ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十六話

 レイジとはもう絶交だ。
 「いい加減機嫌直してくれよ。俺がこんなに頼んでも駄目なわけ、無視なわけ?ちょーーっとつれないんじゃない?」
 レイジが世にも情けない声をだすのを無視、ひたすら無視。
 昨日はさんざんだった、本当に。食堂じゃレイジに初夜バラされて夕飯もそこそこに飛び出して医務室じゃ自慰に耽ってるとこリョウにばっちり目撃されて踏んだり蹴ったりいいとこなしだ。これも全部レイジのせいだ。
 俺は朝から不機嫌絶頂でレイジとはろくに目も合わさずつんけんした態度をとり続けた。ところがレイジは性懲りなく、相も変わらずなれなれしく図々しく俺に声かけて寄りかかってくる。口先じゃ上手いこと言ってご機嫌窺いしてるが謝罪に微塵も誠意が感じられない。
 憤懣やるかたない顔つきで黙りこくった俺は、ベッドを脱け出てから数えて十回目の大あくびをする。
 今日は朝から変だった。
 東京プリズン全体が妙にざわついて、いつも威張りくさってる看守が妙におたおたと落ちつきがなかった。
 俺たち囚人はまだ夜も明けきらぬうちにけたたましいベルに叩き起こされて廊下に並ばされた。点呼終了後に看守が下した命令は「可及的速やかに中庭に行け」という胡散臭いものだった。
 勿論中庭で何が行われるのかなんて説明は一切なし、囚人が口ごたえしよう者なら容赦なく警棒でぶん殴られるから揃いの縞服のガキどもは屠殺場に送られる家畜のように不承不承気乗りしない足取りで中庭へと歩き出した。
 俺もわけわからないままその他大勢の囚人に混ざって中庭にきた。
 何しろ突然のことで顔洗う暇もなくて寝癖があちこち跳ねたまま、頭は半覚醒で薄らぼやけていた。
 コンクリートの箱庭は多くの人出で賑わっていた。
 大々的な祭典でもおっぱじめるのか?天変地異の前触れか?コンクリートで足元を固めただだっ広い中庭には蟻の巣ほじくり返したように後から後から囚人が涌き出て加速度的に混雑の度合いを増していた。
 息苦しい位の人口過密状態はとても快適とは言いがたく、時間の経過と人の増加につれ不快指数が上昇する。
 夜明けの空を背景に不気味に聳える要塞、三万以上の囚人を収容する監獄が中庭に面して存在を主張する。
 まだ明けきらぬ空に鉄筋コンクリートの砦が黒々と聳える。
 見る者を畏怖させる眺め。
 「ロン、こっち向けよ。話するときはちゃんと人の目見ろってママから教わらなかったか」
 「俺がお袋から教わったのは缶ビールのプルトップの開け方くらいだよ」
 しつこく纏わりついてくるレイジを邪険に振り払う。
 ちょっとは反省しろっつの。レイジときたら昨日食堂で俺に大恥かかせたくせに今朝も平気で懐いてきやがってムカっ腹が立つ、土下座するくらいの誠意は見せろよせめてと腹の中で盛大に罵倒する。実際口に出さなかったのはこれ以上注目を浴びるのを避けたかったからだ。ただでさえ周囲の囚人どもの視線が痛いのにこれ以上騒いで関心を集めたくない。 
 「お前反省してねーだろ全然。わかるんだよ態度で。大体あーいうことバラすなよ囚人どもが聞き耳立ててる中で、おかげで大恥かいたじゃねえか!お前はいいよ王様だから、最強無敵の王様にゃ誰も文句なんかつけらんねーだろうさ。けど俺は?俺の立場はどうなるんだ」
 「いいじゃん俺の女で」
 腰に手をついたレイジが何か問題あるのかと言わんばかりにしれっとうそぶき、頭の血管がぶちぎれる音がした。
