ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十八話

 「いいもん見せてやるよ」
 「はあ?」
 食堂からの帰り道、レイジが突然言った。俺はまじまじとレイジを見つめた。俺より頭二つぶん高い場所にあるレイジの顔はにやにやと笑ってる。愉快な企みを内に秘めた性悪な笑顔。気色悪ィ。今度はなに企んでるんだコイツと警戒しつつ逃げ腰で距離をとれば、レイジが胸に手をあて大仰に嘆息する。
 「露骨に疑い深い目つきすんなよ、傷つくじゃねえか」
 「お前が思わせぶりなこと言い出すとろくなことねーってこれまでの経験でわかってんだよ」
 「いいから行こうぜ、すぐそこだから。ここんとこ災難続きで参ってるお前を元気づけてやる」
 「災難続きはどっちだよ」
 あきれ顔で呟き、レイジの胸で存在を主張する十字架を一瞥。レイジの胸で眩しく輝く黄金の十字架には無数の傷が穿たれている。神の栄光と悲惨とが烙印された十字架は惨たらしい傷を残したままにそれ自体燦然と光を放っている。あの傷は、犬に付けられたものだ。服ならいくらでも替えがあるか、レイジの十字架はこの世に一個っきりしかないマリアとの絆の象徴だ。
 俺が負った傷より自分が負った傷のがずっとずっと深いくせに、レイジは気負わず笑ってる。
 犬に襲われたことはレイジに話してない。そのうち王様の耳にも届くだろうが、なら尚更俺の口から話すことじゃない。そんなことバラせばレイジは激怒して所長んとこ殴り込んでまた話がややこしくなる。服がズタズタになった原因については「乱闘に巻き込まれた」と最もらしい嘘でっちあげた。野次馬が乱闘に巻き込まれて当事者より重傷負うのは東京プリズンじゃよくあることだ。レイジは釈然としない顔つきで傷だらけの俺を観察していたが、納得したのか否か、「ふうん」と頷くにとどめた。何か言いたそうな顔つきだったが、敢えて無視。これ以上面倒はごめんだと知らぬ存ぜぬを通した。 
 「キーストアも誘うか。あいつまたサムライと痴話喧嘩してしょげてるみてーだし」
 物思いにふける俺をよそにレイジは勝手に話を進める。強引というか何というか、人の話を聞かない王様だ。レイジが「おーいキーストア!」とばかでかい声を張り上げて人ごみに埋もれた鍵屋崎を呼ぶ。食堂からの帰り道、サムライと別れて一人しょぼくれて房へと向かっていた鍵屋崎が振り向く。
 虚ろな表情の鍵屋崎に小走りに駆け寄り、レイジが肩を竦める。
 「どうしたんだよ、一人でふらふらふらついて。用心棒のサムライはどこ行ったんだ?」
 「契約は解約した。彼はもう僕の用心棒ではない」
 とりつくしまもない返答にレイジと顔を見合わせる。鍵屋崎は頑固だ。絶対自分の非を認めない。この分じゃサムライとの喧嘩もまだまだ長引きそうだとため息をつく。
 「彼の行き先には感知しない。どこへなりとも行けばいい。彼の行動範囲になど興味もない、僕の生活を煩わさないでいてくれるならいい。用はそれだけか?これから図書室に本を返しを行くんだ、進路妨害するならこちらにも考えがある」
 見るからに難解そうな本を小脇に抱えた鍵屋崎が、苛立ちを抑圧した無表情で冷ややかにレイジを睨む。ぴりぴり殺気立った鍵屋崎に気圧された俺とは対照的に、レイジは生来の無神経が成せる技かなれなれしく鍵屋崎の肩を抱く。
 「お勉強熱心で感心だねキーストアは。でもたまには息抜きが必要だぜ。コンクリートの塀の中に一日じゅう閉じ込められてたら精神的に参っちまう、気分転換に外の空気吸いに行こうぜ」
