ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集
三十四話

 痴話喧嘩は犬も食わないが、鍵屋崎は犬に食われそうになった。
 だからさっさと仲直りしちまえと思う、とっとと謝っちまえと思う。鍵屋崎もサムライも頑固で、どっちかが腹括って折れない限り永遠に平行線で仲直りの兆しが見えない。
 数日前から鍵屋崎の様子がおかしいのは気付いていた。普段冷静沈着ぶってる鍵屋崎はすぐ動揺が顔にでる単純な奴なのだ。
 デリケートと言えば聞こえはいいが、逆境に打たれ弱い繊細な神経の持ち主は東京プリズンの環境に耐え切れず首を吊るか胃を壊しちまうのがオチ。鍵屋崎は後者。異常にプライドが高く自殺を逃避の一手段と嫌悪する鍵屋崎が首括る可能性は低いが、何でもかんでも独りで抱え込んで深刻に思い詰める気性が災いしてそのうち神経性胃炎になっちまいそう。
 今朝食堂で会った時も様子がおかしかった。鍵屋崎が配膳待ちのサムライを放っぽって席取りに来るなんて、見かけに寄らず律儀なあいつらしからぬ振る舞い。鍵屋崎だけじゃない、サムライも挙動不審だった。わざわざ鍵屋崎から席一つ空けて座って、食事中もろくに目を離さず会話もせず黙々と飯をがっついてた。
 倦怠期の夫婦かよお前らと余程つっこんでやろうかと思った。
 沈黙の食卓。
 なお雰囲気を悪化させたのは鍵屋崎とサムライの間に挟まる静流の存在。なよなよした見かけに反してよっぽど神経図太いのか空気を読まないタチなのか、あからさまに不機嫌な鍵屋崎を無視して人懐こくサムライに話しかけてた。サムライもまんざらではなく受け答えして、二人の間にはほのぼの親密な空気が漂っていた。鍵屋崎はその間ずっと疎外されて、一人ぼっちでしんみり飯食ってた。
 ちょっと可哀想。
 まあ、夫婦喧嘩は犬も食わないのが真理だし余計なお節介はさしでがましい。だから俺もずっと遠慮して、首突っ込みたくなる好奇心を抑えて、ここ数日間じっと様子を静観してた。けど、事態はよくなるどころかますます悪化する一方。
 レイジに相談しても為になるアドバイスが返ってくるとは思えない。
 「放っとけよ。泥沼三角関係なんておもしれーじゃん、愛人と正妻の仁義なき戦いは高みの見物決め込もうぜ」とか何とか面白半分に適当言われるだけだ。あてにならない王様め。

 そして、強制労働開始。

 シャベルを掴み、穴掘りに精を出す。
 手は動かしながら、鍵屋崎とサムライのことをうだうだ考えてた。レイジは放っとけとぬかすが、やっぱ心配だ。シャベルを振るって砂を掻き出しながら、上目遣いに視線を巡らして鍵屋崎をさがす。いた。未完成の用水路へと側壁補強用の土嚢を担いで運んでる途中だ。
 俺に背中を向け、肩に土嚢を担ぎ、ふらふらよろよろ危なっかしく蛇行する鍵屋崎にはらはらする。いつ貧血起こしてぶっ倒れてもおかしくねーぞあいつ。サムライとの喧嘩が鍵屋崎の体調に悪影響及ぼしてるのかも。あいつよく眠れてないみたいだし、目の下にはべっとり不健康な隈貼り付いてるし、眼鏡の奥の目も淀んでる。
 「~~~あーもう、しゃきっとしろよしゃきっと!」
 活を入れてやりたい。死んだ魚みてーな目えしやがって、情けねえ。サムライと何があったか知らないがぐだぐだ悩んで胃を壊すくらいならとっとと謝っちまえ、我の強い天才め。まあ、鍵屋崎が俺の説教聞くとは思えない。俺みたく凡人の意見に耳傾ける謙虚さがあるなら自分のことを「天才」なんて吹聴しないはずだ。やれやれ。やっぱ時が解決するに任せるっきゃないか?いつになるかわかんねーけど。
 砂に突き刺したシャベルに凭れかかり、憂慮のため息に暮れる。
 「サムライのいとこかあ……いくらサムライでも、身内は切り捨てられねーもんなあ」
 今朝サムライの隣に座ったのは、いとこの静流。
