ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二話

 鍵屋崎の房は知ってる。サムライとおんなじだ。
 東京プリズンに収監された囚人はアトランダムに東西南北の棟に振り分けられる決まりだけど、必然的に誤差というか偏りが生じてしまう。たとえばサーシャがシメる北棟はロシア系の白色人種を中心に構成されるし、レイジがトップに君臨してる東棟はアジア系が大半を占める。残りふたつ、西棟はおなじアジア圏でも韓国系主流で南棟はアフリカ系主流。 
 レイジは入所以来ブラックワークのトップを維持してるし、当分王座は覆されないってのが囚人間じゃもっぱらの噂だけど、どうしてどうして残る三人だって一筋縄じゃいかないツワモノ揃い。
 ロシア人至上主義で激烈な人種差別主義者であるサーシャは言うに及ばず、問題は西の道化と南の隠者。この二人はサーシャほど性格がねじくれてないけど、何を考えてるかわからないって点じゃレイジといい勝負の不気味な奴ら。表面的には愛想が良いレイジがトップに立ってる現在は微妙な均衡が保たれてるけど、今のトップに代替わりする前は東西南北各棟の間で紛争が絶えなかったらしい。東西南北で睨み合ってる四つの棟の仲は最悪の状態で、水面下ではまだ火種がくすぶっているのだ。
 で、僕のヤサがある東棟だけど。前述したとおり主流になってるのはアジア系、その内わけは中国系が三割・台湾系が二割・その他東南アジア系が四割ってとこ。僕は残り一割に満たない白人で英国系二世。父親はたぶん日本人。「たぶん」て曖昧な仮定形を使ったのは顔を見たことがないからだ。つまり私生児ね。
 日本人はといえば、これまた少ない。東棟じゃ十人ちょっとっきゃいないんじゃないかな。台中戦争やら第二次ベトナム戦争やらで故郷を追われた難民や食い詰めた密入国者やらがわんさか流入してきて無国籍のスラム化及び混血が進んで、気付いてみたら純血の日本人は絶滅危惧種並に少なくなってた。純粋な日本人の人口なんてとっくに一億きってるよ。で、サムライと鍵屋崎は東京プリズンはおろか日本全体でもかなり珍しい生粋の日本人てやつで、偶然にも同じ刑務所の同じ房をわりあてられた。
 偶然?まさか。僕の予想だと裏に安田あたりが絡んでるとみたね。東京プリズン上層部の人間がサムライと鍵屋崎が同房になるよう采配したにちがいない。たとえ犯罪を起こして悪名高い刑務所にぶちこまれたとしても絶滅寸前の日本人は監視下において保護しなきゃって。過保護だよね、笑っちゃう。
 と、つらつら考えながら廊下を歩いてたら前方に鍵屋崎発見。房を訪ねるまでもなかったね、こんな時間にふらふら廊下をほっつき歩いてるなんて危ない危ない。物陰につれこまれてレイプしても知らないよ、と喉まででかけた忠告を飲み込んで鍵屋崎の後姿に目を凝らす。
 ふらふら危なっかしい足取りで歩いてる鍵屋崎の目と鼻の先に壁がある。鍵屋崎は気付いてないみたいだ。二足歩行をおぼえたばかりの赤ん坊みたいな覚束ない足取りで一歩、二歩、三歩……
 鈍い音がした。
 壁と正面衝突した鍵屋崎が低くうめいてその場にしゃがみこむ。強打した額を両手で押さえ、声を殺して悶絶する鍵屋崎。
 すごいや、イマドキこんな古典的ギャグを実践する奴がいたなんて。
 新鮮な感動に打たれて足を速める。気配を殺して背後に接近、廊下にうずくまった鍵屋崎の肩をぽんぽんと叩く。
 「メガネをかけてないメガネくんに忠告しておくけど、この壁には通り抜けフープなんてないよ」
