ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十二話

 顔に砂が跳ねる。
 シャベルの先端が地を穿った衝撃で、顔にまで砂がかかる。
 体重かけた靴裏で金属の刃を押し込んで砂を掘る、延々とそのくりかえしが続く単調な作業だが体力の消耗は激しい。何度手の甲で額を拭っても発汗のスピードに追いつけない。ただでさえ体力に自信がない僕は強制労働中にもよく貧血を起こすが、今日は奇跡的に朝から一度も倒れずシャベルに縋り付くように働いている。
 最も、そうする他ないのだ。
 まわりの囚人も似たり寄ったりの状況で、中天の太陽が容赦なく直射日光を浴びせて頭皮を焼いても、汗を拭う暇すら惜しんで鍬を振るっている。私語もろくに交わさず、手の豆が潰れても放置し、用水路を整地する囚人たちを見まわせばすぐにわかるがいつもとは気合いの入れようが違う。新入りも先住者も、イエローワーク配属の囚人すべてが脇目もふらず仕事に精を出している。
 但馬所長が視察にきてから三日後、用水路を完成させる期限の日。
 今日中に用水路を完成させねば僕ら現場の囚人が罰を受ける。連帯責任で処罰されるなど冗談じゃないと奮起した囚人たちは、今だかつて見たこともない集中力を発揮してそれぞれの作業に没頭しているがとても今日中には終わりそうにない。不可能だ。
 もともと無茶な要求だったのだ、三日以内に用水路を完成させろなんて。
 この三日間で新所長の命令を愚直に実現しようと体力の限界に挑んだ囚人が何人、何十人倒れたことか。現在進行で働いてる囚人は皆とっくに一日に可能な労働量の限界を超えて、いつ倒れてもおかしくない疲労困憊の様子で集中力の持続がむずかしくなっている。暇さえあれば持ち場を抜け出して僕を挑発にくる班の連中を三日間見てないのは、彼らもまた期限に追われてるからだ。
 完全に余裕を失った囚人たちが、汗が絞れるほどぐっしょり服を濡らして鍬を振るう中、僕だけは手を動かしながらも先日の出来事に心を飛ばしていた。

 『命令だ。僕と性行為に及べ』
 夜、サムライを誘惑した。
 否、誘惑というより挑発と言ったほうがいいだろう。僕は媚の売り方も艶の売り方も知らない、直接的な表現しかできない。だから単刀直入に言ったのだ、一切の伏線とそこに至る経緯を省略してサムライの本性を暴こうとしたのだ。腹部で交差させ、見せつけるようにゆっくりと上着を脱いだ。
 徐徐に裾をたくし上げ痩せた腹部をさらし、薄い胸板をさらし、鎖骨をさらした。
 緩慢な動作で上着をたくし上げて頭から抜き、上半裸で対峙。体前に垂らした腕に上着をひっかけた無防備な姿で暗闇にたたずんだ僕は、まっすぐ挑むようにサムライを見据えた。サムライは狼狽していた。やがてその狼狽が困惑へと取ってかわり、視界の利かない暗闇の中でサムライの顔が苦渋に歪んだ。
 『寝ぼけているのか?はやく服を着ろ、風邪をひく』 
 『寝ぼけてなどいない。意識は覚醒している』
 不機嫌な声音で促されても僕は平静な顔を装ったまま、ベッドに戻ろうとしなかった。サムライは眉をひそめ、うろんげに僕を見た。
 探るような視線。
 舐めるような視線が剥き出しの二の腕を辿り、華奢な鎖骨を辿り、体の輪郭を辿る。
 熱心な凝視に肌が粟立つ。
 上半身裸で寒いのは勿論だが、それ以上にサムライの視線を意識して体の表面がひどく敏感になっていた。快楽に馴らされた体は肌を舐める視線を貪欲に吸収して、身を苛む羞恥の火照りを甘い疼きを伴う快感へとすりかえた。
 見る者と見られる者の間には、支配と被支配の共犯関係が成立する。