 「どこへ連れていく気だ?」
 レイジに肩を抱かれた鍵屋崎が迷惑そうに顔を顰める。
 レイジは意味ありげな笑みを浮かべて目的地を明かす。
 「天国にいちばん近い場所」

 「展望台かよ」
 拍子抜けだ。
 たしかに東京プリズンじゃいちばん見晴らし良い場所だが、天国にいちばん近い場所って大袈裟すぎだろ。
 もったいぶって言うから何処かと勘繰ったのに、レイジが鼻歌まじりに俺たち先導したのはひょいと窓枠乗り越えたところにある殺風景な展望台だった。 周囲には闇の帳が落ちて肌寒い夜気がたゆたっている。
 こんなところに何の用だよとレイジを睨むが、本人は口笛でも吹きかねないご機嫌な様子で展望台を見まわしている。レイジに無理矢理連れてこられた鍵屋崎は対照的に不機嫌の絶頂で、「何てことだ、こんな暗闇では本も読めないじゃないか」と愚痴ってる。本のページを広げて目を凝らす鍵屋崎をよそにポケットに手を突っ込んだレイジがぶらぶら歩き出す。俺も慌てて後を追う。
 「おいレイジいったい何のつもりだよ。いいもの見せてやるって、こんなとこに何あんだよ」
 「まあ見てろって」
 レイジは思わせぶりなセリフで煙に巻くだけで説明もしてくれない。レイジの態度に不満を感じて押し黙った俺は、仕方なくきょろきょろと展望台を見まわす。不気味な静けさと濃厚な闇とが立ち込めたコンクリートの堤防、俗に「展望台」と言われるここは砂漠に沈みゆく夕日が見られる有名なスポットで、黄昏時ともなれば燃えおちる夕日を眺めて感傷に浸りたい向きのロマンチックな囚人どもが大勢押しかける。だが、今は夜。黄昏時には物好きな囚人で賑わった展望台も閑散として俺たち以外に人影はない……
 いや。
 「ん?」
 展望台の中央に誰かが蹲ってる。暗闇に目を凝らす。そいつは俺たちに背を向けて忙しく両手を動かし作業に没頭していた。その後ろ姿からは手と頭と心が三位一体となり活動する精力有り余った熱気が放たれていた。不用意に近付いたら火傷しそうだ。ごくりと生唾呑んで立ち竦んだ俺をその場に残し、レイジがそいつに声をかける。
 「はかどってるか、道化」
 ゴーグルをかけた顔が振り向く。
 「ああ。あと十分で完璧に準備が整うとこや」
 ゴーグルを額に引き上げてやんちゃに笑ったのは西の道化、ヨンイル。風邪をこじらせて二週間入院してたが、今じゃすっかり体が回復し、特徴的な八重歯が覗く笑顔でレイジを迎える。
 「準備って……まさかまた、爆弾の?」
 ヨンイルに小走りに駆け寄り、おっかなびっくり問う。ヨンイルは爆弾作りのプロだ。ペア戦でも時限爆弾を仕掛けて地下停留場を混乱に陥れた前科がある。まさかペア戦のリベンジでまた爆弾を破裂させる気なのかと疑惑の眼差しを注げば、西の道化が「ちゃうちゃう」と手を振る。
 「言うなれば、そやな……『送り花火』や」
 ヨンイルの謎めいた台詞に困惑、答えを求めるようにレイジを仰ぐが、レイジは口元に薄く微笑を湛えるだけで一切説明してくれない。不親切な相棒。何でもお見通しの癖にわざとタネを明かさず、困惑する俺を眺めて楽しんでる性悪レイジに嫌気がさし、和気藹々と談笑する道化と王様から離れて展望台の突端に座る。展望台の突端から足をたらして果てなく続く夜空の向こう、地平線の彼方に沈んだ廃墟のビル群を見つめる。
 「まったく、迷惑な男だ。僕は静かに本を読みたいのに屋外に強制連行して……風邪をひいて肺炎を併発したらどうしてくれる」
 ぶつくさ不満を漏らしつつ鍵屋崎が隣に腰掛ける。
 「なら帰れよ」