 「よくねえ。お前の女になるのなんざ金輪際お断りだ。死ぬほど恥ずかしかったんだぞ、お前と寝たこと真剣に後悔したんだぞ?!なにが『俺の腕の中でがくがく首振りながら喘いだ』だ、『ねだるように腰振って背中引っ掻いてしがみついてきた』だ、『イくイくうるさく鳴いた』だあることないこと適当ほざきやがって!お前そんなに俺を淫乱にしたいのかよ、世界中の女トロトロに蕩かした超絶テクをひけらかしたいのかよ!?」
 「だって感じたの事実じゃん」
 「嘘だよ!感じるふりしてやったんだよアレは、そうした方が悦ぶかなって気ィ遣ってやったんだよ!」
 レイジの胸にひとさし指を突きつけて喧々囂々非難を浴びせれば王様が余裕綽々の態度で肩を竦める。
 「演技する余裕なんかなかったくせに」
 ……頭にきた。今度という今度は本気で絶交だ、レイジのツラなんか二度と見たくねえ。憤怒で視界が真っ赤に染まり体の脇でこぶしが震え出す。レイジは俺の肩を抱いて幸せそうに頬緩めてる。なんだよそのしまりねえにやけ面は?だらけきった豹め。
 レイジご自慢の顔を力一杯ぶん殴って憂さを晴らそうかとも思ったが駄々こねて退院してきた怪我人に手を上げるのはさすがに抵抗ある。自制心を総動員して屈辱にわななくこぶしを引っ込めて憤然と背中を向ける。
 そばで俺とレイジのやりとりを眺めてた野次馬どもが「可哀想にフラれちまったな、レイジ」「王様に飽きたんなら俺んとこ来いよ子猫ちゃん、可愛がってやるぜ。お口一杯にミルク飲ませてやる」「違うミルクだろそりゃ」と好き勝手な悪口雑言を浴びせる。
 どいつもこいつも死んじまえ。
 「いい加減俺に乗り換えろよ半々。レイジなんかとは比べ物になんねえくらいヨくしてやるぜ。俺のイチモツは黒くて太くて硬いって大評判だ、うぶな子猫ちゃんに男の味を教えてやるよ」
 「ロンに手え出すなよ凱。お前の大事なモン根元から切り落として酢漬けにしてピザにまぶすぞ」
 人ごみの向こうから罵声を飛ばした凱を眼光鋭く射竦めてレイジが含み笑う。剃刀の微笑。たった一瞥で、たった一言であれだけ騒がしかった囚人どもが静まり返った。悔しいけど、俺とレイジじゃ眼光の迫力が違う。俺がどんだけ背伸びしてもレイジにかなわない、王様の足元にも及ばないのだと痛感してやりきれなくなる。
 今日のことを考えると暗澹と気分が滅入る。
 この後レイジと別れて強制労働に出ればまた囚人どものからかいのネタにされてケツ揉まれるんだろう、レイジのペニスで足りないぶん右手で賄えたか半々とか下品な揶揄を浴びせられて足ひっかけて転ばされて顔面から砂に突っ込んで砂吐いて……
 むなしい。
 ふと、中庭の空気が変化する。異様などよめき。前方で何か異常が起きたようだ……が、俺の位置からじゃ人ごみに遮られてよく見えない。好奇心に駆り立てられてつま先立ち、囚人の頭越しに前方の様子を探ってみるが、人ごみが絶えず流動するせいで意味がない。
 背丈が足りないのが恨めしい。
 「なんだよなにが起きたんだよ気になるじゃねーか!?お前ら独り占めすんな、ずりーよ、俺にも見せろ!」
 長身のレイジならこんな苦労とは無縁なんだろうなと舌打ちして隣を仰ぐ。いっそレイジに聞くか?好奇心に負けてプライドを捻じ曲げて何が起こってるか聞くか?唇を噛んで逡巡するが、結論はでない。はやまるな俺。今さっきの決意はどこへやった、レイジと絶交するんじゃなかったのか?たった五分で前言撤回なんて男の風上にもおけねえ優柔不断さだ、そりゃメイファにフラれるはずだ……
 メイファは関係ねえよ畜生。
 自分の言葉に少なからずダメージ受けた。俺、馬鹿。
 周囲のどよめきが大きくなり、ますます好奇心を掻き立てる。
 現在形で何が起きてるのか自分の目で確認したい欲求に駆られた俺は、視界を塞ぐ囚人を力づくで押しのけ……
 「!ひあっ、」
 上着の裾に忍び込んだひやりとした感触。
