ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十三話

 食堂は混雑していた。
 食堂の定員に比して人口過剰な為に、東棟では毎朝激しい競争が繰り広げられる。席の確保に勝利した囚人が朝食をがっつく横で後ろ襟を引かれ椅子を蹴倒された囚人がトレイをぶちまけひっくり返る。頭から味噌汁を被りワカメの切れ端を顔に貼り付けた囚人が席を奪還しようと再戦を挑み、周囲のテーブルの囚人も巻き込んで乱闘に発展する。
 混雑を避け、トレイを抱えて通路を歩く。
 東京プリズンに来て十ヶ月、僕をひっかけようと突き出される足を跨ぐのも慣れた。トレイを持ったまま眼前に突き出された足を造作なく跨ぎ越せば「親殺しの癖に生意気だ」と舌打ちが聞こえる。
 低脳の嫌がらせにいちいちかまっていたらきりがない。
 朝食に遅れを取るのは致命的だ。食堂では席の争奪戦が行われる。出遅れたら椅子に座るのは不可能、騒々しい喧騒の中に突っ立ったまま食事をとる羽目になる。僕はトレイを抱えたまま食堂に視線を巡らして空席を捜す。
 既に席は八割方埋まっている。
 食堂中央、凱が大股開きに上座に陣取ったテーブルから少し離れた場所に明るい藁色の頭髪が覗いてる。
 「なあロン、犬鍋食ったことある?」
 レイジとロンがいた。凱一党が陣取ったテーブルから無難な距離の席に腰を落ち着けて食事を取っている。姦しい話し声の中で聴覚が捉えたのは物騒な問いかけ。だらしない姿勢で頬杖つき、右手のフォークで温野菜のサラダをつつくレイジの隣でロンがぎょっとする。
 「……ねえよ。なんだよいきなり」
 「だって中国人犬食うんだろ。有名だぜ」
 「どっから出た噂だよ」
 返答次第では手にしたフォークで襲いかかる構えを見せてロンが凄む。レイジが気のない素振りで顎をしゃくった方角では、東棟最大勢力のボスとして尊大にふんぞり返った凱が大口開けて笑っていた。
 仲間が気の利いた冗談でも言ったのか、下品に唾を飛ばして爆笑する凱からレイジに視線を転じたロンが憮然とする。
 「凱を基準に考えるな。そりゃ俺だって中華は好きだし東京プリズンの献立に中華が加わって嬉しいけど普通犬なんか食わねえよ。煮込めば美味いらしいけど外でも食ったことねえし、大体中国人みたいに台湾人は意地汚くねえ。一緒くたにされちゃたまんねーよ」
 「どっちも同じだろ?お前ハーフだし」
 「お前が言うなよ」
 ロンがますます不機嫌になる。彼らの方に歩み寄りながらロンの言動が先日と矛盾してると呆れる。ロンは記憶力が悪いから自分の発言すら覚えてないかもしれないが、先日犬に襲われた時は「犬鍋にして食っちまうぞ!」と吼えたではないか。
 さすが中国人、犬を食材と見るとは斬新な発想だと感心したのが今更悔やまれる。
 ロンはその場のノリで啖呵を切っただけで実際に犬を食べたことはないらしい、さも心外そうに茹でたブロッコリーにフォークを突き刺してレイジに食って掛かる。
 「そりゃ俺の半分は平気で犬食う中国人だけど毎日食卓に犬料理でてくるわけじゃねえ、俺がいたスラムにゃ野良犬や野良猫がうじゃうじゃいたけど昨日見かけた犬が突然消えて肉屋に売られたとか煮込まれて屋台で売られたとか噂立つほど台湾人は飢えてねえっつの!まあ食って食えないことはねーんだろうけど好んで食おうって気にゃなんねーな。だって犬だし、万一肉食って狂犬病にでもなっちまったら大変だ」
 「狂犬病ってお前……『可哀想』とかじゃなくて?」
 「んなこと言ったら鶏も豚も牛も食えねえ。食材に情けかけるなんざアホだ。スラムにいた犬はがりがりに痩せこけた野良ばっかですすんで食おうって気にゃならなかった。腹壊しそうだし。ああ、でもマジで飢えてたら食ったかも」
 論点がずれている。レイジは「なるほど」と頷きロンの主張を聞き流し、フォークの先端に刺したブロッコリーをくるくる回している。
 なんなんだ一体?中国人が犬を食うか否かがそんなに重要な議題なのか、朝一番の食卓で話し合うほどの?