 「………」
 「サムライがいる房にゃ帰りたくないってか」
 意地っ張りめと失笑する。鍵屋崎はこの上ない不機嫌な顔で膝に広げた本のページをめくるが、どんなに目を凝らしても暗闇では字が読めず、諦めて顔を上げる。ちらりと振りかえればヨンイルはまだ作業していた。展望台の中央に小型の大砲みたいな奇妙な物体を設置して、真剣に角度を調整している。ヨンイルの奇行を傍らで眺めながらレイジは「これ、どっから調達したんだよ」と質問、大砲から手を放せないヨンイルが「西棟のガキどもに造らせたんや。レッドワークから鉄屑拾うてきてイチから組み立てて、試行錯誤の末に何とか形にすることできた」と得意げにうそぶく。
 「君の服は、サイズが合ってないな」
 おもむろに指摘され、俺の顔はますます渋くなる。鍵屋崎に言われなくてもわかってる。昼間犬に引き裂かれてボロボロになって服は捨てるしかなくて、俺が今着てる服はレイジの借り物で、生地が余り過ぎだ。 「しょうがねえだろ、これしかなかったんだから。お前だってサイズ違うじゃねえか」 
 びろんと膝まで覆う上着の裾を居心地悪く引っ張りながら反論すれば、鍵屋崎がムッとする。鍵屋崎が今着てる服もレイジからの借り物で、俺ほどじゃないにしろサイズはあきらかにでかい。鍵屋崎の服も犬に引き裂かれて薄汚いボロ屑と化して、最終的に廃棄するしかなかったのだ。
 帰りのバスじゃ俺たち二人して注目の的でいたたまれない思いを味わった。
 「ったく、今日は酷い目にあったぜ。タジマの兄貴だけあって完璧イカレてるなあの所長、獣姦ショウなんて普通思いつかねーだろ、思いついても実行しねーだろ。間一髪犬にカマ掘られなくて済んだけどお前が助けに入るの遅れてたら……」
 「僕とて同様だ。安田が助けに入らなければ確実に犬に犯されていた」
 「副所長に感謝しなきゃな」
 小さく呟き、探るように鍵屋崎の横顔を見る。冷ややかに取り澄ました無表情。銀縁メガネがよく似合う理知的な面立ちは安田と共通してる。あの時、鍵屋崎の一大事に我を忘れて駆け付けた安田の必死な形相を思い出す。エリートの威厳も矜持もかなぐり捨て、鍵屋崎を庇って狂犬と取っ組み合い背広をズタズタに引き裂かれた安田の泥まみれの顔……
 「鍵屋崎。お前と安田って、ホントにただの囚人と副所長なのか」
 「どういう意味だ?」
 鍵屋崎がうろんげに目を細める。ぶらぶらと虚空を蹴り時間を稼ぎ考えを纏める。身の危険もかえりみずに鍵屋崎を助けに駆け付けた安田、怒り狂った犬と上下逆転して取っ組み合いながら「すぐる!」と叫んだ必死な顔。すぐる?だれだそれ。鍵屋崎の下の名前は「なお」だ。すぐるなんて知らない。だが安田は確かにそう呼んだ、犬に襲われた衝撃冷め遣らずへたりこんだ鍵屋崎に向かい「すぐる!」と叫んだのだ。
 鍵屋崎は、何かを隠している。
 鍵屋崎と安田の関係についても鍵屋崎が東京プリズンに来た事情についてもわからないことだらけだ。
 「昼間犬に襲われた時、お前助けに血相替えてとんできた安田見て思ったんだよ。絶対おかしいって、普通の囚人と副所長の関係じゃねえって」
 「僕と安田に肉体関係があると疑ってるのか?次元が低い発想だ」
 鍵屋崎が憎たらしく嘲笑する。カッとして、思わず身を乗り出す。
 「たしかに安田はデキた人間だよ、優秀なエリートだよ!でもな、そんなエリート様がたかが囚人のために身の危険もかえりみず狂犬と格闘するなんて俺にはどうしても思えねえ。お前だってわかってんだろ鍵屋崎、東京プリズンの看守にとっちゃ囚人なんてストレス発散の道具に過ぎないって。けど、安田は違う。安田はお前のこと本気で心配してる、心底大事に思ってる。なんでだ?なんで囚人一匹の為にそこまでするんだよ、おかしいじゃねえか。お前と安田って一体」
