ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十二話

 恵と手を繋いで花火を見た。
 『綺麗だね、おにいちゃん』
 恵は生まれて初めて見る花火に心奪われていた。初々しく紅潮した頬におくれ毛が貼り付いたことに気付き、頬に手を伸ばして髪の毛を払ってやる。感謝を期待する行為ではない、兄としてただそうすることに喜びを感じたから。事実恵は僕が髪の毛を払ったことにも気付かず、夢中で空を仰ぎ続けていた。そんなに熱心に見上げていたら首を痛めると注意しようかと思ったが、恵の集中力を削ぐのが嫌で口を閉ざす。
 恵の邪魔はしたくない。恵さえ幸福ならそれでいい、それ以外は望まない。
 恵の笑顔がかげるのは何としても阻止せねばと兄としての使命感もあらたに、子供特有のふっくらした手を握りしめる。すべすべときめ細かい恵の手、清潔に爪を切りそろえた華奢な指。ピアノの鍵盤の上ではあんなに生き生きと跳ね回っていた五本の指が、今、それしか縋るものがないかのように必死に僕の手を握り返す。安心しきって僕に手を預けた恵の横顔を盗み見て、ささやかな幸せを噛み締める。
 空には花火が上がる。極彩色の光が織り成す絢爛な芸術。唇を半開きにして夜空を凝視する恵の頬に花火が照り映える。
 赤からピンクへ、黄色からオレンジへ。
 無心に夜空を仰ぐ恵の頬を鮮烈に彩る花火の残光。
 僕は幸せだった。確かに安らぎを感じていた。恵の手を握り体温を感じ、ただそれだけで深い安堵に包まれていた。そっと恵の表情を観察する。驚きに見開かれた大きな目、半開きに放心した唇。生まれて初めて見る花火に感動してるらしい素直な反応に自然と頬がほころぶ。
 可愛い妹。最愛の妹。僕の恵。
 『綺麗だね』
 いたく感じ入ったように恵がくりかえす。
 感嘆の吐息に溺れる恵を微笑ましく見つめ、今のありのままの気持ちを口にする。
 『恵のほうが綺麗だ』
 それは単純な事実、僕にとっての真実。あどけない頬を赤からピンクへと移り変わる花火に染めて、放心した表情で夜空を振り仰ぐ恵の姿はあまりに無防備で庇護欲を刺激する。
 黒々と濡れた瞳に花火が写り込む。
 恵の瞳で次々と花火がはじける。
 瞬き一回で消える儚い一瞬、盛大に花開き絢爛に朽ちていく極彩色の泡沫。夜空を華美に装飾する刹那の輝き。細いうなじで産毛がそよぎ、甘酸っぱい汗の匂いが立ちのぼる。徐徐に手に力を込める。二度とこの手を放さないと意志を込めて恵の手を強く握りしめる。
 五指から流れ込む恵のぬくもりで手のひらがじんわり温まる。
 この手を守る為なら何でもするとあの時下した決断に後悔はない。
 恵の手が血で汚れるなど僕には耐えられない。ならば僕が罪を被ったほうがいい、僕には恵を守る責任があるのだ。
 鍵屋崎優と由香利、血の繋がった実の両親の前で恵はいつも萎縮していた。生まれてきて申し訳ないと全身で謝罪するように目を潤ませ下を向いていた。
 鍵屋崎夫妻は実子の恵に対しても酷く冷淡で恵の存在は家でほぼ無視されていた。多忙な両親に放任されて育った恵は、孤独を紛らわすため一生懸命ピアノを練習した。両親を振り向かせたい一心で考案した一手段だったのかもしれない。恵の健気な想いはしかし、一度として報われることがなかった。
 鍵屋崎夫妻が自発的に練習風景を見に来ることは一度もなく、日々上達しつつある演奏に賞賛の拍手を送ることもなく、壁に防音処理が施された簡素な部屋にはピアノの音だけが寂しく響いた。
 恵は僕がいなければ駄目だ。僕に天才以外の付加価値があるならそれは恵の兄という一点のみ。僕は恵がいなければ駄目だ。恵は精神的に僕に依存しているが、僕もまた恵に依存している。
 とても正常とはいえない相互依存の兄妹関係。
 しかし、それでもいい。異常だっていいじゃないか。何か問題があるのか。僕はもともと異常な生まれ方をした人工の天才だ、もとから異常な人間が血の繋がりのない妹に異常な愛情を注いだところで倫理破綻はない。凡人の共感を拒むからこその天才だ。
 僕が奥底に抱えた秘密は僕の死とともに永遠に葬り去られる。
 鍵屋崎夫妻殺害の真相は永久に封印される。
 恵の将来のためにもそれがいちばんいいのだ。
 散発的に花火が上がる。乾いた炸裂音とともに夜空で花火が爆ぜる。閃光に明るんだ藍色の闇を背景に放射線状の軌跡を描く花火を見上げ、ふと違和感を覚え隣を振り向く。
 誰もいない。
 恵は僕の左側にいる、右隣には誰もおらず虚空があるのみ。
 本来、ここいにるべきはずの人間がいない。
 僕の隣にいるべきはずの男がいない。
 『どうしたの、おにいちゃん』
 恵が不思議そうに小首を傾げる。僕は恵に言葉を返さず、衝かれたように右側の虚空を凝視する。
 胸を吹き抜ける空虚な風の正体は何だ?
 胸にぽっかり穿たれた喪失感は?
 僕は恵と一緒に花火を見たかった。ヨンイルの最高傑作、素晴らしい花火。東京プリズンを去る五十嵐の前途を祝して空高く打ち上げられた送り花火。しかし、物足りない。恵が隣にいさえすればそれだけで十分のはずなのに、もう一人大事な人間を忘れているような気がするのは何故だ。  
 恵より大事な人間なんてこの世に存在しないはずなのに。

