ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十五話

 「トランクス一丁でなにやってんの?ロン」
 「うるさい。黙れ。死ね」
 背中で不機嫌に返事する。
 叱責され、ベッドに腰掛けたレイジが首を竦める気配。
 洗面台に向き合い蛇口を捻る。蛇口から勢い良く迸り出た水に手を突っ込み、ちびた石鹸を泡立て、じゃぶじゃぶズボンを洗う。
 夕飯前、リョウの房を訊ねた時の事を思い出す。
 房の扉ぶち破ったはずみにすっ転んで後生大事に隠し持ってたイチゴがは潰れ、ズボンの尻に赤い果汁が染み出た。ツイてねえ畜生。食後のデザートにとっといたのに台無し。貰ったその場で全部食っちまえば良かった。
 よくよく考えればレイジはチョコレートでもキャラメルでも缶詰のキャビアでも何でもござれ、欲しい物なら即貰える贅沢し放題の王様で、俺がいちご分けてやる必要なんて全然これっぽっちもなかったんだ。馬鹿らしい。
 イチゴの染みはなかなか落ちない。
 水を含んで重くなったズボンをむきになって擦る。尻一面の果汁の染みからほのかに甘酸っぱい匂いが漂ってくる。口内に唾が湧く。一粒なんてせこい真似せず喉詰まらすの上等で全部飲み込んじまうんだった。つくづく自分の貧乏人根性が嫌になる。
 このまま放っといたら染みが乾いて落ちなくなる。ズボンの尻に赤い染みくっつけて歩いてたら通りすがりの囚人どもに「どうした半々、生理か」「タンポン突っ込んでやろうか」「オムツあてとけよ」とからかわれる。それくらいならまだしも「処女喪失は何度目だ?」とか下ネタ飛ばされたら頭の血管ブチ切れる。
 ごしごしズボンを洗い続けて十分以上経つ。
 そろそろ腕が疲れてきた。
 ズボンの染みも完全には落ちてないが大分目立たなくなった。ここらで一息入れようと蛇口を締めて水滴したたるズボンを洗面台の端にかける。イチゴに未練があるが済んじまったもんはしかたないと気を取り直してベッドに引き返す。
 「……でもやっぱもったいねえ、結局一粒しか食えなかったし!くそ、リョウの房なんか寄らずにまっすぐ帰ってくるんだった。そうすりゃ尻餅ついてイチゴ潰すことなく全部ありつけたのに、とんだとばっちりだ」
 「食い意地汚ねえ。さすが野良」
 「野良じゃねえ」
 向かいに腰掛けたレイジめがけて枕を投げれば、ひょいと首を倒されかわされた。むかつく。行動全部お見通しってか?
 余裕の表情で枕をかわしたレイジが目の位置に摘み上げたのは一羽の折鶴。リョウの房の前で偶然会った静流から手渡された折り紙の鶴。
 リョウへの手土産の折鶴を俺なんかにくれていいのかよと戸惑ったが捨てるのも忍びなく房に持って帰った。ズボンを洗う段になってポケットに入れっ放しにしてたのに気付いてレイジにくれてやった。
 「土産だ。ありがたく受け取れ」と恩着せがましく手渡したら、折鶴見るのは初めてなのか興味津々「すっげ、紙で作った鶴?器用だなー」と驚いていた。
 折鶴をためつすがめつ、感嘆しきりのレイジを向かいで頬杖をつく。
 「……リョウさ、治んのかな」
 返答を期待しない独り言。夕飯前、曽根崎の言伝で房に寄った俺が見たのは毛布にくるまって怯えるリョウ。四肢をもがれ真綿の内臓がはみ出た、変わり果てたテディベア。
 躁鬱のはざまを揺れ動き、浮かれウサギみたいに房じゅう跳ね回るリョウを思い出し、二の腕が鳥肌立つ。