 「僕が知りたい」
 ため息まじりの返答に毒気をぬかれる。とぼけてんのかと一瞬疑ったが、鍵屋崎の横顔は苦悩に閉ざされて、眼鏡越しの双眸には自己と葛藤する複雑な感情が渦巻いていた。鍵屋崎がおもむろに眼鏡を外し、レンズを下方に翳して闇を透かす。 
 「この眼鏡は安田が修理した」
 眼鏡を手にしたまま振り返り、レイジと話してるヨンイルを鋭く一瞥。鍵屋崎の視線に気付いたヨンイルが片手に挙げるのを無視、再び眼鏡に向き直り述懐を続ける。
 「ペア戦でヨンイルに蹴られて亀裂が入った眼鏡を直させてくれないかと安田が申し出たんだ。三日後、眼鏡は無事返ってきた。その頃安田は上の人間に呼び出されて視察にくる暇もなかったが、修理が済んだ眼鏡を看守に預けて僕へと返して……」
 「……めちゃくちゃ親切だな」
 間の抜けた相槌をうつ。鍵屋崎が黙り込む。安田の特別扱いに対して一抹の疑問と落ち着かなさを感じてるらしく、その顔は浮かない。
 レンズが取り替えられた眼鏡を透かし見て結論する。
 「君の言う通りだ。安田が僕に接する態度はおかしいと認めざる得ない。以前から安田とは接触の機会が多かったが考えてみればこれもおかしい、いくら副所長が職務に忠実で責任感が強いからといって視察で赴いたイエローワークでああも頻繁に僕と会うはずがない。あれは故意だ。安田は僕に会いにイエローワークの砂漠に来てるんだ。僕の様子が心配で、わざわざ顔を見に来てるとしか思えない」
 「まさか。考えすぎじゃねーか」
 天才ならではの想像の飛躍に笑うしかない。そりゃ確かに安田は鍵屋崎のピンチに「たまたま」居合せる機会が多くて、鍵屋崎は何度も安田に危機を助けられてるがだからって……そう否定しようとしたが、否定するだけの根拠がないことに気付いて愕然とする。 
 「わからない。理解不能だ。何故安田はあんなにも僕に関わってくる?明らかに職務越権だ」
 鍵屋崎の横顔に苦渋の色が浮かぶ。俺はなにも言えない。鍵屋崎と安田の関係について何も知らない俺には何も言う権利がない。苦悩の色を濃くした鍵屋崎が力なくかぶりを振り、眼鏡を再びかけ直す。
 虚空の闇に目を馳せた鍵屋崎が、自己の内面に潜りつつ、言う。
 「ひょっとしたら安田は、僕の知らない僕を知っているんじゃないか」
 謎かけのように不可思議な台詞がいつまでも耳に残る。俺は鍵屋崎が心配になった。鍵屋崎にはなんでもかんでも一人で抱えこんではそれを全部解決できず自己嫌悪に縛られる悪い癖がある。なまじ頭がいいぶんわからないことをわからないまま放置できずとことんまで思い詰めてたった一つの真実を追い求めて、真理の光が射さない思索の袋小路に迷い込んじまうのだ。
 こんな時サムライがいれば。
 鍵屋崎の隣、物寂しく夜風が吹きぬける空間を一瞥して舌打ちしたくなる。もし今サムライが隣にいえば、鍵屋崎の苦悩を癒すことはできなくても、鍵屋崎を疑問を解決に導くことはできなくても、鍵屋崎の気持ちを軽くしてやることぐらいできたろうに。自覚はないだろうが、サムライと口喧嘩してるときの鍵屋崎がいちばん生き生きして楽しそうなのだ。いや、口喧嘩という表現は正しくない。鍵屋崎がいつも一方的に小難しい理屈を並べ立てて論破に挑んで、サムライは「うむ」とか「ふむ」とか爺むさい合いの手入れながらそれを聞き流してるだけだ。
