ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十一話

 「すっげえ。ちっちぇえお口で奥までずっぽりくわえやがる」
 「さっすが男娼、フェラは十八番ってか」
 「俺のペロペロキャンディの味はどうだ?美味だろ」
 「はやく交代しろよ、はちきれちまいそうだよ」
 「あせんなって、まだまだ先はなげえんだから」
 力を込めて前髪を掴まれ頭皮から毛髪が毟れる。あまりの激痛に生理的な涙が滲むがそれでも舌の動きはとめられない。口を窄ませ頬を膨らませ唾液を潤滑油にペニスに舌を絡める。
 奉仕を中断したら恐ろしい折檻が待ってる。
 荒い息の狭間で交わされる情欲に掠れた囁き、野卑な口笛と嘲笑。
 早く順番を代われと僕にペニスを含ませてお楽しみ真っ最中の看守を同僚がせっつく。脇腹をつつかれた看守が乱暴にその手を振り払う。邪魔者扱いされた看守がぺっと唾を吐く。僕はただただ呼吸ができなくて苦しかった、口一杯にペニスが詰まってるせいで唾液も嚥下できない。 
 苦しい。気持ち悪い。吐きたい。
 胃袋が縮かんで喉もとに嘔吐の衝動がせりあがるのを必死に堪えて奉仕に励む。
 口をもごもごさせて必死にペニスをしゃぶる僕の頭を抱えこみ、興奮に息を荒げる看守。
 だらしなく弛緩した顔、恍惚とさまよう目、口からはみ出た舌……
 助けてビバリー。助けてママ。
 「はっ、ふっ、けふっ……」
 顎がこった。少し、休みたい。一分なんて贅沢は言わないから十秒だけ呼吸を整える時間が欲しいと潤んだ目で請えば更に喉の奥深くへと突っ込まれた。絶対わざと。頬は涎でべとべと。いったい何人に奉仕させられたのか入れ替わり立ち代りひっきりなしで記憶が判然としない。何本のペニスを咥えたかわからない。静流が僕を見捨てて房を出てから何分、いや何時間経ったのかもわからない。
 静流が戻ってくる気配はない。鉄扉が開く気配はない。
 「さぼんなよ。ちゃんと舌動かせよ」
 毛髪を毟られた頭皮が焼け付くように痛む。柿沼はとくにサディスティックな看守ばかりをそろえてきたみたいで、漸く自分の順番が来て狂喜した看守は僕の前髪を掴んで揺さぶって刺激を強める。前後に頭を揺さぶられるたび意識が断ち切れて目が回る。歪む視界に悪酔いしながら、それでも丁寧にペニスを舌を這わす。
 熱く潤んだ粘膜に包まれたペニスが硬さ大きさを増して急激に膨張、絶頂が近付く。
 「ひあっ……!」
 口の中でペニスが爆ぜる。全部は飲み干せずに口の端からたらりと白濁がたれる。青臭くて生臭いザーメンの味……独特の苦味。
 吐き出したいのを我慢して呑み込んで、性急に訴える。
 「ねえ、もういいでしょ、許してよ。約束どおり最高に気持ちよくさせてあげたっしょ、僕ちゃんといい子にして約束守ってしょ?イッたならもううちに帰してよ、ビバリーんとこに帰してよ!もうやだ、助けてママ、ママあ……」
 ママに会いたい。ビバリーんとこに戻りたい。
僕だって伊達に修羅場を体験してない。外にいた頃は渋谷の売春組織をシメてた前科もあるし大物代議士パトロンにつかまえて成り上がるまではさんざん辛酸舐めてきた。
 六歳からずっと小遣い稼ぎに体を売っていた。
 危ない目に遭ったこともある。ぺドでサドの客にあたったときは悲惨だった。内腿にじゅっと煙草を押し付けられたり目隠しされたりクスリ使われたり浣腸されたり、三人に輪姦されたこともある。あの時も体の震えがとまらなかった。一人目が口に突っ込んで二人目が貫いて三人目にはペニス悪戯されて、三人がヤるだけヤって満足して札束投げてホテルの部屋出たあとも長いこと起きあがれなかった。
 でも、今度はさらに多い。
 体がもつはずない。全部が終わったあと、きっと僕は壊れてしまう。以前の僕じゃいられなくなる。もう二度とビバリーに会えない予感がする。生きてママに会えない予感がする。
 「ママ、ママあ……おうちかえりたいよ、ママあ」