 東京プリズンで再会した肉親にサムライが複雑な感情抱いてるのは傍からでもわかる。サムライだって女の股から産まれた人の子、一途に慕ってくる身内に冷たくできるはずがない。サムライはああ見えて優しいから余計に憧憬を裏切れない。
 最も、自分が腹痛めて産んだガキに一片の愛情も恵まない薄情な女もいる。たとえば、俺の母親。もうずいぶん会ってないお袋。今頃どこでどうしてるんだから音沙汰ないからわからないが、ろくでもねえ男にひっかかってろくでもねえ生活してるんだろうと漠然と察しは付く。
 俺がいまだにお袋を切り捨てられないように、サムライだって静流を切り捨てられない。
 過去があるから今の自分がいる。
 過去を切り捨てたら、今の自分は成立しない。
 それが直感的にわかるから、サムライは静流を庇おうとする。献身的なまでに静流の力になろうとする。サムライは間違ってない。気持ちはよくわかる。名前を捨てたところで過去と決別するのは難しい。
 親から貰った名前を捨てたところで、厄介な過去は一生付いて回る。
 けど、鍵屋崎が悩んでるのも事実。
 なんとかしてやりたいのが本音なわけで。
 「だいたいサムライがはっきりすりゃいいんだよな、武士らしく。静流と鍵屋崎のあいだふらふら行ったりきたりしないでどちらか一人に決めりゃいいんだ、二股なんて最低だよ、切腹モンだよ。武士の恥だよ。だんまり決め込んでカッコつけてないんで、鍵屋崎にちゃんと言いたこと言やいいんだ。ケンジョーの美徳なんてしゃらくせえ」
 「おい!」
 「あん?」
 顔を上げる。顔見知りの囚人が足早にこっちにやってくる。何だ一体?俺に用か。うろんげな面で出迎えた俺の前で立ち止まり、同じ班のそいつが連絡を伝える。
 「ビニールハウスの看守から伝言だ。お前に用があるから至急来いとさ」
 「ビニールハウス?」
 目を丸くする。俺たち囚人が汗水垂らして働くイエローワークの作業現場から二つほど砂丘越えたとこにあるビニールハウスは、飴玉しゃぶりと引き換えに贔屓されてる特定の囚人専用のラクな仕事場。もちろん、遠目に見かけたことがあるだけで足を踏み入れたことはない。
 日に焼けた顔の同僚は砂丘の向こう側に顎をしゃくり続ける。
 「ほら、あいつ……えーと、名前なんだっけ?忘れちまった。赤毛の男娼にぞっこんベタ惚れの地味なツラの看守がいたろ?あいつがお前に用があるんだとさ、個人的に」
 ……嫌な予感。「個人的に」って部分をわざと強調してにやつく囚人を睨み付ける。
 「赤毛の男娼……ウチの棟のリョウか。あいつが当たり構わず媚売ってパトロン拵えてんのは有名だ。大方そいつもリョウの手のひらで転がされてるおつむの軽い看守の一人だろうが、なんで俺が呼び出し食ったんだ?わけわかんねー」
 「文句は後回しで速攻行ったほうがいいぜ。大分テンパってたからな、あいつ。遅刻一分につき警棒一発プレゼントだ」
 しっしっと追い払われ、仕方なく歩き出す。
 シャベルをそこらへんに放り出し、気乗りしない足取りで砂丘を越える。砂丘の頂から眼下を望めば、穴ぼこのだらけの地面に働き蟻みたいに囚人が散らばっていた。
 無理矢理前に向き直り、砂を蹴散らし走り出す。
 靴裏で斜面を滑って目的地に到着。
 砂漠のまっただなかに忽然と出現したビニールハウスが、透明な外壁で直射日光を跳ね返し燦然と輝いてる。小綺麗なビニールハウスに歩み寄り、扉を開ける。
 「おおっ」
 思わず歓声がこぼれる。
 ビニールハウスに入るのは初めてだ。イチゴが生ってる光景を見るのも。ごく一部の囚人が配属されるビニールハウスではイチゴや西瓜やミニトマトが栽培されてると噂で聞いたが、実際見るまで半信半疑だった。
 「すげー。一個ぐらいつまみ食いしてもバレねえかも」