 お袋の客にヤク中がいたから覚せい剤の怖さは十分知ってる。
 クスリが切れた途端に殴る蹴るされるのも恐ろしかったが、それよりびびったのは「皮膚の下を虫が這い回って痒くて痒くてたまらない」と叫び、全身掻き毟り身悶える姿。
 ヤク中には自分の血管の中でうじゃうじゃ虫が蠢く幻が見えるんだそうだ。蚯蚓がのたうちまわったような引っかき傷を作り、かゆいかゆいと顔くしゃくしゃにして泣き叫ぶさまに怖気をふるい、クスリだけは絶対やらねえと子供心に誓った。
 けど。
 リョウの場合、あんまり突然すぎる。
 「ヤクがキレたにしてもあんまり突然すぎだ。普通ヤク中ってのは一日一日かけておかしくなってくもんだろ?お袋の客もそうだった、最初と最後じゃ別人みたいなありさまだった。最初の頃は自分で覚せい剤うてたのに最後らへんはガキの俺に泣き付いてた。でもリョウは昨日までぴんぴんしてた、普通に食堂で飯食ってビバリーとくっちゃべってた。それがなんで突然、」
 「心配?」
 「まさか。変だって言ってるだけだ」
 たった一日でこんな急激に症状が進行するはずない。何かきっかけがあるはずだ、リョウが壊れたきっかけが。リョウは年季入ったヤク中だ。症状が悪化しないよう一回のクスリの量を抑制してたのに、ここに来て急激に症状が進んだのは妙だ。
 何がリョウの背中を押した?
 別にリョウを心配してるわけじゃない。リョウにはさんざん酷い目にあわされた、監視塔に拉致られおとりにされて覚せい剤をうたれた。あいつがどうなろうが知ったこっちゃねえ、自業自得だ、ざまあみろ。胸中でそう吐き捨てるが、気分は晴れない。
 「なんかショックなことでもあったのかな」
 「ママに新しい男ができた」
 「そりゃショック。マザコンにゃ一大事だ」
 「ひとのふり見て我がふりなおせ」
 「……喧嘩売ってんなら相手になるぜ。立てよ」
 だれがマザコンだ?
 リョウと一緒にされちゃたまらねえと目を据わらせれば、レイジがおどけて肩を竦める。
 「自覚がないってのは幸せだよな。ともかく、そんなにリョウが心配なら様子見に行ってやったらどうだ?お前ダチいねえから相手弱ってるときに優しくしときゃ友情芽生えるかも」
 「悪かったなダチいなくてよ。別に欲しかねえよ」
 声が不機嫌になる。
 リョウのオトモダチなんざこっちから願い下げだ。男娼の仲間入りなんかしたくねえ。結論、レイジに相談しても為になるアドバイスは得られない。そもそもレイジに意見を仰ぐこと自体間違ってた。
 ベッドに後ろ手つき、ため息まじりに足を投げ出す。
 トランクス一丁で寛ぐ俺の視線の先では、レイジが折鶴で遊んでる。
 鼻の上に折鶴乗っけてバランスとってる姿がガキっぽくて笑える。
 「これ、あの美人に貰ったんだって?どうりでいい匂いするわけだ」
 「男を美人って言うな気色わりぃ。リョウの房の前でばったり会ったんだよ。見舞いに来たらしいんだけど、野次馬いっぱいいたから直接房には寄らずに折鶴ポイって放って行っちまった。なにしにきたんだか」
 「へえ」
 吐息で折鶴を吹き上げながらレイジがほくそえむ。
 「東京プリズンに来て一週間もたってねえのに友達できたのか。サムライと違って社交的」
 「俺はあんま好きじゃない」 
 レイジの吐息で膨らんだ折鶴を眺める。俺の手に折鶴を渡して背中を向けた静流、リョウの悲鳴にも無関心に悠然と歩き去る後姿……
 静流は一体何者だ?なにをしでかして東京プリズンに来たんだ?