 ママに会いたい。僕にそっくりの赤毛のママ。若くて美人なママ。涎でべとべとの頬に滂沱の涙を流して哀願する、はやくおうちに帰してと懇願する。
 そんな僕を眺めてベッドを囲んだ看守たちは笑っていた。
 卑屈で邪悪な笑い。直接肌を刺す悪意の波動。
 「ぴーぴー泣いても最愛のママは助けにこねえぜ。諦めろ。お前のママは今頃若い男の下で節操なく腰振ってるよ。あんあんひんひんはしたない喘ぎ声張り上げて股ぐらびしょびしょに濡らしてるよ!」
 看守のひとりが僕の顎を掴んで高笑い。
 「雌犬の胎から生まれたガキは雌犬、娼婦の胎から生まれたガキは淫売。世の中ってもんはうまいこと循環してんな」
 看守のひとりが頬をぺちぺち叩いて知ったかぶる。
 「いいか?お前は売られたんだよ、静流に。見捨てられたんだよ、ママに。頼りのダチだって助けにきやしねえじゃんか。お前が声からして叫んだところで全部無駄、お前みてえに生意気なガキの為に危険を承知で地獄のどん底にとびこんでくる物好き世界中捜したっているわきゃねえだろが」
 「もちろん東京プリズンにだっていやしねえよ」
 看守のひとりが肩を突き飛ばす。
 圧迫感を与える低い天井に嘲りの哄笑が渦巻く。看守の顔には露骨な侮蔑が浮かんでいる。逃げられない。逃げ出せない。眉間が痛くなるまで奇跡を念じ助けを呼んだところで救いは来ない。
 絶望。
 ママの面影が薄れて底抜けに明るいビバリーの笑顔に取って代わる。ビバリー今どこで何やってんの、なんで僕のピンチに助けに来てくれないのさ役立たずと心の中で罵ってもビバリーはただお気楽に笑ってるだけ。「そりゃないっスよリョウさん、僕いま手が放せないんスから」とたわごとほざきながら目にも止まらぬ早業でキーを打ってる姿を想像、自暴自棄の衝動が込み上げて笑いたくなる。そっか、ビバリーは僕よりロザンナが大事なんだ。ロザンナを選ぶんだ。役たたずめ。友達甲斐のない奴。
 怖い。
 「許して、ください」
 怖い。
 だれも助けにきてくれない暗闇で看守に囲まれて僕はどうしたら、嫌だ助けてママ怖いここから出して酷いことしないで痛いことしないでおうちに帰して!!理性が蒸発して思考の洪水が殺到、心臓が爆発しそうに高鳴り全身の毛穴が開いて汗が噴き出す。
 好奇心猫を殺す。
 僕がこれまでほぼ無傷でピンチを切り抜けてこれたのは単に悪運が強かったからで、僕は今回だって何の根拠も確証もなくただ「これまでだって大丈夫だからこれからだって大丈夫」という口笛吹きたくなるくらい楽観的な見通しと無邪気な好奇心に突き動かされて静流を尾行した。 好奇心猫を殺す。
 静流をつけたりするんじゃなかったんだ。
 放置しておけばよかった。
 静流は災厄だ。静かなる災厄に関わったらおしまいだ。一条の光も射さないどん底から這い上がるにはどうすればいい?教えてだれか、ママ、ビバリー……静流。戻ってきてよしずる、助けてよ!こいつら君が命令すれば言うこと聞くんでしょう解放してくれるんでしょうならそうしてよ、君が柿沼と関係してたことは誰にも言わないから黙ってるからごまかしとおすからだから!
 「許して、ごめん、ごめんなさい!僕が悪かった謝るよ静流をつけたりしてごめん覗き見てごめん、ねえ謝ったんだからいい加減許して手錠はずしてよ、これ以上酷いことしないでよ!ねえなんで笑ってるの、僕すっごい真剣なのに……柿沼さんっ」
 戦慄の表情で柿沼を仰ぎ見る。
 柿沼はにやにや笑っていた。囚人を虐めるのが病みつきになったゲスの笑顔。嘆願も説得も一切通じない絶望の笑顔。致命的な断絶を痛感し、喉が引きつる。房の暗闇に溶け込むようにベッド脇に佇んだ柿沼はすでに僕の知る柿沼じゃない。僕を買いに来た柿沼じゃない……静流の奴隷の柿沼だ。
 こんなのって、ない。
 柿沼にはさんざんよくしてやったのに恩を仇で返すような真似しやがってと怒りが沸騰、鎖が許すぎりぎりまで身を乗り出して罵詈雑言浴びせる。