 なんでここにいないんだよ、サムライ。
 俺じゃ鍵屋崎の相談役務まらねえよ。
 「今度はなんでサムライと喧嘩したんだよ」
 聞いていいものかどうかさんざん迷ったが、妙な遠慮は俺に似合わないと開き直り、ずばり核心を突いた。鍵屋崎が一瞬うろたえて、すぐに平静を装いブリッジに指をやる。動揺をごまかすしぐさでブリッジに触れた鍵屋崎はそのまましばらく視線をさまよわせて逡巡していたが、ヤケになったように吐き捨てる。
 「原因は強姦未遂だ」
 「!ごーかっ、」
 顎が外れそうになった。どうフォローしていいものやら頭が混乱して、酸欠の金魚みたくパクパク口を開閉するしかなかった。強姦?サムライが鍵屋崎を!?あの堅物がケダモノ化して鍵屋崎の寝込みを襲ったってのか、鍵屋崎に強姦を働こうとしたのか?
 「そりゃあ怒って当然だよ、サムライのヤツ色事にはてんで興味ねえってスカしたツラしやがってとんだむっつりスケベじゃねえか!レイジが俺の寝込み襲うのは悪い冗談みてーだけどサムライは洒落になんねーだろ!ああでもサムライが自慰してるとこなんて想像できねえし売春班利用したって噂も聞かねえしそうなるとやっぱ限界ギリギリまで溜めこんでたのか、無駄に性欲持て余してたってことになるのか!?それでムラムラきて手近なお前を襲っちまったと」
 「勘違いするな、被害者はサムライだ。強姦未遂を働いたのはこの僕だ」
 「!!おまっ、」
 二重の衝撃に目が眩む。鍵屋崎が、サムライを襲った?んなまさかと耳を疑ったが冗談言ってる様子はないし前言撤回する気配はないしマジ、マジなのか?鍵屋崎の衝撃的告白に腰を抜かした俺は、ことの真偽を確かめようと意気込んで身を乗り出して……
 「!危ないっ」
 ぐらりと体が揺れて夜空が遠ざかった。
 均衡を崩して体が前傾、展望台の向こう側へと転落しかけた俺の腕を掴んで鍵屋崎が引き戻す。あ、あぶねえ。小便ちびりそうだった。一歩間違えた地面にまっさかさまで転落死してた。間一髪命拾いした俺は、鍵屋崎に礼を言うのも忘れて胸ぐらに掴みかかる。
 「強姦未遂って、お前、そんなに欲求不満だったのかよ!?」 
 「誤解しないでくれたまえ、僕はサムライの寝姿に欲情したわけじゃない。性欲が昂じたあまりに睡眠中で抵抗できないサムライに襲いかかったわけじゃない。そもそも人間が性欲を感じる原理は脳と深く関係していて、人の生存に関わる食欲と性欲は約1400Gの脳の中心にある5Gの視床下部から生じるもので…」
 「ごたくはいい、俺が聞きてえのはお前がサムライの寝込み襲った理由だ!」
 どうかしちまったのか鍵屋崎は。売春班の傷もまだ癒えてねえってのにサムライ誘惑するような真似して、んなことすりゃお互い傷深めるに決まってるじゃないか。お互い傷抉るに決まってるじゃんか。俺は自暴自棄ともいえる鍵屋崎の振るまいに純粋に怒っていた。鍵屋崎とサムライが喧嘩しようが突き詰めれば二人の問題で知ったこっちゃないと前述したがそれはそれこれはこれ、鍵屋崎が自分を粗末にして投げ出すようにサムライに身を任せたんだとすれば絶対許せねえ。
 売春班であれだけ辛い目に遭ったのにまだ自分を傷付けるのか、気が済まないのかと自虐に対する怒りに震えながら胸ぐら掴む手に力をこめれば、鍵屋崎が目を伏せる。
 「サムライの、いや、帯刀貢の本性が知りたかったんだ」
 「わけわかんねーこと言ってごまかすな!」
 「サムライが僕を抱いても関係性が変わらなければ、彼とずっと友人でいられると思ったんだ!!」
 は、あ?