 脳裏で疑問が増殖する。静流の正体が掴めず不安になる。
 レイジの唇で羽を休める純白の折鶴を視線で射止め、独りごちる。
 「あいつ、白いカラスみたいだ」
 「その心は?」
 「外ヅラ白くても本性は黒い」
 白鷺に擬態したカラス。それが静流の印象だ。みな綺麗な見た目に騙されて本性に気付かない。廊下で静流と対峙した時の得体の知れぬ緊張がまざまざ蘇る。

 掴み所ない水鏡の目、妖しい微笑み。

 口ではリョウが心配だとうそぶきつつも、リョウの房の前を一抹の未練なく通過した。静流は一体なにしに来たんだ?本当にリョウを見舞いに来たのかと疑問が募る。
 頬杖ついて思案に暮れる俺を現実に引き戻したのは、能天気な声。
 「ははーん。嫉妬だな」
 「ああん?」
 頬杖を崩して顔を上げる。
 向かいのベッドに腰掛けたレイジがひとり頷く。
 折鶴を交互の手に投げ渡し遊びながら、不敵に微笑む。
 「俺があいつの肩もつからヤキモチ焼いてんだろ?素直に白状しちまえ、我慢は体に悪い。俺を独り占めしたいならそう言えよ」
 「……耳の穴から脳みそ溶け出してるぞ。鼻から啜り上げて戻さなくていいのか」
 どこをどうすりゃそんな結論になるんだ?鍵屋崎に解説を頼みたい。いや、かえってこんがらがりそうだからやめとく。怒りを通り越してあきれかえった俺をよそにレイジはご機嫌に笑ってる。
 「だーいじょうぶ、浮気なんかしねえから安心しろ。そりゃ確かにあいつ美人だし色っぽいし一発ヤれたら儲けもんだけど、生憎今の俺はロン一筋で他の男は目に入らねえラブジェネレーション一直線。お前のカラダに飽きるまでとーぶん浮気しねえよ。なにせまだ二回っきゃヤってね、どわっ!?」
 ベッドを立ち突っ走りレイジに回し蹴りを食らわすまで二秒とかからなかった。俺の回し蹴りは見事レイジに炸裂、奴をベッドから叩き落して埃を舞わせた。
 折鶴で遊ぶのに夢中で、もとい、俺のカラダに飽きるまでとりあえず浮気しない宣言かまして余裕ぶっこいてたレイジはろくに受身もとれずもんどりうって床に転がる。
 埃を吸い込んで咳き込むレイジの胸ぐら掴み、目から火花とびちる勢いで額をぶつける。
 「~~いろいろ突っ込みどころ満載でどこから突っ込んでいいか俺としても迷うが、今の発言でお前の本性ってもんがよーっくわかったよ。美人とみりゃ男でも女でもホイホイついてく尻軽が、俺のカラダに飽きるまでとーぶん浮気しねえってなんだそりゃ、とーぶんって何ヶ月何週間何日だよおい!?しかもお前これからまだまだ俺を抱く気なのか?
 調子にのんのも大概にしろ、こちとら性懲りなく羞恥プレイまがいの真似されて連日大恥かいてんだ!