 「畜生こんなのってアリかよ、柿沼さんちょっと前まで僕のこと贔屓にしてたじゃん、フェラよくできたご褒美にキャラメルとか一口チョコとか恵んでくれたじゃんか!!僕にエプロンドレス着せて不思議の国のアリスのコスプレさせたくせに、僕を膝に抱っこして下から貫いてさんざんいやらしいこと囁いたくせに、僕のペニスいじくって「食べちゃいたいくらい可愛いピンク色だな」とか「生まれたての小魚みたいにピンピン元気よく跳ねてる」とか恥ずかしいこと」
 「悪いがリョウ、お前のカラダには飽きたんだ」
 怒りが沸点を突破、脳細胞が一片残らず蒸発しそうになる。
 理性の堰が決壊し自制の箍が外れる。脳天突き抜けるように甲高い奇声を発し柿沼を引っ掻こうと前傾。ああ、発情期の猫みたいにうるさい鳴き声。真っ赤に充血した目に臨界の憎悪を漲らせ、手錠の鎖を限界まで引っ張って捨て身で反撃する僕を指差し看守陣が爆笑。
 至近で嗤われて顔に唾がかかる。
 「可哀想になリョウ、お前はもう用済みだとさ」
 「お古のオモチャにゃ興味ねえとさ」
 「柿沼にフられちまったなあ」
 うるさい。黙れ。この野郎。
 腹の底で呪詛が渦巻く。喉の奥で威嚇の声を泡立てる。柿沼は僕を払い下げた。獰猛な同僚に。肉欲の奴隷と成り果てた看守に。
 僕は、
 「おねがいだから、酷いことしないで」
 懇願する。ただただ必死に懇願する。
 恐怖に掠れた声で、目に一杯涙をためて、演技ではなく素で許しを乞う。体の震えがとまらない。毛髪が毟れた頭皮が塩をすりこまれたみたいに疼く。口腔に沈殿する精液の後味、ザーメンの苦味……
 ああ、しまいに指先まで震えだした。
 ひょっとして、クスリの禁断症状?
 反射的にズボンを探ろうとし、ガキンと響いた金属音と鎖の抵抗で手錠に繋がれてることを思い出す。クスリが欲しい。欲しい欲しい欲しい頂戴くれ、クスリがあればヤなこと全部忘れられるクスリは僕の味方砂糖みたいに甘くないけど僕をいつだって幸福にしてくれる真っ白な……
 「お願い。注射器とってよ。僕のポケットに入ってるから……」
 目尻から大粒の涙が零れる。
 「ごめんなさい、もうわがまま言わないから、ちゃんと言うこと聞くからだからクスリだけ打たせて。ほんの十秒いや五秒でいい、五秒だけ手錠はずしてくれれば僕もみんなも今この場にいる全員が最高にハッピーになれるんだ!僕はクスリ打ってヤなこと全部忘れて頭真っ白で柿沼さんたちの相手したげる、ねっだから五秒だけ時間ちょうだい、クスリ打つ時間ちょうだいよ!」
 「おい、頭大丈夫か」
 「禁断症状じゃねえか?これ」
 「年季入ったヤク中だからなコイツ。いつも注射器持ち歩いてるって有名じゃんか」
 看守が僕の頭の上でのんびり会話を交わす。
 僕がこんなに焦ってるのに、苦しくて気持ち悪くて体の内側から毒素に蝕まれてるのに、柿沼たち看守はだらしなく間延びした顔で緊迫感に欠ける会話に興じてる。
 ひりつくような焦燥が猛烈な渇きに変じて喉を焼く。
 体が不規則に痙攣する。
 嘔吐の衝動が胃を締め上げる。
 指先の震えが鎖を介して伝わり手錠がカチャカチャ鳴る。
 クスリ、クスリのことしか考えられない!はやく外してよねえこれ外して……脳裏で続けざまに閃光が爆ぜる。脳髄を穿孔するフラッシュバック。
 鍵屋崎がいる。ざまあみろと笑ってる。
 銀縁メガネの奥の涼しげな切れ長の目で、苦悶に身をよじり、みじめに這いずりまわる僕を見下している。本当にイヤなやつ。お高く澄ましたツラに唾吐いてやりたい。
 サムライがいる。いつもと同じ仏頂面、人を寄せ付けない眉間の皺。
 レイジがいる。ロンがいる。
 最後はママ。
 虫に食われて穴だらけの顔のママ。
 うじゃうじゃ沢山の蛆虫が、肉が溶け崩れて骨の断面が覗いた穴を出たり入ったり。
 トンネル遊び、楽しそう。ママのお顔の穴を出たり入ったりひょっこり通り抜けて、額の真ん中の穴をくぐった蛆虫が頬の右側の穴からぴょこんと這い出して。丸々肥え太った蛆虫がママの顔を食い破り黒点が重なり拡大し骸骨に……