 鍵屋崎が振り向く。額が赤くなってて痛そうだ。
 「そんなことは知っている、僕は有事の場合に備えて壁の硬度を確かめていたんだ。この壁の材質は1メートルの厚みのある鉄筋コンクリートだな。鉄筋コンクリートとはコンクリートの中に鉄筋を入れ,圧縮にも引張りにも強い部材を作る構造になっていてその特徴をラーメン構造と……」
 打ち所が悪かったらしい、かわいそうに。
 意味不明なことをのべつまくなしにまくしたてる鍵屋崎をたっぷり同情をこめて一瞥、おもわず感心してしまう。
 「きみほんとに目が悪いんだねえ」
 「で、何の用だ?行き止まりとも知らずに直進して壁に激突したぶざまな僕を笑いにきたのか」
 自意識過剰だなコイツ。
 「商売道具を返してもらいにきたのさ」
 鍵屋崎の前に片手を突き出す。何を意味してるのかすぐ悟ったようで、鍵屋崎がポケットをまさぐり針金をとりだす。これこれ、僕の大事な商売道具。鍵屋崎から受け取った針金を手の中でじっくり検分し、血がついてないか確認する。
 「これ、ちゃんと洗った?」
 「ああ。血がついたままだと錆びると思ってな」
 「そう」
 頭上にかざした針金をためつすがめつしながら、砂漠での騒動を思い出す。あの時、イエローワークの温室でいちごを摘んでた僕もたまたま現場に居合わせたけど……鍵屋崎は鋭く尖ったこの先端で、白昼堂々自分を襲おうとしたガキの眼球を刺したわけだ。まったく躊躇ない、的確な一撃。傍で見ていた僕もちょっとちびりそうになった。
 鍵屋崎に眼球を刺されたガキは医務室に運ばれたはずだけど、その後どうなったかは聞いてない。まあ、潰れたのがキンタマじゃなくて目ん玉でよかったねぐらいしか慰めの言葉が見つからない。
 「砂漠のアレ、すごかったね。メガネくんてばそんなおとなしそうな顔してためらいなく目玉を刺すんだもん、みんなびびってたよ」
 ほんの冗談のつもりで、軽い口調で言う。
 「パパとママを殺したときもあんなかんじだったの?」
 鍵屋崎の顔色はほとんど変わらなかった。ただ、「その質問は聞き飽きた」とばかりに煩わしげに眉をひそめただけだ。
 「……質問の意図が不明だ。凶器のことを言ってるならば全然違う。僕が両親を刺殺したときに使用したのは刃渡り20センチのナイフで、針金とは殺傷能力が比べ物にならない。刺した箇所も全然違う。砂漠でのしかかられた時は腕か肩を狙ったつもりがたまたま目測が狂って目玉を刺したが、両親を刺すときは確実に致命傷を狙った。母親の場合は心臓、父親の場合は右肺。大動脈を掠れば失血性ショックで心臓が停止すると医学書で読んだことがあったからな」
 鍵屋崎の説明はきわめて正確で的確で、そして、いちじるしく感情を欠いていた。
 医学書でも読み上げてるかのような淡々とした口調、抑揚のない声。自分の両親を殺したとそう言ってるのに、良心の痛みとか罪悪感とかそんなものは一片たりとも感じられない。
 「…………」
 薄気味悪くなった。
 やっぱり鍵屋崎は普通じゃない。東京プリズンには普通の奴なんてひとりもいないけど、鍵屋崎は正真正銘異常だ。当たり前だ、自分のパパとママをぐさりと刺し殺すような人間のクズなんだから。
 僕だったら考えられない。自分のママを殺すなんて。
 『リョウちゃん』
 今もまざまざと顔を思い浮かべることができる。舌ったらずな甘ったるい声も。
 覚えてる。ママの甘い香水の匂い、僕の頭をやさしく撫でる手の感触。ママ譲りの赤毛は僕の自慢、ママは僕のいちばん大切な人。
 なんでママとパパを殺すことができるの?