 僕の心は、「彼」を呼んでいる。
 ここにいない彼を求めて激しく疼きだす。

 彼。東京プリズンで出会った同房の男、初めて出来た友人。全幅の信頼を寄せる頼りになる相棒。いつも眉間に不機嫌な縦皺を刻み、本人にその気がなくとも人を威圧する仏頂面で、意志の強さと生来の頑固さを表明するように口を引き結んだ胡散臭い男。僕が辛い時には励ましてくれた。いつもそばにいてくれた。
 その彼が、いない。
 僕の視界から消えて手の届かないところへ行ってしまった。
 彼はどこにいる?周囲に視線を飛ばして探すが見つからない、恵と手を繋いだことも一瞬忘れて足を踏み出し周囲を見回すが花火が煌煌と照らす光と影の世界に彼はいない。
 『どこにいるんだ?』
 胸が激しく疼く。息を吸うたび肋骨の隙間に虚無が沁みる。おにいちゃん痛い、と恵が抗議の声を発するのを無視して花火に照らされた周囲を見回す。ここに彼がいなければ意味がない。僕は彼と一緒に花火を見たかった。あの夜展望台で二人並んで夜空を見上げ、ヨンイルが最高傑作と自賛する花火に陶酔する濃密な時間を共有したかった。
 『どこにいる、サムライ!僕を独りにしないと約束したろう!?』
 光に切り裂かれた闇の中に、虚しく声が響く。
 サムライはどこに行った、何故あの時あそこにいなかったという疑問が脳の奥で膨らみ暗澹と不安が渦巻く。同時に、荒削りに乾燥した唇の感触を反芻し頬が熱くなる。興奮か怒りか、自分でもわからない激情に翻弄されるがまま恵の手を引いて走り出す。
 恵が甲高い悲鳴をあげる。
 地上の狂乱に呼応するがごとく次々と花火が炸裂する。
 息を弾ませ疾走し必死にサムライを捜し求める。切迫した呼び声に闇は応じず沈黙する。闇に手を伸ばして掴むのは虚空だけ、サムライの面影すら掴めず何度も裏切られる。
 ぶざまだな鍵屋崎直。耳の裏側で嘲りの声がする。みっともない天才だともう一人の僕が嘲笑する。たかが友人一人のために大事な妹を引きずり回して、お前には恵さえいれば十分ではなかったのか?それ以上は望まないと言ったくせにあれは嘘かと僕を責める。
 そうだ。
 過去の僕には恵さえいれば十分だった、他には何もいらなかった。
 しかし、今は。
 『どこにいるんだサムライ、友人の自覚があるなら許可なく僕をひとりにするな!売春班に僕を助けに来たとき言った台詞は嘘か、タジマに襲われた夜に僕を抱いて言った台詞は嘘か!?僕は君のぬくもりを覚えている、ささくれた唇の感触を覚えている!恵以外の人間に接して不快じゃないと感じたのは君が生まれて初めてだ、君が初めての男なんだ!!』
 僕にはサムライがいなければ駄目だ。サムライがいなければ不足だ。サムライがいないと不安でたまらない。僕を独りにするな、サムライ。僕はすでに君なしではいられない体なんだ、体も心も君に依存しているんだ。花火の閃光が闇を切り裂く中をサムライを求めて走る。サムライを呼ぶ声は花火の炸裂音にかき消されて虚空に吸い込まれる。
 気付けば恵の姿は消えて僕は一人だった。喉嗄れるまで叫び、極彩色の光に彩られた明るい闇を掻き分けサムライを請い求める。