 夢の中の行為の余熱を帯びて、体が淫蕩に火照っている。
 濡れた下着が気持ち悪い。最前僕はサムライに犯される夢を見て射精した。あれだけ性行為に対して嫌悪感を持っていたのに、無意識の願望が表出する夢の中でサムライに抱かれて悦んでいた。
 ならば現実にサムライに抱かれたら、どうなるのだろう。
 夢の中でさえ快楽があった。夢精に至る強烈な快感があった。ならば現実にサムライと性行為に及べばどうなってしまうのか純粋な興味もあった。夢と現実のどちらがより強烈な快感を得られるのか試してみたい欲求があった。このまま静流の言葉に心乱されてサムライへの不信感を抱えたまま、彼と友人のふりをし続けるくらいならいっそのこと僕自身が関係に終止符を打ちたい。
 サムライが僕を犯しに来た男たちの同類だとわかれば、もう悩まずに済む。
 重苦しく黙り込んだサムライをひややかに眺め、嘲笑する。
 『どうした。僕と性行為に及ぶ度胸もないのか』
 『……意味がわからん。夜更けに起こされたと思えば、突然何を言い出す。俺に男色の趣味はないと、』
 『何故キスをした』
 サムライがばつ悪げに口を閉ざす。痛いところをつかれた、という表情。数日前の気の迷いを蒸し返されて渋面を作ったサムライに近付き、腕から袖を抜く。サムライの許可もとらず、彼が起き伏したベッドに腰掛ければ二人分の体重でぎしりとスプリングが鳴る。夢の中で聞いたのと同じ、鋸を轢くように耳障りな軋り音。裸電球も点けない暗闇の中、互いの息遣いが聞こえる距離に接近。緊張に喉の乾きを覚え、動悸のはやりを感じつつ、サムライの膝へと手を移動させる。
 『本当は君も、僕が欲しかったんじゃないのか。売春班に僕を抱きに来た数多くの男たちと同じ欲望の目で見てたんじゃないのか。僕を組み敷いて陵辱して泣かせて喘がせたくてしかたなかったんじゃないのか』
 毛布に覆われた膝に手をおき、さする。以前の僕なら考えられない不可解な行動だ。しかし、今ではさほど抵抗も感じない。売春班では剥き出しの膝を撫でるよりもっと直接的で卑猥なことも命令された、強制された。今更膝を撫でるくらいなんだ?僕はもう堕ちるところまで堕ちてしまったというのに、今もって潔癖症を気取るのは滑稽だ。
 耳の奥に鼓動を感じる。鼓動は次第に大きくなる。
 暗闇の中のサムライは動かない。ベッドの背格子にも寄りかからず、膝を毛布に隠して上体を起こしている。
 こんな時でも惚れ惚れするくらい姿勢がいい。
 暗闇の中、端正な居住まいで座したサムライに猫のようにすりより、耳元で囁く。
 『性欲は食欲、睡眠欲と並ぶ三大欲求のひとつで種族保存の欲求に直結する欲求だ。男性と女性の間、あるいはそれ以外の関係も含めて人間間における肉体的な欲望だ。何も恥じることはない、君が性欲を感じるのは当然なんだ。性欲を過度に抑圧するのはかえって不自然なことだ。君も十代の健康な少年なら自慰のひとつもしたことがあるだろう。夢精だって』
 『よせ』
 サムライが頑なにかぶりを振って拒絶する。自慰の経験を指摘され、屈辱の面持ちを伏せたサムライをひややかに観察。毛布越しに膝を撫でれば下半身が硬直する。正直な反応だ。
 『売春班も利用しない、自慰すらしない。そろそろ忍耐の限界じゃないか?禁欲も過ぎると苦痛でしかない。生憎ここは刑務所だ、身のまわりには同性しかいない。ならば同性を対象に性欲処理するしかない』
 『どうかしている……』
 サムライが下唇を噛む。暗闇に目を凝らせば、頬がかすかに紅潮していた。僕に限らず人からの誘惑に慣れてないのだろうか。夢の中ではあんなに積極的だったくせに、とこっそり失笑を漏らす。