 一回目は男と男の約束だしお前頑張ったんだし仕方ねえかなって納得して、二回目はどん底まで落ち込んだお前の為に文字通りひと肌脱いでやって……でも三回目はありえねえから、野郎に抱かれるなんざありえねえから!痛いのも気持ちわりぃのもこりごりだっ」 
 「うわっひどっまたしかたねえとか言った!?俺デリケートだからすげえ傷ついた、ブロークンハートだ。ロン痛いの嫌なら次から大丈夫、三回目ともなりゃ体慣れてくるから、俺のカタチ覚えて具合よくなる頃だから。どうだ、経験者のアドバイスは説得力あんだろ」
 「ねえよ!さっぱりねえよ!」
 怒りに任せて胸ぐら締め上げてもレイジはさっぱり懲りない。
 余裕ありげなツラが癪に障り、レイジを絞め殺したい衝動を抑えるのに苦労しながら奴の胸ぐら掴んで咆哮する。
 「理由もなく男に抱かれてたまっか!」
 「抱くのにいちいち必要なのかよ理由とやらが!?」
 「抱きたいなら納得させろ!」
 「『愛してる』が理由じゃ駄目か?」
 唾飛ばして怒鳴り散らす俺をまっすぐ見つめ、レイジが真顔で言った。たじろぎ、胸ぐらから指を放す。レイジが緩慢に起き上がり、ふてくされた顔で胡坐をかく。憮然と唇を尖らした顔に拗ねた子供みたいな表情を浮かべ、皺の寄った胸ぐらを撫で付ける。
 「俺がお前抱きてえ理由はオンリーワン&ナンバーワン、ただ『愛してるから』だよ。好きだからだよ。好きな奴ヤりたくて悪いかよ、好きな奴抱きたくて悪いかよ。ああもう畜生、大好きなんだよお前が!お前の体に負担かけるって頭でわかってても理性飛んで押し倒しちまいたいくらい滅茶苦茶ヤりたくてヤりたくてたまらないんだよ、ぶっちゃけお前の体に夢中なんだよ!」
 「でけえ声だすな、外に聞こえんだろ!?」
 ヤケ気味にぶちまけるレイジの口を慌てて塞ぎにかかるがさっきのお返しとばかり片手で軽々頭を押さえ込まれる。
 頑張ってもどうにもならねえ身長差と体格差が恨めしい。
 レイジの膝に顔面突っ伏した体勢から片手の圧力に逆らい頭をもたげるも、あっけなく肘が砕けてずり落ちるくりかえし。
 「ロン、俺を惚れさせた責任とれ。俺もおまえ惚れさせた責任とるから」
 「惚れてねえよ、掘られたんだよ!」
 頬が羞恥に染まる。
 悔しいかな、レイジにやすやす押さえ込まれて奴の膝に顔を埋める屈辱を舐めた俺の目に褐色の首筋をうねって流れる金鎖がとびこんでくる。
 シャープに引き締まった首筋に沿い、鎖骨の起伏を緩やかに経てシャツの内側へと吸い込まれる鎖を目で辿り、体の力を抜く。
 王様相手にむきになんのが馬鹿らしい。
 降参のため息を吐いた俺の耳朶を、不意に囁きがくすぐる。
 「ー噛まれたのか?」
 図星をさされて体が強張る。腹に顔を埋めた俺の背中に手を回し、ちゃっかり抱き寄せたレイジが剥き出しの太股を見つめている。
 トランクスから突き出た太股にはくっきり歯型が残ってる。あのバカ犬に噛まれたあと。やべ、バレた。傷跡のこと忘れてうっかりズボン脱いだのが裏目にでた。慌ててズボンを取りに戻ろうと跳ね起きたが、肘を掴まれ引き戻される。

 「!―っ、」

 そっと太股に手がふれる。
 しなやかな手のひらが太股を覆う。
 太股の歯型に指をふれ深さを確かめ、レイジが物騒に目を細める。
 「……決定。明日の夕飯は犬鍋だ」
 目つきがマジだった。正直びびった。たしかにあのバカ犬にゃ腹を立てたが、犬鍋はやりすぎだろ?