 甲高い悲鳴を発し、反射的に視線を落とす。上着の裾をはだけて服の内側に潜り込んだ褐色の手を辿れば、背後にレイジがいた。野郎いつのまに回りこんだ?というか、人前で服はだけて何のつもりだ。俺は露出狂じゃない、人前で服脱がされて興奮する趣味ねえよと目に抗議を込める。
 背中にぴたりと寄りそうぬくもり。ほのかに感じるレイジの体温。
 「大丈夫。だれも気付いてねえよ」 
 耳朶を湿らす熱い吐息。レイジの馬鹿なに考えてやがる周りに人いるのに反省の色なしかよ万年発情期かよ罵詈雑言の洪水が脳裏で渦巻く。
 背後からレイジに抱きつかれたまま戦々恐々あたりを見まわす。
 確かにレイジの言う通りまわりの連中はだれも気付いてない、それ以前に誰もこっちに注目してない。何だかわからないが全員が一斉に正面を向いて、衝撃に身を竦ませてるのだ。
 上着の内側で怪しく手が蠢く。俺の腹をまさぐるレイジの手に一昨日の記憶が甦る。俺の体を裏返して表返して隅々まで摘んで撫でて性感帯を開発する二つの手、十本の指……
 ぞくりと悪寒が走った。
 無造作に捲れた上着の裾から冷気が忍び込んだからだけじゃない。
 「お、まえ、ちょっとはこりろよ?!」
 声を低めて叫ぶ。はでに暴れりゃ両隣のやつに肘がぶつかって注意を引いちまうから、レイジの腕に抱かれた俺は身動きとれず、されるがままになるしかない。
 上着の裾から潜り込んだ手はもぞもぞ動いてる。
 俺の下腹を這いまわって胸板を撫でさすって犯される快感を与えてくる。
 「ごめん。ほんとごめん」
 吐息まじりの囁きが耳朶をくすぐる。俺にしか聞こえない真剣な声音でレイジは謝罪したが、手の動きは些かも緩めない、ばかりか激しさを増す。
 言ってることとやってることが反対だとよっぽど叫ぼうと思ったが、へたに口をあけると喘ぎ声が漏れそうで、必死に下唇を噛む。
 「しら、ねえよお前なんて。消えちまえ。俺のこと、一回抱けたらもいいんだろ。飽きちまったんだろ。お前外じゃ女に不自由しねえし、俺のことなんか所詮ムショにいる間の暇潰しのお遊びで、からかい甲斐のあるガキくらいにしか思ってなくて……」
 荒い吐息の狭間から途切れ途切れに訴え、懸命にレイジの手に抗い、身悶える。こんなヤツにいいようにされる自分が悔しい。こんなヤツの顔思い浮かべながら自慰耽った俺が情けない。でもレイジに抱かれた時のこと思い出したら右手が勝手に股間に伸びて、レイジに「愛してる」と囁かれた時のこと思い出せば手が止まらなくなって、気付いたら夢中で扱いてて……
 「違うよ、そうじゃない。外でも中でもお前がイチバン大事だよ」 
 「じゃあ俺のいやがることすんなよ、バラすなよ!」
 背後からレイジの手に貪られながら、叫ぶ。レイジの手が一瞬止まり、すぐまた愛撫を再開する。まわりの連中が気付かないかと冷や冷やする。
 レイジの手をどけたくても動きを制限されてもどかしさばかりが募る。
 鍵屋崎はすぐそばにいる。サムライもだ。人ごみの真っ只中でこんなことしてるとバレたらどう思うだろう、という考えが脳裏を掠めて恥辱で顔が火照る。畜生、涙まで滲んできやがった。視界がぼんやり曇ってよく見えねえ。
 なめらかな褐色の手が、しなやかな五本の指が、素肌を這う。
 「俺もちょっとだけ、悔しかったんだよ」
 ここだけの秘密を打ち明けるように声をひそめて、かすかにばつ悪げな表情で告白。レイジの腕の中で身をよじり、肩越しに振り向く。
 俺の肩に顎をのせたレイジが不服げに唇を尖らせ、拗ねる。
 「お前が仕方なく抱かれてやったとか、好きでもねえとか言うからカッときて……約束だから仕方ないとかさ。嫌々抱かれてやったとかさ。ありかよそんなの?俺だってちょっと傷付いたんだぜ。ハートブレイクン。俺はお前のこと好きで好きでしかたなくて、お前のこと抱けて最高に幸せで満たされてたのに……どっちが無神経だよ」

 え?
