとりにするのは危険だと本能が叫ぶ。今の鍵屋崎は何しでかすかわからない不安定な状態で、だれかがそばについててやらなきゃダメな危なっかしさが漂ってる。鍵屋崎には前にさんざん世話になった。今だって世話になってる。サムライが頼りにならねえなら仕方ない、俺がそばにいてやらなきゃ。

 違う。そうじゃない。
 俺もひとりになるのが怖い。だれかにそばにいてほしい。

 鍵屋崎が構ってくれた間は多少なりともレイジ不在の不安が紛れた、寂しさが癒えた。鍵屋崎はああ見えて優しいから、レイジ連れ去られてがっくり落ち込んでる俺を放っとけず親身に世話を焼いてくれた。人に優しくされるのは慣れてねえからこそばゆいけど、やっぱ嬉しい。人に心配されんのは心地よく心強い。
 俺は鍵屋崎に甘えてた。鍵屋崎の負担になってた。
 本当にガキだ、俺。
 いつだって鍵屋崎に頼りきりで、情けねえ。
 「……寄りかかってばっかじゃ、胸張ってダチなんて言えねえよな」
 この前レイジと交わした会話を思い出し、こっそり自嘲する。 
 「なーに黄昏とんのや、ロンロン」
 「!」
 能天気な声に顔を上げる。
 ヨンイルがいた。壁に手を付き荒い息を吐く俺を見つけ、飄々と片手を挙げてご挨拶。今の今まで所長に呼び出し食らってたのが信じられないあっけらかんとした様子に目を疑う。
 廊下の奥から大股に歩いてきたらしいヨンイルはきょろきょろとあたりを見回し、「廊下で駆けっこ禁止てガッコで習わんかったんか?あ、そか、お前もとから行ってへんかーごめんなー。ちゅーか俺もまともに行ってへんけど。しっかし廊下で駆けっこはやっぱロマンやな。びゅーって廊下駆け抜けた風圧でマチコ先生のスカートめくれて『いやーん まいっちんぐ!』は男子のドリーム、ボーイズ・ビー・アンビシャスや」としきりに頷いてる。
 「だれだよマチコって。俺にわかる言葉で話せよ」
 「気にすんな、俺が惚れとる二次元の住人や」
 相変わらず会話が噛み合わねえ。これだから西の道化は苦手だと心の中で舌打ち、ハッと顔を上げる。
 「お前がここにいるってことはレイジはどうしたんだよ、一緒に呼ばれたんだろ!?ならなんで一緒に帰ってこねえんだ、お前ひとりだけ大手振って帰ってくんじゃねえ!」
 「レイジ?あいつどうかしたんか」
 唾飛ばして叱り飛ばせばヨンイルが目をしばたたく。
 俺はたじろぐ。
 「だってお前ら、昨日一晩中一緒にいたんだろ?こないだの花火の件で所長に絞られてたんだろ。違うのか」
 「確かに所長室にお呼ばれしとったけどレイジとは会わへんかったで。第一俺が所長室におったんは二時間程度、一晩中所長の爬虫類顔見てたら吐き気頭痛眩暈その他症状に悩まされてぶっ倒れてまうわ」
 どういうことだ?レイジとヨンイルは一緒にいたんじゃないのか?
 「……じゃあ、レイジはどこだよ。なんで昨日一晩帰ってこなかったんだよ」
 絶望で視界が暗くなる。ヨンイルの胸ぐらを掴んだ手が遠くなる。
 眩暈を覚えてあとじされば、肩が壁にぶつかる鈍い衝撃。ヨンイルが不審げに俺を眺める。壁に手を付き、足元を見下ろし、必死に頭を働かせる。瞼の裏を過ぎる昨夜の光景。房に殴りこんだ看守に取り押さえられ連行されてくレイジの姿。
 「必ず帰ってくる」って俺の唇をー…… 
 「ヨンイル、教えてくれ」
 壁に凭れることで何とかバランスをとり、今にも挫けそうな膝を支え、持ちこたえる。ぎゅっと目を瞑り、瞼裏の暗闇にレイジを呼び起こそうとする。たった一晩離れただけでレイジの笑顔がうまく思い描けなくなり愕然とする。
 心臓の動悸が速まる。腋の下に嫌な汗が滲む。
 ヨンイルの肩に手をかけ、指の力を強める。
 「レイジは無事なのか、ちゃんと帰ってくるのか?怪我なんかしてねえよな、あいつめちゃくちゃ強いから大丈夫だと思うけ所長には向かって酷い目遭わされたりしてねえよな。看守に乱暴されて手足一本や二本折られたりは」
 「落ち着けロンロン」
 「落ち着いてられるかよっ!!」
 感情が爆発する。
 今まで堪えに堪えてたもの、抑えに抑えてた何かが一気に噴き出す。
 レイジの安否を知りたい一心で恥も外聞もかなぐり捨てヨンイルに食ってかかる、ヨンイルの肩を掴み乱暴に揺さぶる。
 俺に迫られたヨンイルがあとじさり壁に衝突、壁に伝わった衝撃が天井に抜けて蛍光灯が激しく揺れる。頭上に埃が舞い落ちる。
 蛍光灯が点滅する中、短い間隔で明暗が切り替わる廊下の隅にヨンイルを追い詰め、胸の内で沸々と煮えたぎる激情を吐露する。
 「ちきしょうあのクソ所長兄弟揃って陰険だ、レイジの奴どこに連れてったんだよ!?花火の件でとっちめられてるなら何で張本人のお前よか帰り遅いんだよ、説明しろよ!レイジはただお前の打ち上げ手伝っただけじゃんか、何も悪ィことしてねえじゃんか!
 そりゃ夜中にどでかい音させて近所迷惑だったけど五十嵐の門出の祝いなんだからそんくらい大目に見たってバチあたらねえだろが、『上』の連中は何考えてんだ、そんなにレイジいたぶるのが楽しいってのかよ!レイジはああ見えて寂しがり屋なんだ、寂しがり屋の王様なんだ、レイジには俺がついてなきゃ駄目なんだよ、引き離されたらだめなんだよ!」