 僕は情緒不安定になっていた。夢精に付き物の屈辱感と自己嫌悪が綯い交ぜとなった最低の気分から這いあがる為には、夢精を促した他者を残酷に攻撃するしかない強迫観念に駆られていた。
 僕は、サムライに抱かれて夢精した自身が許せなかった。怒りすら感じていた。売春班で強制された数々の性行為の記憶は根深いトラウマとなり僕を苦しめ続けているのに、事もあろうに夢の中の僕は、自分からその行為を欲したかのようにサムライに抱かれて喘いでいた。口の端から糸引く涎をたらし恍惚と目を曇らせ快楽に溺れていた。
 ありえない。あってはならないことだ、絶対に。
 受動態で快楽に溺れるくらいならいっそ、能動態でありたい。
 それが僕のプライドだ。
 『遠慮することはない。僕は売春夫だ。騎乗位でも後背位でも君の要望に応じようじゃないか。まさか男と性行為に及んだ経験がないから作法がわからないなどと言うんじゃないだろうな。簡単だ。肛門にペニスを挿入して律動的に腰を揺すればいいだけだ。それだけで君は容易に快感を得られる、射精に至ることができるんだ』
 『正気か?』
 額に手をあて項垂れたサムライが、こめかみに汗を浮かべる。
 『直、お前は売春夫ではない。あえて自分を痛め付ける必要はない。こんな真似、お前らしくない』
 吶々と反論したサムライの膝から手をどけ、毛布の下へと潜り込ませ、腿におく。耳の奥では静流の声が反響してる。銀鈴の旋律の無邪気な笑い声……

 帯刀貢ガ苗ヲ犯シタト聞イテモ 彼ノ友人デイラレルノカイ?

 『僕が相手では不満か』
 瞼の裏に静流の笑顔が浮かび、自然声が低まる。
 『こんな貧相な体は抱きたくないか。痩せた腹も薄い胸も細い首も不健康に生白い肌も』
 『やめろ』 
 サムライが厳然と言う。これ以上は本当にやめてくれと一心に念じるように目を瞑り、眉間に懊悩の皺を刻んで。だが、やめない。ベッドの端に腰掛け、サムライの方へと体を傾げる。
 『確かに、抱く楽しみのない薄い体だ。線が細く骨が脆い貧弱な体だ。苗とは比較にならないつまらない体で物足りない気持ちはわかる』
 『なに?』
 苗の名をだした途端にサムライが気色ばむ。額から手をはなし、凝然と目を見開く。
 その目にありありと表出したのは……恐怖。過去の罪悪を暴かれて破滅を予感する戦慄の表情。
 こめかみに汗を浮かべたサムライが放心の体で僕を見る。言うなら今しかない。
 真実を見極めようと瞬きすら忘れてサムライの目の奥を覗きこむ。
 暗闇の中におぼろに浮かび上がるサムライの顔には、僕が知らない男の面影が去来していた。
 そして直感した。今この瞬間僕が対峙しているこの男こそが、サムライがかつて訣別したもう一人の自分……帯刀貢であると。
 『苗を犯したのか』
 サムライの目が極限まで見開かれた。
 僕はサムライに弁解の余地を与えず反論の隙を与えず畳みかけた、釈明の機会すら与えなかった。釈明と言い訳の区別もつかない錯乱状態でサムライの声を聞けばますます取り乱してしまう、逆上して手がつけられなくなると予測できた。
 だから僕は言った。
 縋り付くようにサムライの肩を掴み、彼を信じたい気持ちと信じられない気持ちと相反する感情が衝突する中で、激情に揉まれ流されつつ。

 『苗を独占したいあまりに、彼女の体と心を手に入れたいあまりに犯したのか!やはりそれが真実か、情欲に狂ったけだものの本性を隠し持っていたのか帯刀貢は!!IQ180の天才が気付かないとでも思ったか、洞察力と観察力に優れたこの僕が嘘に気付かないとでも思ったか!甘く見るなよ低脳め、苗について語る時いつも核心を避けてることくらいとっくに気付いていた!