 そんな、ことだったのか。そんな些細なことで腹を立ててたのか。

 目を開かれる思いだった。俺にとっては些細なことでもレイジにとっちゃ重要なことだったらしく、ぽかんと口開けた俺の顔を覗き込んで感情的に想いを吐露する。
 「一昨日はあんなに可愛かったのに、俺の顔に手えやって『我愛弥』って殺し文句吐いたくせに、一日たちゃ手の平返した態度とってさ。結構ショックだったんだぜ?心底惚れた女に全部コトが終わった後に『あんたのことなんか別に好きじゃなかったけど、一回抱かせてあげるって約束しちゃったんだししょうがないわね』って言われるようなもんさ」
 「!っ、ふあ……」
 レイジの目に苦い感情が浮かぶ。迷いを断ち切るように手の動きを速めて俺の下腹をまさぐり、蜘蛛の脚めいて指を連動させて腰を這いあがる。
 おそろしく手慣れた愛撫に意志を裏切って体が反応、頬が快感に上気して息が浅くなる。
 「あ、れは……お前が『俺の女』だとか、あっ、まわりのヤツらが聞き耳立ててる中、で、宣言するから、あっ!?」
 巧みな愛撫で追い上げられて皮膚がひどく過敏になる。シャツと素肌が擦れる感触さえ快感に昇華されて体の芯が疼きだす。死ぬ気で唇を噛み締めても声が漏れるのを押さえきれない。まわりの連中がいつこっち向くかと気が気じゃなくて、焦燥で神経が焼ききれそうだ。
 「所有格は凱への牽制だよ。ロンが俺の女になった宣言しときゃしばらくは手え出さないんじゃないかって思ったんだよ」
 愛撫が佳境に入るにつれ説得にも熱が入る。どうでもいいが、話すか触るかどっちかにしてくれ。同時進行なんて器用すぎだこいつ。
 しっとり汗ばんだ手が体の裏表に回る。俺の耳朶を甘噛みしながらレイジが追い討ちかける。 
 「もう絶対しねーから、な、今度だけは俺の目に免じて許して?」
 「わ、かった!わかったから手え抜け、は、人が気付くだろ……っ」
 昨日は自慰で、今日は人前でいちゃついてるのがバレたら立ち直れない。レイジの胸板に体を凭せて首を振れば、俺の上着に手を突っ込んだまま王様が嬉々と提案する。
 「よーし、じゃあ仲直りのキスだ」
 ……殺意が湧いた。
 「人前でキスってお前露出狂か、いやだぜいやだ冗談じゃねえ、どうしてもって言うなら房に帰ってから!?」 
 「今しなきゃ意味ねーよ」
 往生際悪く暴れる俺を抱きすくめてレイジがきっぱり断言する。こいつ本気だ。刻々と迫りつつある身の危険を感じた俺は周囲に視線を巡らして助けを求めるが幸か不幸かこっちに気付いてるヤツは皆無、全員それどころじゃねえって切迫した顔で正面を凝視してる。助けろ鍵屋崎サムライ!宙を蹴りながら心の中で叫ぶが二人ともこっちを振り向きもしねえ、薄情者め!