 百歩譲ってパパは殺すことができても、ママを殺すことはできないでしょう。
 「それを冷静に説明する君って、やっぱイカれてるよ」
 顔がはげしく歪むのをおさえられなかった。目の前の鍵屋崎は冷静沈着に落ち着き払ってる。眼鏡がなくて目もろくに見えないはずなのに、僕の表情をつぶさに観察してるような……人を見下した顔。
 いつまでこうして睨みあってても仕方ないと気分を変えて、僕はことさら明るい声で話題を変えた。
 「まあいいや。実際すかっとしたしね、君が凱たちに一矢報いてくれて」
 「?どういう意味だ」
 訝しげな顔の鍵屋崎の前に顔を突き出し、にこっと笑う。
 「僕の本業は鍵屋じゃなくてウリ。刑務所内の看守や囚人を相手に性欲解消のお手伝いしてあげてんだけど、中には礼儀のなってない客がいてね。殴りながらヤるのが好きだとか複数プレイが好きだとか、そういう乱暴で暴力的な連中ね。ちゃんと料金払ってくれればいんだよ、それでも。けどね、凱の手下ときたらそろいもそろって屑揃いで……僕の前歯を折ったくせに慰謝料払わないわ料金ごまかすわで、いい加減頭にきてたんだ」
 「だから僕に針金を貸したのか?」
 「ほんとはアイツらのペニスを串刺しにしてほしかったんだけど、贅沢は言えないね」笑うと前歯がすうすうする。凱に殴られて折れた前歯の穴だ。凱は暴力的な奴で、逆らわないエモノは物足りないらしい。ブラックワーク「中」には売春夫がぞろぞろいるのに趣味で娼夫をやってる僕をわざわざ買うのは、僕のほうが生きが良くて性病の心配がないからってだけじゃない。ブラックワークの売春夫はみんな疲れきって諦めきってて、どんなにひどく扱われようが抵抗する気概なんてこれっぽっちも示さないのだ。
 それじゃつまらないよね、凱には。
 「ところで眼鏡はどうするの。壊れたまんまだと日常生活にさしつかえるんじゃない?」
 なんとなく、聞いてみる。深い理由があったわけじゃない。ただ、眼鏡をかけてる顔を見慣れてるから眼鏡をしてない鍵屋崎に違和感をおぼえただけだ。鍵屋崎は唇を引き結んでしばらく考えこんでたけど、修理するあてはないらしく途方に暮れてる様子がありありと窺えた。
 その時だ。僕の脳裏に名案が閃いたのは。
 「僕が直してあげよっか」
 後ろ手を組み、鍵屋崎の顔を覗きこむ。鍵屋崎が驚いたように僕を見る。
 「直せるのか?」
 釣れた。
 内心ほくそ笑みながら、すかさずつけたす。
 「交換条件がある」
 「交換条件?」
 ポケットからとりだした眼鏡を僕に手渡そうとした姿勢のまま、鍵屋崎が動きを止める。警戒心と不信感が入り混じった目つき。
 不自然な姿勢で停止した鍵屋崎の脇にすりより、耳元にささやく。
 『レイジの弱味を探ってきて』
 「なんだって?」
 当惑しきった鍵屋崎ににっこりと笑み返し、一息に続ける。
 「新入りの君なら警戒されないだろうし昨日の食堂の一件もあるし、実に適役だと思うんだよね。いい取引だと思わない?君はレイジの友達になって彼の弱味を掴んでくればいい。そしてレイジの弱味を僕に報告すれば、それと引き換えに元通りレンズの嵌まった眼鏡が手元に戻ってくるってわけ。悪い話じゃないでしょ」
 鍵屋崎はしばらく何か言いたげに僕を見つめていたが、やがて、矢継ぎ早に探りを入れてくる。
 「どうしてレイジの弱味を知りたいんだ?どうして僕を指名する?レイジの弱味を知りたいならば彼と同房の住人に聞けばいい。たとえば昨日彼の隣に座ってたロンとか、身近にいる彼のほうがよほど適役だと思うが」
 なるほどおっしゃるとおり。でも、そうはいかない事情がある。
 「ロンはだめだよ、アイツ妙に鋭いから。それに根がいい奴だから、口ではどんなに嫌っててもレイジを裏切るような真似はできない」
 「裏切る?」
 ああもう、しつこいなあ。世間知らずの日本人のくせに人の揚げ足とるのだけはうまいんだから。
 苛立ちをおさえながら鍵屋崎の顔を覗きこむ。
 「てゆーかさ、メガネくん。君そんなに他人に関心ある人だっけ?」
 鍵屋崎の顔をじっと見てると抗いがたい衝動に襲われる。
 コイツのポーカーフェイスを崩したい、顔を歪めさせてみたいという残虐な衝動。サディスティックな欲求。
 「自分以外はどうでもいいんじゃないの?周囲に関心ないんじゃないの?程度の低い周りの連中がなにしようがどうしようが僕には関係ないって、エリート崩れの日本人らしく冷めたスタイル気取ってるんじゃなかったの?それとも……」
 鍵屋崎の耳孔に粘着質なささやきを注ぎこむ。鍵屋崎が狼狽するのが手にとるようにわかり、嗜虐心がくすぐられる。僕に気圧されるようにあとじさった鍵屋崎が壁にぶつかり、痛そうに肩を押さえて上体を屈める。