 リョウちゃんなんでそんな悪い子になっちゃったの?
 リョウチャンガイイコジャナイカラ ママコンナ姿二ナッチャッタ

 「ママ、ごめんなさい」 
 蛆虫がのろくさ大群で這いずって僕の足の指から上へ上へとよじのぼり……やだ、あっち行け!ばっちい!ちぎれんばかりに首を振り身をよじり半狂乱で蛆虫を払い落とす。しかし、大群の侵攻は止まない。
 コイツら存外しぶとい。
 腹ぺこ蛆虫さんがえっちらおっちら僕の足の指を這いのぼる。あはは、くすぐったい。笑いながら見下ろせば、足の先端が蛆虫に齧られて損なわれていた。やばい。はやくコイツら追い払わなきゃ焼き払わなきゃ蛆虫に食べられ骸骨にされちゃう、ええと、蛆虫撃退するにはどうすればいいんだっけ?ナメクジは塩で溶ける。塩がないから砂糖で代用で、白い粉を撒けばナメクジの仲間の蛆虫も溶けて消える……
 やっぱクスリが必要だ。
 「甘くない砂糖撒けば蛆虫だって溶けて消える、ねえだれか僕のポケットからワンパッケ覚せい剤とってベッドのまわりに撒いて、そうすれば蛆虫近寄れないから!ほら、ナメクジだって塩で溶けるっしょ?蛆虫だっておなじだよナメクジの親戚なんだもん白い粉は魔法の粉だから蛆虫だって消せちゃうよ!畜生もっとはやく気付いてればママ助けられたのに、ごめんね僕のせいで綺麗な顔台無し」
 肥大した自己嫌悪と恐怖心と劣等感が喉を塞いで息苦しい。
 手錠に繋がれて延々フェラチオ強制されてから最低二時間以上経過、こんなに覚せい剤断ったら禁断症状でるに決まってる。自殺行為。自滅行為。本格的にやばい。幻覚が作り出した妄想だってわかっていても手足の先を齧られる掻痒や蛆虫が這い回る感覚は現実以上にリアルだ。  
 現実が幻覚に浸食される。
 現実と妄想がごっちゃになり、しまいに区別がつかなくなる。
 「きたねえ、コイツ泡噴いてやがる」
 「長くはもたねえなあ」
 「いいから早く突っ込んじまえ、ケツ持ち上げて」
 「覚せい剤打たなくていいのか?」 
 「俺たちゃ看守で医者でも売人でもねえ、注射器の打ち方なんか知らねえよ。それに万一針さしてショック死でもされたら俺らの責任じゃんか、イヤだぜ、そんなくだらない理由でクビになんの」
 「そうだな。遅かれ早かれコイツ死ぬしな」
 「東京プリズンで長生きなんざクソ食らえだ」
 下卑た哄笑が弾ける。頭が朦朧とする。両側の看守が僕の肩を押さえ付ける、ズボンを膝まで引き摺り下ろしベッドに飛び乗った看守が僕の膝を割って軽々持ち上げる。僕の膝を抱えてひっくり返し、お尻丸見えの恥ずかしい体勢をとらせて舌なめずり。
 尻の柔肉を鷲掴み、股間で赤黒く勃起したペニスをー
 「あっ、あああああああっあああああああああっああ!!」
 いだ、い。
 背骨もへし折れんばかりに背中を仰け反らせ絶叫、嫌々とかぶりを振り行為の中断を訴えても完全無視でますます奥へと挿入される。異物を排泄しようとする直腸の弾力に逆らいペニスが穿孔する背徳的な感覚が凄まじい激痛を伴い引き延ばされる。
 いくら僕が趣味と実益を兼ねた男娼だからってこんな扱いってない。手首が、痛い。金属の輪で手首が削れて赤い溝が二重三重に走る。
 脳裏にまた鍵屋崎の顔が浮かぶ。いつもと同じ無表情。眼鏡の奥の目は醒め切って、無慈悲に無関心に僕を眺めている。
 自業自得だ。
 鍵屋崎の幻覚が吐き捨てる。これまでさんざんいたぶられた仕返しに、看守たちに嬲り者にされる僕を見て溜飲をさげる。涼しいツラをぶん殴りたい。五指を閉じてこぶしに固めた瞬間、鍵屋崎の幻覚はかき消えてビバリーが出現。