 鍵屋崎とサムライはふたり並んで、亡霊でも目撃したように強張った顔を虚空に据えてる。レイジの手から逃れようと躍起になって暴れながら心の中で何度も鍵屋崎を呼ぶ、サムライを呼ぶ、二人に応援を頼むが報われない。
 やばい、本格的にピンチだ。絶体絶命だ。
 俺にはかなり頻繁に絶体絶命のピンチが訪れるがこれはある意味最大の危機だ。
 脳裏で警報が鳴り、全身の血が逆流する感覚に襲われる。
 レイジの吐息を耳朶に感じる。レイジの手の火照りが腹を温めて素肌がしっとり汗ばむ。まわりの連中にバレたらどうしようなんて言い訳しよう?気が動転した俺の顎に手を添えて振り向かせたレイジが、眼帯に覆われてない右目をいたずらっぽく細めて顔を近付ける。
 「!!んっ、」
 逃げる暇もなかった。一瞬だった。唇が柔らかい感触に包まれた。身構えたが、舌は入って来なかった。熱い舌が丁寧に上唇を舐め、下唇を舐める。
 たっぷりと余韻を味わうキス。
 一昨日の記憶が生々しい感触を伴って甦る。
 唇を這う舌の艶かしい動き、透明に筋ひいて顎から喉を伝う唾液の滴り……
 たっぷり三秒経ってから名残惜しげに唇が離れた。
 気付けば俺はレイジのシャツの胸を握り締め、激しく肩を喘がせていた。知らず知らずのうちに息を止めていた。俺はまだキスに慣れてない、キスの仕方もろくにわからなくて受け身に回るより他ないのだ。それがたまらなく悔しくて、シャツの胸を掴んで顔を伏せれば、頭上から軽い声が降ってくる。 
 「お前の唇、甘い」
 ご機嫌な笑顔のレイジが、満腹した豹のように扇情的に唇を舐め上げる。そして俺の顎を掴み、無理矢理顔を上げさせる。レイジの顔が睫毛が縺れる至近距離に迫り、世にも稀な美しさの茶色の虹彩がきらめく。
 フェロモン垂れ流しの魅惑の笑顔。
 「ハーシーのチョコの味だ。つまみ食いしたろ」
 「キスだけで銘柄わかんのかよ、すごすきだろ!?」
 思わず大声をあげてしまった。そりゃ確かに俺は昨日こっそりレイジが寝静まってから毛布に隠れてチョコがっついたけど、たったあれだけのキスで、三秒こっきりのキスで銘柄まで言い当てるなんて凄すぎる。 
 「大体チョコの味なんてどこも同じだろ、ただ甘いだけだろ!?でたらめ言うなハーシーの回し者!!」
 「微妙に違うんだって、ハーシーはカカオの風味が濃いんだよ。前にハーシー好きなアメリカ女と付き合ってたからわかるんだ。リズの唇もこんな味したよ。隅におけねーなロン、俺に黙ってつまみ食いなんて水くさい。同房のよしみで仲良くチョコ分け合おうぜ」
 レイジが虎視眈々と俺の尻を、もとい尻ポケットを狙う。尻ポケットには全部食べきれなかった板チョコが無造作に突っ込んである。野郎どこまで意地汚いんだ、元はといえば俺が昨日の夕飯食べ残したのもレイジのせいなのに貴重な栄養源のチョコにまで目えつけるなんてふてー野郎だ!
 「誰がてめえと分けるか、これは俺のチョコだ、ひとかけらだってくれてやるか!」
 「ちぇーケチ」
 「ケチで結構。望めばなんでも手に入る身分の王様のくせに人の食い物狙うなんて意地汚いにも程があるぜ、そんなにハーシーが欲しけりゃリョウに頼めよ、このチョコだって元々あの男娼がフェラチオと引き換えに」
 
 ―「そこ、うるさいぞ!!新所長就任の挨拶中だ、私語は慎め!!」―

 びりびりと鼓膜を震わす怒号に首を竦める。あっというまもなく周囲にたむろった囚人どもを蹴散らしてこっちにやってきたのは看守の大群。憤怒に充血した形相を見た瞬間、全身にびっしょり汗をかいた。咄嗟に回れ右して人ごみに逃げ込もうとしたが、首の後ろを掴まれ引き戻されるほうが早かった。鼓膜にどよめきが押し寄せる。俺をとっ捕まえた看守がここぞとばかりに警棒を振り上げる―
 脳天かち割られる。
 「よしたまえ」
 「!」
 反射的に頭上に腕を掲げて目を閉じた俺は、いつまでたっても脳天に衝撃が訪れないことを不審に思いつつ、おそるおそる瞼を開く。 