 誘惑に心が揺れる。ビニールハウスの中には整然と苗が植えられて葉影に赤く熟したイチゴが生っていた。口内に生唾が湧く。美味そう。前に一回、リョウが見舞いで持ってきてくれたことがあったなとふいに思い出す。
 ところが、そのリョウが見当たらない。ビニールハウスの中にゃ鼻歌まじりにホースで水撒いてる囚人やちまちまイチゴを摘んでる囚人がいたが、特徴的な赤毛はどこにも見当たらない。欠勤?そういや、行きのバスでも姿を見かけなかった。風邪でもひいたんだろうかと少し気になる……まあ、それはそれこれはこれで。
 「………だれも見てねーな?」
 自分で自分に確認、挙動不審な態度を見せないよう努めてさりげない風を装いしゃがみこむ。苗の葉っぱに害虫見つけたから駆除してやる、とでもいわんばかり堂々と。わざわざビニールハウスまでお呼ばれしたんだ。喉渇いてるし、一個ぐらい摘み食いしてもバチあたらねえよな?甘酸っぱいイチゴの味を反芻、口の中に唾液が溢れる。そして俺はイチゴに手を伸ばし……
 「えーと、リョウくんのお友達っていう子はどこに?」
 「!!」
 心臓が縮んだ。のんびりした声に振り向けば、背後には細い目の看守。バレた?見られたか??やべえ。
 「虫、虫がいたんだ。このビニールハウス外側は立派だけどぜんぜん手入れなってねえな、葉っぱが虫食いだらけじゃんか!ほら見ろよこの葉っぱの裏っ革、虫がいたんだぜ。マジで。嘘じゃねえよ見てみろよ、俺が気付くの遅れてたら大事なイチゴが大変なことにっ」
 「君か、リョウくんのお友達は」
 ……話聞いてねえ。とりあえず、イチゴの摘み食い未遂はバレなかったようで安堵する。こっそり胸なでおろし正面の看守を見つめる。これといって特徴のないのっぺりした顔だち。こいつがリョウのパトロンか。何て言うか、リョウの男の趣味もわからない。いや、別にわかりたくねーけど全然。複雑な胸中の俺をじろじろ眺めてそいつは言う。
 「へえ、思ったより可愛い顔してるじゃないか。リョウくん友達選んでるんだ」 
 「ああん?寝ぼけてんのか。その糸目かっぴろげてよーく見やがれ、俺のどこがあのど腐れ男娼の同類だってんだ」
 嫌な目つきだ。値踏みする視線に辟易、露骨に顔を顰めて啖呵を切るも相手は笑顔を絶やさず自己紹介する。
 「僕は曽根崎。イエローワークB地区第二ビニールハウス担当の看守だ」
 「俺を呼び出した用件ってのは?たわわに実ったイチゴでもご馳走してくれんなら嬉しいね」
 ぶっきらぼうに聞く。正直、こいつの名前なんてどうでもいい。俺ははやく砂漠に帰りたかった。作業を途中放棄したのがバレたらまた看守にどやされる。警棒食らうのはこりごりだ。
 と、曽根崎がこっちに歩み寄り俺の真ん前で立ち止まる。
 先刻の笑顔を引っ込め、やけに深刻な顔つきで口を開く。
 「君、リョウくんの友達なら無断欠勤の理由知らないかい?ビニールハウスに来てないんで風邪でもひいたんじゃないか、いや、怪我でもしたんじゃないかってすごく心配してるんだけど」
 「来てないの?リョウ」
 俺も驚く。あいつがサボるなんて意外。ビニールハウスでイチゴ摘みなんてラクで美味しい仕事放棄するなんて勿体ねえ。きょとんとした俺を見下ろし、曽根崎はさも心配げな口ぶりで勝手に続ける。
 「無断欠勤は今日が初めてなんだ。リョウくんはまじめでとっても良い子だから今まで仕事サボったことなんてないのに、今日には朝から姿見えなくて、どうしたんだろうってずっと気を揉んでたんだ。けど、このビニールハウスにはリョウくん以外に東棟の子がいないし何があったかわからない。そこで砂漠の子を呼んだんだ。君、リョウくんとなかよしなんだろ?前にバス停でおしゃべりしてるの見たよ」
 「なかよし?気色わりぃ誤解すんな。確かに帰りのバス待ってるとき暇つぶしで話したことあったけど、話した内容っていや『お前警棒で何回殴られた?俺三回。やりィ、勝ち!』とかだぜ」
 「仲よしじゃないか」