 ビバリー!!

 五指をほどき、無駄だとわかっていながら手錠を抜こうとする。
 手を伸ばすのが無理ならせめて大口開けてビバリーを呼ぼうと深呼吸した次の瞬間、ペニスが喉につかえて声がくぐもる。僕を下から貫いてるやつとは別の看守が上の口にペニスを押し込んできたのだ。
 「歯あ立てたら殺すぞ」
 凄みを帯びた低音で脅迫した相手に目を凝らせば柿沼だった。柿沼にフェラチオを強制された僕は、別の看守に突き上げられて不規則に跳ねつつ丁寧にペニスを舐める。しゃぶる。ねぶる。

 それから僕は、どん底の定義を身をもって味わった。
 思い知らされた。

 五人に輪姦されても奇跡的に最後の最後まで意識を保っていられた。 途中何度も意識が薄れて理性が飛んだけど、行為が終わって看守が上からどいた時の記憶は比較的鮮明だ。
 ヤるだけヤって満足した看守がさっぱりした顔つきでジッパーを上げて房を出て行く。
 騒々しい足音、砕けた雰囲気。
 「ケツの穴ゆるみきった男娼のわりにゃ意外と使えたな」
 「フェラは抜群だった」 
 「それっきゃ取り柄ねえからな」
 「言えてら」
 おぼろげな意識の彼方で遠ざかる話し声と足音を知覚。鈍い残響とともに鉄扉が閉じて廊下の明かりが遮断される。再び暗闇。
 起きなきゃ。服を着なきゃ。
 気だるい動作で床に手を伸ばし、囚人服を拾い上げようとして初めて手錠が外されてないことに気付く。これじゃ手が届かない。柿沼たちは手錠も外さず、精液まみれの僕を全裸で放置して行ってしまった。
 残されたのは僕ひとり。暗闇にただひとり。
 「……ひっうぐぅ、」
 寒い。暗い。怖い。寂しい。
 泡沫のように脳裏に散発するつたない単語、思考未満の散文的な感覚と感情。痛い。下肢が痺れて感覚がない。いつになったら鉄扉が開くのかわからない。もう一生開かないかもしれないという疑惑が脳裏を掠めて激しい不安に苛まれる。
 まだ柿沼たちがいた時のほうがマシだった。 
 ベッドパイプに手錠で繋がれたまま全裸で放置されて、格子窓からわずかに光射す暗闇に閉じ込められたまま鉄扉が開かなければ遅かれ早かれ餓死か凍死という最悪の未来に直面する。
 イヤだ。僕はママに会うまで絶対死なないって決めたんだ、生きてここを出るって誓ったんだ。
 でも。
 「ママあ、ひっ、ママ……」
 みじめたらしくしゃくりあげる。格子窓から射すわずかな光は周囲の暗闇を尚更濃く見せる逆効果。格子窓から射した光により濃厚に深まった暗闇が足元にひたひた押し寄せて体を包み芯から冷やしていく。