 「レイジ、落ち着け。深呼吸だ。犬鍋は喉に通らねえ。せめて具材は伏せとけ、食欲失せる」
 違う、そうじゃねえだろと自分につっこむ。
 冷や汗かきながら説得を試みるも、レイジは俺の肘を掴んで抱き寄せたまま、間接と長さのバランスが絶妙な指で太股の歯型を撫でている。指が太股の敏感な所に触れるたび、性感帯に微電流が走り、鼻から吐息が抜ける。
 馬鹿な。
 ただ太股撫でられてるだけなのに何でこんな感じてるんだ、ぞくぞくするんだ?レイジの指の感触と温度を太股が吸い上げて、悪寒と紙一重の快感が背筋を駆け抜ける。野郎、わかっててわざとやってる。
 意地悪い微笑を覗かせぴたり体を密着させ、歯型を慰撫していた指を太股沿いにツと滑らす。
 褐色の手が内股に潜りこみ、五指を独立して動かし、ひどく敏感な場所を探り当てる。
 「っあ、そこっ、さわん、な……」
 とうとう変な声が漏れた。緩慢な愛撫に焦らされ、太股の産毛が逆立つ。ただ手だけで何でこんな感じるんだ?おかしい。俺よりひとまわり大きく骨ばった男の手が太股を迂回、レイジの指から伝わる熱がちりちりと産毛を炙る。
 「ロンを食べていいのは俺だけだ。だろ?」
 「お前よくそんな恥ずかしいこと言えるよな……」
 咄嗟に減らず口を返した次の瞬間、レイジが予想外の行動にでる。俺の肘を掴んで支え起こしたかと思いきや、事もあろうに俺の太股に顔を埋めたのだ。
 「!?ひっ、あ」
 太股に深々穿たれた歯型に唾液が沁みる。まずは唇で軽く触れ、それから舌を出し、歯型のへこみを丁寧に舐める。熱い唇が剥き出しの太股に触れる。熱く柔らかい舌が太股に唾液を塗る。
 気持ち良いのか悪いのかわからない微妙な感覚。
 唾液に濡れた太股が淫猥に輝く。太股に垂れた唾液が透明な筋を作り流れ落ちる。くすぐったい感覚が次第に何か別のものへと変容する。
 熱い舌が唾液を刷り込むたび感度が良くなり、なまぬるい快感が太股を逆なでする。
 手のひらに爪が食い込む痛みで自制心を呼び起こしひたすら我慢するも、ちろちろ蠢く舌に刺激されて太股の柔肉が震え、俺の意志とは裏腹にトランクスの股間が勝手に勃ち上がる。
 「男にヤられても気持ちよくねえ?よっく言うぜ、手と舌だけで勃つくせに」
 ひややかに嘲笑され恥辱で頭が熱くなる。反射的にトランクスの股間を手で隠そうとしたが、俺の行動を予期したレイジがすかさず払いのける。やめてくれ、と口の中で呟く。意固地に首を振り拒絶するもやめず、レイジの手が太股をよじりトランクスの端にかかる。
 「レイジ、やめろ!」
 「大丈夫、いれないから。舐めるだけ。消毒消毒、ワンコに舐められた場所を消毒っと」
 「てきとー言うな、犬より飢えてるよお前!」
 冗談じゃねえ。トランクスを引っ張り必死に抵抗、レイジの腹に足蹴を食らわして方向転換。レイジが「げふっ」と苦鳴を上げて床に倒れたのを幸い、股間の昂ぶりを手で庇い洗面台に急ぎ、生渇きのズボンに足を通す。ったく、油断も隙もねえ。
 手の甲で汗を拭い嘆息。どっと疲労を感じて下を向けば、純白の折鶴が転がっている。
 「ん?なんだこりゃ」
 折鶴の羽に目を凝らす。電球の光を透かして淡く浮かび上がる……字?綺麗に折り畳まれた羽の内側に字が書かれている?