 「どこがだよ」
 さっきから会話が空回ってる。俺は曽根崎とのやりとりに居心地悪さを感じていた。ねっとりべたついた口調、俺を見る目つき……リョウのこと本気で心配してるんなら俺の顔眺めてにたにたすんな、変態め。舌なめずりすんな。体の脇でこぶしを結んで不快感に耐える。
 曽根崎は俺の顔を重点的に眺めてる。腹ん中じゃおそらく、リョウと俺どっちがフェラ上手いか比べてみたいと思ってるんだ。
 「そこでお願いなんだけど、君、リョウくんの様子見てきてくれないか?」
 「俺が!?」
 脳天から抗議の声をあげる。冗談じゃねえ、なんで俺がそんなこと。サボりたい奴にゃ勝手にサボりゃせりゃいい、それでリョウがクビになったところで知るか、自業自得だ。憤懣やるかたない顔つきで曽根崎を睨めば、奴は肩を竦める。
 「僕も困ってるんだよ。ほら、僕って一応ビニールハウスの監視役じゃないか?無断欠勤とか勝手な真似されると他の囚人に示しがつかないっていうか、看守の威厳に関わるっていうか。ほんとは直接リョウくんの様子見に行きたいんだけど今日は他に用事があって、仕方なくリョウくんの友達に偵察頼んだとこういう次第で。
 それだけじゃない、看守の僕が直接聞くより同じ棟の人間で気心知れてる君が事情聞いたほうがリョウくんも素直になるだろ。僕とリョウくんはとっても仲良しだけど、看守と囚人の壁乗り越えるのは難しいもんねえ」
 「愛は障害あったほうが燃えんだろ」
 「引き受けてくれるかい?」
 「面倒くせえなあ」
 だいたいなんだってリョウの為にそこまでしなきゃならない?俺の腕にぶすっと注射針さした奴のためによ。リョウに覚せい剤強制注射された記憶も薄れてないのに房訪ねるのは気乗りしない。どうしたもんかなと思案顔で下を向けば、艶々と輝くイチゴが目に入る。
 『ロン、イチゴ食べる?』 
 入院中の俺んとこに訪ねてきたリョウ。ポケット一杯にイチゴ蓄えて、恥ずかしげに俯いて。
 「…………しかたねえなあ。わかったよ、引き受けるよ!同じ棟のよしみだ。男娼の同類にされるのはたまったもんじゃねーけど、イチゴの恩返しだって言い聞かせて特別出血大サービスだ。感謝しやがれ」
 ヤケ気味に地面を蹴りつける俺を見て、曽根崎が相好を崩す。「引き受けてくれると思ったよ」といけしゃあしゃあ言いながらそこらに屈み込み手早くイチゴをもぎ取り、半ば強引に俺の手に握らせる。
 何の真似だと当惑した俺を覗き込み、曽根崎が不気味に微笑む。
 「心ばかりのお礼だよ。僕好きだなあ、素直に言うこと聞いてくれる君みたいな良い子。うん、実に好きだ」  
 背筋にぞくりと悪寒が走る。
 俺にイチゴを握らせた曽根崎が卑猥に指を蠢かせ俺の手を揉む。
 「君メロン好きかい?特大のがあるんだけど、リョウくんみたいに素直に言うこと聞いてくれたらそっちもプレゼントしたげる」
 徐徐に開き始めた糸目の奥で精力的に瞳が輝く。
 曽根崎の息遣いが次第に浅く荒くなり、俺の手を揉みこむ動きが性急になる。汗ばんだ手が気持ち悪い。
 曽根崎から逃げようとあとじさったが、奴もついてくる。
 やばい。初対面の時から嫌な予感はしてたんだ。
 ビニールハウスを見回して誰かこっちに気付いてる奴はいないかと希望を持つが、イチゴ摘みに精出してる連中は目があったそばから知らんぷり。
 絶体絶命。曽根崎が一方的に体を密着させ積極的に股間を擦り付けてくる。
 「離れろ変態、メロンに頭突きして死ね」
 胃袋が縮んで酸っぱい胃液がこみあげる。俺の指に指を絡めいやらしくさすりながら、曽根崎が耳朶で囁く。
 「君にとっても悪くない話じゃないか?どうせそのちっちゃいお口にタジマさんの咥えてご機嫌とってきたんだろ?タジマさんがいなくなったあとは僕に乗り換えたらいいんだ、決して悪いようにはしないから……」
 タジマの名前をだされ、頭の血管がぶちぎれた。