 眉間に寄った皺がちょっと色っぽい、とか考えちゃった僕もサーシャのことは言えない。相当ヘンタイだ。 
 鍵屋崎のパーソナルスペースに大股に踏みこみ、壁際に追いつめて退路を断つ。鍵屋崎は肩を庇った姿勢で、キッと僕を睨む。人を人とも思わない傲慢な無表情が歪み、崩れ、虚勢を張って強がってるただのガキの顔が覗く。
 やばい、楽しい。コイツいじめるとすごい楽しい。
 ちょっとぞくぞくしながら、さらに追い討ちをかける。
 「たった一日でサムライに感化されちゃったわけ?刑務所内で浮いてる親殺しふたり、囚人間でも後ろ指さされる負け犬同士がぴちゃぴちゃ傷なめあってなぐさめあってんの?反吐が出るほど美しい友情だね。鳥肌立ちそう、別の意味で」
 思ったとおりだ。 
 サムライの名前をだした途端、そりゃもうあざやかに鍵屋崎の顔色が変化した。屈辱にあおざめた顔から漂白されるように感情が抜け落ち、もとのポーカーフェイスが戻ってくる。
 「―気色悪い妄想をふくらませるな」
 僕の手を払いのけ、鍵屋崎が立ち上がる。
 「サムライは僕の観察対象だ。レイジもそうだ。この世に存在する全ての人間は僕にとってただの観察対象に過ぎない。君は顕微鏡の中のミトコンドリアと友情を築けるか?赤血球に恋愛感情がもてるか?そんなことは不可能だ、絶対に」
 刺々しい主張を述べた鍵屋崎がなにかにケリをつけるようにため息をつき、顔をあげる。
 「……いいだろう。甚だ理解できないし不条理ではあるが、君の条件を呑む」 
 「そうこなくっちゃ!」
 万歳してとびあがる。「ただし」と、宙に浮いた足裏が床を踏むまでの間に鍵屋崎が口を開く。
 「こちらも条件がある。眼鏡は先に直してくれ、なるべく早く。これ以上一日だってメガネのない生活は考えられない」
 鍵屋崎の提案に少し考える。 
 たしかに眼鏡がなきゃ不便だろう。鍵屋崎はほんとに視力が悪いみたいだし、裸眼じゃ日常生活もままならないはずだ。こうしてる今だって僕の顔はろくに見えてないと保証する。
 「……まあいいや。レイジの弱味をもってくる前に、君が壁にごっつんこして事故死しちゃったら困るしね」
 僕はサービス精神旺盛な売春夫なのさ。感謝してよメガネくん。
 さて用は済んだとくるりと踵を返し、廊下を駆ける。10メートルほど走ってから、ぽつんと廊下にとり残された鍵屋崎に手を振る。
 「じゃあよろしくねメガネくんー。君の分析力に期待してるからねー」
 あぜんとした鍵屋崎にぱっと背を向け、自分の房へと続く廊下を小走りに駆ける。
 さてと。僕の任務はレイジの弱味を探ること。でもむべなるかな、僕はレイジに警戒されてる。なにぶん前科があるからね、警戒されてもしかたないのさ。僕が娼夫兼情報屋まがいのことして荒稼ぎしてるのも東の王様はちゃんと知ってるし、いまさらごまかすことはできない。へらへら笑いながら僕が近づいてったところで「北か南か西か、どこのスパイだ?」と怪しまれるのがオチだ。
 じゃあどうするか?身代わりを用意すればいいじゃん。
 怪しまれない、アウトオブ眼中の身代わり。入所したてで何も知らない新入りをおいしい餌をちらつかせて篭絡して、スパイのスパイに仕立て上げればいい。鍵屋崎はなにも知らなくていい、なにも知らせる必要がない。鍵屋崎ならレイジに警戒されるおそれもない、昨日今日入所したての新人が懐に凶器仕込ませてるとかまさか考えないでしょ?
 問題はメガネくんが僕の思いどおりに動いてくれるかどうか、その一点。 
 「…………頭は悪くないと思うけど、要領が悪いんだよなあアイツ」
 ズボンのポケットに手をやり、鍵屋崎から預かった眼鏡の感触を確かめる。レンズが割れて弦がひしゃげて到底素人の手には負えなくなった眼鏡。いくら手癖が悪い―もとい、ご機嫌そこねた扉をあやすのが得意な僕でも、眼鏡を修理できるほど器用じゃない。
 ポケットで弾む眼鏡を片手でおさえながら、ある人物の顔を脳裏に思い浮かべる。
 アルコールで濁った目と顎に散った無精髭、年がら年じゅう不景気なツラした中年男の顔を。
 「ラッシーに頼むっきゃないか」


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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060506011612 | 編集
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