 思わぬ返しが気勢を削ぐ。手の指が緩み、すっぽり上着が抜ける。皺くちゃの胸ぐらを手の平で撫で付け俺とは目を合わせず鍵屋崎が付け足す。
 「本末転倒かつ支離滅裂なことを言ってる自覚はある。ただあの時は本気でそう思い込んでいた。あの夜の僕は直前に見た悪夢のせいで冷静さを欠いていた、錯乱状態にあった。僕は帯刀貢の本性が知りたかったんだ、静流の言ったことが真実か否か確かめたかったんだ。サムライが僕を抱いて、それでも僕らの関係性が変化しなければ僕らはずっとこのまま友人でいられると思い詰めていたんだ」
 「つまりお前は、ずーっとサムライとダチでいたくて、サムライに抱かれようとしたってのか?」
 「……笑いたければ笑え。サムライに抱かれたところで体は減らない。僕はすでに汚れた身だ、男に抱かれることにも抵抗はない。サムライと性交渉を持って、それでも彼との関係性が変わらなければ、僕は帯刀貢の過去にも敢えて目を瞑り知らないふりをしようと決めたんだ」
 議論を打ちきり鍵屋崎がそっぽを向く。眼鏡の奥の目に悲痛な光が宿る。痛々しく傷付いた子供みたいに無防備な横顔に胸がざわつく。まったく、不器用な天才だ。極端から極端に走りがちな鍵屋崎にあきれる一方で苦労が報われないサムライに同情する。  
 「お前さあ、もうちょっとサムライ信用してやれよ。可哀想だぜ」
 「………」
 「サムライがお前抱くはずないじゃん。あんなに大事にしてるのに」
 「随分余裕じゃないか。レイジに抱かれて勝ったつもりか」
 「勝ち負けの問題じゃねーだろ。どうしたんだよ、ガキみたいなやっかみお前らしくもねえ」
 レンズ奥の目に激情が炸裂、鍵屋崎が何かを言いかけたのを遮り足音が近付いてくる。不意に肩に体重がかかる。背後にやってきたレイジが俺と鍵屋崎の肩をなれなれしく抱いて人懐こい豹みたいに頬擦りよせてきたのだ。
 「喧嘩すんなら俺も混ぜろよ、イケズ」
 「イケズって死語だろ死語。お前はあっち行ってヨンイルと遊んでろ」
 「つれなくすんなよ、お互いからだの隅々まで知り尽くした仲じゃんか」
 俺と鍵屋崎の間にちゃっかり割って入って突端から足を投げ出す。鍵屋崎は渋面を作り、肩にかかった手をどかそうと体を揺するが払っても払ってもきりがないのでやがて諦めたようだ。
 「落ち込んでんなら相談に乗ってやるよ」
 「最前君の相棒に相談に乗ってもらったが、壁と議論するほうがまだしも暇潰しになった」
 だがレイジは聞いちゃいない。鍵屋崎につれなくされてもへこたれずに口説き上手な色男の本領発揮、鍵屋崎に摺り寄るように体を移動させ耳朶に吐息を吹きかける。
 「慰めてやろうか?」
 野郎、すーぐこれだ。鍵屋崎の肩に摺り寄り、陰のある笑みをちらつかせて誘惑するレイジに反発。無造作に手を伸ばしてニヤけた頬っぺを思いきりつねりあげれば、レイジが比喩でも何でもなく跳び上がる。
 「いででででっででででっ、冗談、冗談だってロン!マジで怒るなよ痛い痛っ、顔はやめて商売道具だから、やるならボディーにして!?」
 「わかった。ボディーな」
 心優しい俺はパッと手を放して今度は脇腹の肉をつまみ、前よりさらに力を込めてぎゅっとつねりあげる。レイジが声にならない声あげて悶絶、ひっくり返って後頭部を強打せんばかりに大きく仰け反る。