 目の前に道ができた。視界を塞いでた囚人どもが綺麗に真っ二つに割れてその時初めて演台に立つ人物の姿を肉眼が捉えた。それまで俺の頭上を流れていた低い声は、あの男が発したものだと漸く理解した。レイジの愛撫で集中力を散らされて演説に耳傾けるどころじゃなくて、男が喋ってる内容なんてこれっぽっちも理解してなかったが、それまでずっと声は聞こえていた。低く太く威圧的な響きの声……支配者の威厳を具えたバリトン。
 タジマが、いた。
 「タジ、マ?」
 目を疑う。頭が真っ白になる。脳の最奥に閉じ込められた悪夢が封印を解かれて鮮明な映像が射し込む。タジマ。東京プリズンを恐怖と暴力で支配する最低最悪の看守、入所以来俺のケツを狙ってしつこく追いまわした男。俺と鍵屋崎を売春班に落とした張本人。俺に目隠しして煙草の火で焼いて捻挫した足をぐりぐり踏みにじって何度も何度も俺に地獄を見させた張本人……
 たった二週間で、帰ってきやがった。
 見違えるように痩せて。見違えるような威厳をおびて。
 全身の血が凍る戦慄、足元に穿たれた巨大な穴に吸い込まれるような喪失感。看守数人に取り押さえられた俺は、ごくりと生唾を飲み、今にも萎えて崩れ落ちそうな膝を気力だけで支え続ける。タジマが帰ってきた。カエッテキチマッタ。昨日鍵屋崎が見たのは幻覚なんかじゃなく本物のタジマで俺は、俺たちはこれから先も一生、東京プリズンにいる限り一生タジマに苦しめられる運命で……
 「ロン、しっかりしろ。あれはタジマじゃねえ。よく似てるけど別人だ」
 俺の隣、同じような格好で上体を突っ伏したレイジが口早に囁く。
 レイジの囁きで幾分正気を取り戻した俺は、一縷の希望に縋り、集中力を高めて正面に目を凝らす。
 違う。タジマじゃない。別人だ。
 三つ揃いのスーツを隙なく着こなして、傍らに犬を連れた男は容貌こそタジマを彷彿とさせたが、纏う空気は全くの別物だった。体重も全然違う、少なく見積もっても30キロは違う。
 タジマが暴力で弱者を支配するなら、目の前の男は権力で他者を支配する陰険なエリートだ。
 「あいつ、誰だ?タジマとよく似てるけど、何者だ」
 「お前聞いてなかったのか?新所長だって言ったろ」   
 俺を押さえ込んだ看守に性急に問えば、嘲笑を返された。新所長?あいつが?タジマとよく似てるけど、血縁者なのか。混乱する俺を演台から見下ろし、男が無表情に言う。
 「やはり。前任者が無能だったせいか、ここの囚人は躾がなってない」
 露骨に嘲りを覗かせた口調で言い捨て、レイジに視線を移す。爬虫類めいて粘着質な、冷たい熱を孕んだ凝視。胸が不吉にざわめく。不穏な空気が中庭に充満する。新所長はかすかに口元を歪めて不快感を表明、対するレイジは不敵ともとれる醒めた無表情で視線を跳ね返す。
 よく引き締まった首筋を流れた金鎖が耳心地よく清冽な音を奏で、黄金の帯を曳いて体前で十字架が揺れる。
 不意に口元が弧を描き、大胆な笑顔が生まれる。
  
 『Nice to meet you.And good-bye. Your visit is not the thing which I hope for.』 

 流暢に挨拶したレイジの胸の前を眠りに誘う振り子の緩慢さで十字架が行き来する。
 雲の切れ間から射した一条の朝日を吸い込んで黄金の輝きを放つ十字架を一瞥、タジマによく似た新所長は口角を吊り上げて邪悪に笑った。
 そして新所長は命じた。
 舐めるようにレイジの顔を眺めて、嗜虐の悦びに爛々と目を光らせて。
 「その囚人二名を私のもとへ連れて来い。就任演説の妨害の代償にふさわしい刑罰を与えよう」
 男の足元では漆黒の毛艶の犬が獰猛に唸っていた。
 地獄の番犬ケルベロスだ。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050702123437 | 編集
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