 一体君と苗の間になにがあったんだ、帯刀家の秘密とはなんだ、苗は何故首を吊った!?君は苗の死の原因を知ってるはずだ、知ってて隠しているんだ、嘘をついているんだ!
 父親に仲を反対されたのを苦に自殺しただと?
 サムライ、いや帯刀貢。君は西暦何年の生まれだ、何時代の話をしてるんだ。家族に反対されれば駆け落ちするなり捨て身で説得するなりいくらでも方法があったはずだ、父親に交際を反対されたから首を吊るなど短絡的すぎる!君が語る苗の聡明さとその短絡的行為とがどうしても合致しない……不自然なんだ君が苗について語ることすべてが!!』

 何を隠してるんだサムライ。やはり静流の言うことが真実なのか。
 苗を犯して自殺させたことが当主の父親に発覚して、勘当を言い渡されて、逆上して斬り殺した。
 それが、事件の真相なのか。

 『……静流がそう言ったのか』
 『ずっと、騙していたのか』 
 胸が、痛い。サムライと生き抜いた十ヶ月間が脳裏を駆け巡る。展望台の突端に立ち、両手をさしのべて夕空に灰を撒いた。下水道で土下座をした。濁流の波涛と轟音渦巻く下水道からの脱出時に、僕の手を掴んで引き上げてくれた。売春班に僕を助けに来た。足首を捻挫したサムライを支えて医務室の行き帰りに辿った道、目にしみる蛍光灯の輝き、僕を庇って大動脈を掠る大怪我をしたときに手を濡らした血のぬるさ……
 サムライと共に過ごした十ヶ月間の蓄積が堰を切ったように雪崩れ出して回想の濁流に呑みこまれた僕は、肩を掴む手に力を込める。
 今にも壊れ砕けそうな心を繋ぎとめる為に。
 サムライの腕の中に崩れ落ちて、身を委ねてしまいたい衝動と戦う為に。
 『ずっと、信じていたのに』
 信じさせてほしかったのに。
 『誠実な友人のふりで、僕を騙したのか。過去に苗を蹂躙した手で、僕に触れていたのか。覚えてるかサムライ?売春班に僕を助けにきた夜に君は言った、僕は汚れてなどいない、守れなくてすまないと……よくそんな偽善が語れたな、過去に苗を犯して汚したくせに。「守れなくてすまない」は本来僕にかけるべき言葉じゃない、苗にするべき謝罪だったんだ。ははっ、笑えるじゃないか!僕は自分ではそうと知らず、謝罪まで苗の身代わりに引き受けてたんだ』
 『違う、そうじゃない!』
 『苗の代わりに僕を抱け』
 爪が肩を破くほどに指を食い込ませ、皮肉に口元を歪める。
 あるいはそれは、自嘲の笑み。
 眼鏡を外し、素顔でサムライに迫る。眼鏡をしてないせいで視界が曇ってサムライの表情がぼやけたが、この際好都合だ。そうしたほうが決心が鈍らずにすむ。
 スプリングをぎしりと軋ませ、サムライの肩に凭れかかる。
 ふれあった肩にぬくもりを感じる。そのぬくもりに流されてしまわないよう自らを律しつつ、夜目にも生白く浮かび上がる首筋を無防備を装いちらつかせ、欲情を誘う。
 『苗の体と僕の体と、どちらがより君を酔わせるか実験してみたらどうだ』
 静流を意識してしたたかに微笑んだ、瞬間だった。
 サムライに突き飛ばされたのは。
 重心がぐらつき、体が傾ぎ、悲鳴をあげる暇もなく背中から転落。コンクリ床でしたたかに背中を打ち、圧縮された空気が肺から押し出される。肘を立て上体を起こそうとすれば、耳朶にふれる衣擦れの音。 
 頭上にサムライがいた。
 無造作に毛布をはだけ、裸足で床を踏み、床に倒れ伏した僕をひややかに見下している。突き飛ばされて転落した衝撃で眼鏡が落ちた。床に手を這わして眼鏡を探りあて、慌てて顔にかけ、焦点が定まるのを無防備に待つ。それが致命的な遅れとなった。唐突にサムライの手が伸び、僕の二の腕を掴む。
 獲物を捕捉する鷹めいて強靭な五指が腕に食い込み、骨が軋む激痛を感じた。