 引き離されたら生きてけないんだよ。
 俺も、あいつも。

 不審顔のヨンイルを無視、叫び疲れてその肩に顔を埋める。
 蛍光灯が完全に沈黙、廊下が暗闇に包まれる。
 呼吸に合わせて肩を上下させ、ヨンイルに凭れかかる。
 「……レイジに会いてえよ」
 レイジの笑顔がどんどん薄れていく。消えていく。消滅。
 瞼の裏側に漂う笑顔の残滓が完全に消えた時、俺はどうなっちまうんだろう。レイジが隣にいないのが辛い。ひとりぼっちが辛い。昨日一晩ろくに眠れなかったせいで目が腫れてる。
 レイジ不在の房、からっぽのベッド。相方がいない房でひとりベッドに横たわり寝返り打って、俺はずっと、ずっとレイジの帰りを待っていた。毛布の中でぎゅっと手足を縮めて待ち侘びていた。
 けど。
 とうとうレイジは帰ってこなくて、俺は結局一睡もできなくて。
 房に帰るのが、怖い。
 レイジがいない房に帰るのが怖い。鉄扉を開けて真っ先にベッドを見てレイジの不在を確認するのが怖い、からっぽのベッドを見下ろして絶望を味わうのが怖い。帰りたくない。いつだってレイジが笑って迎えてくれるからこそ鉄扉を開けることができたのに、裸電球の破片が床一面に散らばる暗闇に単身飛び込んでく度胸は今の俺にはない。
 こぶしで力なくヨンイルの肩を殴り、誰にともなく訴える。
 「レイジに会わせてくれよっ……」
 レイジが心配だ。本音を言えば、今すぐ所長室に乗り込みたい。レイジを取り返しに行きたい。でも、所長室に殴りこんだところで看守に叩き返されるのがオチだとわかりきってる。どうすればいいかわからない。房の暗闇で膝抱え込んでレイジの帰りを待つしかできないのか?
 相棒失格だ、俺は。
 なんで看守を止められなかった、レイジを引き止められなかった?
 自責の念が胸を引き裂く。 
 「大丈夫や、ロンロン。安心しぃ」
 背中に温かい手がふれる。ヨンイルの手。
 人肌のぬくもりに包まれて顔を上げれば、ヨンイルが微笑む。
 「あいつのこっちゃ、そのうちけろりと帰ってくる。東の王様はお前にベタ惚れや、お前遺していなくなったりせえへん。絶対に」
 「……でたらめ言うな」
 「でたらめちゃう。ダチが言うんやから間違いない」
 ヨンイルがきっぱり断言、癇癪もちのガキをあやすみたいに俺の背中をさする。急速に頭が冷えて正気を取り戻した俺は、ヨンイルの前で取り乱したことが恥ずかしくなり奴をひっぺがす。
 顔を赤くしてそっぽを向いた俺を微笑ましげに見やり、ヨンイルがしっしっと手を振る。
 「お前、俺とレイジが何年ダチやっとる思うてんのや?レイジは必ず戻ってくる。王様のダチが言うんやから間違いない。アイツはタフやから一晩中説教食らったくらいでへこたりせん。今頃もう房に戻っとるんちゃうか?はよ帰ってとびっきりの笑顔で迎えたれ。俺もこれから西の連中に顔見せにいかなアカンのや、心配性のファンが図書室で待ちわびとるさかい」
 心の澱を吐き出したせいか、足取りも軽くなった。
 ヨンイルの言う通り房に帰ればレイジがいるかもしれないと前向きな気分になり、渡り廊下へと足を向け、鍵屋崎のことを思い出す。
 「ヨンイル、お前鍵屋崎見なかったか?こっちに駆けて来たはずなんだけど途中で見失っちまって」
 「直ちゃん?さあ、見いひんかったで。迷子になる年ちゃうし今頃房に戻っとるんちゃうか」
 「お前も心配性の仲間やな」と笑い飛ばされ、ばつが悪くなる。