 「か、可愛いなあロンは!目の前で浮気されて怒ったんだろ、キーストアにちょっかいかけたからヤキモチ焼いたんだろ!?なら素直にそう言えよ、素直になって俺の胸に飛び込んでこいよ全身八十箇所にキスマーク付けて記録更新してやるからっ」
 「キスマークなんかギネス申請すんじゃねえ、お前があちこち食い散らかしてくれたおかげでこちとら大恥かいたじゃねえか!犬に服破かれただけでさんざんなのにキスマークまでバレて顔から火がでるほど恥ずかしかったんだぜ、しかもあれから帰りのバスでボロボロの服のまま乗って、まわりの囚人にゃあ大声でキスマーク数えられて……ああああっ、思い出したら死ぬほどむかついてきた!」
 帰りのバスの中じゃ大恥かいた。スケベな囚人どもが俺のまわりに寄ってたかって体の裏表至るところのキスマークを数え上げて、吊り革掴まって下向いてる間も顔真っ赤だった。これも全部レイジのせいだと怒りが沸騰、一発殴ったくれえじゃ足りねえとこぶしを振り上げ―
 「できた」
 ヨンイルの歓声が夜空に響く。
 「!」
 揃って振り向いた俺たちは、空へと向いた大砲を満足げに見下ろすヨンイルの手に、黒い玉が握られてるのを発見。レイジをぶん殴ろうとした姿勢のまま固まった俺は、まじまじとその謎の物体を見つめる。大砲の、玉?あれを大砲に詰めて夜空に向かってぶっ放すつもりだ?そんなことして何に……
 「喜べヨンイル。タイミングよくゲストのご到着だ」
 レイジがやんわりと胸ぐら掴んだ俺の手を外し、暗闇に包まれた中庭を見下ろす。レイジの視線を追って中庭を見下ろしたが、何もない、誰もいない。コンクリート敷きの中庭には無骨な塔が聳えて、夜間絶やされることないサーチライトの光が機械的に首振りつつ、煌煌と夜空を照らす―……
 いた。
 静寂と闇が支配する中庭を人影が歩いてくる。最初に聞こえてきたのは、コンクリートを叩く規則的な靴音。静寂の水面をかすかにかき乱してやってきた人物の顔は、暗闇に閉ざされて目鼻立ちも定かではない。 監視塔のサーチライトが緩慢に動き、白い帯がたなびき、闇を切り裂くように鮮烈に一条の光が射し込む。サーチライトから放たれた冷光の延長線上に立っていたのは、くたびれた中年男。
 闇を駆逐する光の眩さにわずかに顔を顰め、手庇を作って展望台を仰ぎ見ている。 
 俺は、息を飲む。サーチライトに暴かれた中年男の顔に見覚えがあったから。鍵屋崎も驚く。その男が、本来東京プリズンにいるはずのない人物だから。とっくに東京プリズンを去ったはずと思い込んでいた人物だから。レイジだけがいつも通り余裕の表情で、中庭に立ち竦む男に歓迎の意を表して手を振る。
 「ようこそ。俺らの愛すべき看守の五十嵐さん」
 「レイジ、こいつあ何の真似だ?同僚からの言伝で来てみりゃあ……」
 不審顔の五十嵐に感じ良く微笑みかけ、唄うように言う。  
 「知ってるんだぜ。あんた、明日には東京プリズン発つんだろ。ジープに乗って出てくんだろ、有刺鉄線の向こう側へ。羨ましいぜ、正直。俺はたぶん、ずっと一生死ぬまでここ出れねえから」
 「レイジ……」
 痛みを堪えるような顔で五十嵐に名を呼ばれ、一抹の寂しさを漂わせてレイジが苦笑する。