 フォークの回転を止め、レイジが気軽に言った。
 「犬鍋ご馳走してやろうか。ロン」
 「!」
 足が硬直する。レイジとロンがいるテーブルまで5メートルの距離を残して慄然と立ち竦んだ僕の視線の先、王様は陽気に笑っている。ロンはぽかんとしている。当然だ。いきなり犬鍋をご馳走すると言われて驚かないのはよほど神経が図太いか食い意地が張った人間だ。その条件には合致してるが、犬鍋をおごると言われて当惑する程度の一般常識もとい良識を持ち合わせたロンがうろんげな目つきになる。
 「犬鍋ってまさか……お前レイジ、十字架のこと根に持って所長の飼い犬捌こうとしてんのか。あの犬でけーからナイフで捌くの大変だぞ。それに凶暴だし」
 「大丈夫、俺ナイフの扱いに自信あるし骨と肉分断すんの得意だし一時間もかかんないって。ま、筋張っててあんま美味くなさそうだけど何事も経験のうちってな。一回食ってみたかったんだよなーワンコ。凱の受け売りだけど結構脂のってて美味いらしいし、東京プリズンのシケた食事にも飽きてきた頃合いだから豪華なディナーになるぜ」
 「これがホントのドッグフード、ってちょっと待てお前!!」
 乱暴にフォークを置いてロンが立ち上がりレイジの胸ぐらを掴む。
 何の騒ぎだと周囲の囚人が注目する。
 「冷静になれレイジ、お前の気持ちはよっくわかる。あのバカ犬が十字架ぼろぼろにしたこと考えりゃ犬鍋にしてぐつぐつ煮込みたくもなる。俺も鍋物なんて久しぶりだし、てか外でも滅多に食えなかったしこの際食材が犬でもいいかって想像して涎がでたけどさすがにそれはやべえ、所長の飼い犬に手えだしたらお前今度こそ本気でやばいぞ。ただでさえこないだの一件で目ぇつけられてんのに!」」
 「大丈夫、お前も共犯だ。どうせならキーストアとサムライも誘うか、みんなで楽しくドッキリドッグーパーティーを」
 「断る。君の共犯になるのは願い下げだ」
 ロンが弾かれたように振り向く。怒り心頭で僕の接近に気付いてなかったらしい。
 「なんだよつれねーなあ、みんなで楽しく鍋囲もうぜ。大丈夫、バレないって」
 「東京プリズンで鍋なんかやったらバレるだろがおもいっきりよ!湯気はどこに逃がすんだよ、通気口から逃がすのか?んなことしたら近所の房にまで匂い出回って意地汚ぇ連中が分け前目当てに殺到するよ!」
 「なら展望台で食わね?鍋っつったらやっぱアウトドアだよな、砂漠の太陽にじりじり焼かれながらはふはふ肉食うのがサバイバルの醍醐味」
 レイジはロンに再三叱責されても懲りずに笑っている。犬鍋を譲る気はないようだ。食い意地の張った王様だと呆れつつ椅子を引き着席、トレイを置く。
 サムライの姿はない。
 今頃はカウンターで朝食を受け取ってるはず。長蛇の行列を成したカウンター前で立ち往生するサムライを待たずに着席、伏し目がちにフォークを取った僕は、ふとレイジの本音に思い至る。
 ロンは昨日、犬に太股を噛まれた。
 イエローワークの砂漠に視察に来た但馬が犬をけしかけ囚人狩りを決行し一名重傷者を出した。
 片方の睾丸を噛み千切られて瀕死の重傷を負った囚人の悲劇に隠れてあまり話題になってないが、僕とロンも犬に襲われて怪我をした。僕の怪我は大したことないがロンは深々と太股を噛まれ、帰りのバスに乗るときは痛そうに顔を顰めびっこを引いていた。
 東棟の王様、いや、今や東京プリズンの王様となったレイジの耳にそれが届かないはずはない。
 「復讐か」
 コンソメスープを啜りながら呟けば、ロンが怪訝な顔をする。鈍感め。レイジは「バレちまったか」と笑っている。察するにレイジは十字架をぼろぼろにされたことよりもロンが噛まれたことに激怒し犬鍋を決行しようとしたらしい。極端というか大胆というか、どちらにしろ非常識な発想だ。  
 「腹もふくれて一石二鳥の復讐だろ?イケてると思ったんだけど、自称天才にダメ出し食らっちまった」