 『やめろっ、眼鏡をまた落とすじゃないか!!割れたら弁償、』
 言いかけて言葉を失った僕の眼前で、夢の中とまったく同じ光景が展開される。場所がベッドじゃないだけで何から何まで同じだ。サムライが僕に馬乗りになり、両手首を掴んで頭上で一本に纏め上げる。
 恐怖で身が竦む。
 一方的にサムライを誘惑していたときは不条理な怒りが勝って、羞恥心も恐怖心も麻痺していたからこそ平静を保つことができた。だが今は状況が違う。
 固い床を背にした僕は、目に恐怖の色を宿して頭上を仰ぐ。
 暗闇に沈んだ天井を背に僕に覆い被さったサムライが、吐き捨てるように言う。
 『そんなに俺に抱かれたいか。飢えているのはどちらだ』
 腕を掴んだ指からは熱い血の滾りが伝わってきた。これが、帯刀貢の本性か。サムライが訣別したもう一人の自分か。情欲に狂った雄の本性を剥き出したサムライが、ぎりぎりと容赦なく僕の腕を締め上げる。腕を絞られる激痛に耐えかね苦鳴を漏らし、目には生理的な涙の膜を張り暴れるも、腕力ではるかにまさるサムライをどかすことはできない。
 必死に暴れる僕へとのしかかり、顔を寄せる。
 唇と唇が触れ合う距離にサムライの顔が来て、吐息の湿り気が顔を撫でる。
 『いいか?お前に接吻したのは一夜の気の迷いだ』
 『っあ……、』
 酷薄に双眸を細め、僕が知らない男の顔で宣告する。
 強く締め上げられ、腕の血流が滞る。
 むなしく宙を蹴り暴れながら、僕は訴えた。
 『気の迷いだと?そんな説明で納得すると思うか。僕はまだはっきりと君の唇の感触を覚えている、何度も下唇の膨らみを指でなぞり反芻したというのに!!』
 目の前にいるのは思慮深い寡黙さと不器用な優しさを併せ持つサムライじゃない、顔が同じ別人だ。僕の腕を締め上げる容赦なさや苛烈に暴れ狂う激情を押し殺した鉄面皮は、あの優しかったサムライとは別人としか思えない。
 サムライの顔をした獰猛な男が、鋭い双眸が僕を射竦める。
 そして、断言。
 『俺はお前を抱かない。絶対に』
 不意に腕の力が緩む。
 興味が尽きたように僕を突き放して背中を翻し、大股に暗闇を歩みながらサムライが吐き捨てる。
 『さかるのは勝手だが、相手は選べ』

 それが、僕とサムライの間に起きた一部始終だ。
 「………友人を試した罰があたったな」
 シャベルを振るう手を止め、ため息まじりに独りごちる。あれからサムライとは口を利いてない。一言もだ。あれから僕らの間には埋めがたい溝ができて、房に二人きりでいる時はもとより、廊下を歩く時も食堂でも微妙な距離が空いてしまった。
 あの晩の僕はおかしかった。正気じゃなかった。夢の余韻と余熱をひきずったまま、現実と妄想の区別もつかないまま一種の夢遊状態でサムライに誘いをかけて、普段の僕なら絶対あり得ない口にするのも憚られる行為に及んでしまった。すべて僕がサムライを信じきれなかったのが原因なのだ。サムライが苗を犯すはずがないと、どうしてあの日静流に反論できなかったのだろう。もちろん静流が嘘をついてる可能性も考慮したが、全肯定するかわりに全否定する根拠もない現状では結論を保留するしかない。
 なにせ静流は僕より遥かにサムライとの付き合いが長く、僕の知らない彼を知っているのだ。
 サムライが隠し通している過去を。
 昨夜のことを思い出せば、二の腕が鳥肌立つのをおさえきれない。僕を床に押し倒したサムライは、まるで別人だった。あれが本来のサムライ即ち帯刀貢だとしたら、僕の友人のサムライはどこにいってしまったんだ?そんな人物、最初からいなかったのか。嘘偽りだったのか。
 『いいか?お前に接吻したのは一夜の気の迷いだ』