 好奇心から折鶴を摘み上げ、不器用な手つきで一枚に広げ、頭上に掲げて裸電球の光に透かす。
 「どうしたロン?」
 「謎のメッセージ」
 大袈裟に咳き込みつつ、好奇心に負けて首突っ込んできたレイジに顎をしゃくる。俺の肩に寄りかかるように手元を覗き込み、レイジが顔を顰める。裸電球の光に照らされた折り紙の裏には、惚れ惚れするほど流麗な筆跡でこう書かれていた。
 「『玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば しのぶることの よわりもぞする』……こりゃ暗号だ」
 「だろ?わけわかんねえ。リョウに渡す折鶴に書かれてたってことは奴に宛てた伝言なんだろうけど、それにしちゃぞんざいに投げてよこしたし」
 「キーストアなら知ってるんじゃね?メガネだし」
 「明日会ったときにでも聞いてみるか。それからリョウに返しても遅くねーだろ」
 元通り鶴を折ろうとして失敗、しかたなく四つ折りにした紙をポケットに忍ばせる。博識な鍵屋崎なら暗号解読の期待がもてる。それはそうとレイジの奴、いつまでひっついてやがるんだ?用が済んだらとっとと離れろとドテっ腹に肘鉄お見舞いしようとした、瞬間。
 威圧的な靴音が廊下に響き渡り、格子窓の向こうに不穏な空気が充満する。
 「なんだ?」
 レイジと顔を見合わせ鉄扉に駆け付け、格子窓から外の様子を窺う。 廊下にごった返した囚人が好奇心もあらわに見つめる方向に一瞥くれ、顔から血の気が引く。看守だ。こないだ俺を取り押さえた看守が四人、ずらずらと群れなして廊下をのし歩いてくる。
 「こりゃまた随分態度のでけえバックパッカーだ」
 口笛吹くレイジの横で俺は気が気じゃない。まさか、こないだの一件で目を付けられたのか?矩形の窓に嵌まった鉄格子を掴み、硬直した俺の方へと奴らはまっすぐ歩いてくる。先頭の看守と目が合う。
 こないだ俺の横っ面を殴り飛ばした看守が流れる動作で警棒を抜き放ち、もう片方の手でノブを捻りー
 「お礼参りか!?」
 心臓が凍える。集団でお礼参りなんて卑怯だ、はなから勝ち目がねえ。看守に喧嘩売るなんざ俺も馬鹿なことしたと後悔しつつ鉄扉からとびのき、あとじさりに距離をとる。壁を背にした俺の眼前、扉が乱暴に開け放たれ荒々しい靴音が殺到。手に手に警棒を構え、大挙して踏み込んだ看守がさかんに叫びかわす。
 「逃がすな!」
 「包囲しろ!」
 「所長じきじきに連れてこいとのご命令だ、抵抗するようなら足一本折ってやれ!」

 え?所長の命令?

 どうも様子がおかしい。奥の壁に背を付け、いつ警棒でぶん殴られるかとびくびくする俺をよそに、看守たちが取り囲んだのは……レイジ?なんだってあいつが?
 頭が混乱、胸騒ぎが沸騰。
 警棒振り上げて威圧する看守四人に寄ってたかって壁際に追い詰められたレイジも何が何だかわからないといった困惑の様子。
 「ストップ!ひとの房訪ねるときはノックしろってママに教わらなかったか?俺が人気者なのは知ってるけどサイン攻めは後にしてくれ、さっきの続きしようってトランクスの中も準備万端だったのにとんだ邪魔が入って興ざめ」
 自分のズボンを掴んで非難するレイジに触発され、包囲網が狭まる。 格子窓の向こうには人だかりができはじめている。
 「なんだ?」
 「王様が接待されてるとよ」
 「レイジまた何かしたのか?」
 押し合いへし合い、もっとよく見ようと格子窓に顔をくっつける奴らを意識の外に閉め出してレイジと看守を見比べる。
 壁を背に突っ立ったレイジは看守四人と対峙しても余裕の表情と不敵な物腰を崩さず、闘うまでもなくどちらが『上』かを空気で知らせている。