 「ぎゃあああああああっ!?」
 曽根崎を大袈裟な悲鳴をあげてひっくり返る。
 俺がぶん投げたイチゴが目ん玉を直撃、足を滑らしたのだ。イチゴの目潰しで形成逆転、曽根崎を軽々飛び越えて中指突き立てる。
 「メロンで買収されるほど安くねえんだよ俺はっ、言うこと聞かせてねえならドラゴンフルーツ持ってきな!!」
 おっと、忘れるところだったと急ブレーキ。
 大慌ててで取って返し目を押さえて転げまわる曽根崎の傍らに屈みこみイチゴを回収、再び走り出す。だって勿体ねえし、食い物粗末にしたらバチあたる。
 断っとくが、イチゴに買収されたわけじゃないからな。
 ビニールハウスの囚人どもがぽかんと見守る中をまっしぐらに駆け抜け、ビニールハウスを飛び出す。
 砂に足を取られながら砂丘を越えて持ち場に帰り着き、憎憎しげに吐き捨てる。
 「リョウの奴、相変わらずだな。看守のモンしゃぶる見返りにメロンやらイチゴやら貰ってんのかよ。ずるしやがって、ちきしょー」
 まあ、一度引き受けちまったもんはしょうがねえ。イチゴも貰っちまったし。
 東棟に帰ったらリョウの様子見に行こうと心に決め、シャベルを手に取り作業に戻りがてら、イチゴを一粒口に含む。
 奥歯で噛み潰せば甘酸っぱく新鮮な味が口腔に広がり、じゅわりと喉を潤す。 
 「おい半々、ビニールハウスにご招待されたんだと?」
 「第二ビニールハウスの曽根崎はちいちゃいナリのガキが大好きな変態って有名だ。ケツの穴にキュウリ突っ込まれたりしなかったか」
 同じ班の連中が嘲笑まじりに野次をとばす。シャベルに凭れた俺は不敵な笑みを浮かべ、ビニールハウスの方角に顎をしゃくる。
 「その逆。目ん玉に突っ込んできてやった」

 強制労働終了後。
 東棟に帰り着いた俺は、やなことはとっとと済ませようと一路リョウの房をめざす。足をくり出すたびズボンの尻ポケットでイチゴが弾む。ひとりで食うのは勿体ねえし、あとでレイジにも分けてやろう。
 ぼんやりそんなこと考えながら廊下歩いてる途中、数人の囚人グループとすれ違う。
 「聞いたか?安田のこと」
 「おお、聞いた聞いた。天下の副所長殿が犬の散歩係に降格なんて可哀想に。あんまり不憫で涙ちょちょぎれちまう」
 「嘘つけ、笑ってるじゃんか」
 「こないだ所長に逆らったのが裏目にでたんだろ?囚人狩りに反対して怒り買って、朝夕二回犬の散歩係に任命されて」
 「そんだけで済んで恩の字だ、クビにされねーだけ儲けもんだ」
 「今頃犬に犯られてるかもしれねえぜ。所長のドーベルマンはヒトのオス相手にさかる変態犬だ」
 「犬に犯られてあんあん啼く安田かあ。笑えるな、それ」
 囚人グループが爆笑する。廊下の真ん中に立ち止まり、そいつらを見送る。所長主導の囚人狩りを邪魔した安田は、罰としてハルの散歩係を言いつかったらしい。どうりで今日は視察に来なかったはずだ。ハルのお相手で忙しかったんだろうと副所長に同情、所長の陰湿なやり口に怒りを覚える。さすがタジマの兄貴、血は争えない。
 そっと無意識に、ズボンの上から太股を撫でる。
 なんだかここ最近気が滅入ることばっかりだ。
 タジマの兄貴が新所長として赴任して、鍵屋崎とサムライは痴話喧嘩延長戦。
 レイジも明るく振る舞ってるが、どんなに頑張っても十字架の傷跡は消せない。
 嬉々としてレイジの十字架踏み躙る但馬の姿を思い出してぞっとする。但馬は狂ってる。レイジをいたぶって楽しんでいる。もしタジマがまたレイジに手を出せば―……
 その時だ。目先の房から奇声が漏れてきたのは。

 「ぎゃあああああああああっああああああっあ!!」 

 甲高い金切り声が鉄扉の向こう側が漏れてくる。何の騒ぎだ?好奇心に負けて駆け付けた俺は、音源がリョウの房だと確認してさらに驚く。中で何が起きてるんだ?ビバリーは、リョウは?