 ヨンイルの言い分も最もだ。鍵屋崎は俺より年上だ。迷子になる年齢でもなし就寝時間も迫ってるし図書室でた足で房に寝に帰ったと考えるのが普通なのに最悪の想像に繋がって追いかけてきたのが馬鹿みたいだ。結論、お人よしは病気。
 「レイジ帰ってたらたまには図書室来い言うとき。この頃お前にべったりで顔見いひんから寂しい想いしとったんや」
 「うるせえ。好きでひっつかれてんじゃねえ」
 「『レイジと離れたら駄目なんやー』って俺の胸の中で泣いてたくせに」
 振り返りざま中指突き立てる。背後で笑い声があがる。ヨンイルの発破のおかげで少しだけ元気がでた。渡り廊下を全力疾走で東棟に戻り、房をめざして一路ひた走る。次第に腕振りのスピードが上がる。
 房が近付くにつれ期待が高揚、再会の予感が強まる。
 俺がいなきゃレイジは駄目だ。
 レイジがいなきゃ俺は駄目だ。
 床を蹴り加速し一直線に廊下を走る。すれちがいざま通行人がぎょっとする。構うもんか。コンクリ剥き出しの壁に穿たれた無個性な鉄扉の列が残像をひいて後方に飛び去る。走りっぱなしで息が切れる。体が茹だって毛穴が汗を噴いて酸欠の頭がくらくらする。
 房が見えてきた。
 レイジは帰っているだろうか?鉄扉を開けたら笑顔で迎えてくれるだろうか。「どうしたんだよ、汗だくじゃんか。体拭いてやっから服脱げよ」とかずかずか歩いてくるだろうか。上等だ、そしたら殴り飛ばしてやる。さんざ心配かけやがって馬鹿野郎と張り倒してやっから覚悟しろ。手のひらに爪が食い込むほど指を握りこみ、前傾姿勢でラストスパートをかける。
 いた。
 「!」
 房の前に人が二人いる。片方は見慣れない若い看守、その肩に担がれてるのは……レイジ。ぐったり看守の肩に凭れかかったレイジを見た瞬間に理性が吹っ飛び、大声をあげる。
 「レイジ、どうしたんだよ!?」
 驚いたように看守がこっちを向く。気弱そうな顔をした看守におぶわれたレイジは俺の呼びかけにも無反応、顔を上げようともしない。
 「てめえっ、レイジになにしたんだ!?事と次第によっちゃただじゃおかねえぞ!!」
 「ご、誤解だよ!僕はただ彼をこの房に送るようにって命令されただけで……」
 おどおど弁解する看守の胸ぐらを掴んで罵れば、深々と顔を伏せたレイジが低く呻き声を漏らす。看守の胸ぐらを突き放し、素早く前に回りこみ、レイジの顔を覗き込む。
 がっくり首を項垂れたレイジの肩に手をやる。
 「大丈夫かレイジ、どこも痛くねえか?医務室行くか?まだこの時間なら開いてるよな、間に合うよな。パッと行ってパッと戻ってくりゃ看守に見つからねえし……」
 不意に、俺の手がぎゅっと握られる。無意識だろうか、レイジが俺の手を握り返したのだ。
 最初は弱く、次第に強く。
 俺の手を握り締めたレイジが虚勢の笑みを拵える。
 「……心配かけてワリィ。帰り遅くなっちまった。そんな大袈裟に騒ぐなよ、ロン。この通りぴんぴんしてるから」
 「どこがだよ!」
 不吉な予感が当たった。たった一晩でこんな憔悴するなんてレイジの身に何があったんだ?動転する俺とレイジを見比べて看守が後ろめたげに顔を伏せる。俺の手を掴み、無理矢理肩からもぎ放したレイジが覚束ない足取りで鉄扉に接近、乾いた笑い声をあげてノブを捻ろうとする。飄々とした態度に怒りが沸騰、俺に背中を向けたレイジの肩を掴んで強引に振り向かせようとする。
 「レイジてめえさんざん人に心配かけたくせにその態度はなんだ、昨日一晩どこで何してたかわかるように話っ……」