 どこにいるんだサムライ。
 僕を独りにしないでくれ。

 発狂しそうな焦燥に駆り立てられ、動揺に足を縺れさせ、走る。
 今の僕には君しかいないのに、君まで失ったら僕は本当に独りきりになってしまう。頼むから僕を拒絶しないでくれ、軽蔑しないでくれと必死に懇願する。心臓の動悸が速まる。耳の奥に鼓動を感じる。いつのまにか花火は消えてきな臭い残り香があたりに立ち込める。圧倒的な質量の闇が押し寄せて幾重にも僕の体を包み込む。暗黒の触手に四肢を絡めとられ身動きを封じられ、もがき苦しみながら僕は叫ぶ。
 『僕には君がいなければ駄目なんだ、孤独で窒息してしまうんだ!!』
 苦しい。助けてくれ。
 圧倒的な質量の暗闇が僕に覆いかぶさり押し潰そうとする、足元には闇より暗い暗黒を湛えた深淵が裂けて僕を呑み込もうとする。
 何故だ?
 サムライに拒絶された恥辱がまざまざと蘇る。不快感が喉を塞ぐ。
 静流の言葉を真に受けてサムライを試すような真似をした罰だ。もはやサムライの心は完全に離れてしまった。僕はまた選択を誤り大事な人間を失ってしまった。後悔しても遅い。取り返しがつかない。
 サムライは僕を軽蔑した、僕の本性に衝撃を受けて不快感を禁じえず激しく唾棄した。
 『許してくれサムライ、もう二度と触れないから、あんなことはしないから!一方的に触れて不快にさせたりしないと約束する、君の過去に触れないと約束する!だからっ』 
 だから。
 どうか、友人でいさせてくれ―……