 「いるのかリョウ、ビバリー!火事か?地震か?雷か?タジマ……はいねえよな、もう。蛇口壊れて水浸しにでもなったのかっ」
 激しい不安に苛まれてめちゃくちゃに鉄扉を殴り付け蹴り付ける。鉄扉の内側からはひっきりなしに騒音が聞こえてくる。格子窓の隙間に目をくっつけて中を覗き込んだ俺の額に、次の瞬間激痛が炸裂。
 「!?痛っでえええええええええっええっ」
 「取り込み中っス、用件ならあとにしてください!」
 額をおさえて悶絶する俺の耳をビバリーの悲鳴じみた声がつんざく。いよいよもってただことじゃない。ビバリーが前ぶれなく扉を開け放ったせいで額を強打、じんわり疼く額を片手で押さえ、片手で鉄扉をこじ開けにかかる。
 「リョウに用あってわざわざ来てやったんだ、追い返すにしてもツラくらい見せんのが最低限の礼儀だろうが!!」
 「だから今それどころじゃないんス、ぶっちゃけロンさんのお相手してる暇ないんス、リョウさんが大変なことにっ……」
 鉄扉の隙間に見え隠れするビバリーの顔からは完全に血の気がひいてる。胸騒ぎが活発になる。いつも能天気に笑ってるビバリーがこんな情けないツラするなんて、一体中で何が起きてるんだ?リョウはどうしちまったんだ?緊張に汗ばむ手で鉄扉を引き隙間に足を挟み固定、そこから腕に力を込め一気に―
 「うわあっ!?」
 ビバリーがすっ転ぶ。手前のビバリーを押し倒して房の中に転がり込んだ俺の尻の下、イチゴが無残に潰れる感触。ズボンにじわじわ赤がシミが広がる。ちくしょう、今日の夜食にって大事にとっといたのに!腹立ち紛れにビバリーを突き飛ばし跳ね起きー……
 「よるなくるなこっちこないで、ママ、助けてママあああああああっ!!」
 見た。見ちまった。壁際のベッド、頭から毛布にくるまってがたがた震えるリョウ。虐待された小動物のように怯えきって隅っこに縮まったリョウの足元じゃ、はらわた暴かれたテディベアがぽつんと転がってる。
 「なんだ、よ、これ」
 常軌を逸した光景に直面、思考が停止。
 無残に解剖されたテディベア。四肢はちぎれて真綿の内臓がはみ出し、容赦ない陵辱の過程をありあり物語っている。おまけに目ん玉は一個取れちまってる。リョウは胎児の姿勢で毛布にくるまって震えてる。時折甲高い奇声を発して手足振り乱して暴れ狂うさまは癇癪持ちのガキそのまんま、一気に幼児退行しちまったみたいだ。
 「ママ、どうして?どうして僕いい子で待ってたのに来てくれなかったの、酷いよママ、ママなんか嫌いだ死んじゃえ梅毒にかかって死んじゃえ売女!」
 「どうちしまったんだリョウ、ヤクの禁断症状かよ!ビバリーこいつ一体、」
 隣のビバリーに向き直り、硬直。
 痛そうに顔を顰めたビバリー、肘まで捲り上げた袖の下には歯型。リョウに噛まれたあとだと直感。それだけじゃない。よくよく見ればあちこち生傷だらけ。おもいきり引っ張られた髪はぐちゃぐちゃに乱れ、顔には目立つ青痣ができていた。
 「わかんないっス、僕が近寄ろうとするとヒトが変わったみたいに暴れるんス!何があったか知りたいのは僕の方っス、今朝からずっとこの調子で暴れまわって房めちゃくちゃにして手に負えませんっス!」
 ビバリーも混乱していた。開け放たれた鉄扉の向こう側には人だかりができはじめている。「ついにリョウがキレたって?」「いつかこうなると思ったんだよな」「クスリやめるか人間やめるかどっちかだ」……無責任な詮索と中傷が飛び交う中、意を決してリョウに歩み寄る。土足でベッドに飛び乗り急接近、毛布を引っ剥がしにかかればリョウが死に物狂いで抵抗する。
 「あっちいけクソやろう、なにさ僕がさんざん呼んでもこなかったくせに今更トモダチ面したって遅いよ、お前の本性なんか全部お見通しなんだよ!!さっさと僕の房から出てけ、ロザンナ抱っこしてさあ!!」
 「俺だよ、ロンだよ!」
 激しい格闘の末に力づくで毛布を引っぺがしリョウの鼻先に顔を突き出す。リョウが極限まで目を剥く。
 恐怖に凝り固まった顔、戦慄の表情。
 「しっかりしろよ。なんだよ、このありさまは。俺、曽根崎に言われて来たんだよ。知ってるよな、曽根崎。ビニールハウス担当の看守。無断欠勤したお前心配して、様子見て来てくれって頼まれて、そんで……」