 「違う、そうじゃないんだ。別にあんたを責めてるんじゃないんだ。他の連中のようにあんたに裏切られたとも思わねーよ。あんたの親切が嘘だったとも思わない。覚えてるか五十嵐?あんた、前にロンに麻雀牌くれたことあったよな。あの時ホント喜んでたんだぜ、ロン。俺も嬉しかった。ロンが俺以外の誰かに優しくされることってあんまりないから、お前がホントの親父みたいにロンに接してくれてちょっと嬉しかったんだよ」
 「ま、ヤキモチ焼いたのも事実だけどさ」と冗談めかして付け加えてレイジが笑い声をあげる。泣き笑いに似て表情が崩れた五十嵐の悲哀に胸が締め付けられる。五十嵐は明日、東京プリズンを発つ。東京プリズンから永遠にいなくなっちまう。俺はまだ五十嵐に牌を手渡された時のぬくもりを覚えているのに、五十嵐に頭なでられた時の照れ臭い気持ちを覚えているのに、明日になりゃ本当にいなくなっちまうんだ。
 そっと尻ポケットに手をやり、すべすべした牌の感触を確かめる。
 五十嵐の顔がまともに見られず俯いた俺の肩を励ますように抱き、レイジが顔を上げる。
 「ロンの……いや、囚人どもの親父代わりがいなくなるのは残念だけど、あんたが納得した上での決断なら俺が口出すことじゃない。あんたを今日ここに呼び出したのは責める為じゃない、東京プリズンを去る前にどうしても見せたいものがあるからだ」
 サーチライトから延びた光が闇を切り裂きレイジの横顔を暴く。胸の十字架がサーチライトの光を反射、微塵に砕いた黄金の粒子を纏ったように神聖に輝く。展望台の上と下とで対峙する王様と平看守の間に緊張の糸が張り詰める。俺と鍵屋崎は言葉もなく高低差を隔てて対峙する二人を見比べていた。 
 おもむろにレイジが立ち上がる。
 展望台の突端に立ったレイジが後ろを振り向き、ヨンイルを見る。不恰好な大砲の隣に片膝ついたヨンイルが緊張の面持ちで頷き、懐から矩形の箱をとりだす。古めかしいマッチ箱。箱から一本取り出してあざやかな手つきでマッチを擦れば、闇を一点食い破り、橙色の炎がともる。
 マッチの炎に赤々と照らされるヨンイルの顔には、俺がこれまで見たこともない真剣な表情が浮かんでいる。額にかけたゴーグルにマッチの炎が映りこみ、真紅に染まる。
 赤々と炎に照り映えるゴーグルの下、同じく炎を宿した目に切実な懇願を浮かべ、大砲の尻からとぐろを巻いて延びた導火線に揺らめく炎を近づける…… 
 「花火師としての初仕事。神様手塚様じっちゃん、あんたらんとこまで届くどでかい花火を打ち上げたるさかい、剋目せい」
 導火線に火が移る。赤い光点は瞬く間に導火線を焦がして大砲の尻へと収束し、そして……
 夜空に向かい高々と片腕を突き上げ、絶好調でレイジが飛び跳ねる。

 『Let's begin a party, Guys appear!!』

 地鳴りめいた轟音が展望台を揺るがしたのは、その瞬間だった。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050621164353 | 編集
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