 喉がかれるまで呼んでも誰も来てくれない。
 見捨てられた、完全に。
 「自業自得」。
 さっき鍵屋崎が言ったとおりだ。今までさんざん酷いことばかりしてたからバチが当たったんだ。
 孤独が僕の核、暗闇が僕の皮膚。
 だれも来てくれなかった。僕が殴られても輪姦されてもだれも助けに来てくれなかった。売春班に落とされた鍵屋崎もこんな気持ちだったの、世界の底が抜けて奈落に吸い込まれてく絶望を味わったの?胎児のように胸に膝を引き付けまん丸く縮こまり、ぶつぶつ呟く。
 それからさらに気の遠くなる時間が経過。
 ゆっくりと思わせぶりに鉄扉が開き、暗闇に慣れた目には強烈すぎる蛍光灯の光が逆流。
 蛍光灯の逆光で黒く塗りつぶされた細身の人影に目を凝らす。
 「ただいま」
 静流がにこやかに挨拶して房に足を踏み入れる。優雅な歩調でベッドに近づく静流から無意識にあとじさり距離をとる。背中がベッドパイプにぶつかる。冷え冷えと硬い金属の棒が背中にめりこむ感触。
 今の僕にはもう、静流が得体の知れない化け物にしか見えなかった。なんでこんな風に挨拶できるの、僕を柿沼に売り渡して輪姦させておきながら一点の曇りもない笑顔を浮かべられるの?良心の呵責とは無縁な笑顔が恐ろしく不気味だ。
 静流に対する恐怖心は恐ろしく澄み切った深淵を覗き込んだ感覚と共通。
 双眸の深淵には清澄な水が湛えられ、底が見えず。
 底が、無い。
 
 絶叫。

 最初、それが僕の声だとわからなかった。
 僕の喉が発しているものだと信じられなかった。
 喉も裂けよとばかりに高音域の獣じみた咆哮。金属を擦り合わせた響きの甲高い悲鳴。

 「化けもの、あっち行け化け物!!なんなんだよ、なんなんだよお前……おかしいよ狂ってるよ、東京プリズンの囚人はみんな狂ってるけどお前最初から狂ってる、ここに来る前から狂ってる!だって絶対おかしい、普通の人間が東京プリズンの環境に適応できるわけない、東京プリズンに来てたった数日で順応できるわけない!東京プリズンは地獄だもの、野郎が野郎のカマ掘る地獄だもの、毎日五十人もリンチで囚人死んで砂漠に埋葬される世界でいちばん極楽に近い地獄だもの!お前みたいに苦労知らずの日本人がたった二日か三日かそこらで地獄にどっぷり染まれるはずない、お前は最初からイカレてたんだよ救いようないくらい!!」