 震える手でリョウの肩を掴み、正気に戻そうと揺さぶる。俺に揺さぶられるがまま焦点の合わない目で虚空を凝視するリョウに不吉な予感がいや増す。弛緩した唇には唾液の泡が付着して、ぼんやり見開かれた目は現実を映してなくて、放心状態で座り込んだリョウは俺に揺さぶられるがまま、壊れた人形めいて機械的な動作で首を前後に傾げて……
 唐突に、言う。
 「ロン。注射うって」
 「は?」
 ひどく落ち着いた声だった。感情がすっぽり欠落した声音。俺の顔に焦点を結んだリョウの目が凶暴にぎらつきだした次の瞬間、衝撃。
 腹に頭突き食らってリョウに押し倒された俺の鼻先に、銀の針が突きつけられる。
 「ぼくにクスリうって気持ちよくさせて。なにもかも忘れさせて。ねえお願い、僕忘れたいの。嫌なこと全部忘れてなかったことにしちゃいたいの。それにはクスリに頼るのがイチバンだってヤク中の経験で知ってるの」
 開腹されたテディベアに手を突っ込み、中から無造作に注射器を取り出したリョウが無邪気に微笑む。
 完全にイッちまった笑顔。
 固唾を呑み、鼻先の注射針を見つめる。リョウは本気だ。本気で俺に覚せい剤うたせる気だ。いつかと立場が逆になった。咄嗟にリョウを突き飛ばそうとしたが、ちびでやせっぽちの癖して強情なリョウはてこでも俺の上からどかずぺたんと尻餅ついたまま、甘えるように体をすりよせてくる。
 「気持ちよくさせてくれたら、お礼に抱かれてあげる。僕の中で出していいよ。ロンも抱かれてばっかじゃ飽きるでしょ、たまには抱く側に回りたいっしょ?ねえ、いいよ。僕のこと女の子だと思ってヤッちゃっていいよ。ロンが相手ならサービスしたげるから……」
 「リョウ、正気に戻れ!俺には突っ込む趣味も突っ込まれる趣味もねえって何回言わせる気だ、お前にクスリ打つのもお断りだ、そんなに打ちたきゃ自分で打てよ!」  
 「駄目だよ。ほら」
 リョウが冷たい指で俺の頬に触れる。
 かすかに震えが伝わってくる。
 「手が震えちゃって、ちゃんと打てそうにないんだ。お願いロン、可哀想な僕を助けると思って……」
 俺の上で尻を移動させ上体を倒し、至近距離に顔を寄せる。チョコレートの匂いがする甘ったるい吐息が顔にかかる。俺は昔、お袋の客にヤク中がいたことを思い出した。そいつに同じ事を頼まれた。ヤクの禁断症状で手が震えて駄目だから代わりに打ってくれと大の大人に泣きつかれて、言われた通りおそるおそる静脈に注射した。そいつの顔を今でもはっきり覚えてる。注射器のポンプを押し込むにつれ、現実から乖離して自分の世界に埋没してく。眼球が裏返り、半透明の膜が目に被さったように自分の内側に閉じていくー
 「甘えるんじゃねえ、男娼!!」
 リョウの腹に蹴りを入れた。おもいきり。かちゃんと軽い音をたて、リョウが取りこぼした注射器が床で跳ねる。リョウを蹴り飛ばして跳ね起きた俺は、肩で息をしながらベッドを飛び降り即座に注射器を取り上げる。腹を抱えて咳き込むリョウが「クスリ、僕のおくすりぃ」と未練たらしくすすり泣くのに背を向け注射器を壁に投げ付ける。
 注射器が割れ砕ける。
 「あああああああああああああああああああああっあああああああああ!!!?」
 「人間やめっかクスリやめっかどっちか選べ、いつまでもクスリ頼って現実逃避すんじゃねえ!こんなもん長く続けてたら骨がすかすかになって死んじまうぞ、お前そんなに早くおっ死にたいのかよ、外に会いたい人間いるんじゃねえのかよ!?生きてここ出て会いたい人間いるんだろ、やりてえこといっぱいあるんだろ!だったら」
 「クスリやめるくらいだったら人間やめたほうがマシだ!」
 天井に毛布が舞う。
 バネ仕掛けの人形みたいにベッドに跳ね起きたリョウが身軽に飛び降り、ビバリーのベッドの下からでかいパソコンを引きずり出す。何する気だ?両足踏ん張り腰だめにパソコン抱えたリョウが「こんなもの、」と激しく唾棄。
 怒りに血走った凄まじい形相でパソコンを睨み付けたかと思いきや、顎の筋肉が盛り上がるほど奥歯を食いしばり、渾身の力を込めー
 「お前のせいだ!!」