 …………はっ、はっ、はあっ」  
 呼吸が荒い。心臓の音がうるさい。跳ね起きた時にはびっしょり寝汗をかいていた。濡れた前髪が額に被さって気持ちが悪い。
 悪夢から醒めると同時に背骨を抜かれるような安堵を覚えた。
 夢でよかった。隣のベッドを見ればもぬけのからだった。一瞬、呼べど捜せど姿の見えないサムライを求めて暗闇を彷徨する悪夢と地続きの現実に還ってきたかと心臓が止まったが杞憂だった。
 サムライは先に起きて洗面台に向かっていた。
 顎先を滴る汗を拭い、起き上がる。昨夜、五十嵐は東京プリズンを去った。展望台には囚人が集合し五十嵐を見送った。
 僕もあの場で五十嵐を見送った。
 サーチライトの光に暴かれた五十嵐の背中には父親の威厳が回復し、囚人たちの声援を受けて大股に去っていった。見送りにでた子供たちに情けない姿はさらないとでもいうふうに。
 「……大丈夫か?ひどくうなされていたようだが」
 「!」
 はじかれたように顔を上げる。
 蛇口を締めて振り向いたサムライが、表情に乏しい平板な顔をかすかに曇らせている。
 「無視はやめたのか。どんな気分の変化だ」
 脊髄反射で嫌味が口をつく。サムライは「皮肉を言う元気があれば大丈夫だな」と独りごち、首にかけた手拭いで顔を拭く。
 ベッドに腰掛けた僕は、夢の余韻から回復するまでの数秒間を放心状態で過ごす。目が腫れぼったい。ヨンイルの打ち上げ花火に付き合わされたせいで寝不足だ。今日も強制労働があるというのに、貧血を起こさないか不安だ。
 とにかく、顔を洗おう。
 ベッドから腰を上げ、洗面台に向かう。サムライはそんな僕を黙って見ていた。不意に眩暈に襲われ、足が無様に縺れる。バランスを崩して倒れ込んだ僕を咄嗟にサムライが支え起こす。
 鼻先に木綿の手拭いが垂れさがる。
 「寝惚けているのか?お前らしくもない」
 苦笑の滲んだ声は心なし温かい。逞しい腕に縋り上体を起こした僕は、洗顔を中断して駆け付けたサムライの顔を至近に見て、驚く。
 「唇を怪我したのか?」
 「何」
 「血がついてるぞ」
 自分の唇に触れて指摘する。間近に迫ったサムライの唇には一点、鮮やかな朱が塗られていた。唇が切れて出血しているのだ。僕の指摘につられて唇に触れたサムライが動揺をあらわにする。
 様子が変だ。
 サムライの態度に違和感を覚えた僕は、不審顔で畳み掛ける。
 「そういえば昨夜姿が見えなかったが、どこに行ってたんだ?唇を怪我したということは、誰かに顔を殴られたのか。平和主義の君に限ってあり得ないとは思うが最近は東京プリズンも物騒だ、各地で乱闘が勃発して多数の死傷者がでている。君もまさか乱闘に巻き込まれて……」
 だから、展望台に来れなかったのか?あれだけ騒ぎになれば離れた場所にいてもわかるはずなのにと言外に匂わせて詰問すれば、サムライが視線を揺らして狼狽。肩にかけた手拭いを掴み、きっぱりと首を振る。
 「妙な勘繰りをするな。俺が昨日展望台に行かなかったのはと軽々しく口外できん事情があったからだ。乱闘になど関わっておらん、心配には及ばん」
 「しかし現実に怪我をしてるじゃないか、唇が出血してるじゃないか。いいから見せてみろ、傷口から黴菌が入って腫れでもしたら大変だ。軽症だからと素人判断で放置せず医務室で消毒してもらうべきだ」
 「余計なことをするな」
 頑なに拒まれてむきになり、サムライの手を払いのけ、怪我の程度を診断しようと顔を近づける。サムライの抗議を聞き流して唇を観察した僕は、彼の唇を鮮やかに染めたそれが出血ではないと確認、驚きに目を見張る。
 上唇の先端に付着していたのは、真紅の口紅。
 無精ひげが顎に散り始めた厳つい顔には似つかわしくないことこの上ない口紅……
 「サムライ、君は女装趣味があるのか?展望台に来れなかった特殊な事情とは女装で徘徊してたからか」
 「違う」
 不機嫌極まりない顔で断言、手拭いで口紅を拭い去る。はらりと首からたれた手拭いには紅で模られた口唇の模様がある。赤い口紅。色白の肌を引き立てる鮮やかな真紅……
 『帯刀貢が苗を犯したと聞いても、彼の友人でいられるのかい?』 
 紅など塗らなくても妖艶に赤い唇をほころばせ、静流が微笑む。
 静流にはきっと、赤い口紅がよく似合う。形良い唇に映える真紅は色白の肌を引き立て、女性的な容姿の美少年をさらに魅力的に見せる。
 胸が不吉に騒ぐ。何故サムライの唇を染めた紅から静流を連想したのかわからない。意味はない、根拠はない、これっぽっちも。何故サムライの唇に口紅が付着していたのかもわからない……
 考えられる可能性は。
 昨夜、サムライはだれかと唇を重ねた。
 僕がいない場所で密やかに唇を重ねて口紅を移されたのだ。
 
 僕が展望台でサムライのことを考えている間、サムライはその誰かと一緒にいた。
 唇を重ね、口紅を貰い、抱擁し……

 「直?」
 サムライの不審げな声を無視、衝動的に鉄扉を開け放ち廊下にとびだす。乱暴に鉄扉を開け放った僕を、一足先に食堂へと向かっていた囚人たちがぎょっと振り返る。鉄扉に背中を凭せて呼吸を整え動悸を鎮め、自嘲の笑いを吐く。
 「そうか。そういうことか。サムライには他に唇を交わす相手がいるのか。ならば僕に誘惑されても迷惑なだけだ、寝込みを襲われて抵抗するのは当然だ。僕へのキスにも特別な意味はない、彼の言うとおり一夜の気の迷いに過ぎない。僕が深く考えすぎていたんだ。まったく、想像力豊かなのも考え物だな。凡人が考え付かない可能性を次々と考慮して深刻に思い詰めて、馬鹿みたいじゃないか」
 深呼吸し、低い天井を見上げる。
 「無様だな、僕は」
 サムライにキスされて、ひとりで思い上がって。
 あんな行為には、何の意味もなかったのに。
 苛立ちを込めて吐き捨て、サムライを待たずに食堂に向かう。背後で鉄扉が開きサムライが駆け出してくるが無視して歩調を速める。
 体の脇でこぶしを握り、前だけ見て突き進む僕の脳裏には静流の微笑とサムライの狼狽した顔が重なり像を結ぶ。 
  
 『帯刀貢を返してもらいに来たのさ』

 耳の奥で殷々とこだまする静流の声。
 嵐の前兆。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050617114620 | 編集
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