 一歩、レイジの方へ踏み出した看守がいる。
 牽制の意を込めて警棒を構えた看守は、顎の付け根の筋肉が盛り上がるほど奥歯を食いしばり、凶暴に唸る。
 「レイジ、所長がお呼びだ。所長室までじきじきにお越しくださいとさ」
 所長から直接呼び出し?格子窓の外がどよめく。東京プリズン全囚人のトップが所長じきじきに呼び出しを受けた。ただことじゃない。
 「なんで?」
 レイジは至極冷静に、微笑を絶やさず聞き返す。
 首筋の鎖をいじりながら問うたレイジと距離を詰め、レイジを警戒して武器を握る手に力を込め、吐き捨てる。
 「さあな。俺らはただ連れてこいと命令されただけだ、理由なんか知らねえよ。所長に直接聞けよ」
 「おとなしくついてきたほうが身の為だぜレイジ、いくらお前でも看守四人相手に暴れまわるのはしんどいだろ。ギャラリーの前で足折られてプライドずたずたにされんのは嫌だろ」
 「100人抜きの偉業成し遂げた王様に敬意を表したVIP待遇だ。感謝しろ」
 「俺らはさしずめSPだ。くそったれ刑務所の王様を送り迎えする役目をおおせつかったんだ」
 「レイジ!」
 喉が異常に渇く。心臓の鼓動が高鳴る。
 俺の目の前でレイジが看守四人に囲まれている。壁を背に追い詰められたレイジは色素の薄い隻眼に困惑の色を浮かべている。
 嫌な予感がする。俺が今まで恐れていたことが現実になったような、今まさに現実になりつつある予感が。
 格子窓の外の野次馬が膨れ上がる。今や廊下の先の先まで房から湧き出した囚人で埋まっていることだろう。
 レイジが連れて行かれる。連れて行かれたまま戻ってこなくなる。
 行かせてたまるか。
 衝動に突き動かされるがまま、頭から看守に突っ込んでいく。
 がむしゃらに看守の腰にしがみつき必死に食い下がる俺の頭に肩に背中に容赦なく警棒が振り下ろされ激痛が襲う。しかし手は放さず、他の看守が俺の奥襟掴んで引き離そうとするのに踏ん張り利かせて抗い、めちゃくちゃに叫ぶ。
 「お前らレイジをどこに連れてく気だよ、所長が呼んでるってなんだよそれ、相棒の俺が納得いくようちゃんと説明しろよ!あのクソ所長こないだレイジの十字架ふみにじっただけじゃ飽き足らずまだいちゃもんつける気か、なら俺も連れてけよ、俺も一緒に!」
 「邪魔すんじゃねえ、レイジ庇うならお望みどおり道連れにしてやる!!」 
 逆上した看守が憤怒の形相で警棒を振り上げる。風圧で前髪が浮く。殺される。
 裸電球の光に黒く塗り潰された警棒が残像の弧を描き、脳天に振り下ろされるー
 
 裸電流が粉々に砕けた。
 微塵に砕けた電球の欠片が虚空に舞い、床一面に散らばる。
 
 「ぎゃああああああああああああああっあああああああああっあ!?」
 だみ声の絶叫がびりびり鼓膜を震わす。
 壁から背中を起こした姿勢を低めて疾走、レイジが看守の股下を前転でくぐり抜けて現われ出でて、俺の頭蓋骨を粉砕しようとした看守の手に蹴りを入れたのだ。その衝撃で手から跳ね飛んだ警棒が裸電球を直撃、看守四人の頭上に粉々に割れ砕けた破片が降り注ぐ。
 裸電球が消える直前に目撃したのは虚空に泳いだ十字架の輝き、看守の手首に蹴りくれたレイジの隻眼の輝き。
 腕を交差させ裸電球の欠片から頭を庇った俺の耳元で、誰かが優しく囁く。
 「心配すんな。すぐ戻る」
 待て、行くな!暗闇に手を伸ばし引き止めようとした俺の唇にほんの一瞬、熱い感触が触れる。刹那のキス。
 「レイジこの野郎、優しくエスコートしてやりゃ付け上がりやがって!」
 「くそっ、こんなことになるんなりゃ檻でも持ってくるんだった!」