 つま先でシーツを蹴りあとじさり全身で拒むも静流は歩みを止めない。余裕ありげな足取りで距離を詰めてベッドの傍らに立ち止まり、そして……
 「酷くされて可哀想に」
 思いやり深い口調で呟き、僕の頬にさわる。ひんやりと冷たい手に体温を奪われ全身に鳥肌が復活、脳天から奇声を発して首を振る。 
 「嘘、だ。こんなの変だよ、嘘だよ……だって僕ツイてるもん。今まで数え切れないくらい危ない目に遭ったけど無事切り抜けてきたもん、下水道で洪水に見舞われた時も五十嵐に銃口突き付けられた時も間一髪ビバリーが助けに来てくれて」
 ビバリー。
 頼りになる相棒、気のいい友達。お人よしなお調子者。
 「いつもいつだって助けに来てくれたんだ、必ず。僕が呼べば必ず」
 「じゃあ何で今回は来なかったのかな」
 無邪気に小首を傾げる静流を虚ろに見返す。
 そうだ。なんで今回は来なかったの、ビバリー。あんなに呼んだのに。何回も何十回も口に出して心で呼んだのに。口一杯に醜悪なペニス突っ込まれて苦しくて生理的な涙が滲んで、必死に嘔吐を堪えて舌を絡めて、心の中で呼んだのに。ママだってそうだ。ママはいつだって僕を置き去りにする、僕が苦しんでるの見て見ぬふりする。
 酷いママ。最低の女。あんたなんか母親じゃないと心の中で罵倒すれば、涙と鼻水が一緒くたに込み上げてくる。
 「可哀想に。捨てられたんだ」
 「違う!」
 「違わないよ。君は捨てられたんだ。だから誰もきみを助けに来なかった、酷い目に遭っていい気味だって放置したんだ」
 そうなの?僕、捨てられたの?
 ママの面影が薄れてビバリーの面影が消えて遂に何もなくなる。頭はからっぽ。心は麻痺したように何も感じない。捨てられてなんかないと否定したくてもビバリーが助けに来なかったのは後戻りできない現実。僕は暗闇にひとりぼっち。誰も助けに来なかった。内腿には血が流れたあと。シーツには精液のシミ。何もかもが手遅れ。
 ビバリーは間に合わず、僕は輪姦され、静流は笑っている。
 「でも、安心して。僕は君を捨てたりしない。こうして帰ってきたのが証拠だ」
 指一本動かす気力も喪失して廃人化した僕の右耳から左耳へ、空虚に声が通り抜ける。静流が僕の頬に手を添え振り向かせる。
 不意に静流が取り出したのは一本の鍵。僕の後ろに手を回して手錠の鍵穴にそれを挿し込めば、カチャリと小気味いい音がして輪が外れる。

 いまさら両手が自由になっても意味がない。

 ぼんやりベッドに座り込んだ僕の正面に回りこんだ静流が、ポケットからはみ出た注射器に目をとめ、何気なく手に取る。僕は静流のしたいようにさせた。
 打ちたきゃ打てばいい、勝手に。
 気まぐれ起こしてクスリを試してみたいならそうすりゃいいと投げやりな気持ちで眺めていたら、静流が僕の腕を取りひっくりかえし注射針を静脈に擬す。
 「今日見たことは他の皆に黙っていてくれるかな。交換条件といったらあれだけど、君の身に起きたことは口外しないでおくから」
 取り引きか。なかなかやるね。
 口元にうっすら自棄の笑みを吐く。
 知らず知らず引き込まれるように、こっくりと頷く。なんだかとっても愉快で滑稽な気分。腹の底から哄笑の衝動が込み上げて喉元でおさえるのに苦労する。僕もきっと、壊れちゃったんだ。
 内腿を見下ろす。生渇きの血の筋が蛇行して流れている。
 趣味と実益を兼ねた男娼の癖にいまさら何言ってんだって嗤われるかもしれないけど、最悪の形で処女を喪失した錯覚に襲われる。
 絶望のどん底にへたりこんだまま立ち直れない僕に微笑みかけ、ゆっくりと慎重に注射器のポンプを押し込む静流。
 静脈に注入された覚せい剤が血流に乗じて全身に巡りだし、さっきでの暗澹とした気分が嘘みたいに晴れていく。
 「っは……あ、ふ」
 涙で曇った視界に静流の微笑みが映る。
 僕の腕を優しくさすり、注射針のあとを指圧しながら、嫣然と囁く。
 「極楽浄土に逝けたかい」
 紅を落とし忘れた唇は禍々しく赤く。 
 僕の腕から指を放した静流がおもむろに服を脱ぐ。慣れた動作で上着を首から抜いて淫靡な痣が散らばった上半身をさらけだし、ズボンをずらして僕の上に大胆に跨る。全身にクスリが廻りはじめて恍惚とまどろんでいた僕は、静流に跨られても払いのけるのが面倒くさくて、そのまましたいようにさせることにした。
 ごくささやかな衣擦れの音。
 ベッドに仰臥した僕の腰に馬乗りになり、色白の裸身を薄紅の痣で引き立てた静流が吐息に乗せて誘惑。
 「今夜のことを全部覚せい剤が見せた夢にしてしまうなら、最後に僕を楽しませてよ」
 静流の本性は、とんでもない淫乱だった。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050618032224 | 編集
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