 「自称じゃない、僕の頭脳が優秀なことはこの刑務所の囚人のみならず世間に広く認知された事実だ。第一犬鍋など復讐にしても野蛮すぎる。原始人か貴様は?氷河漬けのマンモスを見たら太古の神秘に感動するより先に食欲を感じて涎をたらす即物的人間か」
 「失礼な。俺が涎たらすのは最高にイイ女の腰つきと最高に可愛いロンの寝顔見たときだけ」
 「さりげなくのろけるな、耳がくさる」
 噛み合わない会話に苛立ちが募る。レイジは人をイラつかせる天才だ。ただでさえ今朝の一件で不快感を覚えているのに……背後に足音。底の磨り減ったスニーカーを履いたサムライが歩いてくるが、無視して食事を続ける。サムライは当然の如く僕の隣に腰掛ける……
 いや、違う。ちょうど僕のまた隣が空いたのを機に、無言無表情でそちらに席を移す。
 ………なんだ?僕に対するあてつけか?なんて大人げない男だ、見損なった。どうやら僕はサムライの人間性を過大評価していたようだ。
 「お前らまだ喧嘩続けてんの?よく飽きねえな」
 フォークを咥えたロンがあきれ顔で僕とサムライを見比べる。君にだけは言われたくないと抗議しようとして、背後に接近する靴音に気付く。
 「!静流」
 サムライが即座に反応する。つられて振り向けば静流がいた。トレイを抱えて愛想よく微笑んでいる。僕の目は静流の唇に吸い寄せられた。女性のようにふっくらと丸みを帯びた唇……放心した僕の隣で椅子を蹴立てサムライが立ち上がる。
 「座れ」
 そして顎をしゃくったのは、僕の隣の席。
 待て、僕に拒否権はないのか?静流はサムライににこり微笑みかけ、「じゃあお言葉に甘えて」と僕の隣に着席する。
 サムライもまた席に着く。
 胸の内にもやもやと不快感が広がる。サムライが静流を呼んだのは空席をさがして食堂を彷徨するいとこを放っておけなかっただけだと自己暗示をかけ平静を装い、ぎこちなく食事を再開。
 僕の隣に腰掛けた静流が、サムライの手元を見てくすくす笑う。
 「へえ、貢くんもフォーク使うんだ。なんか意外」
 「おかしいか?」
 「うん変。箸使ってるイメージしかないもの。貢くんがフォークにブロッコリー突き刺してるなんて面白い絵面を笑い上戸の姉さんが見たらどんなにか喜んだことか……なんだか、独り占めして申し訳ない気分」
 静流がちらりと僕に流し目をくれる。後半の台詞は僕に向けた挑発にも思えたが、自意識過剰な思い込みか?
 努めて平静を装い静流とサムライの会話を無視、沈黙の殻に閉じこもり食事に集中するふりをする。しかし、手元に視線を落としていても声は聞こえてくる。
 「ここの生活には慣れたか?その、外とは大分勝手が違って戸惑っているとは思うが」
 サムライが気遣わしげに訊く。なんだ今のは。僕が来たときはそんな優しい台詞かけてくれなかったじゃないかと反発が込み上げる。コンソメスープの深皿に口をつけつつさりげなくサムライの表情を窺えば、柔和な目で静流を眺めている。
 二人の間に親密な空気が流れる。
 僕が入り込めない雰囲気。
 「まだいろいろと戸惑うことが多いよ。体を二日に一度しか洗えないのは辛いね」
 「困ったことはないか?」
 「たまに帰り道を忘れて迷子になるくらい」
 「そういう時は目印を覚えておくんだ。壁の落書きや傷、端から三番目の蛍光灯が電池切れかけで点滅している。目印を覚えておけば道に迷ってもいずれ必ず房に辿り着ける。焦ることはない、徐徐に慣れていけばいい。俺も助太刀する」
 「何時代の人間だ貴様は。徳川幕府はとうに倒れたぞ。付け加えるが、廃刀令が施行されたのは西暦1870年だ」
 反射的に嫌味がでたが、静流の笑顔は片時も崩れない。
 余裕さえ漂わせてサムライの仏頂面と僕の不機嫌な横顔とを比較するその目は、微笑ましい光景でも見るかのように和んでいる。
 気に入らない。馬鹿にしているのか?