 『俺はお前を抱かない。絶対に』
 サムライに拒絶された痛みが酷く胸を絞め付ける。 
 「なら、僕の夢に無断で侵入するんじゃない。深層心理にまで影響を及ぼすんじゃない。僕が夢精したのは君が原因、夢の中で君と性行為に及んだのが直接的な原因で間接的な要因だとはっきりしてるんだ。言い逃れは卑怯だ、武士らしく覚悟を決めて僕を夢精させた責任をとれ」
 サムライへの怒りを転化して勢い良くシャベルを振り下ろせば、盛大に砂が飛ぶ。
 遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。さかんに吠え立てる犬の声も。
 「!!」
 現場の囚人が作業の手を止めて一斉に振り向く。嫌な予感は的中した。数多の視線の先でジープが停まり、犬を連れたタジマが悠然と下りてくる。ドーベルマンのリードを引いて歩く但馬に反発をおぼえ、足元に唾吐く囚人がいる。鍬を地に突き立て、反感込めた目つきで但馬を睨みつける囚人がいる。
 「精がでるようで感心だな。今日で時間切れだが、作業の進み具合はどうかね」
 嫌味な口調で但馬が言い、目が合った囚人から順に下を向く。気まずい沈黙。但馬の背後には安田が控えて、不安げに成り行きを見守っていた。
 「おや、これはどうしたことだ。三分の一も進んでないではないか」
 「無茶言うな、たった三日で用水路完成させろなんざ不可能だ!」
 「手の豆潰れて血まみれになって、足の爪がひび割れて肉に食い込んで、痛みに耐えてどんだけ必死に頑張ったところで無茶なもんは無茶なんだよ!最低一週間はくれなきゃ用水路なんか作れねえよ、あんたは簡単に言うが砂漠で用水路作るのがどれだけ重労働かわかってんのかよ!?」
 「鍬で砂掘って溝作って土嚢積んで側壁補強して平らに馴らして、それだけで軽く一週間かかるんだよ!おまけにこの暑さだ、脱水症状でぶっ倒れる奴があと絶たなくて」
 犬が吠えた。
 斜面を駆け上がり但馬に殴りかかる構えを見せた囚人三人が、途端に逃げ腰になる。リードを限界まで引っ張ったドーベルマンに吠えかかられて、惨めに尻餅ついた囚人を見下し、但馬が笑う。 
 「連帯責任で罰を与えよう」
 「所長、それはあまりにも……」
 「役立たずの家畜を庇うとは慈悲深いな、安田君」
 安田に返されたのは侮蔑の笑み。
 「用水路を完成させられなかったのは彼らの怠慢が原因だ。彼らが手を抜いたせいで作業ははかどらず三日経っても用水路はできあがらなかった。見よ、この惨状を!未完成の用水路に放置された土嚢を、崩れかけの斜面を、三分の一も整地されてない現状を!諸君ら無能な家畜どもが怠けたせいで三日で作れるものが出来上がらなかった、この責任は重大だ。利口なハルよ、お前もそう思うだろう」
 同感だというようにハルが吠え、但馬が満足げに犬の頭を撫でる。
 犬の頭に手をおいたまま、未完成の用水路を見渡して所長が命じる。
 「看守に告ぐ。用水路建設にあたった囚人を私の前に集めて並ばせろ。愉快なショウを始める」
 用水路に散った囚人が不安げに顔を見合わせる中、但馬の肩越しに安田と視線を絡ませた僕は、彼の目の奥に紛れもない嫌悪と畏怖を見てとった。
 まっすぐ僕を見据えて唇を動かし、懸命に何かを伝えようとする安田。
 『逃げろ、鍵屋崎』
 声にださずに言う緊迫した様子で直感した。

 但馬が何をする気かわからないが、間違いなく死人がでると。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050627232003 | 編集
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