 『Stop,Please do not kill her!!』
 リョウの怒号とビバリー悲鳴が交錯、房のコンクリ壁に跳ね返る。
 恋人の救出に向かうナイトさながら我が身をかえりみず駆け付けたビバリーの鼻先にパソコンが落下、床に激突した衝撃で液晶画面に亀裂が生じて内蔵回線が焼ききれ煙が噴き上がる。
 そして、完全に沈黙。
 ご臨終。破損した液晶画面に虚脱の表情を映し、腰砕けにへたりこんだビバリーを前に勝ち誇る哄笑をあげるリョウ。
 ざまあみろと言わんばかりに痛快な様子で爆笑するリョウを、廊下に集まった野次馬が遠巻きに見つめる。
 リョウの足元で細く煙を噴き上げるパソコンの残骸。元ロザンナだったもの。
 「ああ、あ……こんな、こんな……僕のロザンナがこんな無残な姿に……」
 わななく手でロザンナの部品をかき集め、ビバリーが俯く。嗚咽を堪えた肩が震える。それでもリョウの哄笑はやまない。「ざまあみろっ、やってやった、ロザンナを殺してやった!」と狂喜してパソコンの残骸を蹴り付ける。「やめてください、ロザンナをいじめないでっ」とパソコンにとびついたビバリーの背中にも容赦ない蹴りが降り注ぐ。
 狭苦しい房に狂気の哄笑が渦巻く。
 頭のネジが二・三本弾けとんだリョウの壊れっぷりにすっかり圧倒された俺は、逃げるようにその場を後にする。
 野次馬の喧騒に背を向けて廊下によろめき出て、そばの壁に手をつき、そのまましゃがみこむ。
 「リョウが壊れちまった……」
 全身に嫌な汗をかいていた。昨日までは元気だったのに、今日になって突然豹変したリョウ。あれがクスリのせいだとしたら一生クスリをやらないと誓う。曽根崎にはなんて報告しよう?クスリのヤリ過ぎでイッちまったとありのままを話せばいいだろうか……
 「!」
 足元に影がさす。弾かれたように顔を上げた俺は、驚き、顔が強張るのを感じる。
 「すごい騒ぎ。何があったんだい」
 目の前に静流がいた。リョウの房に顎をしゃくり、興味深げな様子で訊ねる静流を前に、萎えた膝を支えて腰を上げる。
 「お前こそ、どうしたんだよ。男娼の房に用事か?リョウを買いに来たんなら後にしろ、今取り込み中だ」 
 「お見舞いだよ」
 「見舞い?」
 どういうことだ?それじゃまるで静流は、リョウがおかしくなったのを知ってたみたいじゃないか。
 「お前、リョウとどういう関係だ。リョウがおかしくなった原因知ってるのか」
 「覚せい剤の禁断症状だって聞いたけどね。そんなおっかない顔しないでよ。彼……リョウくんとはこの前偶然知り合ったんだ。僕が道に迷ってた時に親切に声をかけてくれたんだ。突然発狂したって聞いて様子を見に来たんだけど、残念ながらお呼びじゃなさそう」
 開け放たれた鉄扉の向こうに流し目くれて静流が微笑む。鉄扉の内側からはリョウの笑い声とビバリーの嗚咽、ついでに壁を殴り付ける音、パソコンの部品を踏み潰す騒々しい破壊音が漏れてくる。
 次第に人だかりが増えはじめた廊下で、一歩も譲らず静流と対峙する。
 静流がこっちに歩いてくる。
 笑みは絶やさぬまま、優雅な動作で足を繰り出し俺の手前で立ち止まった静流が懐から取り出したのは、一羽の折鶴。
 「お見舞い。本当は千羽鶴がよかったんだけど、時間がなくて」
 静流に促されて反射的に手のひらを突き出す。静流が虚空で指を放し、ふわりと折鶴が舞い落ちる。
 重さの無い鶴を手のひらで受けた俺とすれちがいざま、耳朶で囁く。
 「君にあげる」
 淫靡に赤い唇がほんの一瞬耳朶にふれる。妖艶な笑みに魅了される。
 俺の手に折鶴を落とし、リョウの房を通してそのまま歩き去る静流の背中には、得体の知れない妖気が漂っていた。
 廊下の向こうから朗々と声が響く。
 甲高い奇声と不協和音を奏でる清涼な歌声…… 
 『すみの江の岸による浪よるさへや 夢のかよひぢ人目よくらむ』
 ……いや、意味不明だから。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050615214237 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。