 気色ばんだ僕からサムライへと向き直り、静流が安堵の息をつく。
 「貢くんと会えて良かった。心強い。地獄に仏って諺は本当だ」
 「……身内として当然のことをしたまでだ。感謝されるいわれはない」
 サムライが謙虚に咳払いする。
 「貢くんはいつもそうだ。外にいた頃から変わってない。自分がどんな立派な行いをしても気付かないっていうか、感謝されるに値しないって謙虚な態度を貫いて、だからみんな君を褒める。君こそ帯刀本家の跡継ぎにふさわしい人物だって」
 「……俺はもう帯刀家の人間ではない」
 「違う。君の中には僕と同じ帯刀の血が脈々と流れてる。僕たちは帯刀家の人間だ。一生帯刀家から離れられない」
 静流が伏し目がちに言い、サムライが困惑する。
 「貢くんは今でも僕が憧れる帯刀本家の人間さ。こうしてここで会えたのも運命、帯刀の血の巡り合わせだよ。正直最初は不安だった。知り合いがひとりもいない刑務所でやってけるかなって……でも、こうして貢くんと会えた。貢くんがそばにいてくれるなら少しも怖くない。子供の頃、姉さんに虐められるたびに庇ってくれた貢くんがそばにいるなら」
 「静流」
 恥ずかしげに俯いた静流の方へ身を乗り出したサムライが、静流の肩に手をかけ断言する。
 「安心しろ。お前は俺が守る。必ず生かしてここから帰す。そうせねば他界した叔母上に顔がたたん」
 ……なんだこの時代錯誤な会話は。時代劇か?
 いい加減にしろと怒鳴りたくなるのを堪え、早々と食事を済ませて席を立つ。向かいではレイジとロンが言い争っている。「食わず嫌いしてっと大きくなれねーぞロン、犬鍋はタンパク質満点の豪華ディナーだ。一回チャレンジしてみて損はねえ」「ゲテモノ食いは黙ってろ。犬は犬でもあんな犬食いたくねえ。あの犬ぜってー狂犬病だよ、ヒトのオス相手にさかって腰振って!」……くだらない。
 乱暴に椅子を引き立ち上がった拍子に静流の腕に肘がぶつかる。断っておくがわざとではない。事故だ。偶然だ。僕がそんな低次元の嫌がらせをするはずないじゃないか、見損なわないでくれたまえ。
 「あ」
 静流が小さく声をあげる。肘が触れた拍子に箸を落としたらしい。静流につられ反射的に身を屈め、箸を拾おうと床に手を伸ばす。わざとではないが、僕の不注意が原因で箸を落としたのだから責任は僕にある。不承不承屈みこみ箸を拾い上げー
 「!」
 見た。
 見てしまった。
 手中に拾い上げた箸の先端にごく薄く口紅が付着している。口紅。サムライの唇に付いてたのと同じ。
 弾かれたように静流を仰ぎ、唇に目を凝らす。椅子から腰を浮かしテーブル下を覗き込んだ静流の唇にも一点、真紅が残っている。瞬間、確信した。サムライが昨夜キスした相手は静流だ。サムライは昨夜静流にキスをして口紅を移され、そしてー
 そして?
 「ありがとう」
 硬直した僕へと手をさしのべ、嫣然と微笑する静流。生唾を呑み、その手に慎重に箸を乗せる。
 「静流、君は」
 静流の手に手を重ね、掠れた声で訊く。
 「君は、サムライと関係を持っているのか?」
 耳の奥で鼓動が高鳴る。腋の下が不快に汗ばむ。緊張に強張った顔で静流を仰ぎ、全身で答えを待つ。静流は笑いながら僕に顔を寄せ、そしてー 
 激痛。
 「!?っあっぐう、」
 口から押し殺した悲鳴が漏れる。手の甲を踏みにじられる激痛に視界が歪む。何が起きたのか一瞬わからなかった。額に脂汗を浮かべて眼下に目を凝らした僕は、真新しいスニーカーの靴底で手を踏み躙られてることに気付く。静流が嬉々として僕の手を踏み躙っている。
 靴裏をねじり皮膚を巻き込み僕を痛め付ける快感に酔い、静流は邪悪に目を細める。
 「ひ、ぎ………」
 「そうだよ。貢くんは僕の物。君の出る幕はない……そう言えば満足?」
 はなせ、と声を荒げる前にふっと足がどく。
 床にへたりこんで息を荒げる僕を面白そうに見下ろし、追い討ちをかける。
 「貢くんは昨夜僕と一緒にいた。僕と唇を重ね力強く抱きしめて『守る』と誓った」
 「嘘、だ」
 嘘だ。力なく反駁した僕にちらり憫笑を投げ与え、衣擦れの音も涼やかに静流が腰を上げる。
 「なら本人に確かめてごらん。貢くんは真実を話してくれる。武士に二言はないものね」 
 立ち上がりしな優雅な動作で手を伸ばし、ほんの一瞬僕の頬に触れる。
 「彼はもう君のサムライじゃない」
 ぞくりと肌があわ立った。
 僕の頬を妖しく撫でた静流が眼光鋭く牽制、薄く紅を引いた唇を吊り上げる。
 「僕と姉さんの帯刀貢だ」
 思ったとおり。
 静流には、真紅の口紅がよく似合っていた。

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