 「面倒くせえ、とっとと手錠かけちまえ!ちんたらやってたら減棒されちまう!」
 暗闇で怒号が交錯、足音が殺到。何かを殴り付ける鈍い音、手錠を嵌める金属音、格子窓から射し込む僅かな光が闇を掃き清めるー

 レイジが振り返る。
 後ろ手に手錠かけられた不自由な体勢から肩越しに振り向き、俺の不安も心配も吹っ飛ばすように微笑む。

 「グッバイロン、しばしのお別れだ。いい子で待ってたらさっきの続きしてやるよ」
 格子窓から射した光に明るい藁色の髪が透ける。
 長い睫毛も光に透けて揺らめく影を落とす。
 不敵な笑みを刻んだレイジが看守に背中を突き飛ばされ、「とっとっと」と飛び跳ねる。廊下に連れ出されたレイジを追おうとした矢先に無情にも鉄扉が閉まる。
 まずい。
 慌ててノブを掴み押したり引いたりをくりかえすも遅い、廊下に溢れ出した野次馬が鉄扉を塞いでノブはびくともしない。
 「畜生!レイジ、行くな、行くなって!お前余裕かましてんじゃねえよ、十字架ぼろぼろにされた時だってあんなにへこんでたのに今度はあれよりもっとひでえことされっかもしれねえんだぞ、俺庇ってカッコつけたつもりかよ、おまけに裸電球まで割りやがってどうすんだよ、お前のいない間ずっと真っ暗闇で過ごせってのかよ!?」
 さかんに鉄格子を揺さぶり声を限りにレイジに呼びかける。鉄格子に縋りつま先立ち、人ごみの遥か向こうを看守に強制連行されるレイジは俺の声が届いてるはずなのにもう振り返らない。
 いつかと同じく後ろ手に手錠かけられ看守に前後左右を固められ、今まさに人ごみに閉ざされ視界から消え去ろうとするレイジを振り向かせたい一心で鉄格子を殴り付ける。 
 「このっ………マザコン!!」
 じん、と手が痺れた。
 「~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
 痛い。半端じゃなく痛い。声にならない悲鳴をあげてしゃがみこんだ俺の頭上、威圧的な靴音が遠ざかる。指がへし折れたかと思う程の激痛で目に生理的な涙がみなぎり視界がぼやける。
 唇を噛み締め鉄格子を覗けば、レイジの後ろ姿はすでに視界から消え、廊下には興奮冷め遣らぬ野次馬がうろつくのみ。
 一気に膝の力が抜け、鉄扉に額を預けてずり落ちる。
 鉄扉に額を預けて膝を折った俺は、真っ赤に腫れた指を唇に持っていき、激痛が薄れるのをじっと待つ。
 レイジと引き離される寸前。
 暗闇の中でほんの一瞬、唇が触れた。「心配すんな、すぐ戻る」とレイジがお気楽に言った。
 「………本当かよ。リョウが突然壊れて、お前も突然いなくなって、もう二度とこっち側に帰ってこないんじゃねえか」 
 廊下のどよめきが次第に薄れはじめる。
 三々五々房に引っ込み始めた野次馬をよそに、裸電球の欠片が散らばった暗闇にひとり膝をつき、胸を苛む不安をしずめる為に何度も何度もレイジの笑顔を反芻する。何度も何度もレイジの言葉を噛み締める。
 けど、不安はますます大きくなるばかり動悸は高鳴るばかりで全然効果がない。
 暗闇に押し潰される錯覚に襲われて鉄扉に寄りかかった俺は、レイジが所長に呼び出された原因を考えに考え、一つの答えに辿り着く。
 「原因は犬鍋か……?」 
 犬鍋が原因で相棒と引き裂かれるなんて、洒落にならねえ。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050614224701 | 編集
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