 語尾が宙に浮いた。
 振り返り際、前髪の隙間から覗いたのは憎悪が滾った隻眼。
 余裕のない表情で振り返ったレイジが獰猛な眼光で俺を射竦め、手を振り上げる。

 「―!っ、」
 手首に衝撃。
 レイジにぶたれた手首を庇い片膝付いた俺を「君、大丈夫かい!?」と看守が助け起こす。俺の手を邪険に叩き落としたレイジは、ただ二本足で立っているのも辛い体調らしくだらしなく鉄扉に凭れかかる。
 そして、吐き捨てる。
 
 『Dont touch me』 
 俺にさわるな。

 「…………は?」
 驚きのあまり半笑いで硬直した俺の眼前、片腕を抱くような姿勢で鉄扉に寄りかかったレイジは苦痛に顔を歪めている。汗ばんだ額に前髪がかかり隻眼の眼光を遮る。囚人服から露出した部位、顔や手の甲に外傷を負ってる様子はないが苦しみようが尋常じゃない。
 前髪に半ば表情を隠したレイジが俺から逃げるように房の中に消える。靴裏で踏まれ、裸電球の破片が割れる音が暗闇に響く。
 そのままベッドに力尽き倒れこんだレイジに反射的に駆け寄るー……
 「寄るんじゃねえ!!」
 鼓膜がびりびり震える。
 レイジが容赦なく俺を叱り付ける。傷ついた豹が接近を拒むように。
 暗闇に怒号が跳ね返り、近隣の房の囚人が何の騒ぎだと格子窓に貼り付く。ベッドに臥せったレイジは肩を浅く上下させ荒い息を吐くばかり。前髪はびっしょり濡れて目に被さってる。
 枕に顔を埋め腰を浮かし、四つん這いの姿勢を維持するレイジの手前で慄然と立ち竦んだ俺の耳朶に、地を這うように低い唸り声がふれる。
 瀕死の獣じみた咆哮。
 喉の奥で牽制の唸り声を発するレイジに狼狽する。
 くりかえし生唾を嚥下し物欲しげに喉を鳴らし、俺と別れた時の笑顔など見る影なく憔悴した顔を極限の苦痛に歪め、シーツで爪を研ぐ。
 首から垂れた金鎖がシーツでうねり、廊下から射した光を反射。傷だらけの十字架が燦然と輝く。
 両手でシーツを掴み、しなやかな肢体を仰け反らせ、ベッドの上で狂おしく身悶えて。
 「……寄るな、ロン。一歩でも近寄ったら食い殺すぞ」
 おくれ毛を横顔に纏わり付かせ、レイジは邪悪に笑った。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050610